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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第49話

Last-modified: 2008-01-28 (月) 00:11:04

 ベルリンという都市が姿を消した。
 壊滅したのだ。
 そこにあるのは、都市ではない。かつて都市だったもの、その瓦礫とかした
残骸だ。破壊された建造物、炎に包まれた街、犠牲になった人々は数え切れな
いほどの数に上った。
 死傷者の数を算出したザフト軍の士官は背筋が凍るのを感じた。死者の総数
が、負傷者のそれを上回ったのである。これは今回の戦闘によってザフトが壊
滅したこと、それによって満足な救助・救援活動が行われなった事実がその背
景にあった。中には、適切な処置さえ施せれば助かった命も多かっただろう。
それをすることが出来ず、無惨にも死なせてしまった人々が、何人いたことか。
「ミネルバだけではとても対処しきれない……かといって近隣に味方はいない。
最悪だな」
 ミネルバが到着したのは、シンに遅れること三時間後のことだった。辿り着い
たベルリンの惨状を見たとき、アスランですら息を呑んで言葉もなかった。
「俺の選択が間違って他とは思わない。しかし、こいつは寝覚めの悪くなりそう
な光景だ」
 アスランは、信頼の置ける部下メイリン・ホークに対してだけは、このよう
に語ったという。自分がデストロイの力に恐れ、味方の犠牲を回避しようとし
たばかりに多大な犠牲が生まれてしまったのではないか? 僅かだが、自責の
念がそこにあった。
 それでもアスランは現状望みうる限りの働きをした。ミネルバのクルーを総
動員して救助活動を行い、医療スタッフは助けられるだけの命を助けようとし
た。食料品・衣料品などの物資は惜しみなく無償提供し、プラント本国及び近
隣の都市にも応援を求めた。
「本国はともかく、近隣の都市や国は当てに出来ないだろうな」
 アーサーと共に、物資提供の状況を見て回っていたとき、アスランはこのよ
うに言った。
「やはり、プラントには協力したくないからですかね?」
「協力したくないの内実がこの際変わってくるな。ベルリンの街は都市を上げ
てザフトに協力的だった。それが口実となったのが今回のファントムペインの
侵攻だ」
「……報復を恐れている、ということか」
「そういうことだ。俺達がここからいなくなれば話は違うんだろうが」
 アスランは、傷つき、ボロボロになった市民たちに目を向ける。彼らにどん
な罪があったというのか。
「一日や二日じゃ無理だ。誰に引き継がせるか、その候補すらないんだからな」
 ベルリンにおけるザフト勢力が崩壊した以上、アスランとしては一刻も早く
ミネルバをカーペンタリアに向かわせる必要があった。しかし、ベルリンの実
情を知ってしまった今となっては、アスランであってもここに残された人々を
見捨てることが出来そうもなかった。
 そんなアスランの元に意外な知らせが届いたのは、それから二時間後のこと
である。中立国であるオーブ連合首長国が救援の申し出を行ってきたのだ。

 
 

          第49話「残された希望」

 
 
 
 

 オーブ連合首長国が、いち早くベルリンの状況を知りうることが出来たのは、
ファントムペイン内で諜報活動を行っているレドニル・キサカ一佐からの報告書が届いたからだ。
彼はアスランに遅れること数時間、本国にもちゃんと報告は行っていたのだ。
 事の次第を知ったウナト・エマ・セイランは、国防本部長である息子のユウ
ナ・ロマ・セイランに命じて委細の確認をさせた。ユウナはオーブの所有する
監視衛星や、情報部などを使ってベルリンの現状を調べさせたが、時既に遅く、ベルリンは散々たることになってしまっていた。
「救助隊と救援物資を運ぶにしても、ユーラシア連邦の許可が必要です。ベル
リンはかの国の都市なのですから」
 臨時で招集された首長及び議員たちの会議。本来ならば他国のこと、大災害
ならともかく、一つの戦闘後に会議が開かれるなど、早々ありはしなかった。
それほどまでにベルリンに対する危機感があったのだろう。
「現地では無許可であるが、ザフトが既に救助・救援活動を行っているらしい
な」
 代表であるカガリは、確認するように尋ねた。
「その通りです、代表。欧州付近で活動を行っていたミネルバが、駆けつけた
ようです」
 カガリは以前ミネルバに乗ったことがある。その時はアスラン、いや、アレ
ックスが一緒だった。
 まさか、アレックスがアスランへと名を戻し、ミネルバに乗っていることな
どカガリは知りもしなかったが、ミネルバのことはそれなりに知っているつも
りだ。彼らだけで一都市をどうにか出来るとは思えない。
「至急、部隊の編成をする必要があるな」
 この発言は、カガリがベルリンへ救助隊を派遣することを明言したのと同じ
であったが、反対の声が当たった。
「今我々がザフトのいる地に部隊を送れば、それはザフトに協力したも同じこ
とです。もし、ファントムペインがそれを理由に我が国にも侵攻してきたらど
うなさるおつもりですか」
 あり得ない話ではなかった。オーブだけではない、他の国々がベルリンの惨
状を知りながら、手をこまねいているのには訳がある。怖いのだ、ベルリンと
同じ目に合うのが。ファントムペインならば、ブルーコスモスならばそれぐら
いのことはやってのけるという事実がそこにはあった。
「ザフトがいなくなれば、表だって部隊を送ることも可能です」
 ユウナが、状況をまとめるように意見を出してきた。
「しかし、彼らが活動を続ける限りはそれが出来ません」
 ここでザフトが撤退すれば、ベルリンの街に残された人々は死滅する。口に
こそ出さなかったが、ユウナにはそれが分かっていた。そして、ウナトやカガ
リも承知していることだった。
「代表、ご決断を。我らは、代表のご意志に従います」
 宰相であるウナトが厳かに発言した。彼にこう言われては、他の者に口出し
できるはずがなかった。
「…………」
 カガリは無言だった。オーブは本来、他国の争いには不介入という理念を持
っている。ベルリンは謂わば、大西洋連邦とユーラシア連邦の争いによって生
じた一つの結果だ。

