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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第19話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:17:47

『カミーユの涙』

 
 

 オーブへ向かう一隻の定期船。その甲板で飛び交うカモメを眺めながら微笑を湛える一人の少女が居た。肩に届くか届かないかの長さのピンクの髪。服のセンスはそれ程いいものではない。
青いベレー帽のようなものに真珠らしきネックレスを掛けている。へそだしルックにベージュ系の上着を羽織り、下にはハーフパンツを穿いている。
 しかし、彼女はそんな事も気にせずに、潮風とカモメの鳴き声に口元を緩めていた。やがて、定期船の進む先にオーブの港が見えてくる。

 

 入国審査を受け、オーブの土地に降り立った少女は、手に提げた鞄を置き、ポケットから手紙を取り出した。丁寧に折り畳まれたそれを開き、文字を追う。

 

「情報じゃあ、軍港に入ってるって話だけど、移動してたりはしないよね……」

 

 読み終わり、直ぐに手紙をポケットにしまって辺りを見渡す。どうやら、上手く一般客に紛れ込めているようだ。特に少女を気にするような人物も見当たらない。

 

(アークエンジェルを手に入れて、怠慢になっている…とは考えたくは無いよね)

 

 彼女の名はサラ=ザビアロフ。エマ達と同じ世界の人間で、ティターンズのメンバーだった。カツの好きな彼女ではあるが、ティターンズに在籍していた頃はシロッコを慕っていた。
 そして、そんなシロッコから特命を受け、特殊部隊と共にオーブの地へやって来たのだ。その目的は、前回の第二次オーブ攻略戦で奪取されてしまったアークエンジェルの奪還、もしくは破壊任務。
奪われたままのアークエンジェルを放っておきたくはないとの上層部からの命令が下ったのだ。
 サラはかつて2度ほどアーガマに捕えられた事があった。潜入工作は自分には向いていないとは思いたくない。シロッコは自分に期待を掛けてくれているのだから、3度目の正直として完璧に任務をこなさなくてはならない。

 

「軍港はあっちか……」

 

 視線を右の方に向けてみると、空母や巡洋艦が停泊しているのが見えた。姿は見えないが、アークエンジェルはきっとそこにあるのだろう。後はその存在を確認し、部隊に連絡を入れてその時を待つのみ。

 

「は――?」

 

 歩き出そうとしたその時、サラの右脳に直接語りかけてくる何かを感じた。微弱だが、何処か懐かしさを感じる変な違和感。サラは足を止めて辺りを見回した。

 

「この波動…カツなの?」

 

 誰かに見られているような気がした。しかし、先ほども確認したように、定期船から降りてきた客も入国審査官の人間も特にサラを気にしている様子は無い。

 

「オーブには、私たちと同じ様に紛れ込んでいる人間がいる…そういうこと?」

 

 鋭く周囲を警戒しながら、サラは呟く。感覚の正体は気になるが、それを捜そうにもサラの足ではオーブは広い。作戦の決行は夜になってから。サラは感覚に注意を払いながら、オーブの市街へと向かっていった。

 
 

「よぉ、いるかい?」

 

 オーブのカガリ別邸の扉を開き、ハイネが手を上げて訪れてきた。まだそれ程付き合いが長いわけでもないのに、この軽さは異常だ。彼の特性として、他人にとことんフランクなのだろう。

 

「何か、ハイネさん?」
「おや、バルトフェルドの旦那は留守ですか?」

 

 対応に出て来たのはマリア。ハイネは、自分が訪れたとなれば当然バルトフェルドが出てくるだろうと思っていただけに、意外に思った。思わず顔を中に居れ、キョロキョロと屋敷の中を見回す。

 

「アンディなら、レコアさんと一緒にカミーユ君の散歩に出かけていますが」
「そうですか。へぇ、あの人も随分と手がお早いことで」

 

 唇を尖らせ、ハイネは口笛を鳴らす。バルトフェルドがカミーユの散歩に付き合ったのは、それを口実にしてレコアにお近づきになろうとしているのではないか、とハイネは睨んでいた。無論、それはハイネの勝手な想像である。

 

「取り合えず、お茶を貰えますか? オーブは温度管理がされているプラントと違って暑くってしょうがない。ザフトだって気張って見せたところで、この軍服の通気性がよくなるわけでもないですしね」

 

 身に纏っている制服の裾をつまむハイネ。マリアはその仕草に苦笑した。

 

「赤服のフェイスさんでいらっしゃるのでしょう? 慣れですよ。ここに住んでいれば、この気候が心地よく感じる様になりますから」
「それもいいけど、その前に戦争終わらせて、プラントで一杯やりたいですけどね。…あ、どうです? 今度俺に付き合いませんか?」

 

 そんなハイネの冗談をマリアは笑って受け流し、奥のリビングに案内した。冷蔵庫からペットボトルに入った茶を取り出し、ソファに腰掛けているハイネの前のテーブルに差し出す。
ハイネは一言お礼を述べ、ボトル・キャップを開けて口につけ、喉を鳴らし始めた。

 

「――ふぅ~! これが東洋のグリーンティーって奴ですか? 西洋のお茶に比べると、渋みが強く感じます」

 

 ペットボトルを口から離し、大きく息を吐いて感嘆する。一口で、ペットボトルの容量の3分の1ほどを飲み干した。相当喉が乾いていたのだろう。

 

「本当はお湯で飲むのが普通なんですけど、こういう暑い日には冷やして飲むのもいいんです」
「そう思います。苦味がいい清涼剤になる」

 

 もう一口飲み、ハイネはペットボトルをテーブルの上に置く。ソファに体を預け、腕と足を組んだ。

 

