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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第65話

Last-modified: 2008-04-06 (日) 01:35:21

 ドイツはルクセンブルグの古城で、二人の男がサーベルを構えて立っている。
 男といっても、どちらもまだ年若く、一人は青年で、もう一人は少年といえ
る顔だちをしていていた。
 青年の方は長身で、整った容姿からは優雅さと気品が満ちあふれている。対
する少年の方は、幼さの残る顔だちながらも薔薇をあしらった衣服を着こなし
ており、僅かな華麗さを身に纏っている。

 

 少年が、サーベルの切っ先を青年に向ける。青年は静かに頷くと、自身の持
つサーベルの切っ先を合わせた。
 それが合図だった。
 二人は互いのサーベルをぶつけ合い、『決闘』を始めた。

 

 誰が言いだしたわけでもなく、誰が知っているわけでもない秘密の戦い。少
年が青年に決闘を申し込み、青年はその挑戦を受けた。
 青年は、自他共に認める完璧な騎士だった。騎士になるために生まれたかの
ような彼に対し、人々は羨望の眼差しと、尊敬の眼差しの両方を浴びせた。ゆ
くゆくは多くの騎士を率い、その頂点に立つであろうと言われた青年に対して、
少年だけは周囲と違う感情を覚えていた。彼など、自分と大差ない存在なのだ
と。

 

 少年もまた優秀な子供であった。勉学、剣術、馬術、格闘術、そして射撃と、
『貴族のどら息子』などと称される周りの少年たちに比べて、抜きんでて秀で
た存在であり、それは彼自身の誇りだった。家柄も高く、門閥貴族として名を
馳せる家名であったが、少年には不満があった。彼の両親は、決して横暴な人
間ではなかったが、何かにつけて一人の青年を引き合いに出して息子を比べた
がる。「彼のような男になれ」だの「騎士というのは彼その物だ」と息子に言
って聞かせては、何かと比べていた。幼いながらもプライドが高かった少年に
は、それが気にくわなかった。

 

 外の世界を知らずに育った少年は、この蟠りをどうすればいいのかと考えた
末、何と青年に対して挑戦状を送りつけた。礼節に乗っ取った文面ではあるが、
思い返せば大胆な行いをしたものである。返事など来ないのが当たり前と思わ
れたこの挑戦状に対し、これまた丁寧な返事が送られてきた時、少年は素直に
驚いた。しかも、青年は非礼なる挑戦に対し、快く応じたのだ。

 

 そして、ルクセンブルグにある古城の地下で、二人は激しく剣を交えた。
 激しいが、どこか緩やかで、まるで踊っているかのような華やかさを持つ二
人の剣戟は、観客がいたならば、誰もが感嘆を禁じ得なかっただろう。

 

 やがて、剣と剣とぶつかり合いは、少年の手元からサーベルが弾き飛ばされ
たことで決着が付いた。少年は自身の敗北が信じられないように、また自身を
倒した青年に対し、悔しさを秘めた強い瞳で睨んだ。

 

 青年は、悔しさに泣く少年に手を伸ばし、口を開いた。

 

「君は強い。磨けばもっと強くなる。敗北は、次なる勝利への布石に過ぎない。
今日のことを忘れなければ、君は私以上の騎士になれるだろう」

 

 その言葉を少年が忘れたことはなかった。少年は腕を磨き、自身を鍛え、青
年と再び戦う日を目指した。
 だが、それは遂に果たされなかった。青年は、別の少年との決着を付けるた
めに決闘を行い、敗れ去った。敗北の代償は、彼の命であった。

 
 

         第65話「トレーズの遺産」

 
 

 アスラン・ザラが、ザフト側と小競り合いを繰り広げている最中、世界統一
国家軍が行動を開始していた。宇宙へと上がった統一国家軍最高司令官ムウ・
ラ・フラガが、全艦隊をウルカヌスに向けて進発させたのだ。
 迎え撃つのではなく攻め込むのには、ある程度地球から距離を取らなければ、
アスランが統一国家軍など無視して機動兵器の地球降下を強行する恐れがあっ
たからだ。これを防ぐためには、なるべく離れた場所で戦闘を開始しなければ
ならない。

 

 ウルカヌスに帰還し、ムウが艦隊を動かしたことを知ったアスランもまた、
ウルカヌスを地球へ向けて進発させる準備を行っていた。不足の事態によって
ディアッカ・エルスマンという貴重な人材を失ってしまったが、それを悔やみ、
悲しんでいる暇もなかった。失ったビルゴの数はまだ十機だ。未だに三百機以
上のビルゴ兇、ウルカヌスには存在する。

 

「だが、ザフトは……あの連中に動かれると厄介だ」

 

 オデル・バーネットを始めとしたい世界の戦士に、さらに現れた謎の五機の
モビルスーツ。彼らも異世界の戦士であることは明白だが、奴らに攻め込まれ
ると手こずるどころの騒ぎではなくなってしまう。
 ビルゴを何機か割いて彼らの迎撃に向かわせても、返り討ちに遭うだけであ
ろう。

 

「物理的に奴らの動きを封じようとしてもダメだ。もっと、他の方法があるは
ずだ」

 

 アスランは決して力だけの武力主義者ではなかった。彼はガンダムチームの
力は間近で見ることが出来たからこそ、彼らがビルゴをも上回る力の持ち主で
あることを感じ取り、直接対決を避けることにしたのだ。

 

「奴らと共にザフト軍の動きを封じることが出来れば、話は早いんだが」

 

 誰かに意見を請いたくとも、私室にいるのはアスランだけである。イザーク
は、さすがにディアッカの死が応えたのか整備班に機体の修理を命じると部屋
に閉じこもってしまうし、サトーはウルカヌス進発に向けての準備に追われて
いる。良い話し相手だったメイリン・ホークは、アスラン自ら切り捨てた。

 

「……今頃になって、俺は」

 

 どことなく、アスランは哀愁を感じ始めていた。覚悟していたことではある
が、遂に仲間たちの中から裏切りと、犠牲者が出たのだ。メイリンはアスラン
を見限り、ディアッカはアスランを残して、行ってしまった。
 この気持ちは何だ、この胸を刺す悲しみは……

 

「そういえば、ミーアはどうしているんだったかな」

 

 ふいに、何故だかアスランはミーアのことを思い出していた。すっかり放置
していたが、彼女はまだウルカヌス内にいるのだ。これから戦闘が、いや、戦
争が行われることであるし、彼女のことも考えなくてはならないだろう。

 

「俺達が勝つのは変わりないとしても、危険がないわけではない、か」

 

 何故だろう。アスランはどこか、言い訳じみた口調で呟いていた。まるで、
自分がミーアと会うための口実を探しているかのように、彼は呟き、自分自身
を納得させていた。

 

 アスランは、ウルカヌス内を見て回る中、格納庫にて強化改造を受けている
自身の機体を確認していた。既に新装備の装着準備も完了しており、後は支援
機の最終調整を待つばかりとなった彼のジャスティス。アスランは組織名を取
ってインフィニットジャスティスという機体名にするつもりであるが、口に出
すと長いので変わらずジャスティスと呼び続けることになるだろう。

