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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第29話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:26:33

『ジブラルタル基地』

 
 

 イベリア半島南端、海峡を挟んですぐにアフリカ大陸を臨めるそこに、ジブラルタルはある。地球におけるザフト最大のその基地は、様々な施設が立ち並び、戦いで疲弊した兵士達の唯一の安らぎの場としても機能している。
 ファントム・ペインと交戦しながら地中海を航海してきたミネルバとアークエンジェルは、何度も足止めを食らいながらもようやく辿り着くことが出来た。
激しい戦いの繰り返しは新造艦であるミネルバを歴戦の戦艦たらしめる外観に変貌させ、不沈艦と謳われたアークエンジェルもまた疲労していた。
 そして、それは両艦に搭乗しているクルーも同様だった。ジブラルタル基地への入港手続きが終わり、上陸許可が下ると、各々に体を休めようと休暇に入る。
 レクリエーションに興じる者、純粋に体を休めようとする者などそれぞれだが、エマとカツは、レコアが収容されている病院へと向かった。特にエマは、レコアに危機を救ってもらったという恩があるだけに、彼女の容態が心配だった。
その手には、お見舞いの品として花束が握られている。

 

「大きな病院ですねぇ」

 

 ジブラルタル基地は広い。移動用のエレカを借り、病院のエントランスの前に立つと、カツが感嘆の声を漏らした。基地の規模に見合った大きさの建築物に、エマも同意して顔を縦に振った。
 中に入ると、流石にそれなりの広さを誇っており、綺麗に整われた内装が清潔感を一層際立たせた。白を基調とした壁は病院の清潔感を思わせ、充実した設備が感心を誘う。

 

「ミネルバの医務室も大したものだと思ったけど、やっぱり本場は違うんだな」
「658号室よ、カツ」

 

 カツが思わずその景色に目を奪われていると、受付でレコアの収容されている病室の番号を聞いたエマが戻ってきた。彼女は流石で、カツの様におのぼりさんにならずに落ち着いた物腰だ。カツは思わず詰襟を正し、田舎者丸出しのような間抜けな顔を引き締めた。

 

「中尉は、どう思います?」
「何が?」
「これだけの規模を誇るジブラルタルですよ? それで連合軍に負けることなどありえるのでしょうか? いくらシロッコが連合に居るからって、これだけ充実していたら負ける気がしませんね」

 

 歩きがてら、カツはエマに正直な感想を打ち明けた。尤も、カツがそう感じる気持ちはエマにも分かる。エゥーゴの資金力は殆どがスポンサーに賄われている状態であったし、連邦軍を母体にしているティターンズに比べれば雲泥の差があった。
いつもギリギリの状態であったから、エゥーゴのMSはティターンズのMSに比べてバリエーションが遥かに少なかった。アナハイム・エレクトロニクスという巨大企業がバックについていたとはいえ、ティターンズに対抗できたのは、もしかしたら奇跡だったのかもしれない。

 
 

「そりゃあ、私自身もこれだけのものを見せられれば感心せざるを得ませんけどね――」

 

 勿論、エマもそれは実感していた。エゥーゴは艦隊の規模なども何とか対抗できる程度であったし、殆どの作戦は後手に回らざるを得なかった。
しかし、元ティターンズのエマにしてみれば、どれだけの戦力を持っていたとしても、それが戦争の決定打になるとは思えなかった。
 かつて、ジオン公国は、連邦国の僅か5分の1しかない国力でありながら、MSを開発し、それによって快進撃を続けた歴史がある。結局戦局の膠着と、連邦軍のV作戦によって敗北を喫したが、一時は降伏勧告を行えるまでに優勢に立っていたのだ。
 その歴史を考えれば、いくらザフトの戦力が充実していようとも、油断など出来るはずもない。加えてシロッコが核融合炉搭載型のMSを連合軍に提供しているのだ。カツの様に驕っていれば、足元をすくわれるのは目に見えている。

 

「あなただって言ってたじゃない? これ以上はムラサメでは敵のMSに対抗できないって」
「そうですけど――カミーユが持ってきたMk-Ⅱを参考にした新型の最終調整が進んでいるって話もあるんです。対抗できますよ」

 

 カツの良くないところは、直ぐに増長しやすいというところだ。自分の感性で話を進めるから、他人の忠告も聞いた振りだけしていることもある。エマは、そんな彼の若さゆえの未熟さに振り回されてばかりだ。
 やがて、エレベーターに乗り、受付で聞いたとおりの部屋の前まで辿り着く。ドアのブザーを鳴らすと、インター・ホンから返事が返ってきた。開くと、そこにはベッドに上半身を起こしてこちらを見ているレコアが居た。
体の其処彼処(そこかしこ)に包帯を巻かれ、シーツの上に乗せている左腕にはギプスも巻かれている。軽症で済んだエマと比べるまでもなく、痛々しい。

 

「いらっしゃい、あの後も大変だったみたいじゃない?」
「レコア少尉こそ、怪我の具合は大丈夫なのですか?」

 

 こうして会話をするのも、彼女が意識を失って以来だ。カツは、意外と元気そうなレコアに向かって労いの言葉を掛けた。そのまま花束を花瓶に活け、見栄え良く整える。
 カツの後ろに半歩ほど下がって、少しバツの悪そうな面持ちで覗き込むエマ。それにレコアが気付くと、動く右手で手を振ってくれた。少し表情を和らげ、エマはカツの前に出て、ベッドの傍らに歩みを進めた。

 

「レコア、この間は――」
「気にしないで、エマさん。私は、ああでもしなければ気が済まなかったのだから――平手打ち一発で許してもらおうなんて考えないわ」
「でも……」

 

 その時、またもブザーが鳴り響いた。レコアが前のめりになってインター・ホンに手を伸ばそうとすると、カツが気遣って替わりにマイクを取った。

 

「いいですよ、どうぞ」
「誰なの?」
「キラさんです」

 

 エマが訊ねると、開いたドアからキラが入ってきた。レコアが一言“いらっしゃい”と声を掛けると、少し照れたように顔を俯け、手に持ったりんごのパックを差し出した。

 

「これ、よかったら食べてください。この時期はちょうどおいしい季節だって聞いたものですから――」
「ありがとう、キラ君」

 

 レコアが微笑みかけると、キラはりんごのパックを直ぐそばのテーブルの上に置いた。

 

「それで、レコアさんの怪我の状態はどうなんですか?」

 

 キラは改めてレコアの様子を観察すると、かなり大げさに包帯が巻かれているように見えた。やはり、その通りに重症だったのだろうか。

 

「思ったよりも外傷は少なかったみたいね。こうして体を起こすことも出来るのだし」

 

 エマも心配していた分、レコアの様子が気になっていた。何と言っても、彼女はここに搬送されるまで意識不明の状態だったらしいのだ。それが、こうして普通に話が出来る状態にまで回復できたのは奇跡なのかもしれない。