「で、何時頃お帰りですかねぇ?」
「さぁ…でも、そろそろ帰ってくる頃じゃないかしら? 出かけて2時間位は経っているはずですけど――」
「なら、暫くここで待たせてもらいますよ。…あ、本隊には休憩中だって言ってありますので、お構いなく」

 

 マリアは構うつもりなど無かった。きっと、自分がここでサボっているのを気にするのではないかと思ったのだろうが、そこまで気を回すつもりにはなれなかった。
 ハイネは腰を浅く掛け、両腕を背もたれの上に乗せて大きな姿勢になる。思いっきりリラックスしている。来客とはいえ、これ程大きな態度をとる人も珍しいだろう。そんなハイネに、マリアは多少困惑気味に溜息をついた。

 
 

 その頃バルトフェルド達は、市場で買い物をしていた。カミーユの散歩のついでにと、本来カリダが行くものを引き受けたのだ。カミーユの車椅子を押すレコアの代わりに、バルトフェルドが荷物を持っている。

 

「カリダさんから頼まれたものは全部買いましたね?」
「そりゃあもう。しかし、ここ最近の騒ぎで随分と品揃えが悪くなった」
「それは仕方ない事です。今は友好国のスカンジナビア国とプラントとの交易がありますが、連合各国とは絶縁状態ですから――商売だって苦しいんですよ」
「自給の難しい国だからねぇ。島国じゃ、畑だって碌に耕せやしない」

 

 手に持ったビニール袋を掲げ、バルトフェルドはぼやく。

 

「じゃあ、僕はこれで。レコアさんはもう少し出るのかい?」
「カミーユ、こういう所苦手のようなんです。人が居すぎて、神経過敏になっています」
「そうか。なら、落ち着けたら戻ってきてくれ。昼食の時間が迫っているからな」

 

 レコアを監視するつもりで出てきたが、それも心配なかったらしい。同行中、逃げようとする素振りは一度も無かったし、カミーユを連れて逃げるとは思えなかった。
彼女がまだティターンズ寄りならば、足手纏いのカミーユを置いて逃げるはずだ。バルトフェルドは安心してレコアと別れた。

 
 

 それからレコアは車椅子を押して市街地を抜けようと歩道を歩く。道中オーブの街並みを眺めて感心していたが、あるところで立ち止まった。露店を覗き込んでいる後ろ姿に見覚えがあったからだ。
 その少女は軒先にしゃがみこみ、アクセサリーを物色している。店主がしきりにモノを勧めているが、少女は迷っている素振りを見せるだけで買おうともしない。
その態度を見て、店主もただの冷やかしと分かったのか、諦めて相手にするのをやめた。
 やがて少女も飽きたのか、立ち上がって振り向いた。その一連の様子を眺めていたレコアは、少女の顔を見て驚く。

 

「サラ?」

 

「あれはレコア=ロンド…それに、カミーユ=ビダンらしき――?」

 

 サラは一瞬目にした時点では、それは他人の空似かとも思った。しかし、レコアの方も自分を見て驚いている風で、間違いなくかつての同僚であるレコアだ。横目で警戒しつつ、思わずサラは駆け出した。

 

「あ――!」

 

 逃げるサラを、車椅子を押して追いかけるレコア。サラは軽快に人ごみの中を走り、人気の無い路地裏に入って行った。
勿論レコアもそれを追うが、しかし、流石に車椅子を押しながらでは追いつけるはずも無く、角を曲がった所でサラを見失ってしまった。

 

「どこに――!」

 

 レコアが辺りを見回していると、不意に後ろから何かを突きつけられる。車椅子から手を離し、両手を挙げて口を開いた。

 

「サラなのね?」
「何故あなたがここに居るの、レコア=ロンド」

 

 確認の為、レコアは問い掛けた。自分の名前を知っていると言う事は、他人の空似ではなく、本物のサラだという事だ。
 レコアは思い出す。バルトフェルドに、エマから聞かされたことを聞いていたが、どうやらサラが居ると言う事はエマの想像していた事が現実として起こっていると言う事になる。

 

「それはこちらが聞きたいわね、お嬢さん?」
「カミーユと一緒に居て、パプテマス様を裏切るのですか?」
「パプテマス――シロッコ? シロッコもこっちに来ているの?」

 

 レコアに言われ、サラは思わず手で口を押さえた。その動揺を背中越しに感じたのか、レコアは少し笑った。彼女の迂闊さは、世界が変わっても不変の事実らしい。
 そんなレコアの嘲笑を感じたのか、サラは眉を吊り上げ、彼女の後頭部を睨みつける。

 

「そんな事はどうでもいいのよ。あなたがパプテマス様を裏切るのなら、ここでカミーユもろとも始末する!」
「カミーユも?」
「そうよ。パプテマス様は、カミーユ=ビダンに殺されてこの世界に来たと仰っていた。なら、カミーユを殺せば――!」
「カミーユがシロッコを――そうだったの……」

 

 サラの鋭い声に、レコアは車椅子に座るカミーユを見下ろした。頭頂部しか見えないが、そこに何とも言えない思いが胸の奥を去来する。そして、瞳を閉じて振り返った。
 レコアが振り向くと同時に、銃の引鉄に指を添えるサラ。

 

「動かないで!」
「ここで銃を使えば、任務もし辛くなるわよ」
「戯言を! アークエンジェルよりも、あなた達の方が危険と見なすわ!」
「そうかしら? 私はともかく、カミーユに戦いは出来なくてよ」
「どういうこと?」

 

 焦るサラに、冷静なレコア。彼女の言葉の意味が理解できないサラは、眉を顰めて問う。その問いに応えるべく、レコアは車椅子の取っ手を握り、反転させてカミーユの姿をサラの眼前に晒した。

 

「こ、これは――!」
「これが今のカミーユ。心を失って、ただの人形になってしまっているわ」

 

