Top > W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第37話(1)
HTML convert time to 0.008 sec.


W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第37話(1)

Last-modified: 2007-11-23 (金) 10:12:30

 プラント最高評議会会議室。
プラント首都、アプリリウスにある最高評議会本部ビルの一室にあるこの部屋に、最高評議会議員全員が集まっていた。
議長、副議長、国防委員長など12名からなる評議員がそれぞれ円卓の一席に座っている。
こうして委員長職に就く評議員が全員揃うときは、決まって重要な政策ないし、議題の可否が話し合われるのだ。

(少し前までは、議長を除くほとんどの面々が違う人間だった)
 部屋の中の警備を担当する士官の一人が、心の中で呟いた。
そう、ほんの少し前まではこの部屋に入室する権利を持つ人間たちは全く違う人々で、
それが僅かな時間の間に様変わりしてしまった。

(あの時は、ブルーコスモスの総会と偽られた、旧連合の和平総会を襲撃するという議題が話し合われていた)
 ブルーコスモスとファントムペインによる擬態と気付かず、議長を除くほぼ全ての委員長が
プラントへの攻撃を恐れ、襲撃作戦へ賛成票を投じた。
結果として、それが擬態であり、取り返しの付かないことをしてしまったと気付いたときは、もう後の祭りだ。
評議員は全員辞表を出し、反対票を投じた議長ら僅か数人が慰留されることになった。
(議長だけは、変わらずに)
 警備士官は、卓上の最高序列ともいうべき席に腰掛ける、自分たちの国家の代表に目を向ける。
議長としても、もっといえば政治家としても随分と若々しい、それがギルバート・デュランダルという男の第一印象だろう。

 そもそも、デュランダルは、なるべくして最高評議会議長になったわけではない。

市民の熱烈な後押しがあったわけでもなければ、政界内の陰謀が働いた結果というわけでもなく、謂わば成り行きだった。
というのも、前大戦終了間際、それまで議会を占領していたパトリック・ザラを初めとする
右派・タカ派の政治家たちに対し、穏健保守派で知られるクライン派が武力を持って政治的クーデターを仕掛けた。
理由は、パトリックをはじめとしたザフト出身の軍官僚によるプラント政界の軍閥化を防ぐため、というものであった。 
 このクーデターに対して、パトリック派も市民も無抵抗であった。
パトリック派は、激しい戦闘の最中、部下の裏切りにあったパトリック・ザラが射殺されるという
最悪の事態が生じ一気に求心力が低下し、市民としては時期的に戦争に疲れ果てていたということもある。
戦争も終わりそうであるし、そろそろ和平路線に行くのも良いのではないかと、誰もが思い始めたのだ。
 
 だが、すぐに歪みが生じた。連合との和平条約を結ぶ際に、クライン派の政治家たち、
特に当時議長職にあったアイリーン・カナーバ議長は、プラントに不利と言わないまでも、
必ずしも有利ではない条約を締結するこことなった。
必ずしも自分たちが戦争に敗北したと思っていないプラント市民は、これに激しい憤りを憶えた。

 無能な政治家共! 
 政府は何をやっている! 
 どうして我々がナチュラルに譲歩し妥協しなければならない! 

こうした声は、一応は市民に望まれ、受け入れられたはずのクライン派政権を押しつぶさんばかりだった。
連日のようにメディアはカナーバ議長の政権に対し批判記事を書き、市民もそれに同調した。
 カナーバら評議員が辞表を提出するまで、そう時間は掛からなかった。
理由は明白だし、市民は当然と思っていたので反発も起こらなかったが、問題は後任である。
戦争終わった今となっては、政敵だからといって旧パトリック派の政治家を据えるわけにもいかない。
今は、民力休養の時期だ……
 
 そして、世間は自然と他の分野に目を向けるようになり、
一人の男、ギルバート・デュランダルが注目されはじめた。

         第37話「スエズ侵攻作戦」

 
 デュランダルは、様々な分野を経て政治家の道へ進むプラント政界の中で、学者出身という
割合ポピュラーな経歴を持っていた。
例えば、かつて猛威を振るったニュートロンジャマーを開発したのは、最高評議会評議員オーソン・ホワイトで、
彼は優秀な基礎物理学・素粒子物理学者であった。
そう考えれば、デュランダルは決して珍しい男ではなかったのだが、彼が専門とした分野が注目されたのだ。

