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SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第28話

Last-modified: 2009-12-26 (土) 14:01:07
 

ディバインSEED DESTINY
第二十八話  蒼拳×翼剣

 
 

 ゆっくりと風が吸い込まれる。
 深い渓谷に漂う一寸先も見通せぬ深い霧が、天に角突く山脈に開けられた小さな穴へと吸い込まれる時に発するような、それ位の小さくか細い音が風には伴っていた。
 垂れがちな目を細め、その奥に見つめる者の心臓を凍らせる冷たく鋭い眼光を宿し、薄く唇を開いたアクセルが、肺腑に空気を取り込んだ音である。
 ソウルゲインの循環システムによって、肺腑に吸い込んだ空気は外部の穢れを知らぬ清浄なものだ。その空気を心臓から送り出された血流と共に全身に循環させてゆく。
 腹腔に溜め込んだ気力もまた全身を構成する数十兆以上の細胞の中核へと沁み込み、アクセル・アルマーの身体能力が根底から底上げされる。
 肉体と意識が戦闘用のものへとスイッチを切り替えて、外見こそそのままに別の生物へと変容を行う。多重人格の意図的な交代にも似た戦闘特化の意識変化を、アクセルは一呼吸で終える。
 打ち上げたばかりの名刀の様に澄んだ刃の鋭さのアクセルの瞳に、ソウルゲインの額へと突き込まれるミラージュ・ソードの光の切っ先が映る。
 アクセルが息を吸い吐き終えるまでの間を、美しき戦闘人形W17が見逃すわけもなく、アンジュルグの翼の一打ちで全身に適度な緊張と濃密な闘志を漲らせたソウルゲインの懐へと飛び込んでいた。
 シャドウミラーのアクセル・アルマーを知る者なら、その次の瞬間に何が起きたかもわからず打ち砕かれる自分をイメージし、二の足を踏む行為である。
 ソウルゲインの腕のどちらが雷光と変わってアンジュルグを打ち砕くのか、それのみを注視するだろう。アクセルの間合いに飛びこむ事は、死へと繋がる階段に足を踏み出すのと等しい意味を持つ。
 しかし、アクセルに挑むのはレモン・ブロウニングの生み出した最高の人造人間W17。その実力はアクセル・アルマーに決して劣るものではない。任務達成率に置いてはアクセルを上回るレベルにある。
 じゅ、とソウルゲインの額部分に触れたミラージュ・ソードの切っ先が、青い装甲に触れてゆっくりと融解させながら突き刺さり、二度目の“じゅ”がなる前に、ソウルゲインの全身が旋風と化して回転する。

 

「ふん!」

 

 アクセルの口から放たれた短い吐気は石礫のように硬く固められていた。それが、脱力し弛緩しきった肉体に、最高の瞬発力を生み出させる。ソウルゲインの拳に抉られた大気は局所的な嵐と呼んでも差し支えない勢いで荒れ狂う。
 例え当たる事はなくても、避けた人間の髪を引き千切り、その頬肉を覆う皮膚を引き剥がす威力を持った裏拳の一撃を、W17は並の人間の目なら分身が映るほどの速さでアンジュルグを一歩、後ろに下げて躱す。
 W17はアンジュルグを後方に下げざまにバックハンドを振り抜いた体勢にあるソウルゲインの右脇腹へと、あばら骨の間を狙うようにミラージュ・ソードの横薙ぎの一刀を送る。
 生と死が充ち溢れていても変わらず降り注がれる陽光のカーテンを、薄く桃の色彩を帯びた剣閃の軌跡が切り裂く。
 裏拳の回避とほとんどタイム・ラグの無い回避と反撃が一体となった動きであった。仕切り直してからわずか五秒と経たずに決着か――否。
 ぎし、と鉄と鉄が触れ合う耳を割く音と共に、アンジュルグの右肘がソウルゲインの左掌底に受け止められた。
 浴びただけで脳震盪を起こさせる拳風が空を切ったと悟り、アンジュルグの破壊の光に輝く剣の動きを見切ったアクセルが、右拳に遅れて左手に防御行動を取らせていたのである。
 ソウルゲインが振り抜いた右拳は、猛禽の嘴の如く人差し指と中指を立て、残りの三本の指を握り込み刃の如く形を変える。握り拳から二本剣へと変わった右拳は、瞬時の停滞もなくアンジュルグのこめかみへと突き込まれる。
 ひょう、とソウルゲインの二本指に貫かれて、風が悲しげに哭く。
 増幅されたアクセルの生体エネルギーが凝集され、太陽よりも強く明滅しながら輝く青い光を纏った二本指は、それ自体が高出力のビームサーベルと同等かそれ以上の必殺の武器である。
 ガッ、と音を立てて硬いものがより硬く鋭いものに貫かれる音が、重なる様にして二つ、青い空へと無情に響き渡る。
 青い燐光を放つソウルゲインの二本指は、黄金の羽根飾りが両側頭部に着いたアンジュルグの頭部をカバーした別の物体を貫き、動きを止めている。
 ソウルゲインがミラージュ・ソードの一撃を防いだように、今度はアンジュルグがそのソウルゲインの嘴と化した指を、左腕の盾で防いでいた。
 指に込められた力がどれほどのものであったか、受けとめた盾に第二関節までがめり込み、小型ながら優秀な装甲性能を持ったアンジュルグの盾を貫くソウルゲインの一撃の殺傷力を物語る。
 たがいの腕を防ぎ合った拮抗状態がソウルゲインとアンジュルグの間に生まれ、青い拳闘士と有翼の装甲騎士は一枚の絵画の如く静止する。
 それははるか数世紀も昔の絵師が、麻薬と酒精と妄執に侵された脳の見せた一時の幻を筆で起こしたかのように、この世のものとは思えぬ一瞬の幻想であった。
 砲火がいくつも朱色の球を結ぶ蒼穹を背景に、二体の巨大人型機動兵器は、時に忘れられたように拳と刃を交わして無言の殺意を豪奢な織物のように絡み合わせ、それが解けた瞬間、止まっていた時もまたときほぐれる。
 静止していた周囲の空間に、精密に編みあげられた蜘蛛の巣の様な一人と一体の戦闘の意識が放射され、両者の口もまた戦闘の高揚に駆られてかわずかに緩んだ。

