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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第46話

Last-modified: 2008-01-17 (木) 22:39:44

ベルリンの壁、中世において冷戦の象徴とされたそれは、国の東西を隔てる
物理的な壁であった。時代と共に崩れ去った壁は、今や歴史の教科書にしか存
在しないものであり、人々の記憶からとうの昔に消えている。恐らく、ベルリ
ンで生まれ育ったものにベルリンの壁とは何か、などと聞いても明確な答えを
言うことは出来ないだろう。
 そんなベルリンの壁であるがこの度ザフトが再建した。
 冗談で言ってるのではない。ザフトが作ったそれはまさに壁であり、ベルリ
ンに作られたのだから、それはベルリンの壁である。ただし、今度作られたそ
れは東西を隔てる壁ではなく、都市の外苑を囲んで城塞と化すための守りの壁
であった。戦艦に使われる装甲材を幾重にも重ね合わせ作られた分厚い壁は、
ベルリンを籠城戦にも耐えうる城塞都市とするためにザフトが試行錯誤を重ね
た結果建設されたものだった。
「物資は空から送られてくるし、ここを陥落させるには一筋縄ではいくまい」
 ベルリンに駐屯するザフト軍の指揮官はこのように豪語するが、その言い分
を解読すると補給線を絶たれれば終わりである。当然その危惧はあったのだが、
ザフトは度重なる補給失敗を鑑みて補給には説くに力を入れており、失敗する
ことがほとんど無くなっていたのだ。
 ここを失えば、欧州におけるザフト軍の勢力が消えることになる。そのよう
に考えたザフトは、ベルリンに破格の物資を投入していた。まず、機動兵器の
類は全て最新鋭機を送り込み、食料品の場合、数万人の人員が数年は食べてい
けるであろう量の保存食を常備させた。専用の軍病院も建設され、ベルリンは
ザフト軍都市といっても過言ではない状況にあった。
 そんなベルリンにおいて、一つの難問が持ち上がっていた。彼らはベルリン
にあって外界との戦闘をなるべく避けようと今まで努力してきていた。むやみ
やたらに戦闘を行い、ベルリンが失落するようなことがあってはいけないのだ。
こうした努力はいくらか酬われていたが、そこへ思わぬ人間が現れた。
 ネオ・ロアノークがザフトへの投降と、プラントへの亡命を希望してきたの
である。追っ手に追われながらも、遂にステラ共にベルリンへ辿り着いたネオ
を、ベルリンのザフト軍は当初門前払いしかたった。折角今まで平穏を保って
きたのに、戦いの火種を都市に入れたくはなかったのだ。無視したいのは山々
だったが事情が事情だ。ひとまず国防委員会に連絡を取ったベルリンのザフト
軍首脳部は、国防委員会からの返答、すぐに彼らを保護せよとの命令に顔を見
合わせた。嫌ではあるが、命令とあっては仕方ない。
 ネオ・ロアノークとステラ・ルーシェは、こうしてベルリン市内への立ち入
りを許可された。客人待遇であり、それなりの礼節を持って対応されたが、あ
まり心がこもっているとは言い難かった。
「無理もない、好き好んで俺達を受け入れたとは思えん」
 溜息をつくネオは、すぐに司令部が置かれているというホテルに案内された。
あれこれと事情が聞かれるのだろう。ステラは先に滞在先となるホテルへ行く
予定だったのだが、場所が場所だけにネオと離ればなれになることを拒み、着
いてくることになった。

 
 

           第46話「ベルリンの壁」

 
 
 
 

