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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第38話(3)

Last-modified: 2007-11-23 (金) 10:43:15

 その頃スエズ基地では、進軍の続行が噂として流布され初め、兵士たちの間に動揺が走っていた。
「聞いた話だが、上の連中はこのまま進軍を続けたいらしい」
「どうしてさ? 基地はこうやって制圧できたんだし、目的は果たせたじゃないか」
「空き城を奪ったんじゃ武勲にはならないからな。逃げ出した敵を追ったりしたいんだろう」
「せっかく一人の死者も出なかったんだし、俺はさっさと基地に戻りたいんだがなぁ」
 こうした会話は占拠された基地の中、様々な場所で交わされ、ウィラードが予想したとおり上層部への不信感を募らせていった。例外があるとすればミネルバで、彼らは進軍へ参加することを禁ぜられ、スエズに残らねばならないのだ。身の安全という面ではこの上ないことかも知れないが、武勲にはほど遠い位置にいることとなる。
「居残りなんてつまんない〜」
 年若いルナマリアなどはそんな境遇に不満を募らせたが、ハイネやオデルはモラシムやラドルが進軍を続行させようとしていることに危惧を覚えていた。彼らはファントムペインの行動に何か裏があるのではないかと考えていたのだ。
 しかし、決定された以上、異を唱えるわけにも行かず続行される進軍をただ黙ってみているしかなかった。
「チッ、戦い好きの司令部なんてろくでもないことこの上ないな」
 ハイネは毒づくが、司令部は司令部で進軍とは別の問題に悩まされていた。というのも、制圧したスエズ基地の復旧に勤しんでいるザフト軍の元に、周辺住民の代表団なるものが話し合いを求めて訪れたのだ。ザフトは当初、ファントムペインを追い払ったことに対し、感謝の言葉でも述べられるかと思ったが、そうではなかった。彼らは基地の中を動き回るザフト兵をつまらなそうに眺め回した後、こう言った。
「この基地の食料庫には、ファントムペインが我々から奪った食料がごっそり入ってるはずだ。それを返して欲しい」
 ガルナハンの地でもそうだったように、ファントムペインはスエズにあっても暴虐の限りを尽くしていたようで、ここ最近は特に食料の強制徴収が激しかったらしい。
「もう、パンの一欠片も残ってないんだ。赤ん坊に飲ませるミルクもないし、当然酒なんてここ数ヶ月一滴も飲んでない。圧政から解放してくださるのは結構だが、まずは食料を貰いたいもんだな。我々が生きるために」
 そんなことを言われても、スエズ基地の食料庫は空っぽである。ファントムペインが逃げる際に小麦の一粒も残さずに持ち逃げしてしまったからだ。
 この当然だが、理想的じゃない現実味溢れる要求にザフト軍は困惑しないでもなかったが、突き放すわけにも行かなかった。ザフトは解放者なのだ。ファントムペインの圧政に苦しむ人々を解放し、プラントの味方にしなくてはいけない。それは戦闘に勝つことよりも、あるいは重要なのだ。
 だが、スエズの食料庫が空っぽな以上、彼らに与える食料があるとすれば各艦隊が保有する食料しかない。とりあえず、モラシム艦隊、ラドル艦隊から多量の食料が周辺住民へ供出されることとなった。
「まあ、仕方のないことだ。基地に補給物資の追加を要請しておこう」
 モラシムもラドルも苦笑しながら、当面の問題は片付いたと言わんばかりに進軍計画の遂行に戻った。
 そして、それから僅か三日後、両艦隊は更なる戦いを求めてスエズ基地から出撃した。

 

