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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第38話(1)

Last-modified: 2007-11-23 (金) 10:17:16

 敵は、どこだ――?

 

 当初、スエズ攻略戦に乗り出したザフト軍は、溢れる情熱と、戦意に燃えていた。それぞれの基地から出撃し、来るべき敵との戦い備え興奮を隠せなかった彼らだが、その熱狂が冷めるのは意外と早かった。何故なら、一向に敵と遭遇しないのだ。
「敵はどういうつもりだ? 何故、攻撃を仕掛けてこない」
 初めにその疑問と直面したのは、先陣としてディオキア基地から出撃したミネルバであり、彼らは今のところ、一切の敵に遭遇することなく進撃を続けていた。それどころか、このまま順調に進めば攻略目標であるスエズ基地はすぐそこという状態だった。
「これは、我々を敵陣深く誘い込む罠かも知れません。偵察機を複数出して、警戒させましょう」
 副官アーサーの進言を、ミネルバ艦長兼分艦隊司令官のタリアがすんなり受けたのは、彼女にもやはり不安があったからで、広域索敵機能を備えたディンを複数機出撃させた。だが、ディンからもたらされる連絡も敵の所在を伝えるものではなく、艦隊には次第に動揺が走り始めていた。敵が姿を現さないというのは、それだけ不気味なのだ。
「敵はきっと籠城作に出るに違いない。だから基地から出撃せず、防備を固めているのだ」
 このように考え、不安を取り払おうとする者もいたが、そんなものは気安め程度にしかならなかった。何故なら、全員が全員、この状況に思い当たる節があるのだ。
「艦長、よろしいですか?」
 事態の推移を伺っていたハイネが、オデルと共にタリアの所へ訪れたのは、三度目の偵察機も無駄に終わった直後であった。
「何かしら?」
「敵軍の動きについて、俺なりの考えをまとめてみました」
 ハイネがわざわざ自発的に動いたのは、実のところタリア・グラディスという軍人を、ハイネが余り評価していないところにある。女性にして艦長職を任されるほどであるから、間違っても無能ではないのだが、それはあくまで艦長としてである。勇猛な艦長が、有能な艦隊司令官になりうるかといえば、正直なところ難しい話だ。
 だからこそハイネは、タリアが敵の術中に嵌る前に襟首掴んで引き戻さなければならないと考えていた。でなければ、取り返しの使いないことになってしまう。
「敵が一向に姿を見せないのは、恐らく敵が我が軍を敵陣地の奥深く、それこそスエズ基地まで引きずり込もうとしているが為だと、俺は考えます」
「敵が基地の防衛能力を鎧として、籠城作を使うと?」
「そうではありません。いや、もしかしたらその可能性もあるのかも知れませんが、敵は我々を誘い込んで、一気にケリを付けようとしてるのではないですか? 前大戦のアラスカの時のように」
 アラスカ――それはザフトにとって、思い出したくもない地名の一つだ。前大戦時、旧連合軍の統合最高司令部が置かれていた彼の地に、ザフトは大艦隊の派遣と、降下作戦を行った。敵軍の本拠地を叩いてしまおうと考えたのだ。当時、まだモビルスーツの量産化も進んではないなかった旧連合軍は、この大進行に対し、とんでもない方法で対抗した。
 統合最高司令部ごと、ザフト軍を消滅させるという作戦だった。

 

          第38話「解放軍」

 

