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Sin-Jule-IF_101氏_第10話

Last-modified: 2007-12-28 (金) 03:27:24

「……どうだ?」

 

 医務室の入り口で待ち構えていたイザークの問いに、出てきたばかりのシホは小さく
被りを振った。
 ミネルバ撃墜の報はザフトを震撼させる出来事だった。旗艦として名を馳せるに相応
しい活躍をしていただけに、士気に与える影響もまた殊更のものだ。近く合流する手は
ずだったジュール隊も、その例に漏れずにいた。中でもシンの受けた衝撃は一際大きい。
誓い合った友との再開が、目前にして潰されたのだ。
 生き残った唯一のパイロットは、今は心折られ、医務室に篭りきりでいるらしい。同
性ならば相談に乗ってやれるのではないかと考えたが、考えは甘かったらしい。絶望的
なまでの“敗北”は、ルナマリア・ホークに根付いている。

 

「生きていただけマシ、とは言ってやれんか」
「逆効果でしょうね。私では」

 

 常勝のジュール隊であるシホは視線を落とす。

 

「隊長、シホさん」

 

 横からかけられた声に、イザークたちは同時に視線を移した。そこにいたのはシンだ。
げっそりとした風貌に、シホは心配そうに声をかける。

 

「大丈夫なの?」
「俺はその、耐性、ありますから」

 

 言いながら、シンの口調は暗い。言葉では平気に振舞おうとするものの、様子は明ら
かにまいっていた。目の周りにはくっきりとクマが居座り、元々白かった肌はさらに青
白い。食事も睡眠も不十分なのが、素人目に見てもはっきりと解る状態だった。それで
も立っていられているのは、日々の鍛錬の賜物だろうか。

 

「ルナマリア・ホークについては聞いているか」
「ええ。メイリンに、ルナの妹に会いました」

 

 それだけを聞き、イザークは医務室の前を去る。少し間を空けてから、シホもシンに
短く激励の言葉を送りそこを離れた。
 二人の背を見送り、シンは一度息を呑む。扉一枚隔てた先にいる友は、果たして自分
を保っていられているのだろうか。オーブで全てを失い、自暴自棄になった時、手を差
し伸べてくれた人がシンにはいた。プラントで一匹狼だった時、明るい笑顔を向けてく
れる人がいた。
 今度は、自分がそうならねばならない。覚悟を決め、シンは扉を開けた。

 

 イザークはシホと離れ、一人になったところで――、
 拳を、思い切り壁に叩きつけた。

 

 

 シンは、入るなり言葉を失った。ルナマリアの瞳はシンの方向を向いてはいたが、そ
れが映しているのは虚空だけだ。最初に話す言葉をいくつもシンは考えてきたが、その
様子を目にした瞬間、全てが粉々に砕け散る。外傷はないが、何かが欠け落ちている、
目の前の赤髪の少女から、シンはそんな印象を感じ取った。
 ここにあるのは精巧な人形なのではないか、そう思った直後、ルナマリアの口が小さ
く動く。

 

「ああ、シン、か」

 

 瞳に感情は点ったが、口の動き、言葉、語調、全てがどこかぼんやりしている。喉は
何かがつっかえたように重いが、沈黙してはいけないとシンは思う。
 できるだけ、優しい口調で彼は応えた。

 

「ああ、俺だよ、ルナ」
「ねえシン、わからないことがあるの。シンなら答えてくれるわよね?」
「ああ。俺に解ることなら」

 

 シンは腹に力を込めて声を捻り出す。胃がきりきりと痛む気がした。

 

「あいつ、アウルは、助かったのよね?」
「ルナ?」
「ねえ、答えてよ! ハイネが死んで! レイも死んで!」

 

 医務室だというのにも構わず、ルナマリアは喚き出す。
 最初こそ困惑したシンだが、そこで理解する。最初に消沈していたように見えたのは、
彼女が自らの感情を塞き止めるためにそうしていたことだった。気を許す友に出会えた
ことで今、それは決壊した。

