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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第27話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:22:05

『闇夜に立つ』

 
 

 ジブラルタル基地に降り立ち、早速病院で検査を受けるカミーユとレコア。レコアの方は暫くの入院が必要らしいとのことで、暫く入院する事になった。
 そこで、順調に回復を続けるカミーユは、ロザミアに彼女を看てもらい、早速ガンダムMk-Ⅱのデータの吸出しに取り掛かった。技術で先立った連合の戦力に対抗するためにも、これまでの遅れを取り戻さなければならない。

 

「Mk-Ⅱのデータの吸出し、終わりましたよ」
「お? 流石に早いじゃないか。ナチュラルにしては優秀、優秀」

 

 パソコンからディスク・ロムを取り出し、憮然とした表情でそれをケースに収めて研究員に手渡す。軽い態度でナチュラルであることを卑下した物言いに、カミーユは反感を示していた。自らの優秀さを臆面も無くひけらかし、隠そうともしない態度は、彼らの驕りであると思う。

 

「そういう言い方、見下しているみたいで良くないですよ。あなた達がそんなんだから、戦争が始まってしまったんじゃないですか?」

 

 人はもっと謙虚にならなければいけないと感じた。そういう態度があるから、ナチュラルはコーディネイターに対して良い感情を持てないのだろう。
地球上からコーディネイターを排斥しようとしているブルー・コスモスなる組織の存在は知っているが、どちらからも歩み寄れないのが問題だとカミーユは思う。
 そんなカミーユの言葉にも、研究員は気にする様子は全く見せずに飄々(ひょうひょう)としている。態度を改める気は無いらしい。

 

「コーディネイターはナチュラルに嫉妬される立場にあるんだ。実際そうなんだし、言ったって構わないだろ? この程度の事で怒るなよ」

 

 意地悪そうにそう告げると、研究員はデータを持って去って行った。

 

「全く、だからいつまで経っても争い事ばっかなんじゃないか!」

 

 その後ろ姿を横目で見やりつつ、吐き捨てるように不満を漏らす。あのような意識の持ちようでは、例え戦争が終わっても火種は無くならないだろう。ザフトは、本気で戦いを終わらせる気があるのだろうか、疑わしい。呆れて溜息をつき、デスクに拳を叩き付けた。

 

「済まないね。彼のような偏見は、なるべく失くそうと尽力しているつもりでいたのだが――」

 

 不意に背後から掛けられた声に、カミーユはドキッとした。どこかで聞いたことのあるような低い声。人当たりの良さそうな口調をしているが、その内に潜んだプレッシャーまでは隠せていない。

 

「君の言うとおりだ。これからは、もっと教育を徹底していかなければならないな。意識改革が必要になるだろう」

 

 カミーユの記憶にあるサングラスの男とそっくりの声。思わず本人なのかと錯覚した。

 

「大尉……?」
「ん?」

 

 しかし、振り向いてみると、そこに立っていたのは似ても似つかない人相の男。長い黒髪をゆったりと構え、白地に黒のラインの入ったロング・コートを羽織るその姿は、一見しただけで高級官僚の身分であることが分かる。
ただ、目つきの鋭さに、サングラスの男を連想させられた。

 

「あ……」
「どうしたね? 私を、誰かと間違えているのか?」
「いえ、済みません」

 

 怪訝そうな顔で訊ねてくるデュランダルに、曖昧な表情で言葉を返すしかないカミーユ。
 勿論、サングラスの男が居るわけもないし、居てもらっては困る。これまでの面子を考えれば、全員死亡が分かっている人物だけだ。そんな中に居られたのでは、コロニー・レーザーの脱出前に言った自分の言葉が無駄になってしまう。
それだけは、どうしても認めたくなかった。

 

「あなたは――」
「君とは初対面だったな。プラント最高評議会の議長を務めさせてもらっている、ギルバート=デュランダルだ」
「あなたが――そんな方が僕に何か用ですか?」
「用って程でもないのだが――」

 

 油断してはならない空気を醸し出す人物だ。フランクな語りかけは、彼が自身でも隠せない雰囲気を和らげるための手段なのだろう。尊大な素振りを見せては、相手が警戒してしまうことを知っているのだ。
 ただ、カミーユにはそれは通用しなかった。警戒感むき出しの表情で見上げる視線は、デュランダルの人となりを見定めようとしているかのようだ。
尤も、カミーユが警戒しているのはデュランダルの声がサングラスの男にそっくりであるからであって、これが全く別物の声であったならば、これ程にまで警戒感を示さなかったかもしれない。

 

「君を知っておきたくてね。病床の身でありながら連合軍に拉致され、Mk-Ⅱを持ち帰ったという君に興味があったからさ」
「そんな価値はありませんよ。僕はご存知の通り、この世界ではイレギュラー的な異物です。同じイレギュラーなシロッコ達を、このままにしておけないから協力しているんです」
「君やエマの都合は理解しているつもりだ。私は、この世界からナチュラルとコーディネイターの争いを失くそうと考えているだけに過ぎない。
それを阻害するブルー・コスモスに肩入れするのがシロッコという男なら、それを阻止せんとする君達の協力は是非とも受けたい。利害関係であっても、目的が同じで手を組めれば、それでいいと思っているよ」
「分かっています。だから、僕はこうしてMk-Ⅱのデータをあなた方に流し、協力しているんです」

 

 デュランダルが懐柔しようとしているのが分かる。一定の距離を保とうとしている感じの言葉だが、その実、こちらから歩み寄ってくるのを待っているかのようだ。自分には隙を見せておいて、こちらが油断するのを待っているのだろう。
こういう阿漕(あこぎ)なところが、政治家という人種の体質なのだろう。カミーユは、彼のような裏のありそうな人間が好きではなかった。

 

「ところで、パプテマス=シロッコなる男が核融合炉を完成させたと聞いたが、どんな男なんだ?」
「シロッコ…ですか? 選民思想を持つ、危険な男です。木星帰りと聞いていますが、実態は掴めていません。ただ――」
「ただ?」

 

 カミーユは言葉に詰まる。シロッコは強力なニュータイプ能力を持った人物である。それに、自身でMSを開発し、政治的策謀にも長けている。ティターンズを掌握し、ジャミトフ派であるバスク=オムを排除した手際も見事であると言わざるを得ない。
しかし、そんな人間がどうしてニュータイプなのだろうか。人と分かり合えるための力がニュータイプであるというのが、カミーユの実感だ。そういう人間であるはずのシロッコが、どうして他人を支配しようとしか考えられないのか。
 かつて、ギレン=ザビはジオン国民による選民政策を掲げて地球連邦軍に宣戦布告した。それと共鳴するかのようなシロッコの考え方は、しかしギレンとも違うはずだ。彼の目的は一部のエリートによる徹底管理された世界。
そして、それを行うのは自分だと思っているに違いない。

 

「――自意識過剰なんです。他人を見下し、人を家畜にしか考えられずに、自分だけは高みに居ようとする……僕はそれが許せませんでした」
「分かる話だな。コーディネイターは、ナチュラルに対してそういう側面を持っていないとは言い切れないのが悲しいところだ」
「ティターンズは地球至上主義を掲げ、スペース・ノイドを弾圧してきたんです。その傲慢が反感を呼ぶだけだって分からないから――」
「ティターンズは君達に敗れた訳か」
「デュランダル議長なら、そういう事がわかるはずです」

 

