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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第44話

Last-modified: 2008-01-07 (月) 20:06:07

大西洋の大海原を、艦艇の小集団が前進していた。
戦艦一隻に巡航艦三隻からなるこの部隊は、ホアキン旗下の艦隊から分散された兵力で構成されている。ホアキンはネオ・ロアノークを捕捉撃滅するに当たって、機動力と数を重視した編成を実行したのだ。
当然、兵力を分散すると言うことは、各個撃破の危険を冒すことになる。ホアキンが構成した部隊編成は、高速艦艇とモビルスーツ六機程度の戦力に負けるはずのないものだったが、何せ相手はあのネオ・ロアノークだ。如何なる奇策を持って打ち破るかわかったものではない。

 

「ネオ・ロアノークの艦艇を発見した場合であっても、発見した部隊はすぐに他の部隊へことを連絡し、敵の監視・追跡に努めろ。無闇に戦端を開くことは固く禁ずる。戦闘は全部隊が結集して初めて行うのだ」
仮にネオが各個撃破の好機と思い、こちらに積極的な攻勢を仕掛けてきたとしても、攻勢ではなく守勢に転じる。何も危険を冒してまで少数で戦う必要はないのだ。上手くいけば集まる艦隊で包囲殲滅することも、場合によっては可能かも知れない。

 

「くれぐれも念を押すが、欲がまま、功績欲しさに戦端を開いた者には厳罰を持って処断する」
その通達を聞いた士官たちが背筋に寒気を憶えたのも無理はないはずだ。
ホアキンは元々、敵味方問わずして情け容赦のない性格で知られる男だ。例えば、彼は尉官時代、憲兵隊の所属だったことがある。彼はそこで主に捕虜の尋問を担当していたのだが、苛烈な取り調べは尋問ではなく拷問に近かったと言われている。実際に拷問の現場を目撃したという証言が少ないため、真意のほどは定かではないが、彼が尋問を担当した捕虜の半数以上が取調中に死んでいることを考えると、嘘ばかりとも言えないだろう。

 

また、こんな話もある。佐官になった頃、ホアキンの下にいた副官が何かと彼を敵視し、競争相手として接していたことがあったという。この男は無能ではなかったが、失敗に無縁というわけでもなかった。そして、一度の失敗が彼の将来を奪った。ホアキンはこの煩わしい副官が作戦行動中に失敗をしたのを知るや、激しく糾弾し、また自ら尋問を行った。副官はその後、戦闘中行方不明と言うことになったというが、この話は副官の名前もハッキリ伝わっているので、事実だと言える。
失敗しただけでこれならば、命令違反ともなれば命が三つは必要だ。ホアキンの部下たちも、功績に対しての欲はあったが、それを抑えて望まねばならなかった。
だが、彼らも、そして彼らを各地へ送り込んだホアキンですら予想だにしない報告が舞い込んできたのは、部隊が出発してから僅か二日後のことだった。
ジブラルタル方面まで南下を試みた部隊の一つが、敵の奇襲を受けて壊滅したというのだ。あれほど戦闘はするなと念を押したにもかかわらずだ。

 

「一体どういうことだ!奇襲を受けたと言ってもネオの持つ戦力程度に何故壊滅させられる!」
ホアキンは怒鳴り散らしたが、壊滅した艦隊が撃沈の寸前に送ってきた緊急連絡をみて顔色を変えた。彼らを襲ったのはネオ・ロアノークではなかったのである。

 

「ミネルバだと!?」
そう、ザフト軍艦ミネルバが行動を開始したのだ。

 
 

第44話「激戦」

 
 

ホアキン艦隊から分散し、ネオ・ロアノークの行方を追って航行していた部隊に対し、高速で飛来する物体が二機あった。

 

「ネオが奪っていったモビルスーツか?」
部隊の指揮を執る戦艦の艦長が確認を急がせる。仮にネオたちだったとすれば、すぐに他の部隊に連絡をしなければならない。
艦長はそう思ったのだが、彼の予想は大きく外れた。

