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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第43話

Last-modified: 2007-12-30 (日) 15:06:32

ファントムペインにおける内部分裂が発生するよりも少し前、ザフト軍ディオキア基地では、オデル・バーネットがプラントへと赴くためにミネルバを退艦した。
モビルスーツも収容できる大型シャトルを使って宇宙へと飛び立っていったオデルを見送った後、ミネルバは今後の対応を決めることとなったが、その主導権はアスラン・ザラが握った。
「ジブラルタル軍がカーペンタリア基地へと向かったのは戦略的撤退であり、仕方のないことでしょう。ですが、これでは欧州におけるザフトの勢力は減退する一方です」

 

同格にして先輩であるハイネ・ヴェステンフルスが死に、年長であり艦内の人望が厚かったオデル・バーネットが退艦した事実は、アスランにとって有利に働いていた。両者とも、アスランにしてみれば目の上のたんこぶといっていい存在が消えたのだ。完全に調子に乗ったアスランは、艦内の掌握に乗りだした。

 

「俺はミネルバはカーペンタリアに向かわず、ファントムペインに対して可能な限りの抵抗を試みたほうが良いと思います」
「冗談じゃないわ。たった一隻で何が出来るっていうの!」
「違います艦長。たった一隻で出来ることを、我々はやれば良いんです」

 

アスランの説明では、何もミネルバ一隻で大軍を相手にするとか、ファントムペインを叩きつぶすとか、そういう夢物語を言っているのではない。
既に地上において、ザフトは戦略レベルでの劣勢を強いられている。これを戦術的に覆すことなど不可能に近いが、この差をこれ以上広がらないようにすることなら出来るはずだ。

 

「ミネルバは確かに一隻の戦艦に過ぎません。ですが、逆に一隻だからこそ、大軍には出来ないことが可能なはずです」

 

熱弁に刺激されるものもいれば、されないものもいる。タリアは後者であった。昨日の大敗北が堪えたのか、その考え方は消極的であり、無難なものだった。

 

「ダメよ、貴方の言うことはもっともだけど、ミネルバだけでそんな危険は犯せないわ」

 

タリアはそう言ってアスランの進言を退けたが、それで引き下がるようなア
スランではなかった。それどころか、翌日になって一枚の文書をタリアに突きつけてきたのだ。

 

「これは……!」

 

文書は、国防委員会よりの命令書であった。そこにはザフト軍艦ミネルバの司令官にアスラン・ザラを任ずると書かれている。

 

「艦長には今後、作戦指揮など一切の権限を私に移乗して貰います。貴女はただこの艦の運用のみを担当してくだされば結構。これよりミネルバの指揮は俺が執ります」

 

アスランはメイリンを使ってギルバート・デュランダル最高評議会議長に直接打診し、このような命令書が届くように工作したのだ。そして、ミネルバはたった一通の命令書で、アスランに乗っ取られた。

 

第43話「それぞれの迷路」

 
 
 

ヘブンズベースを脱出したネオ・ロアノークとその部下たちは、当てもなく大海原を逃げ回るのを避け、とある小島に艦を停泊させていた。ヘブンズベースからそれなりに離れた位置にあるこの島は、地図にも載っていないような無人島であり、当面の発見の恐れはなかった。

 

「さて、これからどうしたものかな……」

 

勢いで逃げ出したのはいいものの、何か考えがあったわけではない。これからどうするのか、それを決める必要がネオたちにはあった。

 

「俺達がまず決めなくてはいけないのは、逃げるか、それとも戦うかと言うことだ。既にヘブンズベースからは俺達を捕獲ないし、抹殺するための部隊が出撃しているはずだ。これをどう対処するか」

 

戦うにしても、今のネオたちには戦力らしい戦力はない。彼らが乗船している高速艦には一応の武装は付いていたが、戦艦などとは比べものにならないぐらい貧弱である。
また、搭載しているモビルスーツの数は全部で六機、その内三機はネオ専用のウィンダムと、スティングのカオス、ステラのガイアである。

 

