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Zion-Seed_51_第二部第8話

Last-modified: 2008-07-29 (火) 07:44:47

 連合とジオンが占領せんとするラガシュ基地では、2人の隊長格が言い争いをしていた。ひとりはルドルフ・
ヴィトゲンシュタインで、もうひとりはマーレ・ストロードである。

「敵がいるから出撃すると言うが、先の戦闘で負けたんだ。暫らく攻撃を見合わせたほうがいいのではないか」

 ルドルフは自身を華麗なる英雄こと“麗雄”と名乗っていた。専用機を自費で作った程の成金でもある。と
言ってもパイロットとしての腕は平凡で、エース格と戦ったことはない。自惚れで自己主張の激しい性格だが、
資産家に生まれたのを最大限に利用してラガシュ基地の強化に貢献をしていた。

「なにを言う。ナチュラルを目の前に、おめおめと隠れていろというのか。この臆病者がっ!」

 一方のマーレは元々カオシュン基地に属していた部隊の長である。水中戦闘のスペシャリストで、その腕は
モラシムに匹敵する程だ。だが、典型的なコーディネイター至上主義者で、ナチュラルを見下している。また、
同胞であっても能力のない者には嫌悪を表す性格だった。

「貴様、私を愚弄するか!」
「成金如きがよく言う!」

 2人の仲は親密ではなかった。ルドルフ自身はマーレを気にも留めてなかったが、彼がルドルフを見下して
いるのを知り、犬猿になったと言われている。
 結局、両者の意見は物別れした。マーレは艦隊出撃の命令を出し、ルドルフは完全無視を決め込んだのだ。
 マーレが部下達に出撃の命令を告げると、1人の男が席から立ち上がった。

「お待ちください」
「傭兵か……」

 マーレは言ったが、その声には一片の好意もなかった。彼はその男をナチュラルという理由で嫌っていたのだ。
 度重なる戦闘で疲弊した残党軍は、戦力の補充の為に民間軍事会社から傭兵を派遣する事にした。その傭兵
が“ウォーサーフ”という名で呼ばれる射撃の名手、レオンズ・グレイブスである。
 この男がラガシュに来た時、露骨に嫌な顔をしたのがナチュラル嫌いのマーレだった。ジオンとの戦闘でも、
レオンズが居たから負けたと言い張るさまは、被害妄想の粋に達していると言われている。

「ナチュラルが、なにか意見でもあるのか?」
「はい」
「ふん、言ってみろ」

 嫌々ながらマーレはうながした。

「これは罠です」
「罠?」
「そうです。艦隊をラガシュから引き離すのと、ラガシュの位置を特定する為の。出てはなりません。動かず
情況を見るべきです」

 マーレは不快げに鼻を鳴らした。

「出れば敵が待っている、戦えば敗れると言いたいのか貴様は!」
「そんなつもりは……」
「では、どんなつもりだ。コーディネイターである我々が、ナチュラル如きに負ける筈がない」

 レオンズに対する反感もあったが、事態を決定付けたのはルドルフの一言だった。

「どうかなマーレ君、彼の意見にも一理ある。やはり見合したらどうだ」
「ふざけるな! 直に艦隊を出撃させる!」

 マーレは断言した。
 やがてボズゴロフ級潜水艦4隻からなるラガシュ残留艦隊が出港を開始した。基地指令部では、モニターに
映るマーレの艦をルドルフが眺めていた。そして心の中で罵った。死んでしまえとか負けろとは思わなかった。
それは華麗とは懸け離れたものだから。

「まさかこれ程とはな、語るに足らん」

 一方のレオンズは、侮蔑を込めて呟き捨てた。そしてこの基地に得なしと判断するのだった。
.
.
――――第2部 第8話
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 海上を航行するアークエンジェルは、遂に敵機の襲撃を受けた。ザフト残党艦隊の待ち伏せを受けたのだ。
囮となるのだから敵部隊の攻撃が集中するのは覚悟していたが、いざ目の前にすると肩に震えがくる。

「全艦第1級戦闘態勢。全砲門発射準備、ヘルダート、アンチビーム爆雷、対潜魚雷を装填、艦尾発射管には
コリントスを装填。遠慮することはない、派手にぶちかませ!」

 そんな武者震いの中で、ナタルは戦闘を命じた。ジオンの潜水艦隊から注意の目を此方に向けさせるべく、
全兵装から弾幕の嵐が吹き荒れた。この熱烈な歓迎は、ザフト残党の動揺を誘った。奇襲に焦る様子もなく、
まるで自分達の存在に気付いてたように撃ってくるこの艦は一体何なのだ、と。しかし――

