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SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第02話

Last-modified: 2009-05-30 (土) 19:06:42
 

ディバインSEED DESTINY
第02話『星の海を目指す者・星を背負う者』

 

 周囲を囲むダガーLやウィンダムを前に、アリー・アル・サーシェスはぺろりと、血に濡れた蛇の様な舌で唇を舐め上げた。先ほど両腕と首を落としたイナクトは流石にもう動く様子はない。
 トントン、とアルケーの肩を叩いていたGNバスターソードをだらりと下げる。獲物の数はまあまあ、本当は手強い相手をじわじわと嬲るのがアリーの最も好むところなのだが、今のアルケーではこんな連中、糞尿にたかるウジ虫程度に過ぎない。
 もっとも、抵抗も碌にできない相手を蹂躙するのもそれはそれで楽しめる。要するに、どんな相手であろうとも闘争であるなら、戦争であるのならば、それが虐殺の様相を呈しようとも、楽しみにつながる。

 

 「おれはもうどうしようもねえ、戦争狂いだ。だからよぉ、てめえらみてなクソ雑魚でも容赦はしねえ。恨むんなら、てめえ自身と、運命と、神とやらを恨みなあ!!」

 

 当然、時代に合わせてアルケーにも搭載しているテスラ・ドライブと擬似GNドライブ双方の持つ質量軽減、慣性制御などを完全にこなすOSは、デュナミスとクリティックの持つザ・データベースの技術あってこそだろう。
 最大推力での急停止急旋回を行ってもアリーに掛かる負荷はほとんどゼロだし、機体そのものに掛かる負荷も驚くほど少ない。
 GN粒子を纏い切断力を増したGNバスターソードが、アルケーの急接近に対処できなかったジェットダガーLを、とっさに掲げたシールドごと右袈裟斬りに斬り捨てる。
 遼機が一瞬で葬られた事に動揺したようだが、周囲の機体が即座にアルケーにビームライフルの銃口を向ける。

 

「は、おせえんだよ!」

 

 全天周囲モニターでいちいち確認するまでもねえ、そう吐き捨ててアリーは機体を急上昇させる。常人では到底耐えられぬ速度での急加速に、向けられた銃口は追従出来ず、アルケーが半瞬前まで存在していた空間を貫いた。

 

「ノロマが! それにしてもいいもんだな、バイオセンサーとサイコフレームって奴はよ、機体がおれの体みてえに動きやがるぜ」

 

 上方から弧を描いて落下へと動きを変えたアルケーが、地面に向けて頭を向ける姿勢でエール105ダガーLの頭部から股間までを、ずぶりという手応えと共にGNバスターソードで苦もなく貫く。
 パイロットはGNバスターソードの質量に真っ二つではなくミンチになっている事だろう。貫いた刀身を振り払う動作と合わせて機体の下半身を旋回させ、爪先に発生させた紅のビームサーベルでさらにもう一機105ダガーLの胸部を斬り裂く。
 撃墜された味方ごとアルケーを撃とうとしていた機体は、その引き金を引くよりも早くアルケーの左手が動き、袖口に装備されたGNハンドガンがコックピットを次々と撃ち貫いてゆく。
 敵対したものを残さず殺す冷酷なまでの操縦技術だ。擬似GNドライブとテスラ・ドライブの併用による圧倒的なまでの三次元機動は、舞踏の神に愛された舞い手の如き流麗さをアルケーに与えていた。
 アルケーの背から零れる紅の軌跡にはかならず命と言う名の花が裂き、次々と空中に爆炎の花道を描いた。
 その紅の軌跡から、小さな飛翔体が放たれた。

 

「行けよ、ファングッ!!」

 

 ビームサーベルの機能も併せ持った小型の自律機動砲台GNファングだ。前大戦終期にザフトが完成させたドラグーンシステムに類似した武装だ。小型の飛翔物体が同時に複数攻撃を仕掛け、多対一で無類の威力を発揮する。
 マニュアル操作か、自律機動プログラムに沿って独自に攻撃行動を行う代物ゆえにパイロットに多大な負荷を与えるか、パターンを覚えられると途端に弱体化する欠点なども持つが、それを差し引いても十分に脅威と言える。
 飛び交うGNファングに撃たれ、貫かれ、見る見るうちに迎撃に出た筈の部隊が数を減らす。

 

「はっはあ、なんだなんだあ? 随分と歯応えがねえなあ。せっかくファングまで使ったってのによお。しょうがねえなあ、せめて派手に殺してやるよ。大将にも派手にやるって言った事だしな。てめえらよく見ときなあ、冥土の土産ってやつだ!」

 

 GNファングを牽制しつつ、アリーは敵機の集団をまとめてロックオンした。それだけの攻撃範囲と攻撃力を兼ね備えたアルケーの新武装である。
 活動時間に制限のある擬似GNドライブを補うために搭載された別のエンジンから供給される膨大なエネルギーが、アルケーの胸部前方で球形を成す。
 リボンズ――ひいてはクリティックの有する技術から与えられた始原文明エスの残した遺産プロトンドライブが、一気にその出力を開放する。

 

「こいつを食らったら跡形も残らねえ。プラズマエクスキュージョンって奴だ!」

 

 アルケーから放たれた超エネルギーの結晶が、進行方向に存在する敵機を呑みこみ、アリーの宣言通り跡形もなく消滅させてゆく。
 本来のアルケーに加えて始原文明エスの遺産プロトンドライブ、そしてデュミナスが収集した技術から再現したバイオセンサー、サイコフレームを搭載した事で、この時代の最新鋭の主力MSさえ一蹴する性能を実現していたのだ。

 

「ははははは、悪くねえ、悪くねえぞ!! はーはははははははは!!!!!」

 

 アリーとアルケーが齎した死と破壊に比例するかのように、擬似GNドライブが放出するGN粒子は、血の雨の如く大地に降り注いだ。

 

   *   *   *

 

