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SSA_400氏_第19話

Last-modified: 2008-11-24 (月) 03:42:37

 ザフト軍・南アメリカ戦線野営地。

 

「スパナ取ってくれ…8番だよ!!クソッ、足回りがイってやがる」
「砲弾持って来い、大至急だ!!」

 

 モビルスーツに取り付いた整備員達の怒号も何処吹く風といった態度で
 男は悠然とチェアに腰かけ、紫煙をふかす。

 

 ――い〜い天気だねぇ…

 

 晴れ渡った空を鳥が悠々と旋回している。
 モビルスーツに接続された電源車のけたたましい音も共に聞こえてくるのは、
 少々興醒めだが、それは意識的に無視する事にした男は、
 安っぽいミュージックのみを耳に入れながら、もう一度タバコをくわえる。
 汗水流して働いている整備員諸君には悪いが、殺し合いの合間のささやかな贅沢だ。
 よって、ここは目を瞑っていてもらおうというのが彼の考えだ。

 

「隊長、またこんな所で。整備の人、睨んでましたよ」

 

 と、音の波に割り込んだ、咎めるような声が鼓膜を響かせる。
 些か散漫になっていた意識を戻し、声の方向に目をやると手に紙袋を抱えた少女が映った。

 

「ん…シホ嬢ちゃんか?」

 

 シホ・ハーネンフース――元はビーム兵器開発の技術者で、
 今回のサンフランシスコ・ライン攻略作戦の間際に配属された女性パイロットだ。
 彼女は、士官アカデミーを優秀な成績で卒業した者にのみ与えられる『赤』を纏っている。
 上から『赤服のエリート様』なんぞを押し付けられた時には、どうしたものかと頭を抱えたものだが、
 なかなかどうして筋が良く、戦場の空気に馴染むにつれ、いい働きをするようになった。

 

「嬢ちゃん、じゃありません。隊長がそんな調子では他に示しが…聞いていますか!?」
「ああ、聞いてる聞いてる。やっぱり何事も食わず嫌いは良くないなと…」
「全然、聞いていないじゃありませんかっ!!」

 

 シホは少し顔を赤らめて語気を強くする。
 しかし、隊長と呼ばれた男は全く動じた風も無く飄々としたものだ。

 

 ――まだ、堅さは抜けきれて無いみたいだが…いや、これは地かな。

 

 態度とは裏腹に目ざとくシホの様子を見やると、彼は赤みがかった髪を指で乱暴に梳いた。

 

「そう、カリカリしなくてもいいだろう?今は敵が来るって空気じゃないんだよ。
 それより、ちょうど喉が渇いていたんだ。その一杯抱えているリンゴを一つ寄越してくれ」
「まったく、もう!!」

 

 憤慨しながらも、シホは紙袋のリンゴを手に掴むと正確なコントロールで軽く投げる。
 それを男は、片手で難なくキャッチして口に含む。その一連の動きはかなりサマになっていた。
 そして、真っ赤に熟したリンゴは、齧ると甘みと酸味を凝縮させた果汁を弾けさせた。

 

「ン、やっぱり、現地物は美味いな。あと、注文をつけるならコントロールは少し外すくらいが可愛げあるな」
「可愛げなんていりませんよ、冗談ばっかりなんですから」
「ハハッ、拗ねた顔は、うちのにそっくりだ。お節介だが、戦争だけの青春なんてつまらんぞ。
 いい素質はあるんだから、そっちもしっかり磨いておけ」

 

 『オヤジさん』というよりは『アニキ』という柄の男だが、これでも二児の父親をやっている。
 配属したての頃は、どこか遠慮しているふうのあったシホが短期間で隊に打ち解けたのには、
 やはり、その事も関係しているかもしれなかった。間の取り方が巧いのだろう。
 まあ、言い換えれば今のように、アッサリとペースに乗せられただけともいえるが。

 

「わ…私は、その…磨いておけって言われても。まだ、そんな相手もいないですから」
「それじゃあ、その相手とやらが現れた時に備えないとな――んっ?」

 

 浮ついた会話を交わしている彼らだったが、視角に巨大過ぎる人影――
 ザフトの量産型モビルスーツ、ジンの姿が入ってくると流石に押し黙った。
 つい今しがた、帰還した部隊のものだが、その装甲はボロボロで、
 ところどころ、内装が剥き出しになっている。それこそ、スクラップと見紛う有様だった。