 

「この機体はシンボルだ。俺達の正義、不滅の正義を体現する機体でなくては
いけない」

 

 技術者たちもそれを判っているからこそ気合いを入れて整備をしているが、
アスランには若干の不安があった。というのも、彼の機体は確かにC.E.世界に
おいては最強により近い、いや、既に最強といっていい位置にまで到達してい
るのだが、それでもイザークのメリクリウスや、オデル・バーネットのジェミ
ナスなどには及びも付かないだろう。その辺りのことを考えると、技術者たち
には悪いが、彼も異世界のモビルスーツ、それも相応の機体が欲しいところで
ある。

 

 最近になって、また新たに『トーラス』と呼ばれる有人・無人のどちらでも
活動可能な機体のパーツが発見され、これが十五機ほど組み立てられたが、こ
れはあくまで量産機だ。アスランが乗るにはどうも相応しくない。

 

「といっても、後は全部モビルドールだしな」

 

 アスランは、格納庫にある一機の機体に目を向ける。確か、スコーピオとか
いったか、赤いボディが印象的なモビルアーマーだ。

 

「これも強そうではあるが、モビルアーマーじゃなぁ」

 

 アスランはモビルアーマーに乗った経験がない。彼はモビルスーツパイロッ
トであり、第一、スコーピオはモビルドールなのだ。彼はスコーピオに近づく
と、何気なく整備パネルを操作して機体情報を出す。その指使いはとても速く、
技術者たちよりも速いのではないかという速度でスコーピオの情報を次々と確
認していく。

 

「機体データにブラックボックスが多いな。秘密があるらしいが、これは……」

 

 その秘密が何であるのか、アスランは無性に気になった。これは、少し調べ
てみる必要がありそうだ。確か、この機体はパーツを組み立てたはずだから設
計資料のようなものがどこかにあるはずだが。

 

 アスランは、そのデータを呼び出し、機体の構造を確認していく。
 何となく、昔を思い出した。そうだ、かつての戦争で地球軍からモ
ビルスーツを奪ったとき、俺達は奪取した機体の性能を調べ、互いに
報告し合ったことがある。
 あの頃は、ニコルがいて、ディアッカがいて、イザークがいた。そ
れなのに、いつの間にかイザーク一人になってしまった。出来ること
なら、まあ、心配する必要もないと思うが、イザークだけは生き残っ
て欲しいものだ。

 

「こんなこと言ったら、あいつに怒鳴られるか」

 

 アスランは笑いながらデータをチェックするが、ふいに顔色を変え
た。スコーピオの設計資料、何かがおかしい。

 

「まさか、この機体……」

 

 あり得ない話ではない。同タイプの機体は、この世界にだって幾つ
も存在するのだ。異世界のモビルアーマーに限って、それがあり得な
いと断定するのはおかしな話だ。
 アスランの顔に、笑みが広がった。それは、勝利者の笑みであった。

 

 そうして意外な収穫に心を弾ませながら、アスランはミーアが軟禁されてい
る部屋を訪れた。ミーアは調度品である簡素なソファに腰掛けていたが、アス
ランの来訪には心底驚いたらしい。

 

「ミーア、こんなところに押し込めてしまってすまないな」

 

 紳士的な物言いに、意外さを憶えるミーアであるが、アスランはどこか元気
がないようにも見えた。

 

「何か、不便なことがあれば何でも言って欲しい。食事や、調度品に不満は?」

 

「別にないけど……まあ、しいて言えば替えの服がないことかしら」

 

 僅かな荷物を片手にウルカヌスを訪れたミーアであるからして、着替えなど
持っているはずがない。少女にとって、何日も同じ衣服を着るというのは気分
が良いものではないはずだ。

 

「着替えか。なるほど」

 

 こればっかりはすぐに用意させるというわけにはいかない。ウルカヌスの女
性比率は限りなく低く、サトーのような正当派の武人からすれば女性は戦場に
出るものではないという考えが蔓延しており、好まれないのだ。

 

 メイリンはアスランの側近であったが故に特別であったが、そういえばメイ
リンは私室に洋服等を残していった……まあ、サイズが絶対合わないだろうか
ら再利用は無理だろう。

 

「アスラン、そんなことよりあなたに一つ訊きたいことがあるわ」

 

「また、計画を中止しろとか、そういった類の話かい?」

 

 だとすれば、アスランは内心溜息を付かざるを得ない。この期に及んで、ま
だ説得が可能と思っているなら、それは大きな間違いだ。引き返す位置という
のは、とうの昔に通過してしまったのだから。

 

「メイリン・ホークさん、だったかしら? あの子はどうなったの」

 

「えっ……」

 

 思わぬ質問に、アスランは顔色を変えた。ここでメイリンの名前が出てくる
とは思わなかったのだ。

 

「彼女が、何だって?」

 

「この衛星を脱出したと思うんだけど、知らなかった?」

 

「いや……」

 

 知ってはいる。知ってはいるが、何故それをミーアが知っているのか。

 

「あたしもね、誘われたのよ。一緒に行きませんかって。でも、断った」

 

「どうして?」

 

「あなたを説得することを、諦めたくなかったから」

 

 真剣な目で、ミーアはアスランを見た。その視線に、思わず顔を背けたくな
るアスラン。
 そんな、本物のラクスみたいな目で自分を見ないで欲しい。

 

「メイリンは、彼女はザフトと合流したよ。追っ手を出したけど、逃げ切った」

 

「よかった……逃げられたのね」

 

 安堵の溜息を付くミーアだが、すぐに表情を変えてアスランを見据えた。

 

「追っ手を放ったって、連れ戻すつもりだったの?」

 

「いや、殺すつもりだった」

 

 嘘をついても仕方がないので、本当のことを言う。自分の内面の黒い部分、
メイリンには敢えて見せなかった部分を、ミーアに対しては堂々と見せつける
アスラン。

 

「どうして、あなたはどうしてそんなことが出来るの? あの子はあなたの部
下で、かなり親密な関係だったんじゃないの?」

 

「というより、そういう関係になるように仕向けたというか、動いたというか。
敢えて誤解の無いように言うとね、メイリンは俺が蜂起する前までは裏工作の観
点で最も重要なパートナーだった。だけど、いざ蜂起するとそれほど必要もなく
なってくるのさ」

 

「酷い話ね……だから切り捨てたって言うの?」

 

「先に裏切ったのは彼女だ。言ってしまえば、俺は地上を離れる際に彼女を置い
ていくことも出来たんだぞ? それを着いていきたいというから連れてきたのに、
彼女は俺を裏切った」

 

「それはあなたに女性を扱う甲斐性がなかったからよ」

 

 的確な指摘に、思わずアスランは唸った。痛いところを突かれた、とでもいう
のか。

 

「アスラン、そんなことばかり続けていると、あなたの周りには誰もいなくなる
わよ? メイリンも、そしてあのキラって人も、心の底からあなたを信頼し、信
じていたはずよ。あなたは彼女が裏切ったとか、あの人が自分のことを判ってく
れないというけど、それは違うんじゃないの?」

