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X-Seed_双星の軌跡_第01話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 16:50:50

 第一話『我等の世界に栄光あれ』

 そして、光は消えた――

 目覚めは、最悪だった。
「う……く……」
 泥のように重い頭を右手で抱え、オルバは上体を起こした。
「こ、こは……?」
 そこは、白い部屋だった。壁も白く、ベッドも白く、床も、天井も白い。
 塵一つない、病的なまでに清潔な部屋にかつて過ごした研究所を思い出し、オルバはひ
どく不愉快な気分になる。
『オルバ――聴こえるか、オルバ』
 不意に、兄の声ならざる声がオルバの脳裏に響く。シャギアとオルバは強い感応能力を
持っており、兄弟間に限定されるが物理的距離に関係なく意思疎通が可能なのだ。
 ツインズシンクロニティ――人を超えていながら、フラッシュシステムに対応していなかっ
たがため、ニュータイプとして認められずカテゴリーFと判定された『力』。
『兄さん』
 答えるオルバ。
『目が覚めたようだな、オルバ。今から、そちらに向かう』
 しばらく間をおいた後、シャギアは少し躊躇うように続けた。
『いいかオルバ、お前から見たらひどく不可解なやり取りがあるだろう。だが適当に話をあわ
せるか、いっそまだ意識が混乱している振りをしておけ』
『分かった。了解したよ』
『事情は後で説明する』
 直に、部屋の扉が開いた。入って来たのはシャギアと見知らぬ血色の悪い男、そして兵士
の一団だった。
「目が覚めたようだね、オルバ・フロスト君」
 男が口を開く。融合英語を基本とした地球圏標準語――には違いないのだがひどく訛って
おり、聞き取り辛かった。
「あなたは?」
 慎重に言葉を選びながら、オルバは問いかける。
「私はロード・ジブリール。ムルタ・アズラエルの後を継ぎ、新たにブルーコスモスの盟主となっ
た者だ」
「ブルーコスモス……?」
 初めて耳にする組織の名に、オルバは思わず怪訝そうに呟く。ジブリールと名乗った男の眉
がしかめられた。
 どうやら、組織の名前を知らなかった事が不快なようだ。小物だな、とオルバは判断した。

「私たちは戦闘宙域を大破したMSで漂流していたところを、ジブリール閣下に回収された
のだ、オルバよ。閣下に御礼を申し上げろ」
「それは感謝いたします。ジブリール殿」
 慇懃な態度で礼を言いながらも、オルバは頭脳をフル回転させていた。
 態度から見て、ジブリールが新連邦側なのは間違いない。だが仮に月での背信が露見し
たならば、新連邦であっても危険である。言葉には、十分気をつける必要があった。
「お聞きしたいのですが、戦争は一体?」
 そう問いかけたとたん、ジブリールの顔が歪んだ。
「ふん、痛み分けの停戦状態だ! 後一歩というところで、忌々しい宇宙(そら)の化け物め!」
 口汚く吐き捨てるジブリール。
「心中、お察しします」
 慇懃に頭を下げながら、そっとほくそ笑むオルバ。スペースノイドを『宇宙の化け物』と言う以
上、ジブリールは間違いなく新連邦の人間だろう。
「まあ良い。コーディネーターどもを駆逐するのは、次の機会だ」
(コーディネーター?)
 再び耳にした知らない言葉だった。
「それにしても驚いたよ」
 オルバの内心の疑念に気づかず、ジブリールは言葉を続ける。
「まさかマーシャンに、君たちのようなナチュラルがいたとはな」
「亡くなった両親の遺志です。隠しながら必死で生きてきましたがついに露見し、弟と二人で地
球圏に脱走したものの――」
「皆まで言わなくても良い。コーディネーターに迫害されるナチュラル、生まれがどこであれ君
たちは我々の同胞だ」
 いかにも親切気な声を出すジブリール。だがその両目に宿る脂っこい打算の色に、オルバは
気づいた。
「それにしても、MSに搭載可能な核融合炉か。火星の技術とは素晴らしいものだな。この力が
あれば次こそは……」
 小さく呟いたジブリールが、二人に向き直る。
「部屋を用意させてある。オルバ君が検査を受け次第、そこで休みたまえ」

  ○   ●   ○   ●

『一体、何がどうなっているんだい!?』
 通された部屋は、高級ホテルの一室を思わせる広々としたつくりだった。だが窓は無く、
扉には外から鍵が掛けられている。実質上の軟禁だった。
 絨毯を踏みしめながら苛立たしげな思念で、オルバは兄に尋ねる。
『落ち着け、オルバ』
 対照的に微かな笑みさえ浮かべながら、シャギアは弟の肩に手を置いた。
『私は一週間前に目を覚ました。最初はお前以上に混乱していたが、ようやく整理がつい
た。今からこの世界について教える。気をしっかり持て』
『この世界?』
 奇妙な物言いに首を傾げる間もなく、思考の奔流がオルバの脳に流れ込む。シャギアが
シンクロニティのレベルを、会話から同調まで引き上げたのだ。
 大量の情報を焼き付けられ、オルバは目眩を起こしす。
『理解したか、オルバ?』
『まあね。正直、信じられないけど――』
 クラクラする頭を抱え、乾いた笑みを浮かべながら、オルバは自分自身を納得させるよう
に答える。
『ここが、僕たちが産まれ育った地球と似て非なる、異世界だなんて』
 まるで、陳腐な三流SF小説を、無理矢理に読ませられたような気分だった。
『思ったより落ち着いているな』
『まあね』
 少なくともオルバにとって、いかに荒唐無稽であってもシャギアの言葉である以上、疑う事
など思いもよらなかった。