 サイクロプスと呼ばれる、レアメタル採掘用の器材がある。元々はマイクロ波を使いレアメタルに混ざった氷を加熱し、氷解させるための装置であり、軍用兵器ではなかった。だが、どんな分野の技術であろうと軍用に転じさせるのが人であり、サイクロプスは基地自爆用の破壊兵器として使われたのだ。
 ザフトのニュートロンジャマーによって有効範囲を限定されたマイクロ波は威力を増幅し、範囲内にいる全ての生物は体内にある水分を急激に沸騰させる。その結果、人体は膨張、破裂し死に至るのが、この兵器の怖いところである。簡単にいえば、軍用化された電子レンジといったところだろうか。
 この大量破壊兵器を使った自爆作戦は、ザフト軍に致命的な打撃を与えるに十分だった。作戦投入戦力のうち、八割を失ったのだ。これによって地上戦線の維持が難しくなったザフト軍は、旧連合がモビルスーツの量産化に成功し、続々と戦場に送り込んだこともあって地上での戦線が維持できなくなり、ついには全ての基地を蜂起して宇宙へと逃れる結果に陥ったのだ。
「追いつめられた敵が起死回生を図ろうとアラスカの再現を行う……あり得ない話ではありません。至急艦隊の進軍を一時的に止め、後続艦隊と連絡を取るべきでしょう」
 それを知っているからこそ、ハイネの口調は重く、苦いものとなる。サイクロプスを使った自爆、二番煎じ所か三番煎じの戦法ではあるが、成功すればこれ以上に効果的なものはない。ファントムペインは基地一つ失うことになるが、代わりに敵軍の三個艦隊を消滅させることが出来る。しかもこの場合、敵はヘブンズベースという余力どころか主力を残しており、今後の戦闘をかなり優位に展開できるのだ。
「敵の姿を発見できないというのは、敵がどこかに潜み、奇襲を仕掛けてくる可能性も低いということです。これはやはり」
「確かに一理ある意見だわ。でも、単純な発想でもあるわね。敵が同じ手を何度も使う独創性のない相手だと、私は思えないわ」
 タリアは、ハイネの言に対し否定的だった。
「大体、仮に的の狙いがサイクロプスだったとしても、前大戦時とは状況も違う。我々はその存在も知ってるし、警戒して掛かれば大した驚異にはなり得ないはずよ」
 正論、なのだろうか?
 オデルはやり取りを見ながら、そんな疑問を憶えた。ハイネからアラスカでの戦いを語られたオデルは、それが如何に悲惨なものであり、また常識外れの作戦であったかを知った。旧連合とやらは、作戦をより完璧なものとするために一部の兵士を犠牲にしたのだという。基地の守備隊などに徹底的に防戦させ、ザフトとの戦闘状態を作る。ザフトもまさか、それが擬態であり、罠だとは気付かない。何せ、防戦してる兵士自体が、自分たちが切り捨てられたことを知らないのだから。
 だが、今回はどうだろうか? もし敵が同じことを行おうとしているとして、果たしてそれが成功するのか? タリアの言うとおり、ザフトはその可能性も視野にいれて行動しているし、警戒もしている。その時点で成功率はかなり減少する。それだけではない。ザフトがその可能性を予期できると言うことは、スエズ基地にいる兵士だって同じことだ。まさか、基地と運命を共にしてまでザフト軍に勝ちたいと思う兵士は、皆無じゃないにしろそうはいないだろう。司令部の作戦に異を唱え、暴動が起きていても不思議じゃない。
「では艦長は、敵の不自然な行動を、どう説明しますか?」
 ハイネが切り口を変えた。というより、相手が自分と異なる発想を持っていたときは、それを尋ねるのが当然なのだ。
「我々をスエズ基地まで引っ張り込む。遠征による疲労を突くために今は出撃しない。そんなところかしら」
「馬鹿な。それは相手がこちらより大兵力を有していた場合の話だ。ヘブンズベースならいざ知れず、スエズの戦力ではそんなことできっこない!」
 この反論はもっともである。スエズとて中東最大の軍事基地といわれるぐらいだから、それなりの防衛機能は備わっているが難攻不落というわけではない。先ほど陥落されたガルナハン基地のように地の利を活かした戦い方が出来るわけでもないし、基地に隠って戦うことに向いていないのだ。むしろ、基地は艦隊の駐留、修理、補給などの後方支援のみに努めて、艦隊戦を徹底するのが一番良い戦い方だ。
 例えば、前大戦時カーペンタリア基地に所属していたモラシムが、幾度となくスエズ艦隊と紅海にて激戦を繰り広げたことがあった。連戦連勝を重ね、紅海の鯱などとあだ名されるようになったモラシムだが、スエズ基地が陥落できたかと言われれば、出来なかった。逆に補給線が長い分、一戦勝利するごとに疲弊、疲労していくモラシムの部隊は後方に基地を持つ敵の物量に圧され、撤退したことが一度や二度ではないのだ。あるいはこれが、今回のスエズ基地攻略に情熱を燃やすモラシムの理由かも知れなかった。
「どちらにしろ、敵が姿を見せないならまず罠の存在を疑って掛かるべきだ。一度進軍を停止し、情報収集を行うだけでも……」
「そんなことして、進軍速度が鈍るようなことになったら兵士の士気に関わるわ」
「しかし!」
 不毛な応酬だった。タリアはハイネの慎重論を取り上げるつもりが全くないのだ。形だけ、周囲の警戒を怠らず、定期的に偵察機を出すなどと約束はし、後続艦隊に敵と未だ遭遇しない旨を伝えるため通信は飛ばしたが……