 始めにお復習いしておきたのが、ベルリンは決して親プラントのザフト勢力
下にある都市ではないということだ。現実だけ見ればザフトが支配しているの
だが、一応ベルリンはユーラシア連邦によってザフトの駐屯が認められた都市
ということになっている。
 では何故、旧連合の一員にして大国のユーラシア連邦がザフトのベルリン駐
屯を認めているのかというと、そこには複雑な事情があった。
 話は前大戦まで遡り、ザフトによるオペレーション・スピットブレイク、地
球側で言うところのアラスカ攻防戦が行われたときである。この作戦は当初、
ザフトが衛星軌道上と地上基地から大部隊を、地球連語運の基地の一つである
パナマ宇宙港に送り込む大作戦として認識されていた。これに対し当時の連合
首脳部は、主に二つの国家が中心となり議会を掌握していた。一つは、ファン
トムペインを擁し、現在も世界に君臨する大国、大西洋連邦と、欧州一党とユ
ーラシア大陸を擁するユーラシア連邦である。大西洋連邦はこの作戦に対抗す
るに、アラスカにある地球連合軍統合最高司令部、通称JOSH-Aにある自国の軍
隊をパナマ防衛のために向かわせると言明した。これにより、JOSH-Aの守りは
主にユーラシア連邦を中心とした国々の守備隊だけになるが、元々JOSH-Aはユ
ーラシア連邦が建設した経緯もあったため、特にに反論も出なかった。第一、
好き好んで戦場に自国の軍隊を送る国家などありはしない。
 ユーラシア連邦の兵士は、戦地となるであろう場所に赴く大西洋連邦の兵士
に若干の同情を憶えながら見送ったのだが、その考えはすぐに改まることとな
った。何故なら、ザフトによって発動されたオペレーション・スピットブレイ
クの目標は、パナマではなくアラスカだったのである。これは時のプラント最
高評議会議長パトリック・ザラによって考え出された戦略であり、偽の情報を
流し敵部隊を移動させ、その隙に大部隊を持って手薄になった根拠地を叩くと
いう作戦だった。
 見事に嵌ってしまった連合軍は、迫り来るザフトの大部隊に対して必死の抵
抗を行ったが、それは無駄であったといえる。JOSH-Aにはユーラシア連邦の守
備隊を中心に、それなりの兵力こそ残ってはいたものの、当時はまだモビルス
ーツが機動兵器として一般化されてはいなかったし、ザフトには勢いがあった。
抵抗虚しく、JOSH-Aはザフトによって陥落寸前に追い込まれた。
 その時である。突如、JOSH-Aの地下深くに設置されていたサイクロプスが起
動し、基地の守備隊ごとザフトを葬り去ったのである。
 当初、これらの惨劇は皆ザフトの仕業であるとされ、大半はそれを信じた。
しかし、納得がいかないとの意見も、とりわけユーラシア連邦内部に存在し調
査が始められた。ザフトの仕業にしても、疑問点があった。それはザフト側に
も多大な被害が出ている点だ。仮にザフトがJOSH-Aを吹き飛ばしたのだとして、
自軍をも巻き込むような真似をするのだろうか? 第一、戦況だけ見ればザフ
トはJOSH-A守備隊を押しており、わざわざ施設ごと消滅させる必要などどこに
もないではないか。
 こうした疑惑を元に進められた踏査の結果、JOSH-Aの惨状が、地下深くに仕
掛けられたサイクロプスが起動したことによるものの可能性が強くなった。で
は、一体誰がそんなものを仕掛けた? 疑惑の目は当然、大西洋連邦へと向け
られた。オペレーション・スピットブレイク発動時、大西洋連邦の部隊はパナ
マへと移動していた。表向きはザフトの侵攻目標とされているパナマを防衛す
るための戦力強化であったが、もし大西洋連邦側が、真の目標地点がアラスカ
であるということ知っていればどうだろうか。

 
 