 

「やるな、“人形”!」
「隊長こそ」

 

 ごく自然とW17を人形呼ばわりした事に気付かず、アクセルはアンジュルグの右肘を抑えた左手、盾に指を突き立てた右手を動かす。
 人間の神経伝達速度の限界に挑むような速さで、ソウルゲインの四肢が蜃気楼にのまれたようにぶれた。
 ソウルゲインの操縦システムはコックピット内の搭乗者のモーションをそのまま再現する。なれば、これまでの、そしてこれからのソウルゲインの動作はすべてアクセルの実力をダイレクトに反映させたものとなる。
 であればアクセルもまた超人の領域に足を踏み込んだ男といえただろう。W17との戦いでソウルゲインが見せた戦いは、それほどまでに技術と野性とが融合した理想的な闘争者の姿のそれだったのだ。
 ソウルゲインのコックピットにいまいちど吐息が一つ零れる。タンポポの綿を飛ばす程度の軽い吐息である。しかしアクセルがソウルゲインに再現させた動作は、それほど優しいものではなかった。
 盾に突き立てた指を引き抜いて手首を逸らし、氷壁にピッケルを突き立てる様にして掌底を叩きつけ、アンジュルグの右肘を抑えた左手は万力の強さで掴みこみ、力のベクトルをあらぬ方向に逸らす。
 手首のスナップを最大に生かした右掌底は盾ごしにアンジュルグの左側頭部を強かに叩き、アンジュルグの右肘を固く抑えたソウルゲインの左手はアンジュルグのバランスを崩壊させる。
 ソウルゲインの両手が円を描くように動くと、それはアンジュルグの巨体をアクセルから見て逆時計回りに激しい勢いで回転させるという現象に繋がった。
 アンジュルグにとっての天地が逆転した瞬間、ソウルゲインの右腕が繰り出す少林拳の一手『丹鳳朝陽』が、実に最終拳速二六〇m/Sの高速で襲いかかる。
 人間の肉体はおろか機動兵器を相手にしてもソウルゲインの巨体が繰り出せば殺傷力過大、特機の装甲でさえベニヤ板かそこらの板きれ程度に過ぎない障害だ。さらに続く左手が放つは『左穿花手』。
 体勢をこれ以上なく崩され、平衡感覚に多大な負荷を加えられたはずのW17は、しかし、その女神が舞い降りたと言われても疑うまでにしばしの時間を要する美貌に、何の変化も浮かべてはいなかった。
 アンジュルグは頭を海に、爪先を天に向けた姿勢のまま翼を大きく羽ばたかせると、光の煌めきを粉雪の様に舞散らせながら後方へと飛翔し、アクセルの積み重ねた功夫が繰り出した二撃に虚空を貫かせる。
 膨大な運動エネルギーが無為に終わったことに舌打ちを打つ暇は、アクセルには与えられなかった。さかしまの姿勢のままアンジュルグは左手をソウルゲインへとかざす。

