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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第27話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:09:05

 その日、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの議長室に、ロ
ッシェ・ナトゥーノが尋ねてきたのは正午を少ししすぎた辺りだった。多忙を
極めるデュランダルは、一日の前半をザフト軍本部における軍務、後半を最高
評議会での政務に当てており、昼食をその境目にしている。
 デュランダルがロッシェと面会するにわざわざこの時間を選んだのは、激化
する戦争と、それに伴う仕事量の増加から、昼食時の僅かな時間でもないと人
と会うことすら侭ならぬ状態であった、といってもいいだろう。
 もっとも、この日の昼食は双方共にあまり気分の良い物ではなかった。
「ミネルバがガルナハン基地を攻略したという報告は君も聞いていると思うが、
あれは想像以上の効果を見せていてね。何せ、インド洋の時とは違い、制式に
稼働中の基地を陥落させたという事実は、軍事的、政治的にも意味合いは大き
い」
 デュランダルはガルナハン基地を攻略したことで、市民感情が悪い方向で熱
を帯びていることを感じざるを得なかった。彼にとっても予想外のことではあ
ったが、これまでにザフト軍は勝ち続けている。この戦争でザフトは、明確に
負けたことが一度もない。小競り合い程度ならともかく、大きな戦いでは勝ち
っ放しと言って良い状態なのだ。
 これでは市民が『ザフトの強さ』を熱狂的に考えるのも無理はない。元々、
ナチュラルより自分たちが優れているという優越感も相俟って、市民は既にこ
の戦争に勝った気でいるのだ。しかも、これは仕方のないこととはいえ、ミネ
ルバ単艦による軍事行動の結果が大々的に報道されるため、勝利とは如何に容
易い物なのかと、市民が錯覚を起こしているのだ。血の滲む努力をしているミ
ネルバクルーが聞けば、怒りを通り越して呆れかえるだろう。
「しかし、議会でも戦争拡大論は日に日に強まってはいるんだ。身内の恥をさ
らすようだが、今の最高評議会は先の和平総会襲撃事件の際に入れ替わりでそ
の地位に付いた連中が多くてね。戦争に勝てば、そのポストに居続けることが
出来ると思ってるのか、見栄えの良い軍事的勝利を欲しているんだ」
 特に委員長クラスの人材は、議長とその他数名を除けばほとんど代理、代役
という形で入れ替わった。そんな彼らにしてみれば、おこぼれに近いとはいえ、
巡ってきたチャンスを物にしたいのだろう。
「さて……私の愚痴はこれぐらいにしようか。ロッシェ、あまり食が進んでい
ないところをみると、君の用件はかなり深刻らしいな?」
 仔牛肉のステーキをメインとした昼食は、庶民には考えも付かないような豪
勢な物であったが、デュランダルの指摘通り、ロッシェは口に運ぼうとしない。
「議長、私が今日あなたに面会を求めたのは、私個人の問題についてではあり
ません」
「ほう、すると誰か別の人間についてかね?」
 デュランダルの視線が、ロッシェの心を探ろうと光る。
「我が大切な友人にして、議長にとっても必要であろう人物、ミーア・キャン
ベルについてです」
「あぁ、『ラクス・クライン』のことか」
 無意識にその名を訂正するデュランダル。彼にとってミーアはラクスなのだ。
「彼女がどうかしたのか? いや、そうか、君の言いたい事というのは、詰ま
るところあの件のことだな?」
 ロッシェはそんなデュランダルに厳しい表情を作りながら、口を開く。
「えぇ、彼女の地球ザフト地上軍への慰問についてです」

