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Zion-Seed_51_第36話

Last-modified: 2007-11-19 (月) 18:23:35

 オデッサ作戦は、その名をオデッサ撤退作戦へと変更された。
 “撤退”と言葉にすれば簡単そうに見えるが実際はそうではない。
 第1軍の損害は全体の約五割。それでも戦力はジオン軍をやや上回るが、大半が通常兵器であり、MSの数は
50機に満たない。先の戦闘で傷ついた軍人もいる。一軍を全て撤退させることは並大抵のことではないのだ。
 さらに状況を悪化させる要因がある。

「我が軍の進行方向にジオン軍です」

 ユーリ・ケラーネの欧州方面軍が、ハルバートンを逃がすまいと陣取っているのだ。

「こちら残存兵力は実質四割。正面突破は難しいでしょう」
「逆にあちらさんは可能か……」

 敵軍は散開していた各部隊を集結させ、密集隊形を作っていた。
 どうやらケラーネはハルバートンの乗るハンニバルまで中央突破を計るつもりだ。

「自分が招いたこととはいえ、さすがにきついな」

 絶望的な状況にハルバートンは目眩がした。
 もし、ここが宇宙なら世界樹戦役と同様の方法で逃げることが可能だったろう。しかし、ここは地上なのだ。
山があり、谷があり、川がある。ジオンのトラップもあるだろう。軍を分けることは可能でも、簡単に撤退す
ることはできない。全てが遅すぎたのだ。
 残された道は玉砕か降伏しかないのか、そう思われていたとき、ハルバートンとケラーネ両指揮官にとって
は予想もしない事態が起きた。




――――第36話






 ジオン陣営では援軍としてやってきたゲイツ大尉が訓示を行っていた。

「いいか! お前たちはドタイに乗り敵航空戦力を削ぐための先鋒を命じられた。命を懸けて敵戦力を殲滅し、
公国を勝利へと導くのだ!」
「一つよろしいですか?」

 手を上げたのはバルク大尉だった。階級は同じだがゲイツが先任なので敬語になっている。

「大尉の部隊は動かないのですか?」
「我がドム隊は最速の部隊だ! 後方に陣取り、状況しだいで前に出る!」
「しかし、ドムの機動性ならば、一気に敵旗艦を落とすことができます」
「何が言いたい?」
「戦力の出し惜しみは如何なもの……」
「バルク大尉。私は上の命令を伝えただけにすぎん。それともなにか? 欧州軍は我々がいなければまともに
戦うことも出来んのかな」

 ゲイツは言うが、完全に話のすり替えである。
 彼は元々マ・クベの部下であり、ケラーネに命令権がないため、独自に判断しろとしか言われなかった。が、
だからといって後方に待機は理不尽だ。これでは戦力を出し惜しみしていると見られてもしょうがない。
 ゲイツは言うだけ言うと、ドムのある格納所に行ってしまった。

「何なんですかアイツ!!」
「そう怒るな。ああいった軍人もいるってこった」
「でも、親父さん。こんなことなら砂漠のほうが良かったですよ」
「ブラウン軍曹、我々は我々で行うべきことがある。今は愚痴ってないで機体の確認をしろ」
「も、申し訳ありません、大尉」

 そんなバルク隊を含む航空部隊が連合軍に向けて飛び立つ。その中にはケラーネの乗るガウ攻撃空母もある。
地上では随時機甲師団も動き始めた。
 その光景を見ていたゲイツは吐き捨てるように言う。

「ふん……貴様らは与えられた命令に従っていればいいのだ」

 吸っていたタバコを投げ捨てると、慌てた様子の部下に気づいた。

「どうした。何を慌てている?」
「敵が、後方に敵が……!」

 次の瞬間、赤い光がゲイツの意識を飲み込んだ。






 ――この10分前。
 傷ついたドミニオンとアークエンジェルはケラーネ軍の後方約1キロのところに隠れていた。

「艦長、そろそろです」
「分っている」

 ナタルが考えた打開策とは第1軍との合流だった。
 敵はこちらの作戦を見抜いている。そのことを一刻も早くハルバートンに知らせなければならない。
 そのため、ミンスク攻略を破棄してそのまま南下していた。