 プラントでは、日々今回の出兵が大成功だったことと、主戦派議員の見識の豊かさをメディアが賞賛していた。
 デュランダルがマスコミから叩かれる様を見るのは、彼のことを嫌うようになったロッシェからすればいい気味だったが、政府が進軍計画の続行を発表したことが気がかりと言えば気がかりだった。
「流れが速すぎるな……周辺地域を掌握せぬままに進軍を続けるつもりか?」
 勢いに乗って進みたいのだろうが、ロッシェからすればそれは愚行のように思えた。大体、今回の作戦の成功率が高かったのは三個艦隊による包囲作戦によるところが大きい。だからこそ、敵は基地を放棄して、ロッシェには信じられないことだが、逃げでしたわけである。
 にも関わらす、現地のザフトは陸上艦隊をそのままスエズから南下させ、海上艦隊は紅海に出ようとしている。何故わざわざ戦力分散の愚を犯すのか? 無論、陸上艦隊が海上を突き進むことが出来ないのも、海上艦隊が陸地を前進することが出来ないのも知っている。だからこそ、その不利をカバーするためにもある程度慎重に動かねばならないのではないか?
 テレビの映像には、周辺住民に食料を配るザフト兵士の慈善的な姿が映し出されていた。そして、リポーターがファントムペインが住民たちから食料などを奪っていた事実をあしざまに罵っている。
「食料の徴収か……」
 何とも古典的な話のように思えるが、それほど不自然なことではない。圧政を行う軍隊にとって、暴力や略奪の類は住民を押さえつけるのには必要な処置なのだ。金品の場合は、兵士の懐を潤わせる程度にしかならないが、食料は別だ。なければ相手は死ぬのである。
「本当に敵は基地を放棄しただけなのか……?」
 ロッシェは、頭の中で思考の階段を上りはじめる。彼は今回の会戦に対して完全なる第三者だ。だからこそ、現場の軍人や後方の政治家とは違った視点で、戦いの様を見ることが出来る。
「仮に敵の基地放棄が何らかの罠だとして、その意図は?」
 真っ先に思い浮かぶのは、基地を囮にした自爆作戦である。かつて彼が所属していたOZが歴史の表舞台に立つべく行動を起こしたことがあった。その過程で、彼らは計画の邪魔となるコロニー側の抵抗、即ちガンダムの存在を疎み、罠を張った。結果その罠に嵌ったガンダムのパイロットたちは、モビルスーツの大部隊と戦う羽目に陥った。
 だが、さすがはガンダムと言うべきか、彼らは根強い抵抗と反撃を試みた。モビルスーツ部隊は徐々に数を減らし、戦況不利を悟ったOZの女性士官は、基地の自爆コードを入力し、基地ごとガンダムを消滅させるという過激な方法を採ったのだ。
 結果としてガンダムパイロットの一人が爆発物の時限装置を解除し、自爆自体は失敗に終わった。しかし、もし成功していれば、さすがのガンダムといえど全滅していただろう。
「であるからこそ、自爆という行為も、立派な戦略の一つだが」
 今回、ファントムペインはスエズを放棄するに際して一切爆発物などは仕掛けていない。設置する間もなく逃げ出したのではないか、と軍部では思っているようだがロッシェにはとてもそうは思えない。
 彼らは初めから基地を爆破する気がなかったのではないか? 基地を爆破すれば確かにザフト軍にある程度の打撃を与えることは出来るかも知れないが、必ずしも成功するとは限らない。
「あるいは、もっと有効な手を思いついたか」
 例えば、基地は確かに放棄したが、それはあくまで一時的なもので、すぐにでも基地を奪還できるだけの作戦を練っているとか。
 ロッシェは自分の考えに小さく唸った。
 あり得ない話ではない。スエズ基地を餌に、ファントムペインはザフトを釣り上げようとしているのではないか?
「ザフトは敵の思惑に嵌っている……」
 放棄された基地を得たザフトは、指揮官や一部高官の、実にくだらない「物足りなさ」に後押しされるように進軍の継続を開始した。既に陸上艦隊と海上艦隊の一部が行動を開始している。これこそが、敵の狙いだとすればどうだろうか。
「確かにザフトは結果として戦力を分散させた。だが、それは敵も同じことではないのか」
 ロッシェは考えをまとめるべく、デスクのコンピュータを操作し、スエズ周辺の地図を出した。軍用なので、近場の軍事基地などの詳細もある。
「……これは」
 地図を眺めていたロッシェの顔色が変わった。彼はチラリとテレビの方に目を向けた。画面にはまだ、スエズ周辺の貧困民に食料を配るザフト軍兵士の姿が映し出されている。
 瞬間、ロッシェは敵の狙いが何であるか、読めた。
「まずい、このままでは」
 ロッシェは立ちあがり、通信機器に手を伸ばし……その手を止めた。連絡をするとして、誰に? ギルバート・デュランダル、いや、あの男は信用できない。だが、彼しか使える知り合いがいないのも事実だ。ミーアはあくまで民間人であるから、軍務について口を出す権利はないし、何より彼女にそんなことをさせるわけにはいかない。
「ならば」
 少し思案した後、ロッシェはコンピュータで検索を掛け、探し出した番号を頼りに通信機器の回線を繋いだ。
『はい、プラント国防委員会本部ビルです』
「ザフト軍特務隊所属、ロッシェ・ナトゥーノと申しますが、委員長閣下に回線を繋いで頂きたい」
 ロッシェには嫌な予感を隠しきれなかった。もし、彼の推測や予測が全て的中していれば、今頃地上のザフト軍は……