          第27話「歌姫の騎士」

「地球にいるザフトへの慰問?」
 泣き崩れるミーアを宥め、応接間にて応対したロッシェは、彼女の取り乱し
ようと、その意外な理由を知って驚いた。
「今日マネージャーから言われたわ……評議会の決定で、あたし、地球に行く
ことになったの」
 地球といえば、現在最も戦闘の激しい場所であり、最大の戦場とされている
場所だ。そんな場所へ、しかも地上ザフト軍基地への慰問が決定したというの
だ。
「馬鹿な、君は平和を歌う、謂わば反戦主義のシンボルだろう? 今までだっ
て、ずっと和平についてと、戦争の終結を説いていたではないか。それがどう
して、軍隊向けのアピールをするんだ?」
 ミーア、つまりラクスの役割とは戦争推奨ではない。彼女は、むしろ戦争拡
大論や主戦派の激発を市民レベルで抑えるための抑制剤であり、何をどうした
って軍事行動の活性化のために存在しない。
 しかし、ミーアの話では連日勝利を重ねるザフトの軍士気を高めるため、謂
わば一種の高揚剤として、評議会はラクスの地上ザフト軍への慰問を決定した
という。確かにラクスは軍内部でも人気が高いアイドルではあるが……
「ロッシェ、あたし、怖い。怖いのよ、地球が」
 以前、ロッシェも聞いた話だが、ミーアはナチュラルに対して強い恐怖心を
抱いている。彼女のように遺伝子的優劣において、何ら優れた物が見いだせな
いコーディネイターにとって、ナチュラルは野蛮極まりない存在として認識さ
れており、その巣窟とも言える地球になど、行けるわけもなかった。
 だが、ミーアは自分の行動に、ラクスとしての自分に決定権が存在しないこ
とを知っていた。彼女の行動を決めるのは評議会であり、彼女は所詮評議会の
広告塔の一つでしかない。判っていて、知ってそれを望んだはずではあるが、
いざこのような事態になると、年端もいかない少女である、重圧に恐怖に押し
つぶされそうになってしまったのだ。
「そういうとか……」
「ねぇ、ロッシェ、あたしどうしたらいい? どうしたらいいと思う?」
 僅かな可能性ではあるが、何だかんだと理由を付けて地球行きを取りやめに
することは出来るかもしれない。だが、精神的にいっぱいいっぱいの彼女には
それを考えられなかったし、そもそも自らの恐怖心だけを理由に断っていいも
のかとも、少しだけではあるが考えていたのだ。
「身の安全は、ちゃんと保証されているんだろう?」
「それは……まあ、回るところは比較的安全なディオキア基地とか、ジブラル
タル基地だって話だけど」
 それでも絶対と言うことはないだろう。最高評議会はザフトから、ミーア専
属にで護衛を付けることを検討しているようだが、ミーアは信頼も信用も出来
そうになかった。
「護衛か……それはもう決まってるのか?」
「えっ、まだだって聞いたけど」
 恐らく白兵戦技と要人護衛の能力が高い人間が選出されるのだろうが、まだ
決まってはいない。ロッシェはそれを聞くと、数秒ほど考え、ミーアに言った。
「明日、議長に会うことにしよう」

 ロッシェがデュランダルに面会を求めたのは、こうした背景が合ってのこと
だったが、デュランダルとしてもそれはある程度予想していたようだった。
「議長、彼女は確かに戦争という一つの外交手段においては便利な道具かもし
れない。しかし、今回の件は違うでしょう。明らかに役割が違う」
「君の言いたいことは判るがねロッシェ、人の役割、役目というのはその都度
変わっていくものなんだよ。彼女の影響力というのは何も市民だけに効果的な
分けじゃないんだ」
「だが、軍人対して慰問を行うというのは、それまでの彼女を行動を、反戦・
和平派としての立場を自ら否定することになってしまう。それでもいいのです
か?」
「別に軍部に政治的協力をすること自体は否定対象にはならないはずだ。ラク
ス・クラインは人の命を尊ぶという『設定』があるわけだし、彼女が戦地にあ
る兵士の元に赴き平和を訴えって悪いということはないはずだ」
「軍隊とは所詮暴力的な存在、殺人者の組織ですよ」
デュランダルはロッシェとの口論にやりにくさを感じていた。結局の所、ど
んな言葉を並べたところで、最高評議会はラクス・クラインという存在を都合
のいい広告塔としか考えていないのだ。市民に対しては激化する感情を抑える
鎮静剤とし、軍部に対しては士気を高めるための高揚剤とする。カリスマ的ア
イドル性を持ったラクスだからこそ出来るのだ。
「ロッシェ、ザフト軍は何も支配者ではない。地球にいるナチュラルは、時に
そう思うかも知れないが、私としてはむしろ解放者としての軍隊を目指してい
る。地球で権力者と市民が対立する中、我々ザフト軍は市民の味方をする。そ
れが間違ったことだろうか?」
「議長、私は何もザフト軍その者が悪いなどと言ってはいないのです。ただ、
プラント全体で主戦論、戦争拡大論が広がる中、誰も平和について訴えなくな
るのはおかしいといっているのです」
 ここでラクスという存在までも主戦派に傾けば、それこそプラントは戦争を
止めることが出来なくなるだろう。ラクスの存在意義は先にも言ったとおりそ
の影響力であり、例え市民全体が戦争推奨派になっても彼女が一言平和につい
て語れば市民は耳を貸す、そういう存在なのだ。
「では、どうしろというのだ? 地球行きをキャンセルしろと? そんなこと
は今更出来ない。小さいながらもこれは最高評議会で可決された案件の一つな
のだから」
「どうしても送りますか、彼女を地球に」
「身の安全はザフトが全力を挙げて守る。今だって腕利きの護衛を選出してい
る」
「……護衛ですか」
 ロッシェは少し思案顔を作ると、デュランダルに向き直った。
「議長、その件で一つお願いがあるのですが」
 止められないならば、他にもやりようはある。ロッシェは、デュランダルに
ある提案をした。