 そう、遺伝子研究である。
 
 若くして遺伝子科学者として名を馳せていたデュランダルは、その筋の人間たちからは
『DNA解析の権威』などと呼ばれており、そこそこ知名度も高かった。
以前から、コーディネイターが持つ遺伝子的問題は度々議論されており、それを解決すると明言した議長も少なくはない。
だが、誰も彼もが成功や成果を出す前に任期を終え、あるいは辞職しており、それが実現されたことはなかった。

 そこにデュランダルが現れた。
 『DNA解析の権威』と呼ばれる遺伝子科学者が。
 
 メディアは挙げて学者としてのデュランダルの功績や実績を書き立て、市民はご大層な彼の肩書きに興味を覚えた。
若く、まだ三十歳を過ぎたばかりという年齢に危惧を覚える老輩も居ないではなかったが、
これからは若さの時代だという世論の前には何の太刀打ちも出来なかった。
また、デュランダルは政治家にしてはかなり顔の良いほうであり、女性を中心に人気が高まっていった。
こうなってくると、デュランダルの方でも自分に注目と人気が集中しはじめていることを肌で感じざるを得ない。
 デュランダルは積極的に表の場に出て行き、もっともらしい遺伝子学の演説を繰り返した。
もっともらしいも何も、それは彼の知りうる知識のひけらかしで、嘘は一切含まれていなかったが、
市民はそれにウンウンと頷いた。
いくらコーディネイターが優秀といっても、専門分野の奥深くまでは知る由もないし、
また、なまじ知識を持っているだけに、デュランダルの物言いにさぞ説得力を感じたものだろう。
 
 極めつけは、デュランダルがやがては婚姻統制を廃止したいと力強く発言したことであった。
遺伝子配列の問題から、適合者でないと出生率が著しく悪いプラントでは婚姻統制をしいている。
つまり、良好な遺伝子を持つ者同士が結婚し、子をなし、世代を拡大していくというものである。
この政策は、プラントが誕生した過渡期には、まあ受け入れられた。
種を増やし、地盤を固めて行くには仕方のないことだ、と。
だが、時代が立つにつれ、プラントも拡大を広げていくと、異論も起こるものである。

「我々、コーディネイターはナチュラルより優れているというが、
 プラントでは愛し合った者同士が結婚することが出来ない。
 これのどこが優れた存在だというのだ!」
 
 言ってしまえば、プラントでは恋愛は恋愛、結婚は結婚と割り切らねばならず、上の世代はまだ良いが、
若い世代には堪ったものではない。お互いに愛し合った者同士が結ばれたいと思うのは人として当然のことであり、
知りもしない人物と、ただ相性がいいからと言うだけの理由で結婚など考えられないようになってきたのだ。

 その難しい問題を何とかすると、デュランダルは言ってのけたのだ。
学会的にも『DNA解析の権威』と呼ばれる学者議員の男が。
政治に関心を示さない若い層まで取り込むことに成功したデュランダルの人気は、もはや歯止めが利かなかった。
こうなってくると若さに文句を言っていた老輩たちも、デュランダルが極度の穏健派でも、戦闘屋でもないことなど、
何だかんだと理由を付けて、彼を認めざるを得なかった。
 そして、ギルバート・デュランダルは、彼が考えもしなかった最高評議会議長の椅子を、
三十歳を過ぎて僅か1,2年の間に手に入れてしまったのだ。
 
 まあ、やらせてみようかという単純な理由で。

「先日のテロ事件からも判るとおり、ファントムペインは軍事的にかなり追いつめられている。
 我がザフトに対し、一方的な敗北を被り続け、遂に戦闘では勝ち目なしと判断したのでしょう」
 会議室では、最高評議会評議員の一人が熱心に弁舌を振るっていた。
今回の議題は、軍部から直接持ち込まれた出兵案であった。
「今の地上ザフト軍は、連戦連勝続きで軒並み士気が上がっています。
 この好機を逃さずして、いつスエズに攻めるというか!」
  ファントムペインが持つ中東最大の軍事拠点、スエズ基地への侵攻作戦。
 前々からそれは決定事項であるはずだった。
今はまだ時期を見るべきだろうとして先送りにされてきた議題が、先日のテロ事件を期に再浮上してきたのだ。

