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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第78話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:59:26
 

ビアンSEED 第七十八話 人の黄昏、神の黄昏

 
 

 まるで気まぐれな狂気画家の筆が、パレットにぶちまけた絵の具をとくように宇宙空間がぐにゃりと蕩けて混ざり合う。AI−1セカンドの撃破によってようやく安堵を迎えようとしていた者達全ての心を裏切る様に、それは極彩色の歪んだ世界の先より現われた。
 グランゾンの中のシュウ・シラカワが、ネオ・ヴァルシオンの中のビアンが、冷たい光を帯びた瞳でそれを見た。かつて、旧オーブ本土を襲った汚らわしく忌わしく、しかし強大なる敵を。
 まず出たのは、巨大な爪であった。異様に真白いそれは象牙細工のように滑らかな光沢を放っていたが、それの生えた肉は、決してこの世にあって良い造形ではなかった。
 表面は磨き抜かれた装甲の様な個所もあれば、魚の様な鱗を連ねた個所もある。まるで機動兵器の様な硬質の装甲を持った個所もあった。あるいは、生きた人間の様な、腐乱した死人の様な個所もあった。
 およそ人間が不快さを覚えるありとあらゆるモノを繋ぎ合せた様なその姿。人間の描く想像の中の産物もこれほど汚らわしく気味の悪いものは他にあるまい。
 でたらめに体のあちこちから突き出した牙、角、触手、無数に開かれた瞳。様々な色に染まり、ぬらぬらとぬめり、どう見ても岩石の様な外見なのに軟体動物の様な柔らかさを持った個所もあった。
 かつてシュウの目の前では法衣の下に奇怪汚穢なものへと変わった肉体を隠していたルオゾールは、今や完全に同化し、復活した哭霊機ナグツァートとヴォルクルス完全体の融合した真ナグツァートを露わにしていた。
 頭部と思しき箇所にナグツァートのわずかな名残をとどめ、実に1200メートルに及ぶ巨躯を余す事無く曝け出し、生前よりもさらに異形化した真ナグツァートの姿を誇示している。
 地球連合の核兵器の使用、ザフトの隠していた地球滅亡さえ可能とする決戦兵器ジェネシス、ジェネシスを取り込み野望を露わにしたエルデ・ミッテ。どれ一つとっても心臓を止めるほどの衝撃であり、絶望の暗い影が心をよぎった。
 今、そのすべてを乗り越え、ようやく安堵の息を突いた人間全てに、ルオゾールはシンの絶対的絶望を与える為に顕現したのである。世界の終末に、人類を裁くべく姿を現す裁判神の様に。
 真ナグツァートは、さらに数体のヴォルクルスを引き連れていた。ヤラファス島で姿を見せた上半身、下半身のみの分身体ではない。上下の体が融合した完全体と呼ばれるものだ。
 かつてシュウが地底世界ラ・ギアスで意図的に蘇らせて倒したヴォルクルスは真ナグツァート同様に1000メートルにも及ぶ巨体であったが、これらはルオゾールの生み出した分身体である為か、その十分の一、120メートルほどだ。
 それでもアズライガーに匹敵する巨躯であり、人知を超えた不気味な不可視のオーラを噴出している。人間の理解の及ばぬ存在は、冷たい宇宙空間でもおぞましく映った。
 真ナグツァートの頭部に、ぼこぼこと肉の瘤が泡立って、それは一人の人間の顔を造り出した。二十メートルを優に超す巨大な顔は、削いだ様にこけた頬に、水死人の様な色をしていた。
 魔神官ルオゾールである。本来の世界でシュウ・シラカワによって二度に渡る死を与えられた男。
 三度目の生をこの世界で得て、自分を斃したシュウ・シラカワの可能性の一つを、こちらの世界に呼び込んで蘇らせた男。
 自らの蘇らせたシュウ・シラカワを、自らの手で恥辱を与え、無様に命乞いをさせてから殺すべく復讐を図った男。
 地球連合に力を貸して死者の力を貪りながら雌伏し、十分な力を取り戻すや連合に反旗を翻し、シュウへ悪意を剥き出しにした男であった。
 ルオゾールは、他のすべての人間に目もくれず、シュウとその傍らのビアンに目を向けた。それ以外の人間は、すべて自分に捧げられた供物にすぎぬのだろう。無力な人間を見下す、神の傲慢であった。

 

「お久しゅうございます。シュウ様、ビアン・ゾルダーク。どうやら、私が手を下すまで無事命を長らえたご様子で誠に重畳」
「貴方も、ヴォルクルスの制御に失敗して野垂れ死にをしたかと思っていたましたよ。私がDCに身を置いてから何の音沙汰もなかったものですから、てっきり怖気づいたかとも思いましたが」
「はっはっは、そう仰られますな。ようやく貴方方と決着を着けるに相応しい舞台が整いました故な」

 

