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SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第16話

Last-modified: 2009-08-06 (木) 21:09:13
 

ディバインSEED DESTINY
第十六話 氷雪と優風の心

 
 

 「地球消失」及び「宇宙との連絡断絶」と言う異常事態を迎えて既に二週間が経過していた。情報の隠蔽の行い様もないこの事態に、地球・宇宙の各国民は不安と言い知れぬ恐怖、そしてわけもなく胸の中に立ちこめる暗雲に怯えていた。
 数多くの異世界の死人達が所属し膨大な情報を有するDCにも、今回の様な事態に該当する情報はなく、またビアン・ゾルダーク総帥が低軌道ステーション“アメノミハシラ”に取り残される形となった為、事態の解決に向けた動きはいささか緩やかなものであった。
 その最中、プラントの軍事工廠アーモリーワンより帰還したクライ・ウルブズ母艦タマハガネは、オーストラリア大陸にあるカーペンタリア基地へと向かう、ザフト最新鋭艦ミネルバの護衛として同道していた。
 前大戦時、地球連合が行ったカーペンタリア基地攻略戦における戦災から復興したオーストラリア大陸の威容を、タマハガネの甲板の上で、シンは烏の濡れ羽色の髪を潮風に揺らしながら見ていた。
 無数の宝石が漂っているかのように海面を煌めかせる陽光が無く、また、数世紀に及ぶ大気汚染問題が解決して澄み切っていた青空も、その青さを失って時間が経っている。
 どっぷりと灰色に沈んでいる様な世界が当たり前になってきているようで、シン・アスカはかすかに苛立ちを覚えた。

 

「シン?」

 

 声に振り替えるまでもなく自分の横に立つのが、ステラ・ルーシェである事は、ふわふわと風に踊っているような足音でシンには分かっていた。
 華奢な手で金糸細工を思わせる美しい髪を抑えたステラが、菫色の瞳の中にシンの横顔を映した。ステラに声を掛けられたシンが返事もせずに、んー、と唸っているのは珍しい。
 病的に近い白色の凝肌が眉間の位置でかすかに歪んでいる事から、ステラはシンの考えている事が、陽性のものではないと察する。
 前大戦の最終決戦時、大量の失血や壊死寸前まで酷使した脳の後遺症による身体機能の衰退に襲われた後、激しい苦痛を伴うリハビリを行っていた時も、お見舞いにきたステラ達に笑顔を向けるのがシンであった。
 そのシンがどことなく悩んでいるような、悲しんでいるような気配を漂わせているのは、本当に珍しい事であったが、そんなシンの横顔をステラは見つめていたいという衝動に駆られていた。
 たぶんシンの家族も知らないシンの顔を、今、自分が独占しているという事実を心のどこかで理解したからだろう。後ろめたさを伴うどろどろとした衝動から、ステラは心を遠ざけた。

 

「なに、考えているの?」
「……いや、さ、こういう風が強い日は久しぶりだなって思って」
「誰かを思い出した?」
「よく、分かったな」

 

 少し、瞳を大きく開いたシンに対して、ステラは小さく笑った。

 

「なんとなく」
「なんとなく?」
「うん。シンの考えている事、なんとなくわかる。悲しんでる、怒ってる、喜んでる、懐かしんでる、それ位だけど」
「おれ、顔に出るからなあ」

 

 ようやくステラを振り返り、シンは瞳を合わせた。少し照れくさそうなステラのはにかんだ表情に、シンは心の中の苛立ちが春の到来を告げる日差しに溶ける淡雪のように消えて行くのを感じた。
 シンはうっすらと笑んで瞼の裏に誰かの顔を思い浮かべる様に瞼を下ろしてから、深く息を吸った。
 肺の中を潮の匂いが満たした。まだDCの存在を知らず、ただの子供でいられた頃から慣れ親しんだ匂いである。それからゆっくり瞼を開いてゆく。
見る者の多くに血の様な、と喩えられるシンの赤い瞳に映っているのは暗い海に暗い空。けれどもシンの瞳が本当に“見ている”のは、宇宙の空に散ってしまったあの女性(ひと)の幻影。

 

「風が強いと髪が長い人は大変だよなあ、なんて思ってたら、なんかオウカさん思い出してさ」
「オウカお姉ちゃん……それで?」
「守るどころか守られて、それで死なせて、悔しくて悲しくて、おれは無力だなって思いだした。でも、それだけなんだ。前は頭の中でいろんな感情がぐちゃぐちゃになって泣きそうになったり、てかボロボロ泣いたのにいまはもうそんな事もない。
 オウカさんが死んで一年半だ。“もう”なのか、それとも“まだ”なのか分かんないけど、忘れたってんじゃないんだけど、おれはオウカさんの事をある程度……なんて言うか、割り切っているんだなって思ったんだよ。薄情だよな」

 

 自分達の命を守るために死んだ女性の事を、そんな風に感じている自分に罪悪感を抱いているのか、シンは眉間を歪めながら懺悔の様にステラに告白する。
 シンの言葉を自分の心の中で咀嚼し、ステラは俯いたシンの頬にそっと手を添えた。暖かい。人肌のぬくもりは暗がりに陥った少年の心には何よりも心地よく感じられた。

 

「シンはやっぱり優しい。オウカお姉ちゃんに悪いって思ってる」
「うん」
「ステラもね、宇宙に上がった時にオウカお姉ちゃんの事思い出したの。似ている人に会ったから」

 

 ユニウスセブン落下阻止戦の時に共闘したオーブ宇宙軍預かりの、アリエイル・オーグの事であるが、流石にシンにはそこまでは分からない。
 アリエイルの色合いこそ違え艶やかなロングの髪や理知的で落ち着き払った印象の美貌に加えてオウカと良く似た声を持っていて、ステラは思わずアリエイルにオウカお姉ちゃん? と問い返したほどだ。

