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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第32話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 00:10:55

『野望、崩れる時』

 

「ネ…オ……」

 

 研究所での生活は、ステラにとってあまり良い思い出のある記憶ではなかった。毎日のように意味不明な実験を施され、他の少年少女たちと比べられる。彼女は優秀だったからそれ程堅苦しい思いはしなかったが、もし才能が無かったらどんな目に遭わされていたか定かではない。
 研究所の生活は苦痛で、人を傷つける術ばかりを教え込まれた。ただ、ステラにはそれが何の意味になるのかは分からなかった。白衣を着た大人達に促されるままに体術を会得し、寝食を共にする同士であっても実験ならば命令に従って戦った。
それまで互いに競い合い、生活を共にしてきた事も関係なかった。大人達の命令に従わなければ、処分されるという事だけは理解していたからだ。
 どれだけの時間をそこで費やしていたのだろう。心は何時しか荒んでいき、人を傷つける痛みすら感じられなくなっていた。心が、次第に虚無に支配されていく。
 そして、ステラは最後まで立っていることが出来た。生き残った他の数人と共に感情を殺し、タンパク質の塊となったかつての生あった者を見向きもせずに。喜ぶ大人達を虚ろな瞳で見つめるだけの戦闘マシーン。エクステンデッドの完成。

 

 その後、ステラはスティング、アウルと共に新たに新設される部隊の構成員として大西洋連邦軍に引き取られていった。

 

 新たに新設された部隊は、通称“ファントム・ペイン”と呼ばれ、主に諜報活動などのスパイ活動を主目的としていた。その責任者である男、それが面妖な仮面を被ったネオ=ロアノークだった。

 

「こんな少女が私の部下か。他の2人もそうだが、エクステンデッドというものは子供をこんな風にするものなのか?」

 

 仮面の下の瞳は、3人を驚きと、若干の疑問で見つめていた。しかし、そんなネオの困惑など、ステラにはどれ程の干渉も持たない。戦闘員として調整された彼女には、命令に従う以外に感情を持たないからだ。それが、戦闘マシーンとして仕立て上げられた認識だった。
 特に反応を示さない3人を前に、ネオは軽い溜息をついて腰に手を当てた。動きの一挙手一投足にステラは視線だけで追っていく。

 

「まぁ、いい。取り合えず、これからは私達がお前達の仲間だ。何か困った事があれば、責任者の私に言え。大抵の事は何とかしてやれる」

 

 聞き慣れない“仲間”という言葉。ラボでは、周りに居る者は全て競争相手であり、敵だった。だから、ここでも同じ様にスティングやアウルと比べられるものと思っていたが、しかし、ネオはそうではないと言う。ステラは少しの間、“仲間”という言葉の意味を考え込んだ。

 

「“仲間”って、何……?」

 

 結局答えが見つからずに、ポツリと呟いてネオに尋ねてみた。すると、彼は仮面の下に隠れた瞳を丸くして凝視してきた。しかし、直ぐに表情を改めると、口元に笑みを湛える。

 

「こういう事だよ」
「あん?」
「なっ、何すんだテメェ!」

 

 ネオが徐(おもむろ)にスティングとアウルの手を掴むと、3人で円を作って中心で手を合わせた。文句を言う2人を無視し、ステラに微笑みかける。

 

「さぁ、お前もここに手を合わせるんだ」
「え……?」

 

 ラボで彼女が学んできたのは、他人を傷つける術だけ。人に触れる時は即ち、攻撃をする時。だから、こうして手を合わせるだけという行為は知らなかった。なまじ普通の事を知らないだけに、それをする事が変に怖い。
しかし、ネオの仮面の下の瞳は、優しく自分を誘っている。おずおずと手を伸ばし、仄かに触れるくらいの感覚で一番上に手を乗せた。

 

「よぅし、声を合わせろぉ! 行くぞぉ、ファントム・ペイン!」
「誰がンな事するかっつーの!」

 

 ネオの空回りに、アウルが突っ込む。それと同時に、バカバカしいといった表情で2人は手を離してしまった。そのまま、不貞腐れて何処かに行ってしまう。その場には、ネオと2人きりになる。溜息をついて、腰に手を当てていた。
 初めて意識して感じた人の肌の温もりは、ステラの知らない世界のものだった。人の血の生温さは知っていても、この感覚は知らなかった。何故か、それまで感じたことの無かった感情が芽生えてきた気がする。

 

「ふぅ、しょうがない連中だな? クールに決めたい年頃だってのは分かるが、熱い青春って奴も良いと思うんだがなぁ」

 

 ネオは、ラボの大人達とは違う。あの頃は、大人という者は研究とそれに伴う結果だけにしか興味ないと思っていたが、そうではなかったようだ。ネオという大人を見ていると、そう感じられた。そして、自分でも気付かない内に感情が戻ってきている。

 

「ネオ、ステラがんばるよ」
「お前だけか…ありがとうな、ステラ」

 

 彼には、優しさを感じた。それまで競争ばかりを強いられてきたステラが、初めて手にした安息。ラボでいつも感じていたひり付くような緊張感とは正反対の落ち着く感覚。ネオは、その素晴らしい安息を与えてくれた人物だった。

 

 そのネオは、もう居ない。クレタ島付近でザフトに奇襲を受け、その戦闘でMIAに認定された。ステラが目を覚ましたときには既に捜索は打ち切られ、本質的には戦死と誰かに聞かされた。
 彼女の情緒は、ネオから始まった。そのネオを失い、心のバランスは均衡を崩した。しかし――

 

「デストロイ…何故止めを刺さない?」

 

 対峙するレイはデストロイを見上げる。ザク・ファントムは損傷で身動きが出来なくなっている。止めを刺すなら、絶好の機会であるはずだ。怪訝に思っていると、デストロイがしゃがみ込み、徐(おもむろ)にザク・ファントムを両手で保持して持ち上げた。

 

「何の…つもりだ?」

 

 振動で打撲の痕が痛む。目を細め、揺れるコックピットの中でレバーを掴んで体を固定した。デストロイは、ザク・ファントムを胸部の辺りまで持ち上げると、コックピット・ハッチを開いた。中から顔をひょっこりと覗かせたのは、ステラ。
ロドニアのラボで襲われ、そこで育ったと思われる、ファントム・ペイン所属のガイアのパイロット。

 

「小さいネオ……?」

 

 ステラの呟きに、レイは眉を顰めた。シートベルトを外し、ポケットから銃を取り出してステラに向ける。

 

「ステラ=ルーシェ、何を思ってこんなことをしているのか知らんが、今すぐにデストロイから降りろ。これ以上の破壊行為を続けるつもりなら、この場でお前を撃つ。もし、その意志が無いのなら、おとなしくこちらに投降しろ」

 