 

「あたしは、何もできなくて……!」

 

 ぼろぼろと涙をこぼしながら声を絞り出す様子に、シンはただ立ち尽くす。納得させ
る答えを以て諭せるほど経験豊かでもなければ、間に合わせの答えを言えるほど器用で
もない。口を開きかけてはつぐむ、ルナマリアの言葉を聞きながら、言葉の切れ目でシ
ンは何度もそれを繰り返した。

 

「みんないなくなったのに、なんであいつはッ!」
「ルナ!」

 

 その言葉は最後まで言わせてはいけない。直感的に、シンは思わず叫んだ。シンの睨
むような強い視線に、ルナマリアはびくりと言葉を切る。

 

「そういうことは、言っちゃだめだ。ぜったいに」
「シ、ン?」

 

 親が子供を諭すように、シンは優しく少女の身体を抱き締める。
 そして、耳元で小さく付け足した。

 

「俺は、絶対に死なないから」

 

 

 ザフトは大打撃を受けたばかりだが、当然敵は待ってはくれない。むしろ好機とばか
りに大軍が送り込まれた。連合の大規模な侵攻は、ヨーロッパに属する地域に始まり、
東のロシアへ向かっていた。
 空をいくつもの機影が舞い、地を巨大な影が駆ける。大量のウィンダムとザムザザー、
ゲルズゲーが侵略せんとばかりに地空を埋め尽くし、楯突く全てを飲み込んでいく。

 

 ザフトの地球戦力はほぼ連合の迎撃に集中されていた。その陣頭をとるのはイザーク
率いるジュール隊だ。ザウートやガズウートといった機体までが駆り出され、総力を尽
くすべく戦列に並ぶ。
 総力戦の先陣は、彼にとっては心地よい場所だった。
 迫る敵を次々に切り裂き、撃ち抜く。ヴェルデバスター、青紫のザクウォーリアらが
肩を並べ、各々の武器を振るう。
 戦力の総数、士気の低下、不利な要因は多数に存在していた。瞬く間に数多くの味方
が倒れていく。気を緩めれば、いかなるエースパイロットとはいえ敵にいつ落とされて
もおかしくはない。

 

「ほんっと変わらねえな! 数だけは多いぜ!」
「この程度で疲れたか? 鈍ったなディアッカ!」

 

 スティレットが敵を粉砕し、ミサイルポッドの砲撃が次々に撃ち抜く。
 戦いながら、イザークは腑に落ちない点を感じていた。ウィンダムやダガーLとて決
して戦力外などではないが、あっけなさ過ぎる。敵も力を注いだというのならば、最大
戦力を前線に配備していておかしくはない。
 戦っていて、セカンドステージのMSの姿が全く見えないのだ。ザフト新鋭の機体群
が撃墜されたという報は聞いた覚えがない。敵の手中にあるのならば、それを出さない
訳が必ずある。大軍にまぎれた伏兵か、と頭をよぎったが、すぐにその考えはかなぐり
捨てた。セカンドステージは目立ちすぎる。姿がなければ、それだけで相手に今の自分
と同じ疑念を与える。それでは伏兵の意味がない。

 

 カオスが上空を直進する。
 突然のことに驚き、数機のディンが瞬時に撃墜された。空中で戦っていたフォースイ
ンパルスが迎撃にあたり、切り結ぶ。

 

「カオス! スティングってヤツか!?」

 

 敵の攻撃を受けながら、シンは接触の際に呼びかける。サブモニターに現れたのは、
写真で見た緑髪の青年ではなく、悪趣味なヘルメット型の仮面だった。

 

『残念だったなボウズ! スティングのヤツならここにはおらんよッ!』

 

 特殊兵装ポッドを備えるカオスの火力は、フォースインパルスのそれを上回る。シン
は距離をとられないよう、積極的に切り結びにかかった

 

「誰だよアンタ! 紛らわしい真似するんじゃないッ!」

 

