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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第33話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:10:46

 地球にいるアスラン・ザラと連絡を取るために、サトーが派遣したメンバーは、
ヨップ・フォン・アラファスという男を隊長にした面々だった。
隊長のヨップは“フォン”などと名前に付けているが、決して貴族というわけではない。
コーディネイターとして自分は高貴な存在であることを誇示するために、好んで名前に加えているのだ。
 性格は、典型的なナチュラル蔑視、コーディネイター至上主義の持ち主で、
彼がザフト軍を抜けた理由も、ナチュラルとの融和路線を図った最高評議会に
嫌気がさしたからと言われている。年齢から言えば、アスランやイザークたちよりも
歳は上なのだが、サトーに比べればまだ若い。過激な一面も持ち合わせているため、
サトーらの中では問題児でもあったのだが、彼はザフト軍では特殊部隊に所属しており、
潜入工作等が得意であったため今回の任務に選ばれた。
 命令を受けたヨップは、精力的に活動をはじめた。自分と同じく、潜入工作の
経験があるものを中心に、五人ほどの人間を選び部隊を結成し、地球に向かう準備をする。
この戦時中、地球に降りることは大変難しく、民間シャトルなどもかなりの数が規制されている。
また、ザフトを脱走、もしくは除隊した彼らが正規の手続きを行うことは不可能に近く、
地球へは密航する以外の手段がなかった。
 ヨップは、特殊部隊時代のルートを使って裏社会の商人と連絡を取り、地球へ
密航者を送っている貨物船への乗船を取り付けた。
何処の世界にも、金さえ払えばどんな仕事でもする人間はいるのだ。
 こうしたヨップの働きをサトーは感心して眺めていたが、彼には不安もあった。
性格上、ヨップが地球において軽率な行動に出るのではないかと思っていたのだ。
「今回の任務はあくまで地球にいるアスラン・ザラと連絡を取る、それだけだ」
 なので、出発前にサトーは改めて任務の確認を行った。
「ウルカヌスの現状と、プラントの状況、主に宇宙で起こったことを中心に話、
彼の意見と命令を聞いてくる。余計なことは考えず、任務遂行後は直ちに帰還することを心がけろ」
「分かっています。必ずやアスラン・ザラと接触を果たし、彼の意思を訊いて参ります」
 礼儀正しくヨップは了解したため、サトーもひとまずは安心した。
第一、軽率な行動といったところで、ヨップが地球で出来ることなどたかが知れているし、
何か問題が起こることはないだろう……
 少しは部下を信頼してやるべきだ。サトーはそう結論づけると、ヨップを送り出した。
ヨップはウルカヌスを離れ、密航船で地球へと向かっていった。航路の都合も含め、一週間程度の予定である。
 何も起こらなければいい、サトーはそう思っていた。
 だが、この人選を後日、サトーらは後悔することとなる。