 体中が軋む。銃でステラの頭に狙いを定めるも、腕が揺れて照準がブレる。
 覗えるステラの表情は、こちらの顔を見て固まっている様子。何が目的でこんなことをしているのか、さっぱり分からない。やがて、少しの間顔を凝視された後、ステラの表情が険しく変化した。

 

「……違う、あんたはネオじゃない」
「ネオ=ロアノークだと?」
「ふっ!」

 

 ステラが一つ強く息を吐いたかと思うと、信じられない身のこなしで一気にザク・ファントムのコックピットの前まで踊りかかってきた。その驚異的な身体能力にレイは虚を突かれ、引鉄を引く間も与えられずに接近を許してしまう。
そして、腰のベルトに据えられた鞘からナイフを引き抜き、レイの喉下で寸止めする。

 

「――ッ!」

 

 王手を突きつけられたレイ。しかし、それはステラも同様だった。彼女の顎の下には、咄嗟に突きつけたレイの銃口が静かに黒い光を湛えている。お互いが、全く身動きの出来ない状態になった。

 

「エクステンデッドがこれ程とは……」

 

 眼前で歯を軋ませるステラ。とても、あんな動きが出来るような女の子の顔ではない。連合の下等な研究の成果には違いないが、その実力は驚嘆に値する力を秘めているのは疑い無い事実と知った。生身での白兵戦では、歯が立たないだろう。

 

「やっぱり、ネオと違う……」

 

 突きつけられたナイフに、唾を飲み込むレイ。対して、銃口を顎に突きつけられているステラは平然としていた。死に対する恐怖が無いのか、はたまたこの状況が分からないほど鈍感なのか。戦場に似つかわしくないあどけない表情は、思考を読み取りにくい。

 

「ス、ステラ=ルーシェ、何故、こんな事をする?」
「あんた、ステラを知ってるの?」
「ロドニアのラボでお前の資料を見つけた。エクステンデッド被験者、ステラ=ルーシェ…出身地、年齢、その他諸々不明。大西洋連邦に戦災孤児として引き取られ、同研究所でエクステンデッドとしての訓練を受ける――」

 

 一瞬喉もとのナイフに目をやり、ステラの顔に戻す。淡々としたレイの口調に、ステラはおとなしく聞いてくれるつもりのようだ。

 

「――聞きたいことがある」

 

 レイの声色が、急に下がる。真剣な眼差しに、ステラの方も同じ視線を送った。

 

「エクステンデッドのお前は、何の為に戦っている? それだけの戦闘力を持ち、ただの戦闘マシーンのお前が戦う理由は何だ?」

 

 戦いの為に生み出されたエクステンデッド。意志を持ち、理由が無ければそれは機械が戦っているのと同じだ。もし、その通りとすれば、あまりにも悲惨。自我を持たない人形は、誰からも愛されること無く消費されるだけなのだから。
 レイには、デュランダルに愛されているという救いがある。まるで本物の父親のように、身寄りの無い自分をここまで育て上げてくれた。その恩返しが出来ればと、レイはザフトに入隊した。
 果たして、ステラにもそういった戦いの動機というものがあるのだろうか。彼女の瞳はあまりにもあどけなく、汚れのない無垢なものしか見えていないように感じられた。

 

「戦う理由……? ステラの…戦う理由……」

 

 目を伏せ、考え込むステラ。突きつけていたナイフを下ろし、レイもそれに応えて銃口を下ろした。

 

(何をやっているんだ、俺は……?)

 

 普段なら、銃を下ろすような甘いマネはしなかっただろう。しかし、彼女がエクステンデッドという存在だからだろうか、同じく研究所で生まれたレイは共感を持ってしまったのかもしれない。
 吹雪が、続く。ぴたりと動きを止め、思考を巡らせているステラの肩に、雪が積もりつつあった。それを気にもせず考え込むステラに、レイは不思議と穏やかな気持ちになった。そんな自分を愚かに感じ、心の中で自嘲した。

 
 

「デストロイがレイのザクを持ち上げてるの?」

 

 動きを止めているデストロイ。ルナマリアは、遠目からその様子を覗っていた。カメラを最大望遠にすると、デストロイがザク・ファントムを持ち上げている様子が見えた。一体、何をしているというのだろうか。
何とか音声を拾えないかと色々弄ってみるが、耳に入ってくるのは不愉快な電波の音だけ。

 

「このままじゃ、レイがやられちゃう――動きを止めている今なら……」

 

 キョロキョロと辺りを見渡し、他に敵が居ないことを確認する。ルナマリアはザク・ウォーリアにビームトマホークを握らた。狙いは、デストロイの脚部。何とか駆動部分に一撃を叩き込めれば、少なくとも侵攻速度を鈍らせることだけは出来るはずだ。
 それに、中に居るエクステンデッドのパイロットにも危害は与えない。本来ならシンがその役目を負うつもりだったのだろうが、彼が手を離せない状況であれば自分がやるべきだろう。デストロイが驚異的な兵器である以上、時間は出来るだけ掛けたくない。

 

「――行くわ!」

 

 一つ大きな深呼吸をし、緊張で高鳴る鼓動を幾分か鎮める。覚悟を決め、ザク・ウォーリアを機動させたその時だった。一発のビームが空中から降り注ぎ、行く手を遮る。その方向に注意を向けると、そこには一機のウインダムがこちらに向かってビームライフルを構えていた。
ミノフスキー粒子のお陰で、全く接近に気付けなかったようだ。

 

「そ、空からなんて――こっちはもうこれしか武器は無いのに!」

 

 迎撃手段が無い。ルナマリアが慌てていると、そのウインダムは急降下してこちらに向かってきた。ビームライフルを使わないその行動は疑問だが、ルナマリアはビームトマホークを構えて迎撃体制に入った。

 

「は、早い!?」

 

 そのウインダムは、一般機にしては鋭い動きをする。一気に距離を詰められ、ルナマリアがビームトマホークを振り回すと、それをいとも簡単に潜り抜けられ、あっという間に拘束されてしまった。真正面に迫ったウインダムのカメラ・アイが、不気味に光を放つ。

 

「な、何なのよ、こいつ!」

 

 焦ってビームトマホークを返し、逆水平に切り払おうとする。

 

『止めろ! こちらに戦闘の意志は無い!』

 

 しかし、その前にビームサーベルを突きつけらた。聞こえてきた声にハッとし、動きを止めざるを得ない。ウインダムは、こちらが抵抗を止めたと見るや、続けて声を送ってきた。

 

『ザクのパイロット、これなら聞こえるな? 私はネオ=ロアノークだ』
「ネ、ネオ=ロアノークって…アークエンジェルに居た――」

 

 接触回線で伝わってくる声。名乗った名は、シンと一緒にアークエンジェルの監禁室に訪れた際に目にした男のものだ。それが、どうしてこんな所でMSに乗って出てきたのか。

 

