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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第48話

Last-modified: 2008-01-23 (水) 23:09:20

「うっ……」
 毛並みの良い絨毯の感触が、頬を撫でる。
 ネオは微かに痛みを感じる背中を押さえながら、目を覚ました。
「ここは、どこだ」
 気絶したショックにより混乱した記憶が戻るのに、十秒もかからなかった。
 寝ている場合ではなかった。ステラは、ベルリンの街はどうなった!?
 慌てて窓に駆け寄ったネオは、外の光景を見て体が冷え切るのを感じた。彼
が気を失う前と後で、街の姿がまるで違った。三十分も寝てはいなかったはず
だが、その僅かの間にデストロイは街を壊滅させたのだ。
「なんて、ことだ」
 自分は尋常でない悪魔と戦おうとしていたのかも知れない。見れば、必死で
抵抗していたはずのザフト軍もその姿が見えない……いや、待て、
「デストロイはどこだ?」
 移動したのか、デストロイの姿がネオの居る部屋からは見えなかった。あれ
だけの巨体、肉眼で確認できないわけはないし、まさか倒されたのか? ザフ
トの攻撃が功を奏し、撃破したのだろうか。
 倒せたのならそれに越したことはないが、そんなに上手くいくのか。破壊を
終えて引き上げた、まだそちらの方が説得力がある。
「そうだ、ステラ……ステラは」
 止まった時が動き出すかのように、ネオは辺りを見回した。部屋の中に、ス
テラの姿はない。彼女は、戦いの場へと向かったのだ。
 ネオを守るために、あのデストロイと戦うつもりなのだ。
「無理だ……勝てるわけがない」
 ベルリンにいたザフト軍は、大兵力ではなかったにしろ決して数が少なかっ
たわけではない。陸空それぞれに機動兵力を持ち、旗艦である陸上戦艦と共に
ベルリンの戦力として存在していたはずだ。
「ユーレンベックがいない……撃沈されたのか!?」
 ネオは窓から見える破壊と炎の景色に、コンプトン級陸上戦艦ユーレンベッ
クの姿を見つけられなかった。ベルリンザフトの旗艦にして戦時下の司令部と
して機能する戦艦が、無くなっている。
 デストロイは、街と共に戦艦も破壊してしまったのか。
「俺のせいだ……俺が、ベルリンに来たから」
 破壊と殺戮が巻き起こった。半日前まで、白い雪に彩られていた美しい街並
みが、血と炎に染まっている。
「ステラを、助けなくては」
 呟く言葉には、覇気がなかった。体が震えている、馬鹿な、恐怖していると
いうのか、デストロイに。この俺が? かつて英雄と呼ばれ、不可能を可能に
すると豪語していた俺が、怯えている?
「なんだ……」
 空中に何かが飛び立った。翼を広げるその姿は、モビルスーツのもの。
「インパルス、なのか」

 
 

          第48話「勝利の代償」

 