             第33話「一つの出会い」

 ラクス・クラインことミーア・キャンベルは、ディオキア市内の高級ホテルに宿泊している。
彼女はVIPではあるものの、軍関係者ではないため、ディオキア基地に宿泊することは出来ないのだ。
 部屋は当然のように最上階のスイートルームで、調度品から外の景色まで、
プラントでは味わうことのない贅沢だった。
 警備の方も無論万全で、部屋の外では二十人のSPが警戒をしており、ミーアの
泊まる部屋と直結したコネクティングルームには、専属護衛官であるロッシェが待機している。
護衛官はベッドルームも同室にすべきだという意見もあったのだが、
女性に対しての礼をかくとロッシェが拒否した。ミーア自身は、同室でも全然構わないと
何故か熱っぽく言っていたのだが、結局、ロッシェはコネクティングルームに入り、
ミーアは部屋に一人となった。
 そして、ディオキアでの二日目の朝。
「あれ、ロッシェ、もう起きてるの?」
 まだ、朝日も昇ったばかりといった時間、ミーアはこっそりと隣室を尋ねた。
彼女なりのいたずら心か、ロッシェの寝込みを襲う、もとい寝ているベッドに
潜り込んでしまおうと考えたのだが、ロッシェは部屋で優雅に紅茶を飲んでいるではないか。
「ミーアか、おはよう」
「お、おはよう」
 考えてみれば、なかなかに恥ずかしい状況だ。寝間着姿で、しかも枕持参で
ノコノコと隣室に入ったのだから。
「ロッシェ、もしかして寝てないの?」
 早くに起きている彼が、もしかして寝ずに隣室にいたのではないかと思い、ミーアは尋ねる。
「いや、軽く睡眠は取った。寝不足じゃ護衛官は勤まらないだろう?」
 これがミーアを納得させるための嘘であったかどうかは分からないが、
少なくともロッシェは疲れを感じさせない表情だった。
 ミーアが自室に戻って着替えを済ませると、朝食を取るために二人でホテルのレストランへと向かった。
 レストランの外や中には、ラクス・クラインを取材したくて堪らないマスメディア関連の人間が大勢いた。
ある程度はマスコミも許容するべきだとの意見にロッシェも妥協はしていたが、警戒するのは当然であり、
「ここは食事を取る場所だ。マナーを守っていただけるか?」
 と、食事中に取材を申し込んできた礼儀知らずを追い払ってしまった。
 このように手厳しいことを言われれば、事情を分かっているとはいえ反感を禁じ得ないのが
マスコミというものである。しかし、そうなってくると、彼らには一つの疑問が浮かび上がる。
そもそも、ラクスの専属護衛官をしているこの男は何者なのか? という話だ。
 ザフトのエリートのみが着ることを許される赤服を綺麗に着こなす金髪美形の男。
ラクスと並べれば良い絵図らなのだが、この男の情報は一切無い。
ザフトに問い合わせても、護衛内容の詳細を明かすことは出来ないとの返答であり、
謎は深まるばかりであった。

 この日、ディオキア基地では昨日とまた違った意味で慌ただしい状況にあった。
一部の人間には知らされていたのだが、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルが、
本国から地球へ、視察のためにやって来るというのだ。

「自分は前線にも顔を出すっていう一種の宣伝活動だろうな。歴代の議長でも
戦時中の地球に訪問してきた例は皆無に近いし、自分はこんなこともするんだぞってのを
国民にアピールしたいのさ」
「じゃあ、どうしてお忍びなんだ? もっと、大々的に宣伝すればいいじゃないか」
「馬鹿、そんなことしたら真っ先にテロの対象になるじゃないか。いくら、ディオキアが
ザフトの勢力圏内でも、遠いプラントにいるはずの議長が地球に来るんだ。
ファントムペインも多少の無茶はするだろうよ」
「なるほどねぇ……」
 ディオキア基地の兵士たちは囁きあうが、彼らの推測は間違ってはいない。
彼らの議長は、自分が地球へ訪問することに前線で活動する兵士と、本国の国民に
かなりの政治的宣伝効果が見込めると考えたのだ。
 勿論、公人としての職務も含まれているのだが、それは何も議長自らが地球に
赴いてするほどのことではない。だからこそ、宣伝としての側面が強くなってしまい、
事情と状況を理解できる者からすれば、見え透いた行動のように思えてしまうのだ。
 だが、それらを理解した上で今回の訪問に納得し、彼を出迎えるための準備をする者も当然いる。
「政治家ってのは少しでも自分を偉ぶってみせるために、色々と演出しないとやっていけない人種なのさ」
 基地司令であるモラシムに頼まれ、早朝から基地内の警備案をまとめているハイネ・ヴェステンフルスである。
彼は、今日は予定があるため、出来ればこのような面倒な仕事は避けたかったのだが、
せめて議長が到着する午前中だけでも頭を下げられては断るわけにもいかない。
「まあ、アスランが例の場所に行くのは夕暮れ時だ。その時までに解放されればいい」
 そのアスランは、現在メイリン・ホークとともに街に出ているという。
多少気になるところではあるが、如何にも街へ繰り出すと行った格好のメイリンを
見る限り、デートに近い物のようだ。
 ちなみに、そんな妹の姿を見せつけられ、さらに自分との約束を午後に回された
メイリンの姉、ルナマリア・ホークは、妹とアスランがそのような関係に
あったことに多大なショックを受けたらしく、茫然自失状態でへたり込んでしまったという。
これは、アスラン・ザラとそのような関係にあるということよりも、
妹が自分より先に彼氏を作ったという事実に打ちのめされたらしい。
 ルナマリアは、事の次第をすぐに友人であるシンやレイに伝えようとしたが、
シンは早くからどこかへ出掛けており、レイは議長の出迎えに忙しく動き回っている。
結局、一人で悶々とするしかなかった。とりあえず、帰ってきたら問いつめるつもりではあるが。