 

 勢いに任せてスエズ基地から出撃したヨアヒム・ラドル率いるザフト軍艦隊は、出撃を開始して僅か一日、予想もしなかった問題に直面していた。
「民間人が保護を求めてきている?」
 ラドルは驚いたように副官の報告を聞き返した。何と、彼らが進軍するルートにある町や村、集落などに住む人々がザフトに保護を求めてきているというのだ。
「何でも、スエズの陸上部隊がこの場所を通る際、略奪の限りを尽くしていったらしく……特に食料が無いとか」
 ただ食料を奪うだけならまだしも、ファントムペインはご丁寧に田畑を焼いて使い物にならなくし、さらに川や池に汚染物を投げ込み魚を死滅させたというのだ。
「酷いな……仕方がない、部隊の物資を分けてやれ」
 ラドルは先日もしたように、艦隊から食料品や衣料品を分け与えることでこの問題を解決しようとした。
 そうして進軍を続行したラドルだが、半日と立たないうちに新たな村々からザフトに保護を求める人々がやってきたのだ。
「隊長、あまり我が艦隊から食料を供出しますと、物資が欠乏しますぞ」
「判ってはいるが、見捨てるわけにも行かん。仕方ない、一時進軍をストップしてマハムールやディオキアから届く補給物資を待とう」
 ラドルは届いた補給物資の大半を、やはり飢えに苦しむ民間人に分け与えた。
汚染除去装置などを使って川の水を綺麗にしたり、田畑の手入れも手伝ってやった。おかげで進軍は滞り、物資の不足が目立ちはじめてきたので、ラドルは急遽本国に物資の手配を求めた。ラドルたちザフト軍だけではなく、彼らが『解放』した地域に住む人々の分も、物資を要求したのだ。
 その数は、膨大なものだった。
 物資の補給要請を受けた統合作戦本部は、それを最高評議会へと回した。物資の生産や流通に関しても、彼らが決めることなのだ。戦果の代わりに届いた物資の要求書を面白くもなさそうに見始めた最高評議会議員たちが、その顔色を変えるまで何秒を有しただろうか? 少なくとも、一分はかからなかったはずだ。
「何だこの数字は。何だこの量は!」
 桁が、違いすぎる。
 要求された物資の量は、通常送られる補給物資のそれを遙かに上回っていた。いくらプラントの生産力を持ってしても、一度にこんな膨大な数を送るのは難しいとは言えないが、簡単なことではない。
「皆さん最後の一文を、お読みになりましたか?」
 デュランダルの声が、会議室に響いた。議員たちは我に返り、報告書の最後に目を通した。
 そこには一文、ただハッキリとこう書かれていた。
『物資要求は解放地域が増えると同時に、随時行うものである』
 つまり、ザフトが進軍を続ける度にこのような膨大な物資要求が届くのである。
「敵の狙いはこれだったのだ。基地を放棄して、殊更隙をさらけ出し進軍の続行を諭す。だが行く手に待つのは飢餓に苦しむ民衆たちだ」
 誠に卑劣な手段ではあるが、要するにファントムペインは無辜の民衆を使った大規模な焦土戦を仕掛けてきたのだ。ザフトが人道目的に『解放』と称して周辺地域を進軍し続ける以上、プラントは助けを求める彼らを無視することが出来ない。
「だが、こんな要求を一々呑んでいたら、プラントの財政は崩壊してしまう。生産ラインも、追いつくわけがない」
 デュランダルの言葉は辛辣だった。先日のお返しだと言わんばかりに、この進軍が失敗だったことを説いた。
「最早撤退しかない。今のプラントにアフリカ大陸の、一部とはいえそこに住む全ての人々に食料を与える余裕など無いのだ」
 ただでさえ軍事費がかさんでいるのだ。この上、金も持たない連中に無償で食料を提供し続けることなど、プラントに出来るわけがない。それでも尚、主戦派議員たちは口々にとりあえず敵軍を倒してからこの問題には取り組めば良いだのと自己弁護をはじめた。もしこの進軍がこのまま失敗するようなことになれば、彼らは欲を掻きすぎて自滅した奴らとして世間の物笑いとなるだろう。それは彼らが持つ羞恥心が許せなかった。
「この進軍案は現地の軍人が送ってきたのだ。彼らが何らかの成果を上げるまで、我々は口を挟むべきではない」
 やや気まずそうに発言された意見は、主戦派議員たちの僅かな抵抗心によって可決された。