 

 レコア自身もそれは承知していることらしく、神妙な面持ちで口を開いた。

 

「意識が戻ったのは、昨日のことよ。こんなに長い間眠っていたのなんて始めてだわ」
「お寝坊さんなのね?」
「本当だわ」

 

 エマに笑いかけられ、つられて少し笑った。しかし、すぐに表情を戻して、続ける。

 

「それで、その間に何かの夢を見ていたような気がするの」
「夢…ですか。どんな?」
「わからない…起きたら、全て忘れていたわ。…でもね、中尉。この世界に私達が居るのは、偶然ではないのかもしれない。誰かの悪意を感じるのよ」
「悪意?」

 

「それって、シロッコのことじゃないんですか?」

 

 話を聞いていたカツが、会話に割り込んできた。彼の言うことも、何となく分かる。シロッコは、純粋に人類の未来を木星圏で考えていたが、それを間違っていると思っているエマ達にしてみれば、悪意に感じるだろう。
 その感じ方をする彼らに共感するように、キラも同じ感覚を月でのジ・Oとの戦いで抱いていた。

 

「シロッコという人は、月でジ・OというMSと戦ったときに知りました。あの背筋が凍りつくような声は、忘れられません……」

 

 フリーダムを駆りながらも、ジ・Oに乗ったシロッコには手も足も出なかった。それは、純粋な力の差だけではなかったように今は思える。
 ニュータイプとして、物理的と呼べるほどに強力なプレッシャーを放つシロッコは、キラの正常な神経を刺激した。それが戸惑いとなり、パニックに陥ったキラは、何も出来なかった。カミーユとロザミアの助けがなければ、きっと彼はあの場で死んでいただろう。

 

「…きっと、シロッコの黒い声に引き摺られたのよ。私達も、ティターンズの連中もね」

 

 シロッコに近い位置に居たレコアだからこそ実感できる感覚。何でもこなせる天才で、高いカリスマ性をも併せ持つ彼に引き込まれたのではないだろうか。それだけの吸引力を持っているような気がした。
 ただ、何故この世界をシロッコが選んだのか――もしかしたら、人種抗争の起きている世界だから、という単純な理由なのかもしれないが、良く分からないのが正直なところだ。

 

「ところで、カミーユは居ないんですか?」

 

 ふと、カツが気付いた。彼のことだから、レコアの傍にはついているものだと思っていた。ガンダムMk-Ⅱの解析作業も、ザフトの研究員と協力すればそれほど時間の掛かる作業でもないはずだ。しかし、彼が訪れていた形跡は全くない。花瓶も、今日始めて使われたようだ。

 

 怪訝そうに首を振るカツに向かってレコアが説明をし始めた。

 

「聞くところによれば、カミーユはロザミィと一緒にオーブに向かって発った後よ。オーブ政府から、Mk-Ⅱの移送要請が急ぎであったみたい」
「アークエンジェルの降下地点がずれて、大幅に計画が遅れていますからね。カガリも焦っているのかも知れません」

 

 大気圏突入前に受けた襲撃で、アークエンジェルはダーダネルス海峡に降下せざるを得なかった。そのせいで、本来ならオーブに直接降りるはずであったアークエンジェルが、ジブラルタル基地で修理を受ける羽目になった。
勿論、当初予定していたガンダムMk-Ⅱの解析研究も大幅に遅れ、連合軍の開発研究に大きな溝を空けられる事になってしまった。

 

「今にして思えば、大気圏突入前の襲撃は、こうやって僕達の行動を遅らせるためのものだったのかもしれません」
「オーブのカガリ代表は、あなたのお姉さんに当たるらしいけど、正直、彼女が慌てふためく様が目に浮かぶわね」
「カガリ…まだ慣れていませんから」

 

 そういえば、カガリのことも心配だ。バルトフェルドが残ってくれたとはいえ、彼ではセイラン家を常にマークしていることなど難しいはずだ。恐らく、ウナトかユウナのどちらかがカガリの傍に常に寄り添っているはず。
そうとなれば、未熟な彼女では彼らの野望に抗う術がないだろう。それは、セイランのオーブ乗っ取りを意味する。
 本当なら、今すぐにでもアスランを連れてオーブへ帰りたい。しかし、彼はザフトで戦うことを決意し、それが彼女の為になると信じている。それを、自分の意思だけを押し通して彼に強制するわけにも行かない。
 とにかく今は、アークエンジェルの修理が早く終わって、一刻も早くオーブへ戻って彼女を安心させてあげなければならない。この苦境を耐え凌げば、きっと新たな局面が見えてくるはずだ。キラは、そう自分に納得させた。

 
 

 暇を持て余す。日がな一日ベッドの上に拘束され、何の面白みもない部屋の中だけが今の全てだ。一日に2回ほど差し入れられる食事だけが、忘れかけていた時間感覚を思い出させてくれる。
 アークエンジェルに監禁されているネオは、そんな何もすることもない退屈な時間を強いられていた。たまにやってくる尋問だけが、彼の欲求不満を多少なりとも和らげてくれる。そう、感じるようになってしまった。
 こうしてジブラルタル基地に移送される事もなくアークエンジェルに収監されているのは、表向きには収監場所が無いからだと聞かされている。バカにしているのか。最大規模を誇るこの基地で、そんな理屈が通るはずが無い。
恐らく、ネオが連合軍と知って、汚物を見るような目で見ているのだろう。そういうあからさまな卑下が、ネオには簡単に推察できる。

 

「チッ!」

 

 一昨日は、食事以外に何もする事がなかった。昨日は、名も知らぬ兵士がドアの隙間から覗き込んでいただけだった。そいつは明らかにコーディネイターで、ナチュラルである自分をこれ見よがしに見下したような目で見ていた。
 下らない。単なる興味本位で、まるで動物園の檻の中を鑑賞するかの様なアホ面が腹立たしかった。バカにした態度を取っていたので、そいつの顔を睨んで唾を吐きかけてやったら、中に入ってきて思いっきり殴られた。
こちらは大佐だと言っているのに、聞きもしない。コーディネイターにとって、ナチュラルと結んだ戦時条約など何の価値も持たないものらしい。何発か殴られた後、最後に唾を顔に吐きかけられた。流石に頭にきたが、抵抗する術がないので放っておいた。
すると、そいつは満足そうに卑下た笑いを顔に浮かべると、もう一度腹を蹴って去っていった。
 何処が進化した人類なのか、さっぱり分からない。確かに肉体的には遺伝子をいじった改造人間の方が優れているだろう。しかし、いくら肉体が優れていようとも、あのようなバカが蔓延(はびこ)っているのなら、ナチュラルもコーディネイターも何も変わらない。
それで自らを優良人種などと自称して嘯(うそぶ)くのだから、笑い話にもならない。ナチュラルにもバカな人間は居るが、優越感を抱いて驕っている分だけ、コーディネイターの方が性質が悪いと思う。
 そんな事を考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。今日もバカなコーディネイターがアホ面を下げてやってきたのだろう。しかし、別段何もすることも出来ないのなら、そんな彼等の醜悪な趣味に付き合ってもいいとさえ思った。
 何も応えないで居ると、もう一度ノックが響いた。バカにしているのか、確認など取らずにさっさと入ってくればいいものを――