 
 

 オーブがそれに、手を貸して良いのか?
 父なら、ウズミ・ナラ・アスハならば、無視したはずだ。国のために、危険
を冒そうとはしなかっただろう。
「部隊の編成及び、派遣準備はユウナに一任する。宰相は、ユーラシア連邦に
救援の申し入れをしてくれ」
 カガリは、敢えて危険を冒した。救える命があるかも知れないのに、見捨て
られるほどの強さを、彼女は持ち合わせていなかった。

 
 

 こうした事情が全て、派遣されたオーブの士官からアスラン・ザラに伝わっ
たわけではない。アスランにとって重要なのは、オーブがユーラシア連邦の許
可の元に救援活動を行いに来ており、無許可で活動しているミネルバに対して、
立ち退きの勧告をしていることだ。
「なんて言い草だ! いきなり来て、俺達に出ていけだなんて」
 クルーに混じって必死で救助活動に勤しんでいたシン・アスカは、やって来
た祖国の部隊に苦言を呈したが、レイがそれを諭した。
「俺達がここにいればオーブはザフトに協力したことになる。オーブはそれを
危惧してるのだろう」
「でも、それは」
「それに、何時までも俺達がいるのはベルリンにとっても不味い。ファントム
ペインによる再侵攻の可能性もある」
 シンを傷つけることになると思い、レイが言わなかったことがある。それは、
生き残ったベルリンの市民が必ずしもミネルバに好意的でないと言うことだ。
今でこそ他に頼るものもいないから不満を言わないでいるが、彼らがザフトを
見る目には明らかな憎しみがある。
 ザフトがいたから、ベルリンに軍が送られてきた。
 ネオ・ロアノーク大佐の件など、事情を知らない一般市民の目には、こう映
ってしまうのだ。
「ところでシン、例のプラントに亡命を希望していたファントムペインの大佐
だが……お前、本当に行方を知らないのか?」
 レイの口調はいたって冷静だったが、心中穏やかではなかった。
「……俺が来たときはもう、ザフトは全滅してて、街もこんなになってたから」
 嘘をついた。シンが、レイとネオ・ロアノークの間にある因縁を知っていた
のなら、あるいは真実を告げたかも知れないが、レイはそのことを未だ誰にも
話していない。
「そうか、なら良いんだ」
 どこのホテルに滞在していたのか、それを知っている者も、資料も何もかも
が失われてしまった。偶然にも破壊を免れたホテルは、現在ミネルバが接収し
て傷病者の手当をしている。そのホテルにはいなかった。逃げたのか、それと
も別のホテルだったのか。
「死んだはずはない、といえる状況でないのが怖いな」
 願わくば、生きて欲しいものである。
 ネオ・ロアノークが、本当にムウ・ラ・フラガなのだとすれば、それを殺す
のは自分でなくてはならない。この街と一緒に消し飛んだなど、認められるわ
けがなかった。

 
 
 