 ジュール隊隊長、イザーク・ジュールを嫉妬深い性格の持ち主と評する者は
これまでにも数多く存在し、これからも存在し続けるであろう。彼は自信家で
プライドの高い人物であったが、そうさせるだけの確かな実力と実績を兼ね備
えていた。
 イザークの強い自尊心は、常に誰かに対して対抗意識を燃やすものであり、
その相手とは大抵彼より優れた者であった。アカデミー時代ならば彼より席次
が上だったアスラン・ザラ、入隊したザフト軍では彼と激闘を繰り広げた連合
軍のキラ・ヤマト、彼にとって対抗者とは自分の上にいる存在であり、彼はそ
れを目指してひたすら努力を重ねるのだ。こうした高見を目指すイザークの性
格は、賛否あれど概ね受け入れられていた。
 短気ではあるが意地の悪い性格ではないため部下にも慕われていたし、実力
がともなってこその彼の評判は良かった。
 で、あるからこそ、ラクス・クラインによるザフト地上軍への慰問が決定し
つつあるとの噂がザフト軍内部で広まったとき、彼女の護衛役となるのはイザ
ーク・ジュールに間違いないと囁かれるのも無理はなかった。ラクスの要人と
しての価値は、プラント最高評議会議長に匹敵すると言われており、それを守
るのは、当然ザフト軍の実力者であるとされたのだ。そしてイザークはこの当
時、ハイネ、アスランに次ぐザフト軍のエースであり、英雄に後一歩の位置に
いる男と言われるほどだった。
「しかし、モビルスーツパイロットとしての実力が英雄クラスでも、白兵戦の
戦士として優れているとは限るまい?」
「ところがどっこい、イザーク・ジュールはアカデミー時代に白兵戦でも1,2
を争う実力者だったそうだ。だから、要人警護なんてお手の物さ」
 こうした会話がザフト軍の中で繰り返される中、当のイザーク本人はという
と、正に気が気でないという状態であったという。後に、彼の次席副官であっ
たシホ・ハーネンフースが回想したところによると、
「あの時の隊長は妙にそわそわしており、まるで初恋の相手に送った恋文の返
事を待つ少年のようだった」
 と、評されている。シホがどのような気持ちでこれを書き残したのかはとも
かく、イザークが「浮かれていた」のは事実であり、彼にとってラクス・クラ
インの護衛に付くと言うことが如何に名誉で、嬉しいことだったのか計り知れ
ないであろう。
 そして遂に、国防委員会より首都アプリリウスに戻り、至急出頭せよとの通
達が舞い込んできたのだ。喜び勇んで、イザークは副官であるディアッカ・エ
ルスマンを引き連れアプリリウスへと向かった。
「イザーク、喜ぶ気持ちはわかるが、判ってるのか? 俺達はアスランが地上
にいるうちにやっておくことが山とあるんだぞ?」
 アスラン・ザラが地上へと降りている間、宇宙においてイザークとディアッ
カは忙しい毎日を送っていた。軍務の合間を縫ってはウルカヌスに赴き、サト
ーらと数々の難題に立ち向かい、少しずつではあるがそれを解決し、次へと繋
げているのだ。ただでさえ、人手不足なのに、ここでイザークまで地上に降り
たとあっては、計画の進行はかなり遅れることになるだろう。
「だが、国防本部から正式に命令を受ければ、軍人である以上、断ることは出
来ないではないか」
「そりゃそうだろうが……」
「それにこれまでの成果と経過をアスランに伝える必要もある。誰かが地上に
降りねばならんし、ならば事のついでということもある」
 言いたいことは判るが、ラクス・クラインが地上に降りたからと行ってアス
ランに会う機会があるとも限らないだろう。そう言いかけてディアッカは止め
た。これ以上は同僚の機嫌を損ねると思ったからであり、また、一応は『婚約
者』である以上、ラクスことミーアと、アスランが会う可能性だって否定は出
来なかった。