『ミノフスキー粒子というものは厄介なもので、こうして接触回線での通信方法を採らざるを得なかった。無礼は許してもらいたい』
「そりゃあ分かるけど――って、逃げ出したのね!」
『天の采配だ。ステラは、私が止める』
「止めるって――大西洋連邦の大佐である貴方が!?」
『顔は見えないが、君はシンと一緒に居た少女だろ? 私の思いは知っているはずだ』
「そうだけど――」

 

 エクステンデッドを解放したい、それがネオの本音。しかし、それはシンに頼んだことで、今更アークエンジェルを逃げ出して何をしようというのか。ウインダムに乗っている彼が反逆紛いの行動を示せば、即ち連合軍の反乱分子として認識されるだろう。
 ならば、彼はザフトに寝返るつもりなのだろうか。それでも、佐官クラスの人間が考えることにしては、あまりにもプライドが無さ過ぎる。脱走した事実を鑑みれば、信用に値しない行動だ。

 

『ところで、シンはどうした? 君と一緒に居ないのか?』
「連合軍はデストロイだけじゃないんですから、シンは他の敵と戦っています。あたしは武器を失くしちゃったから――それでデストロイがレイを掴んで止まっているからそれを助けに行こうと……」
『そうか、デストロイが掴んでいる白いザクはあいつのものか……』

 

 レイがネオを避けている事実は、何となく気付いていた。ジブラルタル基地で彼の下を訪れたときも、レイは少し部屋の中を覗き込んだだけでさっさと去って行ってしまった。その時、まるで汚物を見るような目で軽蔑の視線を送っていたのを覚えている。
理由は分からないが、彼はネオの事を毛嫌いしている節がある。それは、ネオも同じなのだろうか。レイという名前に、彼の声が若干揺れた気がした。
 そんな事を考えていると、通信回線の向こうから息を吸い込む音が聞こえてきた。

 

『とにかく、君にも手伝って欲しい』
「え――えぇ!?」
『私はウインダムに乗っているゆえ、下手な行動は出来ん。だから、私がデストロイに呼び掛けて動きを合わせる様に言うから、君は上手くデストロイの動きだけを止めてくれ。そうすれば、後は私がパイロットを連れ出してこの戦闘は終わりだ』
「ちょ、ちょっと、そんな事言われたって――」
『頼むぞ。シンに連絡が取れるようなら、アイツにも伝えてくれ。数はなるべく多い方がいい』

 

 一方的に告げると、ネオはザク・ウォーリアを突き飛ばしてデストロイに向かっていってしまった。敵対しているように見せるためとはいえ、もう少し丁寧に出来なかったのだろうか。倒れた拍子にシートに頭をぶつけ、ヘルメット越しに後頭部を摩る。
 そもそも、そんな事を自分に押し付けていくネオの身勝手さに、非常に腹が立った。彼はきっと、女性に何も言わずに去って行ってしまう様なタイプだろう。そういう女性の敵であるネオは、勿論ルナマリアも嫌いだ。
 しかし、シンに協力しようと思っている彼女は、仕方なしに彼の言う事に付き合うしかない。レイが捕まっている以上放っておくわけにも行かないし、何よりもデストロイは止めなくてはならない。

 

「厄日よ、今日はぁ!」

 

 不満を口にしながらも、ルナマリアはザク・ウォーリアを起こし、デストロイに向かって滑らせて行った。

 

 デストロイが動きを止めてどの位経つのだろうか。ウインダムから見える巨体は、ザク・ファントムを持ったまま微動だにしない。ネオは望遠カメラで様子を覗ってみた。

 

「コックピット・ハッチが開いている? パイロットが外に出て――」

 

 最大限まで拡大すると、コックピット付近で行われている様子が見えてきた。ザク・ファントムのコックピット付近で吹雪に金髪を揺らしている一人の少女。固まったように俯き、動かない。その横顔から、誰なのかがわかった。

 

「ステラ――!」

 

 名前を口にし、絶句した。よもや、彼女がデストロイのパイロットに選ばれるとは思わなかったからだ。彼女の性格は、破壊を行うにしては穏やか過ぎる。デストロイのシステムには馴染めなかったはずだ。それが、どうして――

 

「私の…せいなのか……?」

 

 ステラには、アウルやスティングの様な刷り込みに拠る記憶の改竄は行っていない。記憶の刷り込みは、2人が効率的にジェリド達に馴染めるように行ったもので、そもそもネオの言う事に従順だったステラには必要の無いものだった。
その反面、彼女はネオに強く依存する面があった。だから、そのネオが居なくなって彼女の中で何かが変わってしまったのかもしれない。デストロイのパイロットに選ばれたとなれば、その線が最も有力な筋だろう。
 ネオは絶望した。こんな事になるのなら、何故もっと気を遣って戦えなかったのか。クレタ島の戦いは、確かにピンチだった。しかし、自らが撃墜されるなど、これでは本末転倒だ。3人を大事にしてきた意味が無い。

 

「と、とにかく、ステラは何をしているんだ?」

 

 後悔している場合ではない。デストロイにステラが選ばれたとはいえ、彼女が死ぬわけではないのだ。最善の結果は得られなくても、間に合わないわけではない。ネオは一刻も早くデストロイからステラを引き離す為に、ウインダムを機動させた。

 

 吹き付ける雪は、次第にレイの感覚を麻痺させていった。パイロット・スーツを着ていても、ヘルメットを脱いだ頭部は吹き曝(さら)し状態だ。最初に耳が、次いで頬の感覚が無くなっていく。

 

(今、ここで蹴り落とせば――)

 

 目の前のステラは寒さを感じないのだろうか。少し震えるレイに対し、彼女はじっと考え込んだままピクリとも動かない。それならば、彼女をここから突き落とせば、少なくともデストロイは動かなくなる。
数十メートルあるこの高さから落下すれば、いくらエクステンデッドの彼女であっても無事では済まないだろう。
 そんな、レイの中にある合理的な自分が心に囁く。ステラを殺せば、デストロイは主を失ってガラクタに成り下がる。そうすれば、連合の大規模作戦も水泡に帰すのみだ。デュランダルも、きっと喜んでくれる。
 それなのに、レイの体は動かなかった。寒さで悴(かじか)んでしまったからだろうか。否、そうではないと思う。どうしてなのか知らないが、レイはステラの答えを知りたがっていた。
 エクステンデッドが研究所で養成されたからだろうか。戦うだけの戦闘マシーンに対して、哀れみを抱く感情を、レイは持っていた。

 

 ふと、ステラが顔を上げる。その様子に、レイはホッと一息ついた。このまま固まっていれば、いつか寒さにやられてしまうところだっただろう。

 

「ネオ……」

 

 ポツリと呟くステラ。言葉に出したのは、レイの嫌いなネオだった。

 

「ステラが戦うのは…ネオだから――」

 

 ぽろぽろと涙を零すステラ。何がそんなに哀しくて涙を流すのか、レイには理解できない。ネオは、彼女を利用して戦わせているだけの最低な大人ではないのか。彼女のような少女が、自分から進んで戦いに身を置くわけが無い。
そういった思い込みが、レイを凝り固めてしまっている。