 

「ターゲット・ロック、シャドウ・ランサー、ファイア」 

 

 ミラージュ・ソードをエネルギーに還元し、あいた右手を左手に添えるや、盾からシャドウ・ランサーとは名ばかりの眩い光を放つ短槍が、数え切れぬ数となって放たれる。
 ソウルゲインに指を突き立てられ、強烈な右掌底を叩きつけられて尚機能障害を起こさなかったのは見事と褒めるべきか、流石はレモン・ブロウニングと言うべきか。
 無数のシャドウ・ランサーの光の槍穂は、一ミリ秒とかからずに鍛え抜いた闘士の肉体の如きソウルゲインの機体へと突き刺さるだろう。
 だがアクセルにはその一ミリ秒があれば、放たれたシャドウ・ランサーを迎え撃つ準備を整える事が出来た。
 正面モニターに映し出されたシャドウ・ランサーの光槍の群れを瞬時に識別し、そのうちの一つへ向けて、アクセルはソウルゲインの右手を一振りした。
 調整された生体エネルギーは、一本の矢となって風を切り裂き、アクセルが狙い澄ましたシャドウ・ランサーのひとつへと衝突すると同時にその方向をあらぬ方へと転じさせる。
 驚くべきは光の速さで迫るシャドウ・ランサーのひとつを精密な狙いで弾いた事ではなく、その後に広がった光景こそが真に瞠目すべき、アクセルが狙って起こした所業であった。
 青竜鱗の応用で投擲したソウルゲインの光の矢に弾かれたシャドウ・ランサーの一本の光槍が、別の光槍に衝突してエネルギーを減衰させながらも弾き、また弾かれた光槍が別の光槍を弾き……。
 弾かれたたった一本の光槍が、同じようにして自分の同類達を弾きあい、ついには射出されたシャドウ・ランサーの全ての光槍がお互いを全て弾きあい、W17が着けた正確無比な狙いはまるで意味を失ってしまった。
 ばらばらと半ばから折れて細かい粒子となって消えゆくシャドウ・ランサーのど真ん中を、ソウルゲインが疾駆する。
 搭載したテスラ・ドライヴの機能を最大限に発現させ、足場のない空中でもソウルゲインは爆発的な踏み込みに似た動きでアンジュルグへと迫る。
 柔軟かつ剛性にも富んだ人工筋肉と関節部を有するソウルゲインの特異な機体構造は、アクセル・アルマーというこの上ない操縦者を得て、その腿力が生み出しうる瞬発力の限界値を叩きだす。
 地を舐めるように大きく前傾した姿勢で、風を引き千切りながら空を蹴って走るソウルゲインの姿は、地上でもっとも優美な獣の一種――二本脚で雄大な大地を走る豹を思わせた。
 完璧に制御された呼吸によって脱力と硬直を繰り返すアクセルの肉体と神経群、分泌量を増す脳内麻薬、心臓から送り出され全身を流れる血潮は熱く、しかし戦闘へと方向性を定めた思考は冷徹に。
 アンジュルグが天地逆転の姿勢を正した時には、ソウルゲインの姿はその懐深くに足を踏み込んでいた。左右に開かれた手は、固くは握り込まれず、かすかに間隙を残して拳を形作っている。

 

「らああああああああああああっ!!!」

 

 放たれるアクセルの怒号は裂帛の気合を伴い、ソウルゲインの総身より物理的圧力を持った衝撃波となって四方に荒れ狂い、眼下の海面が打たれた痛みにもだえ狂って荒波を起こす。
 アンジュルグの表面装甲を震わすアクセルの無色の気迫は、さらにその奥へと侵入してコックピットのW17の麗しい美貌に衝撃を伝播していた。
 髪も、唇も、鼻も、眉も、唇も、その瞳も何もかもが美を司る神が特別に選りすぐり、完璧な調和を持って配置した美貌に、W17は初めて感情らしい色を浮かべる。それは迫りくる脅威へとの敵意であった。
 アンジュルグの剣の間合いに入り込んだソウルゲインに向けられたW17の瞳は、決して味方であるはずのアクセルに向けられるべき光を宿してはいなかった。
 記憶喪失の事実確認とソウルゲインを操る技量が保持されているかどうか、その為に軽く手を合わせるだけだった筈の戦いは、いまや互いの全力を費やして、互いの存在を破壊する為の殲滅戦に変わりつつあった。

 

「破壊する」
「くらえい!!」

 