 地球の重力から放たれ、無重力の空間に身を委ねている状況に、ティエリアはやはり宇宙の方が馴染むと、傍目には分からぬほど小さく口元を緩ませた。
 DC所有のマスドライバー“カグヤ”を使って宇宙に打ち上げられたクライ・ウルブズの母艦タマハガネの船内である。
 クライ・ウルブズは現在プラントが新造した兵器工廠コロニー・アーモリーワンへ航路を向けている。プラントの最高権力者ギルバート・デュランダルと、自軍の総帥であるビアン・ゾルダークとの非公式の会見に赴くためだ。
 与えられた個室で余計な雑音の混じらぬ静寂を楽しんでいたティエリアは、窓の外に光る擬似GNドライブの光に気づき、それを視界に映した。
 ティエリアがオノゴロ島で見た限り、アヘッドに搭載された擬似GNドライブはイノベイターが使用しているものと比べてそう遜色のないものだ。もっとも、ヴァーチェの様にプロトンドライブを搭載しているわけではない。
 DCでもまだ手探りの段階にある代物の様で、擬似GNドライブと他機関との併用や、擬似GNドライブ以外の動力機関を搭載したバージョンのアヘッドの運用なども検討されているようだ。
 先程出発した低軌道ステーション・アメノミハシラ所属の部隊が使っているアヘッドでの演習か模擬戦だろう。
 前大戦のDC参戦以前から急速的に武装化が進んだアメノミハシラは、今ではかのボアズやヤキン・ドゥーエに匹敵する生産施設と武装、港湾施設などを持つ軍事要塞と化している。
 演習中の部隊の先に、巨大な軍事要塞としてハリネズミのように武装したアメノミハシラが映った。宇宙の勢力圏はザフトがほとんどを占めているが、単純に一つの拠点としての能力ではアメノミハシラは最大規模を誇るまでになっている。
 元々本土のモルゲンレーテに匹敵する兵器工廠を備えていたが、今ではアメノミハシラ事態を覆い尽くすEシールドや光波防御帯“アルテミスの傘”を装備し、ヴァルシオン改といった特機の生産も行われている。
 日ごと増設されている港湾施設に、タマハガネが入港し丸一日滞在する。今回、珍しくロンド・ミサ・サハク副総帥はビアンに同行しておらず地上で執務にあたっていた。
 組織が巨大化した所為でこなさなければならない仕事量が飛躍的に増えたためだ。ビアンは、護衛の量産型ボン太くんに左右を守られながら、アメノミハシラの管理を任せているロンド・ギナ・サハクの下へ赴いていた。
 休息が与えられたシン達もアメノミハシラ内で働いている民間人用の福利厚生施設や、ショッピングモールなどに繰り出して、めいめいに短い自由を楽しんでいた。
 来訪者を告げるチャイムに、ティエリアは閉じていた瞼を開いた。一人個室で瞑想する様に椅子に腰かけていた所だ。

 

「あの、ティエリアさん、デスピニスです」
「なんの用だ?」
「皆さん、外出されていますけど、ティエリアさんは出かけられないのですか」
「必要が無い」
「そう、ですか。あの、私、シンさんやステラさん達に誘われているんですけれど、良かったら、一緒にと思って」
「結構だ。君達だけで楽しんできたまえ」
「あ、はい。……お邪魔してすいません」

 

 まったく、デュミナスが作り出した同胞とはいえ、脳量子波が使えないとなるといちいち言葉でコミュニケーションを取らなければならなくなる。今のティエリアには、デスピニスの気遣いも、いささか鬱陶しく感じられた。
 ドア一枚を挟んで、寂しげに肩を落としているデスピニスの肩が、ぽんぽん、と優しく叩かれた。デスピニスは隣に立っていたロックオン・ストラトスを見上げた。
 シン達は先にショッピングモールの方で待ち合わせをしていて、デスピニスがティエリアも誘いたいと提案し、それにロックオンが付き添っていたのだ。

 

「気にするなって、たった一回断られただけだろう? 時間はこれからまだある。あいつもまだここの空気に慣れていないのさ。刹那の奴もシミュレーターばっかりやっているしな」
「はい。あの……」
「なんだい?」
「ロックオンさんは、ティエリアさんの事をよく知っているみたいですけど、お知合いなんですか?」

 

 そうではない事は、ティエリアと冥王星基地からの付き合いであるデスピニス自身が一番分かってはいたが、ロックオンの口ぶりや確かに、と思うような発言から、デスピニスはつい質問してしまった。
 ロックオンは、ちょっと困った様子で鼻の頭を掻きながらこう答えた。

 

「昔、良く似た知り合いがいてな。なかなか手のかかる聞かん坊だったよ。まあ、何事も慣れさ。そのうちあいつも、君も、付き合い方っていうものを覚える。さ、早くしないとシン達が待ちくたびれちまうぜ」
「はい。あ……」

 

 デスピニスの声にロックオンが振り替えると、ロックオンの手がデスピニスの手を握っている。もう何年も昔、死んでしまった妹の手を引いていた頃の様に、ついデスピニスにも同じことをしてしまったらしい。
 この子の事を気に掛けるのは、妹――エイミーの影を重ねているからだろうか。そんな風にロックオンは苦い思いで自嘲した。

 

「悪い。迷惑だったか」
「あ、いいえ。あの、握っていてもいいですか」
「ああ。もちろんだ」

 

 そう言って、きゅ、とほんの少し力を込めてロックオンの手を握り、デスピニスは歩き始めた。手をつないで歩く二人の姿は、年の離れた仲の良い兄妹のようだった。

 

   *   *   *

 

 待っていたロックオンとデスピニスと合流したシン達はのんびりショッピングモールを練り歩いていた。
 軍事拠点であると同時にDCの宇宙への玄関口であるアメノミハシラには、宇宙と地上に拠点を置く民間企業などにも窓口を開いていて、そう言った関係者が数多く溢れている。
 ステラやデスピニスなどは物欲に乏しいタイプで年頃の女の子らしいアクセサリーやファッション、化粧品などにもさして興味を示さず、ただ立ち並ぶウィンドウに飾らされた商品を眺めるだけでも楽しい様子だ。
 物欲に乏しいと言うよりは、彼女らの素性を考えればショッピング事態が珍しい体験と言うべきだろう。
 荷物持ちを覚悟していたロックオンからすればちょっと拍子抜けしたが、ま、監督役も兼ねて同行した身としては気楽で済む。
 シン達も、久しぶりに訪れたアメノミハシラの変わりぶりに驚いているようで、ショッピングよりも歩き回って変わりようを見る事の方が楽しい様子だ。
 ぐるりと一周回っても服やゲームといった少年少女らしいのを数点買ったくらいで、ロックオン達は休憩する事にした。一番近かったのが、民間にも開放されている軍基地の食堂だったのでそこで休む事にした。割引が利くから、という理由もあった。
 軍の食堂と言っても味気ない造りではなく、民間人の利用も考慮しているのか、イスやテーブル、照明やメニュー表も巷のレストランとそう変わらないデザインだった。
 適当に開いている席に座ろうとして辺りを見回していたシンが、不注意からか、どん、と誰かにぶつかってしまった。
 体調が万全であるなら、眼を瞑って人込みの中を誰ともぶつからずに歩ける程度の気配察知能力があるのだが病み上がりの為だいぶ感覚が衰えていたせいだろう。
 がちゃがちゃと、ぶつかった相手がトレイに乗せていたパフェやアイスクリームが床に落ちてしまう。