 

「違う、だって?」

 

「あなたは裏切られたんじゃない。自分から裏切ったのよ。信頼に背いたから彼
女は去って、あの人は立ちはだかった。何でも人のせいにするのは簡単よ。自分
の境遇、行い、それら全てを人のせいにして、自分は悪くないって思えば、これ
ほど楽なものはないわ」

 

 全てを他人のせいにすれば、自己の存在を擁護できるなどとミーアは思ってい
ない。彼女は全てが終われば、全てを明かすつもりであった。

 

「結局の所、最後に選ぶのは自分よ。その選んだ結果が、今のあなたなのよ。信
じてくれた女の子がいなくなって、親友だったはずの人を殺して、あなたはそれ
で満足? そこまでして、世界征服を成し遂げたいの?」

 

「俺がしたいのは、世界征服なんかじゃない。プラントを守るため、父の志を継
いでナチュラルと戦うだけだ!」

 

 ナチュラルは、報いを受けるべきだ。今も昔も、コーディネイターを迫害し、
プラントに攻撃を繰り返してきた彼らは、倒されるべきなのだ。

 

「志を継ぐ、か。ねぇ、アスラン。あなたは全てが終わったらどうするつもりな
の? ナチュラルを倒して、敵を倒して、プラントにあなたなりの正義を示した
後、あなたは一体どうしたいのかしら」

 

 アスランは力を持っている。その強大な力を、次は何に使うのか。

 

「力はきっと持て余すわ。あなたは持て余したからこそ、こんな組織を作ったん
じゃないの?」

 

「そんなことは……」

 

 ないと、言い切れるのか? アスランは、思わずミーアから目を反らした。

 

「君のいっていることは、先の話だ。まだ、世界統一国家軍との戦いすら始ま
っていないのに、そんな先の話をしてもしょうがない」

 

「あら、先に対する明確なビジョンもないのに、よく組織のトップが出来るわ
ね。あたしの嫌いなデュランダル議長だって、小ずるく先々のことは考えてい
たわ」

 

 野心家とは、そういうものだ。デュランダルにしろ、ジブリールにしろ、彼
らには最終目標があり、そこに辿り着くのを目的としていた。だが、アスラン
の場合はとりあえず蜂起することが目標であったために、先に対する展望がな
いのだ。

 

「いずれにせよ、これは俺の話であって、君が気にするようなことじゃない」

 

 やや強い口調で、突き放すようにアスランが叫んだとき、部屋の通信機器が
鳴り響いた。アスランは無言でそのスイッチを入れる。

 

「どうした?」

 

『閣下、至急司令室までお戻り下さい』

 

「なんだ、何か起こったか」

 

『外部からの侵入者です』

 

 アスランと、そしてミーアの表情が変化した。アスランのそれは硬くなり、
ミーアの顔は何かを期待するように満ち始めた。

 
 

 ロッシェがウルカヌスに潜入すると決めたとき、現実的な問題からハワード
が反対をした。ロッシェはモビルスーツパイロットとしては一流の腕を持って
いるが、潜入工作となれば話は別だ。ガンダムチームの面々と違って、その辺
りは素人といっていい。

 

「私にはもう戦うための機体もない。だから、ここで死んでもお前たちに不都
合はないだろう?」

 

 あっさりと言い放つロッシェに呆れかえるハワードであったが、ブルムが現
実的な質問をした。

 

「潜入したとして、帰りはどうする? 牢から姫を救い出しても、城から脱出
できなければ意味はないぞ」

 

「ウルカヌスにモビルスーツや宇宙艇の類があるのなら、それを奪って脱出す
る。まあ、あればの話だが」

 

 これに関しては、実際にウルカヌス内を見て回ったことがあるカトルから、
少数ではあるがモビルスーツの存在も確認されている。ただ、ジャンク品やパ
ーツのままということもあり得るため、保証は出来ないとのことだ。

 

「ウルカヌスから脱出できさえすれば、僕たちがロッシェを護衛します」

 

 カトルはこのようにいうが、もっといえば、ミーアの救出も彼らがやっても
いいのだ。前述の通り、潜入工作は彼らの得意分野であり、例えばヒイロやト
ロワなら、確実に任務を遂行できるだろう。
 だが、この意見に対しては当のヒイロが拒否をした。

 

「これは酷く個人的な感情に基づいて行われる行動だ。俺達が関知すべきこと
じゃない」

 

 それをお前が言うのかとツッコミを入れそうになっているデュオを後目に、
彼はロッシェが一人で行くべきであると主張した。後になってデュオは、実は
ヒイロは気を利かせたのではないかと思ったのだが、本人が特に否定も肯定も
しなかったのでそれは判らず終いだった。

 

 結局、後方支援としてオデルやブルム、そして何故かシンが同行することに
なり、プリベンター巡洋艦の一隻が出発した。ある程度距離が近づいたら、ロ
ッシェが小型艇に乗り込んで、単機出撃をする。メイリン・ホークが持ってき
たデータと、カトルの記憶を頼りに作成された進入路を使ってウルカヌス内へ
と侵入を果たした。

 

 この時ロッシェは、以前デュランダルから渡されたザフトの赤服に身を包ん
でいた。赤服は珍しいものの一応はザフトの制服であり、せめてもの偽装にな
ると判断されたのだ。しかも、ウルカヌスはこの時期、ザフトからのアスラン
の主張に賛同した兵士たちが流れ込んでおり、互いに互いの顔を覚えていない
状態になっていた。これは、ロッシェに取って幸運と言えた。

 

 それがどうして侵入者として見つかってしまったのかといえば、何気なくウ
ルカヌス内を歩いていたイザーク・ジュールが、ロッシェの姿を見てしまった
のだ。一瞬、自身の目が幻でも見たのかと思ったイザークであるが、念のため
に警備区画に行って監視モニターを確認すると、やはりロッシェの姿を確認し
たのだ。

 

「あいつ、何て堂々と潜入してるんだ!」

 

 イザークはすぐにアスランへ知らせるように告げると、自らライフルを携え
飛び出していった。結果、これに同行するものが現れたのだが、そうした空気
の変化をロッシェは敏感に感じ取っていた。

 

「これは、ばれたか」

 

 堂々としていれば案外気付かれないものだと思っていたが、それもここまで
らしい。この上は、さっさとミーアの下に行くしかない。

 

「メイリン・ホークとやらのデータではこの先だが……」

 

 監視カメラの網をかいくぐり、迂回路を取りつつもロッシェは先に進んでい
く。イザークを始めとした武装兵が駆け回っている今となっては、慎重に進ま
ねばならない。ロッシェも拳銃の携帯こそしてはいるが、ライフル銃やらサブ
マシンガンを装備する奴らと撃ち合いなどするつもりはない。こちらが一発撃
つ内に、向こうは百発撃ってくるだろう。

 

「蜂の巣にはなりたくないからな」

 

 これが剣による斬り合いであったなら、ロッシェは十人や二十人、余裕で斬
り倒す自信がある。ロッシェは今まで、剣を持って負けたことは一度しかない。
たった一度の敗北にしてみても、今となっては悔しさはない。何故なら、その
相手はもう―― 