 そうなってくると、色々なことに辻褄が合う。大西洋連邦は自国の軍隊のみ
を生かし、また競争相手であるユーラシア連邦の軍事力を削ぐためにわざとザ
フトの作戦に乗ったのだ。そして、全てを知った上でJOSH-Aを自爆させ、ユー
ラシア連邦の守備隊と共にザフトを消し飛ばしたのだ。
 真相を知ったユーラシア連邦の人々は激怒した。打倒プラント、反コーディ
ネイターと今まで歩調を合わせてきたはずの国に裏切られたのである。国民感
情レベルにおいて、反大西洋連邦気運が高まった。それは戦後も同じことで、
むしろ戦後の方が悪化したといえる。一時は、旧連合からの離脱も考えたほど
であり、両者の対立は明確化していた。
 ファントムペインがクーデターを起こし、大西洋連邦が旧連合を掌握して以
降、両者の立場は完全に対等なものといえなくなった。ユーラシア連邦は、大
西洋連邦に対する国際政治力を既に持ち合わせていなかったのだ。
 今や我が物顔で地上の支配者気取りである大西洋連邦に対し、ユーラシア連
邦が良い感情を持たないのは当然である。そこでユーラシア連邦はプラントと
密かに交渉を持つようになった。既に反コーディネイター思想は、反大西洋連
邦に変わっていた。ファントムペインと敵対するザフトを支援するべく、彼ら
に解放されたのがベルリンであり、ここはまさにプラントとユーラシア連邦に
おける同盟の証ともいえる場所なのだ。
 当然、旧連合時代から、敵国であるザフトの長期駐留など認められてはいな
い。ファントムペイン及び大西洋連邦は、こうしたユーラシア連邦の反抗を叩
きつぶすべく、一度ならずベルリンを攻略しようと考えた。それも、割りと最
近の話だ。ベルリン攻略を任されたのはファントムペインにおいて少佐の階級
を持つ男だったが、彼は一都市に過ぎぬベルリンなど早々に陥落できると高を
くくっていた。
 そこに立ちはだかったのが、ベルリンの壁である。
 少佐は、当初大量のモビルスーツ戦力を持ってベルリンを制圧するつもりで
あった。それを変更せざるを得なくなったのは、防御壁たるベルリンの壁の存
在以外に、この時期ベルリンとその周辺が降雪期に入ったことが問題になった
からだ。
 雪それ自体もさることながら、寒さは人体に多大な悪影響を与える。そして、
この時代のモビルスーツは、未だに寒冷地仕様ものが開発されていなかったの
だ。雪や寒さは機体とパイロットを蝕み、満足に動くことすら出来ない。これ
では使い物にならないと思った少佐は、急遽周辺からリニア・ガンタンクを中
心とした戦車と、ブルドックなどの軍用車をかき集めた。壁を破壊するだけな
ら、何もモビルスーツでなくても良いと考えたのである。
 ちなみにこれに先だって、戦闘機による爆撃も提案され、実行に移されたこ
とがあった。それが失敗したのは、城砦に取り付けられたミサイルランチャー
やレールガンの自動対空砲火が予想外に強力だったためであり、ファントムペ
インは軍用車で地道な攻撃を行うことになったのだ。PS装甲でない以上、ベル
リンの壁には実体弾が通用するはずである。はずである、というのは攻撃を行
っている軍用車の操縦者も、それを見守る士官たちも着弾し爆発した砲撃が、
ちっとも効果を現していると思えなかったからだ。
「まったく、どれだけ分厚い壁なんだ!」
 兵士が叫ぶのも無理はなかった。砲撃は決して効果がないわけがない。着弾
箇所が破損したり、焦げ付いたりもしている。分厚すぎるのだ。攻撃をい繰り
返しても一向に崩れ落ちることがない、鉄壁の防御壁だった。

 
 