「ナチュラルどもめ、慌ててやがるぜ」

 それも一部の兵だけであった。大部分の残党兵は揶揄し、あざ笑った。コーディネイターであることが一体
感を生み、彼らに余裕という名の油断を誘ったのである。
 そんな砲撃戦に入る頃、格納庫では連合とジオンのMSが発進準備に取り掛かっていた。パイロットスーツ
に着替えたキラとトールも、自分のMSを見上げている。

「僕達は空中戦が中心だけど、トールは大丈夫? シミュレーションしか空戦経験ないでしょ」
「おい! これでも今日まで戦ってきた仲だろ。俺の腕の信じろよ!」
「信じてるよ。でも、今回は敵が多いからさ」

 これまで自分達は、少数による奇襲によって、常に先手を取って戦ってきた。それが今度は逆の立場で戦う
事になる。ジオンの支援を得てはいるが、連携が上手くいくとは限らない。果してこんな状況で生き残れるの
だろうか。不安がキラの脳裏を過ぎった。
 そんな2人の様子を見ていたのか、クランプが話しかけてきた。

「よう、何シケた面してやがる」
「お、お前は!?」
「びびってるのか? まぁ、誰でもそんな時はある」

 クランプの物言いにトールは気分を害した。だがクランプは気にも留めず話を続ける。

「まぁ、心配すんな。余裕があったら助けてやる。子供のお守りは昔から慣れてるからな」
「子供……貴方の?」

 確かにクランプ程の年になれば所帯を持っていても不思議ではないが。

「俺のじゃない。知り合いのだ!」

 照れくさいのかクランプは大声で否定しながら自分の機体へ去っていく。その姿に2人はキョトンとした。
どうやら自分達は元気付けられたようだ。キラは若干困惑しながらも、不器用な男の気遣いに勇気付けられた。
トールは、まだ敵意を剥き出しにしていたが。
 キラとトールは掌を打ち合わせると、自分の機体へと向かった。暫く待っていると、ミリアリアから出撃の
指示が来る。

「敵はディンが6機、下駄つきジンが12機、インフェトゥス8機、グーン8機よ。今は、アークエンジェルが
ゴッドフリートとヘルダートを乱射してるから敵の足並みは崩れてるわ。水中部隊はラル中佐が対処するから、
2人はセイラさんと空中部隊の相手をしてね」
「MSが26機に戦闘機が8機。これで第1波か……」
「第2派が来る前に出来るだけ数を減らさないと……」

 キラはストライクをカタパルトに移動させ、掛け声と共にストライクは発進する。
 ストライクと105ダガーは改良型エールパックを装着して大空を翔る。スカイグラスパーも両機に続いた。
ラル隊の面々も少し遅れて発進する。ラルのケンプファーとクランプのギャンキャノン、コズンとアコースが
乗るザク改はドタイに乗り、水中部隊の対応とアークエンジェルの護衛に付いた。

「戦闘機を出してきたということは、ディンの在庫は切れているな……」

 ラルが敵を監察しながら呟いた。

「この戦力なら相手にするには問題ないが、姫様を危険に晒すわけにもいかん」

 ドタイに乗ったケンプファーが空中を駆け、インフェトゥスと空戦を繰り広げるスカイグラスパーの援護に
入る。それを2機のインフェトゥスが撃ち落とそうと機体を旋回させるが、その隙を突いたセイラがビームを
放って1機を撃ち落す。もう1機もケンプファーがショットガンで仕留めた。

「姫様、ご無理はなさいませぬよう……」

 心配するラルを余所にスロットルを全開にして残りの敵機に向かうスカイグラスパー。ラルはそれに着いて
いきたい衝動に駆られる。ケンプファーの推進力ならそれが可能なのだ。

「いかんいかん。このランバ・ラル、戦いの中で戦いを忘れるところだった」

 だが、軍人としての自制心がその行為を押し止めた。自分の一応の任務はアークエンジェルの護衛なのだ。
それを放棄してセイラの援護ばかりを行っては連合だけでなくジオンにも不審に思われる。それに敵は第2波
を送り出してくるだろう。そうなればラルに出来るのは、1機でも多くの敵を撃破することでセイラの安全を
確保することしかないのである。