 

「…どうぞ。こっちの都合など、そっちには関係ないんだろ」

 

 ドアの外で、一瞬誰かが怯んだ様な気がした。何故かは分からない。いつも通りのバカコーディネイターなら、ナチュラルである自分に怯むことなど有り得ないはずだ。
 そう思っていたら、入ってきたのはアークエンジェルの艦長を自称している女だった。成る程、最初に顔を合わせた時に泣いていた情景を鑑みれば、あのような態度も納得がいく。
 ラミアスは、おずおずとネオの様子を覗いながら部屋に入ってきた。

 

「私の暇つぶしの相手でもしに来てくれたのかい?」

 

 話し相手がやってきてくれたのはいいが、こちらが問い掛けてもラミアスは応える気配がない。何をしに来たというのか。彼女も、この間のお返しに物珍しげな捕虜としての自分を鑑賞しに来たのだろうか。
もし、そうであるならば、今すぐにでも拘束具を引きちぎってこの女を犯してやろうか。尤もそんな超人技が普通のナチュラルである彼に出来るはずもないのだが。ネオは、そんな自分自身が幾分か悲しかった。

 

「フン、この間は私を誰かと勘違いして、今回はだんまりか。ウザイ女だな」

 

 せめてもと思い、言葉責めを試みる。この行為自体がバカらしいが、拘束されている側が責めるのも一種趣があるのではないかと考えた。

 

「そら、何か言ってみろよ? この間のようにブスの顔をして、私を楽しませてみろ」

 

 バカらしいというよりもバカだ。所詮は囚われの身。こんな拘束された状態で罵ってみても、負け犬の遠吠えにしかならない。少し考えれば分かることだったが、実際に試してみた自分は単なる変態だろう。
 眉を顰めて自省していると、ラミアスは手に持った救急箱をテーブルの上に置き、そこから湿布薬とガーゼを取り出した。何をしに来たのやら、まだこの女で自分を抱きこめると思っているのだろうか。一つ鼻で笑ってやると、ラミアスは腫れているネオの頬に湿布を貼った。

 

「何のつもりだ?」

 

 応えない。そして、明らかにこちらを蔑視している。行動と表情の矛盾に、ラミアスの中の葛藤を見たような気がした。微かに刺激される彼女の顔。頭の中と、何故か下の方が反応している。やはり、自分は単なる変態だったのだろうか。
これまで生きてきて、よもや自分にマゾ素質があるとは思わなかった。ただ、こんな状態で下らない新たな自分を発見したところで、唯単に虚しいだけだ。
 やがて一通り処置が済むと、ネオはラミアスの顔をじっと見つめた。自分の好みは、こんな女性だったのだろうか。

 

「…手を上げてください。服、脱がしますから」

 

 好きモノだったか。やっと口を利いてくれたかと思えば、何の前触れも無くお誘いだ。こちらがそういう気分になりかけているのを察して、気を利かせてくれているのだろうか。更に、妄想が拡大していく。
 先程から投げかける軽蔑の視線は、自分よりも先にマゾ素質を彼女が見抜いていたからだろうか。もし、そうであるならば、手当てをしてくれながらこちらの欲求不満を満たしてくれていたことになる。…いい女じゃないか。
 ネオはおもむろに体を起こし、両手をあげた。少し、顔が緩んでいるかもしれない。

 

「何をそんなに嬉しそうな顔をしているのです?」
「え? だって、してくれるんだろ?」

 

 瞬間、ラミアスの顔が真っ赤に染まった。戦闘態勢に入ったのか、かなりやる気に見える。彼女には、フェイズ・シフト装甲が装備されているらしい。そんなバカな事を考えるほど、恥じらいの仕草が可愛らしく思えた。
 そこでネオは確信を持つ。自分は、こういうダイナマイト・ボディの童顔な女が好みなのだろう。心の中で、先程はブスといって済まない、とこっそり謝った。

 

「この状況で、よくもそんな事が言えるものですね?」
「違うのか? こっちは、ずっと繋がれていてかなり溜まっているんだけどな」

 

 睨み付けるラミアスの顔は、それでも尚、赤い。それでも、カマトトぶって知らぬ存ぜぬを繰り返さない分だけは大人のようだ。しっかりと、こちらの要求を理解していると見える。
 しかし、ラミアスにして見ればネオに対する印象は最悪だ。昔の男と瓜二つの外見をしているくせに、口から出てくる言葉は似ても似つかない。不平があれば文句を口にし、女を見るとなれば下半身の世話をしろだ。ふざけているようにしか見えない。
ムウは、軽口を叩く男であったが、人を傷つけるような心無い言葉を口にするような男性ではなかった。この男は、間違いなくムウとは別人だ。
 ただ、アスランから聞いた話によれば、彼は自分の部下であるエクステンデッドにはかなり思い入れがあるらしい。連合の作戦に対しては警戒しなければならないが、ネオの人となりを知った上で臨みたいところだ。
 ネオはバンザイをしたままこちらを見上げ、期待の眼差しを送ってくる。その視線を撥ね退け、シャツを施錠されている手首の辺りまで脱がせると、救急箱から新たな湿布薬を取り出した。
 改めてネオの体を見てみると、そこには殴られた痕とは別に、顔にある傷と同じように無数の傷が刻まれていた。深い傷、浅い傷、様々。思わず息を呑んだ。

 

「お前が私の治療をしに来てくれた心優しい女だって事は分かったから、早く貼ってくれ。こんな格好をさせられていたら、余計に溜まるだろ」
「黙ってください」

 

 ぴしゃりとネオの口を封じると、ラミアスはそっと痣(あざ)になっている箇所に薬を塗り、その上から湿布薬を貼った。冷やりとしたその感触に、一瞬ネオが体を硬直させ、呻き声を上げた。

 

「変な声を出さないで」

 

 突き刺すように言うと、仕方ないだろといった目でこちらを睨んでくる。連合軍の大佐にまで登りつめた男が、何を情けないことを言っているのやら。一枚ずつ丁寧に貼っていき、最後の一枚を貼り終えると軽く背中を平手で叩いた。

 

「うごッ!」
「終わりです」

 

