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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第45話

Last-modified: 2008-01-10 (木) 19:19:00

ファントムペインは、大西洋上にいくつかの補給基地と物資集積所を設けて
いる。大きな会戦や、遠征などが行われる際は大軍を後方で支援するために機
能するのだが、対するザフトは地上におけるこの手の施設が極端に少ない。
 これは双方の戦略面での考えが違うためであり、ザフトは各地に築いた拠点
を中心にあまり遠征など積極的な攻勢を行わない。逆にファントムペインは、
ザフト地上軍を排除するために遠征なども度々行うため、中継基地が多量に必
要となるのだ。
 その数は大西洋だけでも二桁を超え、この方面におけるファントムペインが
補給には事欠かない最大の理由にもなっていた。
 後方支援を担当するこれらの基地は非武装ではなかったが、攻撃力は貧弱で
あり、戦闘要員は多くて1000人程度、戦闘用の艦船は存在せず、モビルスーツ
に至っては二、三機いれば良い方とされていた。
 戦力や兵力を持たない基地の状況を頼りないと思う者はいても、おかしいと
感じる者は一人もいなかった。ここが戦場になることなどありはしないし、最
低限の備えさえあれば十分だ。自分たちは戦いが本文ではないのだから。

 だが、こんなファントムペインの考えに修正を施す日が来ていた。

「自走砲では敵を止めることは出来ない、ブルドックを使え!」
 大西洋上に数多くある補給基地の一箇所で、ある騒ぎが起こっていた。彼ら
はつい数時間前まで、これまでと何一つ変わらない日常の中にいた。前線へ送
る物資の計算や、足りない物資を集積場に手配したり、忙しいといえば忙しい
が、どこか緊迫感に欠ける日常。
 誰が思ったであろうか、まさか、今日この日に、
 基地が敵に襲われ、ここが前線となるだなんて。
「敵はPS装甲の模様! ブルドックの対MSミサイルが通用しません!」
 敵機から放たれるガトリング砲が、地上のリニア自走榴弾砲とブルドッグを
蹴散らしていく。元々、多く配備されてはいなかった。それでも十台近くある
これらの軍用車両は、この基地にとって戦力であり、使われたことのない兵器
だった。
 兵士の一人が無謀にもバズーカ砲を片手に、赤色が特徴的な敵機に突っ込ん
でいく。発射された砲弾は的の大きい敵に着弾するが、当然そんなものが通用
するわけがない。赤色の機体に乗るパイロットは、この勇敢な兵士の存在に気
付いたが、その勇気を賞賛するような真似はしなかった。彼は機体をゆっくり
と動かすと、彼にしてみれば愚劣な行為をした兵士を、物もいわず踏みつぶし
た。それを見たもう一機の機体に乗るパイロットが非難の声を上げるが、赤色
の機体は無視した。無視して、機体のビームライフルを残る兵士と軍用車両に
向けた。
 ファントムペイン補給基地、ここは今、モビルスーツによる襲撃を受けてい
た。