 そのアスラン・ザラと、メイリン・ホークは、ディオキアの街にいた。
ハイネの推測通り、それはデートと何ら大差ないものであり、メイリンはアスランを連れて、
ショッピングを楽しみ、公園を歩き、恋人気分を満喫していた。アスランとしては、
このようなことは本意ではないのだが、不本意というほどではない。
可愛い女の子とデートをして不満を漏らすほど、アスランは性格は悪くない。
それにメイリンには日頃から世話になっているし、買い物ぐらい付き合って当然というものだろう。

やがて、昼も近くなったとき、二人は大通りのオープンカフェへと入った。
アスランは無難にコーヒーを頼み、メイリンはケーキセットを頼んだ。
「……メイリン、君は俺に何か話があったんじゃないのか?」
 コーヒーに口を付けながら、アスランは尋ねた。昨晩の彼女の口振りからして、
そうだと思ったのだが、今のところそう言った話はない。
「アスランさん、折角のデートに水を差すようなことを言わないでください」
「デートって……」
 これはやっぱり、デートだったのか? と口に出さなかったのは、アスランが
ある程度人として成長していたからだろうか。とにかく、これ以上はメイリンの気分を
害してしまうと思い、アスランは沈黙を余儀なくされた。
 そんなアスランは、メイリンは苦笑気味に見つめていたが、やがて小さく溜息をつくと、
辺りをこっそりと見渡した。
「話したいことはありますよ。だから、わざわざ、街に出てきたんじゃないですか」
「ミネルバの中じゃ、ダメなのか?」
「そう、ダメなんですよ」
 メイリンはそうして語り出した。その口調はわざと真剣みを帯びない、
自然な口調だったが、内容を聞くうちにアスランの方が顔色を変えてしまった。
「それは本当なのか?」
 慌てた口調になるアスランだったが、その口をメイリンの人差し指が塞いだ。
「焦らないで、あくまで自然を装ってください。周囲の人が訝しがります」
 あくまで冷静なメイリンにアスランはいくらか落ち着きを取り戻し、コーヒ
ーを飲むことで気分を整えた。
「しかし、何だってこんな話を、それも街中で……」
「艦だとまずい内容だからですよ」
「だったら、もっと人気のない場所で」
「だって……そんな場所に行ったら、何をされるか」
「おい!」
「冗談ですよ。ちゃんと理由もあります」
 メイリン曰く、殊更にヒソヒソと行動するとかえって怪しく、疑念を抱かれやすい。
ならば、敢えて街中という人通りの多い場所、しかも誰もが出入りするカフェの方が
自然な会話が出来るというのだ。
「なるほど。君の言うとおりだ。だが、この情報は確かなのか?」
「ここで証拠を提示することは出来ませんけど、確かです」
 メイリンの情報収集能力には定評がある。アスランも協力者としてメイリンの
実力は高く評価しているし、疑いようがなかった。
「アスランさん、アスランさんが何をしようとしているのか、私は知りません。
でも、この事は頭に止めておいたほうが良いですよ」
 注意を促すメイリンに、アスランは黙って頷いた。彼の頭の中では、既にこの情報を
どう処理するかということで一杯になっていた。
「今日、例の場所に行く前に話しておこうと思ったんですけど、どうでした?」
「あぁ、助かったよ。知らずにいたら、どうなっていたことか」
 頷くと同時に、アスランは改めてメイリンの有能さに感服していた。ここまで
使える人材が身近にいるというのは、アスランにとってかなり有利に働いているだろう。
「メイリン、この件の処理が終わったら、君に全てを話す」
 ここまで巻き込んだ以上、もう後には引けない。意を決して、アスランは言った。
「……わかりました。待ってます」
 メイリンは、期待と不安を織り交ぜた表情で、こくりと頷いた。