 

「あ、すいません!」

 

 咄嗟にバランスを崩した相手を捕まえようと手を伸ばしてふよん、とひどく柔らかいモノを掴んだ。

 

「へ?」
「あ……」
「おお、ラッキースケベここに在り、か」

 

 しみじみとアウルが呟いたのもむべなるかな。伸ばしたシンの手は、相手の手ではなくたわわなその胸を握りしめていた。シンがぶつかった相手は女性だったのだ。
 年の頃は二十歳になるかならないかくらい。艶やかな黒髪は夜の闇の色に染まった絹糸の様。十分に男の目を引く美貌には薄衣の様に儚さが纏われていた。美しい緑色の瞳にシンの顔を映し、突然の事態に呆然と開かれている。
 シンは、自分の手が相手の胸を握りしめている現状よりもその自分を映す瞳に、思わず見惚れていた。そのままその瞳に吸い込まれてもいい、シンはこの時心の底からそう思っていた。
 運命の糸を手繰り寄せられて出会った二人はしばし見つめ合ったが、黒を主体にした軍服を押し上げる水蜜桃の様な乳房を、シンにこう、ぐわっと握りしめられている事に気づいた女性の、絹を裂くような悲鳴によって終わりを告げられた。
 で、慌てふためくシンと相手の女性をロックオンとスティングが宥めすかし、落としてしまったパフェなどをシンが弁償して、改めて謝罪した。女性の悲鳴を聞きつけて、近くの席に座っていた二人の男が近寄って来た。

 

 女性が着用しているのとおなじ黒の主にした軍服を着た二人だ。一人は大柄の体格にスキンヘッドで、精悍な雰囲気の男性。おそらくこの男性がリーダー格だろう。
 もう一人は癖のある金髪の若い男性で、ちょっとした雑誌のモデル位ならすぐにこなせそうな位のハンサムで、体付きも軍人らしいがっしりしたものではなく俳優とかに向いていそうなスリムなものだった。
 身に着けている軍服の階級章から、同じDC所属の身内である事は分かった。アメノミハシラが抱えている特殊部隊の一つかもしれない。
 揃って席に付き、保護者役が骨身にしみているロックオンがシン共々頭を下げた。相手は私服姿のこちらを民間人だと思っているらしい。

 

「本当に申し訳ない。ウチのシンがそちらの女性にとんだ失礼を。ほら、シンお前も謝れって」
「すいません。悪気はなかったんです」
「まったく、うちのアイドルの胸を触るとは、エロガキめ」

 

 と、金髪の青年が言うが、からかう調子なのは口調や笑いをこらえているらしい口元で判断がつく。シンに胸を揉まれた女性も、恥ずかしそうに縮こまって、シンに向かって気にしないでくださいと繰り返していた。
 取りあえず落ち着いた所で改めて、シンから自己紹介をした。

 

「DC親衛隊ラストバタリオン特殊任務部隊クライ・ウルブズのシン・アスカ少尉です。あの、すいません、本当に、え〜と、そのむ、むむ胸を……」
「あの、本当に気にしないでください、と言うか、その何度も言われるとちょっと恥ずかしいと言うか……」

 

 触った方も触られた方も頭を下げあって謝りあうものだから、話が進まない。

 

「君らも御同輩だったか。おれは戦技研究班グローリー・スターのデンゼル・ハマー大尉だ」
「おれはトビー・ワトソン中尉だ。しかし、馬鹿にするわけじゃないが、若い連中が多いんだな。クライ・ウルブズって」
「おれも驚いていたよ、ロックオン・ストラトスだ。PMCからの出向組なんでな、ロックオンと気軽に呼んでくれ」
「セツコ・オハラ少尉です。あのチーフ、クライ・ウルブズって確か?」
「ああ、今度おれ達が配属になる部隊だったな」

 

 チーフとはデンゼルの事だ。経歴・階級・能力的にもデンゼルがチーフとして他の二人を引っ張っているのだろう。一方で、グローリー・スターのクライ・ウルブズ行きの話を初めて耳にしたシン達は、誰か知っているか? と視線を交わしあっていた。
 そういえば、とスティングが首を捻って、思いだすようにして口を開いた。

 

「確か、エルアインスとかアヘッドの次期主力量産機のトライアルに間に合わなかったバルゴラってMSの試験部隊じゃなかったか? テストパイロットと機体、武装の調整が都合合わなくて見送りになったって総帥が言っていたな」
「そう、そのバルゴラを扱っているのがおれ達だ。おれとトビーが先にテストパイロットに選ばれていたんだが、ちょっと事故で怪我を負ってな。
戦争が終わるまで病院の世話になっていて、そこからのリハビリなどもあって、トライアルには間に合わなかった。少尉はその頃はまだ配属になっていなかったし、バルゴラの武装もちょっと手のかかるものでな」

 

 ヤキン・ドゥーエ決戦時、まだベッドの上の住人だった事を思い出して、デンゼルとトビーは苦笑していた。
 この二人は、やはりと言うべきか異世界で死んで、こちら側にやってきた来訪者なのだが、珍しく転移直前の怪我や、機体の破損状況もほとんどそのままやってきたクチだった。
 そのため、機体・パイロット共々本調子とは長い間行かなかったのである。
 二人が乗っていたバルゴラ三号機と二号機も、共食い整備をして見られる程度の体裁を整えられた、という有様で武装も複雑な機構の特殊なものだったから、再現するのに時間がかかり、ようやくパイロットと機体が揃った時にはトライアルは終わっていたのだ。
 ブラックコーヒーを一口やってから、デンゼルがシン達の顔を一人一人見回していった。

 

「今頃、タマハガネにおれ達のバルゴラも搬入されている筈だ。それを見に行く前に腹ごしらえ、と思ってここに立ち寄ったんだが、これから先一緒にやっていく仲間と顔を合わせる事になるとはな」
「まあ、いいんじゃないか。挨拶を先に済ましたわけだしな。パイロット連中もおれ達以外にまだ何人かいるから、もう一回する事になるとは思うがな。それじゃあ、おれ達も艦に戻るから、一緒にどうだい」