          第45話「ハンブルグ攻防戦」

 燃えさかる炎が、軍用車両や兵士を焼いている。モビルスーツは暴力的なま
での力の差を彼らに示した。虚しい抵抗は、彼らに不必要な犠牲を招いただけ
であり、今尚生きるものは抵抗心を完全に失っていた。
 抗えば死ぬ、単純な事実だけが目の前に突きつけられている。自主的に降伏
を選ぶ者、降伏し投降する者、それを恥と考え死を選ぶ者、火の手のない場所
に隠れやり過ごそうとする者、基地を捨て逃げ出そうとする者……例を挙げれ
ばキリはないが、少なくともこれ以上の抵抗をする者は一人もいなかった。
「白兵戦部隊の上陸用意。物資倉庫を確保しろ」
 ジャスティスのコクピットから、ミネルバに通信を送る。アスランは燃えさ
かる基地をモニターで見ながら、この作戦が成功したことに頷いていた。
「所詮は非武装の補給基地、こんなものだろうな」
 成功して当たり前の作戦を成功させたぐらいでは、満足はしても得意気にな
ってはいけない。アスランはそれを弁えており、最近になって彼が海か差し始
めた指揮官としての資質であった。
『アスランさん、少し良いですか?』
 彼と同じくモビルスーツにて基地に上陸していたシン・アスカが回線を繋い
できた。
「何だシン? あぁ、君の任務は終わったからもうミネルバに戻っても良いぞ。
後は白兵戦部隊が……」
『どうして、あんなことをしたんですか』
「あんなこと? 何の話だ」
『さっき、モビルスーツで兵士を一人、その、殺しましたよね』
 ジャスティスで兵士の一人を踏みつぶしたことを、シンは言っているようだ。
直接的な表現を避けたのは、シンがあの行為にある種の嫌悪感を感じていたか
らだろう。
「それがどうした? 確かに兵士を一人踏みつぶしたが、あれは向こうが先に
攻撃を掛けてきたんだぞ」
『でも、何もあんな風に殺すことは……攻撃といってもバズーカ砲だ。対MSミ
サイルでも傷一つつかないジャスティスには意味のない攻撃だった』
「だから、殺す必要がなかったと?」
 通信越しにシンが押し黙るのをアスランは感じ取った。馬鹿馬鹿しい、民間
人を誤って殺したというならまだしも、何故敵兵を一人殺したぐらいで自分が
部下から批難されなければならない。
「くだらないことを言ってないで、さっさと艦に戻れ。白兵戦部隊の邪魔にな
るぞ」
『アスランさん、俺はまだ!』
 尚も話を続けようとするシンに対し、アスランは強引に回線を閉じた。
 シンは若い、とアスランは思う。年齢的な意味だけではなく、物事の考え方
が彼は若いのだ。戦争や、そこで死ぬ人々に大して彼は時折同情的で、感情移
入をしすぎている。それは好感が持てる優しさであるのだが、戦争である以上
人は死ぬし、犠牲は出る。アスランはそのことを嫌というほど知っているし、
シンだって知らないはずはない。
「俺は無駄な犠牲を出さずに勝つとか、そんな甘い考えはしない。目の前に敵
として立ちはだかる者がいれば、誰であろうと倒す。それだけだ」
 アスランとしては、特に意味のない呟きだった。彼自身、ただの独り言のつ
もりだったに違いない。
 だが、彼は後日、意外な形でこの言葉を思い出すこととなる。

「補給基地が襲われただと!?」
 報告を聞いたジブリールは、報告を行った兵士が怖じ気づくような怒声を発
した。顔は怒りで変形し、今にも激発しそうだった。届いた書類を見るに、先
日までホアキン艦隊にちょっかいを出していたミネルバが、今度は補給基地の
一つを襲い、そこにあった物資を根こそぎ奪っていったという。基地側も数少
ない武装で必死に戦ったとのことだが、敵の猛攻を前に一時間と立たずに敗北
した。
 ミネルバは兵士を全員拘束すると、基地の物資倉庫をこじ開けて物資を艦へ
と移し始めた。その基地には艦艇の一個中隊程度が二ヶ月は行動できる量の物
資があり、当然ミネルバだけでは手に余るものだった。するとミネルバの白兵
戦部隊はあろうことか火炎放射器を持ち出して食料品などの物資を焼却し始め
たのだ。無惨に焼き尽くされる穀物や、食用肉を目の当たりにして再び反抗を
試みる兵士も現れたが、行動を起こす前に取り押さえられた。
 すぐに射殺されるものと思っていた兵士だが、そうはならなかった。拘束さ
れた兵士たちの前で、ゆっくりとなぶり殺しにされたのだ。これはアスランに
よる指示で、敵の抵抗する意思力を殺ぐための見せしめだった。彼に命じられ、
兵士をなぶり殺したのはミネルバの中でも特にナチュラルを嫌い、憎悪してい
る兵士だった。であるからして、嫌々行うなどということはなく、むしろ嬉々
として望んだと言うから気持ちが悪い話である。
 やがて物資の焼却や破壊が終わると、拘束された兵士全員を倉庫へと押し込
み、扉や窓をロックすると倉庫内にガスを流した。有毒性はない睡眠ガスの一
種で、彼らが目を覚ました頃には、ミネルバはとうの昔に基地から遙か彼方の
場所に逃げおおせてしまっていた。
「馬鹿な、これでは奴らただの海賊も同然ではないか!」
 報告書を読み終わったジブリールは、余りといえば余りの敵の行いに対して
憤慨した。正規軍の海賊化は以前ジブリール本人が仮説したものであるが、ま
さかザフトがこのような暴挙に出るとは思わなかった。
「閣下、各基地に護衛部隊を送りますか?」
 敵が次にどの基地、どの集積所を襲うか判らない以上、ある程度の戦力を全
ての基地に送る必要があるのではないか。士官の指摘はもっともであったが、
ジブリールは首を縦には振らなかった。
「そんなことをすれば、このヘブンズベースが手薄になる。兵力分散の愚を犯
すことにもなるし、第一分散した兵力程度、ミネルバなら打ち破るはずだ」
 あるいはそれが狙いなのか。こちらに全ての基地へ戦力を投入されて、それ
を各個に潰していく。ミネルバならそれぐらいやってのけそうだ。
 ジブリールはこのように考えるが、アスランは別の戦略も立てていた。仮に
ザフトにミネルバ以外の海上戦力が豊富なら、分散した兵力を各個撃破などす
る必要はなく、一気にファントムペインの本拠地たるヘブンズベースを叩けば
いい。敵が兵力を分散するタイミングと呼応出来れば、またとない作戦であり、
アスランは名高い戦略家としても後世に名を残せたかも知れない。
 だが、前述の通りこれはあくまで仮の話だ。現実を見ればザフトはこの方面
に豊富な海上戦力など持ち合わせてはおらず、ミネルバはあくまでミネルバに
出来る範囲の戦略で軍事行動を行わなければならなかった。