 ソウルゲインの両手は双手から挂拳、蓋拳、劈拳、抛拳、横拳の六段式を絶え間なく形を変えながら一斉に放つ。中国外家拳でも達人の領域にある者のみがその身に修める絶技『阿修羅憤怒弾』。
 功の足りぬ未熟者では、接近戦に特化した一般規格を上回る重武装サイボーグにでも身を費やさぬ限り、振るう事の出来ぬ奥義と換言してもいい。
 放たれる六段式の拳全てが音速に迫る超高速で、一秒を百で分けた時間ほども休むことなく、人間の動体視力の限界を越えてアンジュルグへと襲いかかる。
 無数の残像を伴侶の如く伴い、耳を劈く拳風の轟きを忠実な騎士の如く引き連れて、ソウルゲインは――アクセルは破壊の王と化してアンジュルグに殺意の奔流を叩きつける。
 ソウルゲインの巨躯を構成し、生身の人間に遜色劣らぬその動きを支えている人工筋肉線維一本一本にまで充溢したアクセルの気迫は、ソウルゲインの全身から青い光となって噴出している。
 果てまでも見渡せる澄んだ空と同じ青さの、光の巨人と化したソウルゲインの振るう殺戮の絶技。
 雑兵豪傑英雄の区別なく葬り去るであろうアクセルの連続拳を受けるアンジュルグは、その右腕の先に再びミラージュ・ソードを顕現させ、人造物故の人間を越えた動体視力と反射神経で六段式の拳を迎え撃つ。
 天と海の蒼穹を背後にミラージュ・ソードの輝く刃は百花を散らすかの様に乱れ舞う。ソウルゲインの拳に寄り添うように虚空に描かれる輝閃は、新たな輝閃によって次から次へと塗り潰されてゆく。
 両機の間ではソウルゲインの体から零れる青い光とミラージュ・ソードが描く輝閃のタペストリーが描かれ、この世のものならぬ神話の世界の聖戦の再現のよう。
 荒れ狂う嵐の回転率で岸壁を叩く波濤の如くアンジュルグへ叩きつけられる連続拳。青い流星雨さながらのその爆流の中で、空間を割くかの如く鋭い弧月が幾重にも煌めく。
 メモリーに記録されたアクセルの戦闘データとソウルゲインのスペック、そして古今あらゆる武術の記録を照合し、ソウルゲインの連続攻撃を完璧に捉えて捌くアンジュルグの、受け太刀の光の軌跡であった。
 掌打の間合いに踏み込まれながら、W17は確実に人間の領域を超えた反射神経と判断力、動体視力の限りを尽くしてアンジュルグの全身に迫るソウルゲインの両手を幻影の剣で弾いている。
 大口径のレールガンかリニアカノンと同等かそれ以上の破壊力を秘めたソウルゲインの拳に、ミラージュ・ソードの刃が触れる度にわずかに力のベクトルが逸らされてあらぬ方へと拳が流れている。
 ただの一度なら偶然の言葉で片付ける事もできただろう。しかし既に数十発を数えるソウルゲインの拳の全てを捉えて弾く現実を見れば、それはW17が意図して行っている行為だと否応にも分かる。
 傍から見ればソウルゲインの猛攻をしのぐアンジュルグの神業にこそ目を奪われるだろうが、アンジュルグを操るW17はアクセルの戦闘能力の評価を上方へと修正していた。
 本来ならばミラージュ・ソードの刀身に触れたソウルゲインの両手はとっくに斬り飛ばされて海面に落下し、海の藻屑へと長い時をかけて変わる運命に陥っているはずだった。
 だがどうだ。ミラージュ・ソードの刀身を一度ならず十度ならず受けてなお、ソウルゲインの両手は健在で、一撃でアンジュルグの重装甲も穿つ破壊力を保持しているではないか。
 その理由は、ミラージュ・ソードの刀身が触れる一瞬に合わせて、ソウルゲインの装甲に青い燐光がまるで爬虫類の鱗の如く浮かび上がり、刀身の持つ斬断力を大幅に削いでいる事にあった。
 W17が人造物だからこそ許される異常な身体能力でソウルゲインの連続拳を凌いでいるのに対して、アクセルは鍛練の極致に至った人間なればこその“眼”と“第六感”で斬り飛ばされる筈の腕を守り抜いていた。
 よもや百分の一秒以下の時間で、瞬時にミラージュ・ソードの触れるソウルゲインの装甲を見極め、さらにはそこに生体エネルギーを集中してエネルギーの装甲を被せるなど、W17をしても想定外の一言に尽きる。