 

「ステラ、ネオが居ないのに何で戦ってるの……? ネオが居なくちゃ――」
「奴の事は考えるな。奴は、お前を利用しているだけだ。お前が戦いを望んだのではないだろう?」
「違う、違う……ステラはネオの為に戦って、それでネオが喜んでくれるから――」
「それが利用されているということだ。お前を利用する為に、奴は合わせているだけだ」
「違う! ネオの事、何も知らないくせに悪く言うな!」

 

 あどけない少女を騙すのは、単純だ。例えするつもりが無かったとしても、自分でもこの様に従順にする事は出来ただろう。この様に何も知らない少女を騙して戦わせるのがネオ=ロアノークだ。レイは、勝手な想像でネオの事を決め付けていた。

 

「ステラ=ルーシェ、何故そう言い切れる? ネオ=ロアノークは、何も知らないお前にMSを与え、戦わせているだけだ。裏では、きっとお前の事を蔑んでいる」
「違う! ネオは、ステラに一杯やさしくしてくれた!」
「育てられたとでも言うのか!」
「ネオはステラのお父さんだもの! あんたの言う事なんか聞くか!」
「お父さん――バカな……」

 

 ステラの口から飛び出してきた“お父さん”という言葉。そのたった一言に、今まで饒舌だったレイの言葉が詰まった。

 

(父親として見ているというのか、あのネオ=ロアノークを……?)

 

 そこまでの感情は余程のことが無い限り湧いてこないはずだ。戦災孤児としてさまよっていた彼女が、ネオを父親と認識する為には、相当の長い時間と思い出が必要になる。自分がそうであったように、彼女とて同じはずだ。
それなのに言い切った彼女は、一体どれだけの思いをネオに対して注いでいるのだろう。逆にネオはどれだけの思いを彼女に注いだのだろう。自分の価値観を根底から覆すかのような発言に、レイは混乱した。

 

「は――!」

 

 突如、気配がした。ステラもその気配に気付いたらしく、顔を横に向けていた。レイが生き残ったカメラで状況を確認すると、そこにはウインダムの影があった。慌ててコックピットの縁(へり)から顔を出して確かめる。

 

「ステラ!」

 

 レイが顔を出すと、そこにはコックピット・ハッチを開いて身を乗り出すネオが居た。

 

「ネ…ネオ……?」
「私が分かるか、ステラ!」
「ネオぉ……!」

 

 その姿を見たのが、余程嬉しかったのだろう。ステラはネオの姿を見ると、更に大粒の涙を流した。嬉しくて、ウインダムに飛び移ろうと姿勢を構える。

 

「待てステラ! もう少し近くまで寄ったら、お前をこっちに引き寄せてやる。それまではそこで待つんだ」

 

 脱走してきたネオは四肢の自由を取り戻し、不愉快にもMSをも手にしている。レイがそれに対して怒らないわけが無かった。

 

「ネオ=ロアノーク!」
「レイ=ザ=バレル、ここは一旦私に任せろ!」
「任せろだと? 脱走兵である貴様に何を任せろというのだ!」
「全てはステラをこちらに移してからだ! その後は、デストロイを煮るなり焼くなり好きにしろ!」
「何だと?」

 

 言っている意味が分からない。脱走してきてMSに乗っているのなら、彼は現場に復帰するつもりで来たのだろう。それならばデストロイは作戦を遂行する為の重要なファクターだ。それを好きにしていいとはどういった了見だろうか。

 

「どういうつもりだ? 貴様は連合軍の作戦を潰すつもりなのか?」
「そのつもりだ。少なくとも、この作戦に関しては私は認めていない」
「理解できんな。作戦を放棄して、それで原隊に戻ればどうなるか分かっているだろう?」
「要は、デストロイがザフトによって破壊されれば良いんだ。その為の協力は、既に仰いである」
「それで貴様に何のメリットがある?」
「私はステラをデストロイから離したい。お前達はデストロイを止めたい。利害は一致していると見るが?」

 

 正気で言っているのだろうか、この男は。連合軍のデストロイ侵攻作戦は戦局を左右する一大作戦のはずである。事前の準備も、投資した資金や資源も途方も無い量が掛けられているだろう。それなのにネオは、大規模作戦を阻止してまでステラを大事にしようとしている。

 

(それではまるで――)

 

 デュランダルが自分に掛けてくれた温情と同じではないか。そんな事実は認めるわけにはいかない。あのデュランダルとネオが同じなどと、一瞬でも思ってはいけないことだ。不愉快なネオが、デュランダルと同じであるなどと――

 

(本当にそうなのか……?)

 

 ふと、思った。今までのネオに対する認識は、一方的な自己解釈の下に行われてきた。もし、それが間違っていたとすれば、それまで不愉快に思ってきたこの感情は一体なんだったのか。
 自分でも理不尽な事ながら、ネオから感じられた不愉快さは、直感的なものだった。それは、ラウから聞いた話の記憶に拠る思い込みだったのか、それともフラガの血筋に組み込まれた遺伝に拠るものだったのか。
後者だとすれば、それは本能的なもの。理知的である自分の体質には相応しくない感情である事になる。

 

 自分の中に、懐疑心が生まれた。こんな事は、初めてだ。眉を顰めるレイに、ネオの視線が注がれる。その視線にも気付かず、レイは己の中の疑惑と闘っていた。

 

 ネオは半身を乗り出し、細かくコントロール・レバーを操作して少しずつウインダムを接近させていた。もう少しで、安全にステラを収容することが出来る。

 

「もう少しだぞ、ステラ――」

 

 涙で表情を崩すステラ。死んだと思っていたネオが生きていた事の喜びを滲ませ、面白い顔をしていた。どうやら、自分がいなくなった事に対する記憶の操作は行われていなかったようだ。その表情は、ネオの知っているいつものステラだった。
 その時――

 

「なっ――!?」

 

 ネオのウインダムを襲う突然の衝撃。背後からビームサーベルで攻撃されたのだろう。バック・パックが火を噴き、背翼が煙で覆われる。

 

「ネオッ!?」

 

 ステラの叫びも空しく、ネオを乗せたウインダムは雪面に落下していった。そして、その影から現れたのは一機のMS。ビームサーベルを振り下ろしたまま、メイン・カメラを瞬かせるトリコロール・カラーの“G”――

 

「インパルス――シン!?」

 

 レイがその騒動に気付き、顔を上げた。そして、通信回線からシンの声が聞こえてくる。

 

『無事か、レイ!』
「何という事を――」
『え!?』
「あ…いや――」

 

 何を口走っているのか、自分は。レイは思わず発した一言に困惑した。

 

(これでネオ=ロアノークが死ねば……)

 

「うぅわああああぁぁぁぁ――ッ!」

 