 ミネルバが海上で海賊のように暴れ回る中、一足早く陸地へと上がった者た
ちもいる。他でもない、ネオ・ロアノークと彼の部下たちである。彼らはミネ
ルバの登場により追っ手の気が自分たちからそれたことを鋭敏に感じ取り、こ
の隙に海上から陸上へ行くことを決意したのだ。
 彼らはコペンハーゲンで闇商人と接触し、極秘裏に補給や物資の調達を行っ
た。この時スティングが驚いたのは、ネオがどこからともなく金塊の詰まった
カバンを持ってきて、それを持って闇商人と交渉したのだ。スティングはヘブ
ンズベースを脱出する際、モビルスーツや人員、艦艇などは確保したが不覚に
も現金を用意することを忘れていた。あの急場にそこまで気が回らなかったと
しても批難はされないと思うものの、うっかりしていたと言わざるを得ない。
 意外なことにネオは交渉術にも長けていた。一流企業の営業マンや、もっと
上の経営者も勤まるのではないかという彼の話術とテクニックは交渉に当たっ
た商人を翻弄し、モビルスーツを運ぶための大型トレーラーを六台に、多人数
でも寝食が可能なキャンピングカーやテント、さらには陸上隊商、所謂キャラ
バンに偽装するための品々を揃えさせてしまった。
「まあ、これだけあれば何とかなるか……」
 そうは言いながらもどこか物足りなそうに集まった物を見るネオに、スティ
ングが遠慮がちに声を掛けてきた。彼は、自分が全く知らないネオの一面を見
ていた。一体、あの金塊はどうしたのか? 何故、あんな交渉術に長けている
のか? 疑問は幾つも湧いてくる。
「ネオ、アンタは一体……」
 何者なのか。それはスティングだけではない、彼の元に集まる兵士や、それ
以外の、ネオ・ロアノークという人物を知る者全てが、一度は思うことである。
怪しげな仮面に素顔を隠しながらも、優れた実務能力と行動力で数々の戦果を
打ち立て、ファントムペインの勝利に貢献してきた。それがネオ・ロアノーク
だ。何故仮面などしているのか、前大戦で人に見せるには醜い傷が出来たとい
うのが理由であり、訊いた者の大半はそれに納得したが、本当にそうだろうか?
 機械の巨人が戦闘兵器として闊歩するような時代なのだ、義手は義足は勿論、
義眼などもある、発達された医療技術を持ってすれば全身火傷を負った体であ
っても人工皮膚を移植することである程度の治癒は可能なのだ。もしやあの仮
面は、怪我や傷を隠すためではなく、純粋に素顔を人に見られるのを避けるた
めではないのか?
 考えてみれば、スティングは自分の上官の経歴を余り知らない。知らないと
いうか、存在しないのだ。ネオ・ロアノークという男は、彼らの上官としてフ
ァントムペインに在籍する以前の経歴が一切無い。ステラやアウルがそれらの
ことを気にするような性格で無かったから、スティングも今日まで気にしてこ
そ来なかったが……
「スティング」
 不意に、ネオに声を掛けられスティングの思考は中断を余儀なくされた。そ
ういえば先に質問したのはこっちだった。
「もう少しだけ、待ってくれ。ベルリンについて、当面落ち着くことの出来る
環境になれば、お前には全てを話す。それまで、待ってくれないか?」
 真剣な声で言うネオに、スティングはこれまでにない何かを感じた。間違い
ない、ネオは、何かを隠している。いや、隠してきたのだ。
「少し意外な一面を見せて貰って、驚いただけだ。ステラの口癖じゃないが、
ネオはネオだ。俺も、それで十分だよ」
 笑うスティングに、ネオは安堵の溜息をついた。

「ありがとう……」
 それでもネオは、スティングには全てを話す必要があると思っていた。ステ
ラはともかくとして、スティングには今後も自分を補佐し、パートナーとなっ
て貰わねばならないのだ。
 ネオはそう思いながらスティングと別れるが、後日それを酷く後悔すること
になる。スティングは遂に、ネオの正体を知ることが出来なかったのである。