 

「懐かしくて悲しくて寂しかったけど、泣かなかった。分かってたから。オウカお姉ちゃんはもういないんだって。死んだ人は帰ってこないんだよね。一緒に居て欲しいって思う人でも死んじゃったら、もう傍にはいられないんだよね」
「ステラ……」
「ねえ、シン。難しい事、ステラは分からないけど、シンがそういう風に苦しんでいる時、シンの心の中でオウカお姉ちゃんはどんな顔してる?」
「……困ったような感じで、それでも笑ってるよ」
「ステラもそう。なら、それでいいんじゃないかな。オウカお姉ちゃんなら、許してくれると思う。時間が経つと大切だった人の事とかでも思い出したりする事が少なくなったりするけど、それも今日と明日を生きているってことなんじゃないかな。
 生きているって、どんどん新しい思い出ができて、自分が変わって行くって事だから。それが死んじゃった人と生きている人の違いだと思う」
「だから、昨日とか、過去の事は忘れても仕方ない? おれは、嫌だな。そんなの。おれ達までオウカさんの事を忘れたら、他の誰が憶えてるって言うんだよ。あの人はおれ達を庇って死んだんだぞ」
「本当の本当に、忘れたりしないよ、シンは。思いだす事が少なくなっても、ずっと、心の中にシンは残している。だってシンは優しくて暖かいから。そんな事、したくてもきっとできないよ」
「どうかな。おれには忘れないって自信はないよ」
「思い出す事が無くなっても、生きているって事だけでオウカお姉ちゃんは許してくれるよ。ステラと、シンの命はオウカお姉ちゃんが繋いでくれたものなんだから。
 明日に向かって歩き出せなくなる事、自分達の命を大事にしない事、たぶん、それがシンとステラが一番しちゃいけない事」
「……」

 

 がりがりと、音を立ててシンは頭を掻いた。ふと足を止めて過去を振り返り、いつのまにか心の中の迷い路に入り込んだシンを、ステラなりに励まそうとしてくれているのは分かる。
 ステラがシンの頬に当てていた両手を離した。頬に残るぬくもりに、これもオウカさんが残してくれたものだな、と思う。

 

「生きる、か。大変だよな。人の命まで背負うとさ」
「じゃあ、重たいって言って投げだす?」
「しないさ。それだけは。誰かがおれの分を背負うって言ってきても、譲れないよ」
「シンらしい」

 

 自分の命を守ってくれた人、自分が命を奪った人、自分が守れた人の事、頭の中で思い出せる限りのそれらの人達の顔や名前を思い浮かべて、シンは暗い空を見上げた。
 生きる。ただそれだけで他の命を奪うのが生命。ましてや戦争という現実に身を投じたシンだ。生きる為以前に命令のままに敵となる存在を殺す事が必要と迫られる。これまで多くの敵を葬ってきたが、いつか自分にもその番が来るだろう。
 死んだら何もできない、死んだらそれまで。だから生きて帰って来い。生きているという事はそれだけで価値がある。
 戦場に身を投じればたまさか耳にする言葉だ。死地へ赴く新兵達に上官や先任達が、生きて帰って来いと言外に意味を持たせて口にする事もある。
 しかし、死んだらそれまでではない事をシンは体感している。ヴォルクルスと名乗った謎の生物兵器との戦いの時、シンは目撃し、耳にしている。プラントと地球連合との開戦以降に死した者達が、ヴォルクルスに喰われ苦しめられていた事を。
 死の後に救いはなく安らぎはなく只管に苦痛の鎖に縛られ、怨嗟の渦に引き込まれて苦しみ悶えていた十億を越す死者の魂達の嘆きや歪んだ顔は、今も鮮明に記憶に刻まれている。
 そして超重力の奈落の底で出会った銀髪の少年の力によって、その苦しみから救われた時の魂達の歓喜と感謝の念も覚えている。あの時銀髪の少年――クォヴレー・ゴードンは言った。魂をあるべき循環の中に戻すと。
 では、あのおぞましく邪悪だったヴォルクルスの滅びた今、死んだ者達はどうなっているのだろうか。クォヴレーが口にした死後、魂が還る循環、流れとは一体何なのか。
 死が親しい隣人の様に肩を組む戦場に長く身を置いたシンは、時折、死んだ後の事を考えるようになっていた。今日までシンが奪った無数の生命の行く末は? そしていつか戦場であるいは日常で自分が死んだ時、魂とやらが行き着く先とはどこだ?
 MSや特機では実感を抱きにくいが、生まれてまだ二十年も経っていない自分の両手どころか全身を濡らしても、有り余るほどの血を流して命を奪って来た事をシンは理解している。
 他者を殺した事を、守りたい人を守るためには仕方が無かったのだと免罪符を掲げて罪の意識から遠ざかれるほどにシンは割り切れてはいない。その癖そうしなければならない状況ならば躊躇せずに他者を手に掛ける事は出来る。
 資質と実力からみれば戦士としても兵士としても一流以上の域にありながら、その精神性に置いていまだ不安定な、矛盾に満ちていて割り切る事の出来ない境界線上を彷徨う脆弱性ないしは甘さが、シンには残っていた。
 守る為に戦うと口にはできても自分が手に掛けた者達の為にも、と嘯いて戦う事は出来ない。殺した側がそんな事を口にしても、殺された側や関係者からすれば自己を正当化する滑稽な物言い以外の何物でもあるまい。
 戦争だからと戦ってもそれはシン・アスカという個人が行っている戦いではなくて、あくまで国家を構成する歯車の一つとして、自分も敵も『個』を持たず『顔』も『名前』も知らず知らぬ者同士で行っている事。
 そう考えて、顔も名前もない者同士の殺し合いだと自分に言い聞かせて、隙を見て心を押しつぶそうとする罪悪感に囚われまいとする考え方もある。あいにくと、シンはそれが出来るほど器用でもなかった。
 自分が軍人で、敵も同じように軍人で、戦争をするからには殺し殺される覚悟があって当たり前。
 だから、戦闘で敵を手に掛ける事が法的に罪に問われる事もなければ、自身を苛む必要もないと頭では分かっても、ふとした拍子に自分が人殺しなのだと強く実感する瞬間は、いつまでたってもなくならなかった。
 そんなとき、シンの心の内には震える他ないほど冷たい風が吹き始めて、ひゅうひゅうう、と耳の奥で飽くことなく音を立てる。