「アァァァァァァァァッ!」
 二刀のエクスカリバーと、シュトゥルムファウストが激しくぶつかり合って
いる。腕だけでもモビルスーツの大きさに匹敵するであろうデストロイの怪腕
を、インパルスは機体出力の全てを出し切る勢いで受け止めている。
「ハァッ!」
 シンが叫ぶ。インパルスを動かし、エクスカリバーの斬撃で、シュトゥルム
ファウストを十文字に斬り裂いた。
 爆発するデストロイの腕を見ながら、シンは機体を空中に飛ばす。シュトゥ
ルムファウストは両腕の武装であり、もう一基ある。
「そこだ!」
 テレスコピックバレル延伸式ビーム砲塔の標準を合わせ、ビーム砲を撃ち放
つ。しかし、シュトゥルムファウストはそれ自体に陽電子リフレクターが装備
されており、ビーム攻撃を防御することが出来るのだ。
「ビームを弾く!?」
 五連装スプリットビームガンがビーム砲台としてインパルスを襲う。シンは
それを避けながら、シュトゥルムファウストに急接近する。エクスカリバーを
叩き込むが、瞬時に展開された陽電子リフレクターが弾き返した。
「反応が早いっ!」
 シンはモビルスーツほどの大きさがあるシュトゥルムファウストに翻弄こそ
されなかったが、驚きを憶えているのは事実だった。市街に横たわる巨大な機
動兵器から分離しているようだが、見たこともない兵器に戸惑いを憶える。
「一体、アレは何なんだ?」
 ベルリンに到着したとき、シンは時既に遅いことを悟った。燃えさかるベル
リンの上空を飛びながら、ザフトの敗北をその目に焼き付けたのだ。
 アスランの言うとおりだった。ベルリンは、もはや都市ではなく戦場だった。
破壊の限りを尽くされた街で、ザフトは敗れ、市民は死に絶え、ガルナハンと
は違う悪夢をシンは見せつけられた。
 街の中心部に巨大な機動兵器が仰向けで倒れているのを発見したのは、到着
してすぐのことだ。ザフト軍機なわけもなく、あれがアスランが言っていたフ
ァントムペインの拠点攻略用兵器なのだろう。
 倒されたのかと思った機動兵器が両腕を分離したのを確認したとき、その先
にシンはガイアを見た。何故ガイアがここにいるのかという疑問よりも、ガイ
アが一機、敵と戦っている事実がシンには重要だった。シンは機体をフルスピ
ードで飛ばし、ビームに機体を吹き飛ばされ、トドメを刺される寸前のガイア
とデストロイの間に割って入ったのだ。
「な、なんだ!?」
 突如、デストロイの周囲で爆震が起こる。高出力ホバースラスターが起動し、
機体が動き出している。片足が折れたことで倒れていたようだが、まさか起き
あがるつもりか。
「させるか!」
 シンはインパルスを飛ばし、デストロイの行動を阻止しようとするが、それ
をシュトゥルムファウストが遮った。
 邪魔をするな! シンは心の中で叫ぶと、エクスカリバーを振るった。レー
ザーの刃と、陽電子リフレクターが激突し、激しい火花がまき散らされる。
「これ以上、この街を壊させてたまるかっ」
 連続して繰り出される斬撃に、シュトゥルムファウストが斬り裂かれた。

 
 

 シンはすかさずデストロイに近づこうとするが、気付いたデストロイがツォ
ーンMk2で砲撃を行った。
「全身に兵器があるのか!?」
 放たれるエネルギー砲の避けながら、インパルスもビーム砲で反撃する。だ
が、限界を無視した出力を発揮したデストロイは遂に体制を立て直し、片足を
失ったモビルスーツ形態から、モビルアーマー形態へと機体を変形させたのだ。
「変形機能……」
 モビルアーマー形態ならば、フライトユニットを使って浮遊することが出来
る。片足を失ったデストロイ、最後の手段だった。
 高エネルギー砲アウフプラールドライツェーンの砲身が、インパルスへと向
けられる。シンは危機感を感じたのか、機体をさらに中空へと飛ばす。砲撃は
怒濤の勢いで空を突き破り、インパルスを襲った。
「なんて破壊力だ、まともにくらったら……」
 インパルスであっても形すら残らないだろう。あれはモビルスーツでもモビ
ルアーマーでもない、破壊兵器だ。

 