「この、邪魔だよ!」

 セイラが戦闘機を翻弄している一方、キラとトールはジンとディンの相手をしていた。2人にとってジンや
ディンにはそうそう負けることはない。だが、数の上で9倍を相手にするのは些かしんどかった。
 キラは向ってくるディンをビームライフルで撃ち抜く。トールのほうはジンを相手に奮戦していた。相手を
するうちに、トールも若干の余裕を持ち始めた。空戦の経験がなくても、グゥルに乗ったジンは105ダガーに
とって的でしかないからだ。
 だが、その余裕が隙を作ってしまう。ジンばかりに気を取られて、ディンに後方を取られてしまったのだ。
ディンの相手はキラがしてくれるという思い込みが、その存在を完全に忘れてしまったのである。

「しまった!」

 気付いたときにはすでに遅く、銃弾を回避することはできない。105ダガーの装甲はラミネート装甲であり、
防ぐことも出来なかった。
 やられる。そう思った瞬間、銃口を向けたグゥルは何者かの攻撃を受けて爆発した。
 振り返ると、そこにはキャノン砲を構えたギャンキャノンの姿があった。

「危なかったな、坊主!」
「!?」

 トールは目を白黒した。まさか、本当にクランプが助けてくれるとは思っていなかったのだ。

「ぼやっとするな。次が来るぞ!」

 クランプは安心するのはまだ早いとばかりに大声を上げた。
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               *     *     *
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 アークエンジェルが戦闘状態に突入したのと同時に、ラガシュ基地にも連合海兵隊が突入していた。潜水艦
を円状に繋ぎ合わせた中央、ドームと呼ばれた部分にMSごと突撃したのである。ジオンの突入部隊もそれに
続いて突入し、ドーム部は神速ともいえるスピードで制圧されていった。
 この連合とジオンの襲撃は直ちにルドルフに知らされる事となったが、彼はモニターに映る敵兵を前にして
右往左往するしかなかった。彼は一応基地司令なのだが、元はパイロットの出である。基地が発見され、襲撃
されるなど、しかも連合とジオンが共闘する状況など考えてもいない。
 終始、狼狽するルドルフだったが、暫らくすると事態を予測したレオンズの事を思い出した。直にレオンズ
を連れて来るよう部下に命じたが、何処を探しても姿が見えない。

「姿が見えないとはどういうことか!」
「申し訳ありません。もう暫らくの猶予を……」
「もういい。ナチュラルなどもう当てにはしない」

 マーレ程ではないがナチュラル嫌いであるルドルフは怒りに任せて部下に命令した。

「全ての隔壁を閉鎖してラガシュを分離させる!」

 このラガシュ基地は、緊急時はドーム部分を破棄する事で完全移動が可能である。そのおかげで今まで隠し
続ける事ができたのだ。だが、襲撃を受けている最中という状況下での分離・移動は経験が無く、彼の部下は
不安を口にする。案の定、モニターに映ったユーコンを見た途端、彼等は動揺し始めた。

「た、隊長。ユーコン級から通信です。読みます、“降伏せよ。抵抗は無意味だ”です」

 映し出された映像を見た彼等は、絶句してしまった。ユーコンではなく横を泳ぐハイゴッグの肩に描かれて
いる狼のマークに視線が集中したのである。

「あのマークは狼だぞ!」
「海の銀狼だ。ハルトマンだー!」
「に、逃げろー!」

 ザフト水中部隊にとって狼のマークは、“海の銀狼”の異名を持つハルトマンを思い描く代物だった。実際は
闇夜のフェンリル隊のトレードマークなのだが、この誤解がルドルフを焦らせる。

「反撃だ、反撃しろ。それから分離を急がせろ」
「お、お待ちください。このタイミングで分離するのは危険です」
「う、うるさい。敵艦は4隻、こちらは6隻だ。最低でも2隻は逃げ切れる」

 それを聞いた彼の部下達は“ダメだコイツ、早く何とかしないと”と頭を抱える。

「それからマーレを呼び戻せ! 何処までも使えん奴め!」

 猪武者のように飛び出していったマーレを恨みながら、ルドルフは叫ぶしかなかった。銃撃戦の音が次第に
大きくなると、部下が悲鳴のような声を上げる。そしてルドルフを降伏するよう説得するが、彼はそれに沈黙
で答えるのだった。
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               *     *     *
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「ラガシュが襲われただと!」