 絶叫が響き渡る。ステラが目を見開き、恐慌状態に陥った。ネオの墜落を眼前で体験してしまったステラは、情緒を完全に失った。瞳孔が開き、小刻みに揺れる体は激しい怒りの表れ。絶叫したまま、デストロイに駆け込んでいった。

 

「こうなるのか!」

 

 当然だろう。レイが思ったようにネオがステラに温情を与えていたのなら、彼女が理性を失ってしまうのも無理の無い話。同様にデュランダルが殺されれば、自分とて彼女のようになってしまうだろう事は容易に想像できていただけに、レイはシンの行動に歯噛みした。

 

『な、何だ!?』
「シン、今のウインダムにはネオ=ロアノークが乗っていた! 知らなかったのか!?」
『ネオだって!? そんな…それじゃあ――』
「ステラ=ルーシェは奴を最大限に慕っていた! それが目の前で撃墜されれば――」

 

 デストロイが掴んでいたザク・ファントムを放り投げる。そして、傍らで固まっているインパルスをその巨大な腕で殴り飛ばした。

 

「うわあああぁぁぁッ!」

 

 腕一本だけでも相当な質量を誇るデストロイの腕。その衝撃をまともに受ければ、機体はフェイズ・シフト装甲で無事でも、中でシェイクされているシンの身体は堪ったものではない。一気に雪上に叩きつけられ、危うく気を失いそうになった。

 

「く――なッ……!?」

 

 衝撃に閉じていた目をうっすら開けると、カメラには一杯のデストロイの脚底が映っていた。即効で気を取り直し、慌ててインパルスを横に転がして空中に逃れる。しかし、続けて放たれる3連のスキュラ。
咄嗟に構えたシールドを掠め、威力で機体がもんどりを打って吹き飛ばされる。

 

「つ、強すぎるッ!」

 

 直接デストロイに向かってきたシンには、ネオとルナマリアが交わした協定の事など知る由も無かった。ただ単純にデストロイに捕まるザク・ファントムがウインダムに攻撃されそうになっているようにしか見えなかった。
結果的にデストロイを無能力化するチャンスを失うという過ちを犯してしまったが、それは仕方ないことだった。

 

『ウインダムが――シン、やっちゃったの!?』
「ルナ!」

 

 やっと追いついてきたザク・ウォーリア。カメラで雪原の上に転がっているウインダムを発見し、驚いていた。

 

『ネオ=ロアノークはデストロイを止めるつもりだったのよ! だから間に入っていって――』
「知らなかったんだ! でも、こうなったら力づくでも止めるしか――!」

 

 アウフプラール・ドライツェーンが襲い掛かる。空中で機動し、インパルスは何とか難を逃れる事に成功したが、ザク・ウォーリアは爆風に巻き込まれて吹き飛ばされてしまった。岩塊に機体をぶつけ、そのままぐったりと動きを止めてしまう。

 

「ルナぁッ!?」

 

 続けて放たれるデストロイのミサイル。シンは慌ててインパルスを機動させ、ザク・ウォーリアの前に立ち塞がる。ビームライフルを連射し、襲ってくるミサイルを悉(ことごと)く撃ち落した。

 

「ルナ、ルナッ! 大丈夫か、生きているか!?」

 

 ザク・ウォーリアを抱え、岩陰の裏側に身を隠して呼び掛ける。しかし、呼び掛けにルナマリアからの返答は無かった。至近距離でコックピットの様子を覗ってみると、そこには目を閉じてぐったりとしているルナマリアが居た。
ヘルメットのバイザーに罅(ひび)が入り、機器類のショートで右腕を裂傷している。パイロット・スーツの上からも血が滲んでいるのが分かった。

 

「くっそぉッ!」

 

 尚もこちらに狙いを定めて砲門を構えるデストロイ。このままここに居たのではルナマリアを巻き込んでしまう。デストロイがネオが撃墜されたことに怒っているなら、自分を追いかけてくるはず。シンはインパルスを飛び上がらせ、デストロイの上空を旋回してかく乱する。

 

「俺はここだぁッ!」

 

 上からビームを浴びせ、注意を引き付けた。怒り狂うデストロイは、そんなシンの誘導に乗り、上空を飛行するインパルスを見定めた。左腕部が切り離され、シュトゥルム・ファウストが襲い掛かる。

 

『シン――ロイは……』
「レイ!?」

 

 シュトゥルム・ファウストのビームをかわし、ミサイル攻撃をかわす。

 

「大丈夫か、レイ!」
『――めろ、お前がデス――』
「ミノフスキー粒子め!」

 

 通信はジャミングの影響で雑音が煩わしい。辛うじて繋がっているだけでも奇跡かもしれないが。

 

『シン――ステラは――』
「ネオ……!」

 

 彼もまだ生きている。脱走が上手く行き過ぎた報いなのだろうか。デストロイを止めると言う同士であったはずのシンに落とされたのは、ある意味ではネオの運が尽きた事を示しているのかもしれない。
 しかし、不思議とネオの声には憎しみは含まれて居なかった。この状況を打開できるのは、最早シンただ一人。ステラを救いたいという彼の思いが、途切れ途切れに聞こえてくる言葉の端々に感じられた。

 

「…この状況が、俺の迂闊のせいなら――!」

 

 デストロイの破滅的な攻撃力が、次々と仲間を葬っていく。ルナマリア、レイ、ネオ――誰もがデストロイの制止を望みながら、倒れていった。そして、残ったのは自分だけである。

 

「やってやる! デストロイも、ネオの思いも、何もかも全部俺が!」

 

 種子が弾けた。絶望的な状況で、シンの潜在能力が開花した。瞳は輝きを失くし、デストロイの制止だけに頭の中がスイッチした。シンの潜在能力の解放は、同時にインパルスの限界性能を引き出す。デストロイの砲撃に晒されるインパルスはそれをものともせずに機動した。

 

 その頃、ジェリド、マウアーと交戦するエマとカツ。彼等の追撃を受けつつも、何とかデストロイの見えるところまで辿り着けた。レイの部隊は、まだ無事だろうか。エマはビームライフルでジェリド達を牽制すると、視線を前に向けてデストロイを見た。

 

「セイバーもルージュもまだ来ていない…2人も補足されてしまったの?」
『ダガーがこちらに来ているなら、もしかしたらアッシマーはアスランさんの方に向かったかもしれません!』

 

 カツの言う事は恐らく的中しているだろう。ジェリドとマウアーがこちらに居て、カクリコンやライラ、ブランが遊んでいるわけでもあるまい。姿が見えないのなら、アスランの部隊が捉まってしまっている可能性が高い。

 

「カツ、レイの部隊は見えて?」
『インパルスが一機で戦っています! 他のは――』

 

 のんびりとエマ達に戦況を眺めさせて上げられるほどジェリドはお人好しではない。デストロイに注視するカツが、ビームライフルを脚に受け、墜落していく。

 