 泣きそうな瞳で、レコアは言う。彼女自身、カミーユがこうなってしまった事に責任を感じていた。
 サラの目に飛び込んできたカミーユは、焦点の定まっていない虚ろな瞳でサラを見ている。ほっそりとした体に、頭が乗っかっているだけに見えた。
体に力が入らないのだろう。腕はだらん、と下がっていて、なで肩になってしまっている。だらしなく広げられた足は、立つこともおぼつか無い程に痩せ細っている。
 こんなのが本当にあのカミーユ=ビダンなのだろうか。何度か会話を重ねた事のあるサラには、目の前の廃人がカミーユに見えなかった。

 

《馬鹿野郎! 死んだら――死んだらそれで終わりじゃないか……死んだら……!》

 

 あの時の激情的なカミーユは一体なんだったのだろうか。必死に自分に呼びかけるカミーユの声は、とてもではないが今の彼から聞けるわけが無い。
 サラは、そんなカミーユを悲しく思い、いつの間にか目から涙を流していた。

 

「こ、これが――これが本当にあのカミーユなんですか!?」
「そうよ。私達が傷つけたカミーユよ」
「私達――?」
「誰かを救おうと一生懸命になるって言うのはね、こうなるって事を覚悟しなければならないのよ。だから、カミーユは心を閉ざしてしまった……」

 

 絞り出すような声でレコアは言う。彼女は、自分がシロッコに利用されていると必死に伝えようとしていたカミーユの厚意を迷惑に感じ、常に突っぱねていた。それは、同じ事をしてくれたファ=ユイリィも同じだったかもしれない。
 そして、それはサラも同じだった。カツも一生懸命に語りかけてくれたが、カミーユも同じ位語りかけてくれた。フォン・ブラウンで一時のデートをした事もあった。
 そんな風にしてくれた彼が、何故このような目に遭わなければならないのか。それは、きっと自分達の勝手のせいなのかもしれない。

 

「それでもサラ、カミーユを殺そうって言うの?」
「わ、私は――」

 

 キッと睨み、レコアは強い口調で言う。その迫力に、サラはたじろいだ。
 しかし、己の幸福を求めて何がいけないのだろう。サラは、そう考えてしまった。今の彼女には、シロッコと再び会えたという喜びがある。そんな相反する思いが、サラを暴走させる。

 

「カミーユが自己破滅したのは、勝手に干渉してきたからよ! そんなのは、私のせいじゃない!」
「サラ!」
「私はパプテマス様の為に捨石になったって構わなかった! それなのにカミーユやカツは私の気持ちも考えずに――!」
「それであなたは幸せだったの? カツの純真を裏切ったあなたが、幸せだったと言えるの?」
「黙れ! エゥーゴを裏切り、女としての性を満たそうとしたレコア=ロンドが言う事か!」

 

 カミーユの姿にショックを受け、サラは激高する。彼女にしてみれば、カミーユをこんな風にしたのはレコアも同罪だ。それがこうして甲斐甲斐しくカミーユの為と称する様に車椅子を押す姿が腹立たしく思えた。

 

「ここまでよ、レコア=ロンド! 私はパプテマス様の為にオーブに来た! アークエンジェルは破壊させてもらう!」
「待ちなさい、サラ!」

 

 涙を拭い、サラは駆け出す。それを追おうと、レコアも車椅子を押して走ったが、銃で威嚇してくるサラに、その足を止められてしまった。

 

「パプテマス様の下へ戻る気があるなら!」
「あなたはこんな世界に来てまで何をしようと言うの!?」

 

 レコアは急いで後を追ったが、大通りに出たところでサラは人ごみの中に姿をくらませて去って行った。何とか彼女の行方を捜そうとキョロキョロと辺りを見渡したが、どうやら見失ってしまったらしい。
人を見分けるのも困難なほど騒がしくなってしまっている。途方に暮れ、レコアは肩を落とした。

 

「あの男は、シロッコはあなたを道具として使おうとしているのよ? それで――それで、あなたはいいの――満足なの……?」

 

 既に姿を消した少女に向かって、レコアは語り掛ける。車椅子に座っている少年に視線を向け、涙を浮かべた。

 

「カミーユ……こんな時だけあなたに頼ったって、駄目よね?」

 

 肩を落とし、ゆっくりと車椅子を押してレコアは帰途へつく。サラがアークエンジェルを狙っているとなれば、その事をバルトフェルドに知らせなければならないだろう。
 カミーユの後頭部が、何故か優しく見えた。

 
 

 カガリの別邸に戻ったバルトフェルドは、先に訪れて待っていたハイネと会話を交わしていた。彼の話によると、アークエンジェルの潰れたブリッジの修理もほぼ完了し、いよいよ実戦で使えるまで改修出来たらしい。

 

「そうすると、オーブ防衛の態勢がほぼ出来上がったって事になるな?」
「そうなります。それで、こちらに足付の元艦長さんがいらっしゃると伺って来たのですが――」

 

 ハイネは辺りを見渡し、誰がアークエンジェルの艦長だったのかを探る。今その場に居るのは目の前のバルトフェルドとマリア、それに先程フリーダムの調整から帰ってきたキラ。
バルトフェルドは砂漠の虎だし、キラはフリーダムのパイロットとして有名だ。マリアはどう見ても一民間人で、この中には居ないと思った。

 

「どうやらお留守のようですね。協力をお願いしたかったんですけど」
「ん? あ、あぁ…そうか……」

 

 本当はこの中にアークエンジェルの元艦長が居る。バルトフェルドは視線をその人物に向けてみた。

 

「は?」

 

 その視線に気付き、ハイネはバルトフェルドの隣に居る人物に顔を向けてみた。すると、そこには民間人だと思っていたマリアが複雑な表情でカップを両手で持ち、顔を俯けている。

 

「まさか、このご婦人が――」
「はい、私はアークエンジェルの艦長をしていました……」

 