 

 物資が届くまでは現地調達を心がけるべし。
 基地の物資倉庫を空にしてまで周辺住民に尽くしてきた陸上艦隊に送られてきた通信文は、たったこれだけだった。実際はもう少し長いのだが、要約すればこれだけのことだ。
「現地調達!? 本国の連中は本気で言ってるのか」
 通信文を読んだラドルは唖然としながら叫んだ。調達するも何も、何もないから物資を要求したのだ。今も、残り少ない物資を各部隊が分散して周囲に村々に届けに行っているところだ。
「ですが隊長、我が艦隊の物資が欠乏をはじめているのは事実です。これでは数日のうちに、周辺地域から微発でもしないことには」
「言葉が間違っているぞ、こういうときはな略奪と言うんだ。まあ、略奪するものが何かあればの話だがな」
 最悪、自分たちが与えた食料を自分たちの手で奪う形になるかも知れない。そんな事態だけは、何としても避けなければならない。
 ラドルは一時的な処置として、一旦食糧の供給を停止させた。だがこれにはすぐに住民からの批難が巻き起こった。その対応に追われる兵士たちは、そんな事態に不満をぶつけ叫んだ。
「何故、俺達コーディネイターがナチュラルのために腹を空かせねばならないんだ! 俺達は連中の食料配給車じゃないんだぞ!」
 これは常にナチュラルを蔑視してきた彼らの本音であったが、まずいことにこの叫びが当のナチュラルたちに漏れ伝わってしまったのだ。
 食料供給停止から僅か一日、暴動が起こるには長すぎるほどだった。
「重火器は使うな! ガス弾や催涙弾を使って無力化させろ!」
 事態の収拾、もとい鎮圧を任された士官は賢明に叫んだが、兵士の一人が石によって殴り殺され、他の兵士がそれを行った者を撃ち殺したとき、暴動がザフト兵士と民間人の前面衝突へと発展した。上層部が事態の深刻さに気付いたときには、既に多くの民間人がザフト軍兵士によって撃ち殺され周辺はパニックとなっていた。
 ラドルは必死に惨劇の収束を図るべく動き、ついにはモビルスーツまで出動させて暴れる連中を威嚇した。
「最悪だ。どうしてこんなことになったんだ……」
 ザフトは民衆を完全に敵に回した。

 