 キャラバンへと偽装したネオ一行は、メクレンブルグのロストック近くから
上陸を果たすと、一路ベルリンへと出発した。トレーラーを六台も伴う一行は
目立つものの、不自然というほどではない。この時代、モビルスーツのパーツ
や、モビルスーツその物を売りさばく商人やジャンク屋も多く、存在自体が不
思議なものではなかったのだ。その点で言えば、キャラバンへ偽装したネオの
選択は間違ってなかっただろう。
 だが、地方とはいえ陸地を走る以上はいくつかの難問もある。まず、自由な
走路を選べないことだ。追っ手の目をやり過ごすために森林などを通過しよう
にも、大トレーラーではそれが出来ず、広く整備された道を使わざるを得ない。
また、各地にはその国の自治体や自警団などが存在し、検問や関所を設けてい
ることもある。これらは公的な存在ではなく、戦争を理由に設置された一部人
間が私腹を肥やすための組織に過ぎなかったが、それだけに体制に寄り添うの
が早い。ネオはこれらの畜生にも劣る存在には、迷うことなく金を使った。
 買収は時として通用しない諸刃の剣である。それは、相手が買収に応じない
誠実な人間であるとかではなく、金を払っても貰う物だけ貰い通報するような
輩が結構いるのだ。ネオはそんな人間を買収する際、相手がギリギリ満足しな
い額をまず差し出す。相手は当然不満がり、ネオたちを通すの渋る。するとネ
オは、更なる増額を申し出て、
「もし、我々がここを無事通過し、その後も官憲に追われるようなことがなけ
ればこの額をお支払いしましょう」
 と、相手の金銭欲を刺激するのだ。相手が現在の額に満足しているならとも
かく、満足していないのだから、欲を満たすためにもネオたちを無事に通さざ
るを得なくなる。
 ネオはこのような方法を用いて、次々に町や村を通過した。ここまではネオ
の計算通りで、今のところ買収した相手の裏切りなどにはあっていない。上手
くすればこのまま追っ手や他の敵に遭遇することもなく、楽にベルリンへと到
達できるのではないか? 日々の重責からか、不意に現れた楽観思考であった。
前向きな考えといえば聞こえは良いが、それは確かな油断であり、ネオには本
来一切の余裕がない状態だったはずだ。彼が警戒するべきは裏切りや迫る追っ
手のことだけではなかった。
 現れない敵がこちらを追うのではなく、網を張って待ち構えている。つまり、
待ち伏せによる罠の存在を、ネオは考慮していなかった。敵はヘブンズベース
から追ってくる物という先入観が、この時のネオにはあったのだ。まさか、ヘ
ブンズベースから艦隊を率いて出撃したホアキンが、艦隊の指揮権を他者に与
え、自身はネオよりも早く陸地へと上陸していたことなど、さすがのネオも知
りようがなかった。

 異変が起きたのは、リューベックからハンブルグへと移動し、無事にハンブ
ルグを抜けた夜のことである。ネオはハンブルグ経由でベルリンへと向かう割
りとオーソドックスな経路を選んでいた。ありがちだが、それが盲点となるの
ではないかと思ったのだ。
「前方に何かいる……?」
 始めに気付いたのは、キャラバンの先頭を行くジープに乗る兵士だった。彼
らの進行方向に、何かの影を見つけたのだ。
「全体止まれ! 前に不審な影がある!」
 通信機でトレーラーやキャンピングカーに連絡を飛ばすと、兵士は暗視機能
を持つ双眼鏡を取り出し前方を見た。何か大きな影が暗闇から迫っている、あ
れは、そうあれは、
「モビルスーツ……追っ手だ! 敵の待ち伏せだ!」
 その声に、交代制で仮眠を取っていた兵士たちも飛び起きた。手に手に武器
を持ち、表に飛び出す。ネオもまた、ステラと共に仮眠を取っていたが、叫ぶ
兵士の声に目を覚まし、ステラと共に車を降りた。
「追っ手は、俺達がベルリンに行くことを読んでここで網を張っていたのか。
迂闊だったな」
 追っ手の手が急に短く感じ始めたのは、ミネルバが行動を起こしたからだと
ネオは思っていた。彼らに対処する余り、こちらへ手が回らなくなったのだと
思い込んでいた。
「こいつはとんだヘマをしたな。ホアキンは海上で俺達を捕捉することを困難
と思って、陸に網を張って待っていたらしい」
 ベルリンへ向かうことを読んだのは、恐らくジブリールだろう。相変わらず、
この手のことにはなかなかの知恵を発揮する人だ。
「ネオ、どうする? 戦うか」
 スティングは戦うか否かと尋ねはするが、もはや戦う以外に道がないことを
知っていた。この上は、包囲網を正面突破して血路を開くしかない。
「敵機は何機いる」
 ネオは双眼鏡とレーダーで敵影を調べている兵士に、敵の数を訊いた。する
と、意外な答えが返ってきた。
「八機から九機、少なくとも十機には満たないと思われます」
 二桁以上の敵がいれば、さすがのネオも交戦するかどうか迷ったであろう。
だが、意外にも敵は十機に満たないという。陸地ということはこちらも今回は
ステラのガイアを使うことが出来る。十分に突破も可能ではないか?
「勝負に出るか……それしかないな」
 決断すると、ネオはモビルスーツパイロット各員に機体への搭乗を命じた。
他の者も一般の大型車に偽装した自走砲の準備を始めたり、対モビルスーツ用
ライフルや、白兵戦部隊などには通用するであろう重火器を用意した。戦闘要
員でない者、戦闘経験のない者は医療班として後方支援に回した。こちらのモ
ビルスーツは六機、内三機がエースパイロットの乗る機体であるから、数の上
では互角以上の戦いが出来るはずだった。しかし、敵は恐らく他にも部隊がお
り、増援が期待できるのに対し、こちらには一切の予備兵力がない。早急に敵
を打ち破り、この場を離脱しなければならない。
 ネオはこのように考えながら敵機を待ったが、敵機の詳細なデータを見て顔
色を変えた。敵は、スウェン・カル・バヤンのストライクノワールを中心とし
た、ホアキン隊の精鋭部隊、スティングやステラに勝るとも劣らないエースパ
イロットたちだったのである。