モビルスーツ六機は、それなりの戦力ではあるものの、必ずしも多いとは言い難い。
スティングや他の仲間も腕に覚えこそあるが、あるが故に、今の戦力では戦うことは出来ないと悟っていた。

 

「では、当面は逃げることに専念するとして、このまま永久にファントムペインから逃げ続けるのか。それとも、どこかの基地などの占領して、あくまで軍事的抵抗を試みるために行動するのか、その辺りを決める必要がある」

 

前者も後者も、実現性としては皆無に等しかった。
前者はもちろんのことだが、後者はどうだろうか?確かに基地一つを制圧すれば、純軍事的にはかなり有利になるだろう。
補給、整備、防御、それらの心配が少なくとも軽減するし、基地を拠点として各地から同志を募れば、ファントムペインに対抗することも出来るかも知れない。

 

問題は、どうやって基地を制圧するかだ。今の戦力でも、小規模な基地なら攻略も可能だろう。
だが、小さな基地を一つ占領したぐらいでは、ファントムペインが艦隊を派遣すれば一瞬で撃滅されてしまう。
では、それなりに大きい基地を占領するとして、これは戦力だけの問題ではない。ネオとその仲間たちでは、大規模な基地を運用していくだけの人数はいないのだ。

 

「結局、どちらも現実的ではないな……」

 

だからといって、このまま立ち止まっているわけにもいかない。逃げ出した以上、ネオには責任がある。彼らと共に、生き抜くためにあらゆる努力をしなければならないと言うことが。

 

「……ネオ、こういうのはどうだ?」

 

「何か、いい案でもあるのか、スティング」

 

ずっと黙り込んでいたスティングが、自身の考えをまとめたのか口を開いた。

 

「プラントに亡命しよう」

 

あまりにサラリと言ってのけた提案に、その場にいた者全てが提案内容の重大さと、それがスティングの口から発せられたことの意外さに驚かされた。
ネオも、仮面に隠れた眉を顰め、スティングに詳しい説明を求めた。

 

「今の俺達は、現実的に考えると逃げ続けることも、戦うことも出来ない。確かにどこかの基地を奪って仲間を集めるのも一つの手だが、数が集まるとも限らない」

 

ならば、既にある程度の実力を持った組織に身を寄せるほかあるまい。自分らが持っているファントムペインの機密を手みやげに赴けば、ザフトは歓迎して自分たちを迎え入れるのではないか?

 

「しかし、俺達はつい先日までザフトと戦っていた。連中を数多く殺して、俺達も多くの仲間を失った。アウルだって…………上手くいくかな」

 

「ベルリンに行こう。あそこにはザフトの大規模な駐屯地がある。奴らもこの前の大敗戦が堪えてるはずだし、今は戦力と同じぐらい情報を欲しがってると思うぜ」

 

一理ある意見であった。独自に第三勢力を築くといことは、才覚や才能だけの問題ではない。名君の元には名将が集まるとか、そういうことではないのだ。

 

「ですが、何もザフトでなくとも……中立国のオーブという手もあるのでは?」

 

一人が遠慮がちに提案をしてきた。
中立国オーブ。ファントムペインにもザフトにも属さないかの国は、ナチュラル、コーディネイター、問わずに亡命者を受け入れている。
あそこならば、案外あっさりと自分たちを受けれてくれるのではないか?

 

ザフトに対しての嫌悪感があるのか、それは積極的な意見であった。

 

「いや、無理だろう。オーブのウナト・エマ・セイランは、そんな危険は犯さない男だ」

 

オーブがいくら中立と言っても、ファントムペイン寄りであることに代わりはない。
ウナトやその息子であるユウナといった有能な政治家たちが、何とかファントムペインと距離を置こうと奮闘してはいるものの、それは結局の所時間稼ぎにしかならない。
地上での戦局がファントムペインに大きく傾いた今、それを離反したネオたちなど厄介者でしかないはずだ。

 

「オーブには、ザフトほどファントムペインと敵対しなければならない理由はないからな」

 