 ラミアスの一撃は、ちょうど痣になっている部分にクリーン・ヒットした。わざとだ。それを知ってか知らずか、ネオは恨みがましい目で険しい視線を向けてくる。

 

「――ッたく! 凶暴な女だ」
「あなたがそうさせるんです」

 

 2人は顔は背けたまま、目でお互いを睨み合う。共に、印象は最悪だ。片や昔の男と同じ顔であるのが気に食わないラミアス。片や期待を裏切った体だけいい女。
 ただ、ネオには思うことがある。そもそも、ラミアスは何故嫌いなはずの自分の手当てをしに来てくれたのだろうか。恐らく、誰かから自分が暴行を受けたことを聞いたのだろうが、自分の事が嫌いなのなら、ざまあ見ろとほくそ笑んでいればいいのだ。
それが、どうしてあんな軽蔑の視線を向けながらも手当てをしてくれるのか、甚だ疑問だ。
 やがてラミアスがこちらへの視線を外す。その時、ネオの口が勝手に動いた。

 

「なぁ、どうして私にこんなことをしてくれたんだ?」

 

 何故かは知らない。どうでもいいことのはずなのに、ネオの口が勝手に言葉を紡いだ。それは、何処から出てきた感情なのか。本当に自分に封印されている記憶があるのなら、そこが出所なのだろう。しかし、それを確認する術を、ネオは持っていない。
 問い掛けられたラミアスは、少し動揺していた。軍人としては不自然にちょろいな、と思いつつも、それが自分に向けられている事と気付くと、急に意識の奥底がくすぐられているような感覚に陥った。いつの頃か、彼女と甘い時を過ごしたような気がする。
 ラミアスは少しの間閉口した後、ゆっくりと語りだした。

 

「――似ているから……」
「え?」
「昔、好きだった人に……そっくりなのよ、あなたは……」

 

 そういえば、彼女も一緒に居た少年も、自分を誰かと勘違いしていた。確か、ムウとかいう名前だったが――そんな名前を名乗っていた記憶など一切無い。自分は生まれてから、ずっとネオ=ロアノークだ。
体中に刻まれた傷も、2年前の戦争の時についた、謂わば名誉の負傷の痕である。
 記憶には、絶対の自信を持っている――筈だった。ついこの間、自分と感覚を共有する謎の少年に撃墜されるまでは。

 

「だからって――」
「マリュー=ラミアス艦長、修理班から顔を出して欲しいと――」

 

 その時唐突に扉が開き、シンが入ってきた。熱で魘(うな)されていた彼も、今ではもう大丈夫のようだ。傍らにはルナマリアが寄り添い、そして、その後ろからレイが顔を覗かせた。
 その顔を見たとき、ネオの頭の中がまた沸々と熱を帯びるのを感じる。一体、あのレイという少年は自分の何なのだろうか。レイは一寸睨むと、去っていった。

 

「お取り込み中でしたか?」
「い…いえ、いいの。私を呼んでいるのね? …行くわ」

 

 ルナマリアからそう聞かれると、動揺を隠し切れないのか言葉を詰まらせてラミアスはそそくさと出て行った。その後ろ姿を見て、ルナマリアは怪訝そうに見送っていた。
 そして、シンはベッドの上でふてぶてしく座るネオに向かって歩みを進める。相変わらず口をへの字に曲げ、小指で耳の穴をほじくっていた。
 シンには、ネオに聞きたい事がある。カミーユは、エクステンデッドは強制的に戦わされていると言っていた。それを指揮していたのは、目の前に居る男。アスランは、彼がエクステンデッドである3人を大切に思っていると言っていた。
もし、アスランに告げた連合軍の作戦が現実としてこれから起こる事ならば、その作戦にはエクステンデッドも出てくるだろう。その時、彼等と戦うならば、ネオの本心を聞いておく必要性を感じていた。

 

「あんた、ファントム・ペインとかいうふざけた部隊の指揮官だったんだよな?」
「ご挨拶だな? それがどうした」

 

 戦うことを決めたシンには、確認しておきたい事がある。それは、自分の戦いが何を産むことになるかという事だ。もしかしたら、自分が悲劇を産むことになるかも知れない。その裏側で、救われる人が出てくるかもしれない。
そして、ルナマリアはこれから起こる事を決め付けてはいけないと言っていた。
だからこそ、シンはネオの本心を聞くことで、これから先のファントム・ペインとの戦いに於いての身の処し方を決めなければならない。本当の事を知る事が、これから戦っていく上での自分の使命だと感じていた。

 

「あんたの、本心が聞きたい。もし、本当にあんたの言ったような連合の作戦があるってんなら、俺はエクステンデッドの奴等とも雌雄を決しなきゃいけない。その前に、そいつらがどんな奴なのかを知っておきたいんだ」

 

「知ってどうする? お前達は、我々の作戦の妨害のことだけを考えていればいいんじゃないのか? 私のスティング達に対する気持ちを知ったところで、何になるというのだ?」

 

 アスランはナチュラルを全く信用していなかった。生粋のプラント生まれで、血のバレンタイン事件の被害者でもある彼には、ネオの言葉などどれほどの価値も無かったのかもしれない。
ネオにはその感覚は分からないが、多分コーディネイターの中に残るナチュラル憎悪の感情は、そこからずっと尾を引いているのだろう。
 しかし、シンは少し環境が違うコーディネイターだった。今はプラント国籍を取得し、ザフトに従軍しているが、彼は元はオーブの出身だ。不幸な事件で身寄りを失くす事となったが、ナチュラルとコーディネイターの融和が最も進んでいた国で過ごしていたのだ。

 

「あんたは気付いているのかどうか知らないけど、エクステンデッドというのは戦うために強化された人達の事だろ? それを“使う”のが、どういう気分なのかって、聞いているんだ」

 

「少年が、尋問官の真似事か。舐められたものだな、私も」
「――んだと!」
「ちょっと、やめなさいよシン!」

 

 舐められているのはシンの方だ。それを分かったシンは、拳を握り締めてネオに殴りかかろうとする。しかし、それをルナマリアが慌てて制した。シンがルナマリアの顔に振り向くと、そこにはたしなめる様にして眉を顰める彼女の表情があった。
直ぐに頭に血の昇るシンには、こうして逐一感情の制御をしてあげなければならない。
 シンは気持ちを落ち着かせると、一度顔を背けて歯噛みした。

 

「…俺は、戦いを唯の殺し合いにしたくない。戦争は殺し合いの場かもしれないけど、もしも、救える命があるのなら、その為に俺は戦いたい」
「フン、思春期の少年が考えそうな事だ。安っぽいヒューマニズムをこれ見よがしに掲げ、場の空気も読めないと見た」
「あんただって、そんな頃があっただろ」

 