 デストロイのコクピットで、生体CPUスティング・オークレーが震えていた。
黒い機体に足を、その次に現れた機体に両腕を奪われた。理解できない、何故
自分がやられている。自分は、誰にも負けない最強の力を手に入れたはずだ。
全てを破壊し、滅ぼすだけの力を、持っているはずだ。
「俺は、何だ……俺は、破壊する、破壊し続けなければ、いけない」
 スティングは決して痛覚が排除されたわけではない。彼は激しい頭痛に血反
吐を吐きながら操縦桿を握っていた。
「ステラ……誰だ?」
 知っている気がする。でも、思い出すことが出来ない。自分は何か大切なこ
とを忘れて、失ってしまった。
 目の前にいるインパルスは、自分の敵だ。あれを倒し、この街を破壊し、俺
は、俺は……
「破壊する、全てを!」
 デストロイのネフェルテム503が発射された。二十門ある熱プラズマ複合砲が
インパルスを襲い、さすがのインパルスも機体にダメージを受ける。
「全方位攻撃か!」
 シンは機体を降下させ、ビルの残骸など物陰に隠れながらデストロイに接近
した。プラズマ砲はそれを狙い撃つが、障害物の多さに上手く命中させられな
いのだ。
 インパルスが、急上昇した。シンは二刀のエクスカリバーの柄同士を連結さ
せる。
「アンビデクストラスフォームで!」
 インパルスの接近戦における必殺武器が炸裂した。戦艦すらも一撃で両断す
る斬撃が、デストロイのアウフプラールドライツェーンに直撃した。
「なっ!?」
 スティングが驚愕の叫び声を上げる。
 巨大な砲身が、叩き斬られた。シンは重さと衝撃に軋む機体を無視し、四門
の砲身を全て破壊した。
「ここで!」
 シンはビーム砲塔の標準をデストロイに固定し、ビーム砲をそのフライトユ
ニットにぶっ放した。放たれた砲火は、陽電子リフレクターが発動するよりも
早くフライトユニットに降り注いだ。

 
 

「嘘だろっ!?」
 フライトユニットで起こる爆発は、機体全体を揺らした。砲撃は、致命傷だ
った。デストロイのフライトユニットに、激しい亀裂が走った。
 正面から倒れ込むように、デストロイがバランスを崩した。まだだ、まだ負
けるわけにはいかない。
「そうだ、俺はもっと壊さなくちゃ……殺さなきゃ」
 プツリと、何かが切れた。
 スティングの悲鳴が、デストロイのコクピットに響き渡った。暴走し、崩れ
かけていた精神が、一挙に崩壊した。激しい頭痛と嘔吐感、スティングは自分
が死ぬのかと思った。このまま、約束も果たせぬままに、死んでしまうのかと
……
「やく、そく?」
 約束とは何だ。俺は誰と、約束をした。一体何の、約束をしたんだ。

 

――あいつ等倒したらよ、さっさと後を追いかける。だから、先に行ってくれ

 

誰の声だ?

 

――俺は俺の意思でアンタに従い、仮に死んだとしてもそれは満足いったもの
になるだろうよ

 

誰の言葉だ?

 

「違う、これは俺の……」
 俺の声で、俺の言葉だ。そして、約束とは、俺が、
「ネオと、ネオ・ロアノークとした、約束」
 その時、奇跡が起こった。ほんの僅かな、一瞬でしかない時間、デストロイ
のパイロットである生体CPUエクステンデットが、ロアノーク隊所属のモビル
スーツパイロット、スティング・オークレーに戻った。
「俺は、スティング……スティング・オークレーだ」
 あの時、スウェン・カル・バヤンとシャムス・コーザの二人に敗れたスティ
ングは、傷つき倒れ、捕虜になった。生き恥をさらしたくなかった彼は死を望
んだが、ホアキンが彼をデストロイの生体CPUにすることを決めた。
 極限の洗脳がスティングの理性を崩壊させ、精神を砕いた。人格を失い、生
体CPUと化したスティングは、全てを破壊するためにベルリンへと、ネオと合流
するはずだった街に出撃したのだ。
 仲間だったネオを、抹殺するために。
「俺は、なんてことを……しちまったんだ」

 
 

 シンは、デストロイの攻撃が止み、その動きが著しく鈍くなったのを感じた
が、トドメの砲撃を行うことを躊躇していた。というのも、この驚異の機動兵
器が核動力ではないかと思ったのだ。もし、砲撃による爆破を行えば、市街地
で核爆発が起こることになる。

 

