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SSA_400氏_第17話

Last-modified: 2008-06-18 (水) 00:13:40

「ふぅ…本当に老人の話って奴はどうしてこう長いんだか…」

 

 アズラエルは、愚痴をこぼしながら、不機嫌もありありといった表情を『主任』に向けている。
 それは、先程まで行われていた国防産業連合の会合が、
 彼の思い通りに推移したわけではない事を彼女に悟らせた。

 

「先ずは数を揃える事を優先する。それ自体はいいと思うんだよ」

 

 連合軍初の量産型主力モビルスーツとして設計されたGAT-01。
 これは、本来、GAT-X105 ストライク、GAT-XSP102 ガンダムMk-兇竜々修鮗茲蠧れた
 トータル・バランスに優れた機体となるはずだった。
 しかし、ザフトの圧力を前に、時勢は急を要しているという意見が大勢を占めた結果、
 より迅速に調達可能な戦時省略型の生産が優先されたのだ。

 

「まあ、確かに、これでもジンとかよりはいい性能になると思うけどさ」
「生産工程の簡略化、出力・武装・機構…あら、耐電磁もダウングレード?彼らも随分と焦っていたようですね」

 

 それは、何処をどう見ても、当初の予定を下回るスペックだった。
 さらに最初は、脱出機構もオミットの対象として討議がなされていたのだが
 これはどうにか、アズラエルの調整努力も実り、残される事になっている。

 

「まあ、一応は、実戦検証がどうとか色々と取り繕っていたけど。
 誰も彼も、暢気していたツケが全身に回っている様子だからねぇ。
 どうせ不安を覚えるなら、もっと早くからすりゃいいと思わないかい?」

 

 手渡された資料を確認しながら答える『主任』の言葉にアズラエルは手振りする。

 

「なまじ焦っている分、妙に団結しちゃってね。やれやれだよ」

 

 アズラエルの敵対者らの多くが、彼は己の好き勝手に事を動かしていると誤認しがちだが
 たとえ、アズラエルが国防産業連合理事という肩書きを有しているとはいえ、
 モビルスーツの量産計画には、アズラエル以外にも大勢の人間が関わっている。
 後先考えぬ愚物でもない限り、他の意を排し自由意志での断行など出来るわけがない。
 それでも、つい一年程前にはモビルスーツ開発に懐疑的な目を向け、
 散々足を引っ張ってくれた連中までもが、今では可及的速やかに生産せよとせっついてくるというのは、
 それが一種の処世術である事を承知しているとしても、不快に感じぬ道理は無かった。

 

「開発コード、"ストライクダガー"。ストライクって、もしかして…」
「南アフリカに落っこちちゃったっていう、アークエンジェルだっけ?
 どういう訳か、えらく頑張っちゃっているみたいでね。それにあやかりたいんだろうさ」

 

 アズラエルは、まるで他人事といった口調で、つらつらと述べる。
 この時期、彼は数多くの事案を抱えていた事もあり、アークエンジェルへの関心は極めて薄いといえた。
 ストライクの活躍にしても、所詮は局地的なものであり、プロパカンダ以上の意味は持たないと考えていたのだ。
 敵中に孤立するような間抜けに、いちいち目を向けている暇など無いという事である。

 

「名前だけでもって事?ストライカーパックシステムも無いのに現金なものですね」
「一応、Mk-兇盪温佑砲靴討い襪ら、荷物が無くてもやれるとは思うけどね」

 

 ストライカーパック未装備時のストライクの脆弱さが指摘された事もあり、
 量産型は標準装備でも、性能を維持できるように考慮されている。
 この様な形で、それが功を奏する事になるのは皮肉ではあったが。

 

「そもそも――」
「………どうしました?」

 

 言葉を続けようとしたアズラエルであったがそれを中断すると頭を掻きながら目を伏せる。
 そして、苦笑を浮かべながら謝罪の言葉を口唇にのせた。

 

「………すまないね。どうもさっきから愚痴ばっかりだ」
「別にかまわないわよ。付き合いもいい加減長いしね」
「それって、遠まわしに進歩が無いって言いたいのかい?」
「あなたのご想像にお任せするわ」

 

 そう言葉を交わすと、お互いなんだか可笑しくなってしまった。
 こういうのも悪くない。アズラエルは、何となしにそう思った。

 

「そういえば、君はこの後は直ぐにパナマかい?」
「ええ、少佐も忙しそうですし、手は必要ですから」

 