 マーレは部下の報告に歯ぎしりをしながら唸る。ルドルフの懸念が当ってしまったのだ。ルドルフに戦況を
読まれていた事は屈辱的だが、それ以上にレオンズの言っていたのが当っていたのに怒りを覚えた。

「ええい、ルドルフの奴め、何をしていたんだ!」

 一先ず、ルドルフに八つ当たりする。ナチュラルなど考えたくもなかった。
 ラガシュ基地襲撃の情報によってマーレは決断をしなくてはならなくなった。アークエンジェルへの攻撃を
中止して救援の為に基地へ戻るか、このまま攻撃を続けるかだ。真っ当な指揮官ならば、アークエンジェルは
囮であると気付き、基地へと急行するだろう。ところがマーレは違った。

「早急に敵を叩き、基地に急行する」
「隊長、ここは後退するべきです」
「後退? ナチュラルを目の前にして逃げろというのか!?」

 アークエンジェルが囮なのは理解していたし、基地への救援の必要性も十分理解していた。だがそれ以上に、
目の前のナチュラルの艦から尻尾を巻いて逃げるのを嫌ったのである。

「全MSを出撃させろ。私も出る、ゾノの準備をしておけ!」

 マーレはそう怒鳴ると、自らも海中へと身を躍らせた。
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               *     *     *
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「ウォンバット、ヘルダート発射!」

 アークエンジェルの艦橋では、ナタルが必死になって敵の攻勢に対応していた。ミサイルが一斉に発射され
次々に敵機を叩き落としていく。ここまでは順調に思えた攻防だったが、ロメロ軍曹からの報告が艦橋に動揺
を与えた。

「艦長、新たな敵影です……って、こんなに!?」

 MSが24機、戦闘機が16機という戦力がアークエンジェルに向けられたのだ。

「いかんな、数が敵の数が多くなってきた」
「拙いですよ、このままではジリ貧です」

 既にジオン艦隊はラガシュ基地を特定している頃だろう。そうなれば敵は撤退するものと想定していたが、
それどころか攻勢を強めている。これでは苦戦は否めない。特に敵戦闘機を一挙に引き受けていたセイラは、
既に5機のインフェトゥスを撃墜していたが、そこに更なる増援が来るとなると苦戦どころかやられかねない。

「CIC、敵母艦の位置を割り出せたか」
「もう出来てます!」
「よし。マス伍長、聞こえるか?」
「聞こえます」
「CICから敵母艦の位置を教える。沈めて来てくれ」

 ナタルはセイラに対艦攻撃を指示した。キラ達の負担が増えるが、速度と航続力があるのはスカイグラスパー
しかない。海中からはゾノとグーンの攻撃が続いており、艦艇部のイーゲルシュテルンでは捕らえきれない。
ラル達を外す訳にはいかないのだ。

「バリアント、てぇ−!」

 110cmという馬鹿げた口径のリニアカノンが放たれ、水中にいたグーンが破壊される。だが、その威力に怯む
ことなくアークエンジェルに突っ込んだ機体があった。マーレのゾノである。海中からトビウオのように飛び
上がると、近接戦闘用クローで右舷のバリアントを破壊する。

「くっ! CIC、あのゾノを何とかできないか!?」
「無理です。速すぎます!」

 ラル隊も爆雷を当てようと動いているが、マーレのゾノはエースの動きでそれらを回避していく。本来なら
ラル隊にもハイゴッグが配備されている筈なのだが、ラガシュ基地占拠を優先させる為に、全てフェンリル隊
に回されていた。これでは流石の青い巨星も手が出ない様子だ。
 そんな様子を見ていたトールは、アークエンジェルになにやら呼びかける。

「ええ、トールどうしたの!」
「何だ。どうした?」
「105ダガー、着艦すると言ってます」

 ミリアリアの報告を聞いて、ナタルは目を見開いた。椅子から腰を浮かし、トールに声をかける。

「ケーニヒ伍長、何があった。被弾したのか!?」
「違います。ソードストライカーに装備を変えるんです」
「何だと?!」

 厄介なマーレのゾノを見たトールは、上空からの攻撃ではマーレを捉えられないと判断した。

「お前に出来るのか。どうせならストライクの方が適任だろう」
「キラを上空援護から外すのは危険です」

 確かにその通りだ。セイラが対艦攻撃に向かった事で、敵航空戦力をキラとトールの二人で対処しなければ
ならない。仮にキラをマーレにぶつけた場合、トールは一人で戦う事になる。ラル隊の援護があるとはいえ、
もちこたえるのは難しい。それに対してキラの実力なら援護を受けなくても戦えるだろう。
 思考の結果、トールの案を受け入れる事にしたナタルは、ラル隊へ詳細を伝えさせる。

