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SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第47話

Last-modified: 2010-09-24 (金) 09:57:48
 

ディバインSEED DESTINY
第四十七話 ディスの心臓

 
 

 広大な格納庫の中、特機用に合わせて作られた巨大な拘束具で四肢を束縛された四体の超機人達が、不意に一斉に伏せていた顔を上空へと向ける。厚い岩盤と幾十層もの防壁に覆われた天空の先に、恐るべき『ナニカ』の存在があると気付いたがために。
 青龍、白虎、朱雀、玄武と古の幻獣を模した超機人たちのみならず、その操者達もまた突如全身の細胞を捉えたおぞましい気配を感じて、顔面に驚愕の表情を張り付けていた。
 龍王機にはクスハ・ミズハ、虎王機にはブルックリン・ラックフィールド、雀王機にはリョウト・ヒカワ、武王機にはリオ・メイロン。
 はるか天空にて死者の怨念、憎悪、憤怒とありとあらゆる負の感情を力と変えるモノが、その存在を自ら知らしめた事によって、強制的に彼らは知覚させられていた。
 空を覆い尽くす暗雲に嵐の到来を予感するように、自分達にとって天災にも等しい何かがすぐ傍に現れた事を。
 東アジア共和国有数の指揮官セルゲイ・スミルノフの指揮下に組み込まれ、超機人のパイロットとして頂武に転属されていた四人は、全員がパイロットへの転向に納得していたわけではないが、背筋を貫く悪意の風に生存本能が危機を伝える警鐘を打ち鳴らし、戦わねば死ぬという現状を無理矢理にも魂が理解していた。
 脳波測定用の器具を内蔵した特別なパイロットスーツに身を包んでいたクスハは、龍王機と自分自身が感知した気配に、顔色を青く変えてひどく冷たい汗で頬を濡らしていた。

 

「やだ、なん……なの、この感じ。龍王機、貴方も感じているの?」

 

 数千年の眠りから目覚めた人界の守護者は自ら選んだ操者に答える余裕もないのか、主動力機関である五行器を猛々しく唸らせて、全身に力を漲らせていた。
 龍王機が炎の海の真ん中に放りだされ、一縷の望みを胸に抱いて脱出路を探しているかのような焦燥感に突き動かされている事を共感し、クスハは自分達に襲いかからんとしている脅威が、予想をはるかに超えたものである事を悟る。
 それはクスハだけではない。
 あの発掘現場で偶然にも生き残り、四体の超機人に選ばれた他の三名もそれぞれの超機人達が焦燥に急かされて、急速に鼓動を速めている事を理解していた。
 虎王機の操者ブルックリン――ブリットも、クスハにはやや劣るが優れた強念者として素養から、まるで青空が鉛と変わって自分達を押し潰そうとしているかのような重圧に歯を食いしばりながら、現状をどうすれば打破できるか、必死に頭を巡らして考えていた。

 

「中佐はこのまま待機しているようにと言ったが、このままここに居ても何もできない!」

 

 ブリットの意思に呼応するかのように、虎王機が自らの意思で伏せていた状態から立ち上がり、四肢を拘束していた拘束器具を引き剥がし、ひしゃげ、千切れた器具が辺り一帯に散らばり始める。
 四体の超機人の中ではその気性から先陣を切る事の多い虎王機に続けとばかりに、武王機が、次いでその対となる雀王機が、さらにやや遅れて龍王機も立ち上がろうと動き始める。

 

「勝手に動いたら命令違反になるよ!?」

 

 ブリットを制止したのはリョウトである。やや気弱で自己の意思を表現するのに気後れしている所のあるリョウトには、セルゲイの待機命令を破る形になるのが不安なようであった。
 軍規違反に抵触する行為であることは紛れもない事実だ。
 もともとは整備兵であったという事もあり、超機人のパイロットになる事にもっとも難色を示したのもリョウトであった。とはいえこの場でのリョウトの反応も致し方ないというよりも極正常なものである。
 一度も戦闘を経験しておらず戦闘能力は未知の上に、現行の技術から成る新型機どころか数千年も昔の遺失技術によって作られ、ほとんど解明も出来ていない機体で戦場に出た所で一体どれだけの事が出来るのか、保障するものは何もないのだ。
 理由も根拠も何も分からない不安感や焦燥感に駆られて命令違反を犯してまで、地表の戦闘に乱入しても戦力となるかは不明で逆に足手まといになるかもしれないとあっては、行動に移る事を躊躇するのは当然だろう。