 先ほどの研究員が放った差別的な発言は、デュランダルの思想が行き渡っていないことを示していた。それは彼の怠慢であり、カミーユの言う自意識過剰であるという事。放って置けば、例え戦争に勝利しようとも、争いの火種は燻り続け、未来永劫戦いは無くならないだろう。
本気でナチュラルとコーディネイターの融和を考えているのなら、デュランダルはもっと自分の考えを、末端に至るまで示さなければならない。

 

「君の言うとおりだな、カミーユ君。連合が核融合動力のMSを出してきたことで、少々頭の中が戦略的になりすぎていたようだ。こんな事では、本当に戦争に勝つという意味では、不甲斐ないな」

 

 眉を顰め、デュランダルの表情の機微を注視する。こういう人間は、得てして他人の意見を率直に受け入れられないのが常道だ。自らの考えを凝り固めてしまっているばかりに、他人の意見を受け入れる土壌ができていないのだ。
 それなのに、このデュランダルという男はどうだろうか。カミーユの言葉を一笑に付すわけでもなく、自らの醜態を恥じている。そんなカミーユの考えと矛盾した彼の仕草が、信じられなかった。

 

「…どうしたかね?」

 

 怪訝な視線を向けられていることに気づいたデュランダルが、首を傾げて訊ねてくる。聞かれ、カミーユはハッとした。

 

「いえ…デュランダル議長って、どうしてそんな風になれるんです?」

 

 率直な疑問だった。彼の醸し出す雰囲気には油断ならないものを感じるが、柔和な物言いには彼の本質が含まれているような気がした。そういう矛盾が、デュランダルという人物像を曖昧にしてしまっているのかも知れない。
どの程度の人間が、彼の曖昧さに騙されているのだろうか。デュランダルは、“いい人”なのかもしれないと、漠然ながら思った。
 そんなカミーユの意図が透けて見えてしまったのか、デュランダルは少し笑うと、ゆったりと近くにある椅子に腰掛けた。

 

「老人というものは、感性が錆付いてしまっていてね、若者の言葉にいちいち感心させられてしまうものなんだ。だから我々は、こうして君のような鋭い感性を持った若者と話すことで、少しでも精神の衰退を遅らせようとあがくものなのさ」

 

 前言撤回。デュランダルの言い分に、カミーユは失望せざるを得なかった。自らを古い人種として意識している人間に、どれほどの事ができようか。まだ若いはずなのに、こうして自らを老人と言い切ったデュランダルには世界を変えようという気概が足りないと感じる。
 かつても、そう言って責任から逃れようとした男がいた。

 

<新しい時代を創るのは、老人ではない>

 

 彼のどこが老人なのだろうか。皆、命を懸けてその男が立つことを信じていた。カミーユも信じようとしていた。しかし、彼は既に自身の時代を諦めていた。強力なニュータイプであるシロッコやハマーンの存在が、彼の気概を殺してしまったかどうかは分からない。
ただ、人の希望を背負って行かなければならない人間が、どうして自らを時代遅れの人間と決め付けることができようか。それは単なる現実逃避で、彼自身が面倒くさがっただけだ。

 

「…そういう気概なら、無い方がマシです」
「ん…?」
「僕は、あなたの様に自分を老人と偽って逃げようとした人を知っています。それは、命を懸けてくれた人達に対する裏切り行為です」
「そういう考え方もあるか――いや、謙虚に見せていたつもりだったが、そう見えてしまっては私の器が知れてしまうな。気を付けよう」

 

 カミーユはモニター画面に視線を落として、拳を震わせていた。その様子に、目を細めて頬杖を突くデュランダル。それから少し眺めた後、立ち上がった。

 

「君という人間が少しは分かったような気がするな。君は、物事の本質を見抜く力に長けているようだ」
「買い被り過ぎです」
「そして、私にコーディネイターとナチュラルの間を取り持つことが出来ると判断し、期待を寄せてくれている――だから、君は私が私の事を“老人”と言ったことに対して苦言を呈したのだろう?」
「僕にそこまでの事は分かりませんよ。僕はただ、感じたことを口に出しただけで、それを占いみたいに言われても――」
「そう思わせてくれ。君には、どこかそう思わせてくれる不思議な魅力を感じるのだ。…君の力に期待している」

 

 そして道を外した時には、カミーユの力は自分を切り裂く刃になるだろう。彼は無闇に体制に反感を持っていたわけではない。間違っていることがハッキリと分かるからこそ、ティターンズにシロッコに反抗し、そして今の所はプラントに味方してくれている。
それが間違いだと思ってしまった時、彼の矛先は、真っ先に自分を狙ってくるだろう。その片鱗を、垣間見た気がした。

 

 デュランダルはそのままカミーユを横目で見やり、去って行った。残されたカミーユは親指の爪を噛み、コンピューターのデータを呼び出した。
 君の力に期待している――そう言い放ったデュランダルは、カミーユの感性に期待していた。正直、カミーユ自身にその様な驕りとも取れる先見性を持っているという自覚はないし、そういうつもりで会話をしたわけではなかった。
しかし、デュランダルはまるでそれがカミーユにあるかのように断定的に言って見せた。彼には、人の中にある才能を見出すセンスがあるというのだろうか。そうでなければ、最高評議会の議長など務まるはずもないのかもしれないが。

 

 ジブラルタル基地は今、新型の最終調整で空いている工廠施設が無いらしい。故に、オーブへ戻るまではΖガンダムの開発は御預けだが、直ぐにでも取り掛かれるように準備だけは進めておこうと、カミーユはキーボードを叩き、Ζガンダムの基本となるデータを入力し始めた。

 
 

 日が暮れ、空はうす曇りの漆黒の夜。座礁するように接岸するJ.Pジョーンズに、一機のMAが着艦する。円盤型の黄色いMAの下部ハッチが開き、折りたたまれた梯子が展開され、そこから青いパイロット・スーツに身を包んだ男が降りてくる。
出迎えにきたクルー一同が敬礼を向けると、男も軽く手を上げて応えた。

 

「艦長は誰か?」
「私であります」

 

 呼びかけると、その中から制帽をかぶった実直そうな男が一歩足を進めて前に出てきた。冷静沈着そうな面持ちに、男は口元を緩める。

 

「新たにファントム・ペインの指揮官となった、ブラン=ブルターク少佐だ。ネオ=ロアノーク大佐がMIA認定を受けたので、その代理でやってきたものである」

 

 クルーを見渡し、一通り顔つきを確認する。全員選抜された面子だけあり、精悍な顔をしている。中でも、パイロットの面子の中には、自分と同じ境遇のものが居るという話だ。実際に面識があったわけではないが、一目で誰がそうなのか分かった。

 

「諸君が優秀なおかげで、このJ.Pジョーンズは今日まで戦いを潜り抜けてこられた。私は、そんな諸君を指揮できる立場になれたことを誇りに思おう」

 

 暗闇でよく見えなかったが、J.Pジョーンズの外観は酷く、ボロボロの状態だ。ブランの言葉を受けたクルーは、それが皮肉にしか聞こえなかったのも無理も無い。反感の意思を示すように、アウルが歩を出した。

 

「そんなおべっかで俺達を抱きこめると思うなよ。ネオが帰ってきたら、お前なんか直ぐにお払い箱なんだからな!」

 

 気に障る声に、ブランは横目でアウルを見やった。おかしくなるくらい子供の顔つきをした少年が、鼻息を荒くしてこちらを睨み付けている。顎を上げ、嘲笑するように余裕の笑みを浮かべてやった。

 

「戦死と変わらんと聞いているが?」
「ネオはあんな程度で死ぬやつじゃねぇ!」

 