 慇懃に言葉を交わすルオゾールとシュウ。二人の関係と互いに備える力を知る者からすれば、これ以上ないほど恐怖を覚える両者の対峙であった。ルオゾールは、それから、この場で注意を向けるに値する二人目の人間を見た。
 ネオ・ヴァルシオンの創造主にして操者、DC総帥ビアン・ゾルダークを。

 

「おや、顔色が優れませぬなあ。先ほどの戦闘で負った傷ではありますまい。満足に傷を癒す事も出来ずに立たねばならぬとは、定命の人間の身でご苦労な事です」
「貴様こそようやく引き篭もるのをやめて、下らぬ企てを披露する気になったようだな。あのエルデ・ミッテとの戦いも傍観していたか」
「いやいや、面白い見せものでしたぞ。身の丈に合わぬ野心を抱いて滅びた女と、その女を相手に必死に抗う小虫どもの争い。そしてその戦いに安堵した貴方方の顔が、私の姿を見て恐怖と絶望に陰るのもまたなんと心地良い。くくく、待ったかいがあったというもの」
「下衆が。それで神を名乗るのか。あまりにも卑小、あまりにも下劣、あまりにもくだらぬ。その腐った性根を、存在の一片も残さぬように滅ぼしてくれよう。この私とディバイン・クルセイダーズが」
「ふくく、そう、その大言が実に心地よい。そうのたまった貴方の口から恐怖に塗れた断末魔の声を絞り出して差し上げよう」

 

 再びビアンの心身に燃える戦意が充ちた。衰弱の一途をたどる体を突き動かす衝動は、目の前の邪悪を許さぬ強い意志。今のルオゾールを前にいかなる言葉も大義名分も必要ない。
 目にすれば分かるのだ。アレが存在を許してならぬものだと。この世に生きるあらゆる全ての者にとっての反存在。関わったもの全てを破滅に導く生命そのものに対する敵だと。
 ネオ・ヴァルシオンの右手に握られたディバイン・アームは、真ナグツァートの妖気を前に鈍く輝いていた。ビアンの最後の命の火が乗り移ったものか、液体金属で構成される刀身は陽炎を纏ったかの如く揺らめいて見えた。

 

「さて、そろそろ始めさせていただきます。背教者クリストフ、愚者ビアンよ。今こそ、滅びの時。一瞬でも長く生き延びられる事を願いなさい。神となったこの私に! はははははは」
「やれやれ、相変わらず品の無い笑い声ですね。少しは他人の目と耳を気にする神経を期待したいものでしたが、あれほど驕り高ぶった愚か者では仕方ありませんか。ですが、慈悲も容赦も与えはしません。チカ、形態変化を」
「しょっぱなから飛ばして行きますね、ご主人様!」
「言ったばかりですよ。慈悲も容赦も与えはしないと」

 

 グランゾンをにわかに闇が飲み込んだ。一片の光の通過も許さぬ闇の球体は、わずかに一瞬のみ生じ、それが霧散した時にあったのは、真の姿を開放した闇色の魔神ネオ・グランゾンであった。
 もとより無機物でありながら、途方もなく強大な力を持った神像を前にしたような畏怖を見る者に与える機体であったが、背に黄金の光輪を背負い、四肢に新たに重厚な装甲を纏ったその姿は、神も魔も滅ぼす問答無用の破壊神の如き圧倒的な威圧感を放っていた。
 ただそこにあるだけでも世界に冷たく恐ろしい何かを満たす、まさしく魔神の名で恐怖と共に讃えられるに相応しいその姿。
 真紅の大魔王と闇色の魔神。並び立つその姿は数十倍の巨躯を有する邪神を前にしても決して引けを取らぬ存在感を醸し出している。
 万の軍勢を持って対するよりも、この二機の巨神の存在こそが、邪神にして破壊神たるヴォルクルスとの戦いに置いて要となるであろう。
 AI−1セカンドを前にした時の恐慌を今一度来しかねない中にあって、比較的平静を保っていたのはDCの諸兵であった。ヤラファス島での戦闘の情報が規制付きではあるが軍内で、テロリストの有する生物兵器として通達されていたからだろう。
 とはいえ、事前に見た記録映像などと比してもあまりにも巨大すぎ、あまりにも禍々しすぎるその姿は、知識を与えられていたDCの諸兵をしても息を呑み、恐怖に心臓を縮こまらせても無理からん事であったろう。
 実はヴォルクルスとそれを操るルオゾールの情報それ自体は、ザフトにも地球連合にも知れ渡っていた。地球連合はもとからルオゾールを子飼いにしていたと言う事もあるが、ザフトにも知られているのは、DCからリークされたからだ。
 DC本土を襲い多大な被害を強いたヴォルクルスの事が知られる事は、DCの立場を悪くしかねぬものであるから、無論そっくりそのまま教えるわけには行かなかった。
 DCから秘密裏にリークされた分身体やデモンゴーレム、ゾンビー化するMSの事など、一笑に伏せられつつも、隊長格をはじめとしたザフト兵士に伝えられている。半信半疑、どころか九割九分九輪信用されぬ情報であったが、それでもその甲斐はあったろう。
 AI−1セカンドや核攻撃といったあまりに度肝を抜く事が続いた所為で、ある程度神経が麻痺し、事前情報で知っていた荒唐無稽な生物兵器の一群らしきヴォルクルスの出現を前にして、半ば機械的に引き金に指を添えていたのだ。
 DC兵、ザフト兵が、心臓をきゅっと縮め、恐怖に目を見開きながらも引き金に指を添え、反射的に迎撃しようとしていた。だが、その最後のひと押しが足りなかった。60兆に及ぶ人体を構成する細胞が恐怖のあまり動かぬのだ。
 ぶお、と地球の大気圏内であったら、どんな巨大な生物の首も落とせそうな風切り音を伴ってディバイン・アームが振り下ろされた。ネオ・ヴァルシオンだ。
 添えた引き金を引く最後のひと押しとなるべく、ビアンは酩酊する意識の芯に鋼を通し、鬼神も三舎を避けかねぬ形相を浮かべた。全周波に通信を繋げ、喉が張り裂けんばかりの叫びを放った。