 

「戻ってこれたのは、あれ一機。他は、パイロットもろともオシャカ…か」

 

 隊長はそうつぶやくと、もう一口リンゴを齧ったが、
 先程までとは、何だか味が変わったような気がして顔を顰めた。

 

「酷い…」

 

 シホは、思わず口に漏らした。
 兵器とはいえ人の形を模したモノの傷つき倒れているさま、
 そして、そこから連想される事象を想像すれば無理もない事だ。

 

「連合も自前でモビルスーツを投入してきているって話だからな。
 ビーム兵装を装備しているらしいが…シホ、お前の見立てはどうだ?」
「は、はい。そうですね…」

 

 シホは気をとりなおし、運ばれていくジンを強く見据える。
 元研究者としての洞察も含めて、より直感的な感触を掴もうとしているのだ。

 

「敵の装備…やっぱり、情報以上にいいですね。この分だと多分、機体も…。
 噂の『白い悪魔』や『ストライク』並みの奴がゴロゴロしているとは考えたくありませんが…」
「その悪魔さんとやらは、ココで散々暴れ回ってるらしいが…ストライクって、まだやれてなかったのか?」

 

 クルーゼ隊の追撃を振りほどき、アフリカ北部で『砂漠の虎』アンドリュー・バルトフェルドを撃破した
 ストライクも、ザフト将兵の間では一種の戦場伝説のような扱いで噂されていた。
 連合本部のアークエンジュルへの軽視とは裏腹に、ザフトでは実力を高く評価される。
 これは、孤立無援のアークエンジェルからしたら、皮肉以外の何物でもなかったろう。

 

「カーペンタリアの派遣した追討部隊もやられたと聞きます」
「ん…そういや、ストライクのパイロットは、コーディネイターじゃないかって噂なかったか?」

 

 それを聞いて、シホは咎めるような、それでいて怯えを含んだ目を向ける。
 隊長も、それを見て己の軽率に気付き舌を鳴らした。

 

「確かに状況を考えればありえない話じゃないですけど…。
 これ以上、敵のコーディネイターなんて…考えたくありません…!!」
「…悪かった」

 

 無意識に語尾は強まったのは、彼女自身の葛藤もあるのだろう。
 今回の総攻撃の初期段階で、彼女らの部隊も、連合で『壁』と称される鹵獲ジンの隊と交戦した。
 倒しても倒しても、向かってくる敵。無線が拾う呪詛に満ちた声。
 撃破されてなお、コクピットから這い出て、爆弾を抱いて特攻する者までいた。
 その地獄絵図のような光景が各所で繰り広げられ、ザフトでも神経をやられてしまった兵が少なくない。
 結果、両軍共に熱病に罹ったような、凄惨な殺し合いを繰り広げる事になった。
 気丈に振舞っているが、若いシホには、やはり刺激が強すぎたのだ。

 

「遺体からは危険な薬物が検出されたって…。やっぱり、ナチュラルはコーディネイターを――」
「…そこまでにしとけ。お偉方の宣伝にお前さんが律儀に合わせる必要なんてない」
「――解りません、私には」

 

 そのまま、彼女は押し黙ってしまった。
 プラントを、コーディネイターを、ナチュラルの頚木(くびき)から解放するという、正義の戦いのはずだったのだ。
 だが、蓋を開けてみれば、野蛮な核の代わりに放たれたのは、緩やかな大虐殺。
 情報管制の網から洩れて聞こえる、理性的なはずの同胞が行う各地での凄惨な所業。
 理想と現実のギャップをそのままに受容するには、シホはまだ若すぎた。

 

「…ムグッ!!」
「ほ〜ら、可愛い顔が台無しだぞぉ〜、と」

 

 隊長にいきなり頬を引っ張られてシホは、些か間の抜けた声をあげる。

 

「い…いひゃいれす。やめてくら…」
「んじゃ、落ち込むのはここまでだ。そろそろ時間だし切り替えろ。
 お偉いクラインのクソッタレも、ロクでもない戦場も心底嫌になるが、
 今は戦うしかないし、お前も余計な事は抜きに生き残る事だけを考えるんだ。いいな?」

 

 かなり過激な発言が終わると、ようやく手を離して彼はモビルスーツの方に向かっていく。

 