 少年の目は、アスランのものとも違う。生粋のプラント育ちでないにしても、彼もコーディネイター。程度に差はあれど、ナチュラルに対する偏見や憎しみは同じだろう。それなのに、そういったものとは関係ない、純粋な何かを感じた。

 

「過ぎ去った日の事だ。大人になれば、それがどれほど甘いことだったのかが分かる。少年、軍に籍を置いているということは、近い内に現実を知る事になるぞ」

 

 理想をいつまでも語れるほど、現実というものは甘美ではない。それは、スティング等エクステンデッドを戦闘員として使わざるを得なかった現実を知っているからこそネオは言い切れる。どんなに理想を渇望しても、叶わない事もあるのだ。
少年は、若いが故にそのことを知らないように見える。その内、自分の力ではどうにも出来ない出来事が起これば、自らの無力と現実の厳しさを知る事になるだろう。戦争をしているのなら、なお更その時期は早く訪れる。
 だが、シンは既にどうにも出来なかった現実を知っている。しかも、それが自分の無謀のせいで引き起こされた悲劇であったこと、そして、そのせいで自分を見失いかけた事を。だからこそ、ネオの言う事に耳を貸してはいけない。
彼の言葉に同意してしまえば、自分は何も出来ない人になってしまう。それは、戦うと決めた覚悟に対する裏切りだ。促してくれたルナマリアにも申し訳ない。

 

「そんなもの…なんだって言うんだ? 戦場で多くの人の生き死にを体験してきて、現実が優しくないことくらい俺にはとっくに分かっている! けど、そこで戦うのを止めちまったら、俺は何のために生きているんだ? あんたは、ただ現実に負けて、諦めちまってるだけだろ!
そんな負け犬の理屈…誰が認めるものかよ!」
「気合だけではどうにもならん事もある。それを知った振りをして、息巻いているお前のような少年に、それこそ何が出来る? お前が言っているのは、往生際の悪い愚者の言だ。その頭の悪さは、周囲に居る人間を不幸にするだけだぞ」
「それは、あんたの方だ! 諦めることで、周囲に迷惑を掛けることだってあるんだぞ! それを分からないで、あんたは――!」
「私は、最善の努力はしてきたつもりだ。スティング達をファントム・ペインの戦力として使うことで、デストロイ無しでもやれる事を常に示してきた。だが、今の私はこうだ。もう、連合上層部を止める手立ては無い」

 

 施錠されている両手を上げ、自らの醜態を曝け出す。こんな状況にならなければ、何をしてでもスティング達の起用は阻止しようとした。しかし、今となってはそんな意欲も何の意味も持たない。
新任の指揮官は、恐らく上層部からの要望に応えて3人の内の誰かをデストロイのパイロットとして献上するだろう。そうさせたくないのは、個人的に情を傾けているネオの我侭だ。
 ただ、この少年のように情熱を傾けられるだけの若さを持っていられたのならば、どんなに良かった事か。諦めを知らない心のままでいられれば、このような捕まっている状態でも何とかしようと足掻く事もできたはずだ。
しかし、それをしなかったのは、既に自分が諦めることを知ったどうしようもない大人になってしまったという事。スティング達が何とか無事に作戦を乗り切れることを祈ることしかできない。

 

「あんた、ステラとかって人達の事を大切に思ってんだろ? だったら、俺が何とかしてやるから、本当の気持ちを言えよ!」
「ちょっと、シン! そんなこと言って――」

 

 強引に聞き出そうとするシンの勝手な言葉に、会話を聞いていたルナマリアは驚愕した。彼が言っているのは、敵であるエクステンデッドを救おうということだ。しかも、感情に任せて自分が何を言っているのかも分かっていない様に見える。
そんな事を約束してしまっても、誰も納得しないだろう。相手は、アーモリー・ワンを強襲し、新型のGを強奪していった犯人なのだ。それを、ザフトが許すはずがない。
 ただ、一方でシンの覇気を感じたルナマリアは嬉しくもあった。ちょっと前までは戦いに疑問を抱いていた彼が、こうして戦いを前向きに考えられるようになってきている。それは、慰めた彼女にしてみれば嬉しい変化だった。
思い出すと恥ずかしい記憶だが、慰めてあげた甲斐があったと思う。
 そんな事を考えていたら、制しようとシンの肩に伸ばしかけた手を自然と引っ込めていた。彼の横顔を見ると、そこには純粋に固い意志を持つ表情があった。

 

「…お前などに何ができる?」

 

 詰め寄るシンにも、ネオは横目で睨むだけで応えようとしない。しかし、その内では葛藤を呼んでいた。

 

「やってやるさ! エクステンデッドは無理矢理に戦わせられていて、挙句には兵器の部品みたいにされちまうんだろ? 隊長がいっていた!」
「そうだ。そして、デストロイに乗せられれば、虐殺の首犯に担がされる事になる。戦うためだけの存在にされて、その上そのような罪を着せなければならない。私は、それを止めたかった。しかし、それはもう出来ない。運命の歯車は、もう回り始めているんだ」
「だったら! …今からでも遅くない。どんな事になろうとも、俺がデストロイって奴を止めてきてやるって言ってんだ!」

 

 もしかしたら、自分は少年に嫉妬しているのかもしれない。そう思えた。こうして情熱的になれるのは、少年が自分が持ち得ない強い意志を持っているからだ。それほどの意志を、自分はスティング達に傾けてやれただろうか。
 違っていたかもしれない。3人を如何に思っていようとも、こうして拘束され、足掻きもしない自分は一過性の情しか傾けてやれなかったのだ。それは、酷く無責任で、記憶の改竄を繰り返した自分が情けない。
どの道デストロイに乗せられる運命であったのならば、最初から小賢しい事を考えるべきではなかった――#br

 

「何故、そんな事を言えるのだ? お前は、敵である私の願いを叶えると言っているのだぞ? 軍に縛られているお前が、そんな事を言えるわけがないだろう?」
「けど、エクステンデッドってのは本当は戦わなくてもよかった人達かもしれないんだろ? そんな人が戦いを強制されて、いい様に利用されるなんて間違っている! あんたはそう思うから、止めようとしてたんじゃないのか!」

 

 ――そうではない。本当に考えなければいけないのは、3人をどうにかして連合の鎖から解き放ってやる事だ。その為に、自分は今まで色々講じてきたはずだ。それなのに、その気持ちを最初から無かった事にしようと考えるのは、底辺の人間が考えることだ。

 

 以前、アスランにデストロイの事を話したときは、彼は自分の話に殆ど興味を持っていなかった。報告はすると言っていたが、果たしてどの程度信じていただろうか。そういう態度を知っていれば、コーディネイターの言葉など一切信じる気にはなれない。
そう思っていたが、この少年の態度には、疑問が残る。アスランとは違い、どうにかして自分の本心を引っ張り出そうとしてくる。そして、その言葉の端々に刺激される自分がいることに気付いた。
 もう一度、同じ話をしてもいいものだろうか。