 

「だからってこのままじゃ、まずいわ。なにが拙いのか分からないけど! とにかく」

 

「それは僕にもわかるけれど」

 

 躊躇するリョウトをリオが叱咤するも、言葉にできない焦燥感によって自分自身が冷静ではない事を自覚しているのか、リオの言葉は彼女にしては珍しく力がない。
 死線を幾度もくぐり戦士としての経験と覚悟、矜持を抱いていたならばともかく、この場に居る四人はまだ実戦の場をくぐっていない新兵も同然であり、沈着なる態度を望むのは難しい。
 そして、事態は四人の迷う間にも進展していく。
 頂武基地上空、セルゲイや四人の超兵達が襲い来るメギロートやエスリムを相手取り猛火の応酬を繰り広げるのを見下していたヴァルク・バアルの胸部から溢れる光は、よりその禍々しさを増していた。
 知的生命体の暗黒面に落ちた霊魂。天文的な数に及ぶそれらを多次元宇宙全体から吸収し、自らの力と変えるディス・レヴの力の極一端の開放に過ぎなかったが、総量からすれば匙の一掬い程度に過ぎない力でさえ、天地が鳴動し大気をどよもす絶大な脅威である。

 

「ディス・レヴの鼓動、確かに届いているはずだが、まだ眼を覚まさぬか。それとも怯え、足が竦み動く事さえできなくなったか? いずれにせよ、もうお前達を待つのは止めだ。四神の超機人よ、操者と共に滅するがいい」

 

 因果律の番人の保有するディス・レヴとはことなり、赤黒く輝く光を荒れ狂う龍のごとく四方八方に発していたヴァルク・バアルの中枢に設えられたディス・レヴはその光を、前方の空間一点に集中させる。
 ディスの心臓とも呼称されるディス・レヴを保有するディス・アストラナガンは並行世界より力を酌み取る機能を持つティプラー・シリンダーとの併用によって、対象を存在しなかった時間軸にまで逆行させる現象を可能としている。
 ディス・レヴ単体では時間軸に干渉して対象を消滅させる事は極めて難しいが、ティプラー・シリンダーに対応する動力機関として、量子波動エンジンを搭載した事によって、ヴァルク・バアルもまた時間逆行現象を引き起こす事が可能となっていた。

 

「人界の守護神を詐称する骨董品共よ。存在し得なかった時まで遡り、この宇宙の因果より抹消してやろう」

 

 ヴァルク・バアルの周囲を赤雷の世界と変えていたディス・レヴの鼓動が唐突に収縮し、前方の空間の一点に複数の光球を形成する。
ひと際大きな光球を中心に軌跡が円を描く回転運動を始めれば、それは因果律や時間軸への干渉能力を有さぬ限り、防ぎようのない必殺の一撃となる。
現行のザフトやDC、地球連合の戦力では前大戦時に姿を現したディス・ヴァルシオンやポゼッション状態のサイバスター、ネオ・グランゾン辺りでもなければ抵抗することさえできまい。
頂武の基地ごと超機人らを葬るだけの力を蓄え終え、キャリコはわずかに人差し指を動かしてトリガーを引こうとし、ヴァルク・バアルの周囲を囲むように発生する空間の歪曲に気付いて注意を逸らした。

 

「重力場の異常、か。この前といい、横槍の多い事だ」

 

 正体不明の何物かの出現という事態を前にしてもキャリコは慌てた様子を見せず、闖入者への苛立ちをかすかに冷笑の端に浮かべて、ヴァルク・バアルの前方に発生させた中性子の群れを、いままさに現出しようとしている何ものかへと放出する。

 

「ふ、まずはこいつらから消すか。さあ、因果の果てへと消え去るがいい!! アイン・ソフ・オウル、デッドンエンドシュート!!!」

 

 厳重に絡みついていた鎖から解き放たれた猛獣のように、負の思念を周囲へと伝播させながら、赤光の群れはようやく具現化しようとしはじめていた何か達へと容赦なく襲いかかり、着弾地点を中心として旋回をはじめる。
 赤い光の球体達は空間それ自体を食料とする異界の魔物であるかのように、転移してきた骨の様な異形達数十体を空間ごと抉り、次々とその姿をこの世から消し去ってゆく。
 眼で追うのも困難な速度で餓えた狼の群れのごとく白骨の異形達へと襲い掛かる球体達は遂には異形達の姿を完全に消し去り、最初から異形達などまるで存在していなかったよう。
 ほんのわずかにディス・レヴと量子波動エンジンの力を解放した程度に過ぎないが、数十体の異形を葬るのには十分以上の力であったと見える。
 新たに手にした力に暗い愉悦を噛み締めながら、キャリコは時間軸から抹消した異形ではなく、自身の背後に忍び寄っていた別の気配へと言葉の槍を向けた。