312 名前:運命の歌姫 ◆1gwURfmbQU [sage] 投稿日:2008/01/22(火) 20:43:51 ID:???
「爆散させずに倒すには、コクピットを貫くしかない」
 ステラと同じ考えに行き着いたシンだが、彼女の時とは状況が違った。あの
時はデストロイが地面に倒れ伏していたが、今は不安定とはいえ浮遊状態にあ
る。正面からコクピットめがけて突っ込めば、胸部の1580mm複列位相エネルギ
ー砲スーパースキュラが発射される。
 完全に避けてコクピットを破壊する、自分にそれが出来るのか?
「やるしか、ない」
 出来なければ、ベルリンだけじゃない。世界が滅ぼされる。この化け物は、
ここで自分が倒さなければ行けない。
 アンビデクストラスフォームのエクスカリバーを構え直すインパルス。迷っ
てなどいられない。一か八か、突っ込むしか……
『その……体……パイロット』
 突然、シンはデストロイから通信が送られてきたことに気付いた。何のつも
りだ?
 訝しがりながらも回線を開くシン。あの機体のパイロットが何者なのかとい
うことにも、興味があった。 
『その機体のパイロット……聞こえないのか』
「聞こえている」
 その声は、意外にも若く、シンよりも少し上くらいか? 詳しい年齢を判別
できないのは、男の声が疲れ切っていたからだろう。
「お前は、何者だ。何で、こんなことをしたんだ!」
 その叫びは、シンだけのものではなかった。この破壊に巻き込まれ、傷つい
た全ての代弁だった。
 通信機越しに、相手が押し黙るのをシンは感じた。何か妙だと思うが、相手
はシンが聞きたかった答えとはまるで違うことを言った。
『頼む……俺を、俺を殺してくれ!』
「えっ?」
 何を、言ってるんだ? シンは相手の理解不能と思える発言に、混乱する。
 殺せ? 今、殺せと言ったのか?
「どういう意味だよ、それは!」
 聞き返すシンに、デストロイのパイロットは苦しむような声を絞り出し、叫
んだ。
『俺が、俺が正気を、スティング・オークレーでいられる間に、俺を殺してく
れ!』
 スティングの声は、嗚咽に近かった。彼は泣いていた、涙を流していた。
 燃え上がる炎も、破壊し尽くされた街も、死を強制された人々も、みんな、
みんな自分がやったことなのだ。
 もう、こんなのは嫌だ。
「これ以上、俺に大切なものを……壊させないでくれ!!!」
 瞬間、インパルスが動いた。まだ半分も状況は理解できていなかった。聞き
たいことは山ほどあったし、殺すよりも捕虜にする方がいいはずだった。
 だけど、シンはインパルスを突っ込ませた。スティングの悲痛な叫びに、心
を動かされたのだ。
「ウォォォォォォォォォォォォッ!」
 雄叫びと共に、インパルスがデストロイに突撃した。エクスカリバーの先端
が、聖剣を名の由来とする剣の一撃が、デストロイのコクピットを貫いた。

 
 

「ありがとう」
 スティングの最後の言葉は、誰にも聞こえなかった。それでもよかった。
 デストロイの巨体が、再び倒れる。黒き巨体は、その命を貫かれた。
 スティング・オークレーは、シン・アスカの一撃で戦死した。死の間際、彼
は幸福だったかもしれない。デストロイの生体CPUではなく、スティング・オ
ークレーとして、その生涯を終えることが出来たのだから。

 