 

「この角を曲がって……あの部屋か!」

 

 周囲を見渡し、兵士の姿がないことを確認するとロッシェは部屋の扉に駆け
寄った。この時ロッシェは、一つの失念をしている。仮にもラクス・クライン、
人質としても有益な少女を軟禁している部屋であれば、見張りの一人もいない
はずがない。だが、部屋の前には一人の見張りもいなかった。

 

 ロッシェは部屋のロックを外そうとするが、不思議なことに部屋には鍵が掛
かっていなかった。違和感を感じつつも、ロッシェは扉を開いた。
 そこには、二人の人間がいた。

 

「何故、お前がこんなところにいるんだ」

 

 ロッシェは部家の中に立っている男に対し、驚きの声を掛けた。確かに、ウ
ルカヌス内にいるのは当然としても、どうして今ここにいるのか。

 

「しいていうなら、お前と話をしてみたかったから、かな」

 

 アスラン・ザラが、そこにいた。背後のソファでは、当て身か、それとも薬
でもかがされたのか、ミーアが気絶して横たわっている。

 

「彼女に何をした」

 

 強い口調で、ロッシェが叫ぶ。

 

「別に、ちょっと眠って貰っただけだ」

 

「彼女を返してもらうぞ」

 

「返す? 返すも何も、彼女は自分の意思でここに来て、自分の意思でここに
居るんだ」

 

 それは事実であり、間違ってはいない。

 

「なら、言い方を変えよう。彼女を奪いに来た。お前の手から、攫いに来た」

 

 拳銃を取り出そうと懐に手を伸ばすロッシェだが、アスランがふいに西洋風
の短剣を投げてきた。ロッシェは、訝しげにそれを見る。

 

「何の真似だ?」

 

「拾え。イザークに勝ったという腕を、俺にも見せてみろ」

 

 アスランもまた、短剣を引き抜き構えている。

 

「ミーアを奪いたければ、俺を倒してみろ」

 

 その言葉に、ロッシェは短剣を拾って、刀身を引き抜いた。

 

「良いだろう。ここでお前を殺し、全てにカタを付ける」

 

 決して広くない室内で、二人はにらみ合い、短剣を構えて立っている。
 先に動いたのは、アスラン。

 

「ハァッ!」

 

 一瞬で相手の喉笛を掻き斬る一撃を、ロッシェはしなやかな動作で避けた。
続けざまに放たれる斬撃を受けきり、反撃に転ずる。靴が床を蹴り付け、短剣
の燦めきが走る。激しくぶつかり合う刀身と、飛び散る火花。歯を食いしばっ
てその場に踏みとどまる両者は、斬撃音を室内に響き渡らせながら、互いの剣
術の粋を披露する。

 

 音は、決して小さくはない。金属の触れ合う、ぶつかり合う音に、無理矢理
眠り姫を演じさせられていた少女が、静かに目を覚ました。

 

「なに……?」

 

 意識がハッキリしない。耳に響く音が、室内に飛び交っている。
 確か、突然アスランに叩かれて、それ以降の記憶がない。ミーアは目を擦り
ながら、室内を見渡す。

 

「ロッシェ!?」

 

 そして、声を上げた。何と目の前で、ロッシェとアスランが壮絶な剣戟を繰
り広げていた。

 

 この声が、二人の男の集中力を一時的に奪った。ロッシェは、アスランの背
後にいるミーアを真っ直ぐ見つめ、アスランは背後故に振り返る必要があった。
その隙を、ロッシェは突いた。

 

「もらったぁっ!」

 

「しまった!」

 

 アスランの反応も決して遅いものではなかった。ロッシェが繰り出した勢い
のある斬撃を、強く握りしめた短剣で受けきろうとした。
 短剣同士がぶつかり合い――二本とも折れた。
 この短剣は元々、戦闘用に作られた物ではない。この部屋の調度品だったの
だ。それ故の、脆さだった。

 

「この場合、勝負は引き分けかな?」

 

 ロッシェは呟くと、折れた短剣を呆然と見つめるアスランに拳銃を突きつけ
た。

 

「ロッシェ!」

 

 ミーアが叫ぶが、ロッシェは引き金を引かなかった。

 

「撃つつもりはない。こんな決着は、私も本意ではないからな。ミーア、こっ
ちへ」

 

 手を伸ばし、ミーアはそれに素直に従った。彼女の手を取ると、ロッシェは
再びアスランに視線を戻した。

 

「一つ、お前に訊きたいことが、確認したいことがある」

 

 冷たい、まるで感情の籠もっていない声だった。ミーアが思わず、ロッシェ
の顔をのぞき込む。

 

「アスラン・ザラ、お前は……ハイネ・ヴェステンフルスを殺したのか?」

 

 その問いに、アスランが顔を上げた。何故ロッシェがそんなことを訊くのか
判らなかったのだろう。だが、嘘をつく必要も、答えない理由もなかった。

 

「そうだ。俺が殺した」

 

「だまし討ちをした、というわけか?」

 

「まさか。信じる信じないはそっちの勝手だが、正々堂々戦って、俺が勝った。
あいつは逃げも隠れもせず、俺と戦った」

 

 そして、負けた。
 負けはしたが、アスランにとってハイネは最大の強敵であった。

 

「……アスラン・ザラ。今日は引き分けたが、お前とはいずれ決着を付ける。
だから、今は殺さない」

 

 ロッシェは呟くと、ミーアの手を引いて部屋を出た。アスランは制止しよう
としなかった。彼は勝つつもりであった、それが引き分けたというのは、彼に
とって敗北に等しいことなのだ。

 

「ロッシェ・ナトゥーノ……あいつは一体、何なんだ」

 

 どうして異世界の人間が、俺の前に立ちはだかる。アスランは膝を崩し、床
を殴り付けた。
 折れた短剣が、虚しく床に落ちていた。

 
 

 ミーアを連れて部屋を出たロッシェであったが、運の悪いことにそれはイザ
ークの知るところになった。幾分かの冷静さを取り戻した彼は、ロッシェの狙
いがミーアであることに気付いたのだ。

 

「重火器は使うな! 彼女に怪我を負わせた奴はこの俺が撃ち殺すぞ!」

 

 だが、ロッシェとミーアを発見したイザークは、このような命令を出して部
下たちを困惑させた。いや、人質に怪我を負わせるなというのは確かに判るが、
一発の発砲も、いわゆる威嚇の射撃も許さないというのは常軌を逸している。
 ロッシェは苦笑しながらも、イザークがミーアを、ミーアを通して見ている
ラクスをどれだけ大切に思っているかを察した。しかし、銃が使えないならば
数で攻めると言わんばかりイザークたちに対し、ロッシェは徐々に追いつめら
れていく。

 

「ロッシェ、これからどうするの?」

 

「乗ってきた宇宙艇のある場所に戻る道は、既に封鎖されている。脱出するに
は、別の方法を考える必要があるな」

 

 走りながら、会話を交わす両者。窮地だというのに、どこかミーアは楽しそ
うだった。彼女は信じていたのだ。ロッシェが、彼女を助けに来ることを。そ
して、それは見事に叶った。