「え…は、はいっ!!」

 

 気持ちを少しだけ持ち直して、シホも全身を深い藍色に塗装した愛機――
 YFX-200 シグー・ディープアームズに搭乗するため歩を速めた。
 試製指向性粒子加速砲――強力なビーム・キャノンを両肩に一門ずつ装備した試作実験機だ。
 機体名は、指向性エネルギー放射実験機(Directional Energy Emission exPerimental Arms)に由来している。
 単純な火力ならば、今作戦に参加しているモビルスーツの中でも随一だろう。
 コクピットに身を押し込めると、即座に各種データがディスプレイを流れ始める。

 

 ――頬が痛い。あの人、娘さん達にもああなのかな…。

 

 そう思いながら、少しだけ笑みを零して、シホは機体のチェックを入念に行う。
 シグー・ディープアームズは、実験機という事もあって、
 とても気難しいところはあるが、彼女にとって、一緒に戦場を戦ってきた大切なパートナーだ。

 

「隊長みたいに強くありたい…。答えも…きっと何時かは見つかるはずだから」

 

 彼女はそう自らを奮い立たせると機体状態をアクティブに移行させた。

 
 

≪隊長、うちのお姫様は大丈夫そうですか?≫
「ああ、芯の強い子さ。きっといい女になるぞ」

 

 単眼を光らせ稼動するシグー・ディープアームズを見やりながら隊長は、部下にそう返事をする。

 

≪ですが、こんな作戦でウチの部隊って。コレってやっぱり…≫

 

 重要な作戦。戦争の最前線。赤を纏う乙女。"どう転んでも"上層部が好みそうな筋書きだ。
 あまりのセンスの良さに反吐が100リットル以上は出そうなくらいに。

 

「言うな。俺の隊から悲劇のヒロインなんぞ出してたまるかよ!!野郎共、気張るぞ!!」
≪オオーッ!!≫

 

 そして、彼も乗機を起こさせる。
 ダークグレーとレッドのツートンカラーで染められたシグー。
 エネルギーパックを最新の物に換装、機体の大幅な改修が施されており、
 試製ビーム・ライフルを含む強力な装備を持たせている。
 現在、開発中の次期量産型モビルスーツ――ゲイツへの過渡期に位置する機体と評すべきもので、
 シグー・メディウムと、古い言葉で"中途"を意味する皮肉めいた名がつけられていた。

 

 ――今日も護ってくれよな。

 

 コクピットに貼り付けた写真を指で弾いて、いつものように願掛けをする。
 写真には、正面でピースサインをしているショートヘアの利発そうな少女。
 それを困った顔をしながら、自分も大きく写ろうと割り込むロングヘアーの少女。
 少女達は、彼と同じく赤い髪をしている。
 そして、少し引いた位置で、その子らを見守るように優しい顔で写る女性が居た。
 帰る場所がある。それが、生きる力になる。彼の持論だ。

 

「よっし!!ホーク隊、出るぞ!!」

 

 威勢の良い気勢を発して、彼は機体を発進させた。

 
 

 南アメリカ戦線、サンフランシスコ・ライン。
 あてがわれた整備ドックで、モノケロス隊の機体に整備兵達が張り付き、破損した装甲などが次々と換装されていく。
 その中を、一際背の低い整備士が忙しそうに指示を送っている。

 

「チェインガンは外してっ!!そう、グレネードキャノンと入れ替えで」

 

 そうこうして、ようやくひと段落すると彼女は唐突に溜め息を吐いた。

 

 ――先輩と少佐、やっぱり付き合っているのかなぁ。

 

 先輩とは『主任』の事だ。整備の腕は一流で、何より大人の女性といった感じで、彼女はとても尊敬している。
 しかし、意地の悪い愛情表現をすることがあり、以前、アムロの事で相談を持ちかけたときには、

 

『あなたには、残念だけど――少佐、少女趣味はないみたいだから…』

 

 と、しみじみとした様子で言われてしまった。あんまりである。
 ブラックジョークにしても酷いし、本気ならば尚更だ。
 さらに、以前、勇気を振り絞ってアムロに好みのタイプを聞いたときは、

 

『俺のタイプかい。そうだな…キリっとした女性かな。初恋の女性(ひと)もいつも凛然としていたな』

 