 一方で、シンのほうもネオがあの後どうしたのかを詳しくは知らない。ステ
ラの遺体を抱きかかえ、シンに一言の礼を告げると、何処かに消えてしまった。
引き留めようとは思わなかった。今尚生きているのか、それとも死んだのか。
シンの関与するところではなかった。
「アイツがベルリンに来たことが原因だったとしても、これをやったのはファ
ントムペインだ」
 死んだステラに対して、思うところはある。しかし、シンはその感情が何な
のかイマイチ分からなかった。同情か、哀れみか、好意を持っていたのは確か
だが、それが恋愛感情だったとは思えない。自分とステラは、たった一日、そ
れも数時間しか交流がなかった。その程度の繋がりで彼女を愛していたなどと
言うほど、軽薄な男になったつもりはない。
 ステラは、満足して死んだのだろうか? 最期の時、シンはネオという男の
腕の中で命尽き果てるステラが、とても幸せそうな表情をしていたと感じてい
る。ステラにとって一番大切な存在を、彼女は命がけで守り通したのだ。悔い
は、なかっただろう。
「俺が君を守る、か」
 シンは、遠くにアスランの姿を見た。あの時、もしアスランがミネルバをベ
ルリンに急行させていれば、シンはステラの命を救うことが、守ることが出来
たかも知れなかった。それはあくまで可能性、今更言うべき事ではない。
 実際にデストロイと戦ったシンは、アスランがあれにミネルバが全滅させら
れることを恐れていたというのにも納得が出来る。シンとて、倒せたのは偶然
であり、間違っても勝ったわけではない。
 でも、アスランはやはりミネルバを急行させるべきだった。シンはそう思わ
ざるを得ないのだ。
「ハイネや、オデルさんだったらきっと……」
 助けられただろう。
 ハイネが聴けば買い被りすぎだと苦笑し、オデルが聴けば顔を顰めただろう。
しかし、これはシンの確信だった。そして、彼らと同じ位置にいけないからこ
そ、自分はアスランを超えられないのだ。
 やがて、救助活動に順次するシンとレイの元に、アスランから招集が掛かっ
た。ミネルバはただちに全ての活動を中止し、ベルリンを離れるというのだ。
シンは顔を顰めたが、これはあくまで記録上だけのこと。既にアスランとオー
ブ士官の間で話は付いており、両者は暗黙の了解の元に引き継ぎ作業を行った。
これにより、ベルリンの完全崩壊は免れたのだ。
「この都市を復興するとすれば、一度更地に戻さないとダメだろうな」
 去り際、アスランが言った言葉はただの事実であった。悪気はなかったにせ
よ、それがどれほど悲惨な事実なのか、アスランは考えもしなかったのである。
彼の中で、何かが衰退している証拠だった。

 
 

「私は素晴らしい部下を持ったものだ。軍隊と一緒に、武器も持たぬ民間人を
虐殺するとは、嘲笑の極みだな」
 ヘブンズベースにて、ジブリールは自虐自嘲の笑い声を上げていた。実際は
笑ってなどいられるわけがない。既に事態は、情報操作で隠せるレベルではな
かった。ファントムペインは、その武力を持って他国の都へ侵攻した。大義名
分はあったにせよ、ベルリンという都市が地表から消えたのは事実で、つまり
端的に言うとやりすぎたのだ。

 
 

 ジブリールは焦っていた。ここまで、彼に言わせれば多少強引ではあるもの
の、ファントムペインとブルーコスモスは順調にその覇権を確立してきた。そ
れが今回の事件だ。誤算どころの話ではなく、彼の支持基盤ではあるはずの大
西洋連邦からも事実を確認する連絡がきたほどだ。
「ネオの生死は確認できず、デストロイは壊され、あげくにこの様とは。何と
情けない」
 ホアキンの報告によれば、生死こそ確認は出来なかったがあの破壊を免れネ
オが生きているとは思えず、死んだとのことである。だが、ジブリールにはそ
れがどうしても信じられないのだ。
「陽電子砲の直撃を受けて生きていたような奴だ。この目で屍を確認しないこ
とには……」
 士官からジブリールの元に連絡が入った。何でも、プラントにおいてギルバ
ート・デュランダル最高評議会議長が声明を発表するらしい。
「デュランダルめ、早速手を打ってきたな」
 ジブリールは、それほどデュランダルを高く評価していない。敵国の元首で
あるからして嫌っているのは当然としても、ジブリールから見れば彼は綱渡り
上手な政治家に過ぎない。

 