「だが、新型モビルスーツの量産計画はやっと起動に乗ったばかりだ。
 せめて、ある程度の数が揃うまで、待ってみてはどうだ?」
 この発言は、当の新型モビルスーツ計画の責任者であるデュランダルである。
「奴らが追いつめられている、なるほど、それは確かに事実かも知れない。
 であるからこそ、今はこちらから攻めたてるようなことはせず、こちらの軍備を万全にすれば良いではないか」
 デュランダルとしては、どうせ侵攻作戦を実行するなら、自分の計画した新型モビルスーツを活躍させたいと
思っているので、殊更慎重論を出している。
こうした彼の態度を快く思っていない評議員は意外と多く、
「議長、テロ攻撃の被害にあったのは、他でもない貴方なのですぞ! もっと、積極的な意見はないのですか!」
 と、声を荒げたくなってしまうのだ。
 だが、デュランダルとしてはそんな報復を前提にした目的で行動を起こすのも、それこそ血気盛ん過ぎると思っている。
そこには、彼の思惑も幾分か含まれているわけだが、皮肉なことに今では市民すら、
議長は情けないだのと漏らしはじめる始末だ。
元々、有事の際の最高評議会議長と思われていない節もあるためだが、これは少し短絡的すぎるだろう。

「国防委員長は、どう思われるか?」
 評議員の一人が、国防委員長ヘルマン・グルードに意見を求めた。
事は軍事的問題であり、専門家の意見を聞いた方が手っ取り早いと判断したのだろう。
しかし、ヘルマンもまた彼ら主戦派議員たちが好む回答はしなかった。
「私は議長に賛同する。如何にこちらが優勢といっても、その流れいつまで続くかなど判ったものではない。
 第一、ザフト軍の不利な面をカバーするために新型モビルスーツを作ったのだ。
 それを使用できぬままに戦端を開いて、果たして正しいと言えるのだろうか」

 至極真っ当な意見であったが、それで納得するようならここまで激しい対立は起こっていない。
 要するに、主戦派はこれ以上議長に功績を立たせたくないのだ。
 
 誰にも野心があるように、彼らはやがて自分こそが最高評議会議長の座に着くことを夢見ており、
そのためにはここらでデュランダルよりも高く評価されたい。
出兵論が可決され、侵攻作戦が成功すれば、市民は主戦派の見識を高く評価し、
反対していたデュランダルを臆病者と罵り、彼のリーダシップに疑問を持つようになるだろう。
 そして、戦争に勝利した後、デュランダルは退陣する。
理由など、いくらでも作れるし、本人もそれほど強く議長の椅子に居続けることは望まないはずだ。
その為にも、この出兵論は何としても可決せねばならないのだ。
「ここで勝利すれば戦争は終わります。それをこれ以上先延ばしにする必要は、何処にもない!」
 賛同の声が上がる。デュランダルは馬鹿馬鹿しそうな目を隠しもせず、自己の野心に燃える評議員たちを見て肩をすくめた。

 大体、勝利すれば戦争は終わると言うが、負けたときはどうするのか? 

 デュランダルは政治家であり、軍人ではないが、気苦労が多いせいか、やたらと後ろ向きなことを考える。
ザフトが勝利すれば、それこそその後何をしようとこちらの自由で、勝った者の特権とも言うべき状況が待っているだろう。
しかし、政治家はそんなお花畑にどんな花の種を植えようかなどと言う空想ではなく、
負けたとき、自分たちはどうすればいいのかと言うことを考えなくてはならないはずだ。
 とはいうものの、負けたときのことも考えるべきだなどと発言すれば、当然非難されるだろう。
デュランダルとて、味方の軍隊を信頼していないわけでないし、勝って欲しいとは願っているが、
必ずしもそれが叶うとは限るまい。
 
 怒声の混じった論争が繰り返されること四十分。結論を見いだせないまま、強引に評決が開始された。
十二人中、賛成票を投じたのは九人、無効票は一票、反対はわずか二人だった。
しかし、一同が驚いたのは、反対票を投じたのが議長と、もう一人が国防委員長だったことである。
国防委員長は、口では議長に賛同していたが、元々は好戦的な主戦論者であり、
今回も結局は侵攻作戦に賛成するだろうと誰もが思っていたのだ。
 後にそのことをメディアから質問されたヘルマンは、次のように答えている。
「主戦論者が、常に戦いを推奨するとは限らない。
 私は議長の慎重論に納得し、賛同するべきだと思った。だから反対票を投じた」
 