 容赦のない完全なトドメだ。タイプが自分とは対極に位置している。
 と、なると、当てはまるのはアムロと『主任』だと安直に考えてしまうところが、
 彼女の子供っぽいと言われる所以そのものなのだが、自身では自覚がないようだった。

 

「…チャンスないのかなぁ」
「元気がないようですね、休息をとる事を提案します」
「ひゃ…!!」

 

 急な声にビックリして、彼女は軽いパニックを起こしながら振り返る。
 中性的な少年、イレブン・ソキウスだ。

 

「イ、イレブン君?」
「何でしょうか?」
「きゅ、急に後ろから声を出しちゃ危ないよ。ダメ、ゼッタイ」
「ハイ、解りました」

 

 イレブンは素直だ。そもそも、ソキウスがナチュラルに対し素直であるのは同然なのだ。
 ところが、このイレブンの素直さが、この後、意外な方向性を持って発揮される事は彼女も予想していなかった。

 

「えっと、何か私に用なのかな」 

 

 モノケロスには、ソキウスやブーステッドマンを備品扱いする者はいない。
 隊長の精神的影響力なのか、はたまたそういう志向の人材は予め省かれているのか。
 おそらくは、その両方だ。

 

「はい。では、始めます」
「えっ?」

 

 イレブンの唐突な言葉に彼女は眉根を顰めるが、お構い無しに言葉が紡ぎ出される。

 

「まず、少佐はああ見えて結構ズボラなところがあります。
 自室も他者に見えるところは、ある程度片付けているようですが、
 プライベートな空間となると、書類と機械類に溢れて酷いものです」
「あ…えと…」
「ですが、拘りも持っています。ヘレン・ヘレンの石鹸を必ず用意している事や、
 同じペットロボットを何度も設計している事から見ても、物に愛着を持つタイプなのは間違いありません」

 

 イレブンは、澱みなく言葉を続ける。なまじ無表情なだけに少し不気味だ。

 

「そういう面を支え、理解する事が出来れば、好感触を掴めるかもしれません。
 中尉、失礼ですが、あなたにも問題があります。いつも間が悪いのは狙っているのかと勘繰りたく――」
「イ…イレブン君!!ストップ、ストーップ!!」
「はい」
「だ、誰にそんなこと言えって言われたの!?」

 

 イレブンが自発的にこんな事を始めるわけがないとあたりをつけ、彼女は、そう問いかけた。

 

「彼らです」

 

 イレブンが目をやった先には、クロト、オルガ、シャニ、他に大人までもが混じってニヤニヤとコチラを眺めていた。

 

「あ、馬鹿…あっさりバラしやがった」
「…拙い」

 

 これは、オルガとシャニだ。

 

「あ、あ、あんた達ーーーっ!!」
「総員、撤退だ!!遅れた奴は置いていくぞ!!」

 

 彼女は顔を真っ赤にして、そこらにあったスパナを無茶苦茶に放り投げるが、
 出歯亀の群れは、笑い声の余韻を残して蜘蛛の子を散らすように素早く退却していった。

 

「はぁ…、はぁ…、はぁ」

 

 肩を怒らせる彼女と周りの様子に、イレブンは彼にしては珍しくおずおずと言葉を口にする。

 

「何が起こっているのか、説明をお願いしたいのですが…」

 

 状況を掴みきれていないイレブンの無邪気な質問に、

 

「悪い人達に騙されちゃ駄目だよ…君」

 

 と、盛大な溜め息を吐きながら彼女は口にした。

 
 

 それを遠眼に眺めていたセブンとエイトは、

「イレブンも良く付き合うな」
「いや、アレは本当に解っていないんじゃないか?変なところで子供だからな、アイツは」

 

 そのような会話を、エールダガーから伸びるパネルのキーを叩きながら交わしていた。
 彼らの名は、あくまで製造番号であり、兄弟といった観念は本来存在しないはずなのだが、
 何時の間にか、セブンもエイトもイレブンを弟のように考えるようになっていた。
 その件については、少し不平等だと、当のイレブンは不満に思っているのだが。

 

「調整はもういい、助かった」

 