 

 シンは連合の兵士だった人間たちとの邂逅を思い出していた。スウェンやアウル、彼
らもまた、連合の闇の部分による被害者だ。自らの意思と関係なく戦場に立たされ、否
応無しに命の遣り取りを強要されていた。
 敵の中にはそういった連中も数多くいるのかもしれない。出撃の前に思ったが、下手
な同情は命取りだとすぐに生まれたばかりの感情を切り捨てた。

 

 あの時シンが最初にスウェンにした質問は、なぜコーディネーターの自分と話すつも
りになったのかということだった。寡黙な彼は言葉少なに答える。理由はシンがプラン
ト出身のものではないから、といったものだった。どうやらセレーネから聞いたらしい。
 セレーネの“監視”の下だったが、シンはスウェンに身の上を告白した。生き延びる
ためには仕方なかったこと、何も出来ない自分ではなくなりたかったこと、それらを聞
くと、スウェンもシンを信用した。自分と似ているようで全く違う人生が、彼にとって
眩しく見えたのかもしれない。

 

 アウルと出会ったのはミネルバクルーが保護された基地でのことだった。レイの親友
だったと名乗ると、即座に拳が飛んできた。続けざまになんで助けに来なかったんだと
怒鳴られる、強烈な出会いだった。
 今、彼はミネルバクルーと同じく基地で療養を受けている。その彼と何度か話す中で
エクステンデッドの悲劇の一端を聞いた。

 

「覚えてない?」
「そ。僕らさ、いらない記憶ってのはどんどん消されてくんだよ。たぶんレイと前にも
会ったことがあったんだろうな。そんなこと言ってたし」
「でも、そんなことって」
「仕方ないだろ? そうでもないと最新MSなんか任せないって。こんなガキにさ」

 

 最後は自嘲気味な呟きだった。もしかしたら、彼は自分が戦う理由すら覚えていない
のかもしれない。シンがプラントに渡ったのは不本意なことだったが、ザフトに入隊し
たのは自らの意思だ。

 

 他のウィンダムやダガーLらは周りの味方に任せ、シンはカオスとの戦いに意識を集
中する。カオスのパイロットはシンの苦手な距離や位置を瞬時に読み取り、そこを何度
も突こうとする。片手間に戦って勝てる相手ではない。
 フォースシルエットは汎用性に優れるが、逆に癖のない武装が多い。敵を見切るよう
な技量を持つ相手に対しては相性が悪い。かといってブラストやソードでは猛禽のごと
く飛来するカオスの機動力には対抗できない。

 

「でも、俺はッ!」

 

 脳内で何かが弾けるイメージとともに、シンの反応速度が急上昇する。エネルギーの
大量消費を気にするのを止め、シンはインパルスのブースターを噴かす。不意を突かれ
たカオスは斬りつけられ、地表へと落ちていった。

 

「アンタなんかに躓いてられないんだ……!」

 

 シンは肩を大きく揺らし深呼吸する。直後、周りのディンたちが収束された光に薙ぎ
払われた。
 シンは光の放たれた方向を見た。視線の先の姿は、他のMSを踏み潰すほどにさらに
大きい。漆黒の巨人デストロイが、その姿を現した。

 

 

 焼けた空気が一瞬にして静まり、凍てつく。出鱈目な広がりを見せていた戦線は、そ
の瞬間だけは動きを止めていた。敵も味方もない瞬間の中、GFAS−X1――デスト
ロイと名付けられた破壊の権化は頭部の口部分から巨大なエネルギーを放射した。
 五十メートルをゆうに超える“それ”は人を乗せる通常のMSさえも小人に見せる。
空を制するバビやディンが爆弾を落とし、鉄の雨を降らせた。地を駆けるバクゥHが飛
び掛り、ザクがビームを次々に打ち込み、グフが隙間を縫って鞭を振るう。戦艦とて無
事には済まない砲火の中、デストロイは虫でも払うかのようにのっそりと腕を動かした。
その指先から光が放たれるたび、MSが撃ち抜かれ爆風が飛ぶ。
 撃てども巨兵は倒れず、逆に巨兵はただの一薙ぎでいくつもの命を奪った。漆黒にし
て強大なその姿は、さながら、