 デストロイがその動きを完全に止めたとき、インパルスのエネルギーが切れ
た。戦いの最中、当に危険域に入っていたのだ。それでもシンは、一人戦い続
けた。
「そうだ、ガイアは!」
 確か、ガイアのパイロットが生きていたはずだ。シンは、ガイアの機体が落
ちた場所まで何とか機体を移動させると、コクピットを飛び降りて、ガイアの
機体に駆け寄った。
 間近で見るガイアは、モニター越しに見たそれよりも酷い損傷を受けていた。
メインカメラと両手足を吹き飛ばされた機体は、各所に亀裂が走り、コクピッ
ト部分にも損傷を負っている。
 これは、ダメかも知れない。
 シンは唇を噛みしめながらガイアによじ登ると、ガイアのコクピットを開い
た。幸い、コクピットの開閉装置は壊れていなかった。
 そして、シンはガイアのパイロットを見た。
「……嘘だろ?」
 コクピットに横たわる姿を、シンは見たことがあった。ピンク色を基調とし
た制服を着ている姿こそ始めてみるが、その髪、その顔、シンの記憶と一致す
るものがある。
「ステラ」
 かすれた声で、シンは呟いた。そう、ステラだ、ステラ・ルーシェ。ディオ
キアの街で出会った少女、シンと語らい、彼が守ると誓った少女。
 しかし、ステラはテロリストで、シンと死闘を行って、それで……
「何で、何で君が、こんなところに!」
 シンはステラを抱きかかえた。すると、手の平に嫌な感触が伝わってくる。
以前、ガルナハンの町で同じ感触、感覚に触れたことがある。
「んっ――」
 ステラが呻いた。彼女は、傷を負っていた。シンの目から見ても、それは深
い傷のように思える。
「だ、れ……」
 視界がハッキリしないのか、ステラは自分を抱き起こしたシンが分からない
ようだった。
「俺だよ、シンだよ!」
 震える声で、シンが叫んだ。彼の両手は、血に濡れていた。
「シン……シンなの?」
 ステラは瞑っていた目を開き、その瞳にシンを映し出した。間違いなく、そ
れはシン・アスカだった。ディオキアで別れて以来、もう一度会いたいと思っ
ていた。ステラを守ると、始めていってくれた男の子の姿だった。
「シン、ステラを、助けに来てくれたの?」
「そうだよ、俺は君を助けに、守りに来た」

 
 

 時にはつかなくてはいけない嘘もあった。シンがベルリンに来て、ステラが
ベルリンにいたのは全くの偶然だったが、シンは必死に叫んでいた。
「来てくれないかと、思った」
 ステラが弱々しい声で、呟いた。
「あの時言っただろ? 例え君が宇宙にいたって、俺は君を守りに来るって」
 力が入らないのか、ステラは手を振るわせながら、シンの頬を触った。
「もう大丈夫だ。あの巨大兵器は俺が倒した、だから」
 ステラの表情が少しだけ変化する。それは、デストロイのパイロットがステ
ラの大切な仲間だったからだが、シンはそのことを知らなかった。ステラも特
に、そのことについて何も言わなかった。
 シンはステラを抱きかかえ、ガイアのコクピットを出る。
 そして、現実に引き戻された。
「あ……」
 確かに、デストロイは倒した。この街を破壊する破壊者は、永久にその活動
を止めた。だけど、破壊その物が消えてなくなった分けじゃない。
 炎に包まれ、崩れた街並みを見てシンは息を呑んだ。
 何処に行けばいい? ステラは傷ついている。医者に診せなくてはいけない。
医者はどこにいる? 病院、いや病院などとうの昔に破壊されてしまった。
「そ、そうだ」
 インパルスを見る。インパルスは無事だ。ステラを乗せて、ミネルバに戻れ
ばいい。ミネルバも遅れながらではあるがベルリンを目指しているはずだし、
あそこの医療設備なら……
「ダメだ」
 シンは愕然とした。インパルスの機体は、確かに無事だ。でも、バッテリー
が切れた。エネルギーがなければ、インパルスは飛ぶことすら出来ない。
 絶望が、シンの体を支配していく。デストロイは倒せたのに、もうこの街を
破壊するものはいなくなったのに、俺はステラを救えない、守れないのか!
「シン……」
 愕然とするシンに、ステラが声を掛けた。シンは言葉もなく抱きかかえた彼
女に顔を向ける。ステラは、僅かな笑みを見せていた。
「お願いが、あるの」
「お願い?」
 ステラが伸ばした手を、シンは優しく握りしめた。
「ステラをネオの……ネオの所へ、連れて行って」

