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SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第34話

Last-modified: 2010-03-07 (日) 13:30:25
 

ディバインSEED DESTINY
第三十四話 牙は研がれた

 
 

 地球連合軍第二次オーブ解放作戦に従事した連合艦隊は、ソロモン諸島に位置する旧オーブ首長国連邦――ディバイン・クルセイダーズ(DC)との初戦に敗退し、後続の増援艦隊との合流を余儀なくされていた。
 無事合流を果たし、戦力を倍増させた艦隊を構成するとある機動空母の一室からとある壮年の男性士官が姿を見せる。
 地球連合軍の規制の軍服を一部の隙もなく着こなし、軍人として鍛え抜かれた逞しい体と、その場にいるだけで周囲の人間の背筋に鉄の芯を通す様な雰囲気を与える佇まいの持ち主である。
 几帳面に七部に分けられた黒髪と鼻の下の整えられた口髭、そしてなによりも額から左目にかけて大きく顔の面積を占める壮絶な傷跡が目をひく。
 硬く引き締められた口元や厳しさの滲む顔立ち、そして左目の傷。この男がこれまでどのような人生を生きてきたのか、そしてこれからもそのようにして生きて行くのだと、一目で分かる。
 歴戦の軍人という言葉を容易に想像できる風貌のこの男性は、東アジア共和国軍所属のセルゲイ・スミルノフ中佐である。
 上官であるネオ・ロアノーク大佐に自身が指揮する頂武が被った損害と、東アジア共和国軍上層部からの意向で以後の作戦活動には参加せず、本国への帰還を命じられた旨を伝えたその帰りだ。
 ネオの方も話は聞かされていたかあるいは予想していたようで、意外そうな表情一つする事もなく、セルゲイの言葉を聞き、先日の戦いでの勇猛な働きに感謝とねぎらいの言葉を述べるきりであった。
 ネオは顔の上半分を覆う怪しげな仮面を被り、なにかと後ろ暗い噂のあるファントムペインの指揮官とあって、昨今の軍人には珍しく差別的・政治的思想に染まっていない純粋な軍人であるセルゲイには、今ひとつ信のおける相手ではなかった。
 しかし、指揮能力、固定概念に囚われぬ柔軟な発想力、またMSパイロットとしても確かな技量を備えた優秀さは確かだったし、言葉を交わしてみるに別段ブルーコスモス的な思想に染まっている様にも感じられなかった。
 そのような事もあって、セルゲイが初対面時に抱いた不信感は大幅に拭い取られていて、任務を完遂する事無く本国に帰国しなければならない事に、セルゲイは少なからず引け目を感じている。
 ネオ自身も、これ以上の強硬な戦闘行為は悪戯に消耗を招き、今後の戦争に支障をきたすことを理解している節はあったが、上からの命令とあっては唯々諾々と従う他ないと諦めている様子であった。
 上からの命令に従い、義務を果たす事が軍人の役目、そしてそれが組織のあり様であるとは、セルゲイにしてみれば今さら考えるまでもない事ではあるが、一抹のやりきれなさを見て見ぬふりをする事は出来なかった。
 おそらく数日の内に再び戦端が開くであろうDCとの戦いで、この青い海と空にどれだけの命が散ってゆく事だろうかと、セルゲイは悲嘆せずにはいられない。

 

「命令だって言うのなら、やるしかないでしょ? 軍人なんだからさ」

 

 どこか投げやりにそういうネオの、諦め交じりに歪んだ口元と声音はしばらくセルゲイの鼓膜と網膜から離れそうにはない。
 自分よりも十歳以上は若いだろう上官の境遇と自分の立場を考え、無意識にセルゲイがやるせない溜息をつくと、廊下の向こうから見慣れた銀髪の少女と黒髪の青年とが姿を見せた。
 偶然行きあったというよりは、二人して自分を待っていたのだろうとセルゲイは洞察する。彼らとの付き合いは一年にも満たないが、それなりに理解はしているつもりである。

 

「パーファシー少尉、ハプティズム少尉、どうかしたかね?」

 

 鉄の規律を尊ぶ軍人然とした表情を浮かべるセルゲイだったが、声音はそこまで厳しいものではなかった。
セルゲイに対してその場で直立不動の敬礼を返してから、マリー・パーファシー少尉と、アレルヤ・ハプティズムが互いに視線を交わす。二人の挙措からはどこか申し訳なさが見えない靄となって漂っているように感じられる。
 流れるような銀色の髪に砂金を散らばせたように美しい金の瞳のマリーが敬礼の手を崩し、困った様に微笑を浮かべる。つられてアレルヤも同じ笑みを浮かべた。遠慮と申し訳なさと信頼がブレンドされた笑みである。

 

「それが、ハレルヤが」

 

 『ハレルヤ』――その名前だけで何が起きたかセルゲイには分かった。と同時に、マリーとアレルヤとおなじ苦笑を共有する。
 あのDCとの新型との戦いで艦に戻った後、ハレルヤは相当気が荒ぶっていたし、口の端に泡を浮かべて、あのヤロウと戦わせろと怒声を上げてひと悶着起こして、抑えるのにアレルヤとソーマの二人で掛かった。
 単純な身体能力で言えばハレルヤの肉体は人類の限界まで人工的に強化されている。同類であるアレルヤやソーマでもなければ、精悍な軍人であるセルゲイでも到底抑えきれるものではない。
 技術を使えば何とかならない事もないが、ハレルヤの方も一定以上の軍隊格闘技の技術を持っているから、戦技教官クラスをダース単位で用意しないと彼を物理的に拘束する事はとても難しい。

