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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第35話

Last-modified: 2008-03-02 (日) 20:15:04

『震えるヘブンズ・ベース』

 
 

 全世界に一斉に展開されたデュランダルの演説は、地球の世論を揺り動かしていた。或いはナチュラルとコーディネイターの融和を訴え、或いは従来どおりにコーディネイターの排斥を叫ぶ。
割れた意見の対立――デュランダルの打ち込んだ楔(くさび)が、地球市民の心に突き刺さった。

 

「満足ですかな、デュランダル議長?」

 

 オーブ・セイラン邸のウナトの私室で、紅茶を嗜みつつ景色を眺めるデュランダルに、ウナトが話しかけた。

 

「オーブには、悪い事をしたと思っております」
「それならば、事が起こった暁には、然るべき措置を取ってもらえるのでしょうな?」
「勿論です。そうでなければ、こんな大博打に出る事など出来ませんよ」
「本来なら、ミネルバを寄越せと言いたいところですがな。私だって、顔が広いだけで他国に頭を下げるような行為は慣れていない」
「フフ……そうは仰られても、受け入れてくださったではありませんか」

 

 紅茶を啜(すす)り、喉を潤す。

 

「それにしても、代表は随分と大人しくなられた。髪も伸ばされたし、あなた方は彼女に何をされたのです?」

 

 デュランダルが振り向き、ウナトを見た。恰幅の良い体格に、薄くなった頭部はしかし、奇麗に纏められていて清潔感を感じさせる。アクセントとして掛けているサングラスは、初老の男性にしてはお似合いだ。スマートな出で立ちは、百戦錬磨を予感させる。

 

「異な事をおっしゃる。カガリ代表は、国家元首としての使命に目覚められただけです。別段、おかしな事でもありますまい」
「しかし、若さが消えてしまったように見えます。たった数ヶ月とはいえ、彼女がこれ程にまで変わるとは思えません」
「オーブの獅子の娘であります。元々そういう気質は、お持ちになられていただけの事です」

 

 カガリは、先の放送に出演した時こそにこやかに笑顔を浮かべていたが、その話を持ち出した時は渋い表情をしていた。以前の彼女であったならば、もっと前向きな反応を見せていただろう。それが、少し様子が変だった。
 しかし、状況の打開をしなければならない局面で、同盟国のオファーを無碍に扱うわけにも行かない事も承知していたようで、何とか了承を得る事が出来た。
 ウナトの言うところに拠れば、あれがカガリの本来の姿との話だが、それは本当なのであろうか。どこか、無理に自分を律している様に思えて仕方ない。

 

「自らを律しておられるのは、あなた方の配慮なのかもしれませんね。これから起こるであろう事を考えると、代表があの様で居てもらえて心強くはあります」
「議長は、こうなる事を最初から計算づくでいらしたのでしょう?」
「ある程度は予測していましたが、こんなに上手く行くとは思いませんでした。当初からあなた方がジブリールと面識があると知っていれば、もっと急いだかも知れませんがね」
「やはり、気付いていらしたか」
「フッフッフ……」

 

 セイランの2人が何者かと繋がっている事は、アークエンジェルが宇宙に出て以降の大西洋連邦軍の対応を鑑みれば予想がつく事だった。ザフトが駐屯するとはいえ、防御の薄くなったオーブを、大西洋連邦軍が放っておくわけが無いのだ。
だから、予想に反して動きが鈍かった事に疑問を持つのは当然だった。
 ただ、それでも調べていく内に彼等の繋がり相手がジブリールと知ったときは、少なからず驚きを見せた。よもや、そこまでの大物と繋がっているとは思わなかったからだ。セイラン親子――と言うよりも、ウナトのパイプの太さは驚嘆に値する。

 

「あなた方のオーブを守ろうという気概は感じましたが、もしカガリ代表に洩れる様なことがあれば、どうするつもりだったのです? 私はいいが、代表はあのような男との繋がりを快く思いますまい」
「ユウナに任せました。あれも、オーブを背負っていく身であります。代表の目を逸らすには、いい役目であったと思います」
「ご子息は代表に気を持っていらっしゃるので? それは意外ですな」
「ユウナとて、男子の端くれ。年頃の女性を見れば、ときめいたりもするでしょう」

 

 ウナトは両肘を膝に掛け、両手を組んでデュランダルを見た。デュランダルの口元に湛える笑みが、全ての事を順調に運んでいけているとの自信の表れの様だ。目的の遂行の為には、どんなものでも利用する――カガリには、そういった非情さが欠けていた。
 ウナトがカガリに教え込んだのは、その一点のみ。とりわけ人情に流されやすいカガリにしてみれば、ウナトの教育など雑務以外の何物でもなかっただろうが、戦争が佳境に入っていくにつれ、非情さは必ず必要になってくる。
最後にオーブの名を残す為に、彼女には必ず生き残ってもらわなければならない。

 

「そして、願わくばユウナと――」
「どうかされましたかな?」
「いえ――」

 

 ふと、口を突いて出てしまった言葉。デュランダルが怪訝に声を掛けると、ウナトは一呼吸ついてから口を開いた。

 

「――あ奴は余裕を持っている様に見せかけていますが、精