口ではこのようなことを言っているが、実はネオは単純にオーブに行きたくないのである。
あの国には、自分の仮面の下を知る人間が多すぎる。今更、戻れるわけがない。自分はもう、ネオ・ロアノークなのだから。かつての友も、仲間も、全て捨てたのだ。

 

「だが、ベルリンに行くとしても……果たして、そう上手くいくかな」

 

ロード・ジブリールにしろ、ホアキンにしろ、彼らは決して馬鹿ではない。
ジブリールは若くしてブルーコスモスの盟主にまで上り詰めたほどの男だし、ホアキンは中佐にして艦隊司令官を任されるほどの男だ。
ネオたちに限られた選択肢しかないことぐらい、お見通しのはずだ。

 

「もし、敵がこちらの先手を取って、ヨーロッパ大陸までの航路を封鎖したらどうする……?」
ネオは呟くと、考え込むように黙り込んでしまった。恐らくジブリールは、ホアキンに追撃の命令を出すはずだ。
指揮官としてネオと対等に渡り合えるのは彼だけであるし、旗下のモビルスーツ部隊はスティングやステラに勝るとも劣らない実力を持っている。

 

「奴は恐らく、一個艦隊は動員してくるはずだ。数の多さ、大軍の不利に付けいる隙が生まれるか」

 

予想は的中した。哨戒機の一機が、ヘブンズベースから出撃するホアキン艦隊を目撃したのである。
その数、一個艦隊前後。これを分散させて、各地の捜索に当たらせるのだ。

 

報告を受けたネオは、すぐに艦艇の発進を命じた。航海長から、目的地を問われると、こう答えたという。

 

「最終目標は、ベルリンへ」

 
 

ネオ・ロアノークが憲兵を撃ち倒して脱走したという事実は、当然のことながらブルーコスモス盟主にしてファントムペイン総帥であるロード・ジブリールを激怒させた。

 

「恩を仇で返しおって!奴は一体どれほど私の顔に泥を投げつけるのか!」

 

飼い犬に手を噛まれるとはこの事か。この場合、しつけする側にもそれなりの責任があると思われるのだが、ジブリールがそのことに気付くことはない。

 

「すぐに追いかけ、捕らえねばなるまい」

 

だが、ジブリールには躊躇いがあった。なまじ、次の軍事行動はデストロイを使った壮大な計画になると発表したばかりである。
それがあろうことか、脱走兵の一味を捕らえることに変わるなど、彼のプライドが許せなかったのだ。

 

「背に腹は代えられないというが……」

 

ジブリールが恐れるのは、ネオの才能や器量ではない。彼は一個人の才能や才覚には必ず限界があると思っていた。
彼が恐れるのは、ネオがあの仮面を外し、素顔を晒して表舞台に立つことだ。

 

「そうなれば、ファントムペイン内の不穏分子どころではなくなる」

 

旧連合の残存兵力を始め、未だファントムペインに対し抵抗感を憶える国々すらも結集するかもしれない。
結集して、ファントムペインに対等の勝負を挑んできたら……それほどまでに、彼の本当の姿は影響力が強いのだ。

 

「冗談ではない。そんなことになってたまるか」

 

ジブリールはホアキン狢膾喚瓩鮓討喀个掘彼にネオの捜索と確保を命じた。
艦隊、物資に糸目は付けず、何が何でも早期に捕まえることに念を押した。

 

「閣下、仮にネオ・ロアノーク元大佐を殺すになっても、構いませんかな?」

 

生け捕りが難しい場合は、殺してしまってもいいのかとホアキンは尋ねているのだが、これに対しジブリールは断言した。

 

「屍でも構わんから、奴を私の前に引きずり出してこい」

 

惜しい人材ではある。用兵センスも、政治センスも、ネオはファントムペインで、ずば抜けた才能を持つ男だ。
有能であり優秀、殺すには惜しい。しかし、その才能は自らの手元に置いてこそ魅力的なのであり、敵とするには厄介でしかない。

 

「くだらん感傷に囚われおって……非人道的なのは、元々承知の上だろうに」

 