『デストロイの動きに気を取られて、それで俺から逃れられるとでも思ったのか!』
「カツ! ――ジェリド!」
『エマ、カミーユの前にまず貴様を落としてやる!』

 

 脚部から煙を上げて雪上に叩きつけられるカツのムラサメ。エマが救出に向かおうとすると、ジェリドのスローター・ダガーが割って入ってきた。

 

『沈めッ!』
「この――ッ!」

 

 マウアーのスローター・ダガー、そしてジェリドのスローター・ダガー。挟み込むように狙われるエマは、ムラサメをMAに変形させてその場を離脱するしかない。

 

「マウアー!」
『行くぞ、ジェリ――』

 

 ジェリドがスローター・ダガーを機動させようとした時、マウアーのスローター・ダガーが数発のビームに見舞われた。下方向からの攻撃に、回避する間も与えられずに被弾する。頭部と、右腕をもぎ取られた。

 

「マウアーッ!?」

 

「へへッ…僕だって、この位の事は出来るんだ……」

 

 マウアーを狙ったのはカツ。意識を朦朧とさせながらも、ビームライフルのトリガーを引いた。しかし、撃墜を確認したとたん、彼の意識は途切れる。執念は、長くは続かなかった。

 

「死に損ないがぁッ!」

 

「カツが――!」

 

 ジェリドが倒れ込むカツのムラサメに突撃する。ビームサーベルを引き抜き、止めを刺そうとしていた。エマはそれに気付き、ムラサメでジェリドの前に滑り込む。シールドでビームサーベルを弾き、バルカンでスローター・ダガーの肩口を狙った。

 

『エマ――ッ!』

 

 接触回線から、ジェリドの苦渋が聞こえてくる。エマのバルカンはスローター・ダガー左腕の肩口可動部を直撃し、機能を停止させた。そして、続けざまにビームライフルをコックピットに突きつけ、トリガーに指を添える。
 しかし、ジェリドはその前にビームライフルの銃口を蹴り上げると、ビームサーベルを収めてビームライフルを取り出し、ビームを浴びせながら後退した。

 

「この隙にデストロイに――」
『行かせんと言っている!』

 

 デストロイへ向かおうとすると、またしてもジェリドの横槍が入る。彼を何とかしない限り、デストロイには近づけそうに無い。

 

「こんな所で決着をつけようと言うの!?」
『お望みとあらばそうしてやる! 貴様の敗北を以ってな!』

 

 互いにパートナーを戦闘不能に追いやられ、一対一の戦いになる。2人とも手の内を知り尽くしている間柄なだけに、一方的な勝敗はつくことは無い。
 一刻も早くデストロイに向かいたいエマは、ジェリドの執念に当てられ、足止めをされている事実に苛立ちを募らせた。

 

 他方のアスランとキラ。エマ達と同様に交戦を続けながらもデストロイに近付いていっていた。しかし、時は既に事前の作戦を遂行するには遅すぎる。執拗な足止めに遭い、セイバーはビームライフルを、ストライク・ルージュはシールドを失っていた。

 

「ようやくデストロイが見える位置まで来られたというのに――」

 

 嫌らしくセイバーを旋回するアッシマーは、それでも執拗に攻めてくる。デストロイに近づけたところで、攻撃をする暇さえ与えてもらえない。ブランはアスランの考えが分かっているかのように、メガ粒子砲を浴びせてくる。
 チラリとキラのストライク・ルージュを見やった。彼はまだ後方で交戦を繰り返しているだけで、アスランよりも前に進めていない。核融合炉搭載型MS2機を相手にしているのだから、いくら破格のパイロット・センスを持っていても当然かもしれない。

 

『無様だな、セイバー?』
「なッ!?」

 

 アッシマーの機動が変化し、セイバーに突っ込んでくる。虚を突かれ、接近を許してしまったアスランは慌ててビームサーベルを引き抜こうとしたが、その前にMSに変形したアッシマーに両腕を掴まれてしまった。
振りほどこうとしたが、決定的にパワーが違っていてびくともしない。

 

『後ろでは、貴様の仲間がデストロイと戦っている。あの化け物を相手に、いつまで持つかな?』
「インパルス……!」

 

 アッシマーの頭部越しに、デストロイを相手に奮戦するインパルスの姿が見えた。圧倒的な威力の火砲に襲われ、飛び回るシンにどれ程の可能性が残されているのか。そう思っていると、デストロイの攻撃で左腕がもぎ取られる瞬間を目にした。

 

「くッ――!」
『貴様には、仲間が散っていく様を眺めていてもらう!』

 

 また、目の前で殺されてしまうのか。かつてニコルを失った時のように、何も出来ずに仲間を見殺しにしなければならないのか。これでは、あの頃から何も変わっていないではないか。

 

「くそぉ……!」

 

 しかし、現実はもっと残酷だ。機体の性能が互角であればこんな状態を切り抜けて直ぐにでも救援に向かうことが出来るのに、セイバーのパワーではアッシマーに敵わない。
いくらアスランが力を込めても、それで機械の限界を超えさせることは出来ないのだ。
アスランは動きを封じられたまま、シンが負けていく様を見ていなければならない。それは、ニコルの命と引き換えに生きている彼には最も残酷な仕打ちだった。

 

 視線の先をアッシマー越しに見つめるアスラン。左腕を失ったインパルスは、もう先が長くないだろう。ところが、アスランがそう思ったところからがインパルスの本領だった。デストロイを正面に、背後からインパルスに迫るシュトゥルム・ファウスト。
振り返り、シンはビームライフルを投げつけた。
 すると、当然攻撃するシュトゥルム・ファウスト。見事にビームライフルは貫かれ、爆発を起こした。そして、その瞬間だけ煙幕が発生する。インパルスと共に煙に巻かれ、状況が見えなくなる。
 直後、もう一つの爆発が起こった。そして、煙の中からビームサーベルを片手に飛び出してきたのはインパルス。煙幕が吹雪で晴れ、そこにはシュトゥルム・ファウストの影は無かった。

 

「シン――!」

 

 いつもと動きが違う。荒削りな部分はそのままだが、明らかに普段の動きの上を行っていた。続けざまに切り離されたもう片方のシュトゥルム・ファウストも、小さく旋回するインパルスを捉え切れていない。
あっという間に組み付かれ、ビームサーベルを突きたてられて爆散した。

 

「そ、そうか――フッ…フフフ……ッ!」
『何がおかしい?』

 

 笑いを零すアスラン。ブランには、背後で起こっている超常現象は分かっていないだろう。

 

「もう、遠慮してやる理由は無いって事だ。これで心置きなく、全力で戦える!」
『何だと?』
「挨拶代わりだ!」

 

 唐突に、セイバーのアムフォルタスが前を向く。腕を押さえられている状態で撃てば、反動で何処へ放たれるか分かったものではない。しかし、アスランは何の躊躇いも無くトリガー・スイッチを押し込んだ。

 

『貴様――ッ!?』

 