 
 

 窓の外で起こっていたのは、現実か、それとも空想か。ネオ・ロアノークに
は、その判断が出来なかった。
 ベルリンの上空へ現れたインパルスと、倒れた体を立て直したデストロイ。
巨大な悪魔と戦う天使のようだった。インパルスは、その剣でデストロイを貫
いた。ネオが怯え、恐怖したデストロイが、倒されたのだ。
「これは、夢か?」
 デストロイが、負けた。倒された。
 不可能が、可能になった。インパルスが、やってのけた。
「ステラは、無事なのか……」
 何度目かも分からない呟きが、ネオの口から漏れる。

 

315 名前:運命の歌姫 ◆1gwURfmbQU [sage] 投稿日:2008/01/22(火) 20:46:43 ID:???
 背後で、部屋の扉が開く音がした。ネオ以外の人の気配が、部屋の中に入っ
てくる。
 ステラだろうか? ネオがゆっくりと、後ろを振り返った。
「ステラ……」
 そこには、ステラがいた。正確には、ザフトのパイロットスーツを着た少年
に抱きかかえられている。
 彼女が傷つき、弱っていることはすぐに分かった。
「ステラッ!」
 ネオは、ステラに駆け寄った。ザフトの少年は、無言で抱きかかえたステラ
を、そっとネオを抱き渡した。
「ネオ……」
 消え入りそうな声だった。声だけじゃない、ステラの命その物が、消えかけ
ているのだ。
「ステラ、どうしてこんな無茶なことを!」
 ネオの叫びに、怒りは含まれていない。深い悲しみが、そこにはあった。
「スティングだったの……」
「えっ?」
 その言葉には応えず、ステラが声を発した。
「あの大きなやつのパイロットが……スティングだった」
「そんな、まさか」
 あり得ない話ではなかった。あの後、スティングが死なずに生きていたとし
たら、ジブリールがデストロイを使ったのも、スティングという材料が手に入
ったからではないのか?
「ステラは、助けられなった。スティングを、守れなかったの」
「いいんだ、ステラ。スティングのことは、今は忘れるんだ」
 今より先が、ステラにはない。そのことを知りながら、ネオは必死で言葉を
繋げた。
「ネオ……」
「なんだい、ステラ?」
「ステラはもう、ネオのことを守ってあげられない」
 ネオは息を呑んだ。ステラは、自分に迫り来る死を、自覚している。
「最後まで守ってあげられなくて、ごめんね?」
「ステラ……」
 抱きかかえた体から、力が抜けていく。
 ネオは何かを発しようとした。ステラに言葉を掛けようと、でも、見つから
ない。彼女に掛けるべき言葉が、喉から出てこない。
 そんなネオを見つめていたステラが、最後の言葉を紡ぎ出した。
「ネオ、ありがとう……大好きだったよ」
 静かに、ステラは目を閉じた。
 ステラ・ルーシェ、ファントムペインのエクステンデットとして育ち、人に
守られることを知らなかった少女は、戦場でない場所で、その命の灯火を消し
た。最期の時、少女は大好きだった男の、その腕の中で、眠りにつくように旅
だった。

 
 
 
 

