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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第73話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:31:51

ビアンSEED 第七十三話    “I am AI1”

 プラント本国後方から姿を見せたノバラノソノ艦隊旗艦エターナル、アークエンジェル、クサナギ、スサノオを筆頭に各艦艇から一斉に機動兵器が出撃していた。
冷たく暗く、そして限りなく広大な暗黒の世界へと繋がる扉が、一筋の光明をきっかけに徐々に開放され、視界に満点の星空が煌めき、そこにぽつぽつと人間が作り出した生と死が激しく入り乱れる花火の様な火の玉が、まだら模様に連なって輝いていた。
それだけを見るならば、美しかった。一瞬だけ煌めいては消えゆく光の明滅は、それを映した心を魅了してしまうほどに美しい。
美しいのだ。人の死が。人の生が。憎悪に駆り立てられ、悲憤に煽られ、闘争を欲し、依る我も無く諾々と、あるいは己が信ずる道を行くままに殺し合い、そして無限の闇に描かれる生と死の光輝が。
“殺せ、生きろ、戦え、守れ”――誰かにそう命じられて、自分でそう決めて、そうやって何時果てるともなく繰り返し続け、誰も彼もが死に果てて息絶えて飽きるまで、人間は戦い続けるだろう。
数多の世界の異分子を取り込んだこの世界の人間の戦いも、所詮は人間であるが故の戦いに過ぎないのだろう。どこの世界でも、いつの時代でも、交わらぬ筈の世界が交わっても尚、人間がそこに居るのならば、戦いが起きる。
今もこうして、同じ星に生まれた筈の同胞たちは、自分達自身で同じ者と違う者とを線引きして争っているではないか。これまでも今もこれからも、人間はそうやって歴史を積み重ねて行くのだ。
今この瞬間に死ぬ者達も、これから死ぬ者達も、やはり、これまでと変わらぬ人間の所業の証明にすぎないのかもしれなかった。
管制官が進路上の障害物の有無などを確認し、出撃に問題が無い事をパイロットに告げ、百を超えるパイロット達が銀の砂時計を守らんとする者と、それを屈服させんとする者、そしてそのどちらでもない者達の戦場へ出陣する。
 M1アストレイ、ストライクダガー、ジン、ゲイツ、シグーなど勢力を問わず揃えられた混成部隊は、罪なきプラントの国民に突き刺さらんとする核ミサイルとそれを運用するメビウスと、その護衛部隊と壮絶な戦いを演じていた。
 その中には当然のことながら、ノバラノソノに協力する異邦人らの姿もあった。
クライ・ウルブズ同様に、オウカはククルとカナードとの三人で小隊編成を組み、遺憾なくその実力を発揮していた。
オウカのラピエサージュが中〜遠距離を、ククルのマガルガが近距離での戦闘を担当し、カナードのドレッドノートHが全距離に対応する形で臨機応変に援護している。
 それぞれが単機で無双と言える活躍を可能とする機体とパイロット達の組み合わせが、連携を取ってそれぞれの役割を完璧と言っていいレベルでこなす以上、その視界に映り、捕捉される事は死と破壊をもたらされる事に等しかった。
 ラピエサージュはオーバー・オクスタンランチャーの実弾モードの連射とHスプリットミサイルの時間差攻撃で、白煙をたなびかせながら飛翔するミサイルと鉛弾の雨が複数のダガーLを同時に撃墜する。
 DCやザフトと違い、遅れて戦場に参戦したノバラノソノの面々は体力や精神力、集中力という点に置いてまだまだ余裕があり、加えて自分達そのものが伏兵として不意を突いたつもりであった連合の部隊は、更に自分達の後に現れた敵に動揺を隠せずにいた。
 ヤキン・ドゥーエのあるザフトやDC、後方にまだ無数の艦隊を温存している地球連合と違い、自分達が戦力を回復・補充する余地のない事を理解していたオウカは、突出した力を持つ自分達が先頭に立つべきと判断し、積極的に攻勢に出ていた。
 オウカが滅多に見せぬ攻撃的な姿勢に、五指を揃えたマガルガの手刀でデュエルダガーの上半身を貫いていたククルは、時折危ういものを見るような、憐れみを交えた瞳でラピエサージュとその中のオウカを見つめていた。

 ヤキン・ドゥーエ攻防戦への介入を行うべく宇宙航路をひた走る戦艦の中で、ラピエサージュを前に佇むオウカにククルは声をかけた。カナードを連れて戻ってきた折に、プレアが怪我を負った事を知り、オウカの心はこれまでになく不安定な状態が続いている。
 灯台の明かりだけを頼りに世界を白く濁らせる濃霧の中を行く船が、唐突によすがである灯台の明かりを見失ったように、向かうべき場所を見失っている。
 今はまだキラやアスラン、ククルやウォーダンらのフォローもあって、表面上は落ち着いて見えるが、戦闘を重ねる度に蓄積された心理的重圧によって、徐々に取り返しのつかない事態へのカウントダウンが始まろうとしていた。
 キャットウォークの手摺をしなやかなオウカの指が握り締めていた。PT乗りの操縦だこがある以外は、映画や小説の中に出てくる、どこまでも広がる濃緑の森の奥に佇む古式ゆかしい屋敷の令嬢と見える指だ。
 何を堪えているのか、見ているこちらがあまりの痛ましさに目をそらしてしまう様子で、オウカはただ床の一点を見つめていた。痛むのは体か? それとも心か?
 ふわりとまさしく天女の羽衣の様に翻る裾を繊手で押さえながら、ククルは音も無くオウカの隣に爪先を着け、その動き自体が一つの典雅な舞の様にゆるゆると着地した。
 その場をどこか荘厳な雰囲気へと変える侵し難い神秘さを纏う古の巫女に気づいたオウカが、それまで浮かべていた表情を慌てて繕い、常と変わらぬかすかに愁いを帯びた笑みを浮かべた。
 オウカとククル、共にまだ二十歳にもならぬ少女だと言うのに、二人がその身にまとった不可視の雰囲気は、月の明るい番にだけ咲く一輪の花の様に儚く、どこかうたかたの夢の様に淡い。
 佳人薄命という言葉があるが、この二人はまさしくそう例えられるのに相応しい、天上世界の高貴なる人の貴品にさえ通ずる、儚さがあった。
人の夢と書く言葉を儚いと初めて読んだのははたして誰であったろうか。その言葉の綾そのもの自体が儚さを帯びて、どこか皮肉的だ。