「よしな、アウル」

 

 隣にいた背の高いブロンド・ショートの女がたしなめる。アウルはライラの制止に振り向き、どうしてだ、といった表情で見上げていた。どうやら、同じ匂いのする彼女がMS部隊の隊長なのだろう。

 

「堪え性の無い男は嫌いだよ。あんたはもっと賢くなりな」
「どういうことだ?」
「軍人は、屈辱でも時には従って見せなければならない時がある。反抗ばかりしている今のあんたは、まだまだ子供だ。大局的なものの見方を覚えな」

 

 言われて、アウルは先程までの勢いが嘘の様に黙り込んでしまった。不満げな表情に変化は無いが、生意気な少年が即座に口を閉じたのは、ちょっとした驚きだ。

 

「貴様がこの娑婆ガキの教育係か?」
「ハッ、ライラ=ミラ=ライラ大尉であります」
「成る程な――」

 

 敬礼で応えるライラ。そして、他のジェリド、マウアー、カクリコンといった面子がそうなのだろう。何となく、雰囲気が似ていた。そして、そんな彼らが面倒を見ているのが、先程から息巻いているアウルと同じく反抗的な顔つきをしているスティング。
J.Pジョーンズは瀕死だが、パイロットにまだこれだけの面子が揃っているのなら、戦えないことも無いとブランは思った。

 

「それで、早速だがミネルバとアークエンジェルの位置は特定できているか?」

 

 実直そうな艦長、イアンに振り向き、尋ねる。

 

「捕捉はしていますが――」
「よし…ならば、MS隊は直ちに出撃の準備に取り掛かれ。これから、この暗闇に乗じて夜襲を掛ける」

 

 その言葉に騒然となる。こちらはJ.Pジョーンズが大きなダメージを負っている上に、補給もままならない状態なのに、いったい何を考えているのか、混乱し始めた。

 

「今からでありますか?」
「そうだ。いかに奴等と言えども、このタイミングで仕掛けてくるとは思うまい。この機会に、小手調べをしておきたいと思ってな」
「しかし、ここは既にザフトの勢力圏内で、ジブラルタルからの増援もやってくるやも知れません。そうなれば、このJ.Pジョーンズは終わりです」
「ザフトに我々の存在を知らせるのだよ。デストロイの性能試験が実施中なのは知っているだろう? だから、ザフトの目はこちらに向けさせておかなければならない。出撃はMS隊のみで行う。J.Pジョーンズを危険にさらしたりなどはせんよ、心配するな」

 

 そう言ってブランはクルーの一人からカップを受け取り、ストローを口につけて水分を補給し始めた。イアンは戸惑いを浮かべていたが、その堂々とした佇まいに安心感を覚えた。ネオとはまた別のタイプの指揮官だと感じた。
敢えて言うのならば、自分と似たタイプの軍人なのだろう。仕事に忠実な、職業軍人の類であると見えた。

 

「ザフトはまだミノフスキー粒子の存在を完全に理解していない。気づかれない程度に撒いておけば、この闇夜だ、簡単には見つかりはせん」
「ハッ」

 

 そして、新たな技術に関しても詳しいと見える。そう考えれば、ジェリド等と同じように身分不詳の“イレギュラー”なのだろうが、そんな事は関係ない。優秀な指揮官であれば、後の事は特に拘るべくも無かった。
 ブランはストローから口を離すと、カップを近くのクルーに押し付け、声高に叫ぶ。

 

「よし、MS隊は準備を急げ! 夜が明ける前には作戦を終了するぞ!」

 

 ブラン=ブルタークによる初めての作戦が、始まる。

 
 

 夜も更け、自室で眠るシン。寝苦しいのか汗を掻き、若干魘(うな)されていた。

 

 シンは夢を見ていた。楽しかった妹のマユとの思い出は、桜の花びら舞う公園の中。悪戯っぽい表情で自分をおちょくるように逃げる彼女を、翻弄されながらも楽しげに追いかける。2人の笑い声が、永遠を感じさせるように響いていた。
 しかし、その永遠に続くかとも思われた楽しい時は、一瞬で地獄へと様変わりした。桜の花びらは消え、辺りは燃え盛る木々と、無残にも抉(えぐ)れた大地。炎の熱を全身に感じ、心の臓まで燃やされるのではないかという恐怖が頭の中を支配した。
 そして、正視するのも憚(はばか)られる死屍累々の惨状。シンはその場にへたり込み、がっくりを肩を落とした。
 ふと、手元の中で震えて鳴っている携帯電話があった。涙で霞む瞳でそれを見やると、何の気も無しに通話ボタンを押し、それを耳にあてた。

 

<ねぇ、どうしてマユを置いてっちゃったの?>

 

 瞬間に大きく目を見開き、思わず携帯電話を耳元から離した。

 

<ねぇ、どうして?>

 

 しかし、その声は携帯電話を離しても、頭の中に直接語りかけてくるように、しかしスピーカーを通したようなくぐもった音声で聞こえ続けている。顎が震えだし、先程の熱さとは変わって、今度は全身を氷漬けにされたような悪寒が襲ってくる。

 

<どうしてお兄ちゃんだけ生きているの?>

 

 寒いはずなのに、体が悴(かじか)んで震えることすら出来ない。辛うじて瞬(まばた)きと視線を動かす事が出来る程だ。手で耳を塞ごうかとも考えたが、それも不可能。

 

<生きてるって、幸せ? マユはもう生きられないの? 誰のせい? お兄ちゃんのせい――?>
(うわあああぁぁぁ――……ッ!)

 

 叫びたくても声が出ない。喉が凍りつき、声帯もまるで振動しない。顎も遂に固まり、半開きのままだらしなく跪いているのみ。それしか出来なかった。シンは最後の力を振り絞り、何とか目蓋を下ろして惨状から逃げた。

 

 途端に聞こえなくなる声。暗闇の中、静寂が包み、訪れた安堵感にシンは胸に手を当て、ホッと一安心する。ふと気付くと、先程までの悪寒が消え、体が動くようになっていた。
 そっと、目蓋を上げてみた。

 

<シン、どうしてあんな無茶をしたんだ?>

 

 心臓が止まりそうになるほど慄いて、腰が砕けた。勢いよく尻餅をつき、こちらを見下ろしている少女を見上げた。ボロボロの服装に滴る血。纏め上げられたポニーテールは所々が解(ほつ)れている。

 

<あんたが無茶をしたからあたしが助けに行ったのに、どうしてあんたはあたしを助けてくれなかったんだ?>

 

 ゆっくりとしゃがみこみ、顔を寄せてくる。シンは微かに悲鳴を上げ、後ずさった。

 

<自分だけ生きて、あんたはそうやって周りにいる人をどんどん不幸にしていくんだね>
(ち、違う!)

 

 張り上げたくても出ない声。喉に何か詰まっているような圧迫感を覚え、必死にもがくように手を喉元に添える。恐怖に声帯が痙攣を起こしているのか、それともショックのあまりに声を失ってしまったか。

 

<きっと、将来は一人だね、お兄ちゃん>
<シンの周りには死体が山のように転がっていんだろうね>
(な、何で2人が――!?)

 

 薄ら笑いを浮かべて一方的に語りかけてくる2人の少女達。シンはそれに応えることも反論することも出来ずに、唯もがくのみ。

 

<ほら、こんな風に――>
(ひぃ……ッ!?)