 

「また暴れているのか?」
「ええ。ぼく達が本国に戻る事になりそうだという話を耳にしたみたいで」
「その、戻る前にあのインパルスというDCの機体と戦わせろと……」
「やれやれ、私からも何か言わないといかんな」

 

 ハレルヤ、アレルヤ、セルゲイの三人組で戦って勝てなかったのだから、少なからず屈辱感を覚えたのは、セルゲイも同じだがそれを抑える術を心得ている。この三人の内、ハレルヤばかりはその感情を抑えず表出する気質だ。

 

「申し訳ありません、中佐。私からも言い聞かせてはいるのですが」
「なに、いい加減慣れたからな。気にしなくていい。今はピーリス少尉が?」
「はい」

 

 自分の片割れの苦労を思い、マリーはしゅんとした調子で頷く。あとで何か甘いものでもおごって苦労をねぎらわなければならないだろう。
 それに肉体のスペック云々以前に、性格的な問題としてハレルヤとソーマの相性はお世辞にも良いとはいえない。
 ハレルヤの歯に衣着せず悪意を隠さない好戦的な言動は、プライド高く気の強いソーマの癇という名前の釣鐘を、ハンマーでけたたましく叩くのと等しい。
 繊細な手つきで触れなければならない琴線を、鋸でぎこぎこと斬る様なもので、ソーマの方もさして我慢強くはないから時には戦闘中でも口を使った戦いが起き、これにはセルゲイも頭を悩ませている。

 

「では早く行くとしよう。ああ、アレルヤ、ミン中尉に後で私の所へ来るよう伝えてくれるか」
「はい」

 

 セルゲイは副官であるミンへの言伝をアレルヤに頼み、マリーの案内に従って元気に暴れているハレルヤの下へと、やや足早に向かった。気が荒れているのはハレルヤばかりではない。
 同じ釜の飯を食い、同じ国に生まれ、同じ死線を潜ってきた仲間達を失った事で表面上は抑えていても胸の内に忸怩たる思いを溜め込んでいる者は、頂武の生き残り達の中にも多くいる。
 ハレルヤの行動はそういった隊員たちに好ましくない刺激を与えてしまうだろう。セルゲイの軍靴が床を叩く音が、短い間隔で艦の廊下に響いていった。

 

 * * *

 

 ロアノーク艦隊所属の人間で、DCとの戦闘から身を引くことを好しとはしない人物は、セルゲイの他にもいた。
 従来の航空機用の空母を急遽MSに対応するものとして、改修を施した改装空母の甲板に立つ金髪の青年はその数少ない人間の一人であった。
 巻き癖のついた金髪に我慢の弱い子供を連想させる青い瞳の組み合わせは、青年の実年齢に比するとややあどけない印象を与え、軍人と言うよりはどこかの大会社の御曹司とでも言う方が似合う雰囲気を醸している。
 しかし、軍事に多少明るいものであったなら青年が身に纏う軍服の意味に気づき、少なからず驚きを覚える事だろう。
 従来の地球連合軍の軍服とは異なる青を主としたその軍服と軍帽は、大西洋連合のMS部隊の中でも五指に入る精鋭部隊の一つ、オーバーフラッグスの隊員にのみ着用が許されるエリートの証である。
 襟元の大尉を示す階級章と合わせれば、この端正な顔立ちをした青年がその実、生と死が隣り合わせの過酷な職業につき、一定以上の地位にある人物だと分かる――それも最精鋭部隊のひとつで部隊長を務めるほどの実力を兼ね備えた。
 腕を組み眉間に深い皺を刻み、歯を噛み砕かんばかりに噛み締めているその形相からは、途方もない苦行に耐えているようにも見える。あるいは胸の内を焼く壮烈な感情の炎が表出する事を堪えているのかもしれない。
 潮の香りを乗せた海風はどこか生暖かく爽快さは露ほども感じられない。仮に頬を撫でられればつられて口元が緩む心地よい春風であったとしても、いまの青年にそれを感じる心の余裕はなかっただろう。
 大西洋連合軍オーバーフラッグス隊長グラハム・エーカー大尉は、もう一時間以上甲板の上に立って胸中の感情と理性の争いに決着をつけるべく、沈黙の立像と化していた。
 海を眺めているように見えて、その実、おのれの心の内のみを見つめていたグラハムは背後で何と声をかけるべきか躊躇する気配に気づき、うっすらと瞼を開く。同時に組んでいた腕をほどいて体の脇に垂らして背後を振り返る。

 

「ふっ、すまんな、ダリル、ハワード」

 

 グラハムの背から数メートル離れた場所で二の足を踏んでいたのは、オーバーフラッグスの隊員の中でもグラハムが右腕、左腕と頼むダリル・ダッジとハワード・メイスンの両名である。
 長い事外に出たままのグラハムの身を案じて、こうして甲板まで出向いたのであろう。二人に気を遣わせたことにグラハムは、固く閉じていた唇をゆるめて自嘲を露わす形に変えていた。

 

「貴君らに要らぬ気遣いをさせてしまったようだ。私もまだまだ未熟」
「いえ、おれ達も隊長と同じ気持ちのつもりです」
「この海と空に散った同胞の仇を討つ事も出来ずに本国に戻らなければならないこの屈辱、忘れろと言われても忘れられるものではありません」
「確かに、な」