 

「ち、違います。ザフトです。ザフトのモビルスーツです!」
索敵担当の士官が、うわずった声で報告を叫ぶ。

 

「何!?」
「敵影、スクリーンに出ます!」
レーダーによって捕らえられた二機の映像が、スクリーンへと映し出される。

 

一機は派手な真紅のボディが強烈な印象を他者に与えてくる。もう一機は、対照的に青や紫と言ったカラーリングであるが、確認されるだけでも強力な武装が施されている。

 

「全砲門開け!モビルスーツ隊の発進準備!」

 

艦長の判断は適切なものであったが、この時ばかりは時間が無さ過ぎた。高速飛来したシンのインパルスは、ブラストシルエットのケルベロス高エネルギー長射程ビーム砲を改良して作られた、テレスコピックバレル延伸式ビーム砲塔の標準を巡航艦の一隻に向けた。

 

「沈めっ!」

 

発射されたビーム砲は、ほとんど一撃の下に巡航艦を破壊し、火球に変えた。
ケルベロスよりも幾分か威力が高まっているらしい。
一瞬にして一隻を沈められたことで焦る艦橋に、艦長の指示が飛ぶ。

 

「モビルスーツを早く出せ!全滅したいのか!」
艦長の叫びに揺れる艦橋が、突如物理的な振動に見舞われた。インパルスやジャスティスからの攻撃ではない。

 

「な、何事だ」
激しい揺れにシートにしがみつく艦長に索敵士官が悲鳴のような声を上げた。

 

「か、海中にモビルスーツの反応があります!敵は海中にも潜んでいた模様」
それはレイとルナマリアのザクだった。空戦能力を持たない二機を、アスランは海中部隊として使用したのだ。二機のザクは両肩にバズーカ砲を抱え込んで出撃すると、容赦なく敵艦の艦低部に砲弾を叩き込んだ。

 

「空中と海中の挟撃だと……」
また一隻、巡航艦が沈んだ。今度はアスランのジャスティスが斬りかかったのだ。ビームサーベルが甲板を両断し、艦を斬り裂いている。

 

「こ、後退だ。弾幕を張りつつ後退するんだ!」
残った最後の巡航艦がハッチを開き、今まさにウィンダムが発進しようとしている。これで少しは時間が稼げるはずだ。発進さえ、出来れば。

 

「させるか!」
シンは最後の巡航艦に、ビーム砲を撃ち放った。寸分の狂いもなく発射された長距離砲はハッチごと艦を叩きつぶし、爆発炎上させた。シンはビーム砲を伸縮させると、今度は二刀のエクスカリバーレーザー対艦刀を抜き構えた。

 
 

「これでぇっ!」
戦艦から発射される艦砲がインパルスを狙うが、シンはそのこと如くを避けた。瞬間的な交錯の結果、戦艦はエクスカリバーによって両断された。それこそ、真っ二つに。
見事なまでに成功した各個撃破の形であった。
遠くで戦闘を見ていたミネルバの艦橋が、驚きのどよめきを挙げるぐらいである。

 

「凄い……」
することもなく艦長の椅子に座っているタリアも、アスランの指揮の下行われた作戦の成功を認めざるを得なかった。

 

「ザラ司令より入電。敵部隊の全滅を確認。これより帰投する」
歓声の嵐が艦内に響き渡った。小さいながらも、ザフトにとっては久しぶりの勝利だった。クルーは口々に、やはりアスラン・ザラは違うだのと彼の実力を褒め称えた。
アスランにしてみれば、これは単に敵の盲点を突いただけである。ホアキンの艦隊はそれぞれがネオ・ロアノークを捕らえるために行動しており、戦闘に置いても彼らと戦うことを考えている。故に彼らは先入観で敵はネオ・ロアノークであると決めつけていたのだ。勿論、こんな大西洋の海域にザフトが、それも一隻でウロウロしているなど思いもしなかっただろうが。

