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Z-Seed_657_第00話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 13:03:50

プロローグ

私は、用無しになってしまった。
カミーユはもう一人で、いや、二人で歩き出したから。彼の心の中に、私の居場所はもう存在しない。
ああ、本当の意味で私は死ぬのだ。そう……本当の意味で……。
ある意味、幸せなのかもしれない。精神が永遠に生き続けるのは辛い。けれど、何故こんなに淋しいのだろう。
生きたい。生きて、新しい命を謳歌したい。普通の恋愛をして、普通に結婚して、普通に子供を生んで、
そして普通に死んでみたい。
カミーユにはそんな人生が待っているだろうから、私がそうしたって彼は怒らないだろう。

腕はもげ、足は千切れる。文字通り自我が崩れ行く中である。
――私に、体が与えられたのは。

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「これ、三番テーブルのお客さんね」
「はぁーい」

店長から差し出された四つのグラスをトレイに乗せ、この店の目玉の一つである木造のテラスへ向かう。
ミラーに反射された日光が眩しく光っていた。テラスの白いプラスチック製のテーブルセットでは、学生らしき若い男たちが楽しげに雑談をしていた。

「お待たせしました。アイスコーヒーです」

音を立てないようにグラスを一つづつ置いていく。もちろん笑顔は絶やさない。
水を差されたのか、若い男たちの雑談は一時停止し、同時に私は舐め回すような視線を感じた。
いわゆる好奇な目である。
その原因は二つあった。一つには、この喫茶店の制服は巷で流行っているらしい給仕着であること。コルセットまで着けるという念の入れ方で、男性客からの評判が良かった。
もう一つは――

「かわいいね。お仕事終わったらお茶しない?」

――私自身である。
今回は後者らしい。思わず溜め息をつきたくなる。こういうことがよくあるのが最近の悩みの種だ。
こういった若者だけでなく、脂の乗った中年層にも似たようなことを言われるのだ。
酷いものでは、指を三、四本立てた客すらいた。けれど接客業というポジションに私はいるため、怒ることは出来ないので始末に悪い。

「気が向いたら」

このアルバイトをしていて良かったと思えるのは、のらりくらりと他人の発言をかわせるようになったことだ。
最初はこの類の客を怒鳴りつけたりして、よく店長に怒られていた。それでも店長は私を根気よく使ってくれ、感謝の気持ちで一杯だ。
何しろ、怒鳴るのが日常茶飯事だったのだ。一部の客にはウケていたが、今思うと本当に恐ろしいことをしていたと思う。
初めてのアルバイトであったが、言い訳にはならない。

「はい、お給料。今月はちょっとおまけしといたよ」
「ありがとうございます」

夕暮れ時、私は労働の対価を得て帰路に着いた。現在、アパートで一人暮らしをしている。両親は生まれた時からいない。小さな頃から施設暮らしで、両親の愛なんて知らずに育った。
けれどニュースを騒がすような不良施設ではなく、ごくごく真っ当な所だったので、自分が不幸だと思ったことはない。
アルバイトは施設を出た時から始めた。お金がなければ自立は出来ないし、夢も叶わない。

「誰だろう?」

アパートまであと少しといった所で、ポケットの電話が鳴った。見慣れた名前がサブディスプレイに映り、私は気軽に受話器ボタンを押した。

「やっほー」
『あっ、今暇かな?みんなで集まってるんだけど、来ない?』
「行く行く!何処にいるの?」

他愛の無い集まりでも、私にとっては何物にも変え難い。友達は大切だ。

『場所分かった?』
「分かったよ。今、行く」
『大丈夫かなぁ?フォウは方向音痴気味だから』
「寄り道が好きなだけだよ。
それに、名前で呼ばないでって何時も言ってるでしょ」

私は自分の名前が嫌いだった。心の底で親に捨てられたと思っているからかもしれないし、単に音感が嫌いなのかもしれない。理由は分からないが、嫌いなものは嫌いだ。

「じゃあまたね、キラ」

そう言って私は電話を切った。電話の相手はカレッジの友達。彼等が待つ喫茶店へと、私は駆け足で向かった。

――この時、私は知らなかった。これからやって来る運命を。
それだけじゃない。『自分自身』すらも、私は知らなかったのだ。

プロローグ 終

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