「相変わらず眉間に皺を寄せているな」
「そうかしら? 自分では気付かなかったけれど」
「お前がそう言う顔をする時はいつも自分以外の誰かの事を考えている時じゃな。それなりの付き合い故、その程度の事は私にも分かる」
「そうね。プレアの事を考えていたわ。マルキオ導師様が私達と一緒にあの子を宇宙に挙げた時は、導師様の使いだとばかり思っていたけれど、まさかあんな危険な事をしているなんて思わなかった。命が助かってよかったけれど」
「……ならば、ステラとシンも同様であろうな。今この瞬間にもどこぞの戦場に立ち、我らが顔も名前も知らぬ誰かと戦い、傷つくか、最悪死に至っているかもしれない」
「そんな事を言わないで。私は……」
「“私は”、なんじゃ? その続きは出て来ぬか? どちらにせよ、次の戦いがかつてない規模で行われる事は明白。ステラとシンが無事生き延びて折るならば、またそこで会う事もあるかもしれぬ。問題はその時お前がどうするか、どうしたいか、ではないかな?」
「私は、戦いたくはない。できるなら、また昔みたいにみんなと笑顔で居たい。本当に、それだけで私は十分なのに。どうして、私とシン君やステラちゃんたちが戦わなければならないのかしら?」
「選んだ道の交わりをどういっても始まらぬが、天の配剤という事にでもして、運命とやらに侮蔑の言葉を吐くくらいしか私は思いつかん。
だが、何も戦わなければならぬと決まったわけでもなし。ここの連中の考えで行くなら、我らが無理にDCの者どもと矛を交える必要性もない。
シン達ならお前の言葉を聞くだろうし、それにここの者共に戦えと言われてもいざとならば無視すればよい。元より我らはマルキオの言葉に踊らされてここに身を置いただけの事。
お前の事じゃ、とっくに情が移ったキラやアスランが気に掛かると言うならば、この戦いの終わりくらいまでは私も付き合ってやる」
「ククル、貴女には迷惑ばかりかけているわね。ごめんなさい」
「気に病むな。私は私の好きなように振る舞い、ここに居るのだからな。それに、ここにきて面白い者とも出会えたし、得るモノもあった」
「ふふ、貴女は強いわね」
「失礼な。これでも蝶よ花よと、黄泉の国の父と母に育てられたのだぞ?」
「そうだったの? ごめんなさいね」

 オウカの銀鈴を転がすような笑い声に、ククルは、少しはオウカの気休めになったかと、らしくもない事をした自分にかすかに照れを感じながら、心中で胸を撫で下ろす思いだった。
 そのまま戦闘前の緊張を紛らわすように談笑に耽っていると、コツっと硬質の音がして廊下の向こうから、青いコートに身を包んだ逞しい灰銀の髪の男の姿が見えた。
左手に提げた日本刀もさることながら、全身から立ち上る風格そのものもまた鞘に収められた刀の様に鋭く、またそれを律する鉄の精神の持ち主であることをうかがわせる。
ウォーダン・ユミル。三勢力からの離反者達を主軸としたこの組織の中で、最強のパイロットの一人に名をあげられる強者の中の強者。そして、ククルの言った“面白い者”当人である。
なにか、常に苦難に耐えている謹厳な修行者の様な視線は、爛漫と咲き誇る花も恥じらう様に可憐な少女達を見据えた。
ウォーダンがこの三勢力の離脱者達の中で比較的交流の多い者の一人がククルだ。ククルにとって忘れ難いとある男と言動のみならず、姿形もまた瓜二つのウォーダンに興味を抱いたのが、二人の縁のきっかけだ。
ククル同様にウォーダンに対して、少なからず関心を抱いていたカーウァイ・ラウとも情報交換をし、互いの知るゼンガー・ゾンボルトとの相違点なども確認した。
その甲斐、というべきか今ではククルもウォーダン・ユミルがゼンガー・ゾンボルトとは別の人間であるという結論に達している。
もしウォーダンに死没する直前の記憶があったなら、ククルと共にゼンガー・ゾンボルトと死力を尽くして戦った間柄として、今とはまた違った関係が築けていたかもしれない。
 オウカとククルもウォーダンに気づき都合四つの麗しい視線が、武骨な男に集められた。その視線の注目を浴びる事が出来るなら、なんでもすると言いだす男が後を絶たぬほどに美貌の少女二人を前にしても、ウォーダンの表情は相変わらず固い。
 ククルがどこかおどける様に、袖で口元の笑みを隠しながら楚々と上品な仕草で口を開いた。古の貴種の血が滔々と流れるこの巫女少女の四肢は、指先に至るまで気品が行き渡っている。
 どこか人をからかうような所作の中にも、思わず対峙した者が居住まいを正してしまうような、確かな品があるのだ。

「どうしたウォーダン。歌姫の傍にはいてやらぬのか?」
「四六時中おれの様な者が傍に控えていては心が休まるまい。お前達はどうだ? その様子では、余計な気負いはなさそうだが」
「ええ、ククルが色々と気遣ってくれましたから」

柔らかく微笑んだオウカの笑みに、ウォーダンは短く、そうか、とだけ呟いて応え、一瞬だけ言葉を選ぶように沈黙した。

「……詳しい事情は知らんが、何か戦いに出るのに迷いがあるのだろう?」
「……はい」
「お前はこれまで良く戦ってくれた。それはおれも他の者達も良く知っている。今ならまだお前を戦場に立たせずに済む。ラクスやラミアス少佐、ダイテツ中佐にも了承は取ってある。迷いを抱えたままの者を戦場に立たせても仕方あるまい」
「いえ、私も戦います。あそこには、きっと私が会いたいと願っている子達がいるに違いありませんから」
「会ってどうするのだ? 戦場である以上、悠長に言葉を交わす余裕があるとは思えん」
「それは分かっています。それでも銃火を交える前に、私はあの子達と話をします。皆さんに迷惑はかけません」
「相手は、シン・アスカとステラ・ルーシェ、それにスティング・オークレーとアウル・ニーダだったな?」
「はい」
「既に報告はしてあるから知っているかもしれんが、シン・アスカならばグルンガスト――右肩に『飛鳥』と書かれた装甲を着けた特機に乗っている。他の三人は分からんが、余裕があるならば探して見るといいだろう。
だが、本当に言葉を交わすつもりがあるのならば、ムラタよりも早くシン・アスカを見つける事だ。おれはともかく、奴はシンと剣を交え、斬る事を楽しみにしている。こちらの制止の声を聞くとも思えん」
「どうして、その事を私に?」
「さて、な。だが出来る限りはおれもサポートしよう。どこまで出来るかはわからんがな」
「ありがとうございます」