 

 促されて自分の周囲を見渡してみると、そこには人の屍骸が散在していた。中には見知った顔や、両親の姿までもあった。

 

<きっと、まだ増えるよ。例えば、こんな人とか>

 

 ゆっくりと視線を泳がせると、うっすらと浮かび上がるように新たな亡骸が現れる。最初にルナマリア、次にレイ、アスラン。そしてメイリン、タリアと増えていき、遂にはエマやカツの姿も出てきた。

 

<みんなみんな、お兄ちゃんのせいで死んで行くんだよ、きっと>
<人を不幸にする天才だもんな、シンは>

 

 シンを取り囲むようにぐるぐると回り始める2人。抗う術も無く、ひたすら耳を塞いで耐えるシン。目を閉じ、無心になろうと意識を集中させた。しかし、溜まるのはストレスと罪悪感。

 

(違う…違う…ちがう…ちがう…チガウ…チガウ……! これは、みんなあいつらが――……ッ!)

 

 呪文のように呟き続ける。そして、いつしかどんよりとした意識の最下層に落ちて行った。

 

 同じ部屋で就寝していたレイは、悪夢に魘されるシンの呻き声に目を覚ましていた。寝惚け眼のままベッドを這い出し、部屋の電気を点す。うまく開かない目を擦りつつ、魘されるシンに呼びかけた。

 

「おい、大丈夫か、シン?」

 

 しかし、呼びかけてもシンは呻き声を上げるばかりで一向に目を覚ます気配が無い。顔には汗が浮かんでいて、顔色も若干熱っぽいようだ。頬の辺りが上気して赤くなっているような気がする。レイは手をそっとシンの額に当ててみた。

 

「…これは」

 

 素人でも尋常ではないとハッキリ分かるほどの熱を帯びている。コーディネイターは、普通よりも強靭な肉体を持っているもので、滅多な事では病気などしないはずである。
それがこうして熱を発しているということは、シンは何か重大な病気にかかってしまっているのかもしれない。レイは慌ててシンの体を起こして腕を肩にかけ、医務室へと向かっていった。

 

 その頃、アスランも眠りについていた。この所連戦続きで、体の疲労も溜まってきている。昔の勘を取り戻せてきたとはいえ、体は正直なもので、あちこちに筋肉痛などの弊害が出始めていた。
やはり、ボディー・ガードとはいえ十分なMSの訓練は続けておくべきだったか。休める時に休んでおかなければ、気合は十分でも体がついて行けないという事も起こりうるだろう。
 そんな事を考えてゆっくりと眠っていると、急に艦内警報が鳴り響いた。警戒レベルはレッド。恐らく、敵襲だろう。

 

「こんな時間に、よくもやってくれる!」

 

 愚痴をこぼしながらもアスランは跳ね起き、即座に軍服に着替えると部屋を後にした。

 

 パイロット・スーツに着替え、MSデッキまでやってくると、カツは既にムラサメの前で待機している状態だった。少し遅れてルナマリアが駆けつける。

 

「もう、夜更かしって肌に悪いのに!」

 

 彼女も寝起きだからか、あからさまに不機嫌な態度で頬を膨らませている。何となくだが、ルナマリアは朝に弱いタイプなのではないだろうか。余計なことと思いつつも、そう考えた。
 アスランは壁に張り付いているモニターでブリッジを呼び出し、状況を尋ねた。

 

「敵は例の“ファントム・ペイン”とか言うのか?」
『前回の戦闘で出てきたダガー4機と、カオス、アビス、それに新たに機種不明機が接近中です』
「機種不明機? 連合は新型を投入してくる余裕があると――こちらの数では少々厳しいか?」

 

 受話器を置き、アスランは淋しくなってしまったミネルバのMSデッキを眺め、歯を食いしばった。先の戦闘でレコアの乗っていたザク・ファントムは大破。エマの乗っていたザク・ウォーリアも、戦闘に耐えうる状態ではない。
戦力として数えられるのは、ムラサメが2機と、セイバー、インパルス。そして、いざとなればアークエンジェルからもM1アストレイを出してもらうかもしれない。対する相手は手練のパイロットが乗る機体が7機。
アスラン一人でその内の2人を引き受けることが出来るが、それでもまだ頭数が一人足りない。

 

「シンとレイはまだか!」

 

 それにしても、シンとレイの到着が遅い。状況に悩まされて、ついつい怒鳴ってしまったが、それにあぶり出される感じでレイがやって来た。余程慌てていたのか、少し息を弾ませているのが意外だった。

 

「申し訳ありません、ザラ隊長」
「遅れた分は後で修正にかける。それよりも、シンはどうした? 同じ部屋ではなかったのか?」
「それが――」

 

 冷静な顔つきをしているが、やや落ち着きが無いのが分かった。何事かあったのだろうと眉を顰めるアスラン。

 

「どうした?」
「シンは高熱でダウンしました。今、病室で点滴を受けている状態です」
「何だって……!?」
「診てもらった話では、心労から来る発熱だろうと言っていましたが――」

 

 こんな時に洒落にならない事態が起こった。自分のセイバーと並んで貴重な戦力であるシンのインパルスが出撃できないというのだ。これは、かつて無い緊急事態。敵の戦力を考えれば、非常に危険な状態だ。

 

「こちらの戦力がダウンしているときに――!」
「シンは、きっと今までずっと無理していたんだと思います……」

 

 歯噛みして壁に拳をぶつけると、ルナマリアが発した言葉に振り向く。視線を落として、暗い表情をしていた。

 

「どういうことだ? 俺の目には、ガルナハンでのショックも随分和らいできたように見えていたが――」
「御両親の事とか、妹さんの事とか…コニールだけの問題ではないと思うんです。あいつ、言っていました。自分のことは自分で何とかするって――それで、みんなに迷惑を掛けないように、あいつなりに気を遣っていたんだと思います」
「何をバカな――!」

 

 そんな様子は微塵も気付けなかった。最近まで自身の事で精一杯だったアスランには難しいことだったのかもしれないが、隊員の微妙な変化に気付けなかった自分の浅はかさが恨めしい。
このタイミングでこの様な事態が起こったということは、きっとそんな自分に対する罰なのだろうと思った。それでミネルバを危険に晒さなければならなくなったのなら、この危機を収拾しなければならないのは自分の役目だ。疲れているなどと言っている場合ではない。

 

「…とにかく出撃だ。インパルスはレイが代わりに担当しろ。遊ばせておくのがもったいない」
「了解です」

 

 簡単にそれだけ告げると、アスランはセイバーに向かって走り出し、ゴンドラでコックピットに乗り込んだ。レイも同じくインパルスに乗り込む。先日の配置転換でインパルスは経験済みだ。

 

「あいつ、そういうナーバスなところがあるんだよな。あの時だって――」

 

 カツは思い出していた。ガルナハンでコニールの亡骸を抱え上げていたとき、静かに、しかし咆哮を上げているかのような震え方をしていたのを見ていた。その姿に掛ける言葉も見つからず、唯じっと見守っていることしか出来なかったのを、悔しく思っていた。

 

「ルナマリア、ディオキアで慰められなかったのか?」
「拒否されちゃったわ。シン、同情を掛けられるの嫌いだから――」
「ナーバスなくせに人の厚意は殴り飛ばすんだよな、あいつ!」

 

 出撃を急かす声に当てられ、カツは慌ててムラサメに乗り込んだ。それに続いてルナマリアもエマの使っていたムラサメに乗り込む。前回の戦闘で使い物にならなくなったザク・ウォーリアの代わりだ。

 

「セッティングは、ヴィーノがあたしに合わせてくれているけど――」

 