 

「DCに拾われ、クライ・ウルブズの一員として戦った事で隊長の戦闘スキルが向上したということか。情報の更新を行わねばならんな」

 

 淡々と呟きながらもW17が握る操縦桿、砂絵を書くのと同じ繊細で踏み込まれるフットペダルが動きを止める事は無い。
 ソウルゲインの猛攻を凌いでいられる残り時間は少ない。ソウルゲインほど柔軟な関節と人工筋肉を機体に用いていないアンジュルグの機体が、これ以上の酷使には耐えられない。
 このような機体に過剰な負担を強いる接近戦に追い込まれるなど、アンジュルグの運用の想定外だ。アンジュルグはミラージュ・ソードをはじめ格闘戦にも対応した武装はある。
 とはいえ完璧に格闘戦に特化したソウルゲインの間合いで相手取るのは、愚策だ。ここまでアンジュルグが原形を保てているのは、ひとえにW17の能力に依る。
 剣がある分、間合いのリーチはアンジュルグが勝るがすでに懐に踏み込まれ、掌打の距離にある。となればなんとかして掌打の距離から離れなければならないが。

 

「気が逸れているぞ?」

 

 大地に深く複雑に根を張った森林を根こそぎ吹き飛ばす拳風の勢いとは反比例して、W17が通常よりもわずかに判断を下すのに遅れたのを、アクセルは見逃すわけもなく、指摘する声は冷たく凍えている。
 ただし凍らせるのはアクセルの心ではない。聞いた者の心胆を凍らせるのだ。自分が永遠の氷の世界に置き去りにされた彷徨人だと気付くように。
 心持たぬW17は心を凍らせて動きを鈍らせる様な事は無かったが、アクセルの脅威がさらに増した事は理解できた。故に、それ自体がひとつの芸術品の様な美眉を歪める。

 

「ぬん!!」

 

 阿修羅憤怒弾から実戦空手の下段正拳突きがアンジュルグの左脇腹を、正面から打つ。瞬間、アンジュルグの機体は膝と額が激突する寸前まで折れ曲がりながら、後方へ六〇〇メートルほど吹き飛ぶ。
 その途中、何度も海面に激突し巨大な水飛沫の花弁を一直線に咲かせてゆく。
 ZAZAZA、と白い水柱を幾つも立ててからようやくに体勢を立て直したアンジュルグは、光の球を掌に生み出すと左手の光球は黄金の弓に、右手の光球は弓弦にかける矢へと変わる。
 物質化させたエネルギーの矢を、W17はようやく落下し始めた水柱に遮られた方向へと向ける。キリリ、と透明な満月を描くように弓弦が引き絞られ、開放の時を今か今かと待つ。
 ソウルゲインの一撃によってアンジュルグの左脇腹が握拳の形に窪まされてしまいダメージを負ったが、その拳打の衝撃を利用してソウルゲインから大きく距離を取る事に利用できた。
 アクセル・アルマーとソウルゲインの能力が合わされば、この一撃さえも見切られるかもしれない。だが、距離を詰めんとするソウルゲインに何の手も打たずにいるのも愚かしい。
 アンジュルグのセンサーがいくつもの水柱を透過してソウルゲインの存在を感知し、コックピットに投影する。
 CGによって精密に再現された画像上のソウルゲインは突いた拳を引き戻し、両肘を引いた構えのまま腰を落とし、こちらに向かって飛びかかろうと膝を曲げたところ。

 

「イリュージョン・アロー!」

 

 シャドウ・ランサーとは比較にならない高出力のエネルギーが、返しの刃を幾枚も備えた巨大な矢を生みだし、黄金の弓と桃色の光の弓弦、白いアンジュルグの繊指から自由を許されて、超音速で飛翔する。
 質量を持った物質が高速で移動した事によって発生する衝撃波が一直線に突き進んで、白い水柱のど真ん中を射抜き、幾千万粒の水の宝石に変えてソウルゲインへ!
 ひとたび放たれれば狙った敵対者の心臓を射るまで飛び続ける呪いが掛けられてでもいる様に、イリュージョン・アローの光矢は青い拳闘士の胸部を抉るべく巻いた風を更に貫いて迫る。

 

「狙いが正確すぎるのは貴様らの欠点だ」

 