 

「モビルスーツ着艦後、ミネルバはすぐにこの海域を離脱する」

 
 

アスランがファントムペインの大佐、ネオ・ロアノークがヘブンズベースを脱走し、これを討伐するためにホアキン大佐の艦隊が派遣されたことを知ったのは、脱走から僅か一日足らずだったと言われている。
「大きな会戦後に仲間割れというのは、まあ良くある話だが」
権力闘争か、方針の違いか、委細は判らないが、ファントムペインの内部で内紛が起こっているのは事実のようだ。

 

「十分な報償や地位を与えなかったのか……さて、どうしたものかな」
敵が勝手に混乱しているのだから、放っておくのも良いだろう。だが、敵の全体に小さからぬ亀裂が生じたのなら、そこにつけ込んで亀裂をもっと大きなものにしてみたいとも思う。

 

「俺なら、それが出来るはずだ」
やがてアスランの元に、ネオを追って出撃したホアキン艦隊が艦隊を少数の部隊へと分散した事実がもたらされた。敵は数を持って、反逆者の捜索に当たるつもりらしい。

 

「戦艦に巡航艦の部隊か……モビルスーツの数は十五機以下か?」
既にアスランの脳内では、分散した艦隊を各個に撃破するための作戦が構築されつつあった。現在のミネルバは、ハイネを失い、オデルが去ったことで著しい戦力の低下を見せている。特に四機いたはずの航空戦力は、半分の二機になってしまっている。
ハイネを殺したのはアスランであるからして、これに関しては自業自得ともいえるが、そんなことを気にする彼ではない。
「ジャスティスのフライトシステムはそろそろ届く頃だが、ジャスティスとインパルスだけで上手くいくかな」

 
 

ザフトは度重なる地上への補給失敗を鑑みて、補給部隊の護衛に二個艦隊を付けるほどになっていた。大軍は、動かすだけで物資と労力の出費であるから反対意見も多数合ったが、これ以上失敗するわけにはいかないのだ。物資が滞れば、ザフト地上軍は地球から撤退せざるを得ない。
だから、ミネルバから要求された物資の数々も、無事に地球へと送られた。これは大気圏降下用のコンテナを衛星軌道から目標へと降下させる大雑把なものであったが、元々ミネルバに送る物資は数が少ないため、空中で敵に撃墜でもされない限りは大丈夫なのだ。
メイリンから、アスランの元に物資到着の報告が届いた。ジャスティスのフライトシステムを除けば、後は食料品や医療品など各軍需物資ぐらいだろう。
そう思って確認するアスランであるが、一つの項目に目が止まった。

 

「インパルスのパーツも届いてるのか」
報告書を見るアスランは、この時点でインパルス用のパーツが届いたことにさしたる興味を示さなかった。インパルスは先の地中海決戦で呼びパーツを全て使い切るほどに奮戦していた。パーツによる合体機構を持つモビルスーツなのだから、こうして予備が届くのは当然だと思っていたからだ。
その為アスランは、予備パーツのリストに紛れて、まったく新しい新パーツがあることに気付かなかった。

 

「これが、インパルスの新しいシルエットフライヤー」
シンは、コンテナから運び出された、インパルスの新装備に感嘆の溜息を付いた。まさか、オデルがこのようなものを用意していたとは、考えもしなかったのである。一方、構想段階でオデルから話を聞いていたルナマリアは、もう完成したのかと驚くばかりである。何せオデルがミネルバを去ってから、そんなに日は過ぎていないのだ。

 

「凄い、これ一基を装着するだけでインパルスの攻撃力は格段に上がるぞ」
フォース、ソード、ブラストの全てを組み合わせて作ったこのシルエットフライヤーは、インパルスの総合戦闘能力を底上げするような攻撃数値を持っていた。

 