 

「俺は戦争で家族を亡くして、仲が良かった子を守ることが出来なかった。でも、俺は諦めたくない。戦うことで救われる人もいるんだって事を、自分に証明したいんだ」

 

 多分、今の言葉が少年の本音だろう。彼は、エクステンデッドを救いたいから自分に掛け合ってきたのではない。ただ、彼の戦いの拠り所を見つけたいが為だ。
 一瞬、自分勝手だと思った。結局は自分の為に偽善ぶりたいのだと、そう思った。しかし、本質は違うところにある気がする。少年の言葉は、自分に投げかけられているように思えた。
諦めては駄目なのだと、自分が出来ないのなら、他の人に任せてもいいのだと言っている気がする。少年の幼い顔を見れば、誇大妄想かもしれないが。
 ただ、決心はついた。どうせ何も出来ないのなら、僅かな希望を託してこの少年に任せてみようと思う。それで上手くいけば、万々歳だ。
 ネオは少しの間目を閉じて考えた後、黙ってこちらの反応を覗っているシンに視線を向け、口を開いた。

 

「少年、名は?」

 

 急に尋ねられて、シンは少しだけ体を強張らせた。雰囲気の変わったネオに、これから告げられる言葉の意味をおぼろげながら悟ったのだ。そして、それが困難極まりないということを、直感で感じ取っているように見える。
 仕方ないことかもしれない。勢いとはいえ、大層な事を口にしたのだ。こうして話が合意に進めば、彼にも責任が浮かんでくる。その重さに怯んでも、不思議ではない。
 しかし、彼はそこで引かなかった。強張った表情ながらも、瞳の中には決心が込められている。紅い、情熱的な瞳だ。

 

「シン=アスカ」
「フン、東洋の島国の名だな。まぁいい」

 

 特徴的な響きは、ニホンとか言う国でよく聞くものだ。恐らく、それに近い言語文化を持つ、オーブの出身かもしれない。オーブの出身であるならば、彼が斯様(かよう)な精神を持っているのも不思議ではないかもしれない。あそこは、そういう国だと記憶している。
 ネオはベッドから立ち上がり、じっとシンの顔を見つめた。

 

「……シン、私はデストロイを使用した連合の作戦を阻止したい。何故ならば、そのパイロットにスティング達が候補に上がっているからだ。私は、彼らの事が好きなのだ」

 

 静かな語り口に、シンは見つめてくるネオの視線から目を逸らさずに聞いていた。言葉の雰囲気から、それが彼の本音だという思いが伝わってくる。

 

「しかし、私は今お前たちに囚われている状態で、動くことが出来ない。尤も、ここから逃げ出したいというのが本音だが、それをお前たちに頼むほど落ちぶれたつもりはない」

 

 ルナマリアもそんな2人を見守るように聞き入っていた。こうしてこの場に居合わせたのも何かの縁。シンの力になれるのなら、同じ重圧を背負おうと思っていた。

 

「だが、その上でお前たちに頼みたい。3人を――スティングとアウルとステラを連合の檻から出してやってくれ。あいつらは何も分からないまま施設に入れられ、戦いを強制されるエクステンデッドにされちまった。
そんなあいつらが、このままずっと連合に縛られる理屈は無いんだ」

 

 敵に頼み事をするのが、軍人としてどれだけ恥ずかしいことかは分かっている。それでもネオは、プライドをかなぐり捨て、シンに頼む。3人の人生に比べれば、自分のプライドなどあって無い様なものだ。

 

「頼む、あいつ等を…戦いの呪縛から解き放ってやってくれ――」

 

 体中が打撲で痛むはずである。しかし、ネオはその痛みを堪えて静かに頭を下げた。
 先程まで何を言っても憎まれ口しか叩かなかった男が、自身よりも遥かに年下の少年に頭を垂れている。並大抵の覚悟ではないだろう。特に、軍の大佐としてやってきた男が、赤服を着ているとはいえ、遥かに格下である少年に頭を下げているのだ。
普通なら、屈辱で体を震わせるものだ。
 しかし、ネオにはそれが無い。その意味するところは、彼がシンを信用したからだ。そして、それだけの責任の重さに耐えられると思ったからだ。
 その姿を見つめるシンは、事の重大さに気付いている。ただ、その反対に殆ど知らないであろう自分に託してくれた事が純粋に嬉しかった。自分には、まだ何かが出来る。この気持ちは理屈ではない。
 シンは口を真一文字に縛り、顎に皺を寄せた。

 
 

「……決まりだな」

 

 別室の監視モニターが並ぶ部屋。デュランダルがその薄暗い部屋の中で椅子に腰掛け、頬杖を突いてにこやかに微笑みかけている。視線の先には、アークエンジェルの監禁室。ネオが収監されている部屋だ。

 

「まさか、あの証言だけでザフトを動かす気ですか?」

 

 傍らにはタリアが佇んでいる。そして、モニターの前にはアスランが座っていた。

 

「アスラン、君はどう感じる?」
「斯様な話は、以前に報告したとおりです。私も艦長と同じように、信用に値しないと思っています」
「そうか。民主主義的な多数決なら、私の主張は負けだな」

 

 他人に意見を求めておきながら、持論を曲げるような雰囲気ではない。デュランダルは、本気でネオの証言を元にザフトを動かそうとしている。どうしてそんな気になれるのか、アスランにはデュランダルの考えていることが分からない。
パワー・バランスを崩してまで信じられる証言だろうか。

 

「しかし、警戒しておく必要はあろう。私は、人を見る目だけは確かなつもりだ。君をミネルバの艦長に任命したのも、シンをインパルスのパイロットに抜擢したのも、全て私が決めたことだ。あの男は、嘘をついていない」

 

「議長の判断に異論を挟むようですが、私は危険と存じます。これが偽情報であったならば、連合に付け入られる隙を与えることになります」

 