 

「チッ、要するに艦長は自分も何かしらの手柄が欲しいのさ」
 タリアへの進言が無意味に終わった帰り道、ハイネはオデルと話していた。
「この前のガルナハンは確かに大きな戦果だったが、功績自体はヨアヒム・ラドルと分かち合う形になった。僻地の基地司令だったラドルはそれで満足だろうが、うちの艦長は不満があったわけだ」
「功を焦っている、というわけか?」
「なまじ自分が女の士官であることを意識しすぎてるのさ。確かに陰口も多い人だが、それを気にして出世意欲ばかり高くなってやがる。功績立てて、出世さえすれば陰口がなくなると思ってるのかね、あれは」
 自分だって若くして特務隊に所属している身であるのだから、そう大きな事も言えないはずだが、もしかすると自分やアスランのように若くして地位や名誉を確立している存在がタリアにとっては鬱陶しいのかも知れない。
「だからといって、それは個人の感情だ。一個人の感情に左右されて、戦闘が出来るかってんだ」
「そのおかげで敗れた軍隊は、数え切れないほどいると思うがな」
「言うな。嫌な予感に足を絡め取られそうになる」
 怖いのは、ハイネも自分の進言に確証を得られないことだった。その辺りはタリアの言うとおりで、敵が同じ作戦をそう何度も使うとは思えないのだ。いくらコーディネイターがナチュラルを見下していると言ってもそのぐらいは判る。しかし、そうすると一体敵の狙いは何なのか?
「可能性はいくつかあるが、現実味が薄いな。いっそ、敵が基地を放棄して夜逃げでもしてるってほうがしっくりくるぜ」
「ヘブンズベースに全兵力を集中させるというのも、立派な戦略だからな。あり得ない話じゃないだろう」
 これはあくまで冗談だったのだが、二人はすぐにそれが冗談では済まなくなった事態に直面することとなる。

 