 

「皆に告げる。私に続け!! アレはここで斃さねばならぬ敵だ。諸君の命を私に預けよ。故郷の父母を、友を、子を、あの様な汚らわしいものに蹂躙されてはならぬ。行くぞ!」
「お供しますよ、ビアン博士。個人的にも、あれは始末せねばならぬ理由がありますし、またそろそろお世話になった借りも返さねばなりませんしね」

 

 ネオ・グランゾンの右手の甲にある黄金の球体が発光し、局所的に増大した重力で歪められた空間の先から、重厚な刃を持った剣の柄が伸びる。
 それを一息に抜き放ち、グランワームソードを右手に提げたネオ・グランゾンは、テスラ・ドライブの光の粒子を放ちながら先を行くネオ・ヴァルシオンの後を追った。
 その道筋を、周囲に漂っていた無数の残骸と化していたMS達と、空間転移によって数百単位で召喚されたデモンゴーレム達が立ちはだかった。ルオゾールの魔術によって使役されるゾンビーMSをはじめとしたルオゾールの兵団である。
 ルオゾールの死霊を用いた魔術は時間をかければかけるほど、斃された味方が敵となり、戦いの趨勢はより敗北に傾く。
 細胞の一片さえ残っていれば時と共に復活するヴォルクルス、そして死者を弄び、力に変えるルオゾールを相手にする場合、極めて短期でかつ圧倒的な火力でせん滅する事が犠牲を最小限に留める術だ。

 

「合わせよ、シュウ」
「ふ、お任せを」

 

 ネオ・グランゾンの胸部とネオ・ヴァルシオンの左手の先に空間の穴が穿たれる。同時に無数の空間歪曲によるワームホールを作り出し、同時多面多数攻撃を可能とする恐るべき武装の同時使用。

 

「ワームスマッシャー、発射」
「ワーム・クロスマッシャー!」

 

 一瞬、正しく一瞬で両機の前に立ちはだからんとしたデモンゴーレムやゾンビーMSの群れがゼロとなる。並び立つ二機の前方が、無数の球体が連なった光の帯となる。
 本来の世界と、このC.Eの世界どちらでもあまりにも頭抜けた力を持つ二機の力を、わずかに披露しただけで、これであった。
 果たして、人類の作り上げた人造の破壊神ともいえるこの二機と、ラ・ギアスで滅亡した巨人族の怨念が形をなした邪神を取り込んだ魔神官と、勝利の勝鬨を挙げるのはどちらか。
 数多の神話で運命を司る神達にも到底結末を見通せぬ戦いの火蓋が切って落とされたのだ。

 
 
 

 サイレント・ウルブズ母艦アカハガネ、クライ・ウルブズ母艦タマハガネから補給と応急修理を終えた機体達が飛び立つ中、サイバスターのコックピットの中で、マサキが予測していた通りに、聞こえてきた悲痛な叫びにこめかみを押さえた。
 サイバスターの機体が、マサキの変調に応じる様にしてふらついているのに気づいたテューディが心配げな声をかけた。愛しい者の体を案じる声音だ。

 

「マサキ、ヤツか!?」
「ぐう、そうだ。サイバスターが泣いているぜ。サイフィスもな。来る!」

 