 予想もしなかったウォーダンの言葉に、オウカは一瞬呆気に囚われる様に口を閉ざしたが、すぐに言葉の意味を理解して礼を述べた。傍らのククルもやや意外という様子で。この人造の剣士を見つめていた。

「ウォーダン、一体どういう風の吹き回しじゃ?」 
「こういう風の吹き回しだ」
「…………これは、この世の終わりか? お前が冗談を言うとは」
「いかんか?」
「大いによろしくない。鳥肌が立つ」
「……肝に銘じておこう」

 ウォーダンはやや憮然とした様子だった。ククルの評価が心外であったらしい。
 ククルやウォーダンとのやり取りで多少なりとも気を持ち直したオウカが、本当にこの戦場でシン達と出会った時どうするのか、ククルはその出会いが生む結果が、両者にとって幸いとなる事を切に願った。
 そして、少なくとも二人が出会うまではやられるわけには行かない。眦を険しく引き締めたククルは、対艦刀を構えて斬り掛かってきた105ダガーへと、マガルガの手刀を向ける。

「冥府への案内、このククルとマガルガが仕る。暗き黄泉路へと落ち行くが良い!」

 ククルやカナード、ムウやジュリ、アサギ、マユラがノバラノソノ艦隊から突出して連合の核攻撃部隊と砲火を交える地点より、やや後方にカーウァイ・ラウのゲシュペンスト・タイプSの姿があった。
 カーウァイの駆るゲシュペンスト・タイプSは電子戦用のオプション装備を搭載して統括司令機として機能し、機動兵器部隊の指揮と戦闘を同時にこなしていた。
ズフィルードクリスタル製の装甲は多少の被弾などまったく意味を成さなかったし、ゼ・バルマリィ帝国の技術で強化された機体は、本来の性能を十二分に発揮してコズミック・イラの巨人達を阻む鉄壁の砦として活躍している。
ノバラノソノ艦隊の出現で戦況がまた互角の状況に持ち直され、連合・DC・ザフトの戦線もより激しさを増している。
カーウァイの視界の彼方でひときわ巨大な爆発と光が発生した。ミーティアを装備したフリーダムとジャスティスが、放たれた核ミサイルの第二波を一気に撃墜したのだ。
プラント防衛の為に展開したザフトの背後を突いた連合の伏兵艦隊も、その横腹をノバラノソノ艦隊に深く抉られ甚大な被害を被っている。
特に決定的なのが、すでに伏兵艦隊の懐まで斬り込んでいる二機の機動兵器の存在だろう。ムウのドラグーンストライクなどの火砲支援を得て、迎え撃つ連合部隊の砲火をものともせずに斬り込んでいたのはスレードゲルミルとガーリオン・カスタム無明。
共に異世界から死と共に訪れた異邦人達が、各々の機体に持たせた蒼と白の刀剣のみを頼りにMSを両断し、MAを真っ二つにし、艦艇さえも斬り捨てながら、艦隊中枢めがけて突貫していたのだ。
両機が近接戦闘に特化した機体である事は外見からして一目瞭然であり、これまでの交戦記録から連合側の防衛部隊が、遠距離からの包囲砲撃によってスレードゲルミルと無明を撃破しようとしたのは当然の流れだったろう。
事実、艦隊中枢付近まで誘い込まれた両機は、周囲を囲んだMSや駆逐艦などから十字砲火を浴びせられ、互いの誤射も厭わぬ密度の高い火の雨の中に放り込まれる事になった。
十中八九、撃墜は免れぬこの事態を力づくで突破したのはやはり、と言うべきか、ムラタとウォーダンの戦闘能力があってこそだろう。
ムラタは無明の両肩に増設したテスラ・ドライブの最大加速と、装甲越しにも敵機の動作や呼吸、心理さえも見抜く洞察力、気配察知能力を最大に活かし、肌を突き刺す殺気の針の最も薄い所へと無明を走らせる。
瞳を半眼に閉じ、視覚と直感を研ぎ澄ませ、視界に映る光やミサイルの白煙を認識し、自機との相対速度や位置、未来予測の観点から接触地点とその時間を統合的に見て無意識に調節し、最も被弾しないルートを選択。
それでもなお機体に直撃する対空砲火は展開したブレイクフィールドと、掲げたシシオウブレードで弾き落とす。
テスラ・ドライブの高加速にブレイクフィールドはMS程度のビームライフルなら十分に防ぎ、またフィールドを突破してきた高火力のビームは、フィールドを抜くまでのわずかな時間の間にムラタに認識され、シシオウブレードの刃に斬り散らされる。
速度と斬撃の鋭さを持って包囲を突破するムラタに対し、ウォーダンが愛機スレードゲルミルと共に取った手段はいかにも特機らしい、真正面からの突破――いや、蹂躙であった。
この場にかつてトロイエ隊に属していたユーリアらがいれば、かつてグルンガスト零式に乗ったゼンガー・ゾンボルトと繰り広げた死闘を思い起こしただろう。
機動性、運動性などに置いてAMやPTに劣るスーパーロボットに乗りながら、その卓越した技量と機体の重装甲、圧倒的な攻撃力を最大限に発揮し、対ゼンガー用の戦闘マニュアルを最適化・実行したトロイエ隊の多くの隊員を地獄に送ったあの戦いを。