 現在、パナマでは、戦闘技術の研究・開発。基本動作プログラムのデータ供給。新装備の試験。
 そして、基礎操縦訓練・練成訓練が行われている。
 無論、アムロも月からの蓄積も含めて、それに貢献しており戦場とはまた違った活躍を見せていた。

 

「ですが、我々は、近々フォルタレザ基地に行く事になるかもしれません」
「フォルタレザって事は、サンフランシスコ・ライン?」
「はい。ザフトの圧力も日増しに強まっていますので」
「なるほど。それじゃあ、僕らの生体CPUのお披露目は南米って事になるのかな」

 

 アズラエルは、その立場上、教育総監部にも顔が利く。
 だからこそ、ブーステッドマンや子飼いの将兵・教育施設の人間を、特機教導師団に捻じ込む事も容易だった。

 

 アズラエルの言葉に『主任』は苦笑を浮かべると、

 

「フフッ、アムロ少佐の前ではそう呼ばない事ですね。嫌われたいのなら話は別ですが」
「むぐ…」

 

 気にしないといったくせに愚痴の仕返しかとも思いつつ、アズラエルはバツの悪そうな表情をする。
 確かにアムロの前で、生体CPUなどという単語を用いるのは不味い。
 十分に気をつける事にしようと、アズラエルは心に決めた。

 

「話を戻します。三名とも既に実戦投入レベルに達していますので、おそらくはそうなるでしょう。
 VR訓練の映像もありますがご覧になりますか?」
「んっ、頼むよ」

 

 そうして、機内備え付けのディスプレイに表示された映像記録を見ていたのだが、

 

≪オラオラオラオラーっ!!≫
≪テメェ、オルガっ!!無駄玉撃つな、ヘタクソッ!!≫
≪…ウザい≫

 

 先程から口汚い罵声の嵐と評するべきモノがスピーカーを震わしている。
 ダガー三機の包囲に対するは、アムロのMk-兇世韻世、三対一でもいい様にあしらわれている感じだ。
 その点は、ソキウスの時とも同様なのだが、とにかくやかましい事この上ない。

 

「………担当者には仕様変更って言ったハズなんだけど。う〜ん」

 

 アズラエルは、あまりの様子に顔を引きつらせ、大げさに頭を抱える。
 無理やりに方針を変え、スペックの低下まで許容した結果がコレではあんまりというものだ。

 

「ええ、実際に反応速度等は、変更前の六割ほどのようです。
 ですが、もっとよく見たほうがいいですよ」

 

 そう『主任』に促され動きを確認してみると、
 よく見れば、確かに連携はとれているし、数の利を活かそうとしているのがわかる。
 それに応えるように、アムロの指導も熱心なものだった。

 

≪オルガ。この場合、弾をバラ撒くのも判断として間違ってはいないが――≫
≪隙ありーッ!!抹殺!!≫

 

 横から割り込んだ銃撃をMk-兇脇颪覆避けると、
 一気に接近し、お返しといわんばかりに、ダガーの胸部へ向け、ガトリングガンの雨を叩きつける。
 さぞや、シュミレーター内部は、激しくシェイクされた事であろう。
 アムロも大概に遠慮が無い。

 

≪今のは、位置が悪すぎるな。もっと――≫
≪オェェェェッ!!≫

 

 案の定、吐いたようだ。それでも、中毒症状の嘔吐よりは、まだ見れるとフォローしておくべきだろうか。

 

≪勝手やってっからだ、バーカ≫
≪…バーカ≫
≪フゥ…一旦休憩に入るぞ≫

 

 アムロのやや呆れた様に聞こえる声を最後に映像は途切れた。
 表示データを確認すると、特機教導師団に所属する他の教官・テスターの平均値を
 上回る数字を彼らは叩き出していた。しかし、

 

「強化薬の影響じゃないなら、あの体たらくは一体何なんだい?」

 

 アズラエルは、引きつった笑みをそのままに『主任』に問う。

 

「"地"でしょう」
「"地"…ね。こりゃあ、アムロ君も大変そうだ」

 

 なんとなく、答えは読めていたが、出来るだけなら違っていて欲しかった。
 あまりに癖の強い彼らを見て、アズラエルは手綱を締める役のアムロに同情した。

 
 

 ザフト軍・ジブラルタル基地。
 大西洋と地中海をつなぐ要衝であると同時に、ヨーロッパ・アフリカ侵攻の橋頭堡となる一大軍事拠点。
 地球へと降下した、ラウ・ル・クルーゼ、アスラン・ザラ、ニコル・アマルフィ等は
 先の低軌道会戦の乱戦の中で、モビルスーツでの大気圏突入を行う羽目に陥った
 イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン両名と、同基地にて合流を果たしていた。しかし、