 ルナマリアはムラサメの動力に火を点け、システムを起動させる。M1アストレイと同じオーブ製だけあり、操縦感覚はほぼ一緒だ。

 

『ルナマリア機、発進スタンバイ!』
「ルナマリア=ホーク、発進よろし! …出ます!」

 

 初めて経験する、シンの居ない戦闘。アスランもレイも居るのに、無性に心細いのは、何故だろう。スロットル・レバーがやけに重く感じられた。

 
 

 黄色の円盤を先頭に飛来するファントム・ペインのMS部隊。ミネルバ側も彼らの接近に気付いているようで、灯りも殆ど消えていた。月の灯りも期待できないこの暗闇では、視認は困難だろう。出撃したと思われるMS隊のバーニアの光だけが、存在を示している。
ブランは舌なめずりをし、カクリコンに照明弾の発射を合図した。
 パァンという乾いた音と共に強烈な光が一帯を照らし出す。すると、視線の先にJ.Pジョーンズと同じように接岸するミネルバとアークエンジェルの姿が浮かび上がった。それと同時にイーゲル・シュテルンやゴット・フリートなどの弾幕で迎撃してくる。

 

「フン、やられているのはJ.Pジョーンズだけではないようだな!」

 

 両艦とも満身創痍と呼ぶに相応しい程の損傷を受けているのが分かる。ジブラルタル基地が近いのにこんな所でのんびりしているのは、きっとまともに航行するのも難しい状態だからだろう。
ミネルバは見た目どおりにボロボロ、アークエンジェルも“足”の先端が焼け焦げている。相手もMS部隊に頼るしかないはずだ。

 

「ライラ大尉が苦戦したという隊長機はあれか?」

 

 存在を誇示するように真紅の機体を見せびらかすMSが居た。明らかに他のMSとは違い、スムーズにこちらの攻撃をすり抜けてくる。

 

『ブラン少佐、そいつは――』
「この俺に任せておけばいい。こいつは、俺がもらったぁッ!」

 

 アッシマーの変形を解き、大型ビームライフルでセイバーを狙撃する。それをひょいとかわして見せたその動きは見事だ。無駄が無く、さらに的確な狙いで反撃してきた。ブランはアッシマーを横滑りさせるように機動させて軽々とかわす。

 

「さすがにやるな? …ライラ大尉、セイバーは引き受けた。貴様達は他の面子を相手にしろ」
『了解』
「さて…この俺の目を誤魔化せるかな?」

 

 同じ可変型のMS同士。使い勝手ではセイバーの方が上だろうが、アッシマーは核融合炉搭載という地力の優勢さがある。パワーで勝っていれば、セイバーの火器が如何に多かろうが、それはブランとって問題ではない。
 対するアスランもそれが分かっているのか、カツからのアッシマーだという報告を聞いて、いよいよ遭遇した核融合炉搭載型MSに戦々恐々としていた。違うMSとはいえ、キラのフリーダムはアッシマーと同じ核融合炉搭載型MSに敗れたのだ。

 

「ビームライフルの威力が全く違う……!」

 

 ミノフスキー粒子を粒子加速器で熱線として飛ばす方式のビームライフルの威力は、それまでのバッテリー動力からのエネルギー供給で発射していたビームの威力とは一線を画する。
シールドで簡単に防げていた今までのビームとは違い、掠っただけでも溶かされる。それは、前回の戦いでもスローター・ダガーが持っていた最新型のビームライフルにも言えた事だ。それを、核融合炉搭載型が持っている。脅威に感じないわけが無かった。
 アスランはフォルティス砲を左小脇に抱えさせ、ビームライフルと併用して散射する。アッシマーの弱点である、MS状態での自由飛行不可を突いて、何もさせないつもりだ。
 しかし、アッシマーはMA形態になっても、こちらに向かってビームを撃ってきた。極端に射角の狭くなるMA形態でありながら、セイバーの砲撃を軽やかにすり抜け、ビームライフルを向けてくるのである。
 ただ、マウアーやライラ等の腕前を思えば、この位の芸当は出来て当たり前なのかもしれない。認識の甘さに一つ舌打ちをし、接近して変形を解いたアッシマーに向かってビームサーベルを振り上げた。
相手の武器はビームライフル一丁のみという、何とも漢(おとこ)らしい装備。こちらの仕掛ける格闘戦には対応できないはずだ。

 

「この距離では何も出来まい!」
『フンッ! MSに手足があるのは何故だと思う?』
「何ッ!?」

 

 アッシマーはハイ・キックでセイバーの保持するビームサーベルを蹴り上げ、続けて左フックで頭部を殴りつける。更に叩きつけられた右のボディー・ブローで、セイバーの姿勢がくの字に折れる。

 

「く…は……ッ!」

 

 揺れるコックピットで必死にコントロール・レバーを握るアスラン。格闘武器を持たないアッシマーが格闘技紛いの動きをしてくるなど、考えが及ばなかった。これも、認識の甘さだというのか。

 

『フェイズ・シフトとか言うやつか。ダメージが無いようだが――』

 

 間髪入れずに構えるビームライフル。アスランはそれに気付き、側等蹴りを放った。今度はアッシマーの機体がくの字に折れ、ブランは即座に変形させて接近レンジから離脱する。

 

「見た目に騙されていた――あのMSはビームライフルしか持っていないんじゃなくて、ビームライフルしか必要ないんだ……!」

 

 何故アッシマーというMSが核融合炉を搭載していながらも武装がシンプルなのかが分かった気がする。あれ以上の武装を付加する必要が無いからだ。性能の高いMS程、武装はシンプルになっていく。それは、それだけで十分だからという意味だ。
アッシマーは、それを体現していると言ってもいいMSなのだろう。キラの話していたジ・OというMSも、そういうMSだったらしい。
 それならば、その性能の差を埋めるためにも、こちらは豊富な火器をふんだんに使用し、対抗するしかない。

 

「こんなのが大量に出てくれば、確かに溜まったものじゃないな――!」

 

 キラの言葉の意味がやっと理解できた。相手は、こちらの知っている技術の数年先を行っている。そう思えばこそ、ガンダムMk-Ⅱだけでも先にジブラルタル基地に向かわせたのは大いに正解であったと思う。
 次世代機の開発がザフトでも進んでいるというが、目の前のアッシマーのようなMSとまともに戦うためには、一刻も早い完成が望まれる。その時を迎えるためにも、アスランは向かってくるアッシマーに抗う。

 
 

 激しく揺れるアークエンジェル。装甲にダメージを負っているミネルバの盾になる為に船体を前面に出しているが、如何せん敵のMS部隊の数に対してこちら側のMSの数が少なすぎる。
ラミネート装甲の排熱処理でも追いつかないメガ粒子砲の威力が、徐々にアークエンジェルを苦しめていっていた。ブリッジでは、いつ落とされるやも知れないと気が気ではない。
 怪我の治りきっていないキラはブリッジでその様子を見ていたが、これ以上は黙っていられない。しかし、振り返ってブリッジを飛び出そうとした時、サイに呼び止められた。

 

「何処行くんだ、キラ!?」
「デッキにはアストレイがあるんだ! この状況を黙ってみてられないよ!」
「でも、お前…そんなんじゃ!」
「何もしないまま死ねるもんか!」

 

 サイの制止を振り切り、キラは駆け出した。ラミアスもその様子に気付き、手を伸ばしかけたが、敵の攻撃の激しさに憚られてしまった。

 

「キラ……」
「サイ! 余所見をするな!」
「は、はいッ!」

 