「でたらめに攻撃を続けるからダメなのだ。砲火一点に集中し、穴を開けてや
れ」
 少佐が指示した内容は、正しいように思えた。戦車隊は一箇所に集結し、一
点集中砲かを行うこととなった。この時彼らが忘れていたのは、ザフトによる
反撃である。防御壁の中で頑なにしているザフトが出撃してくる可能性を、彼
らは考えもしなかったのだ。
 壁の向こうから飛来してきた存在に、最初に気付いたのは誰か? 恐らく、
戦車隊の索敵を務める兵士の誰かであろうが、彼らが気付いたときには既にリ
ニア・ガンタンクは吹き飛ばされていた。空中からの爆撃、バビのビーム砲に
よって吹き飛ばされたのだ。
「な、なんだあれは。新型の戦闘機か!?」
 初めて見るバビの姿にファントムペインの士官たちが驚愕を覚えた。ミサイ
ルランチャーが発射され、後方に控えていた軍用車が吹き飛ばされる。
「リニア・ガンタンク部隊を戻せ! 迎撃させろ」
 命令は徹底されなかった。リニア・ガンタンク部隊は、突然現れたケルベロ
スバクゥハウンドの集団に襲われたのだ。爆撃の影響から抜けきっていなかっ
たところへの奇襲、リニア・ガンタンクはバクゥのビームファングによってズ
タズタにされた。それは、さながら獲物を貪る野犬を思わせる獰猛さで、恐ら
くリニア・ガンタンクの操縦者たちは生きた心地がしなかっただろう。
 もっとも、すぐに全員死んでしまうわけだが。
「撤退だ、撤退しろ!」
 撤退命令が遅れていたと、誰が批難できようか。突然現れた機動兵器に、部
隊のほとんどを壊滅させられたのだ。少佐は、自身が乗る軍用車両に発進を命
じたが、その前に一機のモビルスーツが降り立った。青色のボディが特徴的な
それはグフという名が付いており、グフは近距離用のビームを乱射し、辺りの
軍用車両を蹴散らした。少佐の顔が、恐怖に歪んだ。グフは、スレイヤーウィ
ップを抜き放つと、残った軍用車両に向かって叩き付けた。

 

 以降、ファントムペインによるベルリン侵攻は慎重路線へと変わった。堅牢
な城塞都市を前に正攻法は通じないと感じたのである。
「あんなんで本当に大丈夫なのかよ」
 それが、ネオ・ロアノークがベルリンへと逃げ込んだことで急遽路線変更せ
ざるを得なくなった。
「上の方は、使えると思ったんだろう」
 シャムスが苛立ち紛れに呟いた言葉に、スウェンは答えた。彼らは現在、ボ
ナパルトにて来るベルリン攻略に向けての準備をしている。
「そもそも、アレの積み込み作業があったから大佐は遅れたって言うじゃない
か」
「必要だったのだろう」
「もう少し早く到着してれば、ミューディーは死なずに済んだかも知れないん
だぞ!」
 可能性に過ぎないと、スウェンは言わなかった。同僚の神経を逆なでする必
要はどこにもないし、彼の憤りが分からないでもなかったからだ。
「大体、そこまでして使う必要があるものなのか? アレは」
「少なくとも、俺達に操縦できない化け物だというのは事実だ」

 
 

 スウェンやシャムス、そして今は亡きミューディーの三人は、エクステンデ
ットやその前身となるブーステッドマンよりも、さらに前の世代に作られた戦
士である。所謂ファントムペイン発足時代の戦士である彼らは、エクステンデ
ットのように過度の投薬や人体改造を施されてはいない。あくまで肉体の鍛錬
と、洗脳教育のみが徹底されている。
 その為、スウェンらは決して常人離れした戦士ではない。モビルスーツパイ
ロットとしては一流を自負する彼らであっても、肉体的には普通の人間とほぼ
大差はないのだ。
「だからって、あんな奴に操縦させていいのかよ!」
「洗脳は既に施されている。任務に支障はない」
 ベルリンを攻略するため、ファントムペインのロード・ジブリールはある決
断をした。そして、それを実行するためにはどうしても必要なものがあった。
「俺達に操縦できない以上、仕方のないことだ」
「でも、アイツも相性が良くないって聞いたぞ」
「多少はな……だが、それも俺達には関係のないことだ」
 随分、口数が多くなっているとスウェンは感じていた。シャムスがミューデ
ィーの死と、その後の上層部の対応に明らかに不満を持っているのは、スウェ
ンにも分かる。分かるのだが、彼はシャムスほど感情を露わにはしなかった。
「俺が気になるとすれば、この作戦後にベルリンがどうなっているかというこ
とだ」
「どういう意味だよ?」
「作戦後、ベルリンは地図から消えるのか……違うな、地図上だけの存在にな
ってしまうのではないか、ということだ」
 スウェンの心配はすぐに現実の物となる。

 
 