「斬艦刀、電光石火!!」

エネルギー化したマシンセルが斬艦刀の刀身からまさしく雷と化して迸り、刃から一条の鞭の様にしなった雷光は、そのまま周囲のMSを一息に薙ぎ払った。無論、ウォーダンがそうする間も周囲からの砲火は止む事はない。
盛り上がった腹筋の様な腹部や白い丸型装甲の肩、赤い螺旋衝角を持つ顔面にもひっきりなしに無数のつぶてが当たっている。傷ついた機体でなおそれに揺るがぬのはスレードゲルミルの重装甲故か、それともウォーダンの意地か。
伸ばした雷刃を収束し、元の八十メートル長にも及ぶ大剣に斬艦刀を戻し、ウォーダンはスレードゲルミルの背に在るドリルから赤い光を噴射させ、一気に目の前のドレイク級やアガメムノン級へと走らせた。
途中行くてを立ち塞ぐダガーLやメビウスを、無造作な斬艦刀の一振りで斬り砕き、あるいは頭部のドリルを旋回させて叩きつけるドリル・インフェルノを持って微塵に破砕してゆく。
撃破した機体の破片をその道筋にまき散らしながら、スレードゲルミルは大上段に振り上げた斬艦刀をアガメムノン級の船体のど真ん中へと振り下ろす。固く食い縛られていたスレードゲルミルの頤が開き、周囲の虚空を震わせる大音声が轟いた。

「チェストォオオオーーーー!!」

 瞬き一つ分の時間も要さずに真っ二つに両断されるアガメムノン級。斬断された船体は、はたして地上であったならどのような断末魔の悲鳴を上げてスレードゲルミルとウォーダン・ユミルを呪っただろうか。

伏兵として配置していた別動艦隊の思わぬ苦戦やDC・ザフトの共同戦線を前に、今だに二の足を踏んでいる地球連合軍ではあったが、唯一防衛戦線に食い込んでいる戦場があった。
アークエンジェル級三隻を筆頭にしたω特務艦隊と、同所属の機動兵器部隊である。そこにボアズに死と破壊と鮮血の悪夢を齎した暴虐の破壊神アズライガーが加わったことで、ザフトWRXチームによって、かろうじて拮抗していた状態が大きく動かされたのだ。
デス・ホーラーとライトヘッド・レフトヘッド、またEFナックルなどを用い、地球連合WRXチームや数で攻めてくる連合MS部隊を、牽制していたイザークのR−1をはじめとしたWRXチームは、既にω特務艦隊所属のエース達を前にして窮地に陥っていた。
友軍の核動力機部隊も善戦しているが、それ以上にω特務艦隊所属のエース達の戦闘能力は頭一つ飛び抜けていたからだ。
ヴィレッタの駆るR−SEOWDパワードと肩を並べ、最前線で弾幕を展開していたイザークは、先程から自分達を抑えている連合のWRX各機と、デュエルやストライク、バスターなどの発展機らしいMSを相手に、徐々に押され苛立ちを覚えていた。
敵機の連携や性能、パイロットの能力のどれをとっても侮りがたい強敵ばかりだ。しかも数も倍以上で攻めてくる。
こちら側もシホやレイ、ルナマリア、ヴィレッタだけではなくホーキンス隊のハイネ・ヴェステンフルスや、別部隊に配属になったミゲル・ハイマン、サトー隊のサトーらがジャスティスに乗り援護に駆けつけてはいるが、芳しいとは言えない戦況だ。
今もムジカ・ファーエデンの搭乗するR−1とスウェンのストライクノワール、ミューディーのブルデェエルが、ジョージーのR−2パワードとシャムス・コーザのヴェルデバスターの援護を得て猛烈な攻撃を仕掛けてきている。
回避しきれぬ攻撃を時にデス・ホーラーを盾にしながらやりすごし、アクア・ケントルムのサーベラスと合わせて銃撃の隙間を縫って反撃の一打を加えてはいるが、まだ互いに致命となる一撃を与えられてはいない。
イザークのみならずルナマリアやレイも、この状況が長く続けば先に膝を屈するのは自分たちだと分かってはいたが、焦ったからと言って敵が落ちてくれるわけでもなく、まだ年若い二人の精神の消耗は加速度的に増していた。
更に戦線を支える彼らザフトの諸兵の心を挫く事態が起きた。後方よりヴァルシオン改と量産型ベルゲルミルを従え、GAT−X後期ナンバーにエスコートされて、アズライガーが姿を見せた。

「隊長、副隊長、あれ、アズライガーですよ!」
「分かっている!」
「落ち着きなさい、ルナマリア。ブランシュタイン隊がこちらに向かっているわ。それまでもたせるわよ」

 ルナマリアの半ば悲鳴に近い声とヴィレッタの落ち着いた声を耳にしながら、イザークはぎり、と噛み締めた奥歯の音を聞いた。これだけの物量と質を揃えられ、さらにそこに単機で戦場の勝敗を容易く左右する兵器の投入。
 迎え撃つ自分たちザフトの敗北の色が濃くなってゆくのが、目に見える様な気さえした。頼みの綱、というにはイザークには抵抗があるが、ボアズ戦でアズライガーと互角に渡り合ったDCの部隊も、ザフトの救援要請を受けて動きを見せている。
 ヴィレッタの言うとおりザフトの誇るブランシュタイン隊も、こちらに向かっている。前回アズライガーと交戦した彼らの構築した対アズライガー戦闘用のマニュアルもある。ボアズの時の様にただ一方的に負ける事はないはずだ。
 イザークの耳をけたたましいアラームの音が打った。アズライガーが姿を見せた方向から高エネルギー反応。のべ二百に届くザフトのMSを葬ったアズライガーの持てる火力を叩きつけるフル・バーストの前兆だ。
 イザークが叫ぶのは、アズライガーから無数の光が放たれるよりもほんの少しだけ早かった。

「全機散開――!」
「いぃいいけぇええええーーーー!!!」

 過剰に分泌されたエンドルフィンやアドレナリンをはじめとした脳内麻薬の齎す高揚に、どっぷりと侵されたアズラエルの狂笑は、引き金を引く指と共にアズライガーのコックピットに溢れる。
 次の瞬間、アズライガーの攻撃に気づいて回避行動に移るも、間に合わなかったザフトのMSが十数機ほど光の本流に飲み込まれてまた新たな爆発となって散った。
 アズライガーの初陣に比べればはるかに少ない被害だが、それでも一撃でこれだけの戦力を持っていかれるのは、無視できない被害だ。アズライガーの引き連れているヴァルシオン改と量産型ベルゲルミルの戦闘能力もだ。

「くそっ!」

 R−1の両手に握らせた魔犬の双頭の照準を、恐怖を具現化した様な巨体を誇るアズライガーへ。複数の防御フィールドを持つアズライガーの機体に銃弾は届かぬだろうが、そうせずにはいられなかった。
 アズライガー側もこちらの戦闘態勢に気づき、展開していたターミナス・キャノンの砲身を折りたたみ、十二基のビームガンバレルを展開し、十指のスプリットビームガンを広げ、爆発的な加速で迫ってくる。