 その頃、ディオキア基地ではデュランダルの搭乗したシャトルが到着していた。
最高評議会議長の到着といっても、事は内密に勧められており、盛大な歓迎式典が
あるわけでもなく、会見が行われることもない。
 彼は基地司令のモラシムに迎えられたが、すぐに専用車に乗ってホテルへと移動した。
このホテルは、ラクス・クラインことミーア・キャンベルが滞在しているのと同じホテルである。
マスコミが多いのが難点ではあるが、ラクスを 警護するために万全の体制が敷かれており、
同時にそれをデュランダルを守るために使えるのが利点であった。
「口で言うのは単純だが、同時に二人の人間を守らなきゃいけないSPの身にもなってみろよ……」
 ハイネはこの奇妙な状況に毒づく。実際問題、議長とラクスではどちらを優先して
守るべきか判断に迷うところだ。方や国の代表で、方や国の象徴的存在だ。選べるわけがない。
「俺の仕事は終わった」
 そう呟くと、ハイネは基地に戻った。そして、基地の備品管理室へと向かう。
そこには、彼が、昨日のうちに用意させているものがある。
「ご所望の品は全て用意できましたが……一体、何をするつもりなんです?」
 管理を任されている職員が、困惑気味な表情でハイネを訪ねた。彼がテーブルの上に
並べたそれは、軍用の双眼鏡、半径700メートル圏内の音声を拾うことのできる
高性能集音マイクと録音機器、望遠カメラ、さらに簡易ステルス機能を備えた覆面車両である。
「これは全部、諜報部員や、特殊部隊が使う代物だ。スパイごっこでもはじめるつもりですか?」
 冗談のつもりで言ったのだが、笑わないハイネの顔に、職員は押し黙った。
ハイネはフェイス特権を駆使して、強引にこれらの備品を借り受けたのだ。
「申請時にもいったが、公式記録には残すなよ」
「ですが、貸出記録がないと定時チェックの時にばれます」
「なら、適当に偽装しろ。要は俺が使ってることが、対外的にばれなければ良いんだ」
 なんと言っても相手は特務隊であり、断ることなど出来そうもなかった。
「明日の朝、いや、夜のうちに返す。それまで何とかしてくれ」
 ハイネは備品をリュックに詰めると、すぐにミネルバに戻った。そして今度は、
ミネルバの備品管理のクルーを捕まえて、こう尋ねた。
「今日、ドライブに行きたいんだが、ミネルバの地上車は使えるか?」
 クルーは手元の端末を操作し調べたが、すぐ申し訳なさそうに首を振り、
「残念ですが、今日は別の方が使用申請をされてまして……」
「別? 一体、誰が?」
「パイロットのアスラン・ザラが、昨日の夜に申請を」
「そうか、なら基地の方で借りるとしよう。ありがとう」
礼を言ってクルーと別れると、ハイネはその足で格納庫へと向かった。
そして、アスランが今日乗る予定である地上車に追跡装置を取り付ける。
これはとても小さく偽装されており、通常の装置探索機では発見されにくい軍用のものである。
例え相手が10勸幣緡イ譴討い討眥廟弉椎修箸いνイ譴發里澄
 これを車に取り付けて、準備はほぼ完了となる。
「後はやつが帰ってきてからだな……」
 自分は何をやっているのか? もしかすると、凄く馬鹿なことをしているのではないか?
 ハイネは、頭に浮かんだ考えを、振り払った。ここまできて、止めるわけにも行かない。
アスランに怪しい部分があるのは確かだし、裏を取っておく必要がある。
白なら白で、黒なら黒で、ハッキリさせておいたほうが良い。
「お前の本性を見せて貰うぜ、アスラン」