 

「別の方法って?」

 

「決まってる。格納庫に行って機体を奪う、それしかない」

 

 イザークら、追っ手の追撃を受けながらも、ロッシェとミーアは格納庫を目
指して駆けた。馬にでも乗っていれば、姫を救い出した騎士といった絵画にな
りそうな絵図らだが、生憎そのような演出はない。しかも、逃げるにあたって
はどうしても少女であるミーアは足手まといだが、イザークが強攻策を取らな
かったこともあって、二人は何とか格納庫にたどり着くことが出来た。

 

 しかし、ここで思わぬ計算違いが生じた。

 

「なっ……これは」

 

 確かに、そこは格納庫であった。しかし、そこにあるのはモビルドール、ビ
ルゴ兇个りで、モビルスーツの一体も存在しない。色々なパーツは転がって
いるが、それもビルゴのものである。
 トーラスと違ってビルゴは完全なる無人機であり、コクピットブロックは存
在しない。これを奪って逃走することは、出来ない。

 

「くそっ! これでは」
 地団駄を踏むロッシェだが、遅ればせながらイザークたちが格納庫に突入し
てきた。

 

「そこまでだな、ロッシェ・ナトゥーノ! 彼女をこちらに渡してもらおうか」
 撃つつもりはないとはいえ、十数人の武装兵と、その中心に立つイザークが
ジリジリと迫ってくる。ロッシェはミーアをその背で隠しながら、彼女に囁き
かける。

 

「ミーア、あの隅にあるコンテナまで駆けるぞ」

 

「わ、わかった」

 

 ロッシェは、ポケットから小型の缶のようなものを取り出し、それをイザー
クたちに向かって投げた。

 

「何っ!?」

 

 投げたときには、ロッシェとミーアは彼らに背を向けて駆けだしていた。地
面に落ちたそれは、眩い光りを発しながら炸裂する。

 

「せ、閃光弾か! おのれ小細工を……」

 

 腕で目を庇いながら、光が収まるのを待つイザーク。光が収まったとき、隅
のコンテナの陰に隠れる二人の姿が見えた。あの辺りには、扉など存在しない。
二人は、わざわざ逃げ場のない場所に隠れたのだ。

 

「馬鹿め、袋のネズミとはまさにこの事だ!」

 

 イザークは、この時点でコンテナを単なる置物としか認識していなかった。
邪魔なので隅に追いやられた、それだけの物体。
 その認識は、すぐに変わる。

 

 コンテナの影に逃げ込んだ二人は、自分たちが逃げ場のない場所に来てしま
ったことに気付いた。気付いたが、もう移動することは出来ない。

 

「参ったな……」

 

 助けに来たつもりが、一転して窮地に陥ってしまった。まったく、情けない
ことこの上ない。

 

「ロッシェ、あたしは嬉しかったわよ。あたしはあなたがきっと来てくれると
思った。そしたら、あなたはホントに来てくれたんだから」

 

「だけど、こうして逃げられないでいる。ミーアは、私はここに来る前の戦い
で、騎士の愛馬たる機体を、レオスを失った。レオスは私の剣であり、愛馬だ
った。今の私は、丸裸も同然なんだ」

 

 自身が敗北したことを告白するロッシェだが、ミーアはそんな彼の手を握り
しめた。

 

「騎士の証は剣? それとも機体? あたしはそうは思わない。何かを守ろう
と思う心と、それを実行できる勇気、それが騎士じゃないの? あなたはあた
しを助けに来てくれた。他の誰がなんて言おうと、あなたはあたしの騎士よ」

 

「ミーア…………」

 

 思いがけぬ言葉に、ロッシェは胸が熱くなるのを感じた。ここまで言われれ
ば、意地でも彼女と共にウルカヌスを脱出しなければ、騎士の名折れだ。
 だが、一体どうすれば――
 悩むロッシェだが、ミーアはふと自分たちの身を隠す大きな箱に目を向ける。

 

「ねぇ、ロッシェ。この大きな箱はなに?」

 

「何って、これはごく標準的なモビルスーツ収容型コンテナ……そうか!」

 

 あまりにも自然に置いてあるから気付かなかったが、よく考えればこれはロ
ッシェのいた世界ではモビルスーツを一機収容するのに使うコンテナだ。もし
かしたら、この中に何か機体が入ってるかも知れない。

 

「確か、このタイプのコンテナは左右のどちらかに開閉装置が付いているはず
だが」

 

「あっ、あれじゃないの!」

 

 ミーアが指さす先、コンテナの隅にそれらしきものが付いている。

 

「確かに。あれだ」

 

 ロッシェとミーアは駆け寄り、開閉装置を見る。ミーアは、そこに見たこと
もないマークが刻まれていることに気付いた。

 

「ロッシェ、このマークは……?」

 

 その問いに、ロッシェは即答できなかった。彼は信じられない物を見るよう
に、そのマークを見つめていた。開閉装置に使われているセキュリティは、パ
スワード入力というごくシンプルなもの。ロッシェは、震える指先を伸ばして、
パネルを操作した。
 文字が画面に映った。そこには、一つの問いが浮かび上がる。

 

『勇敢なるOZの騎士、その名がここに刻まれることを、切に願う』

 

 文字は、ロッシェのいた世界で使われている公用語であった。ロッシェは、
刻み込まれたマークを見ながら、無言で文字を打ち込んでいった。
 思い浮かぶのは、幾つもの名前。恐らくそれのどれを打ち込んでも、このロ
ックを外すことは出来るだろう。

 

 だが、ロッシェは敢えて自分の名を、ロッシェ・ナトゥーノというその名を
打ち込んだ。
 確かめたかったのかも知れない。あの男に、自分が認められた存在であるの
かどうかを。ロッシェは、それを確かめてみたかった。

 

 そして、ゆっくりと、だが大きな音を立てて、コンテナが開き始める。

 

「なんだと、あれは開くのか!?」

 

 そこにコンテナがあることをたった今思い出したイザークは、目の前に起き
ている光景を、信じられないように見つめている。後ろに控える武装兵もまた
同じで、呆然と開くコンテナを見ている。

 

 一方ロッシェはミーアを抱え上げると、コンテナに飛び乗り、中に収容され
ている機体を見た。
 それは、美しい青色をした機体であった。ロッシェも見たことはなかったが、
その姿形は、紛れもなく――

 

「ガンダム」

 

 歓喜に震える声で、ロッシェは呟いた。コンテナの中に降りると、コクピッ
ト部分に駆け寄り、コクピットを開いた。

 

「動くの?」

 

 ミーアは彼女の目の前に登場した機体に、ただただ驚きを隠せないといった
感じであるが、ロッシェはそれには答えずミーアの手を引きコクピット内に入
った。そして、すぐに機体を起動させるために各種操作を行う。

 

「どうやら、動くらしいな」

 

 身体の震えは収まり、ロッシェはしっかりとした口調で声を出す。機体の起
動が始まり、モニターが光り輝く。
 すると、スピーカーから突然声が流れ始めた。

 