 

「なるほど、この世界のアインストどもが動き出したというわけか」

 

 いつ転移を終えて忍びよっていたのか、胸部装甲を閉ざしてディス・レヴを収納する最中であるヴァルク・バアルの背後に、赤い鎧をまとった骸骨の様な人型――ペルゼイン・リヒカイトが現出し、鬼蓮華と銘打たれた白刃を突きつけていたのである。

 

「……貴方は、一体何なんですの?」

 

 ペルゼイン・リヒカイトの胸部に存在する球形の物体の中で、唯一人型のアインストとして創造され、自由意思を獲得した特別な固体であるアインスト・アルフィミィが、あどけなさを残すかんばせに畏怖の色さえ浮かべてキャリコに問いかけた。
 アルフィミィが唐突にこの場に空間転移を行って姿を現したのは、アインストの首魁であるレジセイアの命によるものだ。
 もともとアルフィミィは地球圏で徐々に勢力を拡大しつつあるルイーナと、破滅の王を打倒するために、古き地球の守護者たるガンエデンと盟約を結び、かつ古代地球人の生み出した超機人をルイーナ打倒の剣と目して、陰から力となるために地球に派遣されている。
 そのため超機人に対しては常に監視の目を行き届かせていたのだが、キャリコが頂武基地に出現するのに前後して、キャリコの手に入れた力を超知覚によって感知したレジセイアが、早急に超機人援護の命令をアルフィミィに下したのである。
 そして、レジセイアの末端であり同時に分身でもある他のアインスト達を引き連れたアルフィミィが目にしたのは、億千万や兆、劾といった単位を超え、無量大数に迫ろうかという負の思念を力とするディス・レヴを有するヴァルク・バアルの姿であった。
 ある人間の女性を素体としたがゆえに、人間的な感情の素地を有するアルフィミィは、ディス・レヴの発する『死』という現象そのものの、あるいは死んだ後に陥る負の感情に塗れて落ちた亡者たちの思念に、元より白磁のごとく透き通った顔色を一層青いものに変えていた。
 いつでもヴァルク・バアルの胸を背中から貫ける位置に鬼蓮華の切っ先を突きつけられながら、キャリコの唇に浮かんでいるのはおのれの絶対的な優位を信じて疑わぬ勝者のソレである。
 たしかに精神的な立場に置いて、ディス・レヴの脅威に大きな戦慄を覚えたアルフィミィと、ディス・レヴの力を振るうキャリコとではさもあらん。しかし現実を見れば明らかにキャリコの命は、アルフィミィの手の中にある。
 それでなお余裕をたたえるキャリコは、慢心を越えたなにか背筋にうすら寒いものを走らせる不気味な雰囲気を纏っていた。

 

「おれが何か、か。くだらん事を聞く間があれば、ヴァルク・バアルに一撃を加えればよいものを」

 

「え!?」

 

「もっとも、貴様では一撃入れる事もできんがな」

 

 唐突に、何の前触れもなくアルフィミィは横殴りの衝撃に襲われて、思わず目をつぶり小さな体を揺らす衝撃と振動に耐えなければならなかった。ペルゼインの20m超の巨体が数百メートルも吹き飛ばされて、空中を弾丸のごとく飛翔する。
 何が起きた、という疑問をねじ伏せたアルフィミィはすぐさま半身であるペルゼインの体勢を立て直し、悠然と王者の風格を纏ってこちらを振り返るヴァルク・バアルに警戒の眼差しを向けた。

 

「ただ殴られただけ? そんな、まるで見えませんでしたの」

 