「でも、時間制限があるみたいよ…………十五分、短いわね」
「恐らく、攻撃力に特化する余り、機体に掛かる負担が大きいのだろう。短期決戦用のシルエットフライヤーだな」
ルナマリアとレイが口々に感想を言うが、シンは聴いちゃいなかった。まるでサンタクロースにプレゼントを貰った子供のようにはしゃぎながら、しっかりとマニュアルを読み込んでいる。

 

「十五分しか使えないなら、十五分で敵を倒せば良いんだ」
後は自分の実力次第だと思う。シンはオデルから送られてきたこの新装備を無駄にしないよう決意を固めた。何せ、他のシルエットフライヤーと違って替えがないのだ。無駄には出来ない。
三人が物珍しそうに、デスティニーシルエットを触ったりしている光景を、監視モニターで見ている少女が居る。言うまでもなくオペレターのメイリン・ホークだ。彼女はブリッジから物資積み込みの指示を出していたのだが、シンの元に届いた物資に興味があったのだ。

 

「…………」
メイリンは数秒考えると、秘匿回線を使用してアスランの部屋にメールを送った。こちらから要求した物資リストに含まれていないものだったからである。
メールを受け取ったアスランはリストを確認し直すと、すぐに格納庫へと向かった。

 
 

「こんなもの、いつの間に」
デスティニーシルエットを見たアスランは、驚きとともに奇妙な疑念が沸き起こった。シンやルナマリアは単純に喜んでいるようだが、何故オデル・バーネットにこのようなものが作れる?奴は一体、何者なんだ……

 

「だが、こいつは使えるかも知れない」
疑念や疑惑、疑問については後で考えても良いはずだ。デスティニーシルエットの性能はまだ判らないが、インパルスの攻撃力がアップすると言うことはミネルバ全体の戦力がアップすることと同じなのだ。

 

「仕掛けられる。確実に」
アスランはその日の午後、ミネルバの主立った士官を集めると、今後の方針を発表した。彼はファントムペインが内紛を起こしたことを教え、ミネルバはそれに軍事的介入をするというのだ。

 

「どちらに味方するのですか?」
レイに問われたアスランは、人の悪そうな笑みを隠そうともしなかった。
「味方?するわけないだろう。俺達はザフトだぞ」

 
 

こうしてアスランによるホアキン艦隊への奇襲作戦は成功した。報告を聞いたホアキンは思ってもいない方向から平手打ちを喰らったように呆然とし、押し黙ってしまった。

 

「閣下、ミネルバが動いているとなれば少数の集団で行動するのは危険です。ここは、艦隊を一時再編した方がよいと思われます」
遠慮がちな副官の意見に、ホアキンは悩まざるを得なかった。副官の言うとおり、ミネルバが動いているとなれば話は別だ。

 

「まさか、ネオとザフトは既に手を結んでいるのか?」
それとも、ファントムペインの内紛に付け入ろうとしているだけなのか。今はまだ判断が出来ない状態だ。

 

「だが、ここで部隊を呼び戻せばネオの捜索が難航してしまう」
「あるいは、ザフトの狙いはそれかも知れませんぞ」

 

ホアキン艦隊が全兵力を結集すれば、ミネルバとて敵ではない。単一の攻撃力や、モビルスーツパイロットが如何に強かろうと十倍以上の艦隊に敵うわけがないのだ。

 

だが、ここでミネルバの相手をしていては、肝心のネオを取り逃がしてしまう恐れがある。かといって、ネオを追うことだけに集中し、これまで通り少数の部隊による捜索を続ければミネルバによる各個撃破の憂き目にあう。

 