 ディアッカをともない国防委員会本部ビルに出頭したイザークは、現国防委
員長ヘルマン・グルードと面会することとなった。ヘルマンは前大戦時、パト
リック派の政治家としてザフト軍に強い影響力を持っていたが、大戦終了と共
に起こったクライン派の蜂起で一時的に失脚した。だが、その後の選挙で再選
を果たし、先の地球連合平和総会襲撃事件の際に代理として国防委員長の席に
着くこととなったのだ。主戦派の政治家ということでデュランダル議長ははじ
め、この人事を良しとしないとされていたが、他に国防委員長の大任を務めら
れる者がいなかったため、このような結果になったと言われている。
 イザークはヘルマンの次席秘書官に連れられ、彼の執務室へと案内されたが、
急遽控え室において待たされることとなった。何か、急な連絡が入ってきたら
しい。まあ、国防委員長ほどにもなればそんなことも年中あるのだろうと、こ
の時は軽く思っていた。
 だが、一時間以上待たされた挙げ句、用件が不要になったと聞かされてはイ
ザークも戸惑いを隠せなかった。
「どういうことです。自分は何か、新たな命令を下されるものと思い出頭した
のですが……?」
 申し訳なさそうな顔で謝るヘルマンに、イザークは言う。彼が欲しいのは謝
罪の言葉ではなく説明である。自分はラクスの護衛官としての任を命じられる
ためにこの場に来たはずだ。それがどうして、用件不要などということにな
る?
「君も承知の上だと思うが、近々ラクス・クラインが地上ザフト軍へと慰問に
赴くことは知っているだろう?」
「はっ、恐縮ながら自分がその任に当たると思っておりましたが……」
 言って、自分はかなり図々しいことを言っているな、とイザークは思わない
でもなかったが訂正はしなかった。ヘルマンがこの物言いを否定しなかったか
らだ。
「そうだ。国防委員会としては国家の要人である彼女に、最高品質の護衛を付
けようと思い、ザフト軍より選出をはじめた。そうして選ばれたのが君だった」
「では何故? ラクスの慰問が中止になったのですか?」
 考えられる事態といえばそれぐらいであり、そのような事情ならばイザーク
も納得せざるを得なかっただろう。
 しかし…………
「いや、今さっきデュランダル議長から緊急の連絡が入ってな。議長自ら、特
務隊の中からラクス・クラインの護衛を選出、推薦するというのだよ」
「なんですって?」
 イザークは自分の顔色が変わったであろう事に気付いたが、そんなことに気
を使っていられなかった。
「ラクスとも公私にわたって親しい者だそうで、ラクスたっての希望というこ
ともあってな。今さっき決まってしまった」