エクステンデットにしろ、その先行であるブーステッドマンにしろ、存在自体がそもそも非人道的なのだ。
コーディネイターを倒すためだけに作られた戦闘兵。人間である以上、確かにネオが言うように意思や感情を持っていても、不思議ではない。
不思議ではないが、だから何だというのだ。可哀想だから辞めましょう?馬鹿馬鹿しい、我々は命がけの戦争を行っているのだ。

 

「優しさなど、戦争には不要の感情だ。敵に勝ち、生き残るためには人は非常にならねばならない」

 

考え方の違い故に、ジブリールとネオは同じ道を歩めなかったのか。牙を剥いたのはあちらが先だ。
あくまで歯向かうというのなら、徹底的に潰してやるまでだ。

 

「大佐、ネオは逃げるにあたって高速艦一隻と、僅かなモビルスーツしか連れて行かなかった。機動力の面を考えると正解だと思うが、長期的に活動は出来ないはずだ」

 

「確かに。いずれは、海賊化するやもしれませんな」

 

冗談で言ったわけではない。脱走兵が山賊や海賊の類になることは、間々あることなのだ。

 

「それかどこかの基地を占領し、不穏分子を結集するか……」

 

可能だろうか。そのようなことが。確かにネオは優れた能力を持つ軍人だが、その能力を活かすだけの戦力が、今は決定的に欠けているはずだ。
となると、やはりホアキンの言うように海賊化するのだろうか?

 

「いや……違う」

 

ネオ・ロアノークが、唯一ロード・ジブリールに対して褒める点があるとすれば、彼が決して馬鹿ではなかったことだろう。
ジブリールは人間的には時に非情で、劣悪な考えをする男であったが、決して馬鹿ではない。
非凡な戦略思想を持っていたし、政治的な決断にも優れている。あのムルタ・アズラエルと盟主の座を競っていた男なのだ。優れていないわけがない。

 

「あるいは、亡命ということも考えられる……」

 

むしろ、今となってはその方が現実的ではないか?

 

ネオはファントムペインの幹部であり、ジブリールの側近といっていい存在だった。
知りうる極秘機密の数は他者を圧倒していたし、それを手みやげにどこぞの国にでも亡命を図ったら。

 

「プラントか、それともオーブか?」
現状、ファントムペインに対抗しうる能力を有しているのは、この二つの国ぐらいであろう。
あるいは、ユーラシア連邦の可能性もあるが、あそこがファントムペインと全面衝突をするとは思えない。

 

「いや、それならばオーブも同じことだ」

 

あの国もまた、ファントムペインと敵対することを避けている。避けているからこそ、プラントとの関係を打ちきり、表面上はこちらに協力的な姿勢を見せているのだ。

 

「すると、残るはプラント、ということになりますかな?」

 

険しい面持ちで、ホアキンが言う。ネオがザフトと合流する。果たしてあり得ることだろうか?
ファントムペインは皆が皆、ザフトを、コーディネイターを嫌っている。

 

「いや、奴には関係のないことだ。ネオはブルーコスモスの信者ではないのだから」

 

「信者ではない?」

 

ホアキンはその言葉に眉を顰めた。思えば、自分はあの仮面を付けた犖記畩經韻里海箸魏燭眞里蕕覆ぁ
ある日突然大佐の階級でファントムペインに現れたかと思えば、まるで見せつけるように多くの武勲を打ち立て、他者にその存在を納得させたのが、ネオ・ロアノークという男だった。

 

「……詳しいことを話す気はない。大佐、貴官の任務は脱走者であるネオ・ロアノークを追跡し、生死を問わず確保することにある。私が思うに奴はザフトと接触を図るはずだ。その前に奴を捕らえろ!」

 

こうして、ホアキン大佐の艦隊がヘブンズベースを出撃することとなった。
艦艇数も、兵力も、たかが一隻の艦艇を追跡するには多すぎる。事実、何故このように大規模な動員なのかと、副官が尋ねたほどだ。

 

「なんといったかな……古いことわざにこんなのがあっただろう」

 

