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sin-kira_SPIRAL_第00話

Last-modified: 2011-12-12 (月) 10:18:51

 なんとも言い難い浮遊感。
身体からは力が抜けていた。
「……死ぬの、かな。僕は」
―キラ・ヤマトは宇宙を漂いながら漠然と、自らに忍び寄る死の影を感じ取った。
生命維持装置も、長くは保たない。
このままいけば呼吸が出来なくなって必ず死ぬ。
分かりきったこと。
でも、今まではそんな死の恐怖とは程遠いところにいた。
 フリーダムという最強の鎧。最高の翼。
それがあったから、キラは戦えた。
自分達よりも遥かに大きなものとも戦えたし、恐怖を感じることもなかった。
想い焦がれた少女と戦場で再開した時、纏った鎧が崩れそうになったが、
彼女を喪った怒りが即席の盾となって彼の心を庇った。だから最後まで戦えたのだろう。
それも終わった今、何が残ったと言うのだろう。
『私の本当の想いが、貴方を護るから』
 今はその言葉が、ただ重かった。
「フレイ……護ってくれたんだね、僕を。本当に、‘最後'まで」
本当にこれで最後だ。
キラは自らそう決め付け、静かに瞼を閉じた。
それでも涙だけが、止まらない……。

 

目が覚めると、炎上する埠頭に転がっていた。
「えっ?」
何が起こったか分からなかった。
自分は死んだものと思った。
だがこの腕にある感触は確かなもので。
「あれっ?」
と、キラはここでやっと気付いた。
自分はその胸に少女を抱いていることに。
年のころは十歳そこそこだろうか。顔がすす汚れていて、痛々しかった。
どうやら自分は彼女を庇っていたらしいが。
「どういうことなんだ?」
少女を抱いたまま、キラは立ち上がる。
状況が全く呑めなかった。
目を覚ましたのが、医務室とかならばまだ分かる。
あの状況で、自分が救助されるとは思っていなかったが、もしかしたらということもある。
しかしここは少なくとも地球のどこかだ。宇宙に浮いていたのに、いきなりこれでは辻褄が合わない。
定まらない思考で、必死に自分のおかれた状況を整理しようとしていたその時、キラの脳裏に幾つもの
記憶がフラッシュバックした。

 

 崩壊するヘリオポリスでの友との再会からラクスとの出会い。多くの護れなかった人達の顔。
そして傍にいて、抱きしめていて欲しかった人の泣き顔が。
膨れ上がる記憶。
それを裂く様にもう一つの、ある筈の無い記憶が目覚める。

 

 連合の宣戦布告。
 何も分からないまま変わってしまった日常。
 遅れた避難。
 日常を彩っていた青空を舞う非日常の象徴、MS。 
 落ちて行く携帯。

 

 そして……

 

「フリーダムっ!?」 
 ‘自分'の家族を焼き払う、虹色の光。
その先で、下界を見下ろしていたのは、
彼の愛機、フリーダムだった。

 
 

数時間後・オーブ近海

 
 

 全く何がなんだか分からない。
キラは避難船の甲板に佇みながら、嫌に暗い夜空を見上げていた。
 ……いや、今のキラは‘シン・アスカ'というべきか。
「シン……アスカ」
何故かその名前が、‘キラ・ヤマト'よりも容易く呑み込めてしまって、キラは戸惑う。
まるでそれこそが自分の名前であるかのようだった。
 あの後、オーブの軍人の手助けで事無きを得たキラと少女―マユ。
マユは眼を覚ますことはなく、今も眠っていた。
軽度のショック症状ということらしい。
「……なんで」
弱々しい呟き。
これが本当に、幾多の敵を屠ってきた人間の姿なのだろうか。
 屠ってきた。つまり殺してきた。キラが忌み嫌った行い、表現。
だが、今のキラにはそれがすんなりと受け入れられた。
「あれを見てしまったら……」
放たれた炎が何の罪も無い人を焼き尽くし、爆発が全てを粉々にする。分かっていたはずだった。
戦うということがどういうことか。その分かっていた事。それすらも今は不確かだ。
本当に分かっていたんだろうか、自分は。己に訴えかけてくる記憶。
‘シン・アスカ'の嘆きの慟哭がキラの心を鋭く抉った。
どういうわけか、今のキラは‘シン・アスカ'の記憶を受け継いでいた。
仲の良い妹の事。厳しかったけれど、何処か甘かった父。全幅の信頼を置いていた母。
それらが織り成す彼の幸せな日常が、キラにより強く罪を叩き付けていた。
「僕が‘彼'だっていうのなら、本当の‘彼'は―」
恐ろしい想像。
いや、これは現実だ。
僕―キラ・ヤマトは、
「僕は‘シン・アスカ'を消して、生き残った」
 船酔いでない嘔吐感。
あるもの全てをぶちまけて、キラは泣いていた。
「苦しい……苦しいよ……」
蹲って涙する。
苦しみが、癒えることがないと分かっていても、泣くことしか出来なかった。
「近くにいてよ、フレイ」
 本当に隣にいてほしかった女性の名を呟く。
それで、少しだけ吐き気が治まった気がした。