 

「悪魔だ……」

 

 誰ともなく呟いたその一言が、水面に落とした雫のごとく全体に広がる。いくらコー
ディネーターが優性の種であろうとも、ヒトの身であることには変わらない。ただの一
言が抑制されていた恐怖を業火のごとく燃え上がらせ、銃を持つつわものに次々に怯え
を抱かせた。
 デストロイは進行方向を逆に変えたバクゥを踏み潰し、ザフトのMS群へとゆっくり
と進む。背部に背負った円盤からはミサイルの嵐が吹きすさび、胸部の三門の砲口はM
Sを消し飛ばす大口径ビーム砲を放出した。

 

「くそッ! 貴様ら、怯むなッ!」

 

 リトラクタブルビームガンの連射を浴びせながら、イザークは引け腰の味方に対し腹
の底から怒号を飛ばした。恐れられてはいるが、敵がMS、もしくはMAであることに
違いはない。ヒトの創り出したモノならば、他のMSでも条件は同じだ。
 ヴェルデバスターの強力な砲撃が援護し、装備をガナーに切り替えたザクウォーリア
のオルトロスがそれに続いた。小山が倒れる気配など一向にないが、ジュール隊の勇士
は隊長の闘志を他の誰よりも理解していた。
 地にいるジュール隊の面々はデストロイの両の足に狙いを定めた。その巨体ゆえに、
脚を崩せばデストロイは自重で自滅する。下手に飛び上がってコクピットがあるであろ
う胸部を狙っても、三門のビーム砲の格好の的になるしかない。超重量を支えているだ
けに強度も高いであろうが、脚を狙うのがもっとも効果的だとイザークは判断した。

 

 シンは上空でウィンダムの相手をしながらデストロイの猛攻を観察していた。火力ば
かりに目が行きがちだったが、距離を置くと一つの事実に気付く。

 

「あいつ、足元が見えてないのか!?」

 

 逃げ切れないMSは踏み潰されているが、他の被害は火力によるものばかりだった。
胸や頭部の兵器群は威力こそ大きいが、構造的にそれが足元に向くことは無い。
 サイズの格差は戦う相手に脅威をもたらすが、同時に弱点も生み出している。シンは
即座にイザークたちに通信を繋いだ。

 

「そうか。貴様にしては上出来だ」

 

 サブモニタの先のイザークは不敵に笑った。勇猛なる三機のMSが、デストロイに向
けて突進する。

 

 

 地を駆けるガイアのコクピットから、スティング・オークレーは舌を打った。視線の
先にあるのはもともと彼の愛機だったカオスの残骸だ。逃げ惑うザフトのMSの間を縫
い、装甲を灰色に染めたそれに向かって駆け抜ける。

 

「何やってんだよテメェは」
「おお、スティングか。助かった」

 

 亀裂の入った仮面から飛び出した声は、戦場の真っ只中だというのにのんびりしてい
た。スティングはもう一度舌を打ち、鋼の四足獣の背にカオスを乗せる。

 

「すまんな、手間をかける」
「人の死んだシートになんか座りたくねえだけだ」

 

 ぶっきらぼうに言い放ち、ガイアは元来た道を戻った。セカンドステージが戦線を離
れるのは好ましいことではないが、デストロイに任せておけば大丈夫だろうとスティン
グは判断する。中には逃走するガイアを狙うMSもいたが、ガイアはビームブレイドを
振るい、それらを退けた。
 撤退など彼の望むところではない。戦況が優勢に傾こうとしている状態では尚更だ。
 何かが足りない。欠け落ちている。それが埋まっているならば、カオスを貸してやる
こともなかった。募る違和感は、スティングをさらに苛立たせる。
 その苛立ちを全てぶつけられるような、強い敵が欲しかった。