 そのデュランダル議長が会見を行ったのは、ミネルバがベルリンから退去し
たのとほぼ同時刻である。彼はミネルバから送られてきたベルリンの映像に驚
き、しばらく声が出なかったという。
 戦争をやっているという認識は、デュランダルの中にも当然ある。ベルリン
が敵の侵攻目標になるだろうという事実も、国防委員会からの報告で分かり切
っていた。しかし、これは……
「これはもうまともな戦争ではない。一方的な破壊行為だ!」
 デュランダルという男に政治家としての美点を探すのなら、彼が自分の良心
の許す範囲では良心的な考え方をしたことだろう。時として非情な決断をし、
自分の保身と野望の実現ばかり考えているデュランダルであるが、物の考え方
や性格が人並み外れているわけではなく、彼の目に映るベルリンの光景は他者
の目に映ったそれと何ら代わりがなかった。
「すぐに会見を開く。広報部は文書の作成と……ラクス・クラインを呼んでく
れ」
 デュランダルがラクスを呼んだ理由は、会見における印象操作を考えた上で
のことだった。自分が声高にこの惨劇に対してファントムペインを非難するよ
りも、彼女が涙混じりに訴えた方が国民感情を刺激しやすいはずだ。
「民衆は、王子とか姫とか、そういう連中の涙に弱いからな」
 短絡的な意見だが、事実でもあった。
 デュランダルの命令によって呼び出されたラクス・クラインことミーア・キ
ャンベルは、彼に会見に同席するようにと命じられたとき、露骨に嫌そうな顔
をした。
「どうして私が?」
 意外と強い口調で言われたので、デュランダルは驚いた。ついこの前まで、
自分には下手に出ていたはずの少女が、まだディオキアの一件を根に持ってい
るのだろうか。
「君だって今回の件には言いたいことあるだろう。ラクスとして、それを世間
に訴えて欲しいだけだ」

 
 

「平和について訴えて欲しいというのならともかく、議長の政治宣伝会見に同
席しろというのならお断りします」
 その場にいた者は、空気が凍るのを感じた。ミーアの発言は、明らかにデュ
ランダルを侮蔑していた。現に温厚そうな表情を取り繕っていたデュランダル
の顔が一変し、険しいものとなった。
「それはどういう意味かな?」
「そのままの意味です。議長、貴方はこれから行われる会見で、ベルリンの惨
状を市民に訴えて、ファントムペインの暴虐さを批難し、これを倒すためにザ
フトは更なる抗戦を続けなくてはならない、とでも言うつもりなんでしょう?」
 デュランダルは言葉に詰まった。ミーアが指摘したことは概ね当たっており、
彼の命令で用意された会見用文書には、確かにそのような内容が書かれている。
「議長、あなたはいつまで戦いを続けるつもりなんですか?」
「敵を倒すまでだ。この戦争は向こうが仕掛けてきたんだぞ? 相手が止める
か、相手に止めさせるか、それしかないではないか」
「それで、平和が訪れると本当にお考えですか?」
 何故だかデュランダルには、ミーアの一言、一言が燗に障った。自分が間違
ったことを言ってるとは思わないのにだ。
「私はこの国を守るために、国家の代表として最善を尽くしているだけだ! 
君のようにアイドル気取りで歌を歌ってさえいれば市民にチヤホヤされるよう
な立場ではない!」
「国家のため、そういえば何でも許されるんですか? 地球にいるファントム
ペインの偉い人も、きっと議長と同じことを仰ってますよ。自分は地球のため
にナチュラルのために戦っているのだと。侵略も破壊も、虐殺であってもそれ
が国家のためといえば許され、賞賛される」
 ミーアは周囲で成り行きを見守っている者たちに目を向けた。
「それを批判し、避難する者は敵であり、祖国愛のない非国民。今、あなた方
の中で私に反感を持った方が、何人いたのかしら?」
 事情を知る者は驚き、知らない者は圧倒されただろう。今のミーアは、かつ
てのラクス、本人にそっくりだった。自分の意思を持って発言し、目上の者に
も怯まない。まさか、偽物に本物が憑依したとでもいうのか。
「議長、貴方はディオキアでテロが起こったとき、貴方を助けたアスランを賞
賛しましたね?」
「やはりそのことを根に持っていたのか。確かに、君のことを考えず自分の身
の安全を優先させたのは批難に値することだが、あの時は私も動転していたし、
仕方なかった」
 口では何とでも言えること、デュランダルは承知した上で発言している。
「だが、アスランを賞賛して何が悪い? 彼は、あの窮地から私のを救い、助
け、守ってくれたのだ。彼は私の命の恩人だよ? その彼に感謝し、礼を言い、
メディアを通して賞賛することの、どこが間違ってるんだ」
 ミーアは、深い溜息をついた。決して短くはないが、長くもない溜息。しか
し、デュランダルにはそれが随分な時間のように思えた。
「議長、それが私と貴方の考えの違いです。貴方はアスランを賞賛した。私だ
って、あの時私を助けてくれたロッシェに感謝しています。だけど、それだけ
じゃないでしょう?」
 その言葉に、デュランダルは心底不思議そうな顔をした。彼は、遂にミーア
の言わんとすることが判らなかったのである。

 
 