 かつて南米近海で対峙した、ヴォルクルスの呪いを受けたもう一体のサイバスターの出現を告げるサイフィスの声を聞き、マサキは目の前の虚空を睨み据える。
 デモンゴーレム同様に無数の空間の歪みが生じ、その先から魔装機サタナギーアと、異世界のサイバスター“イズラフェール”がその姿を見せた。右手には、今首を跳ねたばかりの様に紅に染まった湾曲刀バニティスラッシュを握っている。
 ともにポゼッション――精霊憑依を行い、シュウをしてグランゾンでは負けると断言させるほどの力を見せ、超自然的な戦いを行った両機は、同じく風の高位精霊サイフィスの加護を受けながら、かたや邪神の使徒として世界に破滅の歌を歌うべく対峙していた。
 イズラフェールは移植されたヴォルクルスの細胞によって侵され、唯一オリジナルサイバスターの右腕のみが、清らかな白銀の輝きと原型を留めている。もとより焼け爛れた様な腹部や、悪魔めいた容貌ではあったが今はそれをはるかに醜悪に誇張させた姿だ。
 サイバスターの周囲をぐるりと囲む無数のサタナギーアと対峙したのは、マサキの恋人テューディのイスマイル。
 そしてアカハガネの指揮を副長に任せ、オールトのブローウェルカスタムを守りに着かせて、デュラクシール・レイで出撃したフェイルロードの二人であった。
 リカルドのザムジードはシカログやヴィガジ、アギーハらと一緒に先行してAI−1セカンドの軍団と戦端を開いているから、こちらにはいない。
 ルオゾールの意識がシュウとビアンとの戦闘に向けられているから、イズラフェールと内部のソッドに今以上の干渉を行いはしないだろうが、それでもイズラフェールを侵すヴォルクルス細胞の魔力と強制力は、ソッドの自由を束縛して解放を許さない。
 ゆるりと赤く染まった妖かしの気を立ち上らせ、血臭薫る刃をイズラフェールが構えた。小休憩を挟み、気力を取り戻したマサキは今度こそイズラフェールに宿るサイフィスを開放せんと、腹腔に気迫を溜め込み、イズラフェールの一挙手一投足に目を光らせた。
 呪縛されたサイフィスの力にヴォルクルスの魔力を併せ持つイズラフェールの戦闘能力は、グランゾンさえも一蹴する。一瞬の気の油断が齎すのはマサキの死とサイバスターの破壊の二つのみであろう。
 マサキは、不意にサイバスターのコックピットに風が吹くのを感じた。空調ではない。気のせいでもない。それはサイバスターに宿る風の精霊が、緊張に身を強張らせるマサキを慰めたのだ。
 精霊との高すぎる親和性を危惧したテューディによってリミッターが設けられ、サイフィスとの交感にはある程度の壁が築かれたが、対となるイズラフェールの出現を前に、サイフィスの影響力も強まったと言う事だろう。
 高ぶった神経を鎮め、精神に余裕を取り戻させてくれたサイフィスの優しい手のぬくもりに、マサキは穏やかな微笑を浮かべた。サイバスターの右手のディスカッターの切っ先がイズラフェールの胸元へ、応じる様にバニティスラッシュもまた動く。
 清浄なりし白銀の風と凶気に侵されし魔風。わずか二度目の邂逅。しかし決着を着けるには十分に過ぎる二度目の出会いであった。共に戴く力は同じなれど、それを行使する手段はまるで異なった。
 かたや精霊に認められた人の意思と、精霊とが共に力を高め合うサイバスター。
 かたや邪神の力を取り込んだ狂人の呪縛によって力を引き出すイズラフェール。
 サイフィスの意思は無論サイバスターの勝利と、イズラフェールを縛るヴォルクルスの呪いからの解放を願っている。
 である以上サイバスターの方がサイフィスの力を引き出し得るのは明白であるが、精霊ならぬ人間のマサキが操者である以上、扱う事の出来る力にも限度があろう。
 元より亡者であり、ヴォルクルスの細胞によって作られた偽りの肉の枷に閉じ込められたソッドには肉体的な制限はない。強制的に引き出されるヴォルクルスの力に自壊する事はないのだ。
 ルオゾールの呪術によってサイフィスの力はサイフィス自身の意思とは別に抽出され、その際に途方もない苦痛を伴う。
 精霊の感じる苦痛というものは人間の感じるものよりも、はるかに強大なエネルギーとなってルオゾール自身にも還元され、いっそうイズラフェールの支配を強固なものにしてしまう。

 

「フェイル、テューディ。周りの奴らは任せたぜ。おれは、あのイズラフェールを斃す」
「言われずとも任せるさ。サイフィスの解放は、必ず成せ」

 

 フェイルは、そうなると分かっているように頷き、群れなすサタナギーアへと愛機と共に挑んでいった。

 

「マサキ……」
「ん? どうした、テューディ」
「言っても無駄かもしれないが、無理はするな。精霊憑依は操者への負担が大きすぎる。サイフィスとの相性が良すぎるお前では、その負担も……」
「へ、心配すんなよ。おれはテューディを信じている。テューディが作ったサイバスターもな。絶対に勝つ。そして生き延びるぜ。テューディとこれからも一緒に生きたいからな」
「ふふっ、15歳の子供が生意気な事を言う」

 

 そう言うテューディも、このような状況ながらもどこか嬉しそうだ。半死人であった頃から比べれば、ずいぶんと変わったものだ。その様子にフェイルはいささか呆れた様であったが、彼ららしいとどこか頼もしくもあった。
 二人の様子を待っていたのか、それまでバニティスラッシュを突きつけたままだったイズラフェールが動いた。口は動かしつつも目線はイズラフェールに向けていたマサキが即座に反応する。
 イズラフェールとの二度目の戦闘とはいえ、やはり瞠目に値する速さで闇の魔装機神は目前に迫っていた。実にシンの最速最高の踏み込みを凌駕する早さであった。
 イズラフェールの背の翼から吹きこぼれる黒い粒子と、サイバスターの背から舞散る翡翠の粒子とが交差する。