「解放軍が聞いて呆れるな」
 ラドル艦隊に起こった惨劇がスエズに伝わったとき、ハイネは深い溜息を付いたという。
「敵がこの基地を放棄した理由は、まさにこれを見越したわけだ。馬鹿なザフト軍の指揮官が功を欲して先走り、敵の焦土戦術に嵌っていく。なかなか、敵にも策士がいるじゃないか」
 今まで圧政をし続けてきた旧連合、ファントムペインのことだ。こうした民衆を犠牲にする方法も平気で採れるのだろう。ザフトは馬鹿正直な人道精神でこれに対処しようとしたから、こうして失敗したのだ。
「で、艦長。私としては全軍の撤退をお勧めするのですが?」
 ハイネは再びオデルと共に、タリアの元を訪れていた。スエズにて後方を任されることとなったタリアは、不満顔を隠しもせずそれに従事していたが、ハイネがプラントにいるロッシェに遅れながらもこの事態に対する答えを導き出し、最早撤退以外に道がないことを伝えに来たのだ。
「全軍撤退しなければ、今に敵艦隊が大襲撃を仕掛けてくるのは間違いないはずです。飢えたラドル艦隊とモラシム艦隊は、これに対処することが出来ないでしょう」
 ある意味で、ラドル艦隊よりもモラシム艦隊の方が悲惨だった。彼らに回す予定の物資も飢餓に苦しむ民衆に送られた。だが、陸上艦隊と海上艦隊の違いは、略奪行為すら行うことが出来ないことだった。彼らは今、僅かな物資を食いつぶしながら進軍を続ける、後のない艦隊だった。
「ここで艦長が撤退案を進言し、これが採用され成功すれば、全軍崩壊に危機を救ったとして評価されると思いますが?」
 ハイネはタリアを訪ねるに、いつもと論調を変えて挑んだ。相手が好みそうな言葉を選び、相手の欲を刺激する。後方のタリアが戦果を上げる機会など、最早無いに等しい以上、ハイネの意見は魅力的なはずだった。
「でも、撤退することをラドル隊長やモラシム隊長が素直に受け入れるかしら?」
「ラドル隊長は、すんなり受け入れてくれると思いますよ。今一番苦しんでいるのは彼だ。モラシム隊長のほうは、ウィラード閣下に仲介して貰ったらどうです? 閣下に言って貰った方が、効果的でしょう」
 今度はタリアもハイネの意見を受け入れた。早速、ラドル艦隊に長距離通信を飛ばし、連絡を取った。
『タリア・グラディス隊長か……』
 スクリーンに映ったラドルは、いささか以上にやつれていた。精悍だったはずの顔には、そんな面影がキレイに消え去ってしまったようだ。タリアは敢えてそのことには何も言わず、ハイネが到達した答えを差も自分で思い当たったように説明し、撤退することを進めた。
『しかし、撤退などしてそれこそ敵の侵攻を誘うものではないのか?』
「ラドル隊長、撤退は物資の残りがあるときに行わねば意味がありません。物資があれば、敵が攻めてきても戦うことは可能ですが、なくなればそれも出来なくなるのです」
 ハイネの受け売り意見ではあったが、ラドルを納得させ、説得するには十分すぎるほどだったようだ。
『各地に分散した部隊を結集して、すぐに撤退するとしよう。どうも貴官の意見に間違いが見つけられそうにない』
 こうしてラドルは早急に撤退準備に取りかかった。一方、海上のモラシム艦隊はタリアから打診されたウィラードが、長距離通信の回線を繋ぎ、撤退案を進めていた。
『ワシはあの女史の意見に賛成する。貴官とて、食力も為しに戦うことなどできんだろう?』
「しかし、一戦もせず、戦わずして退くなど……」
 もしこの通信を送ってきたのがタリアならば、モラシムは怒声を持ってはね除けただろう。が、相手がザフトの宿将ともなれば話は別で、モラシムはしどろもどろな意見を言う羽目になった。
『貴官、いい加減にしろよ! 貴官一人の欲がままに、他の兵士を犠牲にするつもりか!』
 撤退を拒むモラシムに対し、遂にウィラードが怒声を放った。おっかない親父さんどころではない、子供が聞けば100人中100人が泣き出し、大人が聞けばすっ飛んで逃げ出すような剣幕と迫力があった。
「判りました……撤退します」
 情けなさそうな顔をしながら、モラシムは頷くしなかったという。