 この事態に、むしろ賛成票を投じた主戦派議員たちは喜んだだろう。
事によっては、議長と国防委員長、二つの椅子が空席となるのだ。

 そして後日、確かに最高評議会評議員の面々に変化が起こった。
 
 それが誰の望む結果へと変貌を遂げたのかは、まだ誰にも判らない。

 

 侵攻作戦を可決したのは政治家でも、実戦を指揮するのは軍人である。
地球にあるザフト軍ディオキア基地では、高級軍人による会議が行われることとなった。
出席するのは、この作戦に参加するザフト軍の地上基地司令官と、そこに所属する艦隊司令官である。
基地司令官職と艦隊司令官職には兼任が多く、会議の場となるディオキア基地の場合も、
基地司令のモラシムが艦隊司令官も兼任している。
だが、中には例外もあり、官僚系のエリートが基地司令を担当し、実戦は古参の軍人が行う場合もある。
ジブラルタル基地がそれだった。
 
 今回の作戦は、ザフト地上軍が配置される基地のうち、三つの基地が動く。
ジブラルタル、ディオキア、マハムールがそれで、ディオキアが会議の場として選ばれたのは、
ジブラルタルとマハムールから、ほぼ等距離にあるからだった。
 マハムール基地からは副官を連れ、基地司令兼艦隊司令官のヨアヒム・ラドルが出席する。
彼は少し前、ミネルバ隊と協力してファントムペインのガルナハン基地を攻略した実績を持ち、
プラント市民の人気が上昇しつつある男だ。
ディオキア基地からは、モラシムが副官と共に、そしてミネルバ艦長タリア・グラディスが、
副官のアーサー・トラインをともなって席座に着いている。
 問題はジブラルタル基地で基地司令官は理由を付けて出席を拒否し、現れたのは艦隊司令官のウィラードだけであった。
 
 ウィラードは、ザフト軍がザフトという名である以前から軍服を着ていた男であり、軍部の最古参と呼ばれる老人だった。
 年齢で言えば、ザフトのどの軍人、軍官僚よりも上の宿将で、その戦歴はベテランと呼ばれる者でも、2,3人では利かない。
コーディネイターにしては、良く言えば恰幅がよく、悪く言えば肥満体という体つきで、頬も垂れ気味な老人だが、
その目つきは鋭く、軍では「おっかない親父さん」として知られている。
 一説に寄れば、官僚系エリートの基地司令官と、軍隊からの叩き上げであるウィラードは余り仲が良くなく、
それが今回、ウィラードのみが出席することとなった原因であるとされている。
ウィラードもまた、士官学校を出ていない自分を必要以上に意識し、そうしたエリートたちに毒づく不平屋でもあるので、
節度を大切にする国防委員会からウケが悪い。
 だが、それでも、ウィラードが前大戦の激戦地、アラスカやヤキンを経験したのは事実であり、
陸海空、そして宇宙、全ての戦場で指揮を執れる老練な軍人であることには変わりがなく、
むしろ現場としてはそのことの方が重要なのだった。