 

「行くぜ、サイバスター、GO!!」

 

 衝突する紅刃と銀刃。瞬く間に数十単位で交わされる剣戟は、闇に堕ちた魔装機神と風の司たる魔装機神の周りにのみ愁雨が降っているように、無数に剣花を咲き散らした。
 球形のコントロールスフィアを力いっぱい込めた指で握りながら、マサキは高まるプラーナの鼓動のままに、サイバスターを己が手足の様に操り、サイフィスの声の導きと共に戦う。
 付与された風の属性そのままの如き疾風の一太刀は、イズラフェールの左頸部に叩きこまれ、木刀で大岩を叩いた様な衝撃がサイバスターを越えてマサキの全身を痺れさせた。
 サイバスターが疾風ならばイズラフェールもまた疾風。受けたディスカッターの刃を、同速度で受けて、遥かに上回る剛力で弾き返したのだ。体勢を崩したサイバスターの頭部へ振り下ろされる紅の縦一文字。
 弾かれた勢いを利用し、機体を回転させてその一刀をかわして、マサキは風を巻く横薙ぎの一閃をイズラフェールの右胴へ。刀身に巻いた風さえも切り裂くマサキの一撃は、後退したイズラフェールの残像を裂いた。
 振るった刃に伝わる虚しい手応えを認識するのと、刃をかわした直後に再び前進しサイバスターの左胸部へイズラフェールがバニティスラッシュの切っ先を突きこんでくるのに気づくのは同時だった。
 まるで刃そのものが血を欲しているように見えるのは、イズラフェールの纏う妖気の所為か。
 紅の一筋は、白銀色の残像に紛れた。手を伸ばしても決して掴む事の出来ない風の様に、サイバスターもまたイズラフェール同様の神速で回避して見せたのだ。
 自分自身が風と同化した様な感覚の中で、マサキの感覚はより鋭敏になってゆく。宇宙に充満する無数の宇宙線や、放射能、太陽風、電磁波に至るまですべて知覚できているかの様。
 イズラフェールの背後に姿を露わにしたサイバスターのディスカッターとバニティスラッシュが、飽きる事無く斬撃を交わした。
 ズフィルードクリスタル製の機体を揺らす衝撃に視界を揺さぶられるなか、マサキは四基のファミリアレスを起動し、イズラフェールの周囲を取り囲ませ、同時にサイバスターの左腕をかざしアートカノンを連射した。
 テューディの施したリミッターはすでに作用しておらず、マサキはイズラフェールを前に高まるサイフィスの解放を求める声に突き動かされて、際限なく高まるプラーナのままにイズラフェールに挑む。
 かつてない破壊力で放たれるアートカノンを、イズラフェールは左腕を振るって巻き起こした黒い風で無効化した。ヴォルクルスの魔力を乗せたプラーナの風であろう。黒い紗幕の様に翻った風はそのままサイバスターへと襲いかかった。
 ヴォルクルスと融合したルオゾールの悪意をそのまま乗せた風を、サイバスターは同じように左腕を振るって巻き起こした風で相殺した。イズラフェールの魔風に対し、変わらぬ清らかなままの聖風であった。

 

「冥府の刃、ディスカッター。いくぜ!! ダンシングディスカッター!!」

 

 アズライガーへ見舞った速度重視なだけの乱舞の太刀ではない。すでにディスカッターは真・天空斬を放つ際のサイブレードへと昇華されている。高まったプラーナを供給されたプラーナコンバーターは、際限知らずに出力を上げて行く。
 生体エネルギーたるプラーナがサイバスターのコックピットにも充満し、マサキ自身の細胞も活性化させ、身体能力を根底から跳ね上げる。
 眼に映る銀の風は、今や戦艦も木の葉の様に吹き散らす大嵐の如く荒れ狂い、すべての斬撃は真・天空斬の威力で放たれるのだ。
 かつてスレードゲルミルと対峙したガームリオン・カスタム飛鳥も恐るべき斬撃の嵐を放ったが、はるかにそれを上回る鋭さと迅さを備えているのは、やはり魔装機神、精霊、人の三者が互いの力を高め合っているからだろう。
 しかし、恐るべきはその全てを捌くイズラフェールであったろう。同じようにオリジナルサイバスターの右腕を保有している為に、互いの位置や機動、魔力の流れを把握しているのだろう。
 数十単位の敵を一度に相手にしているに等しい超超高速の刃の中、時折放たれるファミリアレスの砲撃にも完全に対応しきり、あまつさえ反撃の一刀を振るってさえいる。人間の肉体の限界を超えた能力と耐久性を与えられたイズラフェールならではか。
 振り上げた大上段からのディスカッターを、イズラフェールのバニティスラッシュの刀身が受ける。交差した二つの刀身から舞散るのはプラーナとオリハルコニウム、魔力が混ざった火花だ。
 赤々とサイバスターの顔を照らす火花。マサキの闘志とイズラフェールを支配するヴォルクルスの悪意とが、さらに透明な火花を散らす。
 イズラフェールの瞳を濁す悪意が、より一層深さを増した。マサキがサイフィスの告げる警戒の声に、まだ少年としか見えない顔に緊張の波を走らせた。マサキの全細胞が脅威を感じ震えた。サイフィスの声を聞いた心が、覚悟に震えた。
 たとえ瞼を閉じても分かる。目の前で刃を交わすイズラフェールの総身から、途方もない魔力が噴き出すのを。コレが、シュウ・シラカワにグランゾンを持ってしても勝てないと言わしめたのだ。
 それは、人と精霊と両者を繋ぐ魔装機のみが可能とする筈の奇跡。