 

 ダリルやハワードの言葉は確かにグラハムの胸中の思いに等しいものであった。前大戦後に発足されたオーバーフラッグスが、その成立から今に至るまでこれほどまでの被害を受けたのは初めてのことである。
 所属していた隊員の三分の一近くが死傷し、貴重なオーバーフラッグで無傷のものは一機もない。
 グラハムの機体はもちろんハワード達の機体も大小のダメージを負い、本格的なメンテナンスが必要とされ、破棄を余儀なく成された機体もある

 

「あれだけの戦力を持って打倒する事が出来なかった事は、後世の人々に笑われる事だろうな。しかし、この雪辱を晴らす機会に恵まれる時が来たならば、私は全霊を賭す所存だ」
「その時は自分達も!」
「ふ、その心意気を好しとする。とはいえ、本国に戻ったらまずはカタギリとエイフマン教授に謝罪しなければなるまい」

 

 オーバーフラッグス技術顧問のレイフ・エイフマン教授と補佐のビリー・カタギリは、大西洋連邦でも著名な技術者だ。彼らの有能さはその恩恵に最も多く預かっているグラハム達が一番良く理解している。
 今回のクライ・ウルブズとの戦闘で得られた戦闘データを分析・反映する事でフラッグのみならず大西洋連邦軍のMSに、なにがしかのプラス効果が望めるだろう。
 それに二機のカスタムアヘッドから入手できたDC製擬似太陽炉もある。二基しかない貴重なサンプルであるが、エイフマンとカタギリの頭脳と技術にかかれば、直に量産と改良に持ち込めるだろう。
 そしてダリルらは知らなかったが、グラハムは願わくは擬似太陽炉を搭載したフラッグの開発を心の片隅で望んでいた。
 というのも数日前のネルガル製ガンダム輸送機が襲撃された際に手合わせした接近戦特化型のガンダム――ネルガルからエクシアという名称を後で知らされた――と等しい条件で戦いたいのだ。
 クライ・ウルブズとの戦いでは擬似太陽炉から純正太陽炉へと変わっていたが、その性能を支える者が太陽炉である事は変わらないし、基本的に両方の太陽炉に性能差は無いに等しい。
 そこまでをグラハムが知っていたわけではないが、あの戦いのさなかで成長するパイロットの乗ったエクシアと、共に全力を発揮できる条件で対等の状態で戦う事がグラハムの心を焦がす願いとなりつつあった。

 

 * * *

 

 DC本隊と別行動を取っていたクライ・ウルブズを待ち伏せしたロアノーク艦隊の損害が目に余ることである事は、これまで何度も綴ってきたが後方基地へと帰還してゆく部隊の数を見ればなおのこと実感できるだろう。
 ファントムペイン司令ネオ・ロアノーク大佐とその直属扱いだったクロト、オルガ、シャニの三名はそのまま留まったが、頂武、オーバーフラッグス他ほとんどのロアノーク艦隊の面々が戦線を退いている。
 東アジア共和国屈指のエースであるカイ・キタムラ少佐やユーラシア連邦のガルムレイド専任パイロットのヒューゴ・メディオ、パプテマス・シロッコ大尉やパトリック・コーラサワーも同様である。
 ただしこの面子の中で唯一パトリック・コーラサワーだけは頑として後方に身を置くことを拒んだが。
 ロアノーク艦隊に編成されていた最高クラスの精鋭達の大多数が抜けたが、数ばかりは十二分に補充できた連合艦隊は、オブザーバーとして同道したアードラー・コッホの指示によって然したる策もなく海を進んでいた。
 平均的な技量をもったMSパイロット達が騎乗するウィンダムをMS部隊の中核に置き、ゲルズゲー、ザムザザーといったMA部隊が編成されており、ここまではロアノーク艦隊とさして変わらぬ内容と言える。
 これにアードラーの自信の源であるヴァルシオン改(グレースが搭乗した機体をベースにした量産型であり、ヴァルシオンの量産型のさらに量産型となる)が部隊単位で、アードラー乗艦に搭載されている。
 アードラーが目指していた無人機動兵器部隊がついに実現した形となったヴァルシオン改部隊には、完成されたゲイム・システムが装備されてその戦闘能力はロアノーク艦隊のエース達を上回る筈だ。
 ヴァルシオン改クラスの特機が大西洋連邦の生産力によって運用されるという事態は、かねてからDCが懸念していたことであるが、せめてもの救いはヴァルシオン改がオリジナルヴァルシオンには、流石に劣る事であろう。
 DC側で運用しているヴァルシオン改が空間歪曲フィールドやメガ・グラビトンウェーブを装備しているのに対して、大西洋連邦製のヴァルシオン改はディバイン・アームとクロスマッシャーの装備に留まっている。
 前大戦でグレースが搭乗したヴァルシオン改には上記以外の装備もあったが、量産にあたり高コスト化と製造工程の複雑化が懸念された事と、性能が十分以上のものであった事から実装は見送られている。
 機動兵器運用に対応し改修を施された改造空母や水上艦、潜水艦で構成される連合艦隊の前途は、少なくともアードラーの脳内では明るい色で照らされ、また艦隊の司令達も自分達に預けられた戦力を信頼していた。
 実際、彼らに与えられた戦力は前大戦でのオーブ解放作戦に投入していたなら勝利を収めていたに違いない、と太鼓判が押されるほどのものだったのである。
 DCが独占していた特機をこちら側も運用し、またMSの高性能化・運用経験の蓄積も進み、さらにMSの台頭した現在の戦闘に対応できるよう大きく進歩したMA部隊まである。
 これだけの力があれば、と誰もが心の中で大なり小なり思うのも無理のない事であったろう。もっともそれは楽観的推測の一面が濃厚であったけれども。