 キラが気になって仕方ないといった様子のサイ。チャンドラに叱咤されて、慌てて計器に目を戻す。

 

「出てもらうしかないだろ! 相手はこの間の俺たちの奇襲の報復にやって来たって連中だ! 数が足りないのなら、MSを動かせるキラにだって頑張って貰う!」

 

 チャンドラの言うことも尤もだと思う。実際に、フリーダムが健在であったならば彼の出撃には何も心配する事がなかっただろう。それだけの腕前を持っているし、ジ・Oに敗れたとはいえ、それ以外に彼が負けることなど考えられない。
 しかし、彼は治りかけとはいえ怪我人である。そして、彼の性格が心配だった。こういうピンチの時ほど、彼は無茶をするのだ。

 

「俺は――」
「気持ちは分かるが、キラに任せるしかないんだよ。そうでなければ、俺たちが死ぬ」
「フレイの時にあいつは――」

 

 当時、無敵たらしめたフリーダムを、半壊させてしまった過去がある。その原因は、連れ去られていったフレイ。あの時も、何とかして彼女を連れ戻そうと、躍起になって追っていた所を狙われた。キラには、そういった自己を見失うような優しさがある。
 そのとき、ミリアリアのところにキラからの発進スタンバイの通信が入ってきた。インカムに手を当て、激励の言葉を掛ける。そしてその後にインカムを外し、サイに差し出した。

 

「サイ、何かキラに言うことは?」
「え……?」

 

 促されるままにインカムを手渡され、それを耳に当ててマイクを口元に当てる。

 

『サイ……』
「…キラ、無茶はするなよ。お前はいつも――」

 

「早く出せ! 敵は待っちゃくれないんだぞ!」
『は、はい! M1アストレイ、出ます!』

 

 チャンドラに急かされ、キラは慌ててM1アストレイを出撃させる。そんなチャンドラを、恨めしそうに横目で睨み付けるサイ。それを気に掛けることなく、チャンドラはモニターを凝視したままでサイに言う。

 

「この艦に乗っているのがお前1人だけならいい。だが、アークエンジェルは俺達の運命共同体なんだ。ミネルバが戦力ダウンしているなら、こちらからもキラを出さなくちゃならない。割り切れ、サイ」
「分かってます……でも、あいつは俺達を助けるためには死をも恐れない奴ですよ? そういう奴に、激励の言葉を掛けるくらいのことはしてもいいじゃないですか……」
「生き残る事が前提だ。後で褒めてやりゃあいい」

 
 

 飛び出したM1アストレイ。スローター・ダガー4機とG2機との攻防の中に割り込んで行く。キラは忙(せわ)しなくOSの書き換え作業を戦闘と平行して行っていた。

 

「ルナマリアって子が使ってたから、レコアさんが使ってたよりは僕に合っているけど――」

 

 気付いたジェリド、マウアーのスローター・ダガーと、カオスが襲い掛かってくる。

 

「まだ甘い!」

 

 集中砲火を受け、キラはM1アストレイを回避行動に専念させる。
 キラの反応速度は、常人を遥かに上回る。例え同じコーディネイター用のセッティングでも、キラにしてみればレスポンスの悪さが気になって仕方ない。かつて、ストライクのOSを書き換えたときも、その異常なセッティングに誰もが度肝を抜かされたものだ。
 キラは横目で敵機を確認しつつ、回避行動を続ける。それを追うように3機からの砲撃がとんでくるが、それを海面に近い位置で鮮やかにかわしつつ、キラはOSの書き換えを急ぐ。いくらM1アストレイでも、セッティングさえバッチリ合えば何とか戦える筈である。
その機を伺いつつ、砲撃で上がった水飛沫(しぶき)の中に身を隠して逃げ続けた。
 そんなキラの思惑など知らないジェリドは、怪訝に思っていた。あれでは、まるで自分1人だけ逃げ出す為に出てきたようなものだ。こちらの攻撃を全てかわしたことから、かなりの腕前の持ち主だと分かるが、それだけでは納得できない。

 

「何だ、あのアストレイは? 前回のような素人が乗っているんじゃないのか?」

 

 奇妙な動きのM1アストレイ。並ではない機動をするくせに、交戦の意思がまるで見えない。悪意を感じるとか、そういった感覚的な意味合いではなく、動きがそう見える。

 

『臆病者が! ジェリド、あいつは無視して戦艦のほうをやろうぜ!』

 

 スティングの苛々混じりの嘆息。彼の気持ちも分からんでもない気がした。インパルスとムラサメの2機はライラ達が相手をしている。目の前のM1アストレイが逃げる素振りを見せているのなら、その方が得策だと感じた。しかし、それだけだろうか。

 

『待て、スティング』

 

 その時、マウアーが通信回線を開いてくる。ジェリドと同じ懸念を抱いたからなのか、スティングに制止を掛けた。

 

『ジェリド中尉、ここから逃げるのなら、アストレイはジブラルタルへ向かうと考えるますが、どう思います?』

 

 その通りだと感じた。マウアーの言うように、相手は戦況が不利と感じ、M1アストレイをジブラルタル基地への使いに出したのではないだろうか。距離的には、MS単独でも辿り着ける位置だ。
一縷(いちる)の望みという奴かもしれないが、例えミネルバとアークエンジェルがやられてもファントム・ペインをそのままにしないという意思表示だとジェリドは捉える。

 

「そうかもしれんな……よし、俺がアストレイを追う! マウアーとスティングは邪魔なアークエンジェルに仕掛けろ!」
『了解』
『1人で大丈夫か、ジェリド?』
「アークエンジェルを落としてから言え!」

 

 二手に別れ、マウアーとスティングがアークエンジェルに向かう。ジェリドのスローター・ダガーだけがキラのM1アストレイに食らい付き、攻撃を仕掛けてくる。その様子に気付いたキラは、しまったとばかりに振り返った。

 

「まずい! 引き付ける事ができなかった!」

 

 慌ててビームライフルを構え、アークエンジェルへ向かう2機の背後から砲撃を加える。後ろからの砲撃に気付いた2機は立ち止まり、ジェリド機は接近戦を挑んできた。
 キラはカメラ・モニターを睨みながらも、尚も続けているOSの書き換え作業のピッチを上げる。高速でしなやかにキーボードの上で踊る指先は、もはや適当に叩いているようにしか見えないほどの速度で次々とM1アストレイのOSを書き換えて行く。
 正面からビームサーベルを振りかぶってくるスローター・ダガー。キラはそれをシールドで跳ね除け、バルカンで脅しを掛ける。

 

「チッ! こいつは一体何をしようってんだ!?」

 

 苛立つジェリド。キラの意図が見えないだけに、その行動に憤りを感じた。

 

「あと少し――」

 

 一方のキラは書き換えの最終段階に入った。キラの要求する反応速度にも、M1アストレイが応えられるようになってきている。完了まであと少し、それまではアークエンジェルに向かう2機も足止めしておかなければならない。
眼前のジェリド機を無視して、マウアーとスティングに対して砲撃を続ける。

 

「逃げようとしていた奴が、アークエンジェルに向かうマウアー達を狙うのか? 我侭なやつめ! そんなに死にたいのなら、直ぐに片付けてやる! マウアー、スティング、先にこいつをやるぞ!」

 

 誘いに乗ってくれた。キラがしつこく2機を狙ったおかげで、痺れを切らせたジェリドが2機を呼び戻す。そして、OSの書き換えもほぼ終了目前だ。後は、もうほんの少しだけ時間を稼げれば、それでいい。
 ジェリド機がビームライフルを構える。キラはビームサーベルを引き抜き、それを勢いよく海面に叩き付けた。ビームサーベルの干渉で水蒸気爆発が起き、凄まじい水飛沫が上がった。