 

「精霊憑依!?」

 

 物理的な圧力を伴ってサイバスターの機体をイズラフェールの放つ魔力波が弾き飛ばす。その魔力波の余波だけで、周囲のファミリレスは全て撃墜された。脳髄を揺さぶる衝撃に片目を閉じたマサキの目の前に、すでにイズラフェールがいた。
 漆黒の薄靄を纏い、サイフィスの力を強制的に顕現した一撃が、サイバスターの右頸部へと振り落とされる。
 受ける――否。
 受けたその瞬間にディスカッターを砕かれて、ズフィルードクリスタル製のサイバスターの機体毎真っ二つにされるのがオチ。
 回避――不可。
 疾風の速さと烈風の荒々しさを併せ持ったサイバスターと、これまでで最高の能力を見せるマサキの二人を持ってしても、これは、かわせない。
 血肉を割って心臓を冷たい手に握られるような悪寒がマサキの背を走った。実際にそうされた事などありはしないが、死神とやらが本当に居て命を奪われる瞬間は、きっとこんな恐怖を覚えるのだろう。
 だが、その恐怖を上回るモノがマサキの腹腔から湧きあがり、瞬く間四肢の末端まで行き満ちる。サイフィスを呪縛するヴォルクルスへの怒り、サイバスターを汚された事への怒り。それらがマサキに目の前の邪悪を許す事をさせなかった。
 宇宙を満たすエーテルが、今、世界を構成する四元素のひとつ“風”に染まり、サイバスターを中心に目に見えぬ渦を巻いた。サイバスターの機体そのものが大きく脈打ちを瞳からは清冽な光が零れる。
 かつて行われた精霊憑依を行った機体同士の、しかも根源を同じくする精霊の力の激突が、今、再び。

 

「サイバスター!!」

 

 サイバスターの機体から溢れだした白い光が、ルオゾールの出現と同時に周囲を満たしていた悪意を払拭する。
 イズラフェールを侵食するヴォルクルスの細胞は、太古の昔、自身と争った精霊の力を感じ取って憎悪を募らせ、イズラフェールの右腕は今こそ解放されんと打ち震え、コックピットの中の操者ソッドは、滅びを願っていた。
 魔装機系統の技術を持たぬDC以外の勢力には未知の巨大なエネルギーが、サイバスターとイズラフェールを中心に瞬く間に世界を満たし、“精霊”の力をこの世に顕現する二機の、真の戦いが始まった。

 
 
 

 ルオゾールと共に出現した死霊兵団は元より、特に脅威となったのは真ヴォルクルスの分身体だ。
 サイズこそ十分の一で、また特殊な防御能力――たとえばビーム吸収能力などを持たぬから攻撃こそ通るが、その再生能力は戦艦の主砲の直撃を受けても瞬く間に穴を塞ぎもとの状態に戻るほど強力であった。
 そして見るからに分かるその異形のおぞましさ。対峙するだけで内臓を掴まれているような恐怖に襲われるその姿。
 ましてや襲い来る土人形達の中には斃された筈の友軍機や敵群の機体も混じり、はたしてここが自分達が生きていた世界かどうかさえ分からなくなってくる。正気のままでいるには、あまりにも過酷な戦場であった。
 大気圏内ならばあらゆる物質を崩壊させるヴォルクルスのスーパーソニックウェーブは、大気の無い宇宙空間では、エーテルを振動させる魔力波となって放たれ、目に見えぬ攻撃の前に果敢に挑んだMSを粉微塵に破壊していった。
 原形を留めぬほどに破壊された者達はまだましだったかもしれない。少なくともヤキン・ドゥーエ近海を覆い尽くすルオゾールの呪術によって死霊となって戦わずに済むからだ。
 狂気と正気と現実と非現実と悪夢と、そして生と死との区別が曖昧になってゆく世界の中で、それでもなお敢然と戦うもの達が居たのは、絶望を前にしても決して人間は膝を屈するだけの存在ではないと証明するためであったろうか。

 

「ガウンジェノサイダー!!」

 