『この機体が起動すると言うことは、パイロットは紛れもないOZの騎士が乗っ
ているはずだ。何故ならこの機体に施した封印は、OZの騎士でなければ解けな
いのだから』

 

 その声を、ミーアは知らなかったが、ロッシェは知っていた。古い記憶が、
彼の脳裏に呼び起こされる。

 

『これは私の美学と、OZの理念を追求して作った機体の一機だ。操縦するパイ
ロットは出来ればOZの、私が認めた騎士であった欲しいと思い、このような封
印を施した』

 

 それが解かれた。つまり、解いたロッシェは……

 

「私を騎士と認めてくれるか、トレーズ・クシュリナーダ」

 

 流れる声の主、自分との決着を果たさぬままに死んでいった男に対して、ロ
ッシェは語りかける。彼が生涯駆けて乗り越えようと、超えようと目指してい
た偉大なるOZの騎士。OZの理念と、騎士の在り方をその身で体現した男。

 

『この機体を動かすOZの騎士よ。これは私の美学を追求し、これから始まるで
あろう悲しい世界を止めるために作られた機体だ。OZの騎士道と、兵士の在り
方を問うために、この機体は生まれた』

 

 トレーズの美学。彼が目指した兵士たちと、戦いの在り方。それを結集した
機体はガンダムエピオンのはずだ。あらゆる火器を廃して、接近戦のみに特化
した異質なる機体。異質だが、真の騎士が乗るべき最強の機体。
 では、この機体は一体――

 

『戦うための剣、ガンダムエピオン。そして、これはその対となる機体、ガン
ダムアクエリアス。真のOZの騎士よ、君にこの機体を託そう。ガンダムアクエ
リアスで世界を、変えてくれ』

 

 音声は、そこで切れた。ロッシェは、目を瞑っていた。この気持ちは、何だ
ろうか。嬉しさか? トレーズが自分を、OZの騎士だと認めていてくれていた
ことに対する嬉しさか。それとも、OZを体現する最後のモビルスーツパイロッ
トに、自分がなれたことへの幸福感か。

 

「ミーア、機体を動かす。いいか?」

 

「うん、わかった」

 

 ミーアは、ロッシェの顔に自信が戻るのを感じていた。彼は、しっかりと操
縦桿を握っている。

 

「ロッシェ・ナトゥーノ……ガンダムアクエリアス、発進する!」

 

 ガンダムアクエリアスが、起動した。

 
 

 驚いたのはイザークである。突然コンテナが開いたかと思えば、中からモビ
ルスーツが現れたのだから。まさか、あんなものが隠されていようとは。

 

「撃て、撃てぇっ!」

 

 ここに来て発砲を許可するイザークであるが、ライフルの銃弾程度ではモビ
ルスーツに傷一つ付けられない。しかも、ガンダムアクエリアスはガンダニュ
ウム合金製だ。モビルスーツクラスの実体弾でも受けきることが出来る。

 

「この機体、ビーム兵器はないのか?」

 

 コクピット内で呟くロッシェ。アクエリアスの武装を確認しているのだが、
105mmマシンガンやドーバーガンなど、実体弾による兵器ばかりだ。ビームサ
ーベルの一本も、備わってはいない。

 

「エピオンとは全く違うな。まさに、対なる機体というわけか」

 

 資料によってエピオンの存在をするロッシェであるが、騎士が持つ最強の
剣としてエピオンは存在していた。では、この機体が意味するものは一体な
んなのか。

 

「しかし、今は脱出が先決だ」

 

 マシンガンの銃口を武装兵に向けるロッシェ。無論、ただの威嚇であり、
実際に撃つつもりはない。撃てば武装兵など蜂の巣どころか肉塊になるであ
ろうが、女性が同乗しているところで殺戮など行えるわけがない。みれば、
威嚇が成功したのかイザークを始めとした兵士たちが散っていく。

 

「すぐに脱出しよう。ビルゴを起動されると、この機体では少し厄介だ」

 

 ロッシェはハッチまで機体を飛ばすと、ドーバーガンの砲口を突きつけた。

 

「少し揺れるが、我慢してくれ!」

 

 砲身がモビルスーツの全長ほどもある大砲が、ウルカヌスのハッチに直撃
した。ガンダニュウム合金すらも揺るがす威力は、ハッチに大穴を空けた。
アクエリアスは、自ら作った穴を通り、悠々と脱出してしまった。穴の開い
たハッチはすぐに機密シャッターで閉鎖され被害は最小限に抑えられたが、
一方でイザークが近くにある別の格納庫へ駆け込んでいた。

 

「メリクリウスで出撃する! 逃げた機体を追いかけるぞ」

 

 この言葉に整備班が顔色を変えて声を上げた。

 

「無茶です、メリクリウスの胸部の修理はまだ終わってません。簡単な補修
を施しただけで、それにシールドも破損したままです」

 

「プラネイトディファンサーがある。問題はない!」

 

 止める整備班を完全に無視して、イザークは機体に飛び乗った。そして無
理矢理ハッチを開けさせ、勢いよく出撃してしまった。

 

 宇宙空間に飛び出したアクエリアスは、一路プリベンター巡洋艦の待つ宙
域に機体を飛ばしていたが、後背から追っ手が迫っていることをレーダーに
よって感知していた。

 

「この機体、メリクリウスか」

 

「誰が乗ってるの?」

 

「イザーク・ジュールだ」

 

「イザーク? あぁ、そういえばアスランの友達で仲間だっけ」

 

 何気なく呟くミーアであるが、ロッシェは内心でイザークに同情した。ミ
ーアにとって、イザークとはこの程度の認識でしかないのだ。

 

「ビルゴもつれずに単機出撃か。あいつ、相当気が立ってるな」

 

 それも、ラクス・クラインという存在に対する、あいつの思いが為せる技
か。
 速度的に振り切れるかどうかはギリギリの所だ。ならば……

 

「少々危険だが、一戦交えるか。ミーア、構わないか?」

 

「大丈夫。ロッシェが必ず勝つもの」

 

「嬉しいことをいってくれる!」

 

 信頼には応えねばならない。ロッシェは機体を反転させ、メリクリウスの到
着を待った。すぐにその白い機体が現れる。

 

「面白い、この俺と戦うつもりか。機体を変えようとも、貴様は俺には勝て
ん!」

 

 ビームサーベルを引き抜き、アクエリアスに突きつけるイザーク。ロッシェ
はマシンガンを構えるが、こんなものでは牽制にもならないだろう。

 

「さて、どうやって倒すかな」

 

 マシンガンを撃ちながら、巧みに距離を取るロッシェ。イザークは斬撃を加
えるために接近するが、迫り来る機体に容赦なくドーバーガンが放たれた。プ
ラネイトディファンサーがあるから良いようなものの、無ければ如何にメリク
リウスでも無傷ではいられなかったろう。

 

 この一戦において、ロッシェとイザークの最終目的はそれぞれ違っていた。
ロッシェはイザークを倒すなり、退却させればいいのであるが、イザークはミ
ーアを取り戻す必要があった。だから敵機にある程度のダメージを与え、ディ
フェンサーネットで捕獲するというのが彼の基本戦略だった。