 

 ロックオンの提案にデンゼルが同意して、グローリー・スターの三人を加えた一行はタマハガネの下への帰路を歩いた。初対面の時のシン達同様、デスピニスがいる事に不思議そうな顔をしていたが、シン達の誰かの家族と思ったのか特に質問する様な事はなかった。
 予定をやや早めてタマハガネに戻ってみると、確かにデンゼルの予想通りに見慣れない機体が三機搬入されている。
 微妙にカメラアイなどのカラーリングが異なるが、紺色の機体色で、Gタイプやザフトのモノアイタイプとも違う頭部で、背負いものが多い昨今のMSにしてはすっきりとしている。
 ただ肩の装甲の一部が金色のものと、銀色のもの、また三機それぞれに頭部の意匠に違いがあった。
 またそれぞれのバルゴラの傍らに、機体の全高にも匹敵する長大な長方形の物体が置かれていた。おそらくバルゴラの武装ないしは機体オプションであろうとあたりをつけて、シンがデンゼルに聞いてみた。

 

「バルゴラの横の箱って何ですか? たぶん武装か何かだと思いますけど」
「あれは全領域対応汎用武装システム“ガナリー・カーバー”だ。バルゴラはあれを運用する為の機体ともいえるな」
「機体に合わせた武装じゃなくて、武装に合わせた機体なんですか、バルゴラって?」
「うむ、まあそうなるかな。バルゴラ自体の性能はとくに目を引くような所はないが、癖が無く関節の柔軟性や高い追従性を持ち、新兵からベテランまで遺憾なく能力を発揮できる仕様だ。
ガナリー・カーバーとそれを用いたコンバット・アクションが完成すれば強力な機体になる」
「で、今はそのコンバット・アクションとガナリー・カーバーの運用段階ってところですか? オクスタンライフルをはじめ、複合兵装の開発が前から着目されていましたけど」
「ああ。君達クライ・ウルブズと行動を共にしているうちに何とか完成させたい所だがな。まあ、ひょっとしたらバルゴラではなくてガナリー・カーバーだけが採用される事もあるかもしれんがな」
「チーフ、縁起でもない事言わないでくださいよ。ガナリー・カーバーだけじゃなくてバルゴラも、おれたちグローリー・スターの大事な一員なんですよ。んなこと言っておれ達の可愛こちゃんが拗ねたらどうすんですか」
「そうだな、中尉。失言だったか、はっはっは」
「バルゴラか」

 

 シンはそう呟きながら新しい戦友たちの愛機を見上げた。視界の端に映るセツコに気づくたびに、掌で思う存分味わった“ふよん”という感触が蘇ってくるが、なんとか自制する。
 柔らかかった。あったかかった。ブラ越しに感じ取ったこの指と掌に残るぬくもりと柔らかさはしばらく忘れられそうにない……いやいやいや、全然自制できてないぞ、おれ、と自分で自分に突っ込みを入れる。
 ふと、金色の肩とVウイング状のアンテナを持ったバルゴラ一号機のガナリー・カーバーだけ中央部に在る球状の物体が緑色である事に気づいた。トビーの二号機とセツコの三号機はオレンジ色なのに、だ。
 何か事情があるんだろうなと、この時シンはさして気に留めなかった。それにすぐ忘れる事になった。格納庫の奥の階段から姿を見せた刹那が、グローリー・スターの面々に目礼してから、シンにある提案をしてきたからだ。

 

   *   *   *

 

 シン達がセツコ達を伴って船に戻った頃、ティエリアは変わらず個室にいたままだった。といっても何もしていないわけではなく、デュミナスを介して世界各国の情報やDCの情報のやり取りを行っていた。
 ふと、眼を開いて窓の外を見ると、テスラ・ドライブの翡翠と擬似GNドライブの紅の粒子が交差しながら、幾重にも螺旋を描いているのに気づいた。アメノミハシラの部隊が模擬戦か演習でもしているのかと思って、窓際に立って眼を凝らした。
 ティエリアは視線の先で稼働しているのが、アメノミハシラではなくこのクライ・ウルブズの機体である事に気づき、呆れたように呟いた。

 

「シミュレーターで十分なモノを」

 