 

「風、冷たいな。戻ろうか」
「うん」

 

 答えの出ない問いに対するジレンマに堪えかねたのか、シンが踵を返した。ステラもそれに続く。すると視界の先にセツコ・オハラがいるのに二人は気付いた。シンとステラに向かって手を振っている。
 そろそろ昼食の時間だ。それで呼びに来たのだろう。強い風に晒されて、長い亜麻色にも見える黒髪を抑えるセツコの仕草に、シンはデジャ・ヴュの様なものを感じて、どうして自分が感傷の海の底に沈みこんだのか理解した。苦いものが唇を自嘲の形に変える。
 イザナミ海岸でマルキオ導師の世話している孤児たちと遊んだ時も、オウカはセツコと同じようにして緑色がかった黒髪を手で押さえていたものだ。その記憶と潮風が、シンにオウカの事を思い出させたのだろう。
 頬に掛かる髪を払いながら、シンはオウカの魂は今どこに行ったのだろうかと、今さらながらに気になった。

 

   *   *   *

 

「くしゅん」
「オウカ姉様、風邪ですか?」

 

 地球連邦軍伊豆基地の一角で、緑の薄衣を一枚羽織っている様な色合いの黒髪の少女が、口元に手をやって小さくくしゃみをしていた。隣を歩いていた二人の人影の内、短めの銀髪の少女が案じて声をかける。
 地球連邦軍内で結成された新教導隊に所属するオウカ・ナギサ少尉とゼオラ・シュバイツァー少尉である。
 かつて連邦軍内で行われた非道な人体実験の生き残りという経歴の持ち主で、扱いに手を拱いていた軍が、旧教導隊に所属していたカイ・キタムラが引き取る形で、新教導隊を結成し配属となっている。
 このオウカは言うまでもないかもしれないが、シンやステラ、ビアンを庇ってルオゾールに殺害された筈のオウカその人だ。
 クォヴレーの介入によってC.E.世界で改良を加えられたラピエサージュと共に、こちらの世界でのアインスト・インスペクター・シャドウミラーとの最終決戦に転移し助力して以来、弟妹達と共に暮らしているわけだ。

 

「もう暖かくなってきたのにね。誰か噂でもしているのかしら?」
「季節の変わり目だからなあ」

 

 のんびりとした声を出したのはオウカを挟んでゼオラとは反対側を歩いている、紫色の髪の少年アラド・バランガだ。教導隊の隊員というにはいささか能力的に不安定で、むらっ気が強いが、ここ一番という時での爆発力は目を見張るものがある。

 

「アラドはいいわよね〜。風邪なんか引く心配ないんだから」
「ゼオラ、馬鹿は風邪を引かないって言いたいのか?」
「あら、自覚があるの?」
「ふ、ゼオラそいつは間違いってもんだぜ」
「なにがよ?」
「馬鹿は風邪を引かないんじゃない。馬鹿は風邪を引いた事に気付かないんだぜ?」
「結局馬鹿って事じゃないの」

 

 アラドの言葉に呆れるゼオラと仕方のない子ね、と苦笑するオウカ。毎日が過酷な訓練とグロテスクな手術や実験の繰り返しだったスクールの日々で彼らは互いを支え合う家族となり、それは今も変わらない。

 

「ここにいたのか、お前達。もう準備は整っているぞ。オウカもデータの記録を頼む。お前はおれよりもいろいろと気がつくからな」
「はい。全力で任務に当たります」

 