 ベルリンの外に置いて着々と攻略準備が進められる中、ベルリン市内はいた
って平穏だった。いや、平穏を保とうと努力していたと言うべきか、一見する
とネオ到着後も、それまでと何も変わらない状況が続いているかに見えた。
 ファントムペインの内紛にザフトが巻き込まれた形になり、再びファントム
ペインとザフトが対立する構図が出来上がりつつある。ザフトは何かしらの形
で介入を考えていたにせよ、このように直接的な形になるとは考えてもいなか
っただろう。
 ところで、この二者の対立を遠くから無言で静観しているものもいる。この
戦時下において未だに旗色を決めず中立を貫いてる国、オーブである。何だか
んだと理由を付けてはファントムペインへの協力を拒み、ザフトと繰り広げら
れる戦闘を黙って見続けているのだ。
「ベルリンで動きがあったらしい。例のファントムペインにおける内紛に関連
したことか?」
「まだ決まってはいないが、かなりの陸上部隊がベルリンを目指しているとの
情報もある」
 行政府における会議は、ベルリンについてというよりも、ベルリン後はどう
なるかという話に傾いていた。ベルリンの堅牢さはオーブの知るところでもあ
ったが、ファントムペインが全軍上げて行動すれば長くは持たないというのが
彼らの考えだった。
「ファントムペイン内部に潜入したはずの、レドニル・キサカ一佐から何か連
絡はないか?」

 
 

 現在、オーブからは情報部が諜報活動の一環としてファントムペインに諜報
員を送り込んでいる。レドニル・キサカ一佐は情報部の部長であり、潜入は彼
が進言したことでもあった。
「いえ、ここのところは連絡が途絶えがちに」
 情報部士官の報告にユウナは溜息をつく。
「まったく、あれだけ熱弁してたくせに……情報部も大したことはないな」
「お言葉ですが、キサカ一佐は元々は情報部ではなく戦場の勇者です。それが
慣れない敵組織内で諜報活動を行うのは至難の業かと」
 ユウナの言葉にムッとしたように情報部の士官が反論する。
「自分で言い出したことだ。彼も子供じゃないんだから、発言と行動には責任
を持ってくれないと困る」
 諜報活動が困難であることぐらい、ユウナにも分かっている。誰がやっても
同じことだろう。それでも今は情報が必要不可欠なのだ。欧州方面のザフト勢
力は、残すところベルリンのみとなっている。もしベルリンが陥落すれば、フ
ァントムペインはいよいよ残る最後の拠点であるカーペンタリアへと向かうだ
ろう。
「カーペンタリアが敗北すれば、次はオーブだ」
 ユウナの言葉は、重い事実になって閣僚たちの肩にのし掛かった。全ては時
間の問題だ。オーブはファントムペインが内紛を起こし、さらにはザフトと諍
いを続けている内に出来ることをしなくてはいけないのだ。

 

 レドニル・キサカによる本国への報告が滞っているのは、別に諜報活動が大
変であるとか、そういう理由ではない。無論、諜報活動は簡単なわけではない
が、キサカは意外とこういった任務にも長けており、彼は周囲に気付かれるこ
となく情報を集めていた。
 後は集めた情報を本国に送るだけのはずが、ここにユウナらが知らない裏の
事情がある。キサカはオーブよりも先に、ザフトのアスラン・ザラへ情報を渡
していたのだ。そもそも、ファントムペイン内部へ潜入することをキサカに勧
めたのはアスラン・ザラである。アスランは言葉巧みに彼を誘導し、自発的な
情報提供者にしてしまったのだ。
「補給施設の警戒レベルが高くなったか……ならば、次はこの辺りの物資集積
所が狙い目か?」
 アスランが近頃、ファントムペインに対し連戦連勝を重ね、補給基地などの
襲撃を難なくやり遂げている最大の理由は、キサカからもたらされる情報にあ
った。考えてみればザフト軍人であるアスランが、敵の補給基地の正確な位置
や、艦隊行動を把握しているわけがない。アスランは情報を握っているのだ。
「ヘブンズベースは艦隊を派遣して基地を守るつもりはないらしいな。各個撃
破を恐れているのか、それともヘブンズベースの戦力を手薄にしたくないのか
……まあ、その両方といったところか」
 オーブのためにアスランに情報を送っているとキサカは思っているのだが、
この頃になってキサカの立場は微妙に変化していた。つまり、オーブやザフト
のためというよりは、アスラン一人の武勲を立てるために情報を送っているの
と、何ら変わりなかったのだ。
 アスランはそれを知った上でキサカを扱き使っているのだが、キサカ本人が
それに気づかないので今のところは上手くいっていた。