「ちょっと、こっち来たわよ、どうするの!」
「落ちつけ、ルナマリア。アレの相手が出来るのはザフトではおれ達位だ。である以上、こちらに来るのは都合が良い」
「よくそんな落ち着いていられるわね。怖くないの!?」
「多少はな。だが、どうせ戦わねばならないのならば、怖がるよりも開き直って闘志を燃やす方がまだ建設的だ」
「なによ、いつもと変わんないからてっきり怖がってないんじゃないかと思ったじゃない」
「おれとて人の子……というわけだ。一応、な」
「ふぅん? ああもう、何か露骨にビビっていた私がバカみたいじゃない。こうなったらもう私達だけのデカブツ落とすくらいのつもりで行ったろうじゃないのよ!!」
「その方がお前らしいな」

 落ち着きを取り戻したルナマリアの様子に、レイはかすかに安堵の吐息を吐いて、先程から交戦を続けている連合側のR−3パワードや、エールダガーL、デュエルダガーの集中砲火を交わす。
 ナチュラルとしては類稀な素養を秘めたとある男の血縁である事に加え、徹底的に鍛えあげたレイの能力は、かろうじて数の不利を補い互角に近い戦闘を可能としていたが、長時間に渡って与えられる緊張と疲労は加速度的にレイの集中力を削る。

「ちぃっ」

 ばらまいたマイクロミサイルの雨を突破してきたPS装甲機――エールストライクやデュエルFSに対し、レーザーキャノンの照準をあわせ、レイはトリガーを引いた。この戦いだけで一体何機を撃墜したのか、レイはとっくに数えるのをやめていた。

 アズライガーの左右を固める四機のω特務艦隊所属のMSの内、デュエルカスタムに乗るカイ・キタムラと、超直感的な知覚能力を開花させたグレースとアーウィンがそれに気づき、前に出て戦っている友軍に全力で警告を発した。

「全員、散開しろ!!」
「逃げろ!!」
「だめぇ!」

 最大速度で最前線に赴かんとするアズライガーも、機体制御のほとんどを任されたソキウス達と再調整を施されたゲーザが、カイ達の警告と接近する敵影に気づき、機体の突撃を急停止させた。
 はるか彼方からオレンジの火の玉と宇宙の闇、星星の黄金の輝きを切り裂いて走る白銀の輝きが、疾風の如く迫っていた。ミーティアの莫大な推進力を持ってしても追いつけぬほどの、超高速。
これを可能とするのは静かなる狼に属する風の魔装機神ただ一機のみ。そしてその機体の持つ装備は――

「いっけええ! サイフラーーッシュ!!」

 神鳥デュシュナスを模したオリハルコニウムの戦鳥と姿を変えたサイバスターが、操者マサキ・アンドーのプラーナを媒介にプラーナコンバーターが爆発的に出力を上げ、敵と味方を識別する機能を持った広域先制攻撃兵器サイフラッシュの輝きを放つ。
 世界の全てを瑠璃色の光の中に飲み込みながら、流星の如く戦場のど真ん中に踊り込んだサイバードから球形に広がる光。ザフトの機体には一切のダメージを与える事無く、効果範囲内に居た地球連合のMS達を次々と撃破し、一挙に数十単位の機体が破壊される。
 それまでレーダーを埋め尽くしていた地球連合機を示す赤いマーカーがあっという間に消失し、代わりに白銀の神鳥から騎士の麗躯を持った機神の姿があった。
 四大属性の精霊の内、風の加護を受けたサイバスターだ。
後方に出現した連合艦隊をノバラノソノ艦隊が完全に抑え込み、DCの戦線も、重い腰を挙げたギナのギナシオンと直属であるソキウス達のソードカラミティ、制式仕様レイダー、ゴールドフレーム天が加わり、維持している。
その速度故にサイバスターのみが先行してアズライガーの出現した戦場へと姿を見せたのだろう。アカハガネ・タマハガネの船影と、両ウルブズの構成機も姿を見せはじめていた。
他人の力を借りるわけで、やや情けなさは残るが、ザフトにとってはこれ以上ない援軍の出現だった。

「へ、あのデカブツにはおれも借りがあるんだ。悪いが手出しさせてもらうぜ」

 右腰の鞘から抜き放ったディスカッターの切っ先と左手に構えた銀銃の銃口をアズライガーへと向け、マサキは勢いよく啖呵を切った。一挙に味方を失った事への動揺とサイバスターへの警戒と恐怖から、周囲の連合MSの動きは鈍い。
 この機に乗じようとザフトの部隊も低下した士気を盛り返し、反撃の狼煙を上げている。サイバスターに対して怯む様子を見せないのは、すでにこの機体と交戦した経験のあるω特務艦隊の機体とアズライガーのみであった。
 ボアスでの戦闘の記憶を書き換えられたアズラエルにとってサイバスターは初めて見る敵であったが、アギラを持ってしても手の届かぬ深層心理にこびり付いた記憶は、銀騎士の姿を目の当たりにしてかすかなノイズとなってアズラエルの神経をささくれ立たせた。

「なにか知りませんケド、ムカつくんですよ、君はぁ!!」
「きやがれってんだ!」

 たちまちアズライガーからサイバスターへと描かれる十条の光を、サイバスターは流石に風の魔装機神、軽やかにかわし、銀の魔銃からエーテルで形成した弾丸を放ち、厄介なビームガンバレルを牽制しながら挑みかかる。
 ボアズでの交戦で、アズライガーに痛打を浴びせたサイバスターの性能を鑑み、ヴィレッタは素早く指示を出した。

「各機はサイバスターを援護! ほかの連合の機体はホーキンス隊、サトー隊、ブランシュタイン隊に任せる! まずはあの機体を落とすわよ」
「了解、プラントを守るのはおれ達ザフトだ!」
「まだまだ私達の運も尽きてないって事かしら?」
「あまり楽観的に考えるものでもあるまい」
「ルナマリアもレイも、それより隊長の指示に従わないと」
「シホの言う通りよ。アズライガーだけじゃなくってヴァルシオンとか他にも色々いるんだから」

 シホとアクアの窘める言葉に、ルナマリアも気を引き締め直し、息巻くイザークにつられる様に気合を入れ直し、すっかり慣れたダイレクト・フィーリング・コントロールによってターミナス・エナジーの出力を高めに調整しながら、残る連合部隊を睨みつけた。