 ガクガクと膝が揺れている。動揺に立っていられない。だが、イザークは腰
に力を入れ踏ん張った。最後まで聞かねばならない。
「まあ、国防委員会としてもジュール隊ほどの部隊を使えないということには
抵抗があったから、ここは悪いが……」
「誰です」
「何?」
「誰が、ラクスの護衛官になったのですか」
 あぁ、とヘルマンはデスクの端末を操作した。護衛官の資料は先ほど送られ
てきた。知らない顔と名であったが、彼が失脚し野にいた時期に出てきた人物
であろうと勝手に推測していた。
「ロッシェ・ナトゥーノ。特務隊フェイス所属」
 言って、ヘルマンはイザークの変化に気付いた。顔がみるみる上気し、表情
に強う憤怒が現れている。
「何故です……何故、奴なのですか!」
 イザークの叫びに、その怒声とも思える声にヘルマンは圧倒された。
「自分は、モビルスーツパイロットととしても、白兵戦の戦士としても腕に確
かな覚えがあります! 特務隊だろうが、引けを取るとは思っていません!」
「だ、だが、これはラクス本人の……」
「例え本人の希望であっても、この男が彼女を守れなかったらどうするのです
か! 自分なら、彼女を命がけで守り抜く自信がある!」
 ヘルマンは、イザークがとてもプライドの高い人物である、という話を聞い
たことを思いだした。恐らく任地からわざわざ赴いてのこの仕打ちに耐えられ
ないのだろう。いや、もしかすればラクスの護衛官という名誉ある任務を横か
らかっさらわれたことで、自尊心を傷つけられたのかもしれない。
 まあ、推測などいくらでも出来るが、イザークがこの件に強い不満を持って
いることは事実である。
「わ、判った。議長にもう一度再考を打診してみよう」
 迫力に押され、ヘルマンが了承するまで長く時間が掛からなかった。前大戦
時は、タカ派として辣腕ぶりを発揮した彼も、野にいた時間に幾分か弱まった
ようだった。

 こうしたラクス・クラインこと、ミーア・キャンベルの護衛官の地位を巡っ
ての流れは、イザークとロッシェ、どちらが護衛官として優れているかを判断
するという形になった。つまり、どちらが白兵戦において強いのかを試す、と
いうことである。
「面倒だな。イザークという男、何をそんなに固執してるんだ?」
 判らない、といった風にロッシェはデュランダルに尋ねる。しかし、デュラ
ンダルもイザークの抵抗には驚いたようで、
「彼の中の何かが、ラクスの護衛官となることに絶大な意義を見出したのだろ
う」
 まさか、イザークがラクス・クラインに惚れ込んでいるなどと言うことを知
らぬ二人は、不思議そうな顔で首を傾げるばかりだった。
 そして、その判断をするときが来た。といっても、これはイザークが呼び出
されたその人のことであり、如何にイザークが強く抗議したのかが判ることだ
った。もっとも、最高評議会がこのように『くだらないこと』に時間を掛けた
くなかったというのもあるが。