 

「そんな攻撃、何発だろうと弾き返してくれるわ!」

 

 マシンガンもドーバーガンも、プラネイトディファンサーで鉄壁の守りを固
めるメリクリウスには通用しない。ロッシェは軽く舌打ちするが、まだ劣勢と
いうわけではない。ただ、相手が優勢なだけだ。

 

「イザーク、お前は何故私に拘るんだ」

 

 戦いの最中、ロッシェはイザークに尋ねる。

 

「知れたことを、俺はかつてお前に負けた。そして、その時お前は言ったでは
ないか。今度はモビルスーツで戦おうと」

 

 叫びながら鋭い斬撃を放つイザーク。

 

「だが、お前は私に勝った。レオスを倒し、私の剣を折ったのは事実だ」

 

 これをギリギリのところで避け、再び距離を取るロッシェ。

 

「それだけではない。お前はラクスを、俺の最も欲しいものをその手に持って
いる。それが気にくわない!」

 

 自分の名、といっても自分が演じている少女の名が出たことに驚くミーアだ
が、この場合のラクスと即ちミーア自身のことである。

 

「ラクスは俺の全てだ。俺が恋し、俺が愛し、愛し続けた! なのに、一度だ
って彼女は俺に振り向いてくれなかった!」

 

 始めはアスランが、次にキラが、彼の前からラクスを奪っていった。そして、
今度はロッシェだ。

 

「ロッシェ、俺はお前を倒して彼女を、ラクスを手に入れる!」

 

「勝手なことをいうな。お前は自分の気持ちをぶつけるばかりで、相手のこと
をまるで考えていない。男なら、愛する女性がいるのなら、その気持ちを少し
は考えてみろ!」

 

「ほざけっ!」

 

 ドーバーガンの砲弾を叩き斬り、ビームライフルを放つメリクリウス。その
素早い動作に、アクエリアスはマシンガンを弾き飛ばされた。

 

「これで終わりだ!」

 

 相手の武器を弾き飛ばしたのを好機と思い、イザークはディフェンサーネッ
トを放った。彼はアクエリアスの攻撃法から、アクエリアスがビームサーベル
など接近専用の武装を持っていないと判断したのだ。確かに、アクエリアスは
ビームサーベルを持ってはいない。だが、接近専用の武器がないわけでもない。

 

「違うな、終わるのは――」

 

 ロッシェが操縦桿を握る手に力を込めた。

 

「終わるのはお前だ、イザーク・ジュール!」

 

 アクエリアスの右腕に接続されたヒートロッドが放たれた。変則的な軌道で
振るわれる鞭状の武器が、迫り来るプラネイトディファンサーの全てを弾き飛
ばした。
 そして、そのまま一直線に伸ばされたヒートロッドが、メリクリウスの胸部
へと突き刺さった。修理が完了していない、レオスの一撃で傷ついた箇所に。

 

「馬鹿な――」

 

 赤熱するヒートロッドは、ガンダニュウム合金を貫いていた。深く沈み込む
ロッドが機体を蹂躙し、ヒートパワーがメリクリウスを内部から破壊していく。
鉄壁故の弱点。盾を失った、守りのない機体など、最早最強の盾でも何でもな
い。

 

「俺がこんな……こんなはずじゃ」

 

 こんなはずじゃ、なかったのに。
 前大戦で傷つき、倒れてしまった母。アスランに手を貸し、覇権を確立する
ことで取り戻そうとした家族の絆。
 最強の機体を手に入れ、自信の強さに磨きを掛け、更なるプライドを手に入
れた。自信は勇気となり、彼は今度こそ、愛する者を手に入れようとした。

 

「俺の愛が、俺の気持ちが」

 

 ただの、独り善がりであったとでもいうのか。
 アクエリアスから、二撃目のヒートロッド、左腕に接続された一撃が繰り出
され、メリクリウスのコクピットを直撃した。

 

「ラクス……クライン」
 愛していた。愛していたはずなのに、自分はまた、また負けるのか。アスラ
ンに負け、キラに負け、ロッシェに負け。

 

「これが、運命か」

 

 何て、皮肉。
 イザークは自嘲気味に笑った。笑って、最後にこう呟いた。

 

「ラクス・クライン、そしてミーア・キャンベル。どうか、幸せになってくれ。
そして――」

 

 脳裏に浮かんだのは、一人の少女の姿。彼を慕い、信じてくれた、少女の姿。
あぁ、そうだ。彼女も、シホ・ハーネンフースもまた幸せになってもらいたい。
彼女の気持ちを全て裏切った自分であるが、彼女を嫌ったことなど、ただの一度
もなかったのだから。

 

「シホ、すまなかったな。俺は、隊長失格だ」

 

 メリクリウスが、その機体を貫かれて爆発したとき、パイロットのイザーク・
ジュールが考えていたのは彼が愛した少女たちの幸せについてであった。方向性
が間違っていようとも、その愛が如何に歪んだ形であったとしても、その気持ち
に嘘偽りがなかったの事実であった。

 

 イザーク・ジュール。ザフトの赤服として、エリートとして名を馳せた、もっ
とも英雄に近かった男。常にアスラン・ザラの二番手に甘んじていた彼は、最後
の最後に彼が裏切った者に対して謝罪をした。彼が死の間際に見せた、良心の欠
片であった。

 

「イザークが……そんな」

 

 整備の終わらぬ機体を無理矢理出撃させ、イザークを連れ戻しに来たアスラ
ンが見たのは、メリクリウスがアクエリアスに貫かれ、爆発した姿であった。
ディアッカに続き、アスランは大事な仲間を、友を失った。
 コクピットの中で、拳を叩き付けるアスラン。

 

「このままでは、組織が成り立たなくなる」

 

 イザークとディアッカという二人のエースの存在は、時としてアスランの存
在以上に組織内では重要だった。特に彼らは、実戦部隊を統括する隊長として
無くてはならない人材であり、これではビルゴを指揮する者がいなくなってし
まう。

 

「ロッシェ・ナトゥーノ……!」

 

 改修作業の完了していないジャスティスでは、攻撃するのは無謀である。こ
こは一度撤退して――

 

「高速に接近する物体!? これは、モビルスーツか!」

 

 ジャスティスのレーダーに、飛来するモビルスーツの反応が鳴り響く。この
スピード、かなり速い。
 真っ直ぐとジャスティスに向かってくる機体は、異世界のものではない。
 青を基調としたボディカラーに、広がる翼は鮮烈な赤。鋭い印象をみるもの
に与える頭部メインカメラと、背負われているのは巨大な剣。

 

「アスラン・ザラッ!」

 

 響き渡る声は、アスランのよく知るそれ。

 

「シン、シン・アスカか!」

 

 ジャスティスの前で動きを止めた機体、デスティニーガンダム。異世界の人
間、オデル・バーネットが技術者として、シン・アスカという一人の少年のた
めに作り上げた最高の機体であった。
 バッテリー機とも、核動力機とも違う機関ハイパーデュートリオンエンジン。
従来のデュートリオンビーム送電システムと核動力併せ持つ複合機関。これに
よってもたらされる高出力は、従来の機体を遙かに凌駕するものである。