 放たれたアムフォルタス砲の奔流は、アッシマーの左腕を噛み千切り、続けてセイバーの右腕をも巻き込んで自壊した。その衝撃でアッシマーの握力が弱まり、セイバーはその場から離脱した。

 

「自分の腕を犠牲に――セイバーは本命ではないのか!?」

 

 ブランはアスランの行動に驚かされていた。彼の読みでは、セイバーとストライク・ルージュの部隊がデストロイ阻止の大本命であったはずだ。バリアがあってビーム攻撃が効かないとなれば、必ず接近戦を挑んでくる。
その隙を突く為に他の部隊を先行させ、遅れてやって来た彼等が接近戦を仕掛ける役目を担っていただろう事は、ブランは予測していた事だ。ところが、そんなセイバーが己の損傷も顧みずに博打性の高い攻撃を仕掛けてきた。
いくら自分に足止めを食らっていたとはいえ、これでは本末転倒ではないか。
 ブランはセイバーの行動が信じられないまま、雪上への着地を余儀なくされた。片腕を失い、変形できなくなってしまったアッシマーは平凡な地上用MSに成り下がってしまったのだ。

 

「シンがあそこまで動けるなら――!」

 

 アスランに焦りが無くなった。一目見たインパルスの機動は、彼にシンの可能性の大きさを感じさせた。それは、彼が遂に自分の所まで追いついてきたということ。予てから予感していたシンのパイロットとしての力が、デストロイという強大な敵を前に一気に開花したのだろう。
 シンは、既に並みのパイロットではなくなっている。恐らくは、キラと同じ高みまで至ろうとしているのだろう。そうとなれば、デストロイは止められる。

 

「お前なら出来るさ――シン!」

 

 左小脇に砲身を抱え、フォルティス・ビームで地上のアッシマーを狙い撃つ。状況が変化した以上、今度はこちらが彼等の足を止める番だ。シンへ一言激励を送り、微かにアスランは笑いを浮かべた。

 

 デストロイの周辺が、急に慌しくなってきた。ミネルバとファントム・ペインの主力が集結し、吹雪の荒野を煌きで彩る。さながら祭りの夜空を髣髴とさせるその光景は、各々が命を懸けて戦っている証だった。
 その中心、デストロイと正面切って交戦するシンのインパルスは、堂々たる戦いを繰り広げる。胸部のイーゲルシュテルンは、強固なデストロイの装甲には無意味だろう。武器は、片手に保持させているビームサーベルのみ。

 

「狙いは――」

 

 デストロイの上半身は、凶暴的な火器の数々が所狭しと設置されている。シュトゥルム・ファウストを失ったとはいえ、戦艦の主砲を凌駕するアウフプラール・ドライツェーンに、高出力のスキュラが3門。ミサイルもまだまだ余裕がありそうだ。
背負った円盤型バック・パックのネフェルテムも、変形されたら厄介。
 しかし、デストロイには防御が薄いと思われる箇所がある。シンは戦っていて、そこに気付けていた。先程から頭の中がすっきりしているからだろうか、集中力が普段とは比べ物にならないほど高まっているのが自分でも意識できる。

 

 シンはインパルスを雪上付近にまで降下させ、地面すれすれを一直線にデストロイへと向かわせる。降り注がれる砲撃を右に左に避け、デストロイの脚部を目掛けてビームサーベルを振り上げた。

 

「自分の体重で溺れろぉッ!」

 

 丁度膝の裏の稼動部分は、デストロイの中でも最も装甲が脆い部分。インパルスのビームサーベルが直撃すると、デストロイは膝を曲げてバランスを崩した。
 その様子を確認し、シンは立て続けにもう片方の膝裏に狙いを定める。ビームサーベルを突き刺し、小爆発を起こす。

 

「どうだッ!」

 

 上半身に武器の搭載量が偏っているだけに、下半身を狙われたデストロイのバランスが危うくなる。脚部が自重に負け、尻餅をつくデストロイを見やりつつ、シンはインパルスを飛び上がらせた。

 

「デストロイの侵攻は阻止できた…後は――!」

 

 怒りに我を失くし、デストロイはそれでも尚、攻撃を続ける。倒れこんだデストロイには既に砲台としての能力しか残されておらず、空中を機動するインパルス、とりわけ覚醒したシンの動きを捉えることなど出来ないはずだった。
 しかし、デストロイにはパイロットとリンクさせる為のシステムが積まれている。それはステラの感覚をダイレクトに受け取り、目で追うように正確な砲撃がインパルスの機動を追った。

 

「おちろ、おちろ、おちろ――ッ!」

 

 ステラの感情がデストロイのシステムとシンクロし、機体の追従性が上がる。これまでにない精度の砲撃が、インパルスに襲い掛かった。

 

「俺の動きについて来られるのか――ぐぁッ!?」

 

 ツォーンの広域ビームがインパルスの右足を掠り、切断される。もんどりを打って吹き飛ばされるインパルスに、更にアウフプラール・ドライツェーンが襲い掛かった。シンはバーニアを最大に噴かして何とか体制を整え、間一髪で回避した。

 

「これ以上――」

 

 汗の滲むバイザーの奥。何度と無く肝の冷える思いを味わいつつ、シンは戦ってきた。それでここまで来て負けるわけには行かない。最後の力を振り絞りつつ、インパルスをデストロイに直進させた。
 そこへ飛来するミサイル群。シンは回避を考えずに、デストロイへ取り付くことを最優先に突撃させる。ミサイルの直撃を受け、フェイズ・シフト装甲でひたすら耐えて突き進んだ。煙幕の中、やがてエネルギーがレッド・ゾーンに突入し、遂に灰銀に戻った。

 

「やらせるかよッ!」

 

 一発のミサイルがインパルスの頭部を吹き飛ばす。瞬間にシンはコックピットを開き、視界を確保した。そして、煙幕を抜けた先に現れる巨大な人型機動兵機。眼前でスキュラの砲門が光を瞬かせる。
シンはバランスの悪くなったインパルスを捻る様に横に回避させ、背部のパック・パックにビームサーベルを突き刺してそのまま切り裂いた。

 

「うおおおぉぉぉぉッ!」

 

 切り口から連鎖的に爆発が起こり、機能を停止していく。デストロイが仰向けに倒れ込み、続けざまにアウフプラール・ドライツェーンの砲身をも切り飛ばした。

 

「後は――!」

 

 インパルスは、まだ動く。しかし、ビームサーベルの出力は徐々に弱まっていき、最早一刻の猶予も無い状態だ。シンが最後に狙ったのは、デストロイの頭部だった。
 頭部の正面に回りこみ、ツォーンの発射口にビームサーベルを突き立てる。

 

「これで終わりだぁッ!」

 

 その瞬間、エネルギーが尽きるインパルス。爆発する頭部に右腕が巻き込まれ、雪上に向かって吹き飛ばされた。

 

「きゃっ!?」

 