 

 * * *

 

 監視衛星がまったく存在せずニュートロン・ジャマーの副作用である電波障害によって、第二世界大戦レベルの有視界戦闘にまで落ち込んだ昨今の戦争事情では、双方の正確な位置を割り出す事は容易ではない。
 それこそ哨戒機を飛ばして艦隊の航跡や、熱反応を探るなど地道な行動を繰り返す事に終始する。有効範囲が数十km程度ではあるがレーダーはあるし、第二次世界大戦時代よりはましだ。
 DCの場合NJのジャミング効果に対する対策として、精霊レーダーの開発も検討されているが、もともと精霊達が満ちているラ・ギアスとは違う地上では、十分には性能が発揮されず実用化は疑問視されている。
 結局は長距離偵察用装備を施した航空機やリオン、ウィンダムが地球連合とDCの艦隊から忙しなく飛び立って、一分一秒でも早い敵戦力の発見に血道を上げる事となる。
 そして敵艦隊発見の報告が伝えられたのは、クライ・ウルブズがDC本艦隊と合流を果たしてから八日後のことであった。
 その日、地球圏最強のパイロットの一人であるシン・アスカは、曇天の空の下で大洋州連合派遣艦隊のガンアーク部隊に居たマリナ・カーソンとタック・ケプフォードと久方ぶりの再開に、話の花を咲かせていた。
 クライ・ウルブズの面々が移乗したドック艦(とは名ばかりでスペースノア級に準ずる戦闘能力を有する)セプタと、大洋州連合艦隊の一部、ザフト艦のミネルバが行動を共にしている。
 大洋州オリジナルの機動兵器ガンアークの制式量産型を乗せた輸送艦から、わざわざセプタまで足を運んでくれたタック達を、PXまでシンが案内してステラやジニンなどオーストラリアで共闘した面子と顔を合わせていた。
 地球連合軍とは異なる大洋州連合のコート風の軍服に身を包んだ二人は、以前見た時よりもいささか精悍さを増した様にも見える。
 PXの合成樹脂製テーブルに対面で腰かけて、ジニンが二人にルイーナの基地を壊滅させた後のオーストラリアの情勢について質問を口にする。シンやレオナは全員分のドリンクを取りに行っている。

 

「あれ以来、大洋州の方は落ち着いているのか。南極の調査を我々と合同で行うと耳にしたが?」
「カーペンタリアのザフトとの関係は特に悪化する様な事もないですね。デュランダル議長の慎重な性格もあるかもしれませんが、ガンアークの独自開発についてアクションを起こした様子はありません。
 南極の調査の方もあとは細部を詰める程度に話が進んでいると耳にしています。近日中に我々ら大洋州連合を中心とした部隊が南極入りするでしょう」

 

 あくまで現場の人間の耳に入るレベルではですが、と断りを入れてマリナがジニンに返答する。
 プラントの数少ない友好勢力である大洋州が独自に軍事力を強化する政策を取った事を、プラントの指導者層が危惧していないわけはないだろうが、ここで下手に動くことによって生ずるリスクを重視しているのだろう。
 大洋州との関係悪化は、地球上の数少ない拠点であるカーペンタリア基地の今後に大きく影響するし、輸入資源や食料品に更なる関税や規制が設けられてはたまったものではない。
 武力に訴える選択肢もあろうが、地球連合と再び戦端の開いた今、大洋州を相手にする余力などザフトには欠片ほどもない。さらには大洋州との武力衝突を口実にDCがザフトを相手に戦端を開きかねない。
 それを考えればまだ明確にプラントとの関係を反故にしようという意図を露わにしていない大洋州と、敵対関係に進んでなろうとはしないだろう。
 そういった難しげな話を知らぬ様子の人間が、この場に一人いた。クライ・ウルブズのマスコット兼癒し系、ステラ・ルーシェである。
 ジニンの隣では、親娘と見間違われてもおかしくないステラが――まったく似てはいないが――にこにこと無防備な笑みを浮かべている。久しぶりに知己の人間に会えてうれしいようだ。
 近頃はめっきり人見知りをしなくなり、反対に人懐っこさがどんどん表に出て来ていて、心を許した相手には人の目を気にせずに甘える事も増えてきている。
 具体的に言うと、出会いがしらの抱き付き、頬ずりだ。また相手に抱き締められる事や頭や頬などを撫でてもらう事も大好きで、される側からすると嬉しいやら恥ずかしいやらのスキンシップがあちこちで目撃されている。
 保護者側の人間からすると遠慮しないで甘えて来られるのは嬉しいが、あまりに無警戒なので少し心配になり、嬉しさと心配が半分ずつと言った所だ。

 

「ガンアーク、まだそんなに多くないね。どうして?」

 

 気心が知れた相手とはいえとても軍人の口から出たとは考えられない子供っぽい口調だ。DCは本当に変わっていると思いながら、タックがステラの疑問に応じた。

 

「まだ作り始めたばかりだからな。全軍に行き渡る数が揃っていないんだよ。うちの艦隊を見れば分かるけど、まだ主力はライセンス生産したリオンとかガーリオンどまりなのさ」