 通路の向こうから口ひげを生やした四十代頃の顔立ちをした、アジア系の士官がオウカ達の姿を見つけて声をかけてくる。軽く手を上げて厳めしい顔立ちにしてはフランクな所作だ。
 新教導隊の隊長を務めるカイ・キタムラ少佐である。傍らには、薄菫色の癖っ気と眼鏡が特徴的な小柄の少女ラトゥーニ・スゥボータの姿もある。見た目はあどけなさの残る少女だが、屈強なSP五人分に匹敵する戦闘能力を持つ。
 仮に同じ経歴のゼオラやアラド、オウカも同様であったなら、下手をするとこの場にいる面子の中でカイが最弱かもしれない。
 これで新教導隊の隊員がほぼ全員揃った事になる。これから量産型ヒュッケバインMk−兇紡海連邦軍次期量産機のトライアルに向けて、出展された各軍事メーカーの機体のテストの為のミーティングを行う予定だった。
 ラトゥーニやゼオラ、アラドらはスクール在籍時に、肉体改造の手術や危険度の高い薬物の投与、記憶の改竄を含む精神操作を受けて機動兵器への適性を高められている。
 スクール解体以後はそれほど頻繁に、かつ大規模な手術を受けたわけではないから、こうして問題なく機動兵器のパイロットを務める事が出来ている。
 ただもっとも長くスクールに在籍し、時に人格をまるごと消去されたり書き換えられたりと、日常生活に支障をきたしてもおかしくない処置を受けたオウカに関しては、今もカウンセリングをはじめ、軍医から定期的に検査を受けている。
 C.E.世界に居た頃も記憶喪失から精神が不安定になり、時にそれが体調に悪影響を与えた事もあった。
 クォヴレーの介入でこちら側に来てから立て続けに戦闘を行った時だって、その前にヤキン・ドゥーエ攻防戦に参加し、AI1セカンドやルオゾールとの死闘魔戦による精神と肉体の疲労を引き摺っていたのだ。
 アインストを撃破しひとまず戦いに終止符が打たれた直後、着艦したスペースノア級万能戦闘母艦二番艦ハガネの格納庫でオウカは倒れ、丸一か月軍病院のベッドの上で過ごしている。退院後も完全に体が回復するまでは機動兵器への搭乗を禁じられている。
 その影響で今は新教導隊隊長のカイの傍らで秘書の様なポジションに落ち着いていた。機動兵器のパイロットとしての腕は知っていたが、秘書としても中々に見所があってカイにとっては嬉しい誤算だった。
 ゼオラとアラドはスクール時代の頃からと変わらぬ凝った意匠の服だが、アラドらよりも早く連邦軍に保護されていたラトゥーニや、オーブ軍のパイロットスーツとインナーだけでこちらに帰還したオウカは、そういった経緯もあって既定の軍服を着こんでいる。
 カイからトライアルに出された新型機各機のデータの入ったメモリーディスクを手渡され、Dコンに入れてオウカはすぐさま内容に目を通して、カイに頷き返す。
 軍内部からは歴戦のキャリアを積んだカイが女子供ばかりの新教導隊の隊長に任じられた事を閑職に追われたのではないか、と噂する声がある。
 所属する隊員の年齢のみならずカイ以外は残らず問題のある経歴の持ち主とあって、後ろ暗いその噂はまことしやかに流布している。
 カイ自身もその噂は耳にしていたが苦しい戦いを共にくぐり抜けた彼女らの人柄や実力を信頼していたから、気にはしていないし、またラトゥーニらにそのような噂が届かぬように出来得る限り配慮していた。
 だがオウカはその噂を耳にしていた。オウカもまたカイ同様にゼオラやラトゥーニ達の耳に入らぬよう心を砕いたのは、弟妹達に要らぬ心労を与えたくはなかったからだ。
 ただでさえラトゥーニ以外はノイエDCの兵士として連邦軍に敵対した為に、今も懐疑の目を向けられている。そんな自分達を庇い居場所を作ってくれたカイに対しては、皆大なり小なり感謝している。みっちりしごかれているアラドは愚痴ばかりだけれど。
 それなのにカイにとってよからぬ噂を立たせてしまっているとあっては、普段は陽気の塊としか見えないようなアラドだって落ち込んで、丼で五杯お代わりする所を二杯で留めてしまうだろう。
 オウカだってカイに感謝する気持ちは同じだ。オウカ自身敵対していたが、通常の連邦軍では全く歯が立たないような激戦を、スクールの落ちこぼれだったアラドが戦い抜けたのも、カイを始めとしたヒリュウ・ハガネ隊の仲間達のお陰だろう。
 戦後もこうして面倒を見てくれるカイには、いくら感謝してもしきれない。設定された事とはいえスクールの長姉として、長く弟妹達の面倒を見て来たオウカとしてはカイの様に目上ながら、親しくしてくれる人間との接触は経験のない事である。
 アギラ・セトメという母と偽っていた狂科学者はいたが、目上という立場は同じでもまったく接し方の異なるカイに対しては、たぶん、父性への憧憬に似た何かを向けているのだろう。新教導隊が外部からの風聞を覆す事に成功する日はそう遠くはあるまい。
 この様にシンの暗澹たる思いに反して、オウカは自分の居場所を見つけていた。その事をシンが知るかどうかは、まだ分からぬ事である。

 

   *   *   *

 

「くしゅんっ! む……」

 

 冥府の銃神、悪魔王と畏怖され、無限に重なり存在する世界の機動兵器の中でも、最強の一角に名を連ねるディス・アストラナガンのコクピットの中で、体のラインも露わなボディスーツ姿の、やせっぽちな少年がくしゃみをした。
 造りめいた印象を伴うほどに整った造作の美少年である。銀糸を一本一本植えこんだ様な髪は緩やかに波打っている。オウカの生命をC.E.世界から新西暦世界へと還した張本人“因果の番人”クォヴレー・ゴードンである。
 十代半ばほどの顔立ちは薄く笑みを浮かべて、鋭すぎる目つきを柔らかなモノにすれば、たちまち同性も蕩かす様な美貌へと変わるだろう。その顔には相応しくない、あるいは相応しいくしゃみに、口元を押さえている。
 イングラム・プリスケンの使命を継ぎ因果の番人となってからは、食事や睡眠と言った通常の生理現象はなくなり、ディス・アストラナガンとリンクする事によって半永久的に生命活動を維持できるようになっていた。
 くしゃみをしたのは随分と久しぶりの事である。生命維持機能を常人とは大きく異なるモノに変えて以来といっていい。あらゆる世界を巡る因果の番人は、通常の人間の肉体では務まらないという事であろう。

 

「噂をされるとくしゃみをするというが、まさかな」

 

 クォヴレーはそれだけ言うと、あらゆる色彩を混ぜてどろりと粘っこく渦巻く世界の中に佇むディス・アストラナガンを操った。正確には因果の番人の使命を遂行するのに最も重要な機関ティプラー・シリンダーを稼働させたのだ。
 かつて介入したC.E.の世界へ再び転移する為に。しかし、それが果たしてうまく行くかどうか、クォヴレーにも分からぬ事であった。C.E.世界の宇宙全体を、次元転移さえ阻む強大な力が覆い尽くしているのだ。
 たとえディス・アストラナガンの力を以ってしても、謎の力が形成するある種の結界を突破する事は容易ならざる事だ。