 涙が、出ない。
 永遠の眠りについたステラを床に横たえ、ネオは静かに立ちあがった。アウ
ルが死んだときも、そうだった。ステラが死に、スティングが死んだと知った
今も、自分は泣くことが出来ないのだ。
「…………おい」
 不意に、ステラの最期を黙って見つめていたザフト軍パイロットの少年が、
ネオに声を掛けてきた。ネオは、ステラをここまで連れてきてくれた少年に一
言礼を言おうとし、
「――ッ!?」
 振り向いた瞬間に殴り飛ばされた。
 シン・アスカの血に染まった拳が、ネオ・ロアノークの頬に直撃した。激し
い痛みと衝撃に、ネオは膝をついた。シンはそんなネオの胸ぐらを掴み上げた。
その目は、強い怒りに燃えていた。
「アンタは、一体何なんだ」
 怒声は強く、鋭く突き刺さる。
「アンタは、ここで何をしてたんだ」
 もう一発、シンの拳がネオに放たれた。ネオは、避けることも、防ぐことも
しなかった。
「アンタを守ろうと、命がけで戦っている奴がいたのに、アンタはどうして何
もしなかった!」
三発目の拳が、ネオを殴り倒した。
「ステラはアンタのために身を挺して、アンタを守りたくて、一人であの化け
物と戦ってたんだぞ!」
 ネオの体が震えた。
 事実は、痛烈さを持ってネオの心をかきむしった。
「ステラは、俺がファントムペインのネオ・ロアノークとなって、初めて出来
た部下だった」
 ポツリ、ポツリと、ネオが呟く。
「何が気に入られたのか俺に懐いて、ステラは俺を心の底から慕ってくれた。
でも俺は、そんな彼女に何もしてやれずに、いつも彼女を危ない場所に送り出
すことしかできなかった」
 それでも、ステラはネオを嫌いにならなかった。
「ステラは最期の最期まで、俺を見捨てずに付き従ってくれたんだ……」
 命がけでネオを守り、散っていった少女。
 震えるネオを、シンが掴んだ胸ぐらごと無理矢理立たせた。
「だったら!」
 シンは叫ぶ。声がかれるぐらい叫んだ。
「だったらどうしてアンタは、ステラのために泣いてやれない! 涙を流して、
彼女の死を悲しまないんだ!」
 涙混じりなのは、シンの方だった。彼は、ステラの死に涙を流している。こ
れが普通なのだ、人として、自然なことなのだ。
 ネオの顔から、仮面が落ちた。
「ステラ…………」
 男の顔には、傷跡があった。昨日今日できた傷ではない古傷が、そこに刻ま
れている。戦傷は、決して醜くなど無かった。
 シンは男の顔を、知らなかった。

 
 

「ステラァッ!!!」
 ムウ・ラ・フラガが、声を上げて泣いた。既に彼は、自分がネオ・ロアノー
クなのかムウ・ラ・フラガなのか分からなくなっていた。
 そんなことは、もうどうでもよかった。
 彼がネオ・ロアノークとなって以来、一度も流したことの無かった涙が、こ
ぼれ落ちていた。
 仮面は外れた。外すときが来たのだ。
 ムウ・ラ・フラガがネオ・ロアノークとなって、一年と少し。仮面を付け、
素顔を隠し、別の人間として生きてきた彼はここに死んだ。
 彼は、これ以上逃げてはいけないのだ。
 ネオ・ロアノークとしての偽りの仮面を捨て、本当の自分自身に、かつてエ
ンデミュオンの鷹と呼ばれた英雄に、戻らなければ行けない。
 でも今は、彼に時間を与えよう。
 ムウ・ラ・フラガに戻るまでの僅かな間、彼はネオ・ロアノークとして泣き
続けた。自分を好きだと言ってくれた最愛の少女のために、彼女が大好きだっ
たネオ・ロアノークとして、涙を流して泣き叫んだ。

 
 

 ファントムペインによるベルリン侵攻は、こうして幕を閉じた。
 デストロイの撃破を確認したホアキン大佐は、全軍に撤退を指示、ベルリン
の街を包んでいた脅威は去った。
 しかし、ベルリンの街は九割が破壊され、ザフト・民間人共に数え切れない
ほどの死者が出た。既にここは都市ではなく、都市だった場所でしかない。欧
州におけるザフト勢力は壊滅し、残すは太平洋のカーペンタリアのみとなった。
 ベルリン侵攻で、ファントムペインは四つのものを生み出した。
 崩壊した街と、失われた命、傷ついた人々、そして……
 一人の英雄を復活させてしまった。

 

                                つづく