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seed restructures_01_ラクス・クライン

Last-modified: 2014-06-07 (土) 14:46:52

夕日が空を真っ赤に染めるころ、静かな浜辺にひとりの少女の姿があった。
彼女の足元には細かい紙片が散乱している。
いったいこんな時間に、彼女は何をしているのだろう。
いや、何もしていなかった。
彼女はただ立っていた。
夕日に向かって、立っていた。
その瞳には輝く太陽が映りこんでいたが、彼女は目を細めようともしていなかった。
風に揺られた髪の毛が彼女の頬を刺激しても、彼女は手で押さえたりしなかった。
紙片のほとんどが波にさらわれる頃、彼女はようやく動き出したのだった。

 
 

その日も、私はいつもと同じように子供たちを連れて浜辺に来ていました。
毎日海にきて遊んでいるというのに、子供たちは少しも飽きるそぶりを見せませんでした。
その日も私は、はしゃいでいる子供たちを見ながら、木陰でぼんやりと考え事をしていました。

 

二年前の戦争はもう過去の出来事でした。

 

私が戦場にいたことが今では信じられません。
この世界が戦乱にあったこともそうです。
それらはすべて、忘れてしまいたいことですけれど、れっきとした事実。
私も参加してしまった戦争でどれほどの人がなくなってしまったのでしょう。
私の決意によってどれだけの人に死が訪れたのでしょう。

 

以前の私なら、慰霊のために歌を捧げていたでしょう。
しかしこれから先はそうすることはありません。

 

もう私はプラントを離れてしまいましたから。

 

プラントは私の故郷でしたが、ただそれだけです。
あの地にはもう誰も親しい人はいません。
家族は死んでしまいましたし、そもそも私には親しい友人がいなかったのです。
それに、父を殺した国で前と同じように住むことができるでしょうか。

 
 

 二年前、「憎しみの連鎖は断たねば」と私は言い続けました。
完全に断ち切れるはずがないからこそ、言い続けるほかに術はありませんでした。
そうやって私自身にも言い聞かせました。
けれど、胸の奥にその苦しみをしまい、鎖が繋がっていることを認識しないようにするのが限界。

 

今、私にできることは孤児の世話を手伝うことと、平和を祈ること、それにキラのそばにいること。
マルキオ導師も「それでいいのです」とおっしゃってくれました。
それは私にとって心地の良い返事でした。
けれど、私の心を見透かれたようであの方を恐ろしくも思いました。

 

澄んだ海を眺め、青い空に覆われ、土の上で、私は暮らしています。
ここにあるものはすべて本物。
すべてが作り物のプラントとは逆。
私の人生は、プラントという入れ物だけでなく、その中身までも作り物だったのでしょうか。
そう考えると、あの忙しくも平穏な、それでいて幸福な日々は、まがい物だったように思えて仕方ありません。
人として、自然の中で生活する今では、もう過去のようにプラントでの生活を幸福だとは感じられそうにないのです。

 

私の居場所は、ここです。

 

そういったことを考えているうちにどれ程の時間が経っていたのでしょうか。
いつの間にか、子供たちは浜辺の遠く、目が届くか届かないかといった所まで行ってしまっていました。
そろそろ帰ったほうがよい時間だったので、私は子供たちを呼びましたが、遊びに夢中で気がつかないようです。
歩いて近寄ってみると、子供がひとりいませんでした。

 

驚いたけれど、すぐにその子は見つかりました。

 

「そろそろ帰る時間ですよ」
と話しかけると、口をもごもごさせてから、私に手紙を差し出しました。
私はそれを受け取りながらその子の様子を確認すると、その子はどうやら何かを食べているようでした。
「その食べ物はどうしたの」
と聞いてみると、やっぱり口をもごもごさせながら、私が手に持っている紙を指さしました。
この紙が理由ということのようです。
「食べ終わったら私に言うことがありますね?」
その子が首を縦に振ったので食べ終わるのを待つことにしました。

 
 

「ごちそうさまでした」
そう言うと、その子は帰っていく子供たちを追いかけていってしまいました。
「食べ終わったら御馳走様、お昼に注意したばかりでしたわね」

 

仕方がないのでその紙をあけると、今まで忘れていた、いいえ、忘れようとしてきたことが思い出されました。

 

目に見える範囲に子供たちがいなくなったのを確認してから、もう一度紙に目を通します。
当然ながら、その内容は先ほどと同じでした。
ああ、これが結婚式の招待状であったらどんなにすばらしかったでしょう。

 