 同時に、デストロイのコックピットの中でもショートが起こり、小さな爆発と共に誤作動でハッチが開いた。中に溜まっていた煙がもわっと飛び出す。

 

 そこへ生身で駆け寄る一つの人影。白い息を吐き、左腕をぶらぶらさせながら必死に走ってデストロイをよじ登るのはネオだった。脱臼した腕を庇いつつ苦汁に表情を歪ませる。

 

「ステラ…無事なのか!」

 

 吹雪の寒さに負けず、コックピットの中を覗き込む。すると、そこには気を失って目を閉じているステラが居た。僅かにコンソール・モニターがショートしているが、彼女自身に怪我は無さそうだった。

 

「良かった…ステラ、本当に――」

 

 その時、外でMSが着陸する音が聞こえた。ネオがコックピットに突っ込んでいた頭を引き抜くと、そこには片腕を損傷したスローター・ダガーが立っていた。コックピット・ハッチが開き、パイロットが顔を覗かせる。

 

「大佐、生きていたのか!」
「丁度良かった、ジェリド! デストロイが破壊された!」
「見りゃ分かるが…本当にザフトがやったってのか、こいつを――」

 

 ジェリドがデストロイに視線を向ける。そこには無残にも頭部を潰され、そこかしこから煙を噴くデストロイの残骸が横たわっていた。

 

「パイロットは無事だ。済まんが、私とこの子を回収してくれ」
「了解」

 

 ジェリドは2人をマニピュレーターに乗せると、吹雪から守るように少し指を曲げ、飛び立っていった。それと時を同じくして、連合艦隊の旗艦から撤退信号が上がった。

 

 灰色の空の下、殴りつけんばかりに吹き抜ける大粒の雪。その風景の中、岩場に干されるようにたおれているムラサメ。コックピットから這い出たエマは、連合軍の撤退信号を確認し、次いで双眼鏡でデストロイを見た。

 

「ジェリドが誰かを回収した?」

 

 デストロイがインパルスに敗北する時を同じくして、エマもジェリドに撃墜されていた。そのタイミングが良かったのだろう。もしデストロイが破壊されなければ、エマはジェリドにやられていた。因果関係は薄いが、エマはシンに救われた形になったと言える。

 

 そこへ、ストライク・ルージュが駆けつけてきた。コックピットを開き、身体を前のめりに出すのはキラ。

 

「ご無事ですか!」
「ええ、ムラサメは壊しちゃったけど、私は大丈夫よ。アスランは?」
「シンの方に向かいました。カツ君は?」
「大丈夫よ。今は少し伸びているだけだと思うけど……それよりも、連合は引き上げていくみたいね?」
「はい――」

 

 キラはチラリと一瞬デストロイを見やった。

 

「今回の侵攻作戦は、きっとデストロイが全てだったんだと思います。そのデストロイが破壊されたとなれば――」
「これ以上の消耗を嫌って撤退するのは分かるわ。でも、結局ザフトは連隊2つ分以上の害を被った事になる。対して連合の消耗度合いは私たちほど大きくない――と考えると、これから先、まだまだ戦いは続きそうね」
「はい……」

 

 これまでの中で一番苦しかったこの戦いも、未だ序章に過ぎないのだろうか。デストロイは確かに強力な兵器だった。しかし、それよりも脅威に感じたのは、敵の核融合炉搭載型MSが少しずつ増えているという事だ。
 所謂“イレギュラー”と呼称されているのは、異世界からやって来たという人々の事だ。彼等の情報やMSに於ける技術力などは、キラ達の住む世界の数段先を行っている。
それは、単純な経験の蓄積量の違いなのだろうが、最も懸念に思っているのは彼等がこの世界に馴染み始めているということ。アルザッヘル基地の副指令という要職を任されていたシロッコは言うまでも無く、ファントム・ペインとして戦う者達は直接的に剣を交える相手だ。
その彼等が馴染み始めている事が、キラにとって脅威だった。

 

 白い雪は吹き荒ぶ。まるで、これからの展開を予兆しているかのように、いつまでも止まない吹雪は、ただ人を凍えさせるだけだった。

 

 一方、エネルギーの尽きたインパルスのコックピットから、シンはゆっくりと這い出る。そこへ舞い降りてくる深紅のMS――セイバーから顔を出すアスランが、拡声器を片手に呼び掛けてきた。

 

「無事だな、シン?」

 

 その問い掛けに片手を振って応える。セイバーが着陸すると、アスランはシンに対して申し訳無さそうに視線を落とした。

 

「すまない、シン。お前に大きな負担を掛けてしまった……」

 

 本来ならデストロイを攻撃するのはアスラン達の役目だった。しかし、ブラン達の執拗な足止めに遭い、結局はシンに任せる形になってしまった。シンの予想外の覚醒で、辛くもデストロイを止める事は出来たが、作戦として、隊長としては及第点は受けられない。

 

「本当に悪いと思ってます?」

 

 少し、意地悪をしてみたくなった。いつもは叱責を与える立場にあった彼が、逆に責められるとどんな反応をするのか興味があった。特に今は、大きな仕事をやり終えたという実感があって、少し気が大きくなっているのもあった。

 

「な、何だ……?」

 

 シンの表情の変化に、何も察することが出来ないアスラン。怪訝に首をかしげ、何故か悔しがるシンを見ては眉を顰めていた。

 

「そりゃあ、思っているさ。結局お前一人にデストロイを任せてしまったんだ。隊長として、不甲斐ないと思っているよ」
「なら、今日は隊長の奢りですね。レイとルナにも、それからエマさんやカツの分だってお願いしますよ?」
「そ、そんなにか!?」
「そりゃあ――」

 

 見上げるセイバーの後ろの空、一機のスローター・ダガーが、人を運んでいくのが見えた。そこからこちらを見下ろしていたのは、長い金髪を靡かせるネオ。大事そうに少女を抱え、視線で何かを呼び掛けているように見えた。

 

「どうした……?」
「あッ――」

 

 怪訝に見下ろしてくるアスランに気付かず、シンはネオを見ていた。彼が、自分を見て仄かに笑ったような感じがした。それを見て、シンは勝手にデストロイのパイロットが無事であることを了承する。恐らく、感謝してくれていたのだろう。
間違ってネオを撃墜してしまったが、どうやら彼との約束は果たせたようである。

 

(待てよ……) 「……あぁ~ッ!」

 

 そこで、思い出した。

 

「に…逃げられた……」

 

 ネオは悠々自適にスローター・ダガーのマニピュレーターで微笑んでいた。もしかしたら、それはまんまと逃げ果(おお)せた事に対する嘲笑だったのかもしれない。そう考えると、急に悔しくなってきた。

 

「あ、あの野郎ぉ……!」
「な、何だ……?」

 

 シンの表情の変化に、何も察することが出来ないアスラン。怪訝に首をかしげ、何故か悔しがるシンを見ては眉を顰めていた。