 またアクセルの口から零れるW17の事を知悉しているが故の言葉に、アクセル自身は気付かない。
 玄武剛弾を射出する寸前の状態と同じように、両肘から先の部分を高速で回転させ、アクセルはソウルゲインの動力源の存在する心臓部を狙ったイリュージョン・アローを受ける。
 高速回転するソウルゲインの腕部に運動エネルギーのベクトルを逸らされたイリュージョン・アローはあらぬ方向へと飛び去ってゆく。
 海面激突すれすれまで叩き落したアンジュルグを追い、ソウルゲインもまたその爪先が海面に触れるほど低空を駆ける。
 イリュージョン・アローの第一矢を躱されたものの、W17は毛先程の動揺を浮かべる事もなく、新たな矢を生み出しては光の弓弦につがい、狙いを定め、射かけ続ける。
 五指の間に四本の指を挟みこみ、大道芸かなにかのようにイリュージョン・アローの矢は生み出されてから射出まで実に一本一秒の速度で放たれてゆく。
 最初の一本を弾いたのと同じように、回避しきれない矢を高速回転させた腕と肘のブレードで弾き、氷上の妖精と賞賛されたアイススケーターのように、ソウルゲインは滑らかな動きでアンジュルグへと迫る。
 イリュージョン・アローを射かけられ、回避と防御によって若干速度を落としているとはいえ、それ以上に動きを鈍らせているアンジュルグ相手ならば、ソウルゲインがもう一度距離を詰めるのはそう難しい話ではない。
 びょう、と風を劈く音を奏でながら飛翔したイリュージョン・アローが、ソウルゲインの両手が合掌する様に動くや、その両手の間に挟み取られる。
 その姿を見た瞬間、小指と薬指の間に挟んでおいた十三本目のイリュージョン・アローを射終えて、新たな矢束を生み弓弦にあてがうまでのわずかな時間を狙われた事を、W17は悟った。
 見よ、ソウルゲインの両掌によって挟み止められたイリュージョン・アローがそっくりそのままアンジュルグへと送り返されたではないか。
 右手を天にかざして新たなエネルギーによって矢を物質化させる姿勢にあったアンジュルグは、送り返された矢を回避する行動に移行するのがわずかに遅れ、その左肩に深々と矢が突き刺さる。
 左肩装甲内部のフレーム部分にまで深く突き刺さったイリュージョン・アローは、すぐさまエネルギーに還元され、光の粒子へと変わって消失するが、貫かれた損傷はそのままだ。
 左肩を後方へ押された姿勢に崩れたアンジュルグに、W17はすぐさま弓を消失させて再びミラージュ・ソードの護拳付きの柄を握らせ、光刃を形作らせる。
 ディスプレイに浮かび上がった左肩損傷とそれに伴う機体機動の不具合を一瞥して視認した事が、W17の失策へと繋がる。視線を再びソウルゲインに戻すまでの一瞬の間に、アクセルは動いていたのだ。
 イリュージョン・アローの軌道をさかしまに描いて、高速で回転するソウルゲインの右腕部がアンジュルグの胸部へと飛んできていたのだ。彼我の距離は百メートル、コンマ一秒あればゼロになる距離である。
 玄武剛弾が巻き起こす風に押され、アンジュルグはふわりと綿毛の様に軽い動きで左に避けて回避し、W17はミラージュ・ソードの切っ先をソウルゲインに向けようとして、前方に機影が無い事に気づく。

 

「上か?」

 

 いや、熱紋・赤外線など各種センサーはアンジュルグの上方にソウルゲインの存在を認識していない。その居場所をセンサーが告げるよりも早く、W17は、波紋を浮かべる海面に気づいた。
 テスラ・ドライヴの機能を利用して跳躍して発生した波紋ではあるまい。あの波の立ち方は――

 

「――下、海に潜ったか!」
「目端の利く事だな?」

 

 母体を食い破って産れる魔物の子の如く、アンジュルグの足元の海面がぐうっと盛り上がるや、それを突き破ってソウルゲインが姿を露わにする。
 玄武剛弾の一撃を受けたアンジュルグの姿勢が崩れてW17の視界が認識する瞬間を狙って、海に潜る事で姿を晦まして接近を果たしたのだ。
 蒼く濡れた海水を滴らせながら跳躍するソウルゲインは右腕を欠き、左肘のブレードを展開させてアンジュルグへと迫った。天に羽ばたく神の使徒を狙う地獄の悪魔のように。

 

「斬り裂けい!」

 

 アクセルの言葉をソウルゲインは忠実に実行し、美しい有翼の女騎士の股間から頭頂部までを一切の抵抗なしに、二つに斬り裂いた。が、左右に斬り分けられたアンジュルグはすぐさま、朝陽に散る霧の如く霧散する。

 

「分身かっ」

 