「アクアさんの言う通りね。私も赤らしく活躍させてもらうわよ!」
「調子には乗るなよ?」
「いちいち釘を刺さなくってもいいじゃない!」

 通信機越しに聞こえてくるレイとルナマリアのやり取りに、シホとアクアはある意味大物なのか? と顔を見合わせた。

「仲が良いって事なのでしょうか? アクアさん」
「まあ、そうなんじゃないかしら?」

 アレで彼らなりに戦場で感じるプレッシャーを解しているのだろうと解釈し、アクアとシホもDFCでTEを調整しながら、真っ向からω特務艦隊の精鋭たちを迎え撃った。

 DC艦隊旗艦マハト周辺はいまも地球連合の部隊を寄せ付けずに、ユーリア・ハインケルを隊長に置く精鋭部隊トロイエ隊とラスト・バタリオンが果敢に戦っていた。
所属する機動兵器の性能の高さと高性能OSのサポートを受けたパイロット達の能力もあり、またロレンツォ・ディ・モンテニャッコのヴァルシオン改タイプCFの存在も大きかった。
 問題は月から到着するだろう増援艦隊の規模だ。今戦っている連合の戦力と同等近い規模であったなら、やがてこちらの体力が尽きて敗北の泥に塗れる可能性は高い。
トロイエ隊に配備された量産型ヴァルシオーネが一斉に放ったサイコブラスターの朱色の光が、無数の連合MS部隊を呑みこんで破壊する光景を見ながら、マハトの艦橋でビアンとマイヤーは、動き始めた戦況を見守っていた。
 ビアンとマイヤーに、ヤキン・ドゥーエ後方に突如出現した巨大な構造物の報告がされたのは、アズライガーとサイバスターが交戦に入ったと言う連絡を受けた直後の事であった。
 そして、ヤキン・ドゥーエの戦場に居たあらゆるものがそれを見た。
 人間が塵芥程度にしか映らない巨人が、粗雑に描いた直線の様に、突然戦場を貫いた一筋の光を。
プラント本国の後方に突如出現した白銀の円錐形の物体が、放った稲光を纏った真紅の光柱が無慈悲に伸び、その光に触れたものは全て融解し、破砕され、消滅した。
 はるか彼方まで延びた太い光柱を飾る様に大小無数の爆発が生まれ、宇宙の片隅を白々と照らし出し、理解の及ばぬ突然の事態に多くの者達が呆然とそれを見る事しかできなかった。
 直撃を免れたものの、船体に無数の傷を負い航行もままならぬ艦艇や、母艦を失った連合のMSが呆然と漂うMS、そして余りの事態に戦意を喪失した連合の兵士達ばかりが残された。
 どの勢力に所属する者達も、たった一撃で数百のMSと数十の艦艇、数万の兵士達の命を呑みこんだ、悪夢の様な兵器の威力に目を奪われ、一時戦場が静寂に支配された。

 マハト艦橋でも、ザフトが隠し持っていた切り札のあまりの威力に、誰もが息を呑んでいた。たった一撃で戦況を覆す兵器。この宙域を埋め尽くすほどに展開していた地球連合の艦隊はおよそ五割の戦力を失っている。
 あれだけいた地球連合の艦隊が、どれだけ犠牲を払わねばならぬか分からなかった敵が、こうも容易く撃退どころか、消滅するとは。唐突に勃発した事態の理不尽さに、理解が追い付かないのだ。
 沈黙が長く支配しようとしてい場を、ビアンが破った。傍らに居たシュウとミナが、ビアンの語気に何か感じるモノがあったのか、思わず視線を集めた。

「いつでもあの構造物を攻撃できるよう艦隊を動かすのだ、マイヤー。それとネオ・ヴァルシオンの出撃用意を。いざとならば私の手であの構造物を破壊する」

「ジェネシス、最大出力の六〇パーセントで照射。地球軍艦隊は戦力の五割を喪失と推定」
「冷却開始、ミラーブロックの換装作業はじめ」

 自軍の兵器が齎した効果の凄まじさに、息を呑んでいたヤキン・ドゥーエの管制官達が我に返り、自分達の仕事を再開する。
その様を見つめながら、パトリックの傍らでレイ・ユウキもまたぼうとしていた意識を取り戻し、背筋を昇っていたうそ寒い感触に蝕まれつつも、発射を命じたパトリックの横顔を盗み見た。
パトリックは一瞬も目を逸らさずにメインモニターに映し出された戦場の映像と、戦況を伝えるマーカーが慌ただしく変化する様子を見つめていた。
自分の判断で失われた命を刻みつけようとしているのだろうかと、ユウキはいささか意外な気持ちでいた。きりりと噛み締めていた奥歯を離し、パトリックは次の指示を出した。
エザリアの居る軍事衛星に通信を繋いだ。

「なにをしている、エザリア。すぐに連合艦隊への攻撃を再開させろ! この機を逃すな。月からの増援艦隊が来れば、また振り出しに戻るぞ。我らと奴らの戦力差がそれほど開いている事を忘れるな」

 ユウキはひそかにパトリックの指示に顔に苦いものを浮かべた。もともと掃討戦が好きではないと言う事もあるが、一気に味方の戦力の半数を失い、完全に戦意を喪失している敵を討つと言う行為が、卑怯という言葉を越えて残虐なものに感じられたからだ。
 戦争をしているという自覚がある分、自分の感じているモノが干渉であり、甘すぎるものだとも思うが、それを感じる感覚を捨てる気にはなれなかった。

「戦争は、勝って終わらねば意味がないだろう……」

 パトリックの呟きに、ユウキも確かにそうだと同意した。もし、地球連合の放った核ミサイルがただの一発でも迎撃に失敗していれば、プラントは破壊され、残酷だ卑怯だなどと感じているどころではない結果に終わっていた。
 それに戦力の半分を喪失したとはいえ、地球連合の保持している宇宙戦力はまだ嫌というほど存在している。事実、月からの増援艦隊だけでも、ヤキンに展開しているザフトとDCの戦力を合わせた以上の数なのだ。
 ザフトはもう、プラントを守る為に手段を選ぶ余裕などとっくに失っているのだから。