 キャリコの配下による不意打ちを受けたのか、と思案したアルフィミィであったが、ヴァルク・バアルが空の左手を突きだすかのように伸ばした姿勢であったことや周囲に、キャリコ配下のメギロートやエスリムの姿がない事から、その結論に行き着いた。
 ペルゼインの機動兵器としての性能、そしてアルフィミィのパイロットとしての資質は決して低くはない。むしろ異世界からの来訪者を含めて現行地球圏の中でも、上位に食い込むだけの能力がある。
 アルフィミィのアインストと呼ばれる異形の存在と同じ物質で構築された強靭な肉体に、超能力に類する超知覚能力による未来予知めいた直感力、また半身であるペルゼインの操作にはなんらタイム・ラグはなく、自身の肉体の延長上として扱う事が出来る特性はインターフェイスや操縦システムを突きつめた究極形だろう。
 さらに機動兵器としてはサイズこそPTやMSのやや大型機程度だが、ペルゼインは上位の特機とも真正面から戦う事の出来るパワーと装甲、高速の自己修復能力を兼ね備えている。
 そのペルゼインとアルフィミィを、まるで蠅をはらうかのごとく一撃したキャリコとヴァルク・バアルは、かつて彼を倒したαナンバーズの者たちが知れば、もはや別人、別の機体と評しただろう。

 

「呆ける暇はないぞ?」

 

 からかうように告げるキャリコの一言。ヴァルク・バアルのウィング・バインダーが展開し、そこからテスラ・ドライヴの吹き零す翡翠色の粒子が乱舞し、黒金の機神は黒き禍津風となってペルゼインへと襲い掛かる。

 

「速い――速すぎますの!」

 

 ぞり、と音を立てながら剃刀の刃で直接骨を削られる様な悪寒に突き動かされて、アルフィミィは反射的にペルゼインを動かしていた。
 振り上げられたショット・シザーの切っ先を、かろうじて振り上げた鬼蓮華が受け止めも、わずか一瞬の拮抗を作るのみで、両方の機体の圧倒的という他ない力の差によって、ペルゼインは大きく鬼蓮華を弾かれて無防備な姿を晒す。
 遊びのような軽いショット・シザーの一振り一撃で、ペルゼインとヴァルク・バアルの性能差をはっきりと認識させられて、アルフィミィは自分でも知らぬうちに細い喉を鳴らしていた。
 雷光の速度でアルフィミィの指示が伝達されたペルゼインは、弾かれ鬼蓮華の切っ先を翻してヴァルク・バアルの左頸部に鬼蓮華を叩き込む。
 おそらくはヴァルク・バアルとキャリコと比較した場合に操縦の手間を介する分、ペルゼイン・リヒカイトとアルフィミィの方が、パイロットの指示が機体に行き渡る速度に関しては勝るだろう。
 標準的な特機の装甲も斬り裂く鬼蓮華の刃は、しかしヴァルク・バアルの左手によって簡単に掴み取られ、呆気ないほど容易く刃の動きを封じられる。
 逆にアルフィミィのいるペルゼイン胸部の球体を狙って突きだされる刃の脅威に、冷や汗を一粒浮かばされる。
 アルフィミィはそれでもあくまで思考と操縦は冷静にペルゼインの上半身をねじり、ショット・シザーに空を突かせる。

 

「お返しですの。マブイタチ」

 

「ふん」

 

 鬼蓮華の自由を取り戻すため、あわよくばヴァルク・バアルの左手を破壊するために、鬼蓮華の刃から衝撃波が発生する。大地に長大な斬痕を刻む一撃を、刃を掴んだ掌の内側から受ければ、ヴァルク・バアルといえども左手首から先を失っていただろう。
 ディス・レヴの力を得たためか、あるいはそれ以外の何かゆえか圧倒的な自信と余裕を持って構えるキャリコにも、それは歓迎せざる事態の様で素直に鬼蓮華を掴み止めていたヴァルク・バアルの左手を解放する。
 流れを掴まれ勢いに乗られては一気に押し込まれる。
 アルフィミィは、かつて幾度も戦ったガンドール隊が勢いに乗り戦意を迸らせた時の怒涛の攻めを思い出す。それだけの脅威をキャリコに抱いているという事の証左であった。

 

「反撃の隙は与えませんの」

 

 淡々とした物静かな言葉の中にも、キャリコとヴァルク・バアル、そしてディス・レヴという巨大な脅威に対する大きな警戒心が、アルフィミィの攻撃を苛烈なものへと変える。
 ペルゼイン・リヒカイトの両肩を守るように浮いて追従していた真っ赤な鬼の面が、ふわりと左右に浮かびあがって、ヴァルク・バアルを囲い込む動きを見せる。
 オニボサツとアルフィミィが呼ぶその鬼面は、巨大な腕と骨だけの翼を持った異形のアインストと変わり、くり抜かれた面の口の様にがらんどうの口腔を開き、そこに膨大なエネルギーを集束させる。