 重い声で言うマリア。彼女の本名はマリュ―=ラミアス。今はオーブの整備工場で働いているが、間違いなくヤキン戦役でアークエンジェルの艦長を務めていた女性だ。

 

「本当なんですか?」
「あぁ、本当だ。僕もアフリカで彼女の指揮するアークエンジェルにやられたのさ」

 

 ハイネは驚嘆し、ラミアスの顔を見る。のほほんとした顔は、とてもではないが、あの不沈艦を指揮していた人物には見えない。ある意味、市井に紛れ込んだ元軍人としては賞賛に値する。
 それと同時に、自分の眼力もまだまだだと思った。先程からずっと一緒に居たのに、全く気付けなかったのは己の実力が足りてない証拠だ。

 

「そうだったんですか。先程は失礼しました」
「いえ、お気になさらないで下さい。私、連合の脱走兵扱いですから」

 

 アークエンジェルを指揮していたとはいえ、彼女はアラスカでの一件以来、連合軍に戻ることは無かった。己の信念に基づき、成すべき事を成そうとした結果、連合軍を抜けて独自に動こうと決心したのだ。
だからこそ、実直な軍人であった元部下のナタル=バジルールと死闘を繰り広げざるを得なかった。
 そんな過去があったからこそ、アークエンジェルの存在と言うものは複雑なものだった。ラミアスは一つ深い溜息をつく。

 

「でも、アークエンジェルを動かすのなら、別にマリューさんでなくても――」
「いや、出来れば足付をよく知っている彼女に頼みたい。いつ大西洋連邦の再侵攻があるやも知れない時に、悠長に構えてなんて居られないんだ」

 

 キラのラミアスを庇う言葉を即座に否定するハイネ。アークエンジェルを即戦力にするためには、それをよく知っているラミアスの協力が不可欠だ。
折角大西洋連邦から掠め取り、オーブ防衛の要となるのだから、何かある前にモノにしたいと考えるのは当然の事だ。
 ラミアスに向き直り、ハイネは続ける。

 

「どうですか? もう一度、足付に乗ってみませんか?」
「私は――」

 

 戸惑いの色を浮かべるラミアス。ハイネの言う事は分かるが、しかし、単純にアークエンジェルに乗る気にはなれなかった。
アークエンジェルに対する複雑な思いもあるが、彼女は自分が不沈艦の名に相応しい艦長とは思ってないからだ。

 

「正式な艦長が決まるまでの臨時でもかまわないんです。折角デュートリオン・システムも取り付けて、フリーダムを完璧な状態で運用できるようになったのですから、このままみすみす足付を遊ばせておくのは勿体無いとは思いませんか?」
「そうは仰られても、私は2年近くも現場を離れていますので、そんな事は――」
「そんな事、無いですよ」
「でも……」

 

 自信の無い声で言うラミアス。そんな彼女の態度をハイネはむず痒い思いで聞いていた。謙虚なのはいいが、これだけ頼んでいるのに引き受けてもらえないのでは、彼としても気の良いものではない。

 

「そうも言ってられないかもしれませんよ。アークエンジェルは狙われています」

 

 ハイネが難儀を示すラミアスにヤキモキしていると、カミーユを連れたレコアが帰ってきた。そして、その言葉に一同は騒然とする。

 

「足付が狙われている?」
「そうです。既にオーブ国内に工作員が潜入しています」
「それは本当なのか!? …いや、しかしどうしてあなたがそんな事を――」
「説明は後です。今は、アークエンジェルの防御を固めるのが先決ではないですか?」
「そ、そうだな…あなたの話が本当なら――俺はここで失礼します。戻って報告しなくてはならないので」

 

 そう言ってハイネは立ち上がって急いでペットボトルの中身を飲み干すと、駆け足で屋敷を出て行った。

 

「レコアさん、工作員の規模は分からないんだな?」
「はい。偶然一人見つけただけなので」
「そうか…よしキラ、念の為ハイネと一緒に行ってフリーダムの出撃準備をさせておけ。敵の規模が分からない以上、MSが出てくるかも知れん」
「分かりました」

 

 キラもハイネの後を追って屋敷を後にする。そしてバルトフェルドはレコアに向き直り、神妙な面持ちで見つめる。疑問には答を出しておかねばならないだろう。

 

「どうして工作員が居ると分かった?」
「エマの言っていた事が本当だったからです。顔見知りに会いました」
「そいつはティターンズなのかい?」

 

 問題はそこだ。レコアの顔見知りと言えば、エゥーゴにもティターンズにも当てはまる。そう考えれば、顔見知りという証言だけでは信憑性に欠ける。

 

「そうですが、彼女はそういうものとは関係ないのかもしれません。シロッコと言う男にかどわかされているんです」
「シロッコ――エマが言っていた男だが、来ているのか、この世界に?」
「そう言ってました」
「何てこった……」

 

 エマに聞かされていたシロッコと言う男は、単独でも世界に混乱を巻き起こせる程の実力者らしい。そんな男が来ているとなれば、かつて危惧していた通り、この戦争は泥沼に嵌っていってしまうかもしれない。
そうなれば、行く行くはヤキン戦役の時の様に互いの人種の殲滅戦争になってしまうだろう。
 バルトフェルドは腰に手を当て、深い溜息をついた。これではこの世界は滅茶苦茶だ。しかし、こうして憂えているわけにも行かず、バルトフェルドも二人の後を追っていった。折角手に入れたアークエンジェルをみすみす潰されるわけには行かない。

 

 一方のレコアにもシロッコが居ると言う意味が分かっていた。彼は隙が無い程に完璧な人間だ。天才とは、彼のためにある言葉なのだろう。しかし、だからこそ彼はカミーユに敗れた。
天才は孤高になりすぎて、他人を利用する事でしか世界を動かせなくなっていた。その事を嫌う俗人達は、そんな彼の支配を拒んだのだ。その代表が、カミーユだった。