 

「アスラン、このデスティニーガンダムで、俺はあんたを倒す!」

 

 デスティニーが、右背部に収納された大剣を引き抜いた。モビルスーツの全
長の倍はある巨大な刀身が、高々と突きつけられる。

 

「デスティニーガンダム……その機体の名前か。だが、新しい機体であろうと、
パイロットがお前ではな!」

 

 アスランは叫ぶと、ジャスティスのビームライフルを放った。
 翼を広げ、羽ばたくように動き出してたデスティニーは、光の粒子をまき散
らしながら、これを完全に避けた。

 

「インパルスの倍は速い――っ!?」

 

 オデル・バーネットは、デスティニーを作る際に異世界の技術をふんだんに
取り入れた。技術というよりは、それは設計思想に近いものであるが、新OSで
ある核・デュートリオン統合先進機動砲撃システムには、彼とハワードが理想
とするモビルスーツのデータを基に、機体の制御が行われる。
 主に、五つの機体特性をデスティニーは持っている。

 

「ウォォォォォォッ!」
 機敏なる動きは、龍のしなやかさを持つ優れた格闘能力であり、脚部は装甲
を複数のパーツに分解し、それぞれをフレキシブルにスライドさせることで、
広い関節稼動部分と高い運動性を実現した。

 

「速すぎる!」

 

 振り下ろされた大剣アロンダイトビームソードの一撃は、二刀の剣を持つ機
体をイメージした、強力な斬撃。

 

「距離を取って――」

 

 ジャスティスから放たれるビームライフルを、デスティニーは両手甲部に設
置されたビームシールドで防御した。そして、何と手の平からビームを放つ。
パルマフィオキーナ掌部ビーム砲、あらゆる所に火器を持つ、全身兵器を模し
ている。

 

「アスラン、ここであんたを倒して、全てを終わらせる!」

 

 迫り来るデスティニーから発せられるのはミラージュコロイド。死神が己の
機体を隠すように、デスティニーに残像を映し出し、アスランを幻惑させた。

 

「くそっ!」

 

 アスランは機体を上昇させ、デスティニーから繰り出される斬撃を避けた。
シンは、そんなジャスティスに対して高エネルギー長射程ビーム砲の標準を合
わせた。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 翼を広げて放たれたそれは、天使が放つ砲撃を思わせる一発だった。
 咄嗟にシールドで防御したジャスティスだが、数秒も耐えきることが出来ず
にシールドが吹き飛ばされた。

 

「こんな!?」

 

 いくら改修前とはいえ、ここまでシンに翻弄されるとは計算外であった。
 アスランは僅かな畏怖を込めた視線で、デスティニーを見つめる。

 

「だが、まだ負けたわけでは――」

 

 ビームサーベルを引き抜くジャスティスであるが、それを制止するかのよう
に複数の機体反応があった。

 

「ビルゴ……サトーか!」

 

 司令官の危機を知ったサトーが、ビルゴ兇魄き連れて出撃してきたのだ。
さすがのシンも、ビルゴ相手に戦えるとは思えず、アスランとの距離を取った。

 

『閣下、撤退してください』

 

 サトーがジャスティスへと回線を繋いでくる。

 

「しかし、俺は!」

 

『ここであなたまで死ねば、組織は崩壊する。御父上の志をお忘れですか!』
 父親のことをいわれ、アスランは返答に詰まった。そうだ、ここで無意味な
戦いを続けるのは確かに組織のためにならない。

 

「…………わかった」

 

 アスランは機体を反転させ、撤退を始める。

 

「まて、逃げるのか!」

 

 シンは叫ぶが、アスランはそんなシンに対し回線を繋いだ。

 

『シン、随分と強い機体を手に入れたじゃないか』

 

「お前を倒すための、新しい機体だ!」

 

『それで俺を倒すだって?』

 

「お前だけじゃない。モビルドールとかいう兵器も、オデルさんたちと協力し
て……お前の野望は俺達が」

 

 叫ぼうとしたシンの言葉を、アスランの嘲笑がかき消した。

 

「何がおかしい!」

 

『これが笑わずにいられるか。俺を倒す? 俺の野望を潰す? 残念だが、お
前らは俺や、俺の組織に指一本触れることは出来ない』

 

 その言葉が何を意味するのか、シンは良く分からない。

 

「ハッタリは止せ! オデルさんたちの力を合わせれば、ビルゴだって倒せる
んだ。お前はもう終わりだ!」

 

『果たしてそうかな? シン、お前は戦いはモビルスーツによる戦闘だけだと
勘違いしている。良いことを教えてやるよ、俺達が接収したファントムペイン
のダイダロス基地、レクイエムはまだ生きている』

 

 それはシンも知っている。現に、レクイエムが地上に放たれ、ヘブンズベー
スが消し飛んだ。だが、それが何だというのか。

 

「シン、お前やザフト、それに異世界の連中が俺の邪魔をするというのなら、
俺はレクイエムをプラントに向けて撃つ! いいか、これは脅しじゃないぞ」

 

 あまりといえばあまりの言葉に、シンは一瞬絶句してしまった。だが、すぐ
にその言葉の意味を噛みしめ、アスランに向かって叫んだ。

 

「アスラン……アンタって人はぁっ!」

 

 離脱するジャスティスを追撃しようとデスティニーが翼を広げるが、それを
出撃してきたオデルのアスクレプオスが制止した。

 

「よせ、シン。ここは堪えろ」

 

『だけど、オデルさん!』

 

「ダイダロス基地が問題なら、先にそこを何とかするべきだ。アスランは、後
からでも大丈夫なはずだ」

 

 あるいは、それは嘘になるかも知れない。ザフトがダイダロス基地の攻略を
している内に、インフィニットジャスティスと世界統一国家軍の戦闘は開始さ
れるだろう。

 

「すぐに帰還して、対策を立てなければ」

 

 オデルは呟くと、ロッシェの機体に回線を繋いだ。シンの参戦で混乱し、ま
だ通信を送っていなかったのだ。

 

「オデル、どうやら私は、まだ騎士でいられるらしい」

 

『それは良かった。だがしかし、ウルカヌスにガンダムが隠されていたとはな。
その機体は一体――?』

 

「詳しいことは調べないと何とも言えないが、確かなことは一つある」

 

 ロッシェは軽く笑ってミーアを見た。そんなロッシェに、ミーアも微笑み返
す。

 

「ガンダムアクエリアス。それがこの機体の名前だ」

 

 コンテナに刻まれたマークは、紛れもないOZのマーク。
 トレーズ・クシュリナーダが愛し、ロッシェも所属していた組織。
 だからこそ、ロッシェはこの機体を手に入れることが出来た。

 

「トレーズ、お前の遺産は私が受け取った。OZプライズ、星屑の騎士であるこ
の私、ロッシェ・ナトゥーノが――!」

 

 全ての駒が、今揃った。
 最終決戦の火ぶたが、切られようとしている。

 

                                つづく