 
 

 次の作戦を練るアスランの元に、メイリンが尋ねてきた。手に持つ資料は、
キサカから送られてきた最新の情報である。
「どうぞ」
「いつも済まない」
 労いの言葉はキサカにこそ掛けてやるべきだろうが、アスランは遠くの協力
者よりも身近な協力者を重視していた。メイリンは今のところは自分に最も必
要な存在だ。
「やはり、ファントムペインはベルリンに侵攻するつもりか」
「ベルリンって、ザフトの駐屯地があるんですよね?」
「あぁ、かなりの規模だ。確か、ファントムペインを脱走した将校だったかが
保護を求めてきたと聞いていたが……」
 ベルリンを手助けするのは、アスランの中の選択肢として勿論存在する。む
しろ、ベルリンを助け、恩を売ることでその実権を握れないかとも考えている
のだ。拠点としての規模も、今望みうる中では最大規模だろう。ファントムペ
インが侵攻するというのなら、ザフトが窮地に陥ったところで駆けつけ、発言
力と影響力を増すことが出来るかも知れない。
「新型の機動兵器……?」
「どうしたんですか?」
「ファントムペインはベルリンを攻略するために、最新鋭機である超大型機動
兵器を用いる模様。以下が集められるだけ集めた、機体のデータである……」
 資料を見るアスランの顔色が変わった。不意に真剣な表情になり、食い入る
ように資料を捲る。
「馬鹿な、こんな兵器を……あり得ない!」
 椅子から立ちあがり、アスランは小刻みに震えだした。こんなことは想定外
だ。まさか、ファントムペインがこれほどの機動兵器を開発、完成させていた
など予想すらしていなかった。
「ベルリンは壊滅する……」
「えっ?」
 耳を疑うその言葉に、メイリンが驚いたように声を出した。
「ザフトどころじゃない。ベルリンは、この世界から消し飛ぶかも知れない」
 デストロイ、資料に書かれた超大型機動兵器の名前はアスランに冷や汗を流
させるに十分すぎるほどのものだった。
 もはや、ベルリンに向かうどころではない。向かえば、ミネルバも無事では
済まないだろう。
「あのアスランさん……」
「なんだ、メイリン?」
 落ち着きを取り戻そうと深呼吸するアスランだが、息づかいは荒く、動悸が
速くないっていた。
「実は、国防委員会からの命令書も届いているんですけど」

 

 命令書というには、少々曖昧な文章だった。現在、欧州において独立活動を
行っているミネルバ、司令官アスラン・ザラは、可能であればザフト軍駐屯地
たるベルリンへと向かわれたし。同都市は、目下ファントムペインの侵攻目標
となっており、至急防衛戦力の増加が必要とされる。
 要約すれば、ベルリンが敵に狙われているのでミネルバも助けに向かって欲
しいということだ。

 
 
 
 