 

「マリアさん、いいんですか? このままではアークエンジェルが破壊されてしまいますけど」
「私は――」

 

 ふと我に返り、レコアは固まってしまっているラミアスを見た。先程から彼女は眉を顰めるばかりで、行動を起こそうともしない。
かつて彼女が操った艦なのだから、その危機に立ち上がってもいいのではないかと思うが、そういうつもりは無いらしい。
 レコアは、そんな彼女の態度を不思議に思った。自分もアーガマに対して思い入れがあったし、ティターンズになってからも、攻撃を仕掛ける時は躊躇いを見せた事もあった。

 

「私は怖いんです。アークエンジェルが戦争の道具に使われるのが」
「戦艦ですよ?」
「分かっていますけど、アークエンジェルって言うのは天使の名前でしょう? それが、人を殺す道具になってしまうなんて――」

 

 ラミアスは立ち上がり、窓辺に歩いていく。彼女にしてみれば、本音を言えばまたアークエンジェルに乗って戦うのが億劫なのだろう。それは、彼女が民間人になってしまっている現状を見れば察しがつく。

 

「…そういうこと」

 

 レコアはそんなラミアスの様子を見て呆れていた。戦争と関係ない生活に戻りたいと願う事自体は悪くない事だと思う。しかし、アークエンジェルを動かす事が出来るのに、それをしようともしない彼女は単なる面倒臭がり屋だ。
他のみんなが戦っているのに彼女だけ戦おうとしないのは、レコアの目には卑怯に見えていた。

 

「なら、マリアさんはそこに居ればいいわ。私は行きますから、カミーユをよろしく見ていてくださいね」

 

 少し強い口調で言い、レコアは出て行こうとする。それに気付き、ラミアスは振り向いた。

 

「行くって…何処へ?」
「アークエンジェルに決まってるでしょ? あれはオーブにとって大切なものなんだから、それを守るのは当然です」
「だからって、あなたが行くなんて事――」
「こういう事には慣れてるんです。私、あなたの様に怯えるだけの女ではなくてよ」

 

 レコアは入り口で振り向き、不敵な笑みでそう言い残すと出て行った。
 サラが実行部隊に参加しているのならば、それを止めなければならない。彼女はまだシロッコに酔わされたままだ。その酔いを、自分が醒まさせてやらなければならない。かつて共に付き従っていた身として。

 

 残されたラミアスは無力感に襲われてその場にへたり込んでしまう。自分はこんなにも何も出来ない女だったのか。かつての信念に基づいて行動していた自分は何処に行ってしまったのだろうか。
 呆然とする彼女は、その頃の事を思い出すだけで、昔の自分の影を追っているだけになっていた。

 

「ムウ…どうすればいいの、私――」

 

 ムウ=ラ=フラガという男が居たから、あの頃の自分があったのだろうか。ヤキン戦役で失ったものは、彼女の思っている以上に大きかった。
 車椅子に座るカミーユは、そんなラミアスの姿を見つめながら、涙を流していた。

 
 

 アークエンジェルが狙われているとの報を受け、周辺の警備を強化して日が暮れ、既に深夜になってしまっている。工作員の襲撃に備え続けていたが、今の所は怪しい影は現れていない。

 

「レーダーに全くといって敵らしき影が無いな」
「この警備に恐れをなして逃げたか?」

 

 アークエンジェルのブリッジには、かつてのクルーであるアーノルド=ノイマンとダリダ=ローラハ=チャンドラ2世がそれぞれ操舵席とCIC席に座っていた。彼等もヤキン戦役後はオーブに潜伏し、それぞれ平穏に暮らしていた。
しかし、今回のアークエンジェルの危機にザフトから協力を持ちかけられ、こうして再び乗り込んだのだ。

 

「油断は禁物です。こちらが気を緩めている時に急襲を掛けるのが、敵の狙いだと思いません?」
「確かに。眠いけど、ここは踏ん張るしかないって事か」

 

 CICの席に座ったチャンドラの後ろから、話しかけるレコア。彼女もアークエンジェルに乗り込んでいた。

 

「さて、分かっちゃ居たけど持久戦になったね。あんたが見つけてくれたらしいけど、その時にいつ襲ってくるか聞かなかったのか?」

 

 ノイマンが操舵席にうつ伏せになって言う。流石に昼間から座りっぱなしなので、疲れていた。しかし代わりはなく、万が一の時に直ぐに出航できるようにノイマンは待機していなければならない。
彼の操舵テクニックは、その道の人間の間では神と崇められる程の実力なのだ。

 

「何です、それ? 敵がそんな事を親切に教えてくれると思いますか? そんな事よりも、もっとしゃんとなさって下さい」
「いやぁ…そんな事言わずに少しだけ――」

 

 ノイマンが目を擦ってうつ伏せになろうとしたその時、いきなりアークエンジェルの船体が轟音と共に大きく揺れた。立っていたレコアはその振動で床に倒れてしまう。

 

「な、何なの!?」
「わ、分からないけど、敵の攻撃を受けた!? チャンドラ!」
「潜水艦の影!? 馬鹿な、索敵範囲外から一瞬でこんな近くに来るなんて事――!」

 

 突然の事にパニックになるブリッジ。チャンドラの見つめるレーダーに、接近してくる敵の機影が映らなかった。近くに現れた艦影は、再び姿を眩ませる。

 

『チャンドラさん、何があったんですか!?』

 

 格納庫のフリーダムの中で待機しているキラから通信が入ってくる。彼も突然の事に相当慌てているようだ。

 