 ホテルへと到着したデュランダルは、VIP専用の通路から入り、彼の泊まる部屋へと向かった。
部屋は、このホテルで2番目に豪華で高級な部屋とされている。
本来なら、最高級に止まるのが普通なのだが、生憎その部屋は既にラクスが使ってしまっているのだ。
「ギル、お久しぶりです」
 部屋の前には、レイが待機しており、デュランダルを温かく迎えた。
「レイか。久しぶりだね」
 デュランダルは彼を部屋に招き入れると、彼との隔たりのない会話に花を咲かせた。
それは互いの日常生活に関することだったり、プラントにおける世間話など、
両者の役職には関係のない話が多かった。
「そうだ、レイ。君以外のミネルバクルーは、今日どうしてる?」
「私以外の、ですか?」
 そんなこと言われても、レイが知るわけがない。ミネルバのクルーといっても、
人員数は膨大であり、その全ての行動予定をレイが把握しているわけはない。
「言い方が悪かったな、具体的には艦長やモビルスーツパイロットたちのことだ。
出来れば、今日の夕食を彼らと取りたいと思っていてね」
「なるほど……ですが、彼らは休暇中ですから、今日もほとんどの人間が外出中です」
 同室のシンは朝早くからどこかに行ってしまったし、アスランもミネルバにはいない。
ルナマリアはメイリンと街へ繰り出す予定だそうだし、ハイネに至っては忙しそうに動き回っていた。
 まあ、艦長や副官は呼べば来るだろうが……
「では、すまないんだが、彼らが帰ってき次第、伝言を頼めるかな?」
「わかりました。伝えておきます」
 将兵を労うのも、最高評議会議長であるデュランダルの役目なのだが、
彼は何せ内々にこの場所へ来ているため、そう目だった行動も出来ないのだ。
 だから、親交深いミネルバの将兵を呼ぶわけであるが、これには別の目的もある。
デュランダルがプラントに帰還次第、今回の地球訪問は公開情報となる。
そして、ミネルバクルーを労ったことも、周知の事実になるだろう。
 すると、ミネルバのこれまでの功績を議長が褒め称えた形となり、以前の失態で
周囲から厳しい目で見られているミネルバへの評価を見直させることになるだろう。

まあ、この政治的配慮は、ミネルバのため、というよりはかつての恋人へ便宜を
図っているだけにも見えるが、こうすることでミネルバ側も、議長への恩義を感じるだろう。
そうなれば、デュランダルはミネルバという強力な部隊を自分の手駒として使うことが出来るのだ。
 ハイネやロッシェがこの事を知れば、「議長も何と浅ましい考えをするものだ」と批難しただろう。
 だが、デュランダルにしてみれば半分は善意も含まれているので、それは心外というものだったに違いない。

 ところで、テロをしきりに警戒しているザフトであったが、実は彼が滞在しているホテルは、
現在テロの標的となっている。
 そう、ネオ・ロアノークの指示により派遣された、ファントムペインのテロ実行グループが
ディオキアの街に進入しているのだ。
 彼らの目的は、プラントにとって最高評議会議長と並ぶ重要人物とされる
ラクス・クラインの誘拐であり、それはとてつもなく困難なことだった。
しかし、計画遂行を任されたスティングはネオが立てた作戦原案を基に計画を練り、
完全とは行かないまでも、万全に近い形でテロを行おうとしていた。
 が、今現在彼らには別の問題が浮上していた。
「ステラが、いなくなった?」
 報告を聞いたスティングは、頭を抱えてしまった。何と大事な計画実行前に、
ステラ・ルーシェがどこかに消えてしまったらしい。元々、精神状態が常に不安定な少女で、
こういう事は多々あった。
「けど、今回は場所が場所だ……さっさと見つけださんと」
 ステラの口から計画のことが漏れるということは、まずあり得ない。彼女には
計画の触り程度しか教えておらず、具体的内容は決行ギリギリに叩き込むつもりだった。
 それでも、ファントムペインの人間だということがバレれば、ディオキア基地の
ザフトに拘束されてしまうだろう。
 スティングは、アウルを呼び出すと、彼にステラの捜索を命じた。
「えぇっ!? 何で俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ」
「俺やお前のほうが、他の人間よりステラの行動パターンがある程度判ってるし、
連れ戻すときに抵抗もされないだろ」
 なまじ、他の人間に探させると見つからないかも知れないし、見つかったとしても
彼女が警戒して逃げ出してしまうかも知れない。
「だったら、お前が行けばいーじゃんよ」
「俺は計画の遂行で忙しいんだよ! いいから、さっさと行ってステラを連れ戻してこい」
 ステラは車やバイクの運転が出来ない。いや、正確には出来るのはずなのだが、
特に運転したことはない。だから、彼女の移動はモビルスーツ以外では他者が運転する乗り物か、
徒歩だ。今回は徒歩で姿を消しているから、そんなに遠くには行っていないはずだ。
「チッ、判ったよ」
 嫌そうに出て行くアウルだったが、彼が本心で嫌がっていないことをスティングは知っている。
何だかんだいって、アウルは同年代の異性であるステラに好意を持っており、彼女のことを大切に思っている。
 素直じゃないので、彼女をいじめてばかりなのが、難点だが。