 

 シンは逃げ回りながらも、少しずつ敵を散らしていた。できるだけウィンダムに近い
距離に位置し、デストロイからの攻撃を抑制する。敵を引き連れては巨大な頭に射撃を
見舞い、攻撃のチャージが始まると見れば踵を返し敵陣に突っ込む。敵を苛立たせ、デ
ストロイの意識をインパルスに向けさせるのがシンの狙いだった。
 雨あられと降り注ぐミサイルは回避とPS装甲で十分にカバーでき、口や胸、指先か
らのビームは前動作と口径が大きいゆえに射角を見切りやすい。命懸けではあるが、自
分ならばやれるとシンは確信していた。

 

「……おまえ、うるさいッ!」

 

 デストロイが腕を前方に向けた。両の腕が飛び、片方がインパルスを追う。

 

「なんだよそれッ!」

 

 予想外の反撃に、シンはインパルスのスラスターの出力を更に上げた。ウィンダムを
巻き込むことを厭わず、飛行する手先はビームを乱射する。
 逃げるシンが次に気付いたのは突撃したイザークたちのことだ。オールレンジの攻撃
が可能ならば足元すら死角ではない。

 

「隊長! こいつ、ドラグーンを!」

 

 繋がってるかも確かめず、シンはモニターに向かって叫んだ。
 刹那、戦線とはまったく別の方向から五色の光の束が奔る。天よりの一撃が悪魔の手
を撃ち落し、それを放った一機のMSは、仄暗い天空で青き翼を広げた。

 

『こちらフリーダム! これよりザフトを援護します!』

 

 

「援護だと!? 貴様、どういうことだ!」

 

 イザークは、ザフトに友軍信号を発信するフリーダムに向けて真っ先に叫んだ。助け
られながらも居丈高な態度にディアッカは苦笑し、並ぶシホは怪訝な表情を浮かべた。
 耳をつんざくようながなり声にも表情を崩さず、最強のパイロットであるキラ・ヤマ
トは静かに言い放った。

 

「説明はあとでします。――ここは僕に任せて」

 

 言い切った時が、フリーダムの猛攻の始まりだった。
 擦れ違うダガーLやウィンダムの翼や腕を次々に切り裂き、銃口を向けたゲルズゲー
は手足を撃たれ動きを封じられ、ザムザザーはMSさえも掴むクローと砲門を潰された。
 フリーダムの攻撃は急所だけをあえて外していた。圧倒的な力量差を見せ付けるよう
な戦い方は、全ての敵の戦意を奪う。一度は萎えかけたザフトの士気は、青い双翼の羽
ばたきによって再び蘇った。
 鮮やかささえ思わせる手腕に、シンは口をぽかんと開けて見入る。いくら無限の動力
をもつフリーダムとはいえ、その手管は自分には無いものだ。スターゲイザーに搭乗し
たときを思い返すが、天災のごとく通り道の障害物を全て薙ぎ払うような速さはどう足
掻いても出せなかった。
 フリーダムがデストロイに向かうのを見、ようやくシンは意識を戻す。俊敏さの一点
ではフリーダムが勝っているが、装甲や火力の面で明らかにデストロイはフリーダムを
上回っている。たとえ最強のMSとパイロットといえど、あの巨大なMS相手では意識
を集中せざるを得ないだろう。

 

 ――即ち、背を撃つことも難しくは無い。

 

 即座にシンは自身の脳裏に浮かんだ邪な考えを捨てるべく頭を振った。ザフトの友軍
として援護をすると現れた者を撃つなど、外道以外の何者でもない。フリーダムとてヤ
キンの戦いを生きて勝った猛者だ。ここで落ちるはずが無い。
 つけるべき決着は、後でいい。
 舌なめずりをする復讐心に、シンは一度蓋をした。
 軍人として、速やかな手順で通信をセットする。インパルスをフリーダムと同じ方向
に向け、デストロイへと照準を合わせた。