「キ、キラか! どうしたも何も、いきなり敵が現れたんだ! こっちは対処できなかった!」
『敵が突然? この辺はN・ジャマーの影響が小さいはずなのに、レーダーに引っ掛からなかったんですか?』
「そうだ、敵の新兵器が出てくるかも知れん! フリーダムを出してくれ!」
『りょ、了解しました!』

 

 慌ててカタパルトハッチを開き、フリーダムが出撃する。それを待っていたかのように、海面から3機のMSが飛び出してきた。脇を固めるようにディープ・フォビドゥンが2機。
そして、その中央のSFS(サブ・フライト・システム)に乗っているのが――

 

「ボリノーク・サマーン! あれがどうして!?」

 

 緑が基本色の、頭部にレドームを持つ一つ目の機体。右腕にシールド兼用ビームキャノンとクローを装備している。
 アークエンジェルのブリッジから見えたのは、レコアの世界にあったMSだ。本来ならこの世界に存在しないはずのMSである。あれにはサラが乗っているのであろうが、まさかの登場にレコアは度肝を抜かれた。

 

「もりのーくまさーん……? 民謡か!?」
「――んなわけないだろ! …あんた、あのMSを知っているのかい?」
「知ってますけど、あれを造るにはこの世界の技術じゃ――」

 

 言いかけてレコアはハッとした。ボリノーク・サマーンを造るには、どうしてもミノフスキー物理学が必要となってくる。そうなると、あれを造ったのはシロッコだろう。そして、彼は連合にミノフスキー物理学を教えたということになる。
 そうなれば、敵の接近に気付けなかったチャンドラの意味も納得が出来る。シロッコは、粒子の存在も教えているはずだ。

 

「チャンドラさん、ちょっと発令所に通信をつなげてもらえません?」
「いや、それがさっきからやってるんだけど、どうにも繋がらないんだ。ジャミングを掛けられてるのか?」

 

 そう言ってチャンドラはインカムを外してレコアに振り向く。成る程、レーダーに映らない機影、そして繋がらない通信回線は、きっとミノフスキー粒子の影響だ。
連合は既にミノフスキー物理学をモノにして、実戦に投入してきていると考えていいだろう。シロッコと言う天才が加わっているのなら、それも可能のはずだ。レコアは唇を噛み、視線を艦橋の先の戦いに向けた。

 

 急襲してきた3機のうち、2機のディープ・フォビドゥンは2年前にも苦戦した記憶のある、ゲシュマイディッヒ・パンツァー装備の機体。そして、ボリノーク・サマーンに関しては一切情報の無い正体不明の機体。
相手が量産機の群れならまだ戦いようがあるが、この3機の相手は骨が折れる。
 トライデントを両の腕で保持し、襲ってくるディープ・フォビドゥン。フリーダムを挟撃しようと左右から襲い掛かってくる。正対するボリノーク・サマーンは牽制のグレネード弾を飛ばしてきた。
 キラはグレネードをバラエーナで焼き払い、両サイドからトライデントを突き立ててくるディープ・フォビドゥンを蹴りで突き飛ばす。そして、標的をボリノーク・サマーンに絞った。
隊長機と思しきその機体を落とせば、厄介なディープ・フォビドゥンも引いてくれるだろうと思ったからだ。
 ビームライフルを構え、ディープ・フォビドゥンが態勢を整える前に決着をつけようとフリーダムをボリノーク・サマーンに接近させる。

 

「アークエンジェルをやらせる前に何とかしなくちゃ……発進は出来ないんですか!?」
『――でき――く――だ!』

 

 アークエンジェルに通信を繋げたが、酷いノイズが混じり、まともな会話も出来ない状態だ。

 

「電波障害? ジャミング――やっぱりこいつが!」

 

 ボリノーク・サマーンの頭部のレドームが怪しく光を放つ。通信が出来なかったり、レーダーが無効化されているのはボリノーク・サマーンのせいだとキラは思っていた。
実際には潜水艦がミノフスキー粒子を撒いているのだが、ボリノーク・サマーンのレドームには、キラにそう思わせるだけの怪しさがあったということだろう。
 キラはボリノーク・サマーンに向けてビームライフルを連射するが、SFSを使っているとはいえ相手もアークエンジェルを狙ってきた工作員だけあって、全て回避されてしまった。キラはビームライフルによる撃墜を諦め、ビームサーベルに持ち替える。

 

「その機体がこちらのセンサーを狂わせていると見ました! 大人しく帰らなければ、あなたを撃墜します!」
『そんな甘っちょろい事!』
「女の子の声!?」

 

 ビームサーベルをビームトマホークで受け止められ、互いが接触する。キラは呼びかけた返事から女の子の声が聞こえてきた事に驚愕する。

 

「どうして君の様な子が――」
『隙あり!』
「ぐぅっ!」

 

 キラの動揺を見逃さなかったサラは、シールドクローでフリーダムの胴体を挟み込む。すぐさまキラは抜け出そうと試みたが、フリーダムのパワーを以ってしても抜け出す事が出来ない。驚く事に、ボリノーク・サマーンはフリーダムと同等のパワーを誇っているようだ。

 

『フォビドゥン1と2は、私がフリーダムを捕まえている今の内にアークエンジェルを!』
「そうは――!」
『無駄よ。バッテリーの機体が、核融合炉のボリノーク・サマーンにパワーで勝てるわけが無いわ。それが、例え最強と謳われるフリーダムであっても』
「核融合炉だって!?」

 

 サラの言葉を聞いてキラは更に驚く。核融合炉は、以前小型実用化に失敗して、戦艦などの一部のモノにしか採用されていないはずだ。MSサイズの核融合炉の成功例など聞いた事が無い。
それ故MSはバッテリー駆動方式を採用しているわけだが、連合は核融合炉のMS運用化をいつの間にか成し得ていたということになる。そんな技術革新がこんな短期間に突然起こったのだろうか。
 しかし、疑問には思うが認めなくてはならないだろう。今もこうしてボリノーク・サマーンのクローに挟まれ、それを解くことも出来ずに固定されてしまっている。
パワーでは並みのMSには右に出るものが無いフリーダムが捕えられているのだから、サラの言っている事は本当だろう。