アウルがステラ探しに出発した頃、ミネルバのシン・アスカが目的の場所へと到着していた。
「ここか……」
 彼は海がよく見える高台へと来ていた。
 奇しくもそこは、前日にミーアとロッシェが訪れた場所で、人気が無く、静かであった。
 海が綺麗に見える場所に行きたい、そう思ってこの高台に来たシンだったが、
人っ子一人いないことに少なからず驚いていた。そんなに人混みが好きなわけでもないので、
観光スポットから外れた所まで遠出してきたのだが、誰もいないというのは予想外だった。
 シンは、石造りのベンチに腰掛けると、黙って海を眺めていた。一見すると暇そうに見えるが、
彼にはこの静かな風景が、とても大切に思えた。ここには、争いとか、憎しみとか、そういうものが一切無い。
「いいな、こういうの」
 こんな風に、海を眺める事なんていつ以来だろうか? ここに来るまで、戦いの連続だった。
 戦って、殺して、生き抜いて……。得るものは何もなく、逆に失ったものの方が多かった、無意味な戦闘。
「俺は、何のために」
 戦ってきたのか。ガルナハンで見た光景は、シンにそう問いかける。
別に、ヒーローになりたかった分けじゃない。感謝されなくても良い、
ただ、力のない人の役に立つことが出来れば、そう思っていた。
 だけど、現実は違った。シンは奇妙な虚脱感に悩まされていた。
 戦う気が起きないのだ。戦う意義や、目的を見出すことが出来ない。
目的がなければ戦うことが出来ないのかと、叱咤する人間もいるかも知れない。
だが、目的も為しに機械的に戦う人間を、シンは心のどこかで軽蔑している。
 シンは、軍人の有り様、軍隊の在り方、共和主義の軍隊が民間人を守るために存在するという建前を、
本気で信じている。建前だと知っていても、それが当然であるという考えを、捨てきれないのだ。
 そして、それが他国の民間人であっても、変わることはない。戦争をしているのは政治家であり、
戦闘を行っているのは軍人だ。いくら他国だからといって、
民間人への被害をしょうがないとか、仕方ないで済ませることはシンには出来ない。
「けど…………」
 さすがに、「俺はあんな奴らのために戦っていたのか」、などと絶望的な考えには至らなかったが、
いくらか失望したのは事実だった。その失望を、どうすれば拭い去ることが出来るのかも、シンには判らない。
(みんなは何で戦っているのだろうか?)
 シンはふと、自分以外の仲間がどうして軍人をやっているのかということを考えた。
 自分の場合は単純である。それしか道がなかったのだ。シンは謂わばオーブ戦役における戦災孤児で、
プラントへの移民者だったが、同族のコーディネイターとはいえ、
プラントだってタダ飯を食わせているわけにも行かない。
何かしらの取り柄があるものは職に就き、無いものはそれを得るために学校に通う。
シンは、まだ子供だったので、出来る仕事などあるわけもなく、学校に通うこととなった。
だが、学費はタダではないし、政府から出る援助金にも限りがある。
シンは当時、自分の精神状態が非常に不安定だったことも鑑みて、
自らを鍛え直す意味も含め、ザフトのアカデミーへと入学した。
 ザフト軍人になることは、国益に直結したものと考えられており、
卒業後軍人となった生徒は学費が免除されるのだ。
 シンの事情はこのような感じだが、他のみんなはどうなのだろうか?
 同期の面々については、ある程度知っている。レイは、自分と似た境遇だというのを
以前聞いたことがあり、彼もまた生きるために軍人になった。
ホーク姉妹に関しては聞いてもはぐらかされることが多いが、こちらも家庭事情が絡んでいるようだ。
 アスラン・ザラは、先の大戦が開始される切欠となった血のバレンタインで母親を亡くし、
それがザフトへの入隊理由だったというのを、どこかで見聞きしたことがある。
 彼らは、どんな気持ちで軍人などやっているのだろうか? 
祖国のためか、そこに住む人々のためか?
 祖国のためというのなら、これほど単純な理由はない。アスランだって、
祖国プラントの危機に直面して、ザフトに復隊したという。国を守るために戦う、
立派な理由だろう。
 けれども、シンにとってプラントは祖国でもなければ、故郷でもない。
ヴィーノやヨウランといった友人が、祖国で待つ家族の話などをしているとき、
シンは何処とない疎外感を憶える。彼は、待つべき家族などいない、天涯孤独だったから……