「何だと、もう一度言ってくれ!?」

 ナタルの決断を聞いたラルは、思わず聞き返した。今回の場合、自分は囮なのだから、敵を殲滅する必要は
無い。時間をかけさえすればラガシュを占拠したガルマが救援を寄こすだろうし、最悪の場合でも後方に待機
しているレセップスに連絡を取ればいい。

「分かっています中佐。ですが我々の目的は敵基地の占拠なのです。その為にも、ガルマ司令には基地占拠に
集中してもらいたいのです。それからレセップスは安全海域にいます。救援には間に合わないでしょう。中佐
は105ダガーの援護を優先にしてください。こちらは弾幕を張ります」
「だからと言って、あの小僧を海に落とすのは無謀だぞ」
「ケーニヒ伍長はマルコ・モラシムを一度退けています」

 地上で、とは言わなかった。ナタルはただラルを納得させたかったのだ。
 そんな言葉にラルは「ほぅ」と感心していた。モラシムの名はラルも知っている。それをトールが退けたと
なるとナタルの判断もあながち間違いとはいえない、そう考え、ナタルとトールの評価を変えさせた。

「……いいだろう。了解したぞ」

 そして部下に合図を送り、周囲にいるグーンから掃討にかかった。
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               *     *     *
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 換装を済ませたソードダガーが海中へと飛び込む。機体を包むように泡が上がり、一瞬だけ視界をさえぎる。
トールはゆっくりと周囲を見渡した。流線型の機体――グーンが迫るのが見える。冷静にシュベルトゲベール
を抜き放つと、体当たりしてくるグーンに剣を一閃した。
 嘗てオーブでストライクが水中に引きずりこまれた教訓から、アークエンジェルではソードストライカーに
よる対水戦闘訓練を義務付けていた。その為トールは平静を装えた。いきなり水中戦闘を行えば、彼は不安と
恐怖に押しつぶれていただろう。
 続けて数機のグーンがソードダガーに群がり始める。そこにラル隊が爆雷を投下した。

「雑魚は俺達で片付ける。お前は大物を狙え」
「分かってますよ!」

 クランプの激励に応えるように、トールはマーレのゾノと向き合った。
 一方のマーレはトールの行動に怒り狂った。愚鈍なナチュラルが水中専用でもない機体で自分に挑んでくる。
コーディネイターとしてのプライド高いマーレには許せない行為だった。
 マーレのゾノは胸部をソードダガーに向け、533mm六連装魚雷を放つ。トールはハッとして身をかわした。
その間にゾノは一気に距離を詰め、クローを叩きつけた。ソードダガーは辛うじてシュベルトゲベールで防ぎ、
そのまま応戦するが、あっさりとかわされ体勢を崩される。ゾノは隙を逃がさず、腕部のフォノンメーザー砲
をソードダガーに向けて放った。

「ぐあっ……!」

 胴体部への直撃は避けられたがダメージは少なくない。ラミネート装甲も、音のレーザーと言えるこの攻撃
に対しては無効になるのだ。

「守ったら負ける。攻めろ!」

 トールは突っ込んでくるゾノを間一髪でかわし、すれ違いざまにパンツァーアイゼンを発射した。アンカー
はゾノに引っかかり、捕らえる事に成功する。後は近づいてシュベルトゲベールを突き刺すだけだが、予想に
反してゾノのパワーは強かった。ゴッグ程とはいかないが、ソードダガーと互角かやや上である。
 綱引き状態になって十数秒、ゾノが力を抜いた。突然引かれる力が抜け、ソードダガーは後方へ体勢を崩す。
 
「一思いには殺さんぞ!」

 その隙に、ゾノはクローでソードダガーの脚を掴むと潜行し始めた。

「何だ、どうするつもりだ?」
「お前の機体がどれだけの水圧に耐えられるか実験してやる!」

 聞いたトールは顔を青くした。ソードダガーは汎用機であり、強い水圧には耐えられるよう造られていない。
ソードダガーは必死にもがくが、ゾノのクローがガッチリと掴まれ、引き剥がす事ができない。シュベルトゲ
ベールでゾノを狙っても、その度に振り回され、狙いが定まらない。