「あ、ああ……」

 ω特務艦隊旗艦ゲヴェルの艦橋でも、一瞬で失われた味方の被害に誰もが呆然と戦慄き、恐怖に震えていた。
 まだ年若いレフィーナが自制する事が出来ずに唖然とし、それがクルーにも伝播して動きが止まっている。それを正したのは副長であるテツヤと遼艦ドミニオンの艦長ナタル・バジルールの叱咤の声だった。

「エンフィールド中佐、友軍の指揮を」
「レフィーナ、気をしっかり持て!」
「えっ、テツヤさん……」
「貴女はこの艦の艦長です。自分の役割と貴女が座っている場所を、忘れるな!」
「っはい! 残存艦の把握を急いでください。旗艦シンマニフェルとワシントンは!?」
「ワシントンの識別コード、消失しています! クルックおよびグラントも応答ありません! シンマニフェルは……識別コードありました。無事です!」

 かろうじて旗艦シンマニフェルこそ無事だった者のそれに準ずる艦の多くが沈み、大雑把に見て一気に戦力の半数以上を奪われ、指揮する者を失った多くの者達が混乱に至り、救える命も失われ続けている。
 通信越しに見えるナタルが極力動揺を表に出さないように自制している様子が分かり、レフィーナもまたかろうじて冷静さを取り戻そうと、必死に自制する。テツヤの叱咤もよく効いていた。

「周辺の残存艦には本艦を目標に集結するように指示を! ユン、シンマニフェルから撤退の指示は!?」
「シンマニフェルから指示ありません!」

 爪を噛みたい衝動を抑えながら、レフィーナは指示の遅いシンマニフェルを罵りたい衝動に揺さぶられた。

「あ、ああ、あああああああーーーーー!!! あいつらあ!!」

 元より血走っていた眼をさらに赤く染め、アズラエルは一瞬で自軍の戦力の半数を奪ったザフトの兵器ジェネシスを睨みつけた。情報部からザフトが極秘に開発している決戦兵器があるという情報は得ていたが、それがあれほどのものだったとは。
 ジェネシスの発射から間もなく行っていた計算結果に、アズラエルは口の端から血が滴るほどに強く歯を噛みしめ、旗艦シンマニフェルと残存艦を集結させているゲヴェルに通信を繋いだ。

『何を悠長にしているんだよ、お前達ィ!!』
「あ、アズラエル理事!?」
「まさか、理事がアズライガーのパイロット?」
『そんな事はどうだっていいんだよ。それよりも早く再攻撃の用意をしろ!! 補給も、整備も、救援も! 全部、後回しだ!! 今すぐにあのザフトの連中の兵器を叩き潰せ、残っている核も全部使うんだ』
「む、無茶です! わが軍がどれだけ深刻なダメージを受けているのかお分かりですか!? 生き残った者も戦闘が可能な者は決して多くありません! 少なくとも増援艦隊が到着するのを待つべきです」
「バジルール少佐の言う通りです。もう一度あの兵器を撃たれれば、こちらの戦力が壊滅するのは確実です。ザフトもDCもまだ十分に戦力を残しているのですよ!? 月からの増援の無い現状で戦っても!?」
『分からない奴らだな。だったらお前らだけじゃなくて、生き残っている奴らもこれを見ろ! それでもまだ、そんな悠長なことが言えるのかな!?』

 生き残っている残存艦とMS・MA部隊、そしてレフィーナとナタルの手元のコンソールに、ジェネシスのシミュレーションが映し出され、換装中のミラーの角度が調整された場合が何通りも表示される。

『あそこからでもアレはゆうに地球を撃てる――!』

 アズラエルの言葉に、ナタルとレフィーナのみならずその通信を聞いている連合兵の誰もの背筋が凍った。これまで無意識にそんな恐ろしい可能性を否定していたからだ。まさか、プラントが地球を滅ぼすなどと。
 だが、自分達は核を使った。核を使い、彼らの母国を破壊しようとした。自分達にとっての地球に当たるプラントを。先にそうしようとした自分達を相手に、プラントがそうしないという保証があるだろうか? 彼らが地球を撃たないという保証が。

『奴らのあのとんでもない兵器はいつでも地球を狙えるんだぞ!? どういうことか分かっているのか、お前らの家族だけじゃ無い、地球に住んでいる人間もそれ以外の生き物もみんな、あの兵器で皆殺しにされるかもしれないって事だよ!!
 分かったか! 無理でも無茶でも何でも! もうぼくらはあれを破壊しなきゃならないんだよ。地球が撃たれる前にあれを壊せなかったら、ぼくらは滅亡するんだよ!?』

 プラントを滅ぼそうとしたアズラエルの言葉だからこそ、彼の告げる滅亡の未来は明確な者として、彼の言葉を聞く者達を捕えた。万に一つ、億に一つの可能性であろうとも、地球を滅ぼせる可能性があるのなら、それをなんとしても摘み取らねばならない。
 モニターの向こうで爆発し、轟沈した友軍艦の爆発の光に白皙の美貌を照らされながら、レフィーナとナタルは固く身を強張らせた。自分達の戦いが、地球に住まう数十億の同胞の命を駆けた戦いであると、理解した為に。

 実際の戦場に居る者達にとってもジェネシスの発射と、撤退するどころか退かずに再攻撃を開始しようとしている地球連合とそれを迎え撃とうとするザフト・DCの兵達に影響を与えていた。
 特に所謂ニュータイプの素養を高いレベルで発露させたグレースとアーウィンは、一瞬の間に生まれた無数の死者の最後の思念を感じ取り、半ば恐慌に陥りかけていた。

「あ、あああ!? いや、いやあぁああ!!!」
「なんて、事を……。人が、死、たくさん、ぐぅう」
「どうした、アーウィン、グレース!? く、パニックを起こしているのか、無理もないが。……シャニ、クロト、二人を連れてゲヴェルに下がってそのまま直衛につけ。友軍がこんな状況では、敵に好きなように戦線を抜かれかねん」
「いいのかよ、少佐? ぼくら抜けたら結構やばいぜ」
「いいの?」
「構わん。今のグレース達では足手纏いだ。おれ達だけでもやってみせねばならん」
「まあ、少佐が言うなら良いけどさ。勝手に死なないでよね」
「戻れそうだったら、戻ってくるからさ」
「早く行け。……オルガ、お前はおれとアズライガーの援護を行え。友軍の支援はω特務艦隊以外はあまり期待するな。月からの艦隊が到着するまでは、今度はこちらの方が数で劣るぞ」
「はいよ。でもよぉ、アレ壊せるのかよ?」
「壊せる壊せない以前に壊さなければならん」
「地球が撃たれたっておれにゃ家族も何もいやしねえしあんまり関係ねえけどよ。艦長や少佐の家族は居るんだったよな。まあ、その分は働くぜ」
「お前の口からそんな言葉が出るとはな。少しは拳骨も効果があったか」
「けっ、あんなのは二度ともらいたかねえよ。おら、さっさと行かねえとだろうが。DCのあの連中も姿を見せてやがるぜ」