 ヴェルデバスターの高エネルギービーム砲が自走砲の一台を吹き飛ばした。
自走砲はその威力を試す間もなく、爆炎の残骸に変えられてしまう。二機のウ
ィンダムが空中からビームライフルを斉射し、ヴェルデバスターの足を止める。
小賢しく思える攻撃にシャムスは軽く唸ると、六連装ポッドのミサイルを発射
し、ウィンダムを撃ち落としに掛かった。これに対しウィンダムもミサイルや
ビームライフルで迎撃にはいる。彼らがネオの元で訓練されたパイロットでな
ければ、今の一撃でやられていただろう。
「くらいやがれっ!」
 カオスのビームライフルが、スウェンのストライクノワールに向かって放た
れる。スウェンはこれを難なく避けると、速射性のビームライフルショーティ
ーを連射し、カオスの動きを封じようとする。スティングはすかさず機体を空
中に飛ばすことでこれを避けると、ビームライフルを連射、逆にストライクノ
ワールの動きを封じようとする。
「やるな」
 一言、元同僚の実力に素直な感想を漏らすとスウェンは二連装リニアガンを
使ってカオスを狙い撃った。VPS装甲を持つカオスにはダメージこそないが、
衝撃は伝わるはずだ。
 しかし、スティングはこれも避けると、カオスをMA形態に変形させ、高機動
力でスウェンのストライクを翻弄しようとした。機動兵装ポッドの速射砲でス
トライクに確かなダメージを与えていく。
「……チッ」
 短く舌打ちすると、スウェンは二連装リニアガンを連射しながら自身の機体
も空中へと浮遊させる。地上にいては、狙い撃ちにされるだけだ。

 スティングとスウェンが互角の戦いを行う中、ステラのガイアと、ミューデ
ィーのブルデュエルも激しい衝突を繰り広げていた。ガイアの四足獣形態から
撃たれるビーム突撃砲を危なげなく避けるブルデュエルだったが、高威力の一
撃、当たれば一溜まりもないだろう。
「ちょこまかとウザイんだよっ!」
 スコルピオン機動レールガンでガイアを撃つブルデュエルだったが、素早い
動きに翻弄され、ミューディーはコクピット内で怒りに燃えた。
「裏切り者が……よりもよってコーディネイターどもの所にいこうなんて」
 良いコーディネイターは死んだコーディネイターだけ、そのような考えに至
るほど洗脳を施され続けたミューディーにとって、ネオたちがファントムペイ
ンを裏切った事実よりも、ザフトと手を組もうとしていることのほうが許せな
いのだ。
 リトラクタブルビームガンを速射し、ガイアの足場を乱す。ステラはすかさ
ずモビルスーツ形態に変形すると、ビームサーベルを抜きはなった。
「負けない……絶体に負けない!」
 ここで負ければ、ネオと離ればなれになってしまう。死よりも恐ろしい恐怖
が、ステラにはあった。ビームサーベルを構えたガイアは、同じくビームサー
ベルを抜いたブルデュエルに突撃し、激しくぶつかり合った。
「くっ、この!」
「弱いんだよ!」
 それぞれのシールドで、互いの斬撃を受けきる両機。威力だけで言えば、ス
テラのガイアが上だが、ミューディーには威力以上の気迫があった。