 

 前大戦の時、ザフトからMSを輸入する事が出来ず、また独自の機動兵器開発に出遅れた為に現状、大洋州連合のMSの配備は極めて遅れている。
 そのために軍の主力兵器は、最近まで従来の航空機と戦闘車両であった。このままでは現代戦に対応できず取り残されることを危惧し、DCとの関係の親密化を図ってAMやMSの開発技術を手に入れたというわけだ。
 大洋州なりに生き残りをかけて手にした武力であるガンアークはある程度の結果を実らせて、まだ数十機程度だが管制して重要な軍事基地や首都を中心に配備が進んでいる。
 今回の地球連合軍のDC侵攻に際して派遣された大洋州連合軍にも一個中隊12機のガンアークが回されており、大洋州連合首脳陣の力の入れようが分かるというものだ。
 DCが敗れると太平洋からの侵攻に対する守りがまるまる失われるのだから、大洋州連合の危惧も当たり前ではあったが。
 比較的最近このコズミック・イラの世界に転移してきたジニンは、資料でしかそういった事情を知らないから、今一つ理解の及ばぬ話ではあったが全く分からない話というわけでもなかった。
 ステラは自分から尋ねた割にはさほど興味がなかったようで、ふぅん、と零したきりでもう興味は失われたらしい。猫科の動物を思わせる気まぐれぶりに、タックとマリナは顔を見合せて苦笑する。
 まっとうな軍人であるジニンからするとステラの態度は、そもそもその存在自体が見過ごせないものであったが、DCではもう何年もこれで通してきたせいで、ステラの態度の矯正はほぼ不可能と言われている。
 ジニンはクライ・ウルブズに配属以来あまりに自分の知っている軍隊との違いに、頭を痛めていたが、他国の軍人相手にもこの態度で通していると知って、さらに頭痛がひどさを増す。
 最近ではオリジナル太陽炉を搭載したエクシアやデュナメスの出現とあって、かつての世界での因縁から、ちくちくと胃が痛み始めていて健康に気を遣うよう軍医に注意されたばかりだというのに。
 幸いにしてタックとマリナは、以前の共闘の際にステラの態度に対する耐性ができていたようで不快そうな様子を見せる事はない。
 ビアンやミナはさんざんステラの言葉遣いや意識を矯正しようといろいろとアクションを起こしたのだが、どうにもうまく結果を出せなかったようだ。なんだかんだでビアンとミナがステラに強く出られず甘やかす所為だろう。
 なにか深刻そうな顔をして眉間を揉むジニンの姿に、トレイにドリンクを乗せて来たシンが不思議そうな顔をする。ジニン以外の三人と比べるとやけに深刻そうな表情をしているギャップのせいだ。
 レオナと二人で分担してタックらにコーヒーや紅茶の入ったカップを手渡し、自分の分も取ってステラの横に座る。シンが隣にいる、もうそれだけでステラは微笑みを深くして、喜びの花を周囲に咲かせる。
 その幸せそうな雰囲気に周囲に居るだけでこちらも幸せな気分になれるほどだ。まあ、一部の人間はあまりの輝きに自分の後ろ暗いところを露わにされるような気分になって、卑屈になるだろうけど。
 ステラとシンが作り出す二人の世界に対して、すっかり慣れたレオナは、優雅な仕草で紅茶を一口喉に流してから口を開く。生来の気品と幼い頃からしつけられた優雅さとがあいまって、思わず見惚れる美しい動作であった。

 

「みんなで楽しそうに何の話をしていたのかしら?」

 

 いつもならレオナに便乗してタスクが良く動く口を開く所だが、今回はレオナの言葉に続く事は無かった。珍しく何時もセットのタスクが不在なのは、乗機のジガンスクードが大破し、その修理に元整備兵であったタスクまで駆り出されているからだ。
 レオナのガーリオン・カスタムはイカロス・ユニットの交換を済ませて細かい調整を済ませるだけでいいから、出撃前の今は若干時間に余裕がある。
 コーヒーに角砂糖をぽちゃんぽちゃんと音をたてながら入れていたタックが、スプーンで黒い水面をかき混ぜながら答える。

 

「そんなに楽しい話じゃないさ。ガンアークの話と南極の調査の話だけだよ、ガーシュタイン少尉」
「なるほどね。あのルイーナとかいう連中、あれっきり姿を見ないけれど、碌でもない事をしているのでしょうね」
「大洋州としては知らないうちに自分の土地に基地をつくられてしまったわけだから、面子の問題もある。南極の調査にはかなり力を入れるんじゃないかな。
 ただあのイグニスとかアクイラって連中はかなり手強かったからな、普通の部隊じゃ被害が増えるだけだ。正直、DCの協力は欲しいね」

 

 ガンアークは確かにMSサイズの機動兵器としてはかなり優れた性能を持った機体であるが、特機級の打撃力や突破力までは持ち得ていない。
 それを考えれば特機を有するDCとの共闘は必要なものとなってくるだろう。ただそのように考えているのはあくまで現場レベルの、加えて実際にルイーナの幹部クラスと戦った人間に限られるだろうけれど。

 