「そんなMSで水中に入ったのが貴様の敗因よ!」
「だったら!」

 トールはシュベルトゲベールを掴み直し、自機の脚に突き立て脱出を計った。ゾノではなく自分の脚ならば
狙いを外す事はない。だがそうと解ると、今度はソードダガーの背後に回りこみ頭部を掴んだ。衝撃をこらえ、
モニターを見直したトールは、画面一杯に映し出されたゾノの掌部で、照準のレーザーが緑に光るのに気付き、
ゾクッと身をすくめる。

「遊びは終わりだ、死ねナチュラル!!」

 絶体絶命の状況だが、トールは諦めなかった。素早くマイダスメッサーを取り出し、ゾノの腕部をビームの
刃で切り裂いた。

「うああぁぁぁ!!」

 ゾノを振り払い、体勢を立て直す事もせずにマイダスメッサーを突き立てる。が、寸前でギリギリかわされ、
致命傷に至らない。逆にもう片方のクローをソードダガーに叩きつけるゾノ。一度、二度、三度と顔面を殴り、
メインカメラを破壊した。

「これで目を潰した。終わりだぁー!」

 ソードダガーにはソナーは着けられていない。目と耳のない状態にされたトールはまな板の鯉同然だった。

「くっ……ミリィー!!」

 ミリアリアとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。今度という今度はトールも死を覚悟した。しかし待てど
暮らせどゾノの攻撃がこない。
 一体どうしたのか。また自分を弄ぶつもりなのか。そんな事を考えていると通信が入った。

「ケーニヒ伍長、無事?」

 トールの耳に入ったのはジェーン・ヒューストンの声だった。
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               *     *     *
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「遅かったじゃないか、シュマイザー」
「どうやら間に合ったようだな、ラル」

 旧知の2人がそう呟いたのはほぼ同時刻だった。
 ジオンの主力戦闘機ドップがインフェトゥスの背後を取る。インフェトゥスは引き剥がそうとするが、空戦
能力に秀でたドップを振り切る事ができない。グーンの群れにも、ハイゴッグがピラニアのように攻め立て、
次々と駆逐していく。

「ジオン艦隊なんだな、間違いないか」
「はい、ヒューストン少尉の機体も確認しています!」

 アークエンジェルを囲む様に展開するドップの編隊にナタルは立ち上がる。CICでは歓声が上がっていた。

「バカな、もう占拠したのか」

 ナタルが信じられないのも無理はなかった。ガルマの指揮する部隊は僅か2時間でラガシュを制圧、最低限
の戦力を残してアークエンジェル救出に駆けつけたのである。神速ともいえる一連の行動に、ナタルは開いた
口がふさがらなかった。
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               *     *     *
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「こいつは戦闘と呼べるものではありませんな、閣下。一方的な虐殺です」

 ガルマの傍らでスクリーンの情景を見ていたハルトマンが、大きなせきをしながら言った。

「そうだな。ザフトの悪い真似を我々がすることはない。中佐、彼らに降伏を勧告してみてくれ」
「分かりました」

 この降伏勧告を聞き、大半の残党兵は白旗を上げた。ジオン艦隊がここにいるということは、ラガシュ基地
が占領されているのと等しいのだ。帰る場所のない彼らは投降するか死しか道がない。
 しかし、中には現実を見据えない者もいる。

「降伏だと!? ナチュラルごときが……!!」

 マーレもそうだった。ジェーンの攻撃で致命傷を負いながらも、しぶとく生き延びていた彼は、もう周りが
見えなくなっていた。

「返答がありました。例え死のうとブルーコスモスに頭を下げる事敵わん」
「…………」
 
 黙って髪に触るガルマの姿に、ハルトマンは怒っているように見えた。実際、ガルマは怒りを覚えていた。
確かに父はブルーコスモスにいた。だがそれは今の野蛮な組織ではなく、環境保護団体だった頃の話である。
大体、イセリナと姉の次に大事な父を、侮蔑するような物言いはなんなのだ。

「敵MS3機、突入してきます」
「撃て」

 ガルマの合図でユーコンとフェリル隊のハイゴッグから魚雷が、ラル隊のドタイから爆雷が落とされた。
.
               *     *     *
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 ジェーンに助けられたソードダガーは、損傷した事も重なり、そのままラル隊によって吊り上げられていた。
機体はアークエンジェルへと運ばれる。トールは格納庫についてようやくコックピットから解放された。