 互いに得意とするのが接近戦だけあって、ステラとミューディーの戦いは単
純な機体性能と、双方のモビルスーツパイロットとしての実力が試されるもの
となりつつあった。ブルデュエルが、ステレット投擲噴進対装甲貫入弾をガイ
アに投げ放つ。近距離で、避けることは困難と判断したガイアは頭部のCIWSで
迎撃した。三基のステレットはガトリング砲を浴びて爆散し、二機の間を爆煙
が遮った。
「今だっ!」
 ステラは咄嗟に機体を後方に下げ、再び四足獣のMA形態に変形した。そして、
その最大の武器であるグリフォンビームブレイドを展開し、煙の向こうへ向け
て走り出した。
「これでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 敵機が急接近してくることを、ミューディーはレーダーによって知っていた。
しかし、彼女は逃げようとせず、ビームサーベルを持って迎え撃とうとした。
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 激しい機械的な衝突音が辺りに響き渡った。そして、何かが音を立てて引き
ちぎれていく。
 スウェンもシャムスも、嫌な予感を憶え、音のする方向に目を向けた。
「ミュ、ミューディー!」
 シャムスが悲鳴に近い声を上げた。彼はその目にしっかりと、ミューディー
のブルデュエルが、ステラのガイアによって両断される姿を、見てしまった。
両断と同時に、上下に分かれた機体が、破断箇所から爆発していく。
 ミューディー・ホルクロフトは、ステラ・ルーシェとの戦いに敗れ、ここに
戦死した。
「テメェェェェェェェェェェェッ!」
 激昂したシャムスが、ステラのガイアに向かって350mmガンランチャーを乱
射し始めた。狙いもくそもあったものではない猛攻に、さすがのステラも押さ
れていく。
「ええい、止めろ!」
 こちらもウィンダム隊を数機撃ち落としたネオが、ビームライフルでヴェル
デバスターに攻撃を加える。シャムスはその紫色をしたカトンボに高エネルギ
ービーム砲を発射する。ウィンダムなど一発喰らえば瞬壊してしまう。
「やはり、強い!」
 ステラがミューディーを倒したのは敵戦力を大幅に低下させはしたが、それ
でもこちらが有利になってはいない。それどころかミューディーを倒されたこ
とで、逆に敵に火がついてしまった。
「邪魔なんだよ、虫けらが!」
 突如、シャムスが地上にいるネオ側の兵士たちに向かって高エネルギービー
ム砲による容赦ない砲火を放った。モビルスーツを収容していたトレーラーや、
寝食に使用したキャンピングカーなどが一瞬で吹き飛ばされ、付近にいた兵士
が、無惨に死んでいく。
 ミューディーが死んだとはいえ、残虐性を帯び始めた味方の攻撃に、スウェ
ンは一瞬の躊躇を憶えた。モビルスーツならいざ知れず、相手は貧弱な武器し
か持たぬ人間なのだ。奇しくも、シンがアスランに憶えたような反感をスウェ
ンも憶えたわけだが、彼はシンと違いシャムスを批難もしなければ、止めよう
ともしなかった。スウェン自身、ミューディーの死に怒りを感じたからだ。