 

「お願いします、クルーゼ隊長。自分達に足付きを――!!」
「感情的になり過ぎだぞ、イザーク」

 

 若い、向こう見ずな熱気で、言葉を吐くイザークをクルーゼは軽くいなす。
 ブリーフィング・ルームに入るなり、彼はクルーゼにアークエンジェルの討伐の任を求めてきたのだ。
 宇宙では傷を負わされ、砂漠での戦闘では何も出来ぬままに紅海への突破を許した。
 イザークのザフト・レッドとしてのプライドは、ここ一連の失態によりいたく傷つけられている。

 

「これは我々の任務です!!最後まで我々の手で足付きをっ!!」
「私もイザークと同じ気持ちです。クルーゼ隊長」

 

 イザークの言にディアッカも追従する。
 ディアッカもイザーク程にはあからさまに激してはいないものの
 アークエンジェル、そして、ストライクには散々煮え湯を飲まされているのだ。

 

 ――フム…

 

 クルーゼは、顎に手をやり思案する。
 アークエンジェル討伐は、既にクルーゼ隊から離れ、一応はカーペンタリアの任務となっている。
 通常ならば、一個人の安っぽい憤りなど排して然るべきところだ。しかし、

 

『我々には目に見える派手な武勲、何より英雄が必要でもある。精々使ってやる事だな・・・』

 

 パトリック・ザラより言い含められた言葉。
 彼が現在の部下――プラント評議会代表の子息達を預かる際に受けたモノだ。
 そして、これには表面上とは異なる意味合いが暗に含まれている。

 

 ――結果としての生死は問わぬ…か。

 

 生きて戦い抜くならば良し、戦死し悲劇を演出するのもまた良し。つまりは、そういう事なのだ。
 パトリックにとって、彼らは将来有望な兵である以上にプロパカンダの具としての役割を持たされた駒なのだ。
 そして、それはパトリック自身の息子であるはずのアスランとて決して例外ではなかった。

 

「そうだな…そうまで言うなら君達だけでやってみるかね?」

 

 折角の国防委員長閣下のお達しでもある。
 オペレーション・スピットブレイクという大事の前にあっては、とるに足らぬ些事に過ぎないが
 クルーゼは、結局、イザークらの希望を酌む事にした。

 

 ――私自身、気になる事が無いではないしな。

 

 『砂漠の虎』アンドリュー・バルトフェルド率いる部隊を撃破し、アフリカ北部を抜ける。
 そのような困難をやってのけたアークエンジェル。そして、ストライク――キラ・ヤマト。
 その事実は、クルーゼの内面にある予感を、徐々にではあるが芽生えさせ始めていた。
 妙な表現になるが、彼等をぶつけてみるのは、己の予感に確証を得るという意味で面白いと思えたのだ。
 もっとも、彼の目的からすれば大した意味合いの無い事でもあった。
 所詮は座興だという程度の認識である。

 

「はい!!」

 

 イザークは、雪辱を晴らす機会を得たといった具合だ。
 この場合、あらゆる不安要素は、彼の意識の盲点に入り込んでしまっているのだろう。
 彼の若い覇気は、成長を促すための土壌でもあるのだが、
 この時はやや悪い方向に作用してしまっている感が否めなかった。

 

「では、アスラン、イザーク、ディアッカ、ニコルで新たに隊を結成し――」

 

 クルーゼは僅かに考え込む。
 次に隊を率いる指揮官を選定せねばならないのだが、
 イザークは、この調子で指揮など論外であるし、
 ディアッカも表面にこそは出していないが、過度に熱くなっている。
 そして、ニコルは慎重に過ぎるきらいがあり、アスランには個人的な因果が含まれてしまっている。
 正直な話、適格といえる候補がいないのが現状であるが、それでも選択はせねばならない。
 クルーゼは決断すると、仮面の奥の双眸をアスランへと向け、

 

「指揮は…そうだな――アスラン・ザラ、君に任せよう。
 カーペンタリアで、母艦を受領できるよう手配しよう。直ちに移動準備にかかれ」

 
 

「クソッ、イザークの奴!!」

 

 空へと昇ってゆく輸送機を睨みながら、アスランは忌々しげに毒づいた。
 イージスを輸送するはずの機がちょっとしたトラブルのために、
 他の三名より出発が遅れる事になったのだが、突然の待機というのは、正直言って持て余すものだ。
 こういう時ほど、余計な事を考えてしまうものなのだから。

 

 ――よりによって、ここでまたキラだと!?