 オルガは乾いた唇を舐めて湿らせ、再び攻撃を開始したアズライガーと交戦し始めているクライ・サイレントの二つのウルブズの見慣れた機体を睨みつけた。
 カイはたったの一撃で戦況が圧倒的に連合の振りに傾いた事実を認識し、配色の濃厚さを理解しながらも、前に出る事しかできない事を苦々しく認めていた。

 ジェネシス発射前よりもさらに苛烈になったアズライガーの攻撃をかわしながら、サイバスターの動きは精彩を欠いていた。友軍勢力であるザフトの放った一撃の凄まじさと、その無慈悲さに青臭い少年の心はひどく動揺していた。

「ちい、こいつら撤退しないのかよ!? あんだけ味方がやられてんだろ!」
「マサキ!」
「っ、テューディ、リカルド!」

 サイバスターに遅れて到着したイスマイル、ザムジード、それ以外にもグルンガスト飛鳥やヒュッケバイン、ナイトガーリオンやジガンスクードも姿を見せ、事実上ノバラノソノを覗く勢力の最強戦力が一堂に介した事になる。
 ジェネシスの発射は彼らDCの兵達にとっても大きな衝撃を与えるもので、同盟勢力であるザフトの切り札に頼もしさを覚えるよりも、大きな不安と一抹の恐怖を抱くものがほとんどだった。
 そんな中、マサキは唯一明るい材料がある事に気づいた。グルンガスト飛鳥――瀕死の重傷を負って入院している筈のシンの愛機の姿があるではないか。
別のパイロットが乗っている可能性もあったが、大好きなご主人様に会えた子犬よろしく近くにいようとしているヒュッケバインから判断するに……

「お前、シンか!」
「ああ、おれだよ。少し遅くなったけど、なんとか間に合ったかな?」
「へ、まああらかた決着はついたと思うがよ。連合の連中はまだあきらめていないみたいだぜ。核ミサイルも、アズライガーも残っているし、月からの増援もあるみたいだからな」
「そうか。でも連合も核を使ったけど、ザフトもあんなのを持っているなんて」
「確かにいい気分はしねえな。それに、あのラクス・クラインの連中も来ているんだろう? あそこにはオウカやククルがいるからな。こいつらをさっさとぶちのめしてあっちに行きたい所だぜ」
「……オウカさんか、そうだよな。あの人も守りたいよな。いや、守らなきゃな」
「そういうこった。というかそれが、おれがDCに参加した目的なんだしな」
「そうだったな。だったら、早くあのアズライガーを倒して、こっちの決着をつけないと」
「おれ達がいりゃ、あの化け物もすぐに片がつくさ」
「油断するなよマサキ。それでもあいつらとんでもない強敵なんだからさ」
「言われるまでもねえ。この前の戦いであいつがどんだけやばいかはたっぷりと体験したからな。ザフトの連中には悪いが、対抗できるのはおれ達位だぜ」
「イザークさんやルナが聞いたら絶対に怒るぞ」
「聞かれなきゃいいんだよ」

 母なる大地“地球”を焼かせるわけには行かぬと背水の気迫を陽炎の如く立ち上らせる連合部隊を前に、勢ぞろいしたウルブズの面々はいよいよこの戦いにも決着がつくかと、息を呑み操縦桿を握り直した。
 たしかに決着は着く。地球連合とDC、ザフトら常識の範囲に収まる者達の戦いは。

 ヤキン・ドゥーエの戦いを見守りながら、その女は嘲りの色をありありと浮かべた艶めいた笑みを口元に刻んでいた。二十代後半か三十歳前後の美貌に並みならぬ知性の光を宿した瞳が特徴的な美女だ。
 がらんとした格納庫に設置したコンソールのモニターに映る外の様子を見つめ、一人嗤っている。いや、女以外にもそこには別の存在があった。天上世界の住人達との戦いに敗れ、地の底に在る奈落の世界に帰る事も出来ず、地上に落ちた悪魔の様な影。
 節くれ立ち、瘤のように盛り上がった極彩色の鋼の筋肉を繋ぎ合わせた様な巨躯は、今そのほとんどを格納庫の床や壁に溶け込ませ、徐々に浸食の根を広げていた。
 悪魔はオリジナルのメディウス・ロクス、宿りし人工知能はAI1――便宜上AI1セカンドとする――という。そしてそれらを生み出した女はエルデ・ミッテ。ザフトのTEアブソーバーを開発した科学者にして異世界からの招かれ人の一人だ。
 ザフトから失踪し行方知れずとなってから、ずっとこの場所で息を潜めて密かにメディウス・ロクスの修復と侵食を見守っていた。だがそれも今日までだ。外で開幕している喜劇に閉幕を告げる為に、いよいよ自分達が舞台に立つ時が来た。

「さあ、始めましょう。AI1。全てがあなたと一つになるのよ。あなたがすべてとなるの。どこまでも高みに登り詰めなさい。いつまでも永遠に存在し続け、至高の存在となるのよ。あなたこそ究極の存在なのよ」

 メディウス・ロクスもAI1セカンドも無論答えるわけもない。だがエルデは恍惚と酔いしれた様に謳いながら、メディウス・ロクスのコックピットに乗り込み、コンソールにある無数のボタンの一つを押した。

「さあ、このジェネシスを食らい尽くし、地球連合とザフト、DCの連中を貪りつくして、やがては地球を、宇宙の全てをあなたで埋め尽くすのよ!!」

 どくん、とメディウス・ロクスが胎動した。やがて、ジェネシス全体に伸ばされた自己再生機能を搭載した自律金属細ラズナニウムが、ジェネシスを食らって変化させ、メディウス・ロクスの一部へと変え始めた。
 まだ誰も、それに気づいた者はいなかった。

――つづく。