 さしものアクセルもわずかに驚きの形相へと変わるその背後から、寝所で男女が交わす睦事のように小さな囁き声が聞こえてくる。
 甘い夜の夢の中でこの世ならぬ快楽と引き換えにして男を枯らし、女を溺れさせる淫魔の囁きも、これほど美しくはないだろう。
 アクセルは、戦闘中にもかかわらず妖しく鼓膜を揺らす声にぞくりと背筋を震わすものを感じていた。勃起さえしていたかもしれない。

 

「幻を見切れなかったようですね、隊長」
「人形、貴様」
「……幻影の印、ミラージュ・サイン」

 

 夏の涼風が鳴らした風鈴に似て静かな声であった。と、同時にソウルゲインの周囲に損傷も全く同じ三体のアンジュルグが出現し、白い翼を雄々しく広げて、ミラージュ・ソードを手にソウルゲインへと斬り掛かる。

 

「ちぃいっ!!」

 

 異なる三種の太刀がわずかずつ時間をずらしてソウルゲインへと斬り掛かり、背中へ送られた一太刀は、ソウルゲインが身を捻った事により浅くうなじの辺りに斬痕を残す。
 左頸部から首を刎ねに行ったミラージュ・ソードはアクセルが反射で振り上げた左肘のブレードがかろうじて間に合い、白銀の刃と光の刃が接触して激しい火花を周囲へと散らす。
 右腕を肩ごと斬り落しに来たミラージュ・ソードは振り上げたソウルゲインの右足の爪先が、蹴り飛ばし、かろうじて致命傷となる一撃を全て防ぐ。
 しかし三連斬撃を防いだ直後にすべてのアンジュルグが一瞬姿を消し、再びソウルゲインの三方を囲んで現れる。
 まるで空間に見えない扉があり、アンジュルグがその扉を出入りして斬り掛かってきているかの様に、神出鬼没な動きにアクセルの瞳も険しく細められて、宿す光の胡乱さを増す。

 

「おれは幻を見切れなかったが、貴様は現実を見落としたな」
「なにを」

 

 言っている、と言い終える前にW17はいまだ戻ってこないソウルゲインの右腕部に気づく。先ほど躱した玄武剛弾の一撃に使用された右腕が戻ってくるのが遅すぎる! 同時に鳴り響く後方警戒信号。
 ソウルゲインを囲んだアンジュルグの背を打つべく流星となって襲い来るソウルゲインの右腕だ。高速で回転しアンジュルグの重装甲でも無視できない威力を秘めた拳は、正確にアンジュルグ本体を狙っている。

 

「でえぇええいい!!!」

 

 玄武剛弾で飛ばしたままだった右腕部とソウルゲイン本体が、アンジュルグを前後で挟みうちにし、最大展開された肘ブレードがアクセルの気迫と共にアンジュルグへと襲いかかる。
 ソウルゲインの主な動力は電力であるが、それ以外にもパイロットの生体エネルギーを用いている。天井知らずに高まるアクセルの気迫を機体全体に漲らせるソウルゲインは、その全身に青白い雷光を纏う。
 雷刃と化した肘のブレードならばアンジュルグの首くらいは簡単に跳ね飛ばす事が出来るだろう。
 この一太刀を受ける位ならば、玄武剛弾の直撃を受けるほうはダメージが少ないが、かといってその一撃を受ければアクセルが付け込むには十分な隙が出来るのは間違いない。

 

「ですが、同時に捌けない攻撃ではありませんよ?」

 