 視線の先で交差する二つの光は、クライ・ウルブズ所属シン・アスカと新参者である刹那・F・セイエイとに与えられた新型機のスラスターの軌跡であった。
 紅の軌跡を描くのは刹那の愛機となった近接戦闘強化型アヘッド“サキガケ”。日本国の戦国時代の武者風の大型の角飾りや胴丸に似た追加装甲が目立ち、通常は横に配置される背部GNバーニアが、両腕の稼働領域を確保する為に縦に配置されている。
 射撃よりも近接戦に高い適性を見せた刹那用にアヘッドを独自に改造した機体である。両手保持したGNビームサーベルを振り上げ、併設したプラズマジェネレーターが強化したパワーが、必殺の威力を約束する。
 GNビームサーベルを受けたのは実体剣であった。GNビームサーベルの出力ならば容易く焼き切れる筈が、無数の光の火花と共に弾かれたのは、業物と称すべき実体剣とそれを振るうものの力量の高さゆえだろう。
 刹那とサキガケに対するは、クライ・ウルブズの誇る若きトップエース、シン・アスカの乗る新型MSインパルスだ。
 大本はザフトが開発した機体で、上半身、下半身、コックピットブロックの三つがそれぞれ別個の飛翔体となり合体、地球連合のストライク同様の換装システム“シルエット”によって機体特性を変えるという特徴がある。 
 武装の換装によってあらゆる局面での単機制圧を目標とされた意欲機であるが、これの共同開発を、ザフトはDCに持ちかけたのである。
 インパルスの基本コンセプトと基礎設計を渡し、そこからザフト・DCそれぞれが独自の換装システムを開発し、それに伴ってインパルス本体への改良を行う。そうして得られた運用データを両軍間で反映し、より高性能な機体を造り出そうとしたのだ。
 プラント・DC間で軍事同盟が継続して結ばれている事を強調し、前大戦で最も被害を受けたとはいえ未だその膨大な戦力を保持する地球連合へ対抗する為の、プロパガンダ的な意味合いを含んだ対抗手段でもあった。
 そして、DCではインパルスのパイロットにシン・アスカが選出され、この少年に相応しい換装システムが開発される事となった。当然と言うべきか、近接戦闘特化型の換装システムである。
 DCの保有する各種の異世界技術を惜しむことなく投入し、前大戦までで得られたシン個人の戦闘データやパーソナルデータを反映し、シートの位置、固さ、操縦桿、フットペダルの位置までも調整されている。
 安直といえば安直な、らしいと言えばらしい名前の付け方で、飛鳥シルエットと名付けられたシルエットシステムを搭載した飛鳥インパルスが、右手に握ったシシオウブレードと噛み合ったGNビームサーベルを上方へと弾く。
 互いに後方へと機体を下げ、牽制射撃を交えるまでなく斬撃の事前動作のみで牽制しあう。互いの持ち札が近接戦闘、特に剣戟によるものと分かっているし、どちらが上か確かめたいと言う個人的な私情が双方ともにあった。
 潜在的な能力で言えばシンと刹那にはそう大差はない。しかし、現在に至るまでの戦闘経験は圧倒的にシンに分があるし、身を置いた環境や師匠と呼ぶべき存在の多さもシンに軍配が上がる。
 現状、単純なパラメータで言うならば、シンと刹那の間に極めて大きな溝が開いていると言っていい。上回っているのがシンだ。しかし、シンには本来の能力を発揮する事が出来ない事情があった。前大戦で負った重症である。
 これの治療に費やした時間によって著しく衰えた身体能力と、失ったMS操縦のカンだ。修行を行えずにいた期間は長く、それを取り戻す為に使える時間は短かった。今こうしてインパルスに搭乗している現在も本来の戦闘能力からは大きく劣る有様なのであった。
 だが、それに臍を噛む思いをしているのが刹那だった。事前にシンが本領を到底発揮できていない状態にある事を耳にしていたが故に、そのような状態でなおようやく互角の現状に、だ。
 サキガケは悪い機体ではない、いや、むしろ優れた機体であると言っていい。まあ、近接戦闘用に特化した歪な機体である事は確かなのだが。
 だが得意のレンジに入ればそれを補って余りあるほどの戦闘能力を発揮するし、それを可能とする加速性能や機動性、運動性能も与えられているし、刹那の戦闘スタイルとも噛み合っている。
 これだけの好条件を持ってしても、刹那はシンと互角が精一杯なのだ。このクライ・ウルブズでの自分の能力がどの程度か見極める為に、戦闘で同じポジションに着くであろうシンに模擬戦を申し込んだが、シンの実力は予想の上をいっていた。
 サキガケの右手にGNビームサーベル、左手に脇差型のGNショートビームサーベルを握らせた二刀流で、再び飛鳥インパルスへと斬り掛かる。
 飛鳥インパルスは例を挙げるとエールストライカーに対艦刀を持たせただけ、と表せるシルエットだ。
 小型・高性能化したテスラ・ドライブを搭載し、とにかく接近戦における優位を得る為に加速性や運動性に磨きをかけ、小回りはテスラ・ドライブの慣性制御やシンの技量に放り投げたある意味無責任な仕様になっている。
 飛鳥シルエットだけでも大型のスラスターは六基にあちこちに搭載されたアポジモーターやスラスターの数は合わせて数十を数える。
 一応近接戦闘以外も並みのエース級の実力を誇るシンの為に、小型化したオクスタンライフルも装備してはいるが、もはや近接戦闘の一芸特化型となったシンではあまり使用する事はないだろう
 二刀を振り上げ息つく暇のない連続斬を繰り出すサキガケを、シシオウブレード一振りで捌きながら、シンは徐々に元のMS操縦技術のカンを取り戻し始めていた。

 

「刹那、なかなかやるな!」
「くっ」

 

 かつての血沸き肉躍り、心震え魂削り合うような好敵手――ムラタやウォーダンには流石に劣るが、DCでもこれだけの近接戦闘技術を持つ者はそうはいまい。新しい仲間は十分にクライ・ウルブズの隊員として戦えるだけの技量を兼ね備えていた。
 遅れて顔を見せたアルベロと共にタマハガネの中から見物していた面々の内、初めてシンの戦闘を目にするロックオンやグローリー・スターの面々は小さくない驚きを見せている。
 コーディネイターであり、前大戦を戦い抜いたDC屈指の戦士とは聞いていたが、あまりにも普通の少年らしかった為に、今目の前の行われている戦闘とのギャップが大きいのだ。
 こちらの世界に来る前に、別の世界のシン・アスカと何度か共に肩を並べて戦った事のあるトビーやデンゼルの目からしても、一緒にいた頃と同じかそれ以上の技術を目の前の少年は披露している。
 トビー達が出会ったシンは実戦経験も碌にないかけだしの新兵だったが、こちらのシンは最高密度の戦闘経験を積んだベテランと言ってもいいし、乗っている機体も向こうのインパルスよりも性能は上だろう。
 それを考慮しても、刹那の猛攻を余裕を持って捌く飛鳥インパルスの動きには感嘆のため息を零さずにはいられない。
 特に、初対面からいきなり胸を揉まれた――十九年の人生で初めて!――セツコは、萎縮しきって謝ってばかりいたシンが見せる能力の高さに、信じられない思いで目を見張っていた。
 セツコ自身、十日前にグローリー・スターに配属になったばかりで当然実戦経験など皆無の、ほやほやの新兵だ。とてもじゃないが、目の前で繰り広げられているレベルの操縦技術など持ち合わせていない。
 シンに目が行きがちになるが、刹那もまた老練のMSパイロットでもそうはいないと思わされる類稀なセンスを発揮して、シンと切り結んでいる。どちらにせよ、セツコにはまだ手の届かない領域に、二人の少年たちはいるのだ。

 

「すごい、アスカ少尉」

 

 思わず口を出た言葉に、セツコの隣でちょっとぽや〜っとしたまま模擬戦を見ていたステラが反応した。

 

「あのね、シンはね、本当はもっと強いよ」
「え? そうな……んですか、ルーシェ少尉」
「うん。あ、ステラって呼んでね。シンもアスカって呼ばれるよりもシンって呼ばれる方が嬉しいと思う」
「え、ええ。そうするわね。じゃあ、ステラ……ちゃん、シン君が本当はもっと強いって、本当なの?」

 

 ずいぶん幼い印象を受けるステラの様子に少し戸惑いながらセツコはステラの言葉の真意を訪ねた。ステラはシンの自慢が出来るからか、少し嬉しそうに話し始めた。

 

「あのね、シンはね、前の戦争で凄い大怪我をしちゃったから、ずっとMSに乗れなかったの。それでMSに乗れるようになったのもちょっと前からだから、まだどうやって自分がMSを動かしていたか忘れちゃっているの」
「まだ、病み上がりって事?」
「うん。前はグルンガストに乗っていたからその違いで体が戸惑っているかもしれない」