 特徴的なゴーグル型のビームが折り重なるほどに密度の濃いフォーメーションのデモンゴーレムとゾンビーMS達を一直線に貫き、その先で猛威を振るうヴォルクルスに直撃し、その汚肉を焼き潰す。
 しかし、見る間に新たな神経や血肉が泡立つ様に溢れ出してその傷を埋め尽くすのを視認し、ザフトWRXメインパイロット、イザーク・ジュールは舌打ちを隠そうという素振りもなく大きく打った。

 

「非常識な化け物め。一気に奴を消し飛ばさない限り斃せんという事か」
「WRX単機の火力じゃあ、これ以上は望めませんよ?」
「……」

 

 そうイザークに告げてから、ルナマリアは黙ったままのレイに目を向けた。モニターの向こうのレイは、すでに涙を流し尽したのか、もう泣いてはおらず、凛然とした美貌を厳しく引き締めている。
 あの強奪されたフリーダム一号機のパイロットや、ザフトでも有名だったラウ・ル・クルーゼとの間に、レイにどんな因縁があるのかは分からなかったし、家族であったらしいクルーゼの死が、どれだけレイに衝撃を与えたかも、計り知れなかった。
 なにか声をかけてやりたいが、どんな言葉を言えばいいのか。それが分からず、戦闘中でありながら、ルナマリアはどうしてもレイに意識を向けてしまう。
 モニター越しにルナマリアの視線に気づいたのか、レイはコンソールに向けていた視線を上げ、ルナマリアの目をまっすぐ見返した。いつもと変わらないように見えるレイの瞳、ルナマリアは何も言えなくなってしまった。

 

「レイ、その……」
「気にするな。おれは、ラウの言った通り生きて見せる。ラウに言われたからだけではなく、おれ自身の意思で。這い蹲ってでも、泥水を啜ってでも必ずな」
「レイ」
「だが、その為にはお前の力も必要だ。力を貸してくれるか?」
「……ふふ、そうね、ちょっと高くつくわよ? ランチ奢るってだけだったら許さないわ」
「ふむ。後で考えておこう」
「それと、どうせなら泥水啜ってでも生きるより、優雅に人生楽しんで生きる方が得でしょ? だから、余裕を持っていきましょうよ。私達はあんたなんかに負けないんだって。怖くないんだってさ」
「そうだな。それが、生きているおれ達の特権か。ラウ、おれは生きる。貴方の分まで、この命が燃え尽きるまで!」

 

 強い意志を込めたレイの言葉に、黙って二人の会話を聞いていたイザークは、ヒヨッコが一人前になったなと、頼もしく感じて微笑を浮かべていた。
 イザーク自身尊敬していたクルーゼが、目の前で戦死した事には少なからず衝撃を受けていたが、今はそれに囚われている場合ではないと割り切っていた。
 それに、クルーゼが家族だと言ったレイの命を預かっている状況なのだ。あのクルーゼの遺言をレイに果たさせる為にも、今自分に出来る事は、目の前のわけのわからない化け物をはっきりと消滅させることだ。

 

「シホ、隊長!」

 

 WRX単機の武装でもヴォルクルスを斃す事は不可能ではないかもしれないが、出力の安定しないTEエンジンに加え、初の実戦投入でこの長丁場の上に奇奇怪怪な敵だ。万全を期し、イザークはWRXの全戦闘能力の使用を決断した。
 イザークと同じことを考えていたヴィレッタとシホの、R−SWORDパワード、R−GUNパワードが、それぞれ変形シークエンスを開始しながらWRXの元へと加速する。

 

「R−GUN、変形シークエンスを起動します! R−GUN、モード・メタルジェノサイダー!」
「R−SWORD、モード・メタルスレイヤー。WRXとのシステム同調に入る」

 

 付近の友軍機が三機の護衛に回る中、シホのR−GUNパワードは機体そのものが巨大な手持ちの砲へ。ヴィレッタのR−SWORDパワードもまた、機体そのものが巨大な両刃の剣に変わる。
 WRXの武装として開発されたR−ウェポンシリーズの真価を発揮する場が、今になってようやく与えられたのだ。
 右手にTEバスターキャノンと変わったR−GUNパワードを、左手にH・TEソードを握り、天上天下無敵のスーパーロボットは、そのゴーグルアイに、ヴォルクルスの姿を映した。
 ザフト最強の機神の姿を認めた他の部隊も、ザフトWRXを中心にMSを終結させ、ヴォルクルス分身体一体と、それらの周囲に侍る無数のデモンゴーレムなどとの戦いを始めた。
 完全武装したザフトWRXは、TEバスターキャノンの砲口をヴォルクルスへと向け、イザークの漲る闘志を叫びに変えて突撃した。

 

「行くぞ、バケモノ。人間の底力というものを、骨の髄まで教えてやる!」

 
 
 