 

誰かに呼ばれた気がした。
 ここに来いと。
僕は空を、宇宙を見つめた。
 彼女に呼ばれた気がした。
 ここに居てと。
僕は眠る少女の髪を撫でた。

 

 ……僕は、これからどう生きるべきなんだろう。

 

 あれからもう一週間が過ぎていた。
僕は粗方の状況整理を済ませて、未だ眠りから覚めない少女、
マユちゃんの傍にいる。それだけが、今の僕に出来ることだった。早く眼を覚ましてほしい。
僕の中の‘シン・アスカ'の部分と、僕自身の感情。
彼の人格はもう消えてしまったけれど、兄だった彼が彼女を想う気持ちは、強く僕に伝わっていた。
「マユ……ちゃん」
もう身体には何ら異常が無いそうだ。
それなのに何故眼を覚まさないのか。
この一週間、出来る限り彼女の傍にいたけれど、その顔からは少しずつ生気が抜けてきていた。
「僕は君に何がしてあげれるの?」
それこそまさに答えの無い自問自答だった。
何かしてあげたい。でも、その術が無い。
兄としての声をかけようにも、それは嘘になってしまう。
僕はマユちゃんの兄じゃあないんだから。
 じゃあ僕はなんなんだろう。
それも分からなかった。
もしかしたら、ここでこうして彼女の隣にいるのも、
消えてしまった‘シン'君への冒涜なのかもしれなかった。

 

 CE.71の連合オーブ進攻。
キラ・ヤマトは連合から、オーブという国を護る側としてその戦いに参加した。
そして現在―CE.71。彼は亡国の民としてここに居た。
彼の名前はキラ・ヤマト。
そしてまた、シン・アスカでもあったのだった。

 

未だ目覚めないマユの傍に、雑誌を読みながら付いていたキラの下に、一人の軍人が現れた。
キラは彼に見覚えがあった。
先の戦闘の折に、自分を助けてくれた人だった。
確か名前はトダカと言ったか。
キラはすっと立ち上がって礼をした。
 ここでまた、運命が大きく動くこととなる。

 
 

 コロニー・メンデル。
今ではその機能を完全に停止され、廃棄されたコロニーだ。
そこで行われていた研究の全てを知るものは、もうこの世にいないと言っても過言ではない。
幾らかの関係者達は存命しているだろうが、それでもいないのだった。
ここで行われていた研究。
その中でも最も隠匿されていた極秘プロジェクト。
それを知る者は、とうの昔にこの世を去っていた。
だから、
『―……』
 まさかまだ、それが‘生きていた'とは、誰が予想出来たろうか。
巨大な培養炉の中、瞳を開いた‘彼'は、にやりと笑った。

 
 

「すまない……我ら、国民を護る軍が脆いばかりに」
トダカの一声は、何度目かの謝罪の言葉だった。
キラは恐縮する。
「それは……あなた方の所為じゃありませんよ」
そう。彼らは悪くない。
護れなかったのは自分だ。
奪ったのは自分だ。
自分(キラ)が、自分(シン)から家族を奪ってしまった。
「いや、我々の責任だ。理念は護られたと言う者もいるが、それと引き換えに多くの大切なものを失って
しまった」
また頭を下げるトダカ。
キラは俯く。
もう止めてほしかった。
同じ責任を背負うべき自分に謝るのは。
「……」
それでも言えない。
言える筈が無かった。
ここで自分がフリーダムのパイロットだと言い放ったところで、何も変わりはしない。
ならばもう、黙っていればいい。
キラの中で暗いものが渦巻いていた。
 場に沈黙の帷が降りる。
トダカもキラも、何も喋らずただその場にあるだけ。
そんな状況が十分ほど続いたろうか。
「ところで……シン君」
トダカが口を開いた。
そして彼が紡ぐ言葉が深い迷宮の中に居るキラの運命を左右することになる。

 

「私の……家族にならないか?」

 
 

 散らばった札の数々。
キラに与えられる役は果たして何か。彼らが得ることになるだろう役は、今はただ時の彼方に。

 
 

「私はとんでもないものを拾ってしまったようだよ、タリア」
 しかし既にジョーカーはそこに……。

 
 
 
 

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