 

 ステラの言葉通りなら、ようやくベッドから降りて健康体と呼べる状態に戻ったばかりの病み上がりのコンディションで、あれだけ機体を乗り回し、模擬戦とはいえ激しい戦闘を行って見せるのは、正直信じ難い。
 歴史を紐解けば何処の化け物だと言いたくなる戦果を残したウルトラエース達がいるものだが、ひょっとしたら、自分の胸を触ったあの少年も、ゆくゆくはそういう半人外の住人になるのかもしれない。
 そんなパイロットが所属しているクライ・ウルブズで自分がやっていけるのかどうか不安になり、セツコは小さく息を吐いた。そんなセツコを、ステラが大粒の瞳で覗きこんだ。二年前に比べればずいぶんと人懐っこくなったものだ。

 

「どうしたの、お腹痛いの?」
「ううん、そうじゃないわ。ただ、ちょっとね、シン君が凄いなあって思って、私なんかがこんな所に居ていいのかなって、弱気になっちゃったの」
「大丈夫、シンもステラもみんな強いから、セツコを傷つけようとするやつはみんなやっつける」
「ふふ、ありがとう」
「うん」

 

 本当は、私の方がステラちゃん達を守るっていうべきなんだろうけど、と年長の意識からそう思ったが、嬉しそうに笑うステラに思わずつられて微笑みを浮かべ、セツコはステラの頭を、子犬を撫でる様にそっと撫でた。
 さらさらとした髪の感触がひどく心地よい。自分自身に対する不信や不安が和らいだ時、不意に艦内に緊急事態を告げる警報が鳴り響いた。

 

「これは?」

 

   *   *   *

 

 Deep Space Survey and Development Organization=深宇宙探査開発機構は、地球人類の火星軌道以遠領域への探査及び開発を目的として設立された機関である。
 資本はプラントによるものだが、DSSD自体は地球連合、プラント双方に技術提供を行い、また地球連合高官の天下り先としての一面も持つ。
 その目的上ナチュラルもコーディネイターのみならず、あらゆる体制・人種・宗教・国家・民族を問わず人類と言う存在を宇宙へと進出させることを理念としている。
 さて、このDSSDでは現在二つのプロジェクトが同時進行していた。
 セレーネ・マクグリフ博士が主導する外宇宙の開発探査に無人MSを用いるプロジェクトと、フィリオ・プレスティ博士の主導する有人での惑星間航行、ひいては恒星間航行を可能とする宇宙船開発計画“プロジェクトTD”である。
 DC総帥ビアン・ゾルダークからの積極的な支援や、AI1をはじめとした人工知能のデータ、テスラ・ドライブの技術提供が行われ、本来の歴史よりも早い段階で機体や技術の確立が起きていた。
 事件は、そのDSSDの二大プロジェクトが行われているトロヤステーションで起きた。
 トロヤステーションには、DSSD自前のMS警護部隊と地球連合から派遣された部隊の二つが存在している。
 中立組織を謳うDSSDは当初地球連合からの部隊派遣と駐留に対して強く反発したが、提供される追加予算と権限の強化によってこれを認める事となる。
 派遣される部隊が、地球連合内の爪弾きにされた者達であった事や、支給されている装備がトロヤステーションの保安部隊などで十分対応可能な旧式のものであった事も派遣を認めた理由の一つだろう。
 この地球連合の行為にはプラント、DCからの強い抗議があり、両勢力も部隊の駐留こそ行わなかったが近海に定期的に艦隊を巡回させるなど示威的な行動を行っている。
 地球連合から派遣された部隊には、かつて地球連合最強の精鋭部隊として名を馳せたω特務艦隊のメンバーの幾人かが顔を連ねていた。

 

「暇ね〜。やっぱりこれって左遷だわ」
「新しい盟主様は古い匂いが嫌いなのさ」

 

 展望室でだらしなくソファに身を預け、心底退屈そうに呟いたのはブルデュエルを駆って無数の戦果をあげたミューディー・ホルクロフト。
 ブルーコスモス新盟主によって、前の盟主アズラエルの子飼いであったためにこうなったのだと、何度目かの説明をしているのがシャムス・コーザ。
 そして、二人の話に耳を傾けるでもなく、ただじっと展望室の外に広がる無限の宇宙を見つめているのが、スウェン・カル・バヤン。
 新設されたブルーコスモスの私兵戦力である『ファントムペイン』のメンバー候補に名を挙げられながら、新盟主ロード・ジブリールの意向によって、DSSDの駐留艦隊へと左遷された三人であった。
 スウェン達ばかりではなく、レフィーナやナタル、カイやオルガ、ダナ達もジブリールの意向によって、今はそれぞれが故国や僻地の部隊へと左遷され、第一線からは外されていると聞く。
 再度戦争の幕がいつ開くかと不安に震える世界と違って、星の海に囲まれ静かな時間の流れるこの場所は、かつての争いの喧騒からはひどく遠い場所の様であった。

 

「そうはいってもさ、新型のウィンダム所か私達が使っていた機体まで取り上げはないんじゃない。私結構愛着あったのよね」
「まあ、回されたのが今や旧式扱いのダガーLやバスターダガーだからな。核動力機が当たり前のご時世、正直それはないよな」
「ねえスウェン、貴方もそう思うでしょ」
「そうだな」
「お前は本当星が好きだな。ちゃんと話を聞いているのかよ」
「ああ」

 

 と星を見つめたまま生返事をするスウェンに、これはダメだとシャムスとミューディーは肩をすくめた。二人の話を正直なところ話半分で聞き流していたスウェンが、星の瞬きの中に異質なものを認め、眼を凝らした。

 

「あれは、MSいや、MAか!?」
「どうしたの、スウェン」
「何かあったか」
「っ、艦に戻るぞ」

 

 珍しく慌てた様子のスウェンに問いかけようとして、ミューディーとシャムスは突如トロヤステーションを襲った振動に揺さぶられた。遠くから爆発の音と振動が続いている。

 

「まさか、敵襲なの!?」
「ザフトのコーディ共か」
「分からない。だがあまり時間はなさそうだ。急ぐぞ」

 

 突如襲撃を受け、ステーションから慌ただしく警備用のシビリアンアストレイや駐留している地球連合の部隊が出撃する様を見つめる、とある機動兵器があった。
 地球圏に存在する機動兵器と共通項の少ない外見の機体である。
 三十メートル近いサイズに、丸っこい頭部で両肩には砲らしき長方形の物体を乗せている。
 ステーションの近海まで行っていたジャミングを解除して、次々と襲いかかる無人AI制御のガロイカの群れを見つめながら、その機体のパイロットは間延びした口調で言った。