 ミーアは、話は終わったと言うかのようにデュランダルに背を向けた。
「貴方はもう少し、自分の座る椅子について考えて見たほうが良いと思います。
その椅子を支えているのは、一体誰なのかということを」
 一言、そう告げるとミーアは部屋を出て行った。後にはデュランダルと、そ
の側近のみが残されていた。
「小娘が……言いたい放題言ってくれる」
 どうせ、あの異世界人からの入れ知恵だろう。まったく余計なことをしてく
れる。従順で命令通りに動く広告塔が、意思を持ってしまったではないか。
「そろそろ、切るか」
 技術者たちにしろ、ベルリンの様は何だ。彼らの作った最新鋭機は、敵の機
動兵器一つ満足に倒せなかったではないか。異世界の力など、当てにしすぎた
自分も悪いが、使えないのなら保持する必要などどこにもない。いっそ、ミー
ア共々……いや、殺すのは不味い。ファントムペインのテロに見せかけるにし
ろ、ロッシェという男はなかなかの曲者だ。こちらに意図に気付き、手を打っ
てくるかも知れない。それなら――
「議長、そろそろ会見のお時間が……」
 秘書の一人が声を掛けたことで、デュランダルはその思考を打ち切った。今
は、会見に専念することだけを考えなくてはいけない。

 

 デュランダルによって行われた会見は、世界の衝撃を与えた。地球にあって
ベルリンの惨状を知り得なかった人々や、知りながらも目を背けた国々に事態
の深刻さを訴えかけた。
「確かにベルリンには我がザフトの部隊が駐屯しておりました。しかし、それ
はあくまでユーラシア連邦との同意が合ってのことで何ら問題はありませんで
した」
 ファントムペインの大義名分としては、ザフト軍を長期駐屯させることは旧
連合時代からの国際条約で禁止されているとのことである。しかし、その旧連
合をクーデターによって倒し、解体させたのは他でもないファントムペイン自
身であり、今更そのようなことを言う権利が彼らにあるのかと、デュランダル
は叫んでいた。
「これをご覧下さい! 破壊された街を、逆巻く炎を! ザフトがいる、ただ
それだけの理由でファントムペインはベルリンに破壊兵器を持ち込んだのです。
市街にいる何千、何万、何十万という一般市民が犠牲になることを知った上で、
強行したのです!」
 映されるのは、デストロイによる破壊行為の映像。シンのインパルスや、そ
の他生き残ったザフト軍機に残された映像を編集し、流しているのだ。
「幸いにも巨大兵器それ自体は勇敢なザフト軍が多大なる犠牲を払いながらも
倒すことに成功し、ベルリンの街は救われました。ですが、決して守られたわ
けではないのです。守れなかった命が、多すぎる」
 デュランダルは地球の他の都市、国々がファントムペインに怯え、ベルリン
への救援が出来ずにいることを批判した。
「ザフトがいる限り、ベルリンに向かえばザフトに協力することになる。そう
すれば自分の国も危ない、その恐怖を植え付けたのは誰か、ファントムペイン
に他なりません!」
 ファントムペインに対する批判加熱した。デュランダル自身、声高に叫ぶ自
分に酔ったのか、随分と精神が高揚してきていた。演説は、彼の得意分野だ。
彼の人気の一つに、普段は冷静な姿と代わり、演説時に見せる熱さがあった。

 
 

 だが、熱くなりすぎるのも時には考えようである。デュランダルは、高ぶる
心を抑えきれなかったのか、この会見でミスを犯した。
「幸いにも中立国であるオーブがザフトに協力を申し出、ベルリンはザフト退
去後も見放されることはありませんでした。ですが――」
 何気ない発言で、事実だった。プラント市民も、そうかオーブが協力してく
れたのかとしか思わなかっただろう。
 しかし、デュランダルは自分自身で先ほど言ったばかりではないか。ザフト
に協力したという事実、それがファントムペインの侵攻理由となり、それに怯
えて各国がベルリンの救援を出来なかったのだと。
 オーブとザフトの協力は、公式記録の上ではなかったことになっている。こ
れは現地の指揮を担当していたザフト軍高級士官のアスラン・ザラと、オーブ
軍の士官の間で暗黙の了解をもとに引き継ぎが行われたからで、表面的にはオ
ーブ軍はザフトが退去した後にベルリンへと入ったはずなのだ。そうしなけれ
ば、オーブが危険にさらされてしまう。
 デュランダルがこの発言の不味さに気付いたのは、残念ながら会見後のこと
である。そして、その時には既に遅く、事態は訂正しようのない段階へと進ん
でしまっていた。

 
 