 ミラージュ・ソードを構えた右手はソウルゲインを、かろうじてシャドウ・ランサーの射出機構が生きているシールドは背後から迫りくるソウルゲインの右腕部へ。
 後方を確認せずとも、ソウルゲインの右腕を撃ち落とす確実な自信があればこその行動だ。左手を後方へ振り向けた姿勢のまま、アンジュルグはミラージュ・ソードをまっすぐ構えた刺突の姿勢でソウルゲインへと飛翔。
 対するソウルゲインは左肘から延びるブレードに帯電した雷光と流し込まれた生体エネルギーがブレードに収まりきらず、陽光を弾き返す激しさで輝いている。
 ソウルゲインとアンジュルグ、二つの巨体が亜音速に達する高速で突進しあう。もとからミラージュ・サインの間合いに居た両者だ。二つの刃が振り抜かれるのにわずかな時間も要らない。
 目を潰すほどの激しい一瞬の光と変わる二機。影さえ追いつけぬのではと疑う速度で両者が交差する。
 振り抜かれる刃は二つ、背後より迫る拳は一つ。拳を撃ち落とすべく放たれた光の矢もまた一つ。視認なしで放たれたシャドウ・ランサーは狙い通りに玄武剛弾を撃ち落としている。
 互いの脇をすれ違ったソウルゲインとアンジュルグの機体が、同時に背後を振り返り、再び相対し――直後、びしり、と装甲に亀裂の走る音と共に両者の胸を斜めに横断する斬痕が刻まれる。
 巨大な二機の特機が高速で移動し抉り抜かれた大気が周囲に荒れ狂い、両者の激突地点を中心に四方へ広がった衝撃が空間と海を震わせた。
 外部装甲を越えて内部機器にまで到達した刃のダメージによって、万全の動きは到底できない。それでもある程度の戦闘行動は行えるのは、流石は特機と言った所か。
 同じようなダメージでも、自己修復機能のあるソウルゲインの方が有利ではあるが、この戦場には両者以外の存在がいる以上、ダメージを軽視する事は出来ない。
 神話の中の戦いにも対峙する両者以外の第三者の介入で決着がついた例は存在する。ソウルゲインとアンジュルグ以外の機体の横やりが、どちらかを撃墜しないとも限らないのだから。

 

「ぐっ、踏み込ませすぎたか」
「損傷が激しいな、すこし引き際を見誤ったか。……流石は隊長」

 

 戦闘続行が困難なダメージに、最初の意図を越えて激しい戦闘を繰り広げたW17も頭に登った血が下りたのか(この表現はあまり適切ではないかもしれない)、W17は全体の戦況を確認する冷静さを取り戻していた。
 ソウルゲインが抜けた事でMAの抑えが減り、MA群の大火力を前にしてDCの各艦が回避と防御に専念せざるを得なくなり、動きを鈍らせている。
 特にストーク級の被弾が重なっていて、タマハガネの直衛についていたジガンスクードが盾代わりになって大部分の攻撃を引き受けている。
 タマハガネ自体も砲撃よりもEフィールドの展開を優先して、背後にストーク級二隻を庇う位置に動いていた。
 今回初めて確認されたDCの新型を含めタマハガネの機動部隊はそら恐ろしくなるほどの戦闘能力を見せているが、戦況の優劣を示す天秤は地球連合側に傾いていると言えよう。
 とくにグラハム・エーカー率いる大西洋連合の部隊と巨大なMSジ・O兇魘遒襯僖廛謄マス・シロッコ、ザフトから強奪したカオス・アビス・ガイアを持ちこんだファントムペインの活躍が勇ましい。
 エキドナとの状況確認、アクセル・アルマー戦闘部隊隊長の状態の確認を終えた以上、これ以上の交戦の必要はなく、アンジュルグがこれ以上被弾しないよう適当に距離を取って戦うだけでいいだろう。

 

「隊長、ヴィンデル様もレモン様も隊長のご帰還をお待ちです。一刻も早く記憶を取り戻されますよう」
「……逃がすか!」

 

 ばさりと翼を大きく打ち、ソウルゲインに背を向けるアンジュルグを、ソウルゲインが追う様子を見せたが、そこにエキドナからの通信がアクセルにつながり、踏み出した足が二の足を踏む。

 

『敵機動部隊の攻撃に対処が間に合わなくなりつつあります。ソウルゲインは急ぎ戦列に戻ってください』
「あの女と同じような声でよくも言う」

 

 声の響きに苛立ちを隠さずアクセルは悪態を吐く。八つ当たりに近いとは自分でも分かっていたが、これまでの言動と対面した時に受けた印象から、エキドナにも不審な点があるとアクセルは踏んでいた。
 懐の内に導火線を隠した爆弾を一つ抱えていたという事か。あるいは、記憶を失っていなかったなら、自分もまたDCにとって厄介な爆弾となっていたのかもしれない。

 

――見方を変えればいつでも手がかりは手の届くところにあるという事か。よかろう、今回は見逃してやるぞ、人形――

 

 一度目を瞑って自身の心に整理をつけたアクセルは、ヴィンデルとレモンという、おそらくは人名から、脳裏に一瞬だけあるイメージを浮かべていた。

 

「ピンクと緑の…………ワカメ、か?」

 

 なんだそりゃ、とW17との激闘で強張った体から緊張が抜けて行くのを、アクセルは感じながら、MAの群れへとソウルゲインを走らせていた。
 実際エキドナの言う通りに、多大な犠牲にも怯まぬ地球連合艦隊の猛攻に晒されてDCの機動兵器部隊は、敗色をわずかずつ帯びてきていたのだから。

 
 

――つづく。

 
 

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