「すぐに行きましょう。ベルリンにはザフトだけじゃない、民間人だって沢山
いるはずです」
 シンが、握り拳を固めながらアスランに言うが、彼の表情は険しかった。
「……いや、ベルリンには行かない」
 ポツリとだが、確かにアスランはこのように発言した。
「えっ? 今なんて」
「今から行っても、もう遅い。俺の得た情報では、ファントムペインは拠点攻
略用の兵器を使い、既にベルリンへの攻撃を整えている。攻撃開始まで、半日
もないだろう」
「だったら、すぐに応援に!」
 アスランは首を横に振った。明確に拒否を示しているのだ。
「無駄だ、ミネルバ一隻が向かったところで、ベルリンの陥落は免れない」
「どうしてそんなことが分かるんです! あそこには、ベルリンには助けを求
める人がいて、俺達はそれを助けるべきです」
「俺にはむざむざミネルバを死地に送ることは出来ない! この命令書の文面
は曖昧で、強制力がない。俺はこれを拒否する。この命令は聞けない」
 まだどちらも少年といえる年頃でしかない二人が、強い瞳でにらみ合ってい
る。正しいのはアスランか、それともシンか。タリアやアーサー、ルナマリア
やレイには判断が出来ない。アスランは決して臆病な男ではないはずだ。その
彼が躊躇すると言うことは、ベルリンには何かあるのだ。
 一方で、シンの言い分も当然である。彼の言うとおり、ベルリンには民間人
も多数いるはずで、それを守るのはザフトの役目だ。
「アンタが行かないってなら、俺一人でも行く!」
 アスランが強弁なら、シンも強情だった。口調は荒くなり、すぐにでも出撃
しようとアスランに背を向ける。
 その背に向かって、
「シンッ!」
 アスランは拳銃を引き抜き、突きつけた。
「ア、アスラン!」
 ルナマリアが悲鳴に近い声を上げる。シンは上官に口答えをし、逆らった。
まさかそれだけで銃殺されるとは思えないが、彼がこのままアスランの言うこ
とを無視して出撃しようとすれば、アスランは迷わず引き金を引くだろう。
 周囲の人間が硬直する中、シンが顔だけをアスランの方に振り向かせた。
「撃ちたければ、撃てばいい」
 シンは懐から戦闘用ナイフを取り出した。レイが小さく舌打ちをする。彼の
目にはシンが暴走し掛けていると思えたのだ。
「アンタが引き金を引くなら、俺はアンタを刺してでもベルリンに向かう」
「軍隊が民間人を守るというのは建前だ、お前は死にに行きたいのか!」 
「それで守れる命があるなら、俺は構わない」
 根本的な考え方が違うのだ。アスランにとってシンの言っていることは甘っ
ちょろい理想であり、シンにとってはそれが何よりも大事なのだ。
「では、こうしたらどうですか。ミネルバから先行して、ひとまずシン一人が
出撃するというのは」
 埒があかないと感じたのか、レイが口を挟んできた。
「ミネルバ全体が動くかどうかは、シンの報告次第というのは?」
 言い直せば、それはシンが単身で死地に向かうと言うことにもなる。

 
 

「馬鹿を言うな。ここからインパルスがベルリンに向かったとして、到着する
頃にはバッテリー切れを起こしてるぞ」
「いえ、インパルスは装備換装後に電源を切り、グゥルに機上。ベルリンに着
き次第再始動すれば、バッテリー切れの心配はかなり軽減されるはずです」
 悪くない方法だった。確かにこれならば、例えデスティニーシルエットを装
備してもギリギリまでバッテリー容量を保つことが出来る。
「無茶よ! たった一人で、何が出来るって言うのよ!」
 今度は、ルナマリアが異を唱えた。当然のことだろう。彼女にも、シンが死
にに行くようなものだと思えたのだろう。
「……それで行く」
「シン!」
「時間がないんだ。俺は、ベルリンに行きたい」
 シンは改めて、アスランと向き合った。既に彼は、拳銃を降ろしていた。
「いいのか? 生きて帰れる保障はないんだぞ」
「構いません」
「そうか……なら、何処にでも行けばいい」
 勝手にしろ、そんな言い草で、アスランはシンのベルリンへの出撃を認めた。

 
 