 

「破滅の王か、あるいは奴の力か。しかしすでにこれほどの力を手にしているとは、一刻の猶予もないか」

 

 静かに呟きながらも、クォヴレーの瞳の中には強い意志の炎が燃えている。受け継いだ因果の番人としての使命の為か、それとも自身の誕生にも繋がった輪廻の輪が手の届くところに存在している事を意識している為なのか。
 やがて、ディス・アストラナガンは操者諸共に次元の狭間から姿を消した。

 

   *   *   *

 

 カーペンタリア基地に向かうミネルバと途中で別れ、タマハガネは大洋州連合が用意したダーウィンの近くにある軍施設で炉を休める事となった。
 タマハガネ艦長のエペソ・ジュデッカ・ゴッツォとアルベロ・エスト、バラック・ジニン、デンゼル・ハマーの責任者組が、大洋州連合側の責任者達と会合を持つ間、シン達パイロット組には休息が出された。船旅に飽きていた若いパイロット達は、意気揚々とオーストラリア大陸の大地へと足を踏み下ろした。
 いつもの様にロックオン・ストラトスとデスピニスのコンビにティエリア・アーデが引っ張り出され、シンとステラ、セツコ、トビー・ワトソン、刹那・F・セイエイの八人が先にタマハガネから降りて、残るレオナ・ガーシュタイン、タスク・シングウジ、スティング・オークレー、アウル・ニーダが居残り組になる。
 レントン・サーストンとエウレカはオノゴロで受領した新型試作機のテストの為に残るらしい。まだ後部格納庫で細かい調整を受けている段階だが、そろそろ外に出して実動データを取る事に決まったそうだ。
 数か月前に行われた適正テストで、シンやスティング達をはじめとした既存のパイロット達を上回る適正値を出し、レントンとエウレカが選ばれたらしい。詳細はシンも知らないが、「おれはやりますよ!」と燃えているレントンの姿を目にしている。
 その様を居残り組のスティングとアウルが目撃する事になった。後部格納庫に佇立している見慣れない機体の足元で、二人はその機体を見上げていた。全高十二メートルほどでMSよりもずいぶん小型に見える。
 白を基調に四肢のあちこちに赤色のラインが伸びている。胸部にはなにやら車のライトみたいなパーツがあり、頭部は額のあたりから上に伸びる角とツインアイを持っていて、ガンダムタイプとも異なる容貌を持っている。
 やや手足が長いように見え、背中にはバックパックというにはやけに奥行きのあるものを背負っていた。インパルスのコアスプレンダーの様な脱出機構だろうか?
 傍らにはサーフボードをこの機体に合わせたサイズに大きくしたものが立てかけられていて、他にも小型の銃器類などが並べられている。
 DCではビアンでも把握しきれていないんじゃないのか、と言う位無数の新型機やらパーツやらなんやらが立案・計画・実行・破棄がされているから、パイロットレベルではどういうコンセプトに基づく機体だとか新機種だとか、さっぱり分からない。
 いかんせん見た目からの推測を裏切る機体が少なくないのである。
 不思議とそれで組織がうまく回っているとはいえ、杜撰といえば杜撰な状況が、そのうち大問題になるのは火を見るよりも明らかだろう。DCの女帝ロンド・ミナ・サハクの辣腕と愛の鞭に矯正を期待するばかりである。
 グローリー・スターの扱っているバルゴラもそうだが、この機体の専属パイロットもいる筈だろうとちらほら周囲を見回す。思惑は外れなかったようで、真白い機体の足の影から、レントンとエウレカが仲良く顔を覗かせた。

 

「よう、レントン、エウレカ。なにこの機体、お前らの?」
「はい! おれとエウレカのニルヴァーシュです!!」

 

 気合いの入った返事をするレントンに、おーおー、気合入ってんなあとアウルは感心する。二人ともDC謹製の機動兵器を多く目にした事で、並大抵のトンデモ機体を見ても気にならなくなっているので、あんまり感心している様には聞こえない。
 アウルの生返事に気づいた風もなく、レントンは握り拳を作って興奮しているのかやや頬を紅潮させている。エウレカの方はそれほど感情を表していない様子なのが対照的である。

 

「ライト・ファイティング・オペレーション、略してLFO!! その一号機がこのニルヴァーシュっす。超小型超高性能のテスラ・ドライヴ内臓のボードと本体グラビコン・システムで通常の機体をはるかに上回る三次元機動を可能とする新種なんす。
 外装からフレームまでズフィルード・クリスタルっていう自己再生機能の素材でできてて、ちょっとやそっとのダメージなら勝手に再生するんですよ! 後ヴァルシオーネとサイバスターのと同じ特殊武装も後々追加予定!!
 他にもデータ貯蓄とパイロットの脳にそのデータを反映させる魂魄ドライブと、特別にその拡張パーツである阿弥陀ドライブ、それに疑似人格搭載学習型コンピューター搭載で乗れば乗るほど強くなる特製で、おれ、まじでライダーに選ばれて感激してるんです」
「あーもー、分かった分かった。そんなに興奮すんなよ。これレントンがパイロットなのか?」
「私も乗るの。私がメインライダーで、レントンがサブ」

 

 レジを打っている時と変わらぬ調子で、エウレカが口を挟んだ。血が流れていないのではないかと疑ってしまうほど白い顔は、立て板に水を流すようにまくし立てるレントンを少し扱いかねているようにも見えた。
 感情を見せる事が滅多にないエウレカからすれば、今の鼻息の荒いレントンは珍妙な生物みたいに映っているのかもしれない。

 