発進する旗艦の艦橋にて、ホアキンは邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「獅子は兎を狩るのにも全力を尽くす、と」

 
 
 

場所を移してミネルバである。ミネルバの指揮官にして最高権力者であったタリア・グラディスから、特務隊フェイス所属のモビルスーツパイロット、アスラン・ザラが『合法的』に全権を奪い、ミネルバの司令官及び指揮官へと就任したニュースは、瞬く間に全艦へと伝わった。
突然の事態に、艦内には驚きと困惑が広がった。タリアは動揺するクルーを見て、彼らによる反発を期待した。
彼らクルーが新しい指揮官であるアスランを認めず、軍務や職務をボイコットしてくれれば如何にアスランが正規の手続きによる命令書を持っていたとしても、撤回せざるを得ないだろう。
タリアは、アスランの行いも所詮は三日天下に過ぎないと高をくくったが、予想通りにはならなかった。
それどころか、権限を失った途端、タリアの人望の欠如が露わになったしまった。

 

「艦長が指揮官としての権限を失ったらしいぞ!」

 

人から人へ話が伝わり、聞く者は誰しもが驚いた表情をするが、三十秒も経たぬ前にことを理解し、あろう事か笑い出した。

 

「はは、そいつは面白い。自業自得だ!」

 

さすがに拍手喝采、歓声などは上がらなかったが、逆に誰一人として反発しなかったのだ。
さらに自業自得という声には次々と賛同が上がり、むしろアスランの行いを賞賛し始める者まで現れた。

 

予想外の反応に驚いたのはタリアである。誰一人としてクルーが自分を擁護してくれないのだ。
我が耳を疑うタリアであるが、このクルーの反応には歴とした理由がある。

 

「アスランは元々、ハイネと一緒に艦長に何かと進言を繰り返していた。でも、艦長は年下の癖に自分より出世している二人が気にくわないもんだから、難癖付けては退けていた」

 

事実がどうであったかはともかく、クルーはアスランとタリアの対立をこのように認識している。
また、真実にしてみても、タリアの心の中に若くして出世したアスランやハイネへの劣等感があったことは否定できないであろう。

 

生前ハイネは親しい人間、つまり陰口や悪口などを他言しない人間に対して、艦長が尽く自分の意見を却下することに対して不満を漏らしていた。
ハイネ亡き今、そうした内情が他の人間にも知られるようになり、一転してタリアの不見識を批難するようになったのだ。

 

「女ってのは基本的に妬み深い生き物なのさ。知ってるか?この前の会戦の時も、どうあってもハイネやアスランの意見を聞かない艦長に痺れを切らして、仕方なくハイネが下手に出たそうだ。そうしたらどうだ、気分が良くなったのか、艦長の奴、耳を貸すようになったらしいぜ」

 

必ずしも誤解、誤認であると言えないことが、今日の状況を作り出してしまった原因だろう。
タリアは日頃の行いの悪さ、それも本人が全く意識していなかったことで、部下からの人望を失ったのだ。

 

「ありえないわ……こんな、こんなことって!」

 

理解できず、理解できたとしても納得できないのは、タリアだけである。
こうなった今になっても、タリアはどうして自分がこんな目に合っており、誰も助けてくれないのか、判らなかったのだ。
本人が判っていないことも果たして自業自得呼ぶのか。どちらにせよ、それはこの際、さしたる問題ではない。
問題なのは、タリアが艦長職として持つ権限が、艦の基本的な運用権まで落ち込み、その他の全権がアスランへと移ったことにある。

 
 

アスランは、当初クルーの反応に驚いていた。仕掛けておいて何だが、まさか、こんなにあっさりいくとは思わなかった。
何せ、タリアの副官であるアーサー・トラインでさえ、表だって彼女を庇おうとはしなかったのだ。

 

「融通の利かない女性だと思っていたが、クルーにまで嫌われていたとはな」

 