 

『最強と言われているフリーダムも、パプテマス様の前では無力だったようね。ここでお別れにしましょう』
「くっ――!」

 

 捕えたまま、ボリノーク・サマーンはフリーダムのコックピットにビーム砲を突きつける。しかし、サラがビームを撃とうとしたその時、別の方向からのビームがボリノーク・サマーンのクローを直撃した。

 

「お止しなさい、サラ!」
『レコア=ロンド!』

 

 ボリノーク・サマーンのクローの握力が弱くなり、キラは慌ててその瞬間にフリーダムを滑りぬけさせる。間一髪だっただけに、ホッと一息をついた。
 ボリノーク・サマーンのクローを直撃したのは、レコアが緊急で出撃させたM1アストレイのビームライフル。しかし、堅牢なガンダリウム合金製の装甲は、M1アストレイのビームライフルの直撃でも完全に破壊する事は出来なかった。

 

「キラ君はアークエンジェルを守りなさい! この子は私が相手をするわ!」
『レ、レコア=ロンドさん!? しかし、この敵はアストレイでは――』
「ボリノーク・サマーンの事はよく知っているわ! だから、君はバルトフェルドと協力してフォビドゥンを!」
『バルトフェルドさんが来てくれた――気をつけてください! カミーユさんの為にも、あなたは死ねないはずですから!』

 

 確かに、レコアがボリノーク・サマーンを知っているのなら、ここは彼女に担当してもらった方がいいかもしれない。それに、敵機の性能を分かっているのなら、無茶をしないはずだ。
キラはそう思い、一言だけレコアに忠告をするとアークエンジェルに向かっていった。
 一方のレコアはコックピットの中で苦笑する。カミーユのために死ねない――その言葉を、まさかあんな他人から聞かされるとは思わなかった。

 

「坊やが――」

 

 呟き、ボリノーク・サマーンを見やる。ボリノーク・サマーンは基本的に偵察機としての側面が強い。一応の装備を持っているが、あくまで自衛の為のものでしかない。
バッテリー駆動しかないこの世界のMSに対しては、核融合炉やガンダリウム合金の優位性でかなりの高性能を誇っているが、所詮は弱火力である。
レコアが上手く囮になれれば、程なくキラ達がディープ・フォビドゥンを片付けてくれるだろう。
 しかし、ボリノーク・サマーンに乗っているのはサラである。このまま逃げ回って、それで終わりにするわけにはいかないだろう。彼女は、シロッコの呪縛から解き放ってあげなければならない。ボリノーク・サマーンを誘導するようにM1アストレイで牽制を掛ける。

 

「聞こえて、サラ? シロッコは、私達の世界の技術をこの世界に持ち込んで、混乱を起こそうとしているのよ。それは、この世界の人々を苦しめる事になる!」
『パプテマス様はそんな事は考えていない! エゥーゴを裏切り、今またパプテマス様を裏切ろうとするあなたが、どうしてそんな事を言えるの?』

 

 ミノフスキー粒子下の戦闘では、接触での会話が一番効率がいい。レコアはM1アストレイにビームサーベルを保持させ、ボリノーク・サマーンに向かっていった。
サラもそれは望むところだったようで、ビームトマホークで応戦してきた。お互いの刃が交錯し、2機は最接近する。

 

「騙されているのよ、あなたは! シロッコが戦争に関れば関るほど、この世界はあの男の成すがままになってしまう!」
『それの何がいけないと言うの! パプテマス様が支配するようになれば、ナチュラルだのコーディネイターだのという醜い争いがなくなるわ! そうは思わないの?』
「シロッコが望んでいるのは、自分が支配する世界だけよ! そこには誰の意志も介在しない!」
『パプテマス様は人類をより良く導いて下さるお方よ! やはり、何も分かっていないレコア=ロンドは、パプテマス様の事を何も理解して無かったようね!』
「分かってないのはあなた! 私は、シロッコを分かったからこそ――!」

 

 ボリノーク・サマーンがM1アストレイを押さえ込み、ビームサーベルを弾き飛ばす。レコアは舌打ちし、M1アストレイを後退させてビームライフルを構えさせる。それに合わせてサラもビームトマホークを収納し、ビーム砲を構えさせた。
 ボリノーク・サマーンから強力なビームが飛んでくる。ミノフスキー粒子を応用した加粒子砲であるメガ粒子砲は、この世界のMSの持つビーム兵器よりも強力だ。
ガンダリウム合金の装甲をも貫くそれに当れば、M1アストレイなど一撃でアウトだろう。慎重を期すために、レコアは距離を開けるしかない。

 

「サラはシロッコに囚われている――これじゃあ、あの子が可哀相過ぎるわ……」

 

 何とか説得する事が出来ないだろうか。しかし、それは裏切り者の汚名を被る自分には不可能な事だろう。せめて、カツがこの場に居たのなら何か変わったかもしれないが、全ては身から出た錆。辛抱強くサラに呼びかけるしかないのか。
 レコアはボリノーク・サマーンの足元を狙う。確かにオーバースペックの機体ではあるが、この世界のMSに劣っている点があった。ボリノーク・サマーンは大気圏内での飛行能力を持たないのだ。故にSFSを使用しているのだが、レコアに勝機があるとすれば、それを狙う事だ。
 M1アストレイを、海面を背にしてギリギリに飛行させ、下からボリノーク・サマーンのSFSを狙う。その方が的が大きくなって狙いやすいからだ。

 

「レコアはドダイを狙っている――小癪な!」

 