「ふーん、複座式か。珍しいな。次からもうこいつで戦うのか? コンビニどうすんだよ」
「戦闘中は閉店する予定です。とりあえずはシミュレート通り動くのかってテスト段階すけど、待っててください。近いうちにおれとエウレカも、このニルヴァーシュでアウルやスティングに負けないくらい活躍して見せますから!!」
「ま、期待しないで待っとくよ」

 

 おもちゃを与えられた子供そのままに瞳を輝かせて、大量の唾液をアウルの顔面に浴びせ掛けながら、休むことなくニルヴァーシュの自慢をするレントンにスティングは呆れて溜息も出ない。
 そんなレントンに危ういものを感じて、スティングは正反対に落ち着き払っているエウレカに声をかけた。

 

「エウレカ、お前ははしゃがないのか? レントンの言っている通りのスペックなら、新型特機並みに価値はあるだろうな。感想はないのかよ」
「ニルヴァーシュは、私とおんなじ」
「?」
「何も知らない、真っ白なの」

 

 エウレカの言うニルヴァーシュは、たぶん搭載されているコンピューターの事だろう。AI1という雛型があるから、DCにおける人工知能の完成度は極めて高い。もともとオーブで疑似人格搭載型コンピューターが完成していたという土台があるのも大きい。

 

「親近感があるって言いたいのか?」
「たぶん似てるけど違う。私にもよく分からないの」
「自分の事も良く分からないってのか?」
「うん」
「ま、人間そんなもんだけどよ。ああ、それとなレントンがあの調子のままで戦場に出たらだいぶ危なっかしい。同じ機体に乗るって事は、お前がレントンの命を預かって、お前が自分の命をレントンに預けるって事だ。気を付けろよ」
「そういうものなの?」
「たぶんな。戦争に関しちゃおれの方が先輩だ。頭の隅っこに憶えておいて損はねえ。一応、忠告はしといたぜ」
「分かった」

 

 こくりと頷くエウレカを見て、スティングはかえって不安が増すのを感じた。レントンはレントンで不安材料が過剰満載だが、エウレカはエウレカで周囲の人間に不安を抱かせるものがあった。
 真っ白いものを汚す事への不安や罪悪感にと言えばよいか。無垢な者に穢れを与えるように、自らの行いに躊躇いを覚えるのだ。戦場に身を投じた後、はたしてエウレカはどうなってしまうのか。レントンはある程度予想は着くのだが、エウレカは予想がつかない。
 後で問題になんなきゃいいがな、とスティングは胸中で溜息をついた。なるだろうなあ、とほぼ確信していたけれど。

 

   *   *   *

 

 現地のレストランに入って、ラズベリーソースのかかったカンガルーのステーキなどここでしかお目にかかれそうにないものを、注文しようかすまいか(カンガルーを食べるのに抵抗を示したものが数名いた)悩んでいた時である。
 シン達全員のポケットから無粋なシグナルが聞こえた。周囲の客達が迷惑気な視線を向けてくる中、慌ててスイッチを切って取りだす。Dコンと呼ばれる携帯モジュールだ。軍用に特別強力な短波通信の利く代物で、NJの影響もほとんど受けない。
 送られてきたメールの内容は、ギブソン砂漠のマッケー湖の付近で戦闘が行われており、それを大洋州連合の部隊と合同で調査する様にというものである。
 他国の領内で軽々しく行って良い行動ではないが、司令であるエペソは時折非常識な事や人命を軽んじた命令を出すものの有能である事は事実だ。こうして連絡を入れて来たという事は、大洋州連合から要請があったか了承を得たという事だろう。
 ロックオンが切り上げて船に戻るぞ、と言って勘定を払いに立ちあがる中、ステラとデスピニスが悲しげな顔でポツリと呟いた。

 

「コアラ、見たかった」

 

 しょんぼり肩を落とすステラとデスピニスの姿に、シンはエペソへの怒りを募らせた。仏頂面の司令への敬意よりも愛らしい少女と幼女が落ち込んでいる光景の方が、シンの心を動かした様である。時折悩む様子を見せても、基本シンはこんなもんらしい。
 トビーとロックオンがレンタルした車に四人ずつ分けて乗り込み、買い込んだ荷物をトランクにしまいこんでから、予定よりもはるかに早くタマハガネへの帰路に着いた。
 タマハガネに戻ってからすぐさまブリーフィングルームに呼び出しを受けて全員着替えてから出頭すると、すでに居残り組と見慣れぬ白衣姿の男性と、大洋州連合の軍服を着た男女が二人室内にいた。
 待たせてしまったことを詫びつつ、全員がそれぞれ席につき、壇上に立つアルベロからの言葉を待つ。

 

「大洋州連合からの要請でおれ達が戦闘のあった地域の調査を行う事になった。また、今回は彼らがおれ達に同道する。こちらは大洋州連合軍設計局のフィーデル・バルクホルツ技術少佐と」

 

 アルベロに促されて、脇に控えていた白衣姿の男性と大洋州連合の男女とが前に出た。

 

「マリナ・カーソン少尉です」
「タック・ケプフォード中尉であります」

 

 丸い眼鏡をかけた温厚そうなバルクホルツに続いて、きりっとした印象のややきつそうな美人がマリナ・カーソン、同い年くらいの若い青年がタック・ケプフォードだ。いかにもマリナ生真面目な士官風であるのに対し、タックは気さくな感じがする。
 三人共女子供の目立つクライ・ウルブズの面子に多少思う所はあるのだろうか、居並ぶ面々のバラエティの豊さに訝しげな様子を見せている。
 若い連中はコーディネイターなのだろうと判断する事も出来るが、デスピニスくらいの子供となるともはや論外であるし、刹那やティエリア、ロックオンも私服姿で堂々と顔を出している。
 懐が広いというのとはまた違ったDCの内情を知らない人間からすれば、本当にここは軍隊かと疑いたくなる場所ではある。