 

「ヨミジ」

 

 敵機動兵器の配置次第では十数機、いや、数十機を一射で破壊し尽くす先制広域攻撃だ。強力な防御フィールドであるディフレクトフィールドに加え、自己修復機能を備えるヴァルク・バアルといえども、直撃を受ければ修復に数分を有するであろう。
 とはいえ、高性能のテスラ・ドライヴに加えてバルマー帝国と新西暦世界の地球の軍事技術の粋を結集して開発されたヴァルク・バアルである。
 その機動性、運動性は極めて高く、またキャリコが戦闘用人造人間であるバルシェムの指揮官モデルという事と、オリジナルである人物の高い能力も相まってパイロットとしての技量、素養は極め高いものを持っているため、その動きはあらゆる勢力のパイロット候補生たちの見本としたいほどに完成されている。
 迫りくるヨミジを前にしてもキャリコが何ら脅威を感じず、冷静なまま操作した事もあり、ひらりと風に踊る蝶の様な優雅さで回避して見せる。
ヴァルク・バアルは至近を過ぎ去るヨミジの光に、漆黒と金で彩られる装甲を煌々と照らされるだけで、損傷と呼べるだけのダメージはいっさいない。
 ヨミジを回避したヴァルク・バアルの機動を読み取っていたアルフィミィは、居合の達人の動作を真似るが如く、左腰に見えない鞘があるように鬼蓮華を納刀する動作をし、そこから一息に刃を加速させて振り抜く。

 

「どんな装甲だろうと切裂くのみですの」

 

 一太刀のみではない。斬撃の軌跡を塗りつぶす様にさらに一太刀、更に二太刀、三太刀と重ねられて、鬼蓮華の刃から飛翔するマブイタチの衝撃は烈風の激しさでヴァルク・バアルを刻むべく襲い掛かる。
 マブイタチの刃が襲い来る軌道を正確に認識したヴァルク・バアルは、マブイタチの連続刃のほとんどを回避したが、そこに加えて上下左右前後から放たれるオニボサツのヨミジの射線に阻まれて、時にはディフレクトフィールドで受け止める場面も見受けられた。
 しかし、一分、二分と時間が経過しても、オニボサツ二体とペルゼイン・リヒカイトによる完璧な連携攻撃を重ねても、ヴァルク・バアルに有効打と言えるだけのダメージを与える事は出来ず、アルフィミィの神秘的な印象を受ける大粒の宝石の様な瞳には焦燥の色が濃くなっている。

 

「これは、なかなか上手くは行きませんのね」

 

 アルフィミィの呟きはその言葉面だけをとらえるのならばどこかのほほんとした感のあるものであったが、実際には自身の能力とペルゼインの性能を最大限に発揮してもなお、のこの現状に表には浮かばぬ驚きと焦りを覚えていた。
 アインストが最も警戒しているのは地球のみならず、この宇宙すべてを滅ぼす事の出来る破滅の王と、その手足たるルイーナの軍勢であったが、単宇宙のみならず次元の壁を越えて並行宇宙全域に及ぶ負の無限力を力と変える目の前の存在と、その背後に存在する勢力に対しても、警戒を要すると、アルフィミィは強く認識させられた。
 仮にあのディス・レヴと呼ばれる動力機関が量産されでもしたら、この宇宙のみならず近隣の次元に存在する別宇宙に至るまでその脅威が及ぶのは、そう遠くないことだろう。
 なんとかここで討ち取りたい、とアルフィミィは考えていたが、共に連れてきたアインスト達が、出現と同時にヴァルク・バアルの一撃によって一掃されてしまった事による戦力低下の誤算が、徐々に大きく響き始めていた。

 

 * * *

 

 頂武指揮官セルゲイ・スミルノフは上空で戦端の開かれた謎の機動兵器同士の戦闘に、背中あわせになりながら基地に降下したエスリムと銃火を交えていた。
その最中、思わぬ所で最も厄介な敵指揮官機を足止めしてくれている、まるで、経済特区となり東アジア共和国の参加に収まっている日本国の昔話に出てくる鬼のような機体に、不信と不審と困惑の視線を向ける。
 行動の意図や戦略的な目的などは一切不明であるが、その行動がこちら側に取っては利となっているのだから、迂闊に手を出す愚挙を置かすわけにはゆくまい。
 次々と襲ってくる緑色の人型や、上空を高速で飛び交う白い甲虫――バグスにさんざか滑空砲の超高初速徹甲弾やビームを食らわせて、それなりの数を減らしているはずなのだが、一向に減った気配はない。
 いや、仔細に上空を観察すれば、空間に波紋が立ったと見えた次の瞬間には新たな人型とバグスが出現している。センサーも彼らが出現する直前に異常な反応を探知している。