 

 アスランは、突然の事に感情を持て余していた。
 本来、イザークを責めるのは、お門違いもいいところなのだが憤りは止められない。
 自分がどうあるべきかさえ、今の彼には見えてこなかった。
 それでも、彼の任務に忠実たろうとする部分は、どうにか現状の把握を訴えかけ、
 アスランは手持ちのPDAを起動させた。

 

「足付きは、砂漠を抜けて、今はインド洋あたり…か…」

 

 進路から考えても、アークエンジェルが一路アラスカを目指しているのは明白だ。
 そして、その道程で、多数のザフトの兵が既に血に塗れている。
 同じコーディネイターであるはずのキラの手によって。

 

 ――クソッ!!

 

 まるで、何かに化かされているような気分だった。
 月のコペルニクスで別れて、次に会ったら地球軍の味方になっていた。
 何処をどう辿れば、そのような事になるのか、訳が解らなかった。

 

 ――新兵器の開発のスタッフ。もしくは、テストパイロットだったのか?

 

 アスランとて、この様な予測を立てるのは、一度や二度ではない。しかし、

 

 ――いや…幾らなんでもそれは…一体、どうなっているんだ!?

 

 結局は、いつもどおりの堂々巡りだった。
 ヘリオポリス襲撃の際、モビルスーツのコンテナに、キラが居合わせたのは"全くの偶然"であり、
 彼が、成り行きから、"訓練も無しに"モビルスーツのOSを書き換え、操縦してのけているという
 余りにも現実離れした真実に、アスランが到れぬのは無理からぬ事であった。

 

「キラ・ヤマト――君の友人の事で悩んでいるのかね?アスラン」
「なっ!?」

 

 背後からの声に、アスランの心臓は跳ね上がった。
 振り返ると何時の間にそこにいたのか、クルーゼが立っている。
 注意が散漫だったとはいえ、突然の上官の出現というのは心臓に悪い。

 

「いえ、自分は…」
「フム、君の上官は部下の考えている事が読めぬほど、無能ではないつもりだが」
「いえ、そういうのではないんです。ただ…」

 

 アスランは、煮えきらぬ感情を持て余し、口を噤もうとする。
 だが、今のクルーゼには、本質を引き出すような何かがあった。
 だからこそ、結局アスランは吐露してしまった。

 

「解らないんです。何故コーディネイターのアイツが俺達の敵になっているのか。
 何で、こんな事になってしまったのかが…」
「そこに理由を求めるのは、今更、埒のあかぬ話だよ。アスラン」
「えっ…」

 

 自分の疑問を事も無げに切って捨てられ、アスランは困惑する。
 クルーゼは、その様子に内心で溜め息を吐く。

 

 ――やはり、それが根という事か。

 

 キラに対しての当惑と混乱が、アスランから精彩を奪っている。
 クルーゼは、それを看破していた。

 

「アフリカでの事は聞いているだろう。今のなお多くの兵が彼によって生命を奪われているのだよ」
「しかし…」
「…私も部下を――ミゲルを失っているしな」

 

 クルーゼ隊の若きエースであったミゲル・アイマンもヘリオポリスの戦いで、
 キラが駆るソードストライクの対艦刀"シュベルトゲベール"に屠られていた。

 

『ラスティの仇は俺がとってやるって。…なっ』
 ――ミゲル…。そうだキラは俺の戦友も…。

 

 クルーゼが言っている事は紛れもない事実だ。それ故にアスランは苦悶する。
 だが、同時に彼の惑いが、うっすらとだが薄れ始めていた。
 そして、クルーゼは、その意識の流れを正確に感知している。

 

「残念だが、君の友人は既に我々の敵なのだよ。故に、私は君達に足付きの追撃を任じる事にしたのだ」
「…決着をつけろという事ですか。最後まで、責任を果たせと」
「それも理由の一つではあるがな。だが、何よりもだ…」
「………」
「これほどの因果…他者に決着を委ねるつもりかね?」

 

 自分の与り知らぬところで、勝手に全てが進行する。
 キラがザフトの兵を次々に手にかけ、そして、そのうち誰かの手で斃される。
 その時になって、初めてその報を聞く自分。

 

 ――冗談じゃないっ!!何を迷っているんだ、俺はっ!!