 ベルリン市内のホテルに、ネオは居た。ステラと共に滞在することになった
このホテルは、ザフトが接収したものである。
「どうせ盗聴されているのなら、言葉を気にしても無駄か」
 ベルリンのザフト首脳部との話し合いは、上手い具合に進んだと思う。彼ら
とて何時までもネオをベルリンに置いておきたくはないので、早急にプラント
へ連絡を取り亡命の手筈を整えるとのことだった。
 もっとも、その代償としてこちらはステラのガイアを失うことになる。
「ネオ、どうしてもアレを渡しちゃうの?」
 愛機だけにステラにも愛着があるのだろう。声は少し不満そうだった。
「分かってくれ、ステラ。アレは元々ザフトのものなんだ」
 ガイアの返還を、ザフトが要求するのは当然のことだった。あれはザフトが
開発した、ザフトの機体である。返せと言われて、ネオは拒める立場にないの
だ。
「まあ、ガイアも俺達と一緒にプラントに送られるだろうし、それまでは一緒
だ」
 問題は、ファントムペインの侵攻を前にベルリンからプラントへ向かうこと
が出来るかだ。ファントムペインは正直、城塞都市と化したベルリンを攻め倦
ねている。堅牢な防御壁を崩す方法が見つからなければ、攻略しようがないは
ずだ。その間にプラントへ……不可能ではないと思う。
 ネオは、ベッドで蹲るようにして寝ているステラを見る。
 結局、自分とステラだけになってしまった。ヘブンズベースを出発したとき
は、少なくとも五十人以上はいたと思う。それがここまで来る間に、一人、ま
た一人と減っていった。
「約束を破るだなんて、お前らしくないじゃないか」
 スティングもまた、遂に合流することはなかった。
 彼もまた、アウルの元へ旅立ってしまったのだろう。
「ザフトの手を借りてでもファントムペインを倒すしかない。その為にはまず
……」

 
 

 これからのことを考えるネオ。彼なりに先に対しての展望はあった。それが
実現するかどうかも、今後のネオの働き次第だろう。プラントに赴き、軍上層
部や権力者に接触し、情報を切り売りする。亡命将校としての地位ぐらいは貰
えるかも知れない。恩を仇で返すことになるが、こうなったらジブリールとと
ことん戦うしかない。
 ネオが描いた未来予想図は、画家の心中を表したかのように複雑なものだっ
たが、見栄えは良かった。
 残念なのは、このキャンパスが下書きの段階で破り捨てられたことだろう。
ネオは絵筆を持つ前に、書き続けることが出来なくなってしまったのだ。

 
 

 激しく雪が吹雪いていた。ベルリンの壁にあって、壁の外を監視する任務を
与えられたザフト軍兵士は、防寒服越しに伝わる寒さに震えながらも、自己の
任務を全うしていた。日課である見回りを早く終え、詰め所で熱いコーヒーを
飲みたい。そんなことを考えながら、彼は双眼鏡を取り出す。壁の上から双眼
鏡で見る景色は最高で、ここの見回りを任された兵士の特権でもある。生憎今
日は吹雪で視界も悪いが、晴れた日は実に美しい景色が……
「なんだ? 吹雪の向こうに何かが」
 どう表現するべきか、大気が震えているとでも言うのか、吹雪を蹴散らすよ
うに巨大な影が突き進んでくる。モビルスーツか? いや、モビルスーツであ
ってもあんな巨大ではないはずだ。とてつもなく大きい何かが、こちらに向か
ってくる。
 兵士は通信機を取り出すと、壁の外をカメラによって監視している監視室に
確認を求めた。
「吹雪の中に何かいる。あぁ、モビルスーツでも戦艦でもない。もっと違う、
何か大きな物体が」
 瞬間、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が響き渡った。巨大な光が、吹雪を
消し飛ばしながらベルリンの壁に伸びる。閃光が、ゴーグル越しに兵士の目を
焼いた。兵士が持っていた双眼鏡は遠距離用で、ということは謎の物体と壁に
はかなりの距離があったはずだ。しかし、放たれた光りは数秒かからずその距
離を征服してしまった。
 光が、ベルリンの壁に突き刺さった。
「なんだ……これは!?」
 兵士が光の正体を知ることは永久になかった。光が突き刺さると同時に巻き
起こった爆発に巻き込まれ、兵士の体は瞬時に消滅した。爆発は鉄壁を誇る防
御壁に、巨大な風穴を開けた。
 何が起こったのか、壁の中にいた者には理解できなかっただろう。ホテルで
ステラの寝顔を横目に考え事をしていたネオでさえ、とてつもない光と音が響
き、壁の付近で爆発が起こったとしか認識できなかった。
 超大型機動兵器デストロイ。機動兵器としては、既に戦略レベルまで発達し
た最凶の機体が、ベルリンへと侵攻を始めてきたのだ。
 後の歴史を大きく変える悲劇が、今、行われようとしていた。