「小うるさく蠢動されては敵わん。どうすれば……」
予想外の敵の登場に、ホアキンは考え込まざるを得なかった。彼は方針を変えるべきか否か、二日悩んだ。時間さえあれば、三日三晩悩んだことだろう。
それが出来なかったのは、通信士官が緊急報告を行ったからだ。
「申し上げます!ビスケー湾にて捜索を行っていた部隊がミネルバに襲撃されました」
幸い、この部隊は壊滅することはなかった。ミネルバがホアキン艦隊を襲っている一報は既に全艦隊に伝達されていたので、ある程度予測されていたからだ。部隊は守勢に転じ、他の部隊の応援を待った。
しかし、それは至難の業だった。ネオが奪取した高速艦艇ならいざしれず、相手はミネルバ、ザフト軍最新鋭の戦闘艦だ。他の部隊が救助に駆けつけたときには、攻撃を受けた部隊は「壊滅よりはマシ」といった状態にまで打ちのめされていたという。

 
 

「仕方がない。ロッコール島の付近で艦隊を結集、再編を行う。それと……ヘブンズベースへ連絡だ」
嫌ではあるが、こうなってしまった以上、ジブリールに事情を話して対応を仰ぐしかない。

 

「死神め……なんたることだ!くそ忌々しいコーディネイターどもが!」
ホアキンは毒づくが、毒を吐いたからといってミネルバが消えてなくなるわけではない。
ジブリールへの報告を急ぐホアキンだったが、その間にホアキン艦隊は更なる犠牲を出した。分散した部隊の一つが、今度はネオ・ロアノークが指揮する部隊によって敗れ去ったのである。

 

ミネルバのこのような立ち回りに誰よりも驚いたのは、逃亡者であるネオ・ロアノークとその一行だったに違いない。ネオは迫り来る追っ手のホアキン艦隊にどう対処するかと知略の泉を枯らす勢いで思考を続けていたのだが、彼も予想しなかった妨害が行われているのだ。

 

「ザフトにしてみれば、ファントムペインの混乱につけ込もうとしているのだろうが……」
こんな的確な作戦を、果たして誰が行わせているのか。行っているのはミネルバだが、艦長のタリアには単独行動を行うだけの指揮権はないはずだ。

 

「そういえば、フェイスのアスラン・ザラが乗艦していたな」
ネオは懐かしきその顔を思い出そうとするが、それは薄ぼんやりとしたものだった。ネオは、彼がネオとなる以前にアスランと会っているのだが、大して交流があったわけではないので、印象が弱いのだ。

 

「まさか、アスランが……」
自分の正体を知って、影ながら支援でもしてくれているのだろうか?そんなわけがない、と断言することは出来ない。地中海において、ネオは一人のモビルスーツパイロットと接触した。
現状、ロード・ジブリール以外でネオの正体に気付いているのは、彼だけだろう。彼がもし、上官たるアスランにこの事を話していたとすれば?

 

「だからといって、アスランが俺を助けるか……?」
そんな義理、彼にはない。となれば、やはりミネルバはアスランないし軍部の意向を元にファントムペインの混乱に介入したいだけなのか?どちらにしろ、これは好機だ。ホアキン艦隊がミネルバの対応に追われている隙に、一挙ベルリンを目指すことが出来るかも知れない。

 

「ホアキンはそれをさせないために、すぐさま次の手を打ってくるはずだ。なら俺は、そのさらに先手を打つ」
ネオが今後の方針を固めると、それを待っていたかのようにスティングから連絡が入った。

 

『ネオ、すぐに艦橋に来てくれ!』
「どうした?敵襲か」
『いや、そうじゃないが、艦艇の部隊が近くにいる。ホアキン艦隊だと思うが、このままじゃ発見されるぞ』
「わかった、すぐ向かう」
立ちあがり、ネオは深々と溜息を付いた。どうやら、陸に上がる前に海で一戦しなければならないらしい。

 
 
 

ネオとその一行が乗る高速艦は、現在、ノルウェー海はロフォーテン諸島の付近にいる。ネオはこのまま大陸沿いに南下し、ユトランド半島への上陸を狙っていたのだ。

 