「生きてるか坊主」
「な、なんとか……」
「全くたいした奴だ。偉いぞ」

 クランプは座り込むトールの頭を撫で賞賛した。不利な状況で専用機でもないのにも拘わらず、エース級と
戦って生き残ったのだ。彼らにしてみれば良くやったというところだろう。
 頭をクシャクシャにされたトールは何も言わなかった。助けられたのが利いたのか、少しはクランプに心を
開いたのかもしれない。

「あんまり褒めないでください。トールは直に自惚れるんですから」
「そりゃあ、キラの事だろう!!」

 そんなキラとトールの光景を見たクランプが、ぼそりと言う。

「そうなると俺達に有利になるかもしれないな」

 何の事か分からないトールは首を傾げたが、横で聞いていたキラは「あっ」と呟き、気が付いた。
 彼らはジオン軍、休戦中とはいえ敵軍の軍人だ。情勢しだいで、自分達は彼らと戦わなくてはいけなくなる。
其の時、彼らは問題なく引金を引くだろうが、トールは引金が引けるのだろうか、自分は……?
 そこまで考えたキラは、不意にアスランの事を思い出した。レセップスでよく似た声の人に会ったが、彼は
今何をしているのだろうか。プラントは占領されたのだから、今は軍を離れたのだろうか。それともジオン軍
に居るのだろうか。もし軍に居た場合、また戦わなくてはならないのだろうか。
.
               *     *     *
.
 その頃、大西洋連邦では珍しくアズラエルが仕事をしていた。ビクトリア基地奪還が達成した事で、マスド
ライバーで打ち上げる艦のリスト作成である。MS搭載能力を加えたアガメムノン級、砲戦の主力ネルソン級、
数合わせのドレイク級などなど、宇宙艦隊復活に向けてやらなくてはいけない仕事が他にも山程あった。

「うーん、やはりビクトリアだけでは全艦を打ち上げるのに時間がかかりますね」
「仕方ありません。パナマの修復にはまだ1ヵ月半はかかりますので」

 ここで時間をかけるのはジオンとの戦争に響いてしまう。何か良い手はないものかと思考を積み重ねる中で、
アズラエルは不意に民間に造らせた施設を思い出した。

「そういえばギガフロートってどうなりました? マルキオが造ると耳にしてそれっきりなんですけど」

 ギガフロートとは浮体構造物として移動能力を有している人工島である。全長は数10キロに及び、民間の
マスドライバーを備えている。マルキオ導師の依頼によってジャンク屋組合が建造したものだ。

「もしこの施設を接収できれば、かなり楽になるんですけどね」
「暫しお持ちを…………どうやらオーブにあるようですね」

 良いイメージのない国の名に、アズラエルは顔を顰める。

「まあいいです。使えるなら使いましょう。ついでに、カーペンタリア攻略時、領海を通過する許可もいただ
きましょう。それぐらい応じるでしょう」

 こうしてアズラエルの一声で、連合軍はオーブ政府に連絡を取った。
 ところがこの数日後にアズラエルが耳にしたのは予想を反した報告だった。

「ギガフロートがないって、そんな馬鹿な……」

 なんとオーブ政府はギガフロートの存在を確認していないと言うのだ。

「ちゃんと確認したんですか? それと海域の航行許可のほうは?」

 サザーランドは静かに首を振る。

「何故……?」
「オーブの理念に反すると言っております」

 報告するサザーランドも困惑している。そりゃあそうだ。言ってる意味が分からないのだから。
 オーブは理念の一つである「他国の戦いに介入せず」の事を言っているのだろうか。こちらは、ハワイから
カーペンタリアに向かう為に、途中のオーブを迂回しては燃料の無駄遣いなので、領海内を通過する許可が欲
しいだけなのだ。オーブに何かをしろといった要求はしていない、というか微塵も期待していない。
 他の理念も同様だ。これはオーブへの侵略ではないし、他国への侵略でもない。プラントは負けているので
各地に潜伏するザフト残党は、ただの武装集団でしかない。彼らと戦うのは戦争行為でもなんでもないのだ。

「一体何なんですか? オーブはテロ支援国家ですか!?」

 アズラエルは髭面の元代表に殺意を覚えるのだった。