 

「何とか間に合いそうね」
 折角占拠したスエズ基地を引き払う準備を進めるミネルバだったが、タリアの顔は何処か明るい。ハイネに乗せられた形とはいえ、この手柄は紛れもなく自分のものとなるのだ。
「艦長、ミネルバの発進が整いましたよ」
 事務処理に追われるアーサーの代わりに、ハイネが伝えに来た。
「えぇ、もう少しで撤収作業も終わるわね。まったく、戦闘もしてないのに、どっと疲れたわ」
 形としては、ファントムペインにいいように振り回された形となる。後方のタリアでさえこれなのだから、ラドルやモラシムが抱える失望感は相当なものだろう。
「艦長、本国の統合作戦方部より通信文が届きました!」
 オペレーターのメイリンが、声を上げて報告してきた。
「通信文? 何かしら」
 勝手に撤退を進めている事への苦情だろうか? いや、撤退自体はまだ知らせていないし、第一戦場での行動権は一手以上のものなら現場指揮官が持っている。撤退の判断も、指揮官の裁量次第のはずだ。
 では、この通信は?
「何々……あら、何を今更って内容ね」
「どうしたんです?」
 ハイネが訝しげに尋ねる。
「本国が、補給物資を積み込んだ部隊を発進させたそうよ。明日ぐらいには地球の各基地に届くからって。今更遅い話よ」
 だが、この物資が届けば、基地に帰り着いたザフト軍が食いっぱぐれることはなくなるだろう。そう考えれば、当面は安心しても良いはずだった。
 しかし、それを聞いたハイネの顔が著しく険しいものとなった。
「まずい、これはまさか」
 ハイネは、冷や汗を流していた。

 

「それは本当ですか?」
 結局、ロッシェが国防委員長であるヘルマンと面会できたのは彼が連絡を入れてから数日後だった。最高評議会の閣議が続いたことなどが主な原因で、火急の用件と言っても聞き入れられなかったロッシェは不満を憶えていた。
「あぁ、既に補給部隊の第一陣は物資を大量に積み込んでプラントを出発した。そろそろ地球圏軌道にさしかかってもいい頃だと思うが?」
 ヘルマンは突然尋ねてきた珍客ともいうべき男に、疑問を憶えずにはいれなかった。ロッシェ・ナトゥーノ、決して知らない男ではない。いつだったか、ラクス・クラインの地球における護衛役を決める話が持ち上がったときに知り合った。その優美な容姿と、卓越された実力は忘れようはずもない。
「遅かったか」
 そのロッシェが、誠に奇妙なことにザフトの補給計画はどうなっているのかと尋ねてきたのだ。作戦内容は軍事機密ではあるが、相手はザフト軍人、しかも特務隊であるし、ヘルマンは特別にそれを教えたのだが……
「それで、護衛は何隻ついているのですか?」
「護衛?」
 ヘルマンは資料を探し出し、補給部隊に付けられた護衛艦の数を調べた。
「戦艦が三隻、モビルスーツが12機となっているが……」
「たった三隻、それじゃ少なすぎる。すぐに補給部隊を引き返させるんです!」
「引き返す? おい、話が見えてこない。一体どういうことだ」
 その時、ヘルマンのデスクの上にある通信機器が音を立てて鳴り響いた。ヘルマンは困惑したように、それを取る。
「ヘルマンだ……あぁ、そうだ。それで? あぁ……なにっ!?」
 ロッシェには、その連絡の内容にある程度予想が付いていた。やがてヘルマンは機器の受話器を置くと、蒼白となった顔をロッシェに向けた。
「補給部隊が、全滅したそうだ」
「……そうですか」
「ファントムペインの月基地から出撃したであろう、五十隻以上の艦隊に襲撃され、一溜まりもなかったと、報告が来た」
 意気消沈するように、ヘルマンはソファへと沈み込んだ。ロッシェは敢えて、何も言わなかった。
 そう、ファントムペインによる大反撃が開始されたのだ。