「ネオ、部隊が進路を変えた。こっちに向かってきてるぞ」
艦橋へ入ってきたネオに、スティングが慌ただしく報告する。それと同時に、索敵を担当する兵士が、スクリーンに艦隊の移動進路を映し出す。確かに真っ直ぐこちらに向かってきている。

 

「恐らく、我々が本当に目当ての物かどうか確かめるつもりなんだろう」
少数とはいえ、相手は巡航艦と戦艦からなる部隊だ。モビルスーツの数だけでも、こちらを圧倒しているはずだ。これを倒すのは、容易なことではない。

 

「戦力の不利を如何に補うか、というわけだな」
陸地ならば、地形を利用するところだ。狭い地形や、足場の悪い地形に敵を誘い込み、兵力の使い勝手を悪くする、そんな戦法を使えるのだが、ここは海上だ。障害物などありはしないし、利用できると言えば――

 

「海流か……待てよ、確かこの辺りには」
海図を取り出し、ネオは食い入るように見つめた。そして航海士を呼び、ある作戦案を提示した。

 

「無茶です!危険が大きすぎます!」
航海士は常識の範囲でその作戦に異を唱えるが、「判ってるさ。だが、これしか方法がない。逃げても追いつかれるなら、倒すしかない」
ネオは航海士に提示した進路まで艦を進めるように命じると、戦闘要員を集めて緊急のブリーフィングを行った。今回は、ネオもモビルスーツパイロットととして自ら出撃することになる。

 

「俺とスティング、そして二機のウィンダムが戦闘の主力だ。ステラはガイアと共に待機だ」
ガイアには空戦能力もなければ、海中に潜ることも出来ない。残念だが、待機させておく以外に方法がなかった。
「いいか、ここで失敗すれば俺達は全滅だ。そうならないためにも、俺達は勝つ必要がある。忘れるなよ!」
オォ!という号令が響き渡る。士気の高さ、統一性ではネオとその仲間たちはホアキン艦隊よりも強固な物だっただろう。残忍で陰険な司令官に怯える部下と、力強く彼らをまとめ上げたネオの部下たちには明確な差があるのだ。

 
 

ホアキン艦隊の部隊が、ネオが乗る艦艇をレーダーに捕らえたとき、艦橋の意見は割れた。レーダーに映るそれは、果たしてネオが乗る高速艦なのか?
ネオが明察したとおり、彼らはそれを確かめるためにも行動を起こさねばならなかったのだ。

 

「もしや、ミネルバではあるまいな?」
考えてみれば、単独で行動しているのはミネルバも同じことである。実はネオと思わせてミネルバが待ち受けていることもあり得るかも知れない。彼らがビスケー湾に現れてからそう時間は経っていないのだが、ミネルバは足自慢といわれる戦艦だ。高速で移動した可能も、なくはないはずだ。

 
 

「先に偵察機を出して、確認しておくべきだろう。相手が何であるにせよ、その方が安全だ」
部隊から二機のウィンダムが、目標を確認するべく出撃した。ジェットストライカーの速度は、移動する艦艇のそれを超えている。
十分もすれば、ウィンダムは目標を捕らえることが出来るだろうという計算だったが、モニターを見つめる艦橋要員の前で、二機のウィンダムがロストした。恐らく、撃墜されたのだろう。

 

「ウィンダムから何か連絡はなかったか?」
「いえ、あの艦艇の付近は妨害電波が出ており、こちらへの通信は……」
困ったことになった。ウィンダムを撃墜したということは、それなりの戦闘能力を有しているということである。となれば、考えられる可能性は全部で三つ。
一つは、ネオ・ロアノークが乗艦している高速艦艇。兵力は微々たる物だが、ウィンダム二機程度ならば倒せるはずだ。次に、やはりミネルバの存在は外せない。相手がもしミネルバなら、ウィンダムどころかこの部隊が全滅させられる可能性もある。最後にそれ以外の何か、例えば武装した海賊などが考えられる。
二度目の偵察機も撃ち落とされたとき、部隊は意を決して接近して正体を確かめることに決めた。