 

 

 向かってくる二機のGに向け、デストロイの怒号が再び響いた。
 片手を失ってはいたが、その火力自体が大きく失われたわけではない。熱源から降り
注ぐ光は未だ健在であり、ミサイルはフェイズシフト越しに機体に衝撃を与えてくる。
巻き添えを恐れたためか、ウィンダムやダガーLの姿はインパルスの周囲から消えてい
た。
 先に立つフリーダムに追いつかんとするところで、シンは一つ失念していたことを思
い出す。ほぼ無限に稼動し続けるフリーダムとは違い、インパルスのデュートリオンは
有限のエネルギーだ。その残量を確認し、シンは唇を噛む。
 無駄な動きを織り交ぜれば、その分だけ戦える時間は磨り減っていく。デュートリオ
ンビームを受けるには、一度戦線を立ち退かねばならない。最強の機体がいるとはいえ、
戦線を任せるなど言語道断だ。
 今や攻撃はおろか、回避の運動すら制限されている。迷う時間など無く、失敗は許さ
れない。それを強く精神に叩き込んだシンは、自分のすべきことだけを考えることにし
た。
 インパルスの通信先は二つある。シンはそのうちの一つを再び起動させる。

 

「隊長、あいつの注意を引き付けられますか」

 

 何事かと思ったイザークだったが、シンの視線から意思を汲み取る。短く一拍だけ間
を置き、インパルスを駆るエースへと涼やかに言い放った。

 

「当然だ。貴様は俺を誰だと思っている」

 

 僅かに笑って短く返事をし、シンは一つ目の通信を切った。
 ブルデュエルもこれまでの戦闘で被害を受けてはいたが、追加装甲フォルテストラに
よって増強された耐久力は折り紙つきだ。加えて乗り手が一流なれば、ウスノロの攻撃
などに貫かれることなどありはしない。懸念はすぐに消去された。
 一丸となっていたヴェルデバスター、ザクウォーリアらが散開しているのだけを確認
し、インパルスはさらに飛翔した。立ち向かう仲間への篝火のごとく、三機のMSはエ
ネルギーを使い尽くさんとばかりに射撃の嵐を浴びせる。

 

 格好をつけるのはやめた。
 自分はまだ挑戦者だ。たった一人で最強のフリーダムに並び立つなどできようはずが
ない。
 少しだけ気を楽に持てたことを自覚し、もう一つの通信先に繋いだ。
 インパルスはセカンドステージの機体だ。局所的な力ならば、フリーダムすら凌ぐ。

 

「インパルスの、ソードシルエットを!」

 

 

 デストロイを操るステラ・ルーシェは困惑した。玩具のように蹴散らされていくザフ
トのMSの中で、抵抗を始めるものが次第に現れ始めていた。強大な力に任せた砲火を
浴びせても小さな抵抗は消えることなく、むしろ次々に続いていく。
 最初は、それが青い羽根のMSが戦闘に加わってからだと思った。暴れる駄々っ子の
ようにデストロイは大地の敵を薙ぎ払うが、敵は後からどんどん湧いてくる。通じるは
ずの無い攻撃を繰り返し、無駄にじたばたともがく。
 続く困惑は、いつの間にか別の感情に変わっていた。とらえようの無い不気味さが、
背骨を固定したかのように掴んで離さない。
 ぞわぞわとした感覚に囚われ、ステラはさらにデストロイのパワーを引き上げた。

 

「おまえたちがいるから、ネオはッ!」

 

 数分前のカオスの撃墜を思い出し、鋼鉄の津波に向けてツォーンを放つ。一瞬で消え
去る多くの命の後ろから、さらに銃弾は飛んできた。
 払い落とそうにも、すでにその腕は無い。際限なく続いてくる敵に向けて、吼えるし
かできることはない。仄暗い深海に沈んだ心のままに、ステラは暴れた。