 

 「やーれやれ。まだ地球人と事を構えるのは、はーやいと思うんだけどねー。まあ、命令じゃーしょうがないかー」

 

 そう言って、ゲイオス=グルードのコックピットの中でゼブリーズ・フルシュワは、これもお仕事と割り切って、始まった戦闘を眺めていた。
 シビリアンアストレイやダガーLはまあ良く頑張ってはいるが、ゼブが連れて来たガロイカ部隊の、無人機ならではの殺人的機動を前に翻弄され、奮闘虚しく一機、また一機と撃墜されている。
 少なくともこのゲイオス=グルードを前に出す必要性はなさそうだ。受けた命令もトロヤステーションの破壊ではなく人材の確保と、研究物の強奪だ。適当にMSを壊滅させてから作業に移ればいいだろう。
 周辺のザフトや地球連合の艦隊の足止めの為の部隊も既に配置してある。緊急事態に駆けつけられる部隊は、そう多くはあるまい。

 

「さーて、あんまり無駄な抵抗はしない方が、自分達のたーめだよー」

 

 突如出現したアンノウンことガロイカの群れの攻撃に対抗するためせわしなく指示が飛び交うステーションの中を、スウェン達三人は、自分達が所属している母艦目指して一心不乱に走っていた。
 時折強化ガラスの向こうを見て戦闘を伺うが、落とされる味方の姿の方が目につく。ここに配備されたのは能力も質も二線級の連中ばかりだ。彼らではこの敵の対処は極めて難しい。
 一層激しくなる振動の中で、スウェン達が走っていた廊下の天井が崩落し、間一髪飛びの居た三人は下敷きになるのを免れた。ただし、崩れた瓦礫と吹き出した炎がシャムス、ミューディーとスウェンを分断してしまっている。

 

「スウェン!」
「怪我はない。お前達は先に行け。おれは別のルートを探す」
「でも」
「ミューディー、スウェンの言う通りだ。これじゃあ別々に行くしかねえ。スウェン、先に行くから絶対後で来い。いいな! 死んだら許さねえぞ」
「おれもだ。死んだら許さないぞ」

 

 そう言ってかすかに笑ったスウェンが来た道を戻りはじめるのを見届けてから、シャムスとミューディーも、再び走り始めた。事態を嘆くよりもその打破に前進すべきだと、知っていたからだ。
 警報のけたたましさがいや増すステーションの中を走り回るなか、スウェンは避難を始めていた研究者とばったり出くわした。
 他の者達が書類やデータディスクなどを抱えられるだけ抱えて逃げる中、その研究者はこんな時もいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべてスウェンに声をかけて来た。
 プロジェクトTDの発案者であり最高責任者であるフィリオ・プレスティ博士だ。突然の事態にも慌てた様子はなく、いつもと変わらぬ調子でスウェンを手招きする。大した度胸だと、スウェンは静かに感心していた。

 

「やあ、スウェン君。どうしたんだい、こんな所で。迷子になったのかい?」
「いえ、道が崩れてしまったので、別のルートを捜している所です」
「そうか。……ちょっと来てくれるかい。君も手伝ってくれたら外の苦戦をなんとか打破できる方法があるんだ」
「了解しました」
「じゃ、こっちに来てくれるかい」

 

 フィリオ・プレスティは、ナチュラルながら優秀なコーディネイターを上回る、普通の天才を上回る天才だ。
 天才にありがちな傲慢さとは無縁の温和な性格で、ミューディーやシャムスの様に露骨にDSSD所属のコーディネイター達に敵意を向けるものとの間に割って入って仲介する事も少なくない。
 その幅広い人脈と人徳の篤さは、とりあえずフィリオの名前を出せば、その場のもめごとは沈静化するほどである。
 スウェンが本来監視の意味も込めて派遣されたDSSDの職員であるフィリオの言う事に、素直に従っているのも、スウェンなりにかなりの好感情を抱いているからだろう。
 いくつかのセキュリティを越えて、スウェンはフィリオに導かれるままに大きな格納庫へとたどり着いた。目の前に鎮座するいくつのも機影に、かすかにスウェンが興奮した様子で身を乗り出した。

 

 「プロジェクトTDで開発された人類史上最少サイズの星間航行船の試作機だよ。何度か君にシミュレーターで乗ってもらった事もあったね。カリオンさ」

 

 星の海を行く船を前に、心の奥底に押し隠した感情をわずかに表出して子供のように見つめるスウェンを、フィリオは優しい眼差しで見守っていた。
 そんな二人に、眼鏡をかけ、いささか少女趣味の傾向がみられる服装の女性が慌てた様子で声をかけて来た。プロジェクトTDのメインスタッフであるツグミ・タカクラだ。
 その後に耳の前の髪の毛先だけが黒い特徴的なオレンジの髪に、意志の強い光を湛えた瞳のアイビス・ダグラス、最後に青い髪の一部をアップにまとめ大部分をさらりと流しているスレイ・プレスティが続く。
 アイビスとスレイはプロジェクトTDのテストパイロットを務めている。他にもメンバーはいたのだが諸般の事情があって、残っているのはこの二人だ。
 このプロジェクトTDの四名であるが、このうちフィリオのみが異世界からの死人である。すでにヤキン・ドゥーエ戦役以前からこちら側の所在が確認され、ビアンからプロジェクトTDに関して支援を受けて来た。
 ややこしい話になるが、このフィリオはエペソ・ジュデッカ・ゴッツォと同じ世界からの来訪者である。所が、ビアンの居た世界にもフィリオはおり同じようにプロジェクトTDを立案していたし、逆にフィリオの場合もまたしかりである。
 細々とした事情は流石に異なるのだが、二人の人格がほぼ相違ないものであったし、プロジェクトに掛ける情熱も変わるものではなかったため、DCから多大な支援をうけられたのだ。
 そして皮肉とでも言うべきか、C.Eに来た方のフィリオの死後の世界で、プロジェクトTDを実現させたのはアイビスら三人だった。
 こちらで生まれたコズミック・イラのアイビス達もまた惹かれる様にしてプロジェクトTDに関与し、その実現間近にまで辿り着いていた。

 