「ん? あれは」
 シンが小人閑居して後ろ向きな考えに浸っていたら、誰もいなかったはずの高台に人影があった。
 見ると、一人の少女が高台の先っぽで手すりに手をつきながら海を見ていた。
「ここにも、人は来るんだな……」
 少女はのぞき込むように海を見ている。何か珍しいものでもしたにいるのだ
ろうか? かなり身を乗り出して、手を伸ばしているが……
「って、おい!」
 足が地面から離れた。少女は身を乗り出しすぎ、今のにも落ちそうになっていた。
 シンは慌てて駆け寄ると、少女の腰を掴んで抱き寄せる。突然のことに少女は暴れるが、
ここで引き戻せなかったら自分と少女は高台から転落して、確実に死ぬ。
 やっとの思いで少女を引き離し、尻餅をつくように倒れ込むシン。
抱えていた少女の腰から腕を解き、立ちあがる。
「……大丈夫?」
 へたり込む少女に、シンは恐る恐る声を掛けた。少女はしばらく放心していたが、
そのままの状態で上目遣いにシンを見て、口を開いた。
「て……」
「え?」
「て、届かなかった。海に、触れなかった」
 まさか、あそこから海に手が届くと思っていたのか?
シンは困惑気味に少女を見るが、少女は立ちあがるともう一度手すりの方へ行く。
「ちょ、ちょっと待った!」
 同じ事をされては堪ったものじゃない。シンは辺りを見回すと、下の岩場に降りる階段を見つけた。
 シンは少女に歩み寄ると、下をのぞき込むとしている、彼女の手を掴んだ。
「……何?」
 振り払われはしなかったが、その手に若干の力が入る。一応、警戒はされているようだ。
「あそこから下に降りられるけど、良かったら行ってみる? 触れると思うよ、海」
 少女はしばらく無言でシンの顔を見ていたが、頷くと階段に向かって駆けだした。
シンも、その後を着いていく。
 なんだか妙なことになってきたと思うが、一人で考え事をしているよりは、ずっと良い。
 下に降りた二人は、より近い目線で海を見た。少女はすぐに駆け寄り、海水に
足をばしゃばしゃとさせている。その邪気のない姿に、シンは目を奪われる。
(可愛いな……)
 何となく、そんなことまで考えてしまう。あまり色恋沙汰には興味のないシンだったが、
目の前の少女は、間違いなく美少女といっていい部類であった。
 友人のホーク姉妹も、十分に美少女だとは思うが、それとはまた違う愛らしさというものがある。
「冷たくて気持ちいい……」
 少女がシンの方を振り向いて、そう呟いた。声は小さかったが、とても嬉しそうであった。
きっと、他人への感情表現が苦手なのだろう。
「そう、それは良かった」
 シンは近づくと、水平線の方へ目を向けた。
 綺麗な景色だ。この景色を、自分はいつまで見ていられるのか。この風景を、
自分はいつまで憶えていられるのだろうか?
 見えない先に、シンが思いを馳せていると、少女がシンに尋ねてきた。
「ねぇ、貴方はだぁれ?」
「え、誰って……」
「名前、教えて」
 あぁ、そういうことか……と、シンは思い、名乗ろうとしたが、少し躊躇した。
休暇中とはいえ、自分は軍人だ。軍規違反ではないにしろ、早々民間人の少女に
名前など名乗って良いのだろうか?
 だが、柔らかい少女の笑顔を見ていると、そんな疑念はすぐに吹き飛んでしまう。
「シン。シン・アスカ」
 眼をパチクリさせ、少女はシンの名を聴き、小声でそれを反唱していた。
 忘れないように、しっかり憶えようとしている。
「私は、ステラ、ステラ・ルーシェ」
 
 これが、シンとステラの出会いだった。
 シンは後に、ステラと会ったこの日のことを、細部まで思い出すことが出来た。
 出会わなければ良かったのかも知れないと、後悔を混じらせながら……。