 サラもレコアの意図に気付き、機体を下降させる。そしてグレネード弾を発射して狙いを狂わせる。水飛沫が上がり、視界を曇らせた。

 

「目くらまし!?」
『遅い!』

 

 レコアがボリノーク・サマーンを見失ったと同時に、サラは再び機体を上昇させて、M1アストレイの上から狙いを定めていた。サラの声を聞いて気付いたレコアは、慌てて回避行動をとらせる。

 

「しまった!」

 

 しかし、サラの攻撃の方が一歩早く、M1アストレイは右腕の肘から先を失う。バランスを崩したレコアは、海面に機体を衝突させ、もんどりを打って海に沈められてしまった。
 レコアは急いでM1アストレイを浮上させたが、そこに既にボリノーク・サマーンの姿は無かった。サラは自分を始末するよりも、アークエンジェルの破壊を優先させたということだ。
本当は自分に恨みを持っているはずだが、それでも命令に従うということは、彼女はシロッコの事を本気で崇拝しているという事だろう。
 そう考えると、レコアは切なかった。自分はシロッコから離れる気になれたが、サラは神を崇める様にシロッコの事を思っている。それは、彼女を正気にさせるには一筋縄では行かない事を示している。

 

「サラを追わなくては……」

 

 レコアは両手で頬を叩き、気合を入れる。呆けている場合ではない。今はオーブの切り札であるアークエンジェルが危機に晒されているのだ。
 ミノフスキー粒子の影響で、オーブの発令所では混乱が起きているはずである。そんな状況で頼りになるのは、自分たちだけだろう。レコアはアークエンジェルに向かってM1アストレイを加速させた。

 

 一方でサラはレコアの考えたとおりにアークエンジェルに向かっていた。フリーダムを行かせてしまったのなら、ディープ・フォビドゥンの2機だけでは苦しいだろう。
 レコアに誘われて、随分とアークエンジェルから引き離されてしまった。海岸線を沿って、格納されている軍港へ向かう。

 
 

 その途中で、サラは砂浜を走る二つの人影を発見した。女性が誰かを追っているようだ。そして、その誰かにサラは見覚えがあった。

 

「ん――? カミーユ?」

 

 パジャマのまま、フラフラなのに全力疾走するカミーユ。その後ろから、茶髪の女性が何かを叫びながら追いかけている。
 サラは何を思ったのか、ボリノーク・サマーンをカミーユの前に着陸させた。すると、彼はその衝撃で倒れてしまう。その様子を見て、コックピットを開けて顔を出す。
 カミーユはやっとの思いで上半身を起こし、サラを見上げていた。その気力を失った瞳に、サラは吸い込まれそうになる。

 

「やはりカミーユだ……こんな所で何をしているの?」
「あ…あなたは! カミーユ君から離れなさい!」

 

 サラが倒れているカミーユを見ていると、悲鳴に似た叫び声が聞こえてきた。目をそちらに向けると、カミーユを追っていたラミアスがこちらを見上げていた。その表情は、いかにも媚びるような感じがして、サラには面白くない顔だった。

 

「あれは――? カミーユを追って女性丸出しで……不愉快な女だ!」
「何ですって……?」
「カミーユ=ビダンはサラ=ザビアロフが頂いていく。返して欲しければ、月のアルザッヘルまで追って来いと、レコアにそう伝えておいて!」

 

 そう言うとサラはコックピットハッチを閉め、倒れているカミーユをボリノーク・サマーンのマニピュレーターで掴む。

 

「なっ…ちょっと待って!」

 

 ラミアスの懇願も空しく、ボリノーク・サマーンはスラスターを吹かして飛び去って行ってしまった。その衝撃波に飛ばされ、ラミアスは砂浜を転げる。止まった所で口に入ってしまった砂を吐き出し、膝に手をついて立ち上がる。
既にボリノーク・サマーンは去っていってしまった後だった。
 と、そこへレコアのM1アストレイがやってくる。ラミアスの姿を見つけ、着陸させてきた。

 

「こんな所で何をしているの?」

 

 コックピットハッチを開き、身を乗り出してレコアがラミアスに問い叫ぶ。しかし、それを受けるラミアスは顔を俯けていて表情を窺う事が出来ない。何かあったに違いないと、レコアは思った。

 

「何とか言いなさい! 今は戦闘中なのよ? こんな所に居たら、危ないじゃない!」
「カミーユ君が――」
「え?」

 

 ボソッと呟くラミアス。レコアには何を言っているのか良く聞き取れなかった。

 

「そんな声じゃ分からないわ。もっと大きな声で言って」

 

 そう言うと、ラミアスは俯けていた顔を上げた。その表情にレコアはギョッとする。眉尻を下げ、眉間に皺を寄せて涙を流していた。口は歪み、息を荒くしている。そして、その口から衝撃的な言葉を告げられた。

 

「カミーユ君が…攫われてしまったの!」
「えぇっ!?」

 

 これにはレコアも驚くしかない。
 確かに、砂浜にはMSが着陸した跡と、それ以外にもラミアスとは別人のものと思える足跡が残されていた。ここにカミーユが居たという話は本当だろう。
 レコアは白くなる頭の中で、考えていた。カミーユが連れ去られたとなれば、必ず助け出さなければならない。エマが居ない今、彼を救出するのは自分の役目だ。
 しかし、それにしてもラミアスはこんな所でカミーユと何をしていたのだろうか。女の顔で泣くだけの彼女を見て、レコアは不愉快だった。そもそもこんな女にカミーユを任せたのが間違いだったのかもしれない。
サラが来ていたとはいえ、こんな事になるのなら自分が彼を守るべきだった。悔しさに、唇を噛む。
 金色の満月が、知らん顔で優しい光を湛えている。レコアは、それが悔しかった。