「準備完了。後は合図だけです」
「リー少佐、指揮をお願いします」

 幸いなことに追撃はなかったが、損傷したドミニオンが速度を出すことができず、ウクライナ国境に着いた
頃に第1軍はオデッサ攻略に動いていた。そして決断を迫られたのである。

「いや君が執りたまえ」
「し、しかし……」
「この作戦を考えたのは君だ。君がやるのだ」
「……了解しました」

 このとき、彼らは撤退することもできた。

「両艦、全速前進!」

 しかし、第1軍を犠牲にした生還など、望むものはいなかった。

「目標、ジオン欧州方面軍!」

 たった2隻による敵軍への攻撃。
 無謀ではあるが一つだけ勝算がある。

「ローエングリン発射用意!」

 それはローエングリン砲を撃つこと。
 幸いなことに敵軍は密集しており、今撃てば敵の大半を殲滅できる。
 いくら屈強な欧州方面軍とはいえ、ハルバートンの指揮する軍勢と、ローエングリンを搭載したAA隊との
挟撃を受ければ、壊滅しなくても活動不能に陥る可能性は大。運がよければ撤退してくれるはずだ。
 だが、それを実行するには覚悟が必要だった。
 ローエングリンの大気圏での使用は放射能を撒くことを意味する。過去に、ナタルは一度だけ発射したこと
があるが、その時は連合に加盟していないアフリカでだった。今回はジオンに占領されたとはいえユーラシア
連邦領土で撃つことになる。それが意味するものは……。
 ノイマンは静かに、そして淡々とナタルに聞いた。

「艦長……本当にいいのですね?」
「構わん!」

 それでもナタルの覚悟は決まっていた。

「ローエングリン、1番、2番発射ッ!」

 そしてアークエンジェルから二筋の赤い渦が放たれた。
 呼応するようにドミニオンからも発射される。
 四つの赤い光は一瞬にしてジオン軍を飲み込んだ。避ける暇もない。強大なエネルギーの前に成すすべも
なくザクが溶かされ蒸発していく。ギャロップはカーゴに搭載している爆薬に引火し大爆発を起こした。

「敵、二割方消滅!」

 それでもナタルは気を許さなかった。
 直ちに第二射の用意を命じると、MS隊の発進準備を指示した。






 己の後方部隊が壊滅していく姿にケラーネは衝撃を受けていた。

「まだ予備兵力が?! そんなバカな!」
「これは……コードネーム“木馬”です」

 アークエンジェルの存在など知らされていなかった所為か、思わぬ伏兵の存在に信じられない様子だ。

「少将! 攻撃を受けた一帯が放射能に汚染されてます」
「あんだと! 連中は南極条約を破ったのか?!」
「第二射来ます!!」

 轟音と共に赤い光が再び部隊を飲み込んだ。
 今度は各隊が警戒していたので被害は減らせたが……。

「あれは核兵器というより放射能兵器に部類されます。条約には抵触しません」
「……狂ってやがる」

 しかし、奴らはハルバートンを救う為に撃ったのだ。同じ立場に立たされた場合に、ケラーネ自身はどんな
判断をするだろうと自問自答した。

「いや、俺でもそうするか」
「ハルバートンの軍勢が動きました!」
「木馬からMSが発進します!」
「迎撃しろ!」

 この指示を受けて一部の航空隊が進路をアークエンジェルに向けた。
 状況はまだ五分だが、自分達がやっていた包囲戦を敵にやられる形になっている。

「仕方ねえが、ここは退くしかねえか?」




「エド、機体はエールだろうな!」
「はいはい、つけてますよ」

 ムウの問いにエドは仕方なくといった表情で答えた。
 前の戦闘でエールストライカーを指定されたにもかかわらず、勝手にソードストライカーで出撃したことが
レナの耳に入り、彼女の特別なお仕置きを受けていたことあり、もうあんな目は御免だ、とばかりにエールで
出撃している。