「南極の話もいいけれどいまは目の前の地球連合の事をどうにかするのが先じゃないかしら? クライ・ウルブズの戦力が大幅に減らされたっていうのは、かなり厳しいと思うけれど」
「うむ、カーソン少尉の言う通りだが、補給物資の中に機体もいくつかあったからな。むしろ機動兵器レベルで言えば戦力は増強した。タマハガネが使えない分、マイナスなのは確かだがそう嘆くほどでもない」

 

 自分自身との葛藤をとりあえず心の隅っこの方に追いやったジニンだ。彼のアヘッドも多少の損傷を負っていたが十分に修理が間に合う状態だったので、次の戦闘に参加するのに問題はない。
 アヘッドは元の二十四世紀の世界で、あらゆる状況で高い性能を発揮する汎用機として開発され、いくつかのバリエーション機が開発されている。
 それはDCにおいても同じ事で、プラズマ・ジェネレーター搭載機の他にもシルエットシステムやレオナが担当している各種装備を参考にした追加オプションとカスタムタイプが開発されている。
 ロックオンが搭乗したスナイパーカスタムや刹那のサキガケのような強化改造機が、近いうちにジニンにも回される事だろう。

 

「あの怪獣さんも一緒だから大丈夫だよ」

 

 とステラ。艦隊に合流する際に目にしたメカゴジラの事を言っているのだろう。メカゴジラの戦闘能力は確かに途方もないもので、仮にウルブズの戦力を持ってしても苦戦は免れまい。それが三機もいるのだ。

 

「ああ、あのメカゴッ……ドズィラ、ジラ? だったかしら。あれのことね」
「メカゴジラですよ、マリナさん。さすがにおれもアレはそうとう悪ノリして作った機体だと思いますけど」
「悪ノリしたからって普通は造らないと思うけどなあ」
「ごもっとも」

 

 タックの感想も無理はない。ふつう、あんな特撮ものや戦隊ものの映画やテレビの中にしか出てきそうにない兵器を、本当に作り上げてしまうなどと誰が想像できるものか。
 おまけに戦場に投入すれば恐るべき戦闘能力を発揮してみせる。なんというか才能と資源の無駄遣いというか、もっと真面目な方向にその労力を回せばより良い結果を出せるのではないだろうか?
 自軍の技術陣の発想のトンデモっぷりには慣れたシンやステラ、レオナはともかくとして身を置いて日の浅いジニンや他国の軍人であるタック達は、そのように考えずにはいられない。
 まあ、その普通とは全く異なる毛色がDCの強さの源と言えなくもない。

 

「総帥がもともと技術畑の人ですから、なんていうか技術系の歯止めがものすんごく緩いんですよね。そこのところをミナ副総帥とギナ副総帥が補ってくれているんですけど、総帥が二人の目を盗んで色々とやりたがるから」

 

 苦笑いを浮かべながらシンが自軍の総帥に対して普段思っていることを吐露する。困った人だな、とは思うけれどもそんな子供の様な所のあるビアンの事を好ましく思っている事が良く分かる。
 シンのビアンに対する信頼の強さと気心の知れた様子が気になって、どういう関係なのか興味本位で聞こうとマリナが口を開きかけた時に、艦内に地球連合艦隊発見の報が知らされたのだ。

 

 * * *

 

 長距離偵察用装備のリオンが撃墜と引き換えに伝えてきた地球連合艦隊は、戦力を分ける事もなくDC艦隊から北北東の位置約700キロメートルを航行中。
 連合艦隊もDCに発見された事に気づき、迎え撃つ準備を整えている事だろう。対してDC艦隊の選んだ行動はシンプルだった。
 正面から全戦力を以ってこれを壊滅させること。
 慎重な所があり、味方の必要以上の被害を嫌うDC艦隊司令トダカ大佐にしては過激かつ猪突的な選択肢であったが、セプタ含む後続艦隊とメカゴジラ三機や補充機によって増強された戦力がある。
 また下手に戦力を分散してこちらの艦隊を抜かれれば本国まで一気に抜かれかねないということもあって、一見無謀とも取れる強硬策が採択される事となった。これにはエペソの恫喝に近い上伸があったことも理由の一つだ。
 すでに船首を地球連合艦隊へと向けて進むセプタの艦内では、ブリーフィングルームで戦闘プランの確認が済み、スクランブルを掛けられても即座に対応できる状態にあった。
 クライ・ウルブズの機体に必要な物資を残して他の艦に余剰物資を明け渡したセプタの艦内には、ステラのエルアインス、アウルのエムリオンRCの代わりの補充機があてられ、機動兵器の戦力は目減りしていない。
 また刹那のエクシアにはサキガケ用のセブンソードプランの装備、GNロングブレイドとGNショートブレイドが追加され、デュナメスにはアヘッドSCに使われていたフルシールドの改良型が装着されている。
 そしてステラにはグルンガスト弐式が、アウルには新型ガンダム“レッドファイター91”が配備されていて、むしろ以前の機体よりも強力なものが与えられたと言えよう。
 グルンガスト弐式はDC内で配備が進められている準特機で、ステラ機は標準装備の仕様となっている。
 一方アウルに与えられたRF91は、異世界のガンダムのデータの中からガンダムF91をベースにDC技術陣が独自改造を施した機体である。
 真紅に染められた機体はF91の特徴的武装であったヴェスバーを取り外す代わりにウィングカッターを装着し、胸部には鳥の頭を模した追加装甲が装着されている。
 また放熱時に解放されるマスクを備えた頭部の意匠も、口を開いた鬼の様な口部に変わっている。ヴェスバーを外したことで火力は減じたがその代りに格闘戦での戦闘能力と機動性、運動性を高めた機体である。
 フォーミュラーインパルス同様にビームシールドを装備し、胴体にはカッター付きのアンカーを内蔵し、搭乗者の発想次第ではユニークな戦い方が出来るだろう。
 とりあえずエムリオンが再び回されずに済んだ事を、アウルは心から喜んだという。
 ふたたび戦う為の準備は用意万端整えられていた。後は、戦いの開幕を告げる声か、あるいは狼煙が上げられるのを待つのみであった。