「馬鹿な、議長は何を考えているんだ!」
 ミネルバの私室で会見を見ていたアスランが、拳で壁を殴り付けていた。よ
ほど力を込めたのだろう。壁には傷が走り、アスランの拳も血が滲んでいる。
「ア、アスランさん!」
 それを見たメイリンが、驚いたように声を出し、備え付けの救急セットを慌
てて取り出した。
「あれじゃあ、オーブが反ファントムペインとしての意思を固めていると思わ
れても仕方が無くなってしまう」
「で、でも、オーブがやったことは人道的な……非難されるようなことじゃな
いはずです」
 傷口を消毒し、ガーゼを張り、包帯を巻くメイリン。かなり消毒液は染みる
はずだが、アスランはそのことには一言も発しない。メイリンは変なところで
感心してしまった。
「メイリン、問題はオーブがどのような行いをしたかじゃない、ザフトと協力
したという事実なんだ。事実は口実となる、今のファントムペインにはその口
実を与えてはいけないんだ」
 アスランは必ずしも、ファントムペインの総大将たるロード・ジブリールに
詳しくない。彼の情報収集も、ジブリールの心中を知りうることなど出来はし
なかったが、アスランはどうも今回のベルリンでの一件が彼の本意ではないよ
うに思えたのだ。
「ブルーコスモスの盟主といっても、相手はナチュラルの一般市民もいた街だ。
そこを無差別攻撃して破壊すれば、当然世論が黙っちゃいない」
 ここで重要なのはジブリールは独立軍事組織ファントムペインと、思想主義
者ブールコスモスの盟主でしかないという点だ。彼は決して一国の代表でもな
ければ、政治家でもない。

 
 

 つまりジブリールは国家間の外交や、会見などによる対話など一切を無視し
て行動することが出来るのだ。
「もし、ジブリールが世論を抑えるために論理ではなく武力を用いたら」
「そんなことが?」
「ベルリンは一つの結果だ。文句を言うならお前の国もベルリンと同じ目に遭
わせてやる、これは結構効果的な脅迫だと思わないか?」
 開き直りも甚だしいが、もはや選択肢はそれしかないはずだ。ジブリールは
自分を批判するものを武力によって排除し、覇権を確立していくしかないはず
だ。
「それに、全ての国は屈するんですか? とても、抵抗できそうにないですけ
ど」
 多くの最新鋭機を持って戦いに挑んだザフトでさえ、デストロイの破壊力を
前に為す術がなかった。
「本心では嫌に決まってるさ。ジブリールなんかに跪くのはゴメンだと思って
る国が大半のはずだ。でも、君の言うように抵抗が出来ない。ジブリールの後
ろ盾は大西洋連邦だが、それに匹敵する国家だったユーラシア連邦はあの有様
だ」
「それじゃあ……」
 やはり世界はジブリールによって征服されてしまうのか、安直な発想ではあ
ったがメイリンにはそれ以外の表現が出来なかった。
「いや、まだオーブがいる。俺がさっきの議長の発言で問題視してるのは、む
しろオーブというよりも、オーブを頼ってくる国が数多く出現するかもしれな
いということなんだ」
「というと?」
「オーブがザフトに協力した、つまりオーブはファントムペインに対抗するつ
もりなんだ、曲解だが、そう判断する国も当然出てくるはずだ。すると、自分
たちもオーブに助けて貰いたい、オーブに協力すればファントムペインと戦え
るんじゃないか、そんな勘違いをする輩は絶対出てくるはずだ」
 オーブにとってはいい迷惑だろうが、困ったことにオーブは各国の水準以上
の軍事力を持っている。そこに魅力を感じ、頼ってくるのだろう。
「今頃、オーブ行政府は荒れてるぞ。それから、ヘブンズベースもな」
 アスランの断言は、疑いようのない真実だった。

 

 オーブ行政府に置いて、カガリはベルリンへ部隊を送ったことに対して後悔
し始めていた。現地からの報告では秘密裏にザフトと引き継ぎの作業を行った
とのことだが、まさかこのような形でそれが露見するとは。
「すぐに皆の者を集めてくれ。会議を開く」
 カガリは秘書に命じると、集まるまで一人にさせてくれといった。
 一人になり、報告書に目を通す。これは公式文書ではなく、書面にはオーブ
とザフトがベルリンでどのような約束を交わし、活動を行ったかが詳細に書き
記されている。謂わば、二者が協力した証拠となる品だ。如何に暗黙の了解だ
ったとはいえ、代表であるカガリや宰相であるウナトなどは事態を把握してい
なければいけないのだ。
「ベルリンに置いて活動していたミネルバ、その司令官は……」
 ザフト軍特務隊フェイス所属、アスラン・ザラ。
 カガリにとってはやや懐かしい名前が、そこにはあった。彼がミネルバの指
揮官として、オーブ軍との話し合いに当たったらしい。