 ロアノーク隊の精鋭と、ホアキン隊の精鋭、ネオが裏切らねば一生見ること
はなかったであろうエース同士の激突は、ここまでロアノーク隊が互角以上の
戦いをしていた。ネオ自身の強さはもちろんだが、スティングもステラも、パ
イロットとしては先輩に当たるスウェンやシャムスに対して一歩も引かなかっ
た。
 戦いを続ければ、あるいはネオたちがスウェンらを打ち破ることも可能だっ
たかも知れない。
「遠方に多数のモビルスーツ反応……援軍か!?」
 だが、それはあくまで可能性の一環に過ぎなかった。スウェンから連絡を受
けたホアキンの陸上における本隊がこの戦闘区域に接近しつつあったのだ。そ
の数、モビルスーツにして三十機以上。
「それにこの反応……ホアキンの奴、ボナパルトを持ってきたのか」
 ハンニバル陸上戦艦ボナパルト、ザフトのレセップス級に匹敵する戦闘能力
と多数のモビルスーツ収容能力を備えたファントムペインの大型陸上戦艦だ。
ホアキンはこれを旗艦として、欧州で行動を始めたらしい。
「例えスウェンたちを倒せても、それ以上の戦闘は俺達には出来ない……どう
する」
 援軍が近づいていることはスウェンたちも判っているはずだ。そうなると彼
らは積極的な攻勢は避け、守勢に回るだろう。その上でネオたちを逃がすまい
と持久戦に持ち込んでくるはずだ。
『ネオ、今いいか?』
 突然、スティングがネオに回線を繋げてきた。
「どうしたスティング、戦闘中だぞ」
 思考を妨げられたのか、少し不機嫌な声になってしまったかも知れない。だ
が、スティングはそれを気にした風もなく、こう言い始めた。
『敵の援軍が近づいてる以上、これ以上の戦闘は無意味だ。何とかここを突破
しなくちゃいけないよな』
「そうだ。だから、どうすれば突破できるかを今考えて」
 何なら、お前も一緒に考えてくれ。ネオがそう言おうとしたとき、スティン
グの口からとんでもない発言が飛び出した。
『俺がここで奴らを食い止める。ネオ、アンタはその隙にステラと一緒に離脱
してくれ』
「おい、ちょっとまてスティング!」
『エネルギーが尽きる勢いで飛ばせば、夜が明ける頃にはベルリンが見えてる
だろうよ。モビルスーツに乗ってない奴には悪いが、逃げ切るにはそれしかね
ぇ』
「スティング!」
『ここでアンタがやられたら! 今までの苦労はどうなる!? さっき死んだ
連中は? アンタには責任があるんだよ! 生きて、ベルリンに行く責任が』
 その為に、多くの者が血を流し、散っていった。
「だが、お前をみすみす……」
 カオスを、スティングをこの場に残していくこと、それがどういう意味なの
かをネオは分かっている。分かっているからこそ、決断を躊躇わせる。
『おいおい、勘違いするなよ。俺は何も一人だけ犠牲になる気はねぇよ』
「何?」
『あんな連中に負ける俺だと思うか? むしろ、味方を守りながらとか、余計
なこと考えないで済む分、楽に戦えるってもんだぜ』

「お前……」
『あいつ等倒したらよ、さっさと後を追いかける。だから、先に行ってくれ』
 これ以上は、何も言うな。スティングの声には、そんな響きが混じっている
ようだった。
 ネオは、覚悟を決めた。
「分かった。でもいいか、無理だと思ったらすぐ降伏しろ。仲間を人質に取ら
れて、無理矢理従わされてたとでも言え」
『やなこった。俺は俺の意思でアンタに従い、仮に死んだとしてもそれは満足
いったものになるだろうよ。俺だけじゃない、ステラや、そしてアウルだって
同じ気持ちだったと思うぜ』
「でも、アウルは……俺のことを」
『嫌ってたな。アイツが一番好きだった存在を独占していたアンタを、確かに
アウルは嫌ってた。だけどよ、アイツはアンタを慕ってたぜ。口にも態度にも
出さなかったけど、アウルはホントはアンタのことが大好きだった』
 俺も同じだとは、口に出さない。
『アウルやステラを引きつける何かが、アンタにはあるんだよ。アンタの過去
がどうとか、きっと複雑なこと事情があるんだろうが、そろそろ踏ん切り付け
てもいいんじゃないか?』
「それは……だが」
『アンタがネオとして生きて行くにしても、仮面を外すにしても、アンタは人
の上に立つべきだよ。ジブリールよりも、アンタにはその才能がある』
 レーダーに映る援軍が、さらに近づいてきている。
『……じゃあ、そろそろ行くぜ』
「スティング!」
『楽しかったぜネオ、今までも、そしてこれからも、俺はアンタと共に生きた
この世界が案外好きだった』

 だから、俺は、

「これからも、この世界を生きるために」
 スティングは機体を加速させ、敵のウィンダムを一機、瞬時に撃ち落とした。
「テメェらと戦う!」
 カオスが、ファイヤーフライ誘導ミサイルを発射するのと、ネオとステラが
離脱をしたのはほぼ同時だった。ステラは分けも分からず、とりあえずネオに
ついていく形だったが、逃げ出してくれさえすればいいのだ。
 誘導ミサイルはウィンダムや、ストライクノワールに着弾し、彼らの動きを
止めた。
「一機残って、味方の脱出を支援する気か」
 スティングの計算を正確に解読したスウェンは、そうはさせないとカオスに
猛攻を加えた。シャムスのヴェルデバスターもこれに呼応する。カオスはこれ
らの猛攻を、自慢の機動力を持って回避し、撃ち尽くす勢いでミサイルを発射
した。PS装甲を持つストライクとバスターにはさしたるダメージを与えること
は出来ないが、確実に命中させることで足を止める必要があった。