「俺の目がある以上、勝手な真似はさせんからな」
「少しは信用してくれたっていいでしょう?」
「信用してるさ……来たぞ!」

 前方からドップの編隊が迫る。
 引き付けようとしたモーガンの横をビームが走った。ゼロの乗るストライクが先走って撃っている。

「ムラサメ少尉、早いぞ!」
「うるさい! 落とせばいいのだろう!!」
「ムウさん。どうするんです?!」

 キラも含めて混線する通信にムウは苛立ちながら叫ぶ。

「ええい! 全機、散開!」

 その声を待っていたエドは、早速ドップを狙い撃つ。
 しかし、相手は練度は高いらしい。いとも簡単に避けられた。

「おっと。そうはいかんよ」

 エドは突破を計るドップを、あろうことかエールパックの翼で切り裂いた。
 この戦闘法は彼が南米の空軍時代に使っており、見事ディンを落としている。
 
「エドーッ! 迂闊だぞ!」
「おっしゃあ! 次はどいつだ!?」
「人の話を聞けー!」




「デュエルの乗り心地はどう?」
「いいわよ。ヘリオポリスのと比べたら格別ね!」

 ライフルでザク2機を血祭りに挙げながら、デュエルダガーに乗ったクリスは答える。
 ナタルはこの戦闘でのパイロットの役割を一新させていた。
 テストパイロットのクリスをデュエルダガーに乗せ、ジェーンと共に後衛を任せる。サイとトールも同様だ。
 キラ、ゼロ、モーガン、エドは前衛を、レナとジャン、そしてムウは中衛、セイラ他2名は上空に置いている。
 全体的な統率は、強力なセンサーを備えたイージスに乗るムウが行っていた。

「キラとモーガン大尉は左翼のドタイを頼む。エドとゼロは……死なない程度に頑張ってくれ。レナ、悪いが
二人のサポートを頼む。キャリー中尉もだ」

 少ない戦力にジオン側が戦力を小出しにしたこともあってか、このフォーメーションは上手く機能していた。
 さすがに大軍を相手にすることはできないが、一個大隊並の戦力なら十分に相手取ることができる。
 ジオンのエースには負けてしまったものの、やはり彼らもエースだった。普通の兵では相手にならない働きを
している。そうなるとジオン側もエースを投入しなければならなくなる。

「サイとトールはあんまり前に出るなよ。それと……!」

 精密な射撃がイージスを襲う。
 ムウは機体を反転させ回避すると、ライフルで牽制した。

「よく避けたな。私には四散するお前の機体が見えたのだが」
「その胸のマークは確か……!」

 ダブルアンテナを装備した指揮官専用のザクキャノン、そして胸部には“スパイダー”のエンブレムマーク。
 ジオンがよくプロパガンダに使うエースパイロット、イアン・グレーデン中尉だった。

「見えるぞ! お前の意思の光が!」
「くっ!」

 強敵の登場に、ムウは指揮どころではなくなってしまった。
 
「レナ、暫らく指揮を取ってくれ!」
「了解。早く片付けなさいよ!」

 指揮権が変わってもやることは変わらない。前衛を抜けた敵機の破壊が中衛の目的だ。
 バスターダガーの火力を存分に引き出しながら、レナはミサイルの雨を突破した数機のグフに浴びせる。
横では、ジャンのデュエルダガーがザクを戦闘不能にしていた。

「……キャリー中尉」

 ジャンの戦い方を目にしたレナは思わず呼びかけた。
 ――不殺主義
 決してコックピットを狙わない戦闘方法は、常にMSの両手両足、もしくは武器を限定した攻撃である。
対象に正確に攻撃を加えなければならないので、相当の技量が必要だ。
 そんなジャンの技量に、レナは敬意を払いつつも、別のところで軽蔑していた。