クルーの中には、ハイネ・ヴェステンフルスが戦死したのも、タリアが彼の進言を取り上げなかったせいだなどと言い出す者も出てきている。
さすがにそれは言いすぎだと思ったが、アスランは敢えて止めようとはしなかった。
一つに、ある程度クルーの心ない発言を浴びせておけば、理由は判らずとも自分に人望がないことをタリアに理解させることが出来ることと、それによって彼女の今後における発言力を弱めさせるという狙いがあった。

 

さらに、ある程度時間が経ち、タリアを誹謗中傷する発言が目立つようになり始めてからアスランが止めるように言えば、クルーはアスランのことを、今まで不遇な扱いを受けてきた相手に対してなんて度量が広いのかと褒めるはずだ。
タリアにしてみても、庇われて逆恨みするような性格でないとすれば、アスランに感謝するだろう。

 

「人心掌握の初歩だな。こう上手くいくのも珍しいが」

 

「さすがですね。計画から僅か一日足らずで、ここまでやっちゃうんですから」

 

メイリンが人の悪そうな笑みを浮かべるアスランに対し、明るく愛らしい笑顔を向けた。

 

アスランは、オデル・バーネットが何らかの理由でミネルバを退艦し、プラントへ向かうと知ったときから、ミネルバの全権を握る計画を考え始めたのだ。
さして時間があったわけでもないこの計画は、練りに練った策謀というわけではなかったが、無事に成功している。

 

「君の助力があったからだよ。情報操作、ご苦労だった」

 

「別に、褒められるほど何をしたわけでもありませんよ」

 

ハイネとアスランが、タリアと対立していたという事実が艦内に広がる切欠となったのは、メイリンが軽い情報操作をした結果だった。
メイリンにしてみれば、それは情報操作でも何でもなかった。いつも友人たちにする世間話に、こんな話があると混ぜ込んで、噂として流布しただけなのだから。

 

「噂なんてのは、一度流してしまえばひとりでに成長するものなんです。最初に言いだしたのが誰かなんて、そんなことを気にする人はいませんしね」

 

タリア一人を傷つける状況になったことに対し、メイリンは少しだけ不憫に感じたが、彼女もまた自業自得だという思いが強い。
艦橋要員として艦長の側にいて、幾度となくタリアとアスランが対立する姿を見ているし、ハイネが親しい人間に愚痴をこぼしたように、アスランもまたメイリンに対してタリアへの不満を言うことがあったのだ。
元々、アスランよりの人間であるメイリンとしてはタリアを不憫と思っても同情する理由はないのだ。

 

「それで、これからどうするんですか?あ、これからってのは艦長に対する誹謗中傷を抑えて、精神的にも艦内を掌握した後のことですけど」

 

「予定は色々立ててあるが、とりあえずは補給だな。ハイネを倒すのに必死になりすぎて、ジャスティスのフライトシステムを失ったからな」

 

ジャスティスのパーツは、ザクなどの量産機と違ってすぐ調達できるものではない。
専用のパーツをプラントから取り寄せる必要があり、パーツの予備がなければ一から作らなければ行けないのだ。

 

「まあ、長くは掛からないだろうがな」

 

ミネルバに、ジャスティスのパーツを含めた各種補給物資と、アスランが予想もしていなかった物が届くのは、それから間もなくのことである。

 
 
 
 

プラントにはいくつかの秘密工場がある。ザフトが一般には公開していない、もしくは公開する予定はあるものの、完成までは秘匿しなければ行けない物を製造する場合などに使われるのだ。
前大戦では、フリーダムやジャスティスといった核機動のモビルスーツなどが作られた場所であるが、現在は異世界からの客人であるハワードが、日々、研究と開発をする場所になっている。

 

「大分無茶な使い方をしたな。宇宙に戻ってきて正解だったぞ。これ以上酷使すれば、整備や修理でどうにかなる問題を超えていたぞ」

 

運び込まれたオデルのG-UNITジェミナス02を見て、ハワードが漏らした言葉である。
ハワードが呆れたように笑ったのは、彼がガンダムをこのように酷使して戦い続けたパイロットたちを、幾人も知っているからであろう。
むしろ意外だったのは、オデルが機体をここまで疲労させるほど、熱く戦ったという点だ。