 冷静さを感じさせる声で礼を述べたのは、エールダガーのパイロット――スウェン・カル・バヤンだ。
 彼は、アズラエル財閥が出資している『訓練施設』出身の人間だ。
 コーディネイターに対抗するため、徹底的な教育が施されており、
 今回が初めての実戦とは、とても信じられないほどの戦績を挙げている。
 だが、与える印象は、『戦闘人形』であるはずのソキウスよりずっと硬質だ。
 これは、アムロ達とのコミュニケーションを重ねるうちに、
 徐々に感性を豊かにしているソキウス達とは対照的に映っている。

 

「スウェン少尉。こちらこそ、あの時はありがとうございます」
「別に構わない。あんな処でお前達を損耗するわけにはいかない」

 

 階級は、スウェンの方が上だ。
 これは、ソキウスという『戦闘用コーディネイター』に対しての"処遇"である。
 この事について、ソキウス達は全く不満を感じていない。
 階級など、彼らにとってはどうでもよい事なのだ。

 
 

「敵の攻勢は限界点が見え始めていますが、こちらもかなりの被害が出ています。圧しきられる可能性も否定できません」
「AからDエリアまで、完全に圧されていたからな」
「次の攻勢規模の算定とシミュレーションです」

 

 『主任』の指が、素早くキーを叩く。
 すぐに画面の端から赤く染まり、青い点の集合が、ある所では完全に赤に飲み込まれ、
 また、ある所では、動脈瘤のように赤を塞き止めている。
 アムロは、戦況分析スクリーンに表示された結果を見てふっと笑うと、

 

「これ、オリジナルかい。意地が悪いうえに容赦がないな」
「軍のソフトだと、半分以下の算定でしたから。楽観が好みなら直しますけど?」
「いや、こっちの方が俺の性には合うよ」

 

 分析なんてものは悲観的なくらいで丁度いいと、やや偏った考えのアムロだ。
 そのように考えながらも、ふと湧いた疑問を口にする。

 

「確か、整備学校を出てから、ずっとアズラエルのところの研究チームだろう。こんな知識、何処で身につけたんだ?」
「まあ、昔取った何とやらといいますか…多少の秘密があった方が少佐も面白いでしょう」

 

 『主任』は、そう言って軽くはぐらかす。これ以上は詮索無用ということだ。
 アムロも特にこれ以上は触れずにスクリーンに視線を戻した。

 

「ん…アマゾンの方は、大丈夫なのか?ザフトも危なくなれば、そこからの強襲も考えるだろう」

 

 禁忌というモノは人間が生みだすのだから、破るのもまた人間だ。
 こちらが、アマゾンを地球の肺と考えているからといって、
 切羽詰ったときにその考えをザフトが無条件に共有し続けるとは限らないのだ。

 

「それですが、『傭兵ギルド』の部隊を確認しました。それも最大戦力と目される"サーペントテール"を」

 

 コズミック・イラの傭兵は、全てが傭兵ギルドに属している。
 傭兵ギルドは、コズミック・イラ暦以前に勃発した『再構築戦争』の今もなお残る歪みだ。
 永きに渡る戦乱で、軍人達は、たとえ戦いの渦中に傷つき、戦えなくなっても、
 自国の政府が必ず国に忠を尽くした自分達の生活と身分を保証してくれるものと信じていた。
 だが、現実には用済みとなった瞬間、多くの兵が劣悪な環境に放り込まれ、そこには家畜以下の扱いが待っていた。
 これに憤慨した兵士達が、失った地位と人権を取り戻すために集まって出来たのが傭兵ギルドの始まりだ。
 彼らは、生活のために国を問わず、どんな汚い仕事も引き受けた。
 何でも屋などど蔑まれながらも、知識と経験を活かして外資を獲得し地道に信頼を勝ち取っていったのだ。
 そして、全世界から得た情報と外貨を持って、情報ネットワークを構築し、傭兵管理機構として肥大化を果たした。
 コズミック・イラにおいては、傭兵は社会機構にガッチリと組み込まれており、無碍に排斥できぬ存在なのだ。
 モビルスーツの運用が、連合の正規軍より遥かに早かった事からも、その組織力を窺わせていた。
 急速かつ不自然に膨張を続ける『ジャンク屋組合』とは全く異なり、歴史と執念の結実と言えるだろう。
 もっとも、近年は、兵隊崩れや難民が大量に流入し、質の低下が悩みの種らしいが。

 