ですがそれはラクス・クライン宛てのプラント帰還要望書でした。
そこには、プラント市民の精神的支えになるために、プラントに戻って欲しいと書かれていました。
そしてできるならば、政治にも積極的に関与して欲しいとも書かれていました。
最後に、もしそれらが可能な場合には
キラと共にプラントに来てもらえることがとても望ましいということでした。
できるならばと言われると、できないのならばどうなるのかを考えずにはいられません。
私がこの手紙のとおりに行動しなかった場合の不利益は一切書かれていませんでした。
しかし、それがかえって不安です。

 

私は今、どうすればいいのでしょう。

 

私は過去、どうすればよかったのでしょう。

 

戦後、プラントに残って世界を導かなければならなかったのでしょうか。
いいえ、私ごときに世界を動かすことなどできるわけがありません。
世界を動かす力をほんの少し増すだけです。力の向きを変えるほどの力を、私はもっていません。

 

当時私がしたことは、すでにあった力を束ねたに過ぎません。
そして、その力を育んだのは父。その父はもういません。
そしてその影響力は、もう、カナーバ派が継承してくれています。
私の出る幕はもうないはずです。

 
 

何故いまさら、私が必要とされるのでしょうか。
また、戦争が始まるのでしょうか。
それとも、戦争を回避するために、私が必要とされているのでしょうか。

 

そして、どうしてキラが呼ばれたのでしょう。
本当に必要なのは私なんかではなく、キラではないのでしょうか。
私たちは抑止力として必要とされているのでしょうか。それも違うでしょう。
戦争の抑止力としては、私たちは弱すぎます。
キラを再度、戦場に送ることなど私にはできません。
前とは状況が違います。すでに起きた戦争は止めねばなりませんが、まだ戦争は起きていません。

 

キラの力はまだ必要ではありません。

 

キラはもう十分苦しんだではありませんか。
人は苦しんだ分だけ幸福になってはいけないのでしょうか。
いいえ、幸福になる権利が与えられてしかるべきです。
不幸になった人間には。

 

私は自分自身に、恐怖しました。
そこで考えを止めてしまえばよかったのですが、それができませんでした。
私は考えて、否、思ってしまったのです。

 
 

戦争は不幸を生み、その不幸を経験した人間には、幸福を得る権利が与えられる。

 
 

だとするならば、戦争という不幸は幸福を生む土壌になる。

 
 

私は、戦争が本当に不幸なことなのか、わからなくなってしまいました。
それが、意見としても認めることができず、理論的にも間違っていることは明白です。
こんなことに心動かされてしまう私は、もはや、シーゲル・クラインの娘として失格です。
この考えを思いついてしまったこと自体が、私に強い感情があることを指し示しています。

 
 

憎しみという感情を。

 
 

私がプラントに戻るべきなのでしょうか。

 

もしそうなれば、きっとキラもついてくるでしょう。
そしてキラはザフトに編入されます。
当然、戦場に出ることになるでしょう。
そのことだけは耐えられません。

 

もう彼は、私と同じように、あるいは私以上に、不幸を経験しました。
すでに、幸福になる権利を手にしているのです。
何故それを行使してはいけないのでしょう。
わかっています。そのような権利など、そもそも存在しないことなど。
すべては人の願望、いいえ、私自身の願望。
その証拠に、「死」という不幸を経験した人は、その権利を行使することができません。

 

そしてもう一つ重要なこと。
私の代役はいくらでも用意できます。偶像など、偽物や代替品がいくらでも用意できます。
しかし、キラの代役はそうはいきません。
キラの戦果に届く兵士は、ほんの数人です。需要がある限り、供給を止めるわけには行かないのです。

 

私はある考えを浮かべ、そして同時に寒気を感じました。
それはきっと、意識に浮かんでこなかっただけで、
つまり、隠蔽していただけで、以前から考えていたことだったのかもしれません。

 

戦争が起きてしまえば、私たちは戦わなければなりません。
そうなれば、私たちにはキラが必要になる。

 
 

キラと一緒にいるためには、戦争が起きてしまえばいい。

 
 

わたしは、紙吹雪を作るときのように、紙を細かく破きました。

 

この判断はきっと間違っているでしょう。
私自身のほんのささやかな幸福のみが得られ、キラを含むその他の人間には不幸が訪れる。
それもわかっていました。

 

目から涙があふれてきます。
私の世界は、歪んでいました。
目に見える世界。それに、望む世界も。

 

一体どうしてこんなことになったのでしょう。

 

私の足元には、招待状であった紙が、細かい紙片になれ果て、いくつかは波にさらわれていきました。

 

夕日で、空が真っ赤に燃えていました。

 
 

数日後、あの日と同じように、空が赤く染まりました。

 
 
 

ユニウスセブンの残骸が、
大気の摩擦で、
燃えていました。
その時、
平和を心から望んでいた、
過去の私の欠片も、
一緒に燃え尽きてしまったのです。

 

ああ、
何て綺麗な、
赤。

 
 

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