『それにしても、救いようのない世界だね』
 与えられた情報を咀嚼しながら、オルバは小さく頭を振る。
『人の革新を待てず、自らの手で産み出そうとした挙句、この有り様かい』
『だからこそ、導かねばなるまい。オールドタイプでも、コーディネーターとやらでもない、
真に優れた者がな』
 ソファー越しの背中合わせの姿勢のまま、全く同じ笑みを浮かべる兄弟。
 元より、自分たちの力を正統に評価しなかった――彼等の主観では――世界になど、
一片の未練も愛着も無い。そして、革新への階(きざはし)に足すらかけていない世界と
いうのは、二人の抱く劣等感と癒着した歪んだ自尊心を、心地良く刺激した。
『で、これからどうするんだい、兄さん』
『当面は、ジブリール氏に協力しよう。いつものように、な』
『OKOK。いつも通り、にね』
 含み笑いをしながら立ち上がったオルバが、棚から酒瓶を取り出す。かつて彼らが生
きていた世界では半ば伝説と化していた、アイリッシュ・モルトの逸品である。
「新たなる」
「我等の世界に栄光あれ」
 乾杯――
 喉を灼く酒精の熱さだけは、元の世界と変わらなかった。

  ○   ●   ○   ●

 月面のアルザッヘル基地は、前大戦でザフトの最終兵器ジェネシスによる戦略砲撃を受
けて壊滅したプトレマイオス基地に代わる、地球連合軍の宇宙における最大拠点である。
 軍用施設のみならず、大はMSや宇宙艦艇の大規模工廠、小は配属された十万を越える
軍人軍属及びその家族のための生活施設、といった各種設備を併設しており、基地というよ
りも巨大な都市のような印象すらあった。
 構造も非常に複雑であり、迷路のように入り組んだ区画の中には防諜その他の目的で、
公式には『存在しない』事になっているものも存在する。今、イアン・リー少佐が立つ第17番
ドックも、その一つだった。
「ようやく、完成か」
 感慨深げに呟きながら、リーは薄暗がりに横たわる巨大な影を見上げた。全長400メート
ル近い双胴の艦体は、スチールブルーに塗られている。
 特務戦闘艦ガーティ・ルー。リーが所属する第81独立機動群、通称『ファントムペイン』の母
艦として、極秘裏に建造された艦だ。
 外見から分かるように、前大戦で活躍したアークエンジェル級強襲機動特装艦の流れをくむ
艦である。だがアークエンジェル級を騎士の振るう大剣に例えるならば、さしずめガーディ・ル
ーは暗兵の携えた隠険だろうか。
「ふん」
 自分が艦長を勤める事になるフネの造られた目的を思い出し、小さく鼻を鳴らすリー。
 ファントムペインは地球連合軍内の遊撃部隊であると同時に、ブルーコスモスの私兵という二
面性を持っている。生粋の軍人であるリーは、いまだこの『胡散臭い』部隊にさほどの愛着を抱
いているわけではない(最新鋭艦の艦長職に就けた事は、素直に喜んでいたが)。
「ここにいたのかね、艦長」
 背後から声をかけられリーは振り返る。そこに立っていたのは、黒を基調とした軍服に身
を包んだ二人の士官だった。
「お早いお越しですな、シャギア・フロスト大佐、それにオルバ・フロスト少佐」
 背筋を伸ばし、敬礼するリー。
 僅か二年で事実上、ファントムペイン実働部門のトップにまで上り詰めたこの兄弟の素性
について詳しく知る者は、軍どころかブルーコスモスの内部にも少ない。そのため『火星か
らの亡命者』だの『異世界からの来訪者』だのといった、無責任な噂まで飛び交っていた。
 もっとも、リーにとって重要な事は、その謎の多い人物が自分の直属上官になった事なの
だが。

 と、ドックに無遠慮な声が響く。
「へー、これが僕たちの新しいねぐらかぁ」
「ほう、中々大したもんじゃないか」
「おっきな……おふね……」
 声の主は、青もしくは薄紅色の改造軍服を身に付けた、三人の少年少女だった。
「彼らは?」
 リーの疑問に、オルバが答える。
「ロドニア研究所の強化人間(エクステンデット)、例の作戦の要だよ」
 その言葉に、はっと姿勢を正すリー。
「例の作戦――ではいよいよ?」
「明日、我々の機体と子供たちの設備が届き次第、出港する」
「分かりました。では、艦の案内を」
 リーに先導され、シャギアとオルバはガーティ・ルーに向かう。振り向いたオルバが声を
上げた。
「スティング、アウル、ステラ、速く来ないと置いて行くよ」
「了解了解」
「へ〜い」
「すぐ、いく……」
 三者三様の返答で、三人は兄弟を追った。

 C.E.73年、前大戦の終結よりおよそ二年――本来のそれとは配役を変えつつも、新た
なる歴史の幕が上がろうとしていた。

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