「サーペントテール――"叢雲劾"だったか。それほどの傭兵が、何でアマゾンなんかに居るんだ?
 連合にもザフトにも味方しているわけじゃないようだが…」
「残念ながら、そこまでは分かりかねます。それに重要なのは、何故、彼らがアマゾンに在るのかではなく、
 突破を試みた少数のザフト部隊と交戦し実際に撃破しているという事実です」

 

 つまりは、少数の部隊では、サーペントテールに撃破される。
 大部隊では、確実に連合の監視に引っかかる。エースクラスの精兵ならばどうにかなるかもしれないが、
 そこまでの労力に見合うかは疑問であるといった具合だ。これは、連合にとって嬉しい誤算だった。

 

「それじゃあ、予定通り、次の攻勢に合わせて動く事になるか」

 

 アムロは、スクリーンを睨みながら低い声音で誰ともなく口にした。
 今回のザフトの総攻撃を頓挫せしめるべく考えられた作戦。
 サンフランシスコ・ラインの強固な野戦陣に拠って、敵の進撃を食い止める一方で、
 アラヒラカ付近に機甲師団を集結させ攻勢に転じようというのだ。
 もちろん、無謀な突撃ではなく、攻撃の終末点から退却までが規定されている現実的な反撃作戦である。
 だが、特機教導師団のモビルスーツをも投入するとはいえ、そもそも兵器と兵の質で劣っている連合軍なのだ。
 その成否は戦場で実際に血を流す兵達次第といえるだろう。

 

 ――厳しい戦いになるのは間違いなさそうだな。

 

「少佐、そろそろ皆に顔を出しましょうか?今、怖い顔してますよ」
「ん…そうかな。いや、そうだね」

 

 戦争ばかり考えると、気付かぬ間に物騒になっていけないとアムロは頭を振る。
 こういう気配りが出来る『主任』の存在は、アムロにはありがたかった。
 そうして、皆の居るモビルスーツ整備ドッグに足を向けたのだが、

 

「何が起きたんだろうな…コレは…」
「いや、私に言われても…」

 

 パイロット連中がほとんど姿を消し、なぜかイレブンが小柄な整備兵にとくとくと説教(?)されている光景を見て、
 アムロと『主任』は二人揃って、首を傾げた。

 
 

 その後、一通りのブリーフィングも完了し、一息つくと、アムロは外の空気を吸おうと思い整備ドッグを離れた。
 外はもう夜となっており、星々が煌めいていた。独りで空を見るというのも久しぶりだった。

 

「少し、疲れているのかな。…当たり前か」

 

 そう、独り言を洩らし、他者には見せない表情をつくった。
 此方に来てから、戦争に、設計にと夢中になって取り組んでいる。
 そういう時や、趣味の機械弄りをしている時は、まだいい。
 だが、ふとそういった流れが途切れた時などは、どうしようもなく不安に駆られ、堪らなくなる瞬間がある。
 しかも、これは、澱のようにアムロの内面で溜まり続けており、一向に消える気配を見せない。
 他人は、自分のことを英雄と呼び、隊の皆も自分を強い男として頼ってくれるが、
 アムロ自身は、その不安から少しでも稀薄になりたくてガムシャラなだけの情けない男だと思っていた。
 信頼に足る男でありたいというのも、『エイプリルフール・クライシス』を目の当たりにし、
 どうしようもない処まで行き着きかねないと直感したこの戦争を看過できなかったというのも、
 全てが、間違いなく本心からのはずなのだ。

 

 ――だが、本当にそれだけなのか。実は、ただ自分を…。

 

 この時、精神的な疲労もあってか、やや危険な領域に流れつつあったアムロの思考を視界に入った人影が塞き止めた。

 

「んっ…スウェンか、何しているんだ?」
「アムロ少佐」

 

 スウェンは、すぐに敬礼を取る。アムロはその様子に苦笑すると、空を仰いで、

 

「星を見ていたのか?」
「はい、ここからは良く見えますから」

 

 スウェンは、敬礼を解くと視線を星空に戻し、アムロも腰を下ろして一緒に星を観賞する。
 星の美しさはどの世界も同じだと主張するようで、ささくれ立った意識が少しずづ癒されていく気がした。

 

「少佐は――」
「んっ、なんだい?」

 