「フィリオ、大丈夫、怪我はない?」
「大丈夫だよ、ツグミ。スレイにアイビスも大丈夫かい?」
「うん、私達は大丈夫だけど、そっちの人は確か地球連合のスウェンさんだよね?」
「なぜ、地球連合の兵士をここに? フィリオ博士、どういうつもりなのです」

 

 なお、名字から分かるようにフィリオとスレイは本来兄妹の関係にあるわけなのだが、こちら側ではフィリオが存在していないため、名字が同じだけの他人と言う事で通している。
 もっともフィリオはどうしてもスレイを実の妹として扱ってしまうし、スレイはこちらでは一人っ娘として育った為か甘やかしてくれる兄と言う存在に密かに憧れを抱いており、実の兄妹以上に身近な存在として慕っている。
 それほどに慕われているフィリオではあったが、DSSDの関係者からすれば眼の上のタンコブである地球連合の兵士を連れている事には懐疑的だ。
 もっとも、星空や訓練中のプロジェクトTDの機体を熱心に見つめているスウェンに気づき、フィリオが声をかけた事で始まった二人の関係を知るツグミは、さほど警戒していない。
 フィリオがこっそりスウェンに開発とデータ取りの終わったカリオンを、シミュレーターではあるが乗せていた事を知っているのもやはり、ツグミだけである。
 フィリオとスウェンは、夢に憧れるだけだった少年を導く老人、というどこかの小説とか映画でさんざん手垢がつくほど題材にされた関係に近い。
 警戒の色を隠さぬアイビスとスレイを宥めながら、穏やかな声でフィリオが自分の考えを告げた。

 

「彼にカリオンで出撃してもらう。君達にもアルテリオンとベガリオンで出撃してもらいたい。地球連合の人達や警備のMSも奮闘してはいるが、どうしても分が悪い。こんな時の為にも、武装は施してあるしね」
「それは、覚悟は決めていたけど」

 

 とアルテリオンの正パイロットであるアイビスが怯んだ様子で口を開いた。スレイは実戦を前にしても臆した様子はなく、むしろ自分達の夢の成果物であるカリオンをスウェンに預ける事に異議を唱えた。

 

「実戦に出る事は構いません。しかし、どうしてこの男をカリオンに!」
「まず、彼が優秀なパイロットである事、シミュレーターで動かしたカリオンでの成績は、君達と遜色ないものだったよ。専用の訓練を受けたわけでもないのにね。こんな状況だ。彼の来ている軍服で選んでいる場合ではない。救援が来るかどうかも分からないだからね」
「緊急事態だから目を瞑れと?」
「そう取ってくれても構わないよ。ただ、ぼく達の夢はこんな所で終わらせてはいけない。君達はまだ星の海へ飛び出してさえいないんだ」
「スレイ、フィリオの言う通りだよ。私も覚悟を決める。だから……」

 

 肩を叩いたアイビスの手を乱暴に払って、スレイは睨み殺す様にスウェンを見つめた。スウェンはその強い瞳を見つめ返す。

 

「ふん、無様な真似だけはするなよ! フィリオ博士、タカクラチーフ、ベガリオンで出るぞ!」
「待ってよ、スレイ」

 

 何も言わずプイと背を向けて床を蹴るスレイに、慌ててアイビスが続き、係留されているベガリオンとアルテリオンのコックピットへと向かってゆく。その背に、満足そうな眼を向けてから、フィリオはツグミに指示を出した。

 

「ツグミ、局長に連絡を取ってほしい。ベガリオンとアルテリオン、それにカリオンを出撃させる。ぼくは出撃の用意を進めておくよ」
「分かったわ。フィリオもできるだけ早く避難してね」
「さて、スウェン君」
「はい」
「カリオンを、そしてぼく達の夢を頼む」
「はい!」

 

 愛用していた連合のパイロットスーツではなく、急遽プロジェクトTD用のパイロットスーツを借り、スウェンは急ぎカリオンのコックピットに腰をおろした。既に操縦マニュアルに何度も目を通して暗記してあるし、シミュレーターも繰り返した。
 エンジンに火をいれ、機体のステータスがオールグリーンである事を確認する。使用されなくなっても整備は欠かさず行われていたのだろう。この機体への思い入れが手に取るように分かった。
 ベガリオンで出撃する直前のスレイから、通信が繋げられた。

 

「どうした?」
『……』
「戦闘になればおれがサポートする。実戦経験ならおれが一番豊富だ。とにかく機動性を活かして動き続けろ。そうすればベガリオンを捉えられる敵はそうはいない」
『そう言う事ではない』
「では?」
『貴様が乗っているのは、私が使っていたカリオンだ。今でこそベガリオンに乗っているが、かつて私の愛機だったものだ。傷一つ着けてみろ、許さんぞ』
「分かった」
『ふん』
「一つ、聞きたい。どうしてDSSDに?」
『こんな時に妙な事を聞く奴だな。別に、理由はない。昔から大抵の事は出来て、ひどく退屈だった。そんな時、ふと思ったんだ。
誰も言った事のない所まで行けば、なにか、すごいものが見えるんじゃないかとな。誰も見た事のないものを私が見てやろう、そう思った。それだけだ』
「そうか。おれは、小さい頃から星を見るのが好きだった。軍に入ってからも、今も、星を見るのが好きだ」
『変な奴だ。だったらなぜ軍なんかに入る。それこそDSSDにでも入る努力でもすればよかっただろう? それとも採用漏れか?』
「いや、色々とな」
『まあいい。私が言いたいのはだな、カリオンを無傷で返せと言う事だ』
「分かった」
『本当に分かったんだろうな?』
「疑り深いな」
『持ち逃げされてはかなわないからな』
「地の果てまでも追ってきそうだな」
『それが嫌なら言われたとおりにするんだな。スレイ・プレスティ、ベガリオン出るぞ!』

 

 随分と嫌われたものだな、とスウェンは一人嘆息した。ああいう気の強いタイプは前の仲間にはいなかったから、少し珍しい。小さく息を吸い、それを糸のように細く吐いてゆく。
 緊張しているのだろうか、心臓の鼓動がやけにうるさい。初めてMSで戦闘に出た時も、こんな風に緊張した事はなかったというのに。メインモニターに光の尾を引いて飛び立ったベガリオンとアルテリオン、そして無限に広がる星の海が映った。
 星の海へ行く。その為に造られた船に乗って。幼い頃、買ってもらった望遠鏡で飽きることなく観察し続けたあの、星の海へ。天の光が溢れる空へ。

 
 

「スウェン・カル・バヤン、カリオン、出る」

 
 

 《つづく》