 クルーゼにマルキオに気を付けろと告げられたキラは、その真意が何を意味するものかいぶかしんではいたが、AI−1セカンドを斃した直後に出現した到底理解できない、常識の外にあるルオゾールに、意識を割かざるを得なかった。
 地球連合艦隊及びアズライガーとの戦闘の為に、ノバラノソノ本隊からはだいぶ先行していたから、そこから戻るのには敵機との戦闘もあり、時間がかかった。
 それに、あのウォーダン・ユミルが死んだという衝撃も、キラの胸に黒いしこりとなって残っていた。最強最大の戦力の中核であり、またあの寡黙な、大昔の武人然とした姿は、ただそこに居ると言うだけで精神を支える支柱となっていた。
 それはキラだけでなく、彼と共に轡を並べる者なら誰でも感じていたものだろう。それに、ラクスがウォーダンに対し強い信頼を抱いていたのは傍目にも分かる。そのウォーダンが死に、はたしてラクスが無事でいられるか、キラには分からなかった。
 キラは、フリーダムの光学カメラが、ヴォルクルスの一体と交戦しているノバラノソノ艦隊の姿を映すのを、一日千秋の思いで待った。
 すでにAI−1セカンドとの戦闘で、エターナル、スサノオ、クサナギ、アークエンジェルをはじめとした各艦艇は大小の損害を負い、機動兵器部隊も少なくない被害が出ている。
 キラより先に戻ったアスランのジャスティスや、ムウのドラグーンストライク、カーウァイのゲシュペンストタイプSなどを中心に、アズライガーと同等の巨体を持つ邪神の写し身と砲火を交えていた。
 フリーダムに気づいたデモンゴーレムに、なんだこれは!? と驚きを覚えながら、キラの戦士としての勘が、向けられた殺意に反応する。
 即座に腰部のクスフィアスレール砲とビームライフルで、撃たれる前に撃ち、それだけに留まらぬ火線は瞬く間に十体のデモンゴーレムを土くれに粉砕した。

 

「な、これは。本当に土だけ? 一体……」
「無事か、キラ」
「ムウさん」

 

 デモンゴーレムのみならず、明らかに撃墜されている筈の機体までも襲い掛かってくる光景に唖然とするキラに、ムウが声をかけた。周囲に展開したドラグーンで弾幕を張り、左舷から黒い煙を盛大に立ち上らせているアークエンジェルを守っていたのだ。
 カナードのドレッドノートHも、アークエンジェルの防備についていたらしく、背のH型の下部砲身から長大なビームサーベルを形成し、縦横無尽に弧を描いては迫る敵を両断していた。
 ゲシュペンストやマガルガ、ラピエサージュが主にヴォルクルスの相手をし、残ったMS部隊がデモンゴーレムや死霊部隊の相手を担当しているようだ。

 

「ムウさん、被害は?」
「分からねえ。とにかくメチャクチャだ。さっきのエルデだかいう女とジェネシスとの戦いでもだいぶやられたが、今もその途中だ。特にウォーダンの旦那がやられちまったのが響いている」
「やっぱり、ウォーダンさんは…… ラクスは? 彼女はウォーダンさんがいないと」
「いや、気丈に胸を張って檄を飛ばしているよ。こっちの部隊の恐慌が崩れていないのには、それもある。とはいえ、MSだけじゃあのデカブツを止められない。なにせローエングリンでも仕留め切れなかった相手だ」
「な、ローエングリンで!?」
「だいぶ利いたし、斃せたと思ったんだがあの野郎、再生しやがった。右肩辺りが抉れているだろう? ちょっと前まであそこに大穴が開いていたんだがな」

 

 動く死人と同じ存在になったシグーやゲイツを、推進剤の詰まっているタンクやエンジンを狙って爆発を引き起こし、二度と動けないように粉砕しながら、キラはムウの言う通りにヴォルクルスの姿を改めて見た。
 下半身は無数の大鎌を先端に付けた様な節足動物の足、そこから正面に向かって伸びるのは緑の皮膚に赤い眼を幾つも連ねた爬虫類のような頭部。
 胴は巨大などくろの様な外見で、背中からは強いて言えば蝙蝠に似た翼が大きく広げられ、肩や頭部からはねじくれた角が伸びている。その右肩と首の接合部辺りが奇妙にねじくれて、瞬きする間にも蠢いているのが見えた。
 先ほどのジェネシスを乗っ取ったAI−1という相手もそうだったが、新たに姿を見せた謎の敵も、これまでの常識をはるかに逸脱した異次元の何かとしか思えなかった。
 ヘリオポリスでザフトの襲撃に巻き込まれてストライクのパイロットとなり、幼い頃の親友と思いもかけぬ再会を果たして、遠い世界の出来事だった戦争に身を投じる事になった。
 キラにとっての世界はそこで一変したが、フリーダムを受け取り、オーブで宇宙に上がってから更に変化の唸りが大きくなっていた世界は、今またおぞましい何かに変わろうとしていた。
 絶え間なく操縦桿を動かし、襲い来る死霊どもと戦いながら、キラは言わずにはいられなかった。

 
 

「どうして、こんな事に!?」

 
 

 キラの叫びは、この場に居るほぼすべての人間の心の中の叫びと合致していた。