「作戦としては、ジブラルタル、ディオキア、マハムールからそれぞれ軍を進め、
 三方向からスエズを圧迫、圧倒する、これしかないだろう」
 決められた以上、軍人たちは最善の作戦を立てて実行に移すしかない。モラシムは、積極的に意見を出した。
 彼の作戦は、それぞれの基地から大軍を進めることで、スエズを包囲し、完全攻略してしまおうというものだった。
仮にスエズ基地がそれを食い止めようと出撃しても、その圧迫感に押しつぶされてしまうというのが彼の意見だったが、
ラドルが反論を唱えた。
「しかし、我々がいくら敵よりも強大な戦力を有しているといっても、それは全体を総合すればこそだ。
 三つの基地から艦隊を進めるにしても、それぞれがそれぞれ、スエズと等距離にあるわけではない。
 敵がそこを狙って艦隊を進め、各個撃破を仕掛けてくれば、一溜まりもないだろう」
 確かに、全体を総合すればザフトの参加兵力はスエズ基地のそれを上回ることが出来るだろう。
しかし、個々の基地から出撃する艦隊で計算すれば、スエズの戦力の方が多いのは事実だ。
さらに、それぞれの基地の兵力はまちまちであり、均整が取れていない。
「むしろ、ジブラルタルとディオキアの艦隊は一旦どこかで合流し、それから進軍してはどうだろうか」
 形としては正論で、アーサーなどはなるほどと声を漏らしながら納得したが、モラシムはどうやら別の意味合いを感じたようで、
「我々が合流する間に、単身スエズへと攻め入り、功を独り占めするつもりではあるまいな?」
「何だと!」
 このいわれように、ラドルは席を蹴って立ちあがる。
「慎重論を唱えただけでその仰りよう、撤回していただきたい!」
「撤回するのはそちらだ! 貴様、俺の艦隊が単独では敵に後れを取るというか!」

 ラドルもモラシムも、決して人間的には劣悪ではない。
完璧な人格者ではないにしろ、どちらも部下から好かれ、公明正大といわれることもあった。
だが、この時のモラシムはどこか焦っていた。
「敵艦隊が来ようともそんなもの蹴散らしてしまえばいいだけの話だ。何を躊躇することがある」
 モラシムは必死だった。彼は前大戦中こそ輝かしい武勲を持っていたが、
その末期は病院のベッドで過ごすという不名誉を預かっていた。
復帰してからは新兵の教育や、新築された基地の整備などに追われ、武勲を立てる機会は一度もなかった。
それどころか、先日、ファントムペインのテロ攻撃を防ぐことも出来ず、彼の面子とプライドは痛く傷ついた。
 そんな感情に左右されてか、既に敵基地を攻略するという武勲をミネルバと分かち合ったラドルに対し、
モラシムは軽い妬みを憶えていたのだ。

一方的なものであったが、武勲は羨望や嫉妬の対象であることを知っていたラドルは、
必要以上に自分が激発しては話が拗れると思い、他者に救いを求めた。
「ウィラード隊長は、どう思われますか」
 愉快そうに若輩者の言い争いを見ていた老提督は、意見を求められ、顔つきを変えた。
「実のところ、ジブラルタルは全軍挙って出撃というわけにはいかんのでな。
 確かに、ラドル隊長の言うように、各個撃破戦法を取られれば、まあ、負けはせずとも苦戦は強いられるだろう」
 負けはしない、飄々とだが言い切るのがこの老人の食えないところだ。
 
 ジブラルタル基地は、ファントムペイン最大の軍事拠点であるアイスランドのヘブンズベースに最も近く、
小競り合いを行うことも少なくない。ここで、スエズの攻略のために艦隊を全て出撃させたとして、
ファントムペイン最大兵力にして戦力であるヘブンズベースが、ジブラルタルに軍を送り込んだらどうなるか?
「基地に残す戦力を考えれるば、それほど多くは出せんのだ。
 申し上げにくいが、うちの基地司令官は腰抜け、いや、ちと小心者なのでな」
 冴える毒舌に、場の士官たちが苦笑気味にざわめく。
「両隊長の意見はもっともだが、一口に合流するといってもそう簡単なものではない。
 例えば、ペロポネソスやクレタ辺りで合流するとして、敵が黙っているとも限らん」
 つまり、ファントムペインが合流を阻んでくる可能性が高いというのだ。
何せ、ジブラルタル艦隊がスエズまで赴くとなると、それ相応の日数が掛かる。
アルボラン海から地中海へ入り、サルデーニャ海を横目に見つつ、シチリアとマルタの間を通る。
そこからスルト湾方面に行き、陸地沿って進むか、イオニア海に入るかは判らないが、とにかく時間が掛かるのだ。
 そうした間に、ファントムペインがディオキア艦隊と戦闘を開いたらどうなるか? 
もしくは、ディオキア艦隊などには目もくれず、ジブラルタル艦隊に殺到すれば……
「いずれにしろ、そう有利な戦法というわけでもないのだから、まあ慎重にいくべきだろうて」