 

「バルクホルツ博士」
「おほん。初めまして、先程ご紹介いただいたフィーデル・バルクホルツです。高名なクライ・ウルブズの皆さんとお会いできて光栄です。えー、今回高度な政治的判断によって、皆さんにご助力を仰ぐ事となりました。
 既に偵察の為に部隊が動いていますが、おそらくは戦闘になるものと思われます。微力ながら我々大洋州連合が開発したアークシリーズの新型機、ガンアーク二機と専属のパイロットを同道させます。二人とも優秀ですのでどうぞ、ひとつよろしく」

 

 設計畑の人間がここにいるという事は、バルクホルツ自身がそのアークシリーズの設計に関わった人間なのだろう。技術屋らしく長々と口舌を動かすかと思われたが、わりとあっさり話を終える。
 しかし、わざわざDCに助力を仰ぎしかも独自開発した機動兵器を同道させるとは。ザフトの地上拠点であるカーペンタリア基地とは目と鼻の先で、しかもつい先程ザフトの新鋭艦ミネルバと行動を共にしていたクライ・ウルブズに、だ。
 バルクホルツの言う通り高度な政治判断に基づく軍事行動なのだろう。大洋州連合がザフトひいてはプラントへの態度を決めたとも取れる。実際この事を知れば、カーペンタリアのザフトや、プラント本国の方から圧力がかかるのは目に見えている。
 アルベロが手元のコンソールを操作して大型モニターに画像を映し出した。

 

「先行した偵察部隊からの連絡で、砂漠の地下に相当規模の軍事基地が設けられているとの事だ。どこの部隊が戦闘を行っているかは不明との事だったが、こちらに回された画像がこれだ」
「あれは、あの時の」

 

 刹那とシンが息を飲んで、その画像を睨んだ。アクセル・アルマーの駆るソウルゲインを襲い、また無人島の周辺で不審な行動をとっていた謎の機動兵器群。大洋州連合が捉えた画像に映し出されたのは、ルイーナの使用する機動兵器に間違いなかった。
 刹那とシンの二人掛かりでも苦戦した、あのイグニスという男の事が思い出され、刹那が眦を険しくする。高水準以上の兵器とパイロットしかいないクライ・ウルブズでも苦戦する相手だ。
 通常の戦力しか持たない大洋州連合の部隊では何倍もの戦力を用意しなければならないだろう。これまでの二度の戦闘は遭遇戦であったが、今度は連中の基地での戦闘となるだろうから、これまで以上の苦戦を強いられるに違いない。
 あくまで調査が目的だが、クライ・ウルブズの性質と司令の性格からしてよほどのマイナス材料がない限りはそのまま、基地を攻略せよと暗黙の内に命じられるのは目に見えている。
 これまでの単艦での多数を相手にした圧倒的不利な戦いを経験している古参組は、自分達に付き合わされる形になったマリナとタックに対して、密かに同情していた。
 通常五機落とせばエースと言われる中、五十機落としたらエース扱いされるのがクライ・ウルブズなのだから。できるだけフォローしようと、数名が思った。
 南半球で唯一DCの勢力下にないのが大洋州連合であるし、色々と便宜を図っておくに越したことはない。

 

   *   *   *

 

 ギブソン砂漠を眼下に、無数のアルゲンスが二機の機動兵器を取り囲んで無数のビームらミサイルを放っている。吹きつける熱砂は乱れる気流と爆発によって吹き散らされて、世界を黄色く変えていた。
 地下に設けられていた分厚いゲートはすでに破壊され、巨大な破壊孔を広げている。アルゲンスと刃を交えている二機の奇襲によるものだろう。
 ザフトと大洋州連合の監視の目をくぐり抜けて基地を建設した事から、隠蔽その他の技術もかなりの組織力を持つ事は、想像に難くない。
 ベルグランデやアンゲルスの波状攻撃を受けながら、反撃と共に確実にその数を減らしているのは、イグニスが血眼になって追いかけたラキと呼ばれた誰かの機体ファービュラリス。
 そしてファービュラリスと並んで、ルイーナの軍勢と砲火を交えているのは巨大な翼を持った人型の機動兵器だ。両手に盾と兼用になるだろう刃を備えている。黒と青の二色の装甲には、オレンジのラインが走っていた。
 ストゥディウムと呼ばれる機体だ。ルイーナへの反逆者はグラキエースのみならずもう一人いたと言う事であろう。
 ファービュラリスと背中合わせになったストゥディウムが、くるくると独楽のように回りながら、サギッタルーメンとワイバーンショットの連射で瞬く間に自分達を囲む敵を減らす。
 機体の性能差もさることながら、パイロットの技量もかなり高い。爆発の輪が雪と風の巨人を取り囲む中、それぞれのパイロット達が通信を繋ぐ。

 

「ウェントス、機体に損傷はないか」
「大丈夫だよ、ラキ。君の方こそ大丈夫かい?」
「問題ない。しかし私達の想像以上に戦力があるな」
「僕達がルイーナから離れている間に相当戦力を強化したみたいだね。流石に二人だけだと厳しい」
「だが諦めるわけには行くまい」
「そうだね」

 