「小賢しい」
 スウェンは足止め目的の小細工に、一々付き合いってはいなかった。二刀の
フラガラッハビームブレイドを構え、カオスへと飛びかかった。
「くらうかよ!」
 機体を回転させ、必殺の一撃を避けきるカオス。機動力の勝負ならば、カオ
スにまだ分があった。
「なら、動きを止めるだけだ」
 ストライクノワールから無数のアンカーランチャーが発射される。スティン
グは迫り来る無数のそれを、カオスのビームクローを駆使して弾き飛ばした。
「――っ! こいつ」
 ザフトのトリコロール機もそうだが、ある程度の手練れにはこのアンカーラ
ンチャーは通用しないらしい。強化する必要があるなと思いながら、スウェン
は体勢を立て直す。
「これで一気に!」
 ビームサーベルを抜き放ち、スティングはストライクノワールに斬り込もう
と機体の体勢を変えた、まさにその時。
 シャムスのヴェルデバスターから発射された複合バヨネット装備型ビームラ
イフルの連装キャノンが、カオスの機動兵装ポッドの一基を貫いた。高推力ス
ラスターを兼ねるポッドを破壊されたカオスは、大きく機体バランスを崩した。
「畜生っ!」
 姿勢制御の利かないカオスを動かしながら、何とか墜落を避けようとするス
ティング。しかし、そんな余裕は彼になかった。隙をさらけ出したカオスを討
たんとスウェンのストライクノワールが突っ込んできた。
 二刀のフラガラッハがカオスの機体へと迫り――

『ネオ、スティングは……』
 四足獣形態でひたすら走るガイアから、ステラがネオに回線を繋いできた。
声には戦場に残してきた仲間の安否に対する不安が込められており、ネオは何
か言わねばならなかった。
 それなのに、何の言葉も出ない。
 スティングが生きてネオやステラと再会すると、口で言うのは簡単だ。けれ
どネオは、それが必ず嘘となることが分かっていた。
「走るんだ、ステラ」
『ネオ?』
「スティングが作ってくれた時間を、無駄にしてはいけない」
 振り返ってはいけない。自分たちは前を目指さなければいけない。
 ネオは唇を噛みしめた。噛みしめた箇所が傷つき、血を滲ませる。
「死ぬなよスティング、絶体に死ぬんじゃないぞ」
 彼は約束を破るような少年ではない。ネオは自分にそう言い聞かせた。彼の
ことだ、案外敵を翻弄して自身も早々に離脱を図るかも知れないではないか。
 自分は信じることしかできない。スティングと、彼の乗るカオスを。
「だから、生きていてくれ」

 スウェンとシャムスの元に、ホアキン大佐率いる陸上部隊の本隊が到着した
のはネオがこの場から離脱して四十五分を過ぎた頃だった。
 ストイラクノワールの眼下には、四肢を両断され最早動くことも叶わぬとい
った状態のカオスが、残骸に近い形で転がっている。スティングは実に四十分
以上もの間、スウェンやシャムスと戦い続けたのだ。よく見れば、ストライク
やバスターも決して無傷ではない。彼らがスティングを倒してすぐにネオの追
撃を行わなかったのも、機体に予想外の損害を受けたからだろう。
「エクステンデットの意地か……」
 カオス一機に、スウェンとシャムスを除く味方がやられてしまった。まさか
ここまで奮闘するとは、幾多の敵を葬ってきたスウェンでも経験のないことだ。
何の因果か味方だった者同士刃を交えることになってしまったが、スティング
は敵ながら賞賛に値する実力を見せつけた。
「こちら、スウェン・カル・バヤン。ボナパルト、帰投の許可を」
 やっと戦場にたどり着いたホアキンは、自分が後手に回ったことを悟らざる
を得なかった。彼は当初、ネオが上陸してくるポイント抑え、そこで叩いてし
まおうと網を張っていたのだが、運悪くネオが全く別の箇所から上陸を果たし
てしまったのだ。慌てたホアキンは、新たにネオの進行経路を割り出し、スウ
ェンら、ホアキン隊の精鋭を先遣隊として送り込んだのだ。
 だが、結果としてみれば、ネオには逃げられ、こちらはミューディー・ホル
クロフトとブルデュエルを失った。軽視できる損害ではなかった。
「味方機収容後、すぐにネオ・ロアノークを追跡する。奴はベルリンを目指し
ているはずだ。絶対に奴を行かせるな!」
 ファントムペインの精鋭同士による戦いは、ひとまずの決着がついた。双方
に大きな損害を出したこの戦いの結果が後日どのように影響をもたらすのか、
戦いの舞台は、いよいよベルリンへと移ろうとしていた。