 アムロは、柔らかい声音で先を促そうとする。
 この寡黙な、新しいパイロットは、内面に色々と溜めていても、
 うまく発散させる術を知らないのだとアムロは理解していた。
 決して、冷徹でも、感情が無いわけでもないのだ。

 

「少佐は、初めての戦闘でどう戦いましたか?
 俺は、訓練通りやれたはずで…でも、手の震えは最後まで止まりませんでした」

 

 不安なのだ、スウェンも。それでもうまく表現できずに顔は相変わらずの無表情のままだ。
 そもそも、それを聞いて如何したいのかすら、解っていなかったのかもしれない。

 

 ――アズラエルも酷い事をする。

 

 これは、『訓練施設』での"教育"の結果である事は疑いない。
 だが、今はアズラエルへの憤りを楽しむ場面では決して無いとアムロも解っていた。

 

「俺は、酷いものだったよ。フラウ…、幼馴染の家族が殺されて、日常全部を奪われて、
 どうにかしようと、無茶苦茶やったよ。若かったんだろうな…」 

 

 アムロの原点はそこだ。そしてこれは、いつもの様な用意した嘘ではなく真実だ。
 それを口唇に乗せる事が必要に思えたのだ。スウェンのためにも、自分自身のためにも。

 

「少佐が無茶苦茶というのは、信じられませんが」
「俺だって、最初からこうだったわけじゃないからな。何なら――」
「貴様ら、そこで何をしている!!」

 

 怒号が割り込み、幾人かの足音がこちらに向かってくる。
 スウェンは、即座にアムロを護れる位置を確保する。
 モビルスーツに乗っていないアムロは、勘がいいだけの只の軍人だからだ。
 しかし、集まってきた兵達も、アムロの階級章を眼にすると威圧が若干解かれたのが見て取れた。

 

「スウェン、大丈夫だ」
「役儀によって正すが、所属・階級・姓名は?」
「特機教導師団少佐、アムロ・レイだ」

 

 名を名乗ると男達は全員が敬礼を取る。
 連合の英雄であり、それ以上にムルタ・アズラエルとの繋がりが深いという男に
 悪印象を持たれてはたまらないという計算も働いているようだった。

 

「これは失礼をしました」

 

 指揮官と思わしき男が前に立ち、怯みも虚勢も見せずに非礼を詫びた。
 とはいえ、彼らも任務であるからには、謝罪は形式上のものに過ぎない。
 それでも、やはり『白き流星』の前という事もあったのだろう。
 普通ならその場で去るところを、少しだけ内情について語ってくれた。
 掻い摘んで説明すれば、どうも最近連合の内部で武装の横流しや、脱走兵が増えてきているという話だった。
 そこまでなら、別段珍しくも何とも無い話なのだが。

 

「捕らえた奴らなんですが、どうも共通してハンパな個人主義が浸透しているようです。んっ…どうぞ」

 

 そう言いながら、タバコが差し出されるがアムロは遠慮した。

 

「吸わないのですか?今時の合成物じゃなくて天然物ですよ?」
「いや、まあ、宇宙育ちだからな…」
「と、いうと?」
「酸素に執着があるのさ」

 

 アムロの返答に気分を良くして、彼はタバコを引っ込めた。

 

「で、ハンパな個人主義って何なんだ?」
「んっ…ええ。まあ、何ていうかこのままじゃ互いが滅びるからとか、
 軍に正義が無いとかどうとか、甘っちょろい妄想ですよ。ちょいと多過ぎるのが変といっちゃ変ですがね」
「だからって、やる事が、脱走はともかく、武器をジャンク屋に売ったりとかか?妙な話だな」
「ええ、全くです。それじゃ、夜はあまり出歩かんでくださいよ」

 

 そう言って、男達は姿を消した。
 アムロは、結果的に放っておく形になってしまったスウェンに向き直ると、

 

「待たせてすまなかったな。それじゃ戻ろうか」
「りょうか…」
「ハイ、だ。何時もそれじゃあ、俺の肩が凝ってしまうよ」

 

 アムロは、冗談めかして肩を廻すジェスチャーを取った。

 

「りょ…ハイ、了解です」

 

 何も変わっていない気がしなくも無いが、今はこんな所だろうなと思いアムロは苦笑を洩らした。
 この作戦が終わったら望遠鏡でも買ってみるかなと思いながら。

 
 

 今は、これでいい。他者の事も。そして、自分の事も。