 

「何だと、こいつ!?」

 

 ジェリドは水柱に覆われたM1アストレイを見つける事ができない。派手に飛び散る海の泡に、夜の闇が加わって視界を曇らせる。レーダーの反応はまだそこにあるが、何をしているのか。

 

『どうする、ジェリド?』
「舐めた真似してくれやがって! 取り囲んで針の莚(むしろ)にしてやれ!」

 

 3機が水柱を囲い、レーダーの反応に向かって集中砲火を掛ける。多方向からの攻撃なら、水柱の中にいるM1アストレイにもこちらの攻撃が見えていないはずだ。
 ジェリドがスローター・ダガーを流しながら砲撃を加え、水柱に近づいたその時――

 

「――できた!」

 

「なッ!?」

 

 何事も無かったかのようにヌゥッと飛び出してくるM1アストレイ。水柱の中から水滴を汗のように流しながら、デュアル・アイが煌く。不意を突かれたジェリドであったが、キラの放ったビームライフルの光は何とか回避した。しかし、バランスを崩して高度を落としてしまう。

 

「仕留め損ねた…他の2機は!?」

 

 M1アストレイに気付いてくれている。突如交戦の意思を見せたキラに、やや戸惑いがあるようだ。こっちは唯単にOSの書き換えの為に逃げていただけなのだが、それが功を奏したらしい。続けてマウアー機に襲い掛かる。

 

『こいつの動き…鋭い!』
「あなた達の好きにはさせません!」

 

 マウアー機からとんでくるのはメガ粒子砲の火線。正直、ジ・Oから受けたビームライフルを思い出して身震いしたが、キラはそれをものともせずに回避しつつ接近する。バルカンでけん制を掛け、ビームサーベルを引き抜いた。そして、そのまま水平斬りで胴体部を狙う。
しかし、キラの攻撃は巧くバックへスウェーしたマウアーの反射的な動きに、寸でのところでかわされてしまった。

 

「また外れた! …この人達、強い!」

 

 シロッコ程ではないが、MSの扱いの巧い人達だと思う。…と言うよりも、MSに慣れていると言った方が的確なのかもしれない。キラの戦ってきた敵と比べ、格段に空間把握能力が高い。言うなれば、間合いの取り方が絶妙なのだ。だから、キラの攻撃が外れた。
OSが最適化されていないとか、そういう問題ではなく、純粋に相手の技量の高さがキラの予測を上回っているということになる。しかし、シロッコと戦いを繰り広げた結果、最早その程度でキラは驚かなくなっていた。
恐らく、フリーダムに乗っていたとしても同じ結果になっただろう。

 

『逃げたりやる気になったり、テメェは一体何がしてぇんだよ!』

 

 マウアー機からの砲撃をかわし、続けざまに襲い掛かってきたカオスを睨む。カミーユに因れば、このMSにはエクステンデッドが乗っているはず。彼等が自らの意思で戦っているわけではないと聞かされていた。
 動きはジェリドやマウアーに比べれば若干見劣りする。しかし、そのタフな肉体と好戦的に仕立て上げられた気概は、技量を補って驚異的な動きを見せる。

 

『落ちな!』

 

 凄まじい加速で、ロール回転しながら放ってくるビームとミサイルの嵐。闇夜の中に幾筋もの煌きがキラの瞳の中に飛び込んでくる。M1アストレイがノーマルOSのままであったならば、とてもではないがかわしきれなかっただろう。
しかし、今はキラ謹製のOSに書き換えられている状態である。ミサイルがやや見え辛いと感じたが、M1アストレイが彼の反応速度に応えてくれる限り、カオスの攻撃が当たる事は無い。
 カオスがすれ違うと、今度はジェリドとマウアーのスローター・ダガーが間髪入れずに襲ってくる。まるでこちらに休む時間を与えさせないつもりでいるように、隙の無い連携で波状攻撃を仕掛けてきた。
 キラは舌打する。M1アストレイは確かに彼の要求する反応速度に応えてくれている。しかし、それは機体の性能の限界を超えた動きで、所詮はナチュラル用のMSだけあり、キラが機体を動かすたびに駆動系が悲鳴を上げていた。

 

「…長くは持たないかも知れないな」

 

 M1アストレイの機体強度がキラの反応に付いてこれないのは、出撃前に分かっていた事。しかし、それでも唯じっとしているわけにも行かず、キラは出撃した。
 半ば衝動的だったのかもしれない。仲間が苦戦しているのを、ブリッジから眺めているだけの自分なら居ない方がマシだとさえ思った。お荷物になっているだけなのは、もう御免だった。
 キラは誰かに必要とされるために再びMSに乗った。ブリッジを出る前、サイが自分を心配してくれたが、それはまだまだ自分が頼りなく映っているからだ。もっと頼り甲斐のある人物になりたい。そう願い、キラは単独でジェリド達を相手にする。

 

 ジェリドは、そんなキラの都合など知らない。スローター・ダガーの性能に文句が出始めてきたとはいえ、相手は同じ簡易量産機であるM1アストレイである。カオスも含めて3機で掛かっているのだから、負けることは無いにしろ、落とすことも可能のはずだ。
 それなのに、こちらの攻撃はかわされるばかり。スティングが手を抜いているのではないかと思ったが、自分の攻撃もまるで当たらないのはどういう事か。特別な動きをするのは分かっているが、それにしてもM1アストレイであの回避力は異常だ。

 

「何故だ…これだけの攻撃を加えていれば、アストレイならもう落ちている筈なのに、何でこいつは――」
『明らかにアストレイの動きが基本スペックを上回っています。さっき逃げ回っている間に、何かをしたのかもしれないわ、ジェリド』

 

 マウアーの目には、M1アストレイがリミッターを外しているように見えていた。そして、限界がそう遠くないことも、何となく分かる。度を越えた回避能力を見せているが、マウアーの目は時々見られる僅かな歪みを見逃したりはしない。

 

『とどのつまり、奴はドーピング野郎ってことかよ?』

 

 スティングが尋ねてくる。お前がそういう事を言うのか、と思ったが、流石にジェリドは口に出さなかった。そういう気遣いが出来るほどにジェリドは大人のつもりだ。と、言う割にはカミーユをリンチした時は容赦なかったような気がしないでもないが。

 

「攻撃をし続けていれば、いずれ機体に限界が来る。俺達はそれを待っていればいい」
『どうせ、俺達はデストロイを隠すための陽動だからな。ゆっくりやるのも仕事の内か』
「そう思え」

 

 核動力を得て完成したと言われるデストロイ。その威力がどれほどのものかは知らないが、サイコ・ガンダムを思えば高が知れる。確か、あれは間違えて頭部をビームサーベルで突いてやった時があったが、そうしたら一撃だった。
確かに戦略的に強大な力を持つ兵器に違いないだろうが、あまりにも非経済的だ。それならその分のコストを他の核融合炉搭載型MSに回せばいいのにと思うが、上では色々とあるのだろう。

 

 対するキラは応戦しつつ回避を続ける。フレームが歪むのではないかと思えるほどに強いGを掛けて機動し、出来るだけ相手に楽をさせない様にビームライフルを撃ち続ける。

 

「腰部の磨耗率が高い……!」

 