 

 あまりの無責任さに、想像するだけで吐き気がした。
 討つにしろ、滅びるにしろ、これは自分の手で決着をつける。
 そうしなければ、自分は一歩も前に進めなくなる。
 そう自覚したアスランの瞳から、惑いが消え、代わりに力が宿る。

 

「いえっ…ストライクは…キラは俺が討ちますっ!!」
「そうか、よく言ってくれたアスラン。辛い任務となるが、君も力を尽くしてくれたまえ」

 

 クルーゼの友人の言ではないが、アスランの内に答えは用意されていたのだ。
 自身すら持て余す感情という名の濃霧を晴らし、それを引き出してやる。
 今、クルーゼが行った事だ。別に歪ませる必要もない。

 

 ――アムロ・レイの土産は、存外に多かったな。

 

 才気ある者ほど、挫折は早くに知らねばならない。
 そういう意味でアムロと戦い生き残った事は、アスランにとって大きな糧となっていた。
 技量もそうだが、なにより頼りなげだった精神の骨格に徐々にではあるがしぶとさが生まれているのだ。
 クルーゼは、己の才能を開花させた奇妙な人物に不思議な感想を持った。

 

 ――フッ、それにしても…。

 

 思えば、アスランも、つくづく数奇な何かに晒されているものだと思う。
 血のバレンタイン。ザラという名。そして、キラ・ヤマト。

 

「…雁字搦めか」
「えっ…」
「いや、気にしなくていい…」

 

 クルーゼはそう言うと顎に手をやり考え事を始め、アスランもそれ以上は口を開く事は出来なかった。

 

「………」
「………」

 

 そうして、暫しの時間が経過すると、
 それまで沈黙を保っていた室内に、無遠慮な呼び出し音が響いた。
 通信に出ると出発の準備が完了したとの連絡を受けた。

 

「………」

 

 未だ思案に暮れるクルーゼにアスランは敬礼し、部屋を後にする。はずだったが、

 

「――アスラン」

 

 背を向け歩を進めんとした彼をクルーゼが呼び止めた。

 

「君に助言をしておく必要を感じたからなのだが…」
「はい」

 

 アスランの様子にクルーゼは苦笑する。些か、熱が入りすぎだと思う。

 

「そう硬くなる事はない。些細な心構えだよ」
「それは…」
「フム…、まあ、君の場合は特になんだが…」

 

 クルーゼの表情はいつも通りに仮面に隠され分からない。
 だが、何処か通常と雰囲気が違うような、そんな印象をアスランに与えた。

 

「数多くの選択と決断が求められる時、大抵は重要な局面であるほど予断を許さぬものだ。
 そういう意味で、考えすぎ、迷い、さらに暴発しがちな君の性質は悪癖とさえ言える」
「………」
「ましてや、君はザラ国防委員長の息子」
「隊長、父は――」

 

 父親を引き合いに出されアスランは堪らず口を開こうとする。
 それは、彼にとって生理的な焦燥を伴う反射行動といえた。

 

「君が望もうと望むまいと、君がザラ委員長の息子である事実は変わらぬよ。
 これは仮定だが、そのような君だからこそ、重要な決断を迫られる時が来るかもしれん」

 

 クルーゼはアスランの檄を容易く受け流すと言葉を続ける。

 

「その時、君の内面には他者の様々な言葉が渦巻き、状況や過去が君の目を曇らせようとしてくるだろう」
「………」

 

 クルーゼの直感が告げていた。
 アスラン・ザラは、正邪定かならぬ渦中において何らかの選択を強いられると。

 

「今の君は、そういう時に自身の答えを選び取れると思うかね?」
「自身の答え…」
「ああ、覚えておくといい。最も誤った判断というのは、その選択自体ではなく、
 他者の利己的な思惑・定まらぬ戯言に誘導され、それを自らが選び取ったものだと勘違いし続けてしまう事だ。
 そうなれば、もはや矜持など失われてしまうよ」
「矜持…ですか」
「必要なのだよ。己が、己自身で在るためには。どういう訳か、それを投げ出したがる輩は多いがな…」

 

 それは、余りにも漠然とした言い様であった。
 それでも、アスランは何故か、クルーゼの言葉の意味を正確に察する事ができた。
 兵士は、戦争と戦いながら、自分の中の"何か"と戦っている。
 その"何か"との戦いを放棄するな。クルーゼがそう告げている事を。

 

「フッ、些か言葉を弄し過ぎたが…要は自らの答えを引き出せるようにしておけという事だ。
 そういう意味で、今回の地球での任は多くを学ぶ機会と言えるかな」
「はいっ!!」