 

「海賊ならば討伐、ネオならば監視と追跡、ミネルバならば……」
撤退、という言葉を部隊長は飲み込んだ。それしかないのは判っているが、口に出しては兵の士気が落ちてしまうからだ。
やがて、部隊がその視界に目標艦艇を捕らえたとき、それがネオ・ロアノークが奪取した艦艇であることが知れた。 ただ、発見した状況に問題があった。ネオがまき散らしたのであろう強力な妨害電波が、彼らの通信機能を麻痺させ、他の部隊への連絡を阻害したのだ。
ネオの乗る艦艇は船首をこちらに向け、あくまで応戦する構えを見せている。

 

「高速艦の後方に、かなりの大きさの渦潮が確認されました」
「渦潮だと?」
資料によると、その渦は世界最大規模の大きさを誇る物で、潮の流れは艦艇の推力を持っても抜けるのは難しいほどに速い。何のつもりか、これではネオは後方に下がることが出来ないはずだ。

 

「こちらに正面決戦を強いるためでしょう。渦が近くにあっては、後方に回ることも、側背を突くことも難しいからではないでしょうか?」
「面白い、正面での戦いをするというのならば望むところだ!」
通信士官に他の部隊との連絡を試みるように命令しながら、部隊長は戦端を開く決意をした。それは命令違反であったが、敵は自らを追い込んだ上で戦いを挑んできたのだ。受けて立ちたいではないか。

 

「ネオ・ロアノークを渦の中に叩き込んでやれ!」
部隊長叫ぶと、部隊の陣形をY字に似た形にした。これで敵を半包囲してしまうのだ。正面からの激突なら、部隊が負けるはずはなかった。ミネルバならいざ知れず、相手は高速艦ただ一隻なのだ。
突き進む部隊と、待ち構えるネオの高速艦、双方が射程圏内に相手を捕らえ、攻撃が開始された。短いが激烈な砲火の応酬は、互いの実力を確かめ合うかのようなものだった。

 
 

攻撃する部隊が目を見張ったのは、ネオの高速艦の防御方法である。戦艦などとは比べものにならない装甲である高速艦には、一発、一発の攻撃が致命傷となりうるため、何が何でも回避するしかないのだが、ネオは違った。
巡航艦から発射された砲弾が高速艦に迫る、すると突如海中で爆発が起こり、巨大な水柱が砲弾を遮るのだ。
「遠隔操作の機雷を使って海中を爆破、水柱を防御に使うだと」
何時までも続く手ではないし、砲弾の威力を軽減することは出来ても無効にすることは出来ない。ビーム攻撃ならば、貫通する。時間稼ぎでしかない方法
だが、ネオが今必要としているのはその時間なのだ。
「敵を出来うる限り引きつけろ。長距離からの攻撃を防ぎ続けるんだ」
ネオはここまで、徹底した防戦を各員に務めさせた。敵は長距離からの攻撃で危なげなく勝つつもりだったのだろうが、それが通用しないと判れば接近戦を挑んでくるはずだ。
さらに十分ほどの攻防が続いたとき、痺れを切らした敵部隊がネオの高速艦との距離を詰めようと、前進を開始してきた。敵は後方に下がれないのだから、それほど危険ではないと思ったのだろう。
しかし、これがネオの狙いだった。

 

「今だ、急速前進して敵の中央を突破しろ!」
命令が飛び、高速艦は突如急速前進を始めた。速さだけなら敵にも勝るのが高速艦の強みであり、あっという間に敵の艦列を突破してしまった。
「モビルスーツ隊出撃、敵を後方から撃て」
完全に後ろを取った。偵察機として、四機のモビルスーツを失っていたことも響いていた。出撃したネオとスティング、そして二機のウィンダムは果敢に敵を攻め、遂に攻め勝った。数で勝るはずだった敵のモビルスーツ部隊を全滅させたのだ。

 