 
 

――つづく

 
 

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『おまけにすべきか正式採用すべきか外伝にすべきか黒歴史にすべきか』

 
 

 脳裏に思い浮かぶのは、かつて犯した大きな過ちの為に失った二人の笑顔。
 辛く寂しく苦しく暗い、色褪せた世界で、ただその二人と共にある時だけは、世界に暖かで安らぐ色が着いて見えた。
 地位も名誉も富も権力も武力も知力も国もなにもかも、その二人の為に手に入れた。二人の幸せのためだけに手に入れた。二人が望む全ての者を手に入れる為に、二人を傷つけようとする全てを排除する為に。
 父を殺した。腹違いの二人の兄を殺した。逆らう臣下を殺した。自分の国を狙う敵国の人間を殺した。
 絶え間ない戦いを終わらせるために次々と周囲の小国に戦いを挑み、多くの者を殺した。戦いを命じ自ら先陣に立ち、自らに従う者達に多くの人間を殺させた。
 築いた屍の山は一つや二つではおさまらない。流した血の量は大河を築くのに十分すぎるほど。死んだもの達の怨嗟の声は嵐の奏でる暴力的な風の多重奏にも似て世界に渦巻いていた。
 積み上げた死体はすべて母の為に。奪った命はすべて妹の為に。死の静寂が満ちた世界はすべて守るべき母と妹に平穏な世界を与える為に。
 遠く海を越えて嫁いできた母に、父はさしたる関心をよせなかった。自分が生まれ、妹が生まれ、異国の人間であると兄達から蔑まれて、他の王族たちや重臣たちから蔑みの目で見られていても、何も父はしなかった。
 だから、蔑みの視線に、心ない言葉に傷ついた時、寂しくて苦しい時、笑いかけてくれたのは、手を差し伸べてくれたのは母と妹だけだった。
 同じように、二人が悲しそうな時、寂しそうな時、つらそうな時、一緒に居てあげる事が出来たのは、笑いかけてあげる事が出来たのは自分だけだった。だから、自分の世界が二人を中心としたものになったのは必然の事だった。
 だから、二人の為にしてあげられる事は何でもしてあげたかった。少しでも二人がもっと幸福になるのなら、自分が世界中の不幸を背負っても良かった。
 けれどその思いを実現すためにはどうしても力が必要だった。自分達に興味のない父から、悪意を隠さない兄達から二人を守る為に、有無を言わさぬ絶対の力が。
 身を焦がすほどの焦燥の果てに、ある人物が自分の前に現れた。まるで御伽噺で甘い毒を囁く悪い魔法使いか悪魔のように。
 そして自分は手に入れた。その人物と契約を交わす事によって、いかなる相手であろうと一度だけ従わせることのできる絶対遵守の力を。
 あまりにも強大なその力は、普通の人間が手に入れたなら使用する事にためらいを覚えるだろう。呆気ないほど簡単に人間の心を踏みにじり、意思を無視して意のままに操ることできる恐ろしい力。
 だが、そんな躊躇は自分にはなかった。この力さえあれば母と妹に、優しい世界を作ってあげる事が出来る。そう思えば兄達を殺し、実の父を殺して領主の地位を得る事に何の躊躇いがあったろうか。
 そうして自分は国を得て、力を得て、母と妹を脅かすもの全てを排除して……そして待っていたのは破滅だった。決して自分が望んだ母と妹と三人で笑いあう事の出来る幸福な世界ではなかった。
 使いすぎた力は暴走し、自分が意識していないというのに発動し、すべての国民に力が発動してしまった。そう――守ると決めた母と妹にまで。そしてその時自分が命じたのは、敵を殺せ、皆殺しにしろということ。
 命令は実行された自らの命が絶えるまで敵を殺し続ける殺戮者と成り果てた者達がみな死に絶えて。殺せと命じた敵国の人間がみな死に絶えて。
 血に染まり元の色を失った大地の中にたたずむのは唯一自分だけ。見渡す限り肢体の広がる世界の中には、剣を手に息絶えた妹と母の姿が――。

 

「う……」

 