 

「これって……?」

 

 シンは大地に広がる多くのMSの陣に我を忘れそうになった。一度はデストロイの脅
威の前に逃げ散ろうとした仲間たちが、今再び強大な敵に立ち向かおうとしている。
 これはフリーダムの降臨による士気の高揚かとシンは思う。間を置かず、それは違う
のだと理解した。

 

『ジュール隊に続けぇッ!』
『若造の部隊に後れをとるなッ!』
『我らザフトの意地を見せてやれ!』

 

 ノイズ交じりに聞こえてくる声は、明らかにジュール隊に鼓舞されたものだ。デスト
ロイの矢面に立ってインパルスの囮となる蛮勇が、他の部隊を刺激していた。もはや本
格的に撃墜は許されない。呆けた表情を引き締め、後方から飛来するソードシルエット
を受け止める。
 換装はせずにビームサーベルを捨て、エクスカリバーだけを引き抜いた。大剣の刃に
光が点る。攻撃の隙間を縫って反撃するフリーダムのような神業はできようはずがない。
 少ないエネルギーでできることは、一つだ。

 

「信じてるからな……、もってくれよ!」

 

 左腕の盾を前面に構え、インパルスは突撃した。
 デストロイは厄介に飛び回るフリーダムや足元からの足掻きに集中していた。インパ
ルスの決死の一撃は不意を突き、デストロイの装甲を突き破る。

 

 剣を根元まで突き刺したところで、インパルスの装甲は灰に染まった。

 

 

 周囲は静寂に包まれていたが、そこは暑かった。コクピット内の温度の上昇は、ほん
の少し息苦しさを伴っていた。そんな中、シンは意識を取り戻す。すぐに様子を探れば、
騒音も物騒な攻撃もない。
 既に戦闘は終了していた。それを思った瞬間、全身から水分が噴き出る。呼吸は荒く
なり、鼓動が激化した。
 インパルスのシートに着いたままであることから、さほど時間は経っていないことを
理解する。

 

「そうか、俺……」

 

 気だるげに言ったところで、機体がぐらりと大きく揺れた。右腕を突き出した格好の
まま、インパルスは停止している。不安定この上ない状況を慌てて修正しようとするが、
既にエネルギーは底をついていた。
 セカンドステージ専属パイロットであるエースは、大金星の直後に情けない通信をす
るハメになった。

 
 

「なんだと!? あのデカブツはもぬけの殻だと言うのか!」

 

 戦後の報告を聞き、イザークは机を叩いた。無事な部隊がデストロイを探った結果、
コクピットがあったであろう部分にぽっかりと空洞が生まれていた。エクスカリバーが
潰したのかとも思われたが、どんな精密な剣技であろうと綺麗に一箇所だけ抜け落とす
ということは考えにくい。出された結論は、何かしらの脱出システムを用いパイロット
は逃亡したというものだ。

 

「落ち着けって。MSの方はもう倒したんだぜ?」
「ずいぶん楽天的ね。使えるパイロットがいればそれは脅威でしょう?」
「あんなの何度も出てきてたまるかよ……」

 

 二人の副官の意見は分かれていた。片や楽観視し、片や未だ脅威は取り払われていな
いと主張する。
 撃墜されたと思われたカオスや、ガイアの姿も見えなかった。多くのウィンダムやダ
ガー系列のMS、巨大なMA群も途中から姿を消していた。仮にディアッカの言う通り
に巨大MSがもう存在していないとしても、まだ脅威は残っている。
 正式な命令が下るまでは下手に動くことも出来ないが、憂いが残っているというのも
事実だった。
 奥歯を噛み締め、イザークは握力の許す限り固く拳を握った。悔恨を孕んだ感情を押
し殺し、隊長として短く言い切る。

 

「――とりあえずは待機だ」

 

 本音は全くの逆だった。
 許されているならば、すぐにでも追撃に向かいたいところだ。

 
 

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