「ウィンダムは敵戦艦にミサイル攻撃を集中しろ。巡航艦は俺とスティングで叩く」
機動戦力さえ奪ってしまえば、こちらのものだった。ネオは攻撃を強化し、敵を確実に追い込んでいた。
「反転迎撃は出来ないのか!?」
「する間に敵の攻撃を受ける、ここは後部砲塔で応戦し、モビルスーツによる支援を」
敵戦艦の艦橋はパニックに陥っていた。一瞬にして形成が逆転したのである。
「これ以上前進は出来ない。渦に巻き込まれるぞ!」
かといって後退すればネオの攻撃に晒されるだけである。戦艦の艦長が気付いたときには、回りにいたはずの巡航艦がネオとスティングによって全滅させられていた。
「ウィンダムからのミサイル攻撃!」
「わ、我が方のモビルスーツはどうしたのだ!?」
同じファントムペインであっても、同じウィンダムであっても、パイロットの実力に歴然とした差があった。モビルスーツは今や残すところ、二機まで撃ち減らされていた。
「馬鹿な、こんなことが」
この事態に喘ぐ艦長だったが、味方のウィンダムが一機戦艦の真上で爆発した。燃えさかる機体はコントロールを失い、戦艦の艦橋めがけて落ちてくる。

 
 

「こんなこことがあって――」
衝突した。避けようが、無かった。
最後のモビルスーツを撃ち落とし、戦艦の艦橋が爆発して潰れたことを見ると、ネオは何とか戦いに勝てたことを知った。
「勝った……何とか勝てた。だが、これは更なる戦いへの一歩に過ぎない。俺達は、それに勝ち続けることが、出来るか?」
問いに答えるものは、誰もいない。ネオにしてみても、誰に保障して貰ったところで、明確な自信にはなり得なかっただろう。

 
 

『報告は以上となります。閣下の貴重な戦力を損ないまして、面目しようがありません』
モニター越しに深々と頭を下げるホアキンの報告を、ジブリールは面白くもなさそうな顔で聞いていた。ネオにしてやられたというのはともかくとして、まさかミネルバが行動を起こしているとは彼の予想外だった。
「どちらにせよ、方針を変える必要があるな」
『ネオの捜索を中断し、ミネルバを叩きますか?』
「それではネオに逃げられてしまう……いや、そうだな」
ジブリールは、既にネオが行くとすればベルリンしかないことを明察していた。判っている以上、何も海上でネオを捕まえる必要はない。
「海上航路を封鎖して、ネオを陸地に上げることだ。そして、上がってきたところをファントムペイン陸上部隊を持って叩きつぶすのだ」
欧州にはファントムペインが誇る陸上戦艦ボナパルトがいる。加えて、まさか高速艦で陸地に乗り上げるわけにはいかないネオは、モビルスーツやトレーラーでの移動になる。
「ホアキン大佐、貴官の海上艦隊の指揮権を副司令官に移乗し、貴官は陸上部隊の指揮統率に当たれ」
ジブリールの決断は、ネオを追いつめるに十分なものだった。退路を塞ぎ、逃げ場のない道の先には、彼を陥れる罠が張り巡らされているのだ。
『了解いたしました』
ホアキンとの通信を終えると、今度は別の人間から連絡が入った。デストロイの製作を担当している技術者たちだ。
「何か用か?……何?それは本当か!」
思わず腰掛けていた椅子から立ちあがると、ジブリールはすぐにデストロイを製作している工場に向かうため準備を始めた。
「フッ……フフ、フハハハハハッ!」
ジブリールは高笑いと共に部屋を出た。彼の顔は、今や勝利の色が塗りたくられているような、余裕が。
「ネオ、そしてザフトよ、これで貴様等もまとめて終わりだ!」
そう、遂にデストロイが完成したのである。
この大量破壊兵器たるモビルスーツは、たった一度の惨劇を持って後世にその名を記憶されることになる。
そして、その惨劇が行われる日は、近い。