 タリアは慎重な女性だ。デュランダルはそう思う。昔、自分と別れることになった時も、最後まで彼女は選択を迷っていた。結局決め手になったのは、自分との相性が悪く、子供を作れない事が分かった時だ。そうして、彼女は誰とも知らぬ男に肩を抱かれて去って行った。
 あの時の事は、あれから随分経つというのに、今思い出しても屈辱だ。見送るしかない自分の立場が、滑稽なほどちっぽけに思えた。男として、好きな女性の一人も幸せにすることが出来なかったのは、恥じるべきこと。
 それから、徹底的に人を見る目を養った。色々な文献を漁り、色々な人々を見てきた。もう、二度とあんな惨めな思いをしないために、分かることは予め分かっておきたい。やがて、自分には人の性質を見抜く才能が芽生え始めていることが分かってきた。
 便宜上、派閥に入ることは政治活動をして行く上で有利に働く。前々議長のシーゲル=クラインは、思想こそ共有する部分はあったが、ニュートロン・ジャマーを投下して地球を傷つけ、災厄を引き起こした。
ナチュラルとの融和を唱えておきながら、血のバレンタインの報復とも呼べる行為を行った。世論に支持されるままだったとはいえ、意志薄弱もいいところだ。
結局、その娘であるラクス=クラインが身元不明の少年に最新型のMS、フリーダムを明け渡し、挙句にその運用艦であるエターナルまでも奪われ、クライン派は反逆者の汚名を着せられて彼は銃殺刑になった。
その時の彼の末路は至極当然だと思ったし、同じクライン派に属していても関係ないこと。自分が感じたシーゲルの悪印象は、彼の死という形で立証された。
 その後世論は、シーゲルの事件を契機に大きく傾き始めた。そこで台頭したのが、ナチュラル強硬派であるパトリック=ザラ率いるザラ派だ。彼等は穏健派であるクライン派とは180度反対の超過激派である。
ナチュラルに対する憎しみや怒りが、当時の世論に支持されてあそこまでの力を持ったのだろう。
結論を言えば、パトリックも単なる復讐者に過ぎなかった。巨大γ線兵器のジェネシスをクトレマイオス・クレーターの連合軍基地に容赦なく撃ち込んだのも、全てはナチュラルが単純に嫌いだったからだ。彼の最期は、結局は報じられていない。
ただ、彼の死も当然だと思った。怨恨に縛られるものは、得てして幸せを掴む事は出来ない。それは、歴史が証明してくれている。
 個人の話だけではない。人類全体をとってみても、憎しみや恨みの感情で互いを拒絶し合っていては、決して平和な時が訪れることは無い。しかし、おかしなもので、平和を渇望しながらもナチュラルとコーディネイターはお互いを蔑み、滅ぼすことしか考えていない。
本当に平和が欲しいのなら、話し合って妥協点を見つけ、負の感情を払拭せねばならないというのに。
 そこで、考えた。シーゲルもパトリックも、プラント最高評議会の議長として相応しくなかった。それは、彼等の死によって立証され、自分の感じた印象が間違っていなかったことを決定付けた。それならば、真にその席に相応しいのは誰なのか。
考えるまでも無かった。自分の思ったとおりに歴史が動いていたのならば、それを正しく認識している自分が最も相応しい。かくして、デュランダルは議長選に立候補し、見事その座に就いた。

 

「私は、今まで判断を過った事が無い。私が議長の座に就いているのも、全ては私の判断が間違っていなかったからだ」

 

 タリアは傍らで聞いていて、何て自信をだろうと思った。ある意味傲慢に近いその自信は、なまじ強い言葉ゆえに、いつか取り返しのつかない過ちを引き起こすような気がした。

 

「私はね、タリア? ただ、人があるべき姿のままで居られるような世の中にしたいだけなんだ。しかし、ナチュラルはコーディネイターを脅威に感じ、コーディネイターはナチュラルを遅れた人類として蔑んでいる。
それは、袂を同じとする我々広義の人類にあってはよろしくない精神状態なんだ。そんな状態がいつまでも続けば、人類の歴史は近い将来に消えてなくなる。それは、種としての生存本能を持つ人間の本来あるべき姿では無い。
だから、私はこうして少しでもお互いが擦り寄れるようになるためにプラントの政治を取り仕切っている」

 

 その考えが、これ程までの自信に繋がっているのだろうか。その源は、一体どこにあったのだろう。自分と付き合っていた時は、まだそんな事を口にする性格ではなかった。それが間違いでないのなら、彼はあの日、あの時に変わったというのか。

 

「人は、どこで道を間違えたのか――ジョージ=グレンが暗殺されたときか、それともコーディネイターが殖え始めたときか――なんにせよ、2つに分かれた人類は、お互いを拒絶し合う。その証明が現在の世界であり、顕著に表しているのが、ブルー・コスモスだ」

 

 彼を変えたのは自分。そして、それをそ知らぬふりは出来ない。タリアは淡々と説くデュランダルの背中を眺めながら、唾を飲み込んだ。
 彼の、たった一度の敗北。彼が自分に絶対の自信を持つに至った経過は、恐らく自分との悲恋にある。それ程彼は自分を深く愛し、勿論自分も彼を愛していた。しかし、運命は自分達の恋愛を認めなかった。
 だからだろう。一人残された彼は、運命に抗うのではなく身を委ねる様になった。そして、ついには自分でそれを読み取ろうと努める様になったのだ。その結果、全てを掌握し、上手くいっていることが彼の絶対の自信に繋がった。

 

「ネオ=ロアノークの言っている作戦が連合軍のものではなく、ブルー・コスモスからの勅命であることは、子飼であるファントム・ペインがその任に当たるということが証明している。つまり、本当の敵は連合ではなく、それを裏から糸を引いている彼等だ」

 

 ネオの調書を取るまでも無く、ファントム・ペインの存在はザフトの諜報部によって調べられていた。エクステンデッド3人と“イレギュラー”の4人に加え、最先端の技術を優先的に配給される連合軍の中にあっても特異な部隊。

 

精鋭部隊であるミネルバを相手取り、幾度も苦戦を強いた彼らにザフトが注目しないわけが無かった。
 彼の読みは、恐らく当たっているだろう。連合の中にもブルー・コスモスを支持している政治家が居るはずだ。そして、その政治家達が連合の主導権を握っている事も、ファントム・ペインという部隊に優先的に戦力が集中している現実を見れば何となく察しがつく。

 

 ブルー・コスモスが全ての黒幕――2年前と同じようにそう考えれば、確かに辻褄は合うのだ。

 

「しかし議長、ブルー・コスモスの母体には軍産複合体のロゴスがあります。例え彼らを潰したとしても、豊富な資金力で今大戦と同じようにまた復活するかもしれません」
「ロゴスは経済団体だ。それを潰せば、地球経済は困窮してしまう。それではニュー・ジャマーを投下し、地球にエネルギー危機を招いたシーゲルと同じになってしまう。私は、その様な愚は犯さない」
「では――」
「ブルー・コスモスは必ず潰す。だが、それ以上の事は出来ない。その意味、君に分かるか?」
「いえ……」

 

 ロゴスを潰さずに、ブルー・コスモスだけを壊滅させる。それのどこが解決に結びつくのだろうか。ロゴスを残せば、自分の言ったとおりブルー・コスモスは必ず復活する。ナチュラルのコーディネイターへの不信が残る限りは。
 デュランダルの言っていることは、全く分からない。

 

「フフッ…しかし、それを可能にする手札は既に揃いつつある。君やアスランにも、近いうちに分かる時が来るさ」

 