「どうしました?」
「いえ、何でもないわ。後にしましょう」

 今はそれどころではない。そう自分に言い聞かせ、レナは別の標的を狙った。




 ムウは確実に、グレーデンが攻撃の際に放たれる意思を感じ取っていた。 

「感じる、強い力を。しかし!」

 グレーデンはニュータイプと噂されるパイロット。彼もムウからのプレッシャーを感じとる。
 ムウの動きを、意思を読み取り、肩のキャノンを的確に発射していく。
 それでもイージスはその砲弾をひとつ、またひとつとかわす。

「左!? い、いかん!」

 ムウはグレーデンよりも先を読んでいた。確実にイージスが攻め立てる。
 何発かマシンガンが当たるが、PS装甲が弾いた。

「押される、押されている!」
「そこっ!」

 すれ違いざまの一撃がザクキャノンの頭部を切り裂いた。
 視界を失い焦るグレーデンの機体に、イージスは振り向きざまにライフルを構えたが、

「貰……って、電池切れだぁー?!」

 その瞬間にイージスのPS装甲はダウンし、鮮やかな紅色は灰色へと変貌した。
 戦闘に集中していたため気づかなかったのか、考えていた以上にエネルギーを消費していたようだ。
 通常ならば丸腰の状態でピンチなのだが、グレーデンも引き際を弁えていた。

「ここまでだな……勝負はお預けだ!」

 奴は只者ではない、と内心で思いながらザクキャノンは後退していった。
 この後ケラーネは、ローエングリンを警戒して軍を分散させたが、そこに紡錘陣形で一転中央突破を謀った
第1軍がなだれ込んだことにより、ケラーネ軍は左右に分断されることになる。
 結局、挟撃を受けたケラーネは撤退を決断。第1軍は辛くも敵包囲網を脱出した。
 このほぼ同時に、ハンニバルからの通信がアークエンジェルに繋がるのだった。




「助かったよ。貴官らがいなければ、我が軍は全滅していた」

 ハンニバルの艦長室で、コープマン大佐は撤退作戦の要となったナタル、リー両士官と対面していた。
 感謝の言葉にナタルは困惑しながら、場にいないハルバートンの安否が気になった。

「提督はご無事ですか?」
「……休んでおられる」

 戦闘が終わるとハルバートンは倒れた。これまでの激務がたたったのだろう。
 G計画を立案・実行し、ジオンに負けないMSを開発した。そして軍の主流派をまとめ、ユーラシア連邦と
共闘し、一斉反抗の第一歩となるオデッサ作戦までこぎ着けた。作戦は万全を喫して実行されたはずだった。
それでも現実は非情なものである。まさか完膚なきまでに敗北してしまうとは。

「今は、休ませておこう。これからのことを考えるとな」

 ハルバートンの心境を察したナタルは自然と頭を下げていた。

「我々は当初の目的を果たせませんでした。どのような言い訳しても済まされることではありません」
「気にする必要はない。あれは怪我の功名だ。おかげで我々は生き残れた。それでいいじゃないか」
「しかし!」

 結果的にアークエンジェルとドミニオンは、作戦外の行動を取ったことになる。事前にリーが確認をとって
いたが、当初の予定通り事を運んでいたら、オデッサには連合の旗が立っていたかもしれない。
 ナタルは責任感からかどのような処遇も覚悟していた。

「では、バジルール特務大尉のアークエンジェルには殿をやってもらおう。リー少佐は構わんぞ。ドミニオン
の様子では難しそうだからな」
「「ハッ!」」

 こうしてオデッサ撤退作戦は成功に終わる――筈だった。
 この時、遥か上空の雲の上に1隻の戦闘艦がいることを、連合軍の誰もが気づくことはなかったのである。
新造艦で大気圏への突入能力と巡航能力を持つ、アークエンジェルに近い用兵思想で造られた戦闘艦。

「選り取りみどり。どれから殺ろうか。どれから……」

 その艦の名前はリリー・マルレーンと言った。