 

「やはり空間転移技術! なんということだ。これでは現行の地球圏の軍に確たる対抗手段など……」

 

 セルゲイの背後に陣取り、桃色のティエレン・タオツーを駆り、頂武副官ミン中尉のティエレンと肩を並べ、恐ろしいほどの勢いで撃墜スコアを伸ばしていたソーマが、敬愛する上官に指示を仰いだ。

 

「中佐、基地の被害が大きすぎます! このままでは」

 

 セルゲイ達が出撃したことで統制を取り戻して積極的な反撃に打って出た頂武部隊であるが、撃墜しても撃墜された分を補って有り余る物量で攻めてくる敵を前に、基地の被害は増すばかりであった。
 撃墜されたMSこそまだ数は少ないが、基地建造物の被った損害はすでに尋常ではないレベルであり、このまま戦闘が継続されればもはや修復は困難、新たに基地を作りなおした方が安くつくのは目に見えていた。
 ましてやこの基地に集められた人員はあらゆる分野に置いて、東アジア共和国軍でも高い能力と、経歴に問題の無い貴重な人材達が選抜されている。物的な被害以上に、人的被害の方が共和国軍の被る被害は大きいだろう。
 頂武最精鋭であるハレルヤ、アレルヤ、ピーリスと合流できたとしてもこの現状を打破するのはほぼ不可能であろう。
上空でセルゲイをしても唸らせる高機動大火力戦闘を繰り広げている敵指揮官機が、謎の赤い機体を降してこちらの戦闘に加われば、もはや頂武という部隊は壊滅という結末を迎えるしかないだろう。

 

「セルゲイ・スミルノフより、各員へ通達する。誠に遺憾ながら我々頂武は現時刻を持って基地を放棄。敦煌基地への脱出を試みる。データや設備の最低限の破棄後、人員の脱出を最優先にする。反論は認めん。また、責任はすべて私が負う。皆、命を惜しめ!」

 

 責任を負う、というセルゲイの言葉と有無を言わさぬ強い意志の込められた言葉に、反論を述べようとしていたパイロットや、基地の研究者たちや各人員達も、喉まで出かかっていた言葉を呑みこんだ。
 セルゲイが最後に口にした命を惜しめ、という言葉も功を奏したのだろう。
 ミンは従順なほどにセルゲイの言葉を首肯したが、背後のソーマは超兵としての自身の性能に矜持を抱いているために、いささか躊躇う様子を見せたが、それでもセルゲイには逆らわなかった。
 セルゲイとしてはハレルヤが素直に自分の言葉に従うかどうか、という事に一抹の危惧を覚えないではなかったが、今のところハレルヤの反論の言葉は届いてこない。あるいはそんな余裕がないほど忙しく戦闘に追われているのかもしれない。
 セルゲイの知る限り、MSパイロットとしては東アジア共和国で一、二を争う技量と身体能力を有するハレルヤをしてそのような状況に追い込まれているのだ。敵機の殲滅よりも、自軍の被害をどうやって最小限に抑えるかということこそ考えるべきであろう。

 

「中佐、地下の超機人は、いかがいたしますか?」

 

 斬りかかってきたエスリムの刃を右にかわし、懐に一歩踏み込んでカーボンブレイドを突きこみながら、ミンがセルゲイに問う。
共和国軍上層部から念に念を重ねて扱うよう命じられた超機人を放棄してゆけば、セルゲイの軍人生命も危ういものとなるかもしれない。
 それに対し、セルゲイはほとんど迷うことなく答えた。

 

「遺憾ながら超機人は破棄する。可能であれば爆破、だが最優先はミズハ少尉やヒカワ少尉達の脱出だと、すぐに伝えろ!」

 

「はい」

 

 自身の保身を考えずにそう答えるセルゲイだらこそ、ミンは全幅の信頼を置いていた。ミンのみならず頂武に籍を置く者たちは皆そうだ。しかし幸か不幸かセルゲイの指示は果たされることはなかった。
 ミンが超機人達が格納されている地下ケージかへ連絡を繋ごうとした矢先に、メギロートやエスリムによって散々に破壊された基地の一角が、地下から出現しようとした巨大質量によって、大きく弾け飛ぶ。