 逆にいえば、そう不利な条件ばかりではない。
例えば、ファントムペインが、ディオキア艦隊と交戦を交えたとして、モラシムが防御を固めて応戦したとする。
これによってファントムペインはすぐに敵を倒すという事が出来なくなり、時間は過ぎる一方だ。
その間にジブラルタル艦隊が進軍し、側面なり後背から攻撃を仕掛ければ、ファントムペインは一溜まりもないだろう。
逆にジブラルタル艦隊に攻撃を仕掛けてきたところで、それは同じ事だ。
「我らも敵も、まあそう選択肢は多くないのさ」
 選択肢が少ないということは、それだけ立てられる戦略が多くないという意味で、
こうなってくると戦術の方を重視せざるを得ない。
だが、戦術というのはいざ戦闘が始まらないと使いにくいものだから、この際は置いて置くしかない。
 結局、会議はそれぞれの艦隊の出発日程の日取りと、動員兵力の細かい部分を詰めるだけで終わった。
何としても武勲を立てたいモラシムの魂胆は見え透いていたが、
同じ軍人として判らないでもない気持ちだったので、誰も何もいわなかった。

「ミネルバは、ディオキア基地の分艦隊を率いて、先陣として出撃して貰う」
 決定された重要事項で、誰もが意外に思ったのはミネルバの立ち位置である。
確かにミネルバは艦隊を率いるに相応しい武勲と戦果の持ち主だが、先陣というのは思い切ったことだ。
先陣は武人の誉れなどといわれるように、重要で名誉ある位置所なのだ。
そこにミネルバとは……
「まあ、ミネルバは足自慢という話だし、当然だろう」
 ウィラードが事も無げに呟き、周囲は納得せざるを得なかった。
ザフトは勝たねばならないのだ。そして、勝つためにはあらゆる努力と、計算をしなくて はならない。
純軍事的に見てミネルバの行動力と、攻撃力は目を見張るものがあり、先陣切って敵と戦う力を持っている。
 その評価は、タリアを満足させるに十分であり、かくして、ミネルバが先鋒として出撃することが決定した。

 
 艦に戻ったタリアとアーサーはクルーを集めブリーフィングを開くと、今日の会議で決まったことを各自に説明した。

「つまり、行き当たりばったりってことですか」
 
作戦内容を聞いたハイネの感想が、これだった。
三つの基地から出撃した艦隊が三方向から殺到し敵の基地を攻略する。
なるほど、確かに成功すれば壮麗で華麗、見栄えのいい作戦だろう。
だがそれは、敵がこちらの思惑やら誘いやらに乗って嵌ったくれたときのことだ。
ハイネは、これぐらいの作戦なら自分程度の戦略思想を持ってしても看破できると思っていた。
「第一、敵基地と艦隊をくっつけて考えるからいけないんだ。
 敵艦隊と戦うにしても、例えばディオキア艦隊で引きつけて、エーゲ海のダータネルス海峡辺りを主戦場にするとする。
 あの狭い海峡なら敵は大兵力を展開しづらいし、その間にジブラルタル艦隊に後輩を攻めさせれば、かなり勝率は上がるはずだ。
 基地の方はこの際、マハムールの陸上艦隊に任せても良いんだから」
 ブリーフィング後に、ハイネは自分の意見をオデルに語って聞かせた。
 その声には幾分かの呆れが混じっていた。
「確かに……だが、副長の話を聞く限りでは、どうもここの基地司令官が進撃攻略を熱心に説いていたらしいな」
「そんなに面子が大事かねぇ。いや、人によっては命よりも大事だっていうが……
 やだね、そういう奴の下で働く身にもなってみろよ」
 
 このところ、ハイネは出撃の準備に追われて、アスランへの内部調査が出来ない日々が続いている。
後少しで、憲兵を動かせるだけの資料が揃えられそうなのだが、この時ハイネは迷っていた。
「この戦いは地上では最大規模といっていい大会戦になる……悔しいがアスランの実力は必要だ」
 一騎当千というほどではないにしろ、アスラン・ザラとその愛機であるジャスティスという戦力は、
今のザフトにとって軽視できないものだ。
アスランに後ろ暗いところがあるにせよ、せめてこの戦いが終わってからでも、告発は遅くはないはずだ。
ハイネはそう考え、確かにそれは正しかった。
 
 この時は、正しいと思っていた。