 笑いを零すデュランダル。背後からではその表情を窺い知る事は出来ないが、不敵な笑みを浮かべている顔が頭の中に容易に想像できる。

 

「とにかく、先ずはネオ=ロアノークの言っている連合の大規模な作戦を阻止することが第一だ。我々のシンパが多数居るヨーロッパ地域を無碍にしておく訳にはいくまい。ザフトは私が説得しておく。恐らく君にも行ってもらうことになると思うが、準備はしておいてくれよ?」

 

 若い頃は、彼も優しい人間だった。今もその本質は変わっていないと思いたい。しかし、何かが変わってしまったような気がする。彼がプラント最高評議会議長になって再会した時、近寄りがたい距離を感じた。
それが議長としての威厳なのか、それとも過去の罪悪感に苛まれる自分が作り出した壁なのかは分からない。
 デュランダルは席を立つと、タリアの肩にぽんと手を乗せ監視室を出て行った。それを追いかける様に、タリアも続いた。一人残ったアスランは、デュランダルの言葉を噛み締める。

 

 デュランダルの言葉には、引っ掛かる部分があった。手札は揃いつつある――それが意味するものは、一体なんだ。考えれば、必然的にカガリやラクスの顔が浮かんでくる。彼が、地球圏に影響力のある2人の少女を利用しようと考える事は、容易に想像できた。
それと言うのも、オーブと同盟を結んだ背景には、間違いなくそういう目論見があっただろう。ただ、利用するといっても、デュランダルは純粋に2つの人類の事を考えているのかもしれないし、逆に覇権主義に囚われて2人を都合よく使うつもりなのかもしれない。
 本当のことは一兵士でしかないアスランには分からない。父のように政治的手腕に才能があるわけでもなく、誇れるものといえば18年間培ってきたMSパイロットとしての腕だけだ。

 

「俺もシンの様に熱い気持ちで立ち向かえたら――」

 

 先程のネオとのやり取りを、一種の羨望を持って見つめていた。彼は、自分が落とせなかった相手を懐柔して見せた。それは、何処までも正直な彼だからネオもそれに応えなければと感じたのだろう。
自分は最初からネオを疑って掛かり、連合軍の大佐という肩書きを軽蔑していた。シンは、そんな事に関係なく接していた。彼の中には、ナチュラルとコーディネイターの確執というものは殆ど無いのかもしれない。腐っても流石はオーブの出身だな、と思う。
 対して、自分はどうだろうか。もし、全てのナチュラルとコーディネイターが本当の意味で和解できるのかと問われれば、ハッキリとYesとは言えない。中には和解できるものも居るかもしれないが、全ては考えにくい。
確かにデュランダルの言うとおり、ブルー・コスモスの様な輩が蔓延っている限りは、完全な希望は持てないのだ。そう考えるのは、2年前に血のバレンタイン事件で母親を亡くした彼だからこそ。

 

「人をあるべき姿に――か……」

 

 コントロール・パネルの上に腕を置き、両手の指を組む。そして、少し俯き加減にアスランは呟いた。あれがデュランダルの本心であるならば、それに向かって努力する事をアスランは厭(いと)わない。
シンを見ていれば、今は希望を持てなくても、ナチュラルとの完全なる和解を望みたい気持ちになる。かつて、自分とカガリが心を通い合わせたように、他のナチュラルとコーディネイターも出来るはずだ。その事を、先程のシンに思い出させてもらったような気がする。

 

「ブルー・コスモス――」

 

 単純だ。敵は、2年前と同じ。地球の自然環境保全組織から膨れ上がった、極端な地球至上主義者達を排除すれば、ナチュラルとコーディネイターの間に横たわる最初の壁は破られるのだ。
 そう考えると、急にデュランダルの言葉が説得力を増してきた。最初は胡散臭さが目立った彼。しかし、こうして彼の話を直に聞いた今、その猜疑心は払拭されつつあった。

 

「俺の、やりたい事……」

 

 そして、おぼろげながら見えてくる、自分のやりたい事。もし叶うのであれば、それは途方も無く無謀な事と言えるだろう。しかし、目指してみる価値はあると思う。ただ、それをする為には、先ずこの戦争を終わらせなければならない。
アスランは、胸の奥が久々にときめきを取り戻しているような気がした。

 
 

 通路を歩く2人の足音が、ちぐはぐに響く。男性と女性の歩幅。それは、2人の気持ちの距離の音。

 

「……変わったわね、ギル」
「人は変わって行くものさ。過去を過去の事と認識し、前を見つめなければ人類の進化の歴史などあり得なかった。だから、私は変わったのさ」
「でも、あなたは――」
「君への未練は、断ち切らなければならない。最近、私にもようやくその事が分かってきたよ。…あぁ、そうだ。この間のディオキアでの事は、忘れてくれ」

 

 一瞬だけ、デュランダルの表情があの日の頃に戻った。その懐かしさに、タリアの記憶の中にある昔が呼び起こされる。しかし、それは本当に一瞬だけで消え、改めて今の彼の表情に戻った。

 

「私は弱い。だから、君をいつまでも忘れられなかった。だが、それではいけないのだ。過去を引き摺る事が、私だけでなく君までも不幸にしてしまうこともある」
「そんなことは無いわ」
「いや…シンを見ていると、そう思えるのだ。彼は、不幸な星の下に生まれてきた。だが、皮肉なことに天は彼に戦いの才能を与えたのだ」
「それは彼の両親がそうコーディネイトしたからではないの?」

 

 そう言うと、少しデュランダルが笑った。

 

「君も一児の親なら、どうしてそういうことが言える? どこの世界に、子供に人殺しの才能など与える親が居るものか。彼のあのセンスは、天から与えられたものだよ」

 

 シンは荒削りではあるが、性能以上に適切にインパルスを運用している。それは、これまでの戦いの記録から見れば分かることで、戦績もトップ・エースであるアスランに肉薄するものを持っている事から明らかだ。

 

「完璧に調整されたコーディネイターであるキラ=ヤマトも、戦いに特化している。何をしても人並み以上の事が出来るのに戦いしかしないのは、彼がそう宿命付けられているからだ。世界は、そういったもので動いている」
「大したロマンティストね」
「いけないかい? 男は、ロマンを追い求める生き物だよ」

 

 久しぶりにこういう風に話した気がする。ディオキアでは、距離を感じてこんな風には話せなかった。今もその距離は感じているが、しかし変わったデュランダルの本心が少しだけ垣間見られた気がした。
 先程一瞬だけ見せた表情――それは、彼はまだあの頃の気持ちを心のどこかに残してあるということ。議長だからと気張って、隠しているのだ。多分、下らない男の意地なのだろう。
 こうして並んで歩いている間だけ、昔の2人に戻れたような気がする。タリアはその表情を表に出さないように顔を引き締めて、歩いて行った。