 

「あれは、超機人! 少尉達が起動させたのか、それとも彼ら自身の意思で動いたとでも言うのか?」

 

 クスハ達が証言した、超機人には意思がある、というオカルトめいた証言が脳裏をかすめ、セルゲイはまさか、とは思いながらもそう口にせずにはいられなかった。
 一方で、四神の超機人のコックピットに収まる四人の少年少女達も、敵機襲来の警報が鳴りだしてから、わずかな時間で悲惨な様相を呈している基地の様子に言葉もない状態だった。

 

「ひどい」

 

 か細くリオ・メイロンの口からようやく、その一言が紡がれる。
基地のあらゆる場所が紅蓮の炎の海に飲み込まれ、整然と並び立っていた多くの建造物は瓦礫とは変わり果てて崩れ落ち、戦闘の余波に巻き込まれて消し炭と変わった人間の残骸がそこそこに転がっている。
いまも基地に降り立った一機のメギロートが辺りを構わず口腔らしき部位の顎を開いて、リング状のレーザーを乱射して破壊の版図を広げている。
状況がかような窮地に陥っていれば、いかに弱気と取られるほど温和な性格のリョウトや、クスハといえども戦わない、という選択肢が存在しない事を即座に悟る。
ましてや正義感が強く、知人や家族をはじめ自国の人々を戦火から守りたいという軍人としてプリミティブでもっとも普遍的な動機から、いまの職を選んだリオやブリットからすれば、戦意の焔は怒りという名の薪をくべられて猛々しさを増すのは必定であった。
全身を瞬く間に貫いてゆく烈火のごとき感情に身を任せ、超機人達に戦いを命じようとした四人であったが、上空から放たれた暴力的な圧力に打たれた事で、指先が凍りついたように動きを止め、一斉に上空へと視線を動かした。
主と共に上空を睨むように見つめる超機人達の瞳に映ったのは、一瞬の停滞もなく天空を飛び回り、雷と光の線を繋げあい、互いを消滅させん超常の魔戦を繰り広げるヴァルク・バアルとペルゼイン・リヒカイトの姿であった。
クスハ達強念者達と超機人達を畏怖させた、まるで空そのものが落ちてくるような圧倒的な圧力を放つヴァルク・バアルと、まがりなりにも互角の戦いを見せる赤い鬼の様な機体の姿に、数瞬、ブリット達の意識は惹きつけられる。

 

「あの黒い機体、あれがさっきの感覚の正体か!」

 

 いまだ体の六十兆を超す細胞に巣食う鉛の様に重い悪寒に蝕まれながら、ブリットは己の精神を振い起し、絶対に相容れる事はないと直感的に理解できた相手を凝視する。

 

「さっきの感覚は収まっているけど、それでもまだ、すごく、嫌な感じが残っている」

 

 つっと形の良い顎のラインに氷のごとく冷たい汗を流しながら、クスハはペルゼイン・リヒカイトの猛攻を、余裕を持って凌ぐヴァルク・バアルを見ていた。
 ヴァルク・バアルの胸部装甲を閉じられ、ディス・レヴをフルに使用しているわけではないようだが、それでもなお負の無限力を全身に行き渡らせたヴァルク・バアルは、すでに存在それ自体が一個の超常現象に相当する超越存在であった。
 持てる力を最大限に――いやありとあらゆる並行宇宙に蓄積された血的生命体の負の想念を駆使する以上、最大という概念が意味を為さぬ無限の力故に、上限など存在しない以上、理論的には単一宇宙の破壊でさえ砂山を崩すのと大差のない些事であったろう。
 もっとも、現実を見れば力の根源こそ負の無限力という究極的な代物であっても、それを捻りだす蛇口が、無限の力を放出する事の叶わぬ極めて微細な物の為、ヴァルク・バアルでは惑星破壊でさえ望めるかどうか、という低次元の力しか振るえない。
 その程度の力しか持たぬヴァルク・バアルでさえ、現在の地球にとっては手に余る存在ではあったが。
 ヴァルク・バアルの秘めるこの宇宙の根幹に関わる力を知覚出来てしまうがゆえに、肉体のみならず精神を加速度的に摩耗させて行くクスハ達を現実に引き戻したのは、セルゲイから繋げられた通信の音声であった。
 一応、東アジア共和国及び地球連合で使われている通信機器やレーダー器具などが、超機人のコックピットにはすでに増設されている。