 
 

「アスラン、お前は今、ミネルバにいるのか?」
 もう、私のアレックスではないんだなと、カガリは言わなかった。彼はザフ
トの戦士として、プラントのために戦っている。それはプラントが彼の故郷だ
からで、故郷を守りたいと思うのは人として当然のことだろう。
「私だって同じ……かな」
 オーブという国、父から引き継いだこの国をカガリは守らなくてはいけない。
父が愛し、誇りに思ったオーブの理念と共に、この国を――
「本当に、そうなのか」
 ファントムペインがもし攻めてきたら、オーブは戦うのか。戦うのだろう、
他国の侵略を許さずは、オーブの大事な理念だ。国を汚す者、揺るがす者、オ
ーブの敵は倒さなくてはいけない。
「だけどそれじゃあ、あの時と何も変わらない」
 前大戦時、オーブは旧連合による侵攻を受けた。旧連合への協力を拒否した
父への報復として、艦隊が送り込まれたのだ。オーブはこれに対し、オノゴロ
島に部隊を展開し、迎え撃った。オーブは地球で始めにモビルスーツ戦力を軍
隊に投入した国家だったが、その時既に旧連合もモビルスーツの量産化に成功
していた。この攻勢をオーブ軍は何とか撃退したが、物量に差がありすぎた。
戦闘開始から翌日、再度行われた戦闘で遂に戦線を支えられなくなったオーブ
軍は敗北した。オノゴロ島もオーブ本島も、その時戦火に巻き込まれている。
 当時、父の手で宇宙へと上がったカガリは、父の選択が間違っていたとは思
っていなかった。オーブはその理念を貫き、立派に戦ったのだと。父や叔父、
その他死んでいった人々は国のための殉死だったと思い込んでいた。
 そう、シン・アスカに出会うまでは。
「俺の家族はアスハに殺された……か」
 カガリが初めてシンと会ったときに言われた言葉である。シンは、あの時の
父の決断に、カガリとは全く違う見解を持っていた。ウズミ・ナラ・アスハは、
オーブの理念を守るために国民を犠牲にしたというのだ。
 オーブの獅子と呼ばれた彼を、ここまで痛烈に批判したのはシンが初めてで
あった。少なくとも、カガリの回りにはウズミを批判する者など存在しなかっ
たのだ。カガリの受けた衝撃がどれほどのものだったが、恐らくその場にいた
アレックス、いや、アスランでさえも分からなかっただろう。カガリにとって
父は尊敬する国の統治者であり、愛する父親だった。その父親の決断を、死を、
真っ向から否定されたのだ。
 シンは戦争による犠牲者だった。彼自身は死ななかったが、犠牲とは命を失
いことだけではない。あるものは家を、あるものは財産を……手足の一部を失
った者もいれば、光を失った者もいるだろう。そして、シンは家族を失った。
敬愛する両親と、最愛の妹を。
 カガリは、父の死を悲しみはしたが同時に最期を全うした父を誇りに思って
いた。でも、シンは違う。彼には悲しみしかなかった。理念を貫いた満足して
死んでいったウズミと、戦火に巻き込まれ死を強制されたシンの家族。不覚に
も、カガリはシンと出会うまでそれらのことに気づけなかったのだ。
「アスラン、私はどうすれば良いんだ」
 いつの間にか、カガリはその場にいない人間に問いかけていた。
「私が父と同じ選択をしたとき、オーブは再び戦火に巻き込まれる。本当に、
それでいいのか?」
 答える者は誰もいない、カガリは答えを見いだせぬままに会議に臨むことと
なった。

 
 
 