 

 アスランは語気を強めて返事をする。
 それを見て、クルーゼは声の調子を戻して、

 

「そうは言っても、結局は軍人である限りは命令に従わねばならん。不自由の中の自由といったところだ。
 フッ、上官としては不適切な言葉だったかも知れんな。司令部には漏らしてくれるなよ?」
「え、いや、そんな事はしません」

 

 突然のクルーゼの切り返しにアスランは少し驚き、思わず苦笑を漏らした。
 それはまだ若い少年相応の表情であった。

 
 

 アスランが去った待機室で、クルーゼは一人佇んでいた。
 彼にしては珍しく、自身の行動の理由が見出せず考え込んでいたのだ。

 

「…フッ、我ながら妙な事をするものだ」

 

 アスランの父、パトリック・ザラに対し彼自身が実際に行っている事をアスランに警告する。
 それは、クルーゼの矛盾でもあった。

 

 ――この前の借りを返したかったのか?
 それとも、多少なりともアスランに対し罪悪感を抱いていたとでもいうのか?
 ラウ・ル・クルーゼともあろう者が…。

 

 推量はしてみるもののどれも違うと感じた。
 先程までの自分は、もっと根源的な感情に動かされていたように思える。
 そう、何かに縛られているようなアスランの向こうにある者を。

 

「――クッ…ハハハッ、なるほどな…」

 

 そして、ようやく答えらしきモノに行き着いた。
 あまりの馬鹿馬鹿しさに、彼は思わず自嘲的な嗤いを零した。

 

 ――雁字搦め…。重ねてしまったという事か。私を…いや、あの子と。

 

 クルーゼには、自身の弟と呼べる少年がいた。
 その少年も自分と同じように、生まれる前から含まれた因果に命運を規定されている。
 意思を縛りつけんとする事象とも言うべきものが、アスランと彼を重ねさせた。
 つまりは、捨て去ったはずの感傷が漏れたのだ。

 

「フッ、度し難いな。我ながら…」

 

 クルーゼは、窓ガラスに薄く映る己の像に嘲笑を向けた。

 
 
 

 ――矜持…か。

 

 目を閉じながら、アスランはクルーゼの言葉を反芻していた。
 思えば、母の敵討ちを理由に戦場を駆けたが、今でもそれが正しいのかと問われれば、
 正直、肯定できるとは思えなかった。
 だが、同時に否定も出来ない。大切な者が奪われた事に憤りを覚えるのは人間として自然な感情だ。
 この覚束なさは、矜持とは程遠いモノに感じられる。

 

 ――難しいな…。それにしても…ハァ。

 

 パチパチと焚き火の爆ぜる音がする。
 それに混じってゴソゴソと何かが動く音がする。アスランは、心の中で溜め息を吐いた。

 

「銃を奪おうとすれば殺すしかなくなる。と、言ったはずだが?」
「なっ…!?お前、起きていたのか?卑怯じゃないかっ!!」

 

 アスランは上体を起こすと、顔を赤くした金髪の少女――カガリを見つめる。
 彼女は、カーペンタリア基地に移動中だった自分の輸送機を攻撃したパイロットだ。
 イージスごと無人島に墜落してしまったところ、彼女と遭遇してしまったわけだが、
 アスランも流石に生身の女を殺す事には躊躇いを感じ、この様な奇妙な状況になっている。

 

「幾らなんでも、敵の前で熟睡するほど馬鹿じゃないしな。しかし、本当に懲りないな、お前も」
「う…うるさいな!!ザフトなんかに言われたくないぞ」

 

 彼女は状況が解っているのかと、アスランは苦笑した。
 本来なら、今ここで自分に撃ち殺されても文句は言えないというのに。
 とは言っても、毒気を奪われ、そんな気も失せてしまっていたが。
 これも、一種の才能なのだろうかとも思う。

 

『私もあそこに居たんだ。お前達がぶっ壊した、ヘリオポリスにな!!』

 

 先程、カガリから投げかけられた言葉だ。

 

「………」

 

 自分の非力さに泣いて力を手にしたはずなのに、今では、自分が誰かを泣かせている。
 無意識に考えないようにしてきた事を突きつけられた気分だった。

 

 ――俺は、探さなきゃいけない。戦うに足る、俺自身の答えを。

 

 この時、CE71.3月8日。アスラン・ザラが重大な岐路に立つ、二ヶ月ほど前の出来事だった。