 悪夢に魘されて、大地に横たわっていた少年がかすかに身じろぐ。繊細な睫毛に飾られた瞼が、眠りの海から意識が浮上するのに合わせてゆっくりと開いてゆく。
 どこまでも広い海の色を思わせる瞳は、どこか氷を思わせる冷たさを持っていたが、意識がまだはっきりとしていないせいで芒洋と霞んでおり、非人間的な印象を払しょくする助けとなっている。
 白と灰の色彩を混ぜた不思議な印象の銀髪は相当に強情なくせ毛の様であちらにこちらにと、ぴょんぴょん跳ねている。
 触り方を間違えればそのまま壊れてしまいそうな繊細な顔立ちは、遥か昔に絶え果てた王侯貴族の時代の優雅さを湛えており、ともすれば傾国の美女とも見紛う美しさを形作っている。
 まだ二十歳にもなっていないだろうあどけなさを残した少年は、大地に野晒で横たえていた体をゆっくりと起こし、定まらぬ思考を支える様に額に手を当てる。
 意識が定まり始めたか、自分の状況を把握する為に首を左右に動かして周囲の光景を自分が眠りに着く前と比較し始める。空は灰色の雲によって覆われて太陽の金光を遮り、周囲の木々に暗い彩りを添えている。
 どうやら小高い丘の上に横に寝ていたようで、後頭部の髪の毛や衣服に土が着いている。それらを手で払い落し立ち上がってみると、どうやら小さな島に自分はいるらしいと少年は判断を下す。
 今の衣服では熱く感じられる気候から――季節は不明だが――赤道に近い島の様だ。しかし、それは少年が眠りに着く直前の状況とまるで噛み合わない。
 少年がこうして時を越える永い眠りから目を覚ましたのはこれが初めての事ではない。かつて少年は、母と妹を失った時、すべてを忘れたうえに最初の眠りにつくことを選んだ。
 そして数世代を経るほど時間が経った後の時代、日本国が神聖ブリタニア帝国に侵略され、エリア11と呼ばれていた世界で目覚めた事がある。しかしその目覚めから一年としないうちに二度目の眠りへとついた筈であった。
 三度目の目覚めを迎える可能性が全くないわけではなかったが、しかしこうも状況が食い違うのはどういう事か。
 眠っていた自分を発見した誰かがここまで運びこみ、そして放置したとでも言うのだろうか? 何のために?
 混乱に陥りかける思考をなんとか宥めて、少年は自分の記憶の整理を行う。最初の眠りと違い、今度は記憶の忘却を望みはしなかった筈。その考えは間違ってはいなかったようで、眠りに着く直前の事も過去の記憶の事も全て覚えている。
 ある者達によって遺跡で眠っていた所を発掘され、目覚めぬ自分の体をいいように改造されたこと、その時の処置が原因で記憶を失って力を暴走させて施設から逃亡したこと。
 その果てにアッシュフォード学園に辿り着き、そこで記憶のない怪しい人間でありながら受け入れてもらえたこと。
 そして、そして、そして――どうして二度目の眠りを選んだのか。
 その理由も全て克明に覚えている。
 過去の記憶や知識が忘却の海の底に沈んでいない事は確認できたが、これからの行動の指針となりそうな事はまるで思いつかなかった。
 何者かが自分をここに放置していったと言うのなら、自分に分からないように監視を行っているだろう。まあ監視の目があろうが無かろうがこのままここに立ちっぱなしでいるわけにはいかないだろう。
 最悪、この島が無人島の場合はなんとか自力で食糧が寝床を用意してサバイバル生活を送らなければならない。幸い、その手の知識は王だった時代と最初の目覚めを迎えた時代にたっぷりと詰め込まれている。
 よくある漂流小説の主人公よろしく、ただ生きて行くだけなら問題はないだろう。とりあえず適当な洞窟か役に立ちそうな漂流物でも探そうかな、と歩きだそうとした時、遠雷の如く轟く音が耳を打つ。
 反射的に音の下方向に目をやれば、そこには到底信じられない光景が広がっていた。
 緑色の、黒色の、赤色の、黄色の、青色の、五色のカエルをデフォルメしたらしい巨大なナニカが、構えた銃やバズーカから弾丸を撃ち、大きく開いた口から極太のビームを放ち、驚くべき俊敏性でつぎつぎと刃を振るってゆく。

 

「…………」

 

 少年にしては珍しい事にその五色の全高が数十メートルを超える巨大な機械仕掛けのカエルを見た瞬間、完璧に思考が凍結した。目から認識した光景を脳が受け入れることを拒んだ、というよりは困惑したのだろう。
 そのカエル(?)の付近にはさらに巨大な二足歩行の恐竜の様なシルエットがあり、少年はそれには見覚えがあった。確かエリア11で昔放映されていた怪獣映画の主役にそっくりだったからだ。

 

「あ、ゴジラだ」

 

 そんな呟きは、きっと現実に向き合おうという少年の強固な精神力がかろうじて持ち直し始めた証拠であったろう。ああ、だがしかし、この現実はちょっと少年には厳しすぎたようで。
 少年は天を仰ぎ、空に向かってもう二度と出会えない人たちへと言葉を紡ぐ。

 

――ルルーシュ、スザク、C.C.、カレン、ナナリー、会長、リヴァル、シャーリー、ニーナ、それに黒の騎士団の皆。
 ぼくはどうやら目覚める時代を間違えたみたいです。今度はちゃんとした時代に目覚める様にぐっすりと眠ろうと思います。おやすみなさい――

 

 ごろん、と乱暴に地面に寝転がり、鼻を刺激する草いきれの匂いを嗅ぎながら、すう、と意識が眠りの暗闇へと落ちて行くのを少年は……

 

『おい、こんな所に子供が寝ているぞ!』
『なに? そんな馬鹿な。だれもいない筈だぞ。く、とにかく保護するんだ。ここじゃ巻き込みかねない』

 

 聞こえてきた無情な声と近くに巨大な質量が降り立つ音を耳にして、閉じた瞼を再び開いた。現実は、少年の手足に絡みついて逃がす気はない様だった。
 少年――ライは、あきらめの溜息をついてゆっくりと身を起こした。

 
 

――つづくかもしれないしつづかないかもしれない。

 
 

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