 あまり無理はさせられない。キラは各駆動系の損耗率を気にしつつ、アークエンジェルから敵を引き剥がす様に機動させた。
 そして、キラが頼りにしたいインパルス達は、ライラ達と交戦中だった。レイのインパルスを中心に陣形を組み、ミネルバに危害を及ばせないように防戦している。闇に同化する様にしているスローター・ダガーのみならず、海中から機を伺っているアビスが厄介だ。
手を出せないだけに、ストレスが溜まる。
 それでもレイは、何度もアビスと交戦した身として、その行動パターンを把握していた。アビスはガイア同様に空戦能力を持たない。ゆえに、こちらからも手を出しにくい海中から砲撃を繰り返してくるのだが、これまでは単独で動くことが多かった。
 しかし、前回の奇襲作戦の頃から、アビスの動きに若干の変化が訪れたように感じる。単独で動くことの多かったアビスが、スローター・ダガーと小隊を組み、連携をしてくるのだ。単機の強火力であるならばまだ単純だったのだが、やや複雑化した感がある。

 

「ルナマリア、カツは男の方を狙え! 俺はライラとかいう女を抑える!」

 

 ルナマリアとカツのムラサメでは、単機でスローター・ダガーを相手にするのには不利だ。それならば彼等を一緒に行動させ、自身は高性能機であるインパルスでライラの相手をする。

 

「海中のアビスは――」

 

 どちらかと言えばライラの方に近い位置で潜航しているのは、これまでの戦いから何となく分かること。恐らくこちらを狙ってくる頻度が高いだろう。インパルスなら、囮になれる自信があった。
 ライラはそんなレイの思惑に気付ける勘の鋭さを持っている。曰く、“MSの装甲越しに殺気を感じる”という事らしいのだが、それを実践できるまでに己の腕を昇華させた彼女は間違いなく一流のパイロットだ。機体性能で劣っているとはいえ、負ける気はしていなかった。

 

「インパルスの動き――ダーダネルスの時の奴か!」

 

 洗練された動きのインパルス。名前こそ知らないが、それに乗っているのがレイだという事が分かる。シンとは違った、落ち着き払った射撃が小憎たらしい。
 射撃戦では、全く以って面白くない。ライラはあからさまにビームサーベルを握らせ、アウルに呼びかけた。

 

「アウル! あたしの援護をしな! こいつは、接近戦で片をつける!」
『インパルスの邪魔をすりゃいいんだろ? 任せて置けよ!』

 

 頼りにされたのが余程嬉しかったのか、アウルは弾むような景気の良い声で返事をしてきた。そんな様子に鼻を鳴らし、アビスからの砲撃を待つ。
 そしてインパルスの背後の海面が盛り上がり、魚雷が飛び出してくる。レイはそれに気付き、インパルスを機動させた。彼の予想通りであったのか、魚雷はあっけなくかわしたが、続けて飛び出してきたアビスがビーム砲とカリドゥスを放って追い討ちを掛けてきた。
カリドゥスは避け、ビームをシールドで防いで事なきを得たが、そこへライラのスローター・ダガーがビームサーベルで突進してくる。

 

「こいつ――!」
『いつまであたしから逃げる事ができる?』

 

 衝突し、お互いのシールドでビームサーベルを受け止めあう。レイは歯噛みし、アビスの動きを警戒した。こうして動きを止められてしまえば、アビスは必ず仕掛けてくるはずだ。
 そのレイの考えは当たっていて、一度海中へ潜ったアビスが再び浮上してきた。両の腕(かいな)にビームランスを保持させ、インパルスの胴体を貫こうと背後から襲い掛かる。

 

『貰ったぜぇッ!』
「うぅ――ッ!」

 

 アビスの引き絞った腕が突き出される。ビームランスがインパルスの背後から、レイを串刺しにしようと狙っている。
 その瞬間、レイは閃き、インパルスのチェスト・パーツとレッグ・パーツが見事に分離した。

 

「な、何ぃッ!?」

 

 アウルが放ったビームランスの突きは、分離したインパルスの間を抜けていく。そして、そこにあるのはライラのスローター・ダガー。

 

「や、やばいライラ! 避けてくれぇッ!」

 

 一度繰り出された必殺の一撃は、もう止められない。一直線にライラ機に向かっていく。

 

「あッ……あぁ――ッ!」

 

 そして遂にビームランスはライラ機の胸部に突き刺さってしまう。損傷部分から爆(は)ぜる様に小爆発が起き、装甲の破片が飛び散る。自らの瞳に映る犯した過ちに、アウルの表情が苦悶に歪んだ。

 

「うああああぁぁぁぁぁ――ッ!」

 

 絶叫した。慕っていたライラが、よもや自分の手で殺してしまうことになるなんて、思いもよらなかった。感情の乱れが激しくなり、大きく目を見開く。

 

 その一方でレイは、ライラ機の完全な沈黙を確認する必要があった。何とか同士討ちさせることに成功したが、それでも前後を敵に挟まれた状態。油断は出来なかった。
 その時、モニターに映る画面に、スローター・ダガーのコックピットから這い出してくるパイロットの姿が目に入った。その女性はヘルメットのバイザーが割れ、額から血を流している。
女性は煩わしそうにヘルメットを脱ぎ捨てると、腰に下げたワイヤーを取り出し、それをビームランスに巻きつけて、ターザンの要領でアビスに飛びつく。その、まるでコーディネイターの様な身のこなしに、レイは驚かされた。

 

「早くコックピットを開けな、アウル! いつまでもあたしを吹きさらしにしておくつもりかい!」

 

 頭部にしがみついたライラ。アビスのメインカメラに向かって思いっきり怒鳴ってやった。

 

「ラ…ライラ……?」

 

 アビスのコックピットでは、アウルの正面のモニターにライラのどアップが映し出されていた。少しの間呆然として固まっていたが、奇跡の生還にやがて嬉し涙を流した。そして、それから少ししてライラが怒っているのが分かり、慌ててコックピット・ハッチを開く。
 ライラはそれを確認すると一つ舌打ちをして、軽やかに下ってアビスのコックピットの中に滑り込んだ。

 

「全く、あんたの早漏のせいでとんだ目に遭ったじゃないか!」
「す、すまねぇ、ライラ。まさかインパルスがあんな動きをするなんて――」
「言い訳するんじゃないよ! さっさと引き上げな、あたしを乗せたままじゃ戦えないだろうが!」

 

 ライラの言うとおりにビームランスを収めて離脱するアビス。レイはそれを確認すると、分離状態から再び合体しようとした。しかし――

 

「な、何だ?」

 

 合体操作をしたにもかかわらず、一向にレッグ・パーツが合体する気配がない。

 

「あ……」

 

 良く良く思い出してみれば、レイが行った操作は分離だけだった。その際、分離されたレッグ・パーツは切り離されたトカゲの尻尾のようなもので、つまりは既に海の藻屑と化しているのだ。緊急事態だったとはいえ、操作ミスをした自分の失態が信じられなかった。
 シンじゃあるまいし――そう思って納得させようと思ったが、やはり言い訳にしかならない事に気付くと、深い溜息をついた。

 

「…脚など飾りだ。シンにはそれが分からんのだ」

 

 それで済むのならどんなに楽だろう。きっと、目を覚ましたシンにそれを言えば、烈火の如く怒り狂うかもしれない。
 下半身を失い、しかしまだ武器は保持したままだ。脚部を喪失した分、的が小さくなったと思い、レイは次の現場へインパルスを向かわせる。ただ、後のことを思えば、結果を報告するのが億劫に感じずにはいられなかった。