 会議では議員や首長がデュランダルの不見識、彼に言わせればうっかり言っ
てしまった失言に対しての批難が集中したが、それで事態が解決するわけもな
い。
「既に各国からオーブに対して会談の申し入れがありました」
 ウナトの報告は、アスランが予期した事実その物だった。他の国々は、明ら
かにオーブに期待し、頼ろうとしている。
「まったく、迷惑な話ですね」
 ユウナは苦笑したが、その目は全く笑っていなかった。オーブは一転して窮
地に陥っているのだ。
 もし、オーブがこれらの期待に応え、ファントムペインと対立していく道を
選べば、必ず戦端が開かれる。しかし、見捨てたら見捨てたで顰蹙を買って、
世界から非難されるだろう。
「順当で言えばオーブはザフトの後のはずだったのに、なんてことだ!」
 叫んで、ユウナはばつの悪そうに周囲を見渡した。心の中で叫んだはずが、
声に出してしまったのだ。
「……デュランダル議長にしても、こんな感じだったんでしょうかね」
 冗談とも本気とも言える発言をして、ユウナは黙ってしまった。彼にしても、
有効な打開策があるわけではないのだ。
「どちらにせよ、我らにはそれほど多くの選択肢は残されていない。絞り込め
ば、二つ、三つだ。オーブのことだけを考え他国との協力を拒むか、他国の頼
みを聞きファントムペインと戦うか、そして……自発的にファントムペインと
手を結ぶかだ」
 ウナトの発言に、ユウナや他の閣僚も頷いた。ここで注目すべき点は、ザフ
トと、つまりプラントと協力態勢を結ぶというものがないことである。元はと
いえばデュランダルの失言が原因なのだし、開き直ってザフトと手を結べばい
いのではないか?
 仮に、ザフトに十分な兵力が残されていればその選択肢も存在しただろう。
しかし、今のザフトに残された戦力といえばカーペンタリアの守備隊と欧州ザ
フトの残党だけだ。総兵力はオーブ軍にも及ばない可能性がある。
「一度、ジブリールと会談を持つのはどうだろうか?」
 その発言主に、視線が集中した。他でもない、これまで沈黙を守っていた代
表のカガリである。
「会見、ですか?」
「あぁ、もしかしたら上手い落としどころが見つかるかも知れない。ファント
ムペインだってそう何度もベルリンのような破壊行為を続けたくはないはずだ。
世論の批難、批判もあるしな」
 相手が乗ってくるかどうかは別として、話し合いで解決できる可能性が少し
でもあるなら、それを選択しない手はない。
「そう上手くいきますかな」
 ウナトの少々後ろ向きな意見を、カガリははね除けた。
「賭けるしかない。私たちにはオーブを守る責任があるのだから」

 
 
 
 

 ファントムペインのダーレス中将が、ジブリールに呼ばれ彼の執務室に赴い
たのはデュランダルの演説が行われてから丁度八時間経ったころだった。室内
は人払いがされており、ジブリールとダーレスの二人だけしかいない。
「中将、よく来てくれた。まあ、まずは掛けてくれ」
 ソファに座ることを進め、ジブリールも彼の向かいに座った。何かが妙だ、
やけにジブリールが好意的に接してくる。
「さて……話をする前に、中将は先ほどのプラントの会見を見たか?」
「はっ、拝見いたしました。言いたい放題でありましたな」
 話ながら、ダーレスは今日ここに呼ばれた理由を考える。軍人である自分を
呼ぶと言うことは、新しい軍事行動を行うに違いない。では、次の侵攻目標は
どこか。カーペンタリアか、ザフトに残された最期の軍事基地、ここを落とせ
ば地上のザフト軍はほぼ一掃されたことになる。
「中将の言うとおりだ。だが、問題はそこではない」
「と、言いますと?」
「……中将は確か、前大戦のオーブ解放作戦の司令官だったな」
 その通りである。当時少将だったダーレスは時のブルーコスモス盟主ムルタ
・アズラエルとともにオーブ解放作戦を指揮し、オーブ軍と戦った。戦闘自体
は連合有利だったのだが、オーブは勝ち目無しを悟ったのか自爆を敢行し、ダ
ーレスは任務を全うできなかった。彼がこの前まで中将に昇進できなかった理
由も、この任務における失敗が響いていた。
「それが何か?」
 ジブリールが何を言いたいのか、ダーレスは見当がついてきたのだが、敢え
て尋ねた。
「今のファントムペイン艦隊を総動員するとして、オーブに勝てるか?」
 ダーレスは沈黙し、即答を避けた。ジブリールは、オーブを攻めろと言って
いるのだ。
 ジブリールの言うようにファントムペイン艦隊を総動員すれば、確かに数の
上で劣るオーブ軍に負けることはないだろう。デストロイのような大量破壊兵
器でない限り、戦いの勝敗は数で決まる。
「一つだけ不安があります」
「何だ?」
「オーブがカーペンタリアのザフトと手を結び、戦力補強を図れば……勝てな
いとはいいませんが」
 ダーレスの見解はオーブのそれと違った。例えばオーブ軍と対峙するファン
トムペイン艦隊の後背をザフト艦隊に襲われたとして、如何に少数とはいえそ
れは無視できない存在となる。
「なるほどな、問題はザフトか」
 納得したようにジブリールは呟くが、そんな彼の元に通信が入った。やや、
落ち着きのない声で話した士官によると、オーブの代表カガリ・ユラ・アスハ
がロード・ジブリールに対して会談を申し込んできたというのだ。
 ジブリールはその報告を黙って聞いていたが通信を終えると、ダーレスの前
だというのに大きな高笑いをした。
「中将、どうやら何の問題もなくなったようだ。至急艦隊の編成を急いでくれ。
ファントムペインは、オーブを攻める」

 

                                つづく