 

「それは、ハワード。貴方が弟子のことをまだ理解し切れていない証拠だ。確かにオデルはクールな男だが、内に秘めた炎は時として、ロッシェやアディンにも勝る熱さとなって燃え上がるほどさ」

 

ディック・ヒガサキが軽快な笑いと共に言ってのけた。彼は、オデルが居たMO-垢暴蠡阿靴討い慎蚕兌垠鸚鞍士で、これからジェミナス02の整備を担当することとなる。

 

「ご迷惑をお掛けします」

 

二人に対し、オデルは頭を下げる。

 

「ところで、ハワード。ロッシェが地上に来た際、貴方へ届けるように渡した物があったと思うのですが、ご覧になりましたか?」

 

「ん?あぁ、あれか」

 

ロッシェ・ナトゥーノが地上に降り立った際、オデルは彼と会う機会を得た。
そこでオデルは、ロッシェにある届け物を託している。

 

「見ることは見たが……オデル、ワシはあれはどうかと思うぞ」

 

「何故ですか?あれを完成させることが出来れば、シンのインパルスはもっとパワーアップできるはずなんです」

 

オデルがロッシェに託したのは、彼が独自に考え、構成したインパルスの強化シルエットの設計図である。
G-UNITの制作にも関わっていたオデルは、インパルスの特製がG-UNITのそれに近いことに気付き、同じ設計思想が活かせないかと思ったのだ。

 

「基本的にお前さんの言ってることは正しい。お前さんが寄こしてきた設計プランは、確かにインパルスの長所を生かし、強化することが出来るだろう」

 

「だったら、すぐに制作を!」

 

「まあ、聞け。オデル、お前さんは長所を生かすことばかりを考えて、そこから生まれる短所の存在に気付いていない」

 

「短所が、生まれる?」

 

「そうだ」

 

ハワードの説明はこうである。オデルの考えたインパルスの強化シルエットは、現在インパルスが戦況に合わせて装備する三タイプのシルエットを融合したようなものである。
砲戦に強く、接近戦にも強い、それでいてバランスも良い。オデルは一見不格好とも思える武装の集合体を上手く合わせ事に成功し、見事な設計図を仕上げた。
それはハワードも認めるところであるが、オデルは一つ、重要な点を見逃していた。

 

「インパルスはジェミナスと違い、合体機構を持つモビルスーツだ。単一のモビルスーツならともかく、インパルスではお前さんの作った装備は重すぎる。使用する際に掛かる機体の負荷は、かなりのものだろう」

 

「……確かに。それは盲点でした」

 

インパルスは機体をパーツ化することで、幾多の戦場において長時間の戦闘を可能としたモビルスーツである。
コアコクピットであるコアスプレンダーさえ破壊されなければ、パーツが続く限り戦い続けることが出来る。そういう機体なのだ。

 

しかし、長所が万事において長所となり得るとは限らない。インパルスは合体機構を持つが故に、他のモビルスーツより脆い部分がある。
表面的な防御力ならば、VPS装甲など強力なシステムに守られている。だが、パーツごとの接続部分はやはり防御力、というよりも耐久力が落ちるものだ。
機体の負荷が集中するのもこの部分であれば、過負荷なパーツなど以ての外だ。

 

「実際にテストしてみないと何とも言えんが、とても長時間の戦闘が出来るとは思えん。それに、動力源の問題もある」

 

A.C世界のモビルスーツとは違い、この世界のモビルスーツは大抵がバッテリー式だ。インパルスもそれは変わらず、バッテリーでこのシルエットを起動するとして、一体何分ほど稼働していられるか。

 

「ですが、インパルスにはデュートリオンビーム送電システムが」

 

合体機構と同じぐらいインパルスの強みとされているのが、このバッテリー充電のためのシステムで、ミネルバから照射されるビームを機体に受けることで、帰還することなく充電を完了させるのだ。

 

「無理だな。十分おきに充電を繰り返す羽目になるかもしれんぞ」

 

実戦に耐えうる物ではない。ハワードは一人の技術者として、そう判断していた。

 