 ラキというのはグラキエースという本名から取った愛称なのだろう。水色の長い髪を後頭部で結えて垂らし、前髪はきれいに切り揃えている。眼もとの紫の隅や、肉の薄い唇に刷かれた紅が雪肌に映えて妖しいまでの魅力を持っている。
 御伽噺の中の雪女や氷雪の妖精だと言われたら、思わず信じ込んでしまいそうな人間離れした美しさと、抱きしめたら腕の中で溶けて消えてしまいそうな儚さがある。
 ウェントスと呼ばれた青年は、病的な白さの肌にそれよりもなお白い髪を方々に伸ばした柔和な表情を浮かべている。
 戦闘の最中だけでなく何時でもどこか儚い様な笑みを浮かべているのではないだろうか。ひょっとしたら、苦しみに苛まれている時も、死を前にしても。
 二人の会話から推し量るに、グラキエースとウェントスの二人共がイグニスと同じルイーナに属する存在であったようだ。
 二人にいかなる理由があってルイーナの元から離れたのかは不明であるが、圧倒的多数を相手に戦いを挑んでいる事から並みならぬ覚悟を胸の内に抱いているのは間違いない。
 ファービュラリスとストゥディウムの同時攻撃で破壊したゲートの奥から、途方もない熱量が生じた事に気づき、二機が大きく離れた。ゲートの破壊孔をさらにどろりと融解させて広げる炎の竜。
 風に乱れて飛ぶ砂粒を悉く蒸発させながら、二十メートルクラスの機動兵器など丸ごと飲み込める巨大な炎の一文字が、天空まで両断する。一瞬モニターを埋め尽くした毒々しい炎に、グラキエースは真っ白な額に汗を浮かびあがらせる。

 

『ラキィイイイ!!!』

 

 共に出撃したアンゲルスとベルグランデが、インペトゥスから噴出する炎に飲まれて炎上する。イグニスの気迫がそのままインペトゥスに乗り移り噴き出す炎の勢いを増しているのだろう。
 まさしく死者をも焼く煉獄の化身の如き炎の魔神インペトゥスが、天をも焦がし尽さんばかりの勢いの炎と共に現れる。

 

「イグニスか」
「相変わらずだね、彼」
『ラキ、なぜルイーナから離れた! なぜ破滅の王に反逆する!? 王の復活の為にのみ存在する。それがおれ達メリオルエッセ、その為のルイーナ!! なのに、お前は自ら自分の存在を否定するのか』

 

 ぼくの事はどうでもいいあたり、本当に変わらないな、とウェントスが思う中、グラキエースが外見と雰囲気を裏切らぬ、氷の鈴を鳴らしたように冷たく美しい声で答える。

 

「お前にとってはそうなのだろう。だが私にとっては違う。この肉体は破滅の王に造られた偽りの人形に過ぎない。だが私の心は違う。
 今も私の心の中にジョシュアがいる。そうである以上、私は誰かの人形にはならない。自分の意思で生きる事を教えてくれたのはほかならぬジョシュアなのだからな」
『何を言っている!? ジョシュアとは誰だ。おれとおまえは同時に造られた存在、ルイーナの中でも最も近しいはず。なのになぜ、お前はそれほどまでに違う』
「なぜ違うのか、か。再び破滅の王に造り出されたお前達が、あの時の記憶を持たなかったのに、私達は以前の記憶を持ったまま造り出された。それは私達が、ジョシュア達に心を与えられたからだ。
 心を持たず破滅の王の操り人形のままのお前たちでは、私達の事が分かる筈もない。私とて最初は自身の事が分からなかったのだから」
『ラキ、お前は壊されたんだ。そのジョシュアとか言う奴に! 分かっているのか? 破滅の王に逆らった以上、時を待たずしてお前は破棄されるのだ』
「元よりメリオルエッセとは王より生まれ、王に還る存在。王に還るのが早かろうと遅かろうと関係ない。私は自分の生き方を選んだだけ、後悔はない。もっともジョシュアに壊された、という言い方は的を得ているな」
『破滅の王には何人も抗えん。絶望と恐怖に包まれながらただ朽ちるのを待つ事しかできぬ。お前がしている事はすべて無為だ』
「それはどうかな。破滅の王のもたらす恐怖と絶望に抗い、生を勝ち得た者達もいる。イグニス、人間は強い。メリオルエッセが感じぬ恐怖や絶望に心襲われても立ち上がる強さを人間は持っている。
 その強さを知っているから、破滅の王の下へと還ったはずの私達があの時の記憶を忘れずにいられたのだ」
『……お前の言っている事はおれには分からん。だが、ラキ、お前が壊れてしまった事は分かった。いいだろう、おれの手でお前を破壊しつくしてやる。失敗作、貴様もついでにな!』
「……ぼくもラキもこんな所で終わるつもりはないよ。クリスとリアナのいない世界だけど、それでもこの世界はこの世界に生きる命のものだからね。破滅の王の好きにはさせるわけには行かないんだ。
 破滅の王が壊そうとするこの世界を、王に造り出されたメリオルエッセであるぼくらの手で、ルイーナから守らせてもらうよ」
『ウェントス、貴様も戯言を抜かすかっ。諸共に消し炭になれぇええ!!』

 

 直径百メートルにも達しよう巨大な火球が、インペトゥスが突き出した両手の先に生じ、滾る熱が周囲の光景を陽炎の中に閉じ込めながら、ファービュラリスとストゥディウムへと放たれる。
 巡洋艦クラスなら容易く溶解させるだろう超特大の火球を左右に別れて、二人はかわす。やや遅れて、インペトゥスの背後から無数のアンゲルスとベルグランデが現れる。
 すでにグラキエースとウェントスで二十機近く撃墜していたが、それ以上の数がまだ残っていたようだ。

 

「イグニスの相手は私がする。ウェントス、回りのミーレスは任せるぞ」
「うん、分かったよ。気をつけて、イグニスはもう君相手でも容赦はしないよ」
「ああ」

 

 氷雪の魔女と炎の魔人は、オーストラリアの空で対峙する。ほぼ同時期に造り出されながら正反対の性質を与えられた二つの仮初の命は、心を持った者と持たざる者とに分かれ、雌雄を決せんとしていた。

 
 

――つづく