「射撃の腕、狙撃犯から対象を守る空間認識能力、実戦の実力……まあ、これ
ならイザークが負けるわけないか」
 事の成り行きをあきれ顔で見つめるディアッカは、そういいながら溜息を付
いた。唯一イザークの個人的事情を知るものである。ここまで来れば、もうど
うにでもなってしまえと、多少投げやりに思っていた。
 審査員というわけではないが、判断を下すものとして、最高評議会議長ギル
バート・デュランダルと、国防委員長ヘルマン・グルード、そして護衛対象で
ある当のラクス・クラインことミーア・キャンベルが、この茶番劇の観客とな
った。
「何か凄いことになっちゃった……」
 ミーアとしては、ロッシェに決まって欲しいのだが、自分の一存ではどうに
もならない。自分がただの操り人形であることに悲観的になるが、要するにロ
ッシェが勝てばいいのだと思い直した。そして、ミーアはロッシェが勝つこと
を微塵も疑っていなかった。
 そして始まった選出試験とも言うべき内容は、意外にもいい勝負を繰り広げ
ていた。射撃の腕、とっさに物事を判断する反射神経、イザークはもちろんの
ことロッシェもかなりいい線をいっていた。
「ほぅ……」
 デュランダルはそんなロッシェの姿に眼を細めた。彼はロッシェがナチュラ
ルであることを知っている。知っているからこそ、優れたコーディネイターで
あるイザークと互角の勝負をする姿に、少なからず感銘を受けていた。同じく
事実を知るミーアは、ロッシェの姿にただただはしゃいでいる。彼女は気付い
ているのか? ただのナチュラルが、コーディネイターに等しい存在なのだと
いうことに……
 そうして流れは実戦へと向かっていった。これは単純な物で、互いに白兵戦
を演じて、強いほうが勝ち、ただそれだけである。
 イザークは銃に弾を装填したりと準備をするが、その時『おぉっ!』という
どよめきが上がった。振り向くと、何とサーベルの一つ持っただけのロッシェ
が、銃器も持たずに立っているのだ。
「これ一つで十分だ」
 目を瞑りそう断言するロッシェ。これに対して、イザークの怒りはますます
燃え上がった。
「剣で勝負か……面白い!」
 イザークは叫ぶと軍用刀を片手に飛び出した。実のところ彼は剣技にかなり
の自信があった。射撃の腕こそアスラン・ザラに劣っていたが、接近戦におい
ては常に互角、いや、幾度となく勝った経験すらある。
「貴様など、ここで斬り倒してくれる!」
「やってみるがいいさ」
 軍用刀とサーベルが激しくぶつかり合う。強度においてはどう考えても軍用
刀の方が勝っているのだが、ロッシェはイザークの突進を上手く受け流してい
た。
「ラクスの隣で、彼女の護衛をするのは俺だ! 貴様などではない!」
 私怨たっぷりに叫びながら、イザークはロッシェに斬りかかる。激しい剣戟
が繰り広げられ、イザークはロッシェを圧倒しつつあった。
「ロッシェ……」
 頑張って。そう叫びたかったミーアだが、この場でどちらかに肩入れする発
言を、ミーアは許されていなかった。不安そうに辺りを見ると、デュランダル
もヘルマンも二人の戦いに魅せられているようだった。それだけの迫力があっ
た。ただ、唯一、イザークの副官である緑色の軍服を着た青年が険しい目で二
人の戦いをみているのがミーアは気になった。
「イザークが……負ける」
 ディアッカはそう呟いた。ざっと見た限りでは、圧しているのはイザークの
方だろう。彼は激しい剣捌きをもってロッシェに迫り、ロッシェはそれを避け、
受けるのに精一杯のように見えた。
 だが、ディアッカにはロッシェがまだ余裕を持って戦っていることに気付い
ていた。単純にパワーやスピードなら、確かにイザークは強い。しかし、あの
ロッシェという男はそれ以上にとてもバランスの取れた戦い方をしている。如
何に動けば相手の攻撃を受け流しすことができるのか、その効率のいい動きを
肌で感じ取っているのだ。
 一見すれば派手に猛撃を加えるイザークが有利なように見えるこの戦いも、
いざ終わってみれば恐らくは……

「ウォォォォォォォォォォォッ!!!」
 轟き叫ぶイザークの一撃がロッシェの脳天に振り下ろされる。確実に捉えた。
訓練用の、刃のない刀ではあるが当たれば無傷ということはあるまい。しかし、
イザークは構わず振り下ろした。この金髪美形の青年を、叩きのめしたかった。
「良く吠える男だな……」
 そういうと、ロッシェはイザークの渾身の一撃をいともあっさり横に避けた。
そして、勢いと共に膝を突いたイザークの首筋に、サーベルの刃を這わせた。
誰がどう見ても、決着が付いていた。
「……殺せっ!!」
 自分が敗れた事を悟ったとき、イザークの口から漏れたのはこのような言葉
だった。だが、ロッシェは首を振ると、
「馬鹿馬鹿しい。何故、この程度のことで私がお前を殺さねばならないんだ」
 そもそもこれは、ミーアの護衛を決めるためのものであり、命を取り合う殺
し合いではないはずだ。
「今ここで殺さなければ、後悔することになるぞ」
 在り来たりな捨て台詞だったが、イザークの猛獣のような目には説得力があ
った。
「……そうか、ならばそれを楽しみにしよう。何なら、次はお前の得意とする
モビルスーツで戦いたいものだな」
 片手を上げて、ロッシェは去っていった。彼を待つ、ミーアの元へ。残され
たイザークは、膝を突き、力の限り叫んだ。

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 この瞬間、ラクス・クラインことミーア・キャンベルの地上ザフト軍への慰
問と、その護衛官としてロッシェ・ナトゥーノが選ばれたことが、正式に決定
した。