「そうですか……このシルエットフライヤーの開発も、今回プラントに来た目的の一つだったんですが」

 

「随分、インパルスのパイロットに入れ込んでいるようだな。確か、まだ若い少年兵だったか?」

 

「えぇ、シン・アスカといいます」

 

悩み、苦しみ、転んでは立ちあがり、どん底に落ちても這い上がってくる。
オデルはそんなシンの姿を見てきた。

 

「私も親を亡くしていますからね。共感してしまうのかも知れません」

 

最大の違いは、オデルには弟と、彼らを保護してくれた後見人が居たことだ。
育った環境の違いが、その後の運命を変えた。

 

自分ももしかしたら、シンのようになっていたのではないか?そんな考えが、オデルがシンに情を感じる所以なのかも知れない。
それはかつて、オデルの弟であるアディン・バーネットが、敵であるルーナ・アルモニアの姉妹に感じた気持ちに近い物がある。
アディンは、自分と同じく幼くして両親を失ったルーナが、姉と二人、戦士としてしか生きる術のなかった二人の生き様に、かなり思うところがあったらしい。

 

「とりあえず、ワシが出した結論としてはこの強化シルエットをインパルスに装備させるよりは、新たな機体を一から作ったほうが良いということだ」

 

「新たな機体?」

 

「お前さんが、ガンダムグリープを作ったようにさ」

 

シルエットフライヤーのデータを元に、ガンダムグリープに相当する機体を作ってみようではないかと、ハワードはそう言っているのだ。

 

「合体機構の長所を無くすのは惜しいが、このシルエットフライヤーの設計図を活かすにはそれしかない」

 

さすがとしか言いようがなかった。ハワードはただオデルの設計図の短所を指摘するだけではなく、どうやってそれを活かすことが出来るかを、ちゃんと考えていたのだ。

 

「ハワード、貴方という人は本当に……」

 

自分はまだまだ、この人から学ぶべきことが多い。技術、発想、経験、全てにおいてハワードとオデルの間には大きな差があった。

 

「でも、ハワードは凄い。私の設計図を見ただけで、間違いを指摘できるのだから」

 

ハワードは、オデルと違い実際にインパルスを見たことがないはずだ。
それなのに、こんなにも正確な指摘が出来るとは。オデルが感嘆したような表情で言うと、ハワードは少しだけ驚き、サングラス越しに眼を細めながら、何故か苦笑しだした。

 

「違う、違うぞオデル。確かに設計図の段階で気には掛かってたが、確信を持てたのは別の理由だ」

 

「え?」

 

「実際に作ったから、結論が出たのさ」

 

サラリと言ってのけたハワードの言葉を理解するのに、オデルは数秒の時を有した。そして、気付いたときには驚きと興奮がこみ上げてきた。

 

「それは、いまどこに!?」

 

「ほれ、そこにあるではないか。お前さんがここに来たときから、いつ気付くか、いつ気付くかと思っておったのに」

 

見れば、工場の隅にそれはあった。オデルが設計したとおりの姿形をしたそれは、燦然と輝いているようにも見えた。

 

「活動限界は、予想では二十分。それ以上は、充電しても機体の方が持たないはずだ。そのため、活動時間は十五分が望ましい」

 

「十五分でも使えるのであれば、すぐに地球へ送りましょう。新たな機体を作るまでは、これで凌いで貰うんです」

 

本当に、この人に追いつくことが出来るのか。オデルはそんな気分だった。
ロッシェに設計図を託してから、そう長い月日は流れていない。それなのに、ハワードはこうして完成させてしまったのだ。

 

「さて、では明日にでも早速新しい機体の制作に取りかかろうか」

 

とこのころで、とハワードが続けた。

 

「このシルエット、名前はあるのか?設計図には、強化シルエットとしか書かれていなかったぞ」

 

「ありますよ」

 

新しく作るモビルスーツは、このシルエットフライヤーと同名になるかも知れない。オデルには、何故だかそんな確信があった。

 

「デスティニーシルエットという名前です」