 

「ミズハ少尉、ラックフィールド少尉、メイロン少尉、ヒカワ少尉、聞こえるか?」

 

「スミルノフ中佐!?」

 

四人それぞれが異口同音に答えた事に、セルゲイは小さく安堵の息を吐く。声の調子からして、全員体のどこかに怪我を負っているような事はないようだ。

「全員無事だな。あまり時間がない、要点だけを述べる。我々頂武は基地を放棄し、人員の脱出を最優先に敦煌基地を目指す。貴官らは速やかに超機人を基地から退避させろ。超機人は今後の地球圏の騒乱に対し大いなる力となる機体ということだからな」

 

「しかし、中佐、自分達だけおめおめと」

 

「これは命令だ。既にハプティズム少尉達が退路を確保すべく交戦中だ。迅速D16ルートから脱出しろ。反論は認めん!」

 

 食い下がるブリットを有無を言わさぬ強い語意で斬って捨て、セルゲイは通信を切る。輸送用のトラックや小型の陸船艇に乗って、生き残った基地の人員達――幸い頂武の秘匿性から民間人の出入りはなかった――が脱出を始めている。
 セルゲイは殿を務め、他のMSや人員の脱出を見届けてからこの場を引くつもりであった。もっとも苛烈で危険な立場に部下ではなく自分を置くセルゲイの覚悟と意思は固く、ブリットはそれ以上食らいつく言葉を持たなかった。
 了解、と四人の内の誰かが口にしようとした時、そこに割り込む声があった。

 

「悪いが、お前達を逃がすつもりは、おれにはないぞ?」

 

「!?」

 

 超機人達の行く手を阻むように、ヴァルク・バアルが半ば廃墟と化した頂武基地へ、ゆったりとウィンヴ・バインダーを折り畳みながら降下してくる。
その背後に、四肢を破砕されたペルゼイン・リヒカイトが、轟音を立てて落下し、小さなクレーターを作り上げた。
クスハ達がセルゲイの指示を聞いていた間に、かろうじてヴァルク・バアルとペルゼイン・リヒカイトの築かれていた均衡が破られ、ペルゼイン・リヒカイトは大きな損傷を負わされていたのだ。
ペルゼイン・リヒカイトの修復能力を考えれば、たとえ四肢を破壊されようとも直に傷一つない両腕と両足を再構築するだろうが、それでもその間、ペルゼイン・リヒカイトを守るアインストの同胞もなく、無防備な状態を晒すのは間違いない。

 

「不覚、ですの」

 

 まだ十代前半の幼い顔立ちに悔しさを浮かべながら、アルフィミィは至近でディス・レヴの波動を浴び続けた所為か、疲労の色が濃い。
 ショット・シザーを地面に垂直に突き立て、ヴァルク・バアルは不動の姿勢を取った。キャリコの言葉通り、今回ばかりは超機人達を見過ごすつもりは皆無なのだろう。
 超機人達が地下と地上を隔離する装甲板をぶち抜いた地区は、セルゲイ、ミン、ソーマが戦闘を繰り広げている地区とちょうど真反対に位置し、三人が超機人の援護に入るのには群がる敵機の排除を考慮すれば、数分を要するだろう。
 ヴァルク・バアルの漆黒の威圧感に気圧される自分達を理解しながら、リョウト達は臍を噛みつつも退く事の出来な状況に追い込まれた事を理解していた。
 龍王機、虎王機、雀王機、武王機それぞれが咽喉から低い威嚇の唸り声を零しながら、身を伏せ、あるいは翼を広げて、即座に攻撃と回避、防御に対応できるよう臨戦態勢を整える。
 幸いにして超機人達の昂る戦闘の意思はそれぞれの操者達にも伝播し、ヴァルク・バアルを前にしてもクスハ達が恐怖に飲まれる事はなかった。
 戦う姿勢を崩さぬ超機人を前にして、キャリコの浮かべる冷たい嘲笑は深さを増すきり。

 

「最悪、脳髄と超機人のコアさえあればいい。早々に諦めて降伏すれば、まだ五体くらいは残してやるがな」

 

 初陣を迎えるクスハ達にとって、戦力的にも、また精神的にもあまりにも凶悪かつ冷酷な相手であった事は、彼らにとって最大の不運であったかもしれない。

 
 

――つづく

 
 

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