 驚くべき事に、本当に驚くべき事に、ミネルバはその後も順調なる進軍を続け、スエズ基地をその視界に捕らえるまで達してしまった。勿論、未だ敵軍との遭遇は一切ない、無傷のままでだ。
「これは、どういうことなの……」
 タリアは声もなく呟き、思わず副官であるアーサーの方を見た。しかし、彼もまた意外な事態に面食らったようにメインスクリーンを見ていた。
 そう、スエズ基地の周囲には一隻の艦艇も存在せず、まるで無人だったのだ。
「こんなことって……」
 出撃に備えて集まっていたパイロットたちの溜まり場でも、驚愕が響き渡っていた。ハイネとオデルは共に険しい顔をしており、シンとルナマリアは普通に驚いている。レイに至っては驚きを押し隠そうとしているといった表情だった。だが、唯一アスラン・ザラだけは薄く笑ったような気がした。一瞬のことで、気付いた者は誰もいなかったが。
「ホントに夜逃げでもしたって言うのかよ」
 ハイネが驚きとともに口を開いた。冗談のつもりだったのだが、どうやら現実の物となってしまったらしい。基地を放棄する、それ自体は指して珍しいことではない。敵軍の進行を前に小規模な基地が放棄されることは間々あることで、所謂戦略的撤退の一つだ。だが、まさか、スエズほどの基地をあっさりと放棄するとは……
「前大戦では、アラスカも自爆して見せたほどだ。ナチュラルは軍事的な拠点に余り固執しないんだろう」
 アスランの言った意見は、それなりに説得力があっただろう。そして、それと同時にある危険性が見えてくる。すなわち、やはりスエズをアラスカのように自爆させる可能性である。サイクロプスではないにしろ、基地の周囲または動力部、軍港などに大量の爆発物を仕掛け、ザフト軍が入港したところで爆破させる。爆発によって基地も失われるだろうが敵軍に打撃を与えるにはそれだけで十分だ。
「さて、司令部はどうでる?」
 ハイネはこのまま突入するはずはないと思っており、その通りミネルバの艦橋ではアーサーがタリアへ一つの進言をしていた。
「艦長、敵が基地を放棄したにせよ、自爆作戦の可能性は無視できません。まずは、爆発物の調査・撤去を専門とした工兵と、それを守る白兵戦部隊を基地に上陸させては如何でしょうか?」
 無論、その前に海中における機雷等爆発物の調査もを怠らずに。
「そうね、もっともな意見だわ」
 タリアは各艦からその手の作業を得意とする工兵と、白兵戦の部隊を招集し、部隊長としてアスラン・ザラを選任した。同格で、尚かつ年上のハイネを選ばなかったのは、先日彼と揉めたことが原因だろうと思われたが少々露骨だったとも言える。
 海中の調査が終了し、一切の危険物がないと判断された結果、アスランは強制揚陸艦へ乗り込み、スエズ基地の軍港へと乗り込んだ。どうやら自動防衛システムの類は作動しないようである。アスランは軍港の一角に仮設指揮所を設け、指揮を始めた。
「工兵部隊は爆発物等が仕掛けられるであろう場所の調査を開始しろ。発見した場合は、撤去作業を行う前に指揮所に報告を入れろ。それと、白兵戦部隊のうち工兵のバックアップに回らない者は基地の制圧作業に当たらせる。管制塔、制御室、指令室は絶対だがここにも爆薬が仕掛けられている可能性はある。警戒してかかってくれ」
 アスランの指示で、それぞれの部隊が動き始めた。人数はそれなりにいるが、何せ広大な基地の敷地を隈無く調査するのである。一時間や二時間で終わるわけがない。それでも何とか六時間後にはあらかたの調査を終えることが出来たのは、基地内に一切敵兵の姿がなく、何の抵抗も受けなかったからだろう。管制室も指令室も、まるでもぬけの殻だったのだ。
「基地には一人の人間もいないのか……」
 唸るアスランの口調はいささかわざとらしく思えたが、それに気付き、指摘する者はいなかった。アスランは指揮所からミネルバに回線を繋ぎ、事の次第を報告した。
「この基地は無人です。人っ子一人、モビルスーツの一体もありませんでした」
『爆薬等は? 何もないの?』
「その手のトラップは念入りに調べましたが、何も発見できませんでした」
 その他に判ったことといえば、基地のコンピュータデータが全て破壊されていたぐらいか。データを消去した後に記憶を司る部分を物理的に破壊するという徹底的なもので、復旧はまずできそうもなかった。
「後、食料庫等の物資ですが、こちらも空っぽでした。小麦の一欠片もありません」
 武器・弾薬に至っては、倉庫の中身はもちろんのこと防衛システムに使用されている実弾類まで抜き取られており、妙な言い方だが引っ越し後の空き屋といった感じに見事なまで何もない場所だった。
「ザフトの進行を見越して基地を放棄した、と考えるのが自然でしょう。地中海に出ず、紅海方面を選択すれば艦隊が逃げ出すことも可能ですから」
『そうね……判ったわ。じゃあ、部隊はそれぞれの艦に戻っていいわ。貴方も帰投して、報告書の作成をお願い』
「了解しました」
 通信を終え、アスランは指揮所の解体を指示した。指示しながら、考える。タリアはどのように後続艦隊たちに報告をするつもりだろうか? いや、きっとあの人のことだ、このように報告するに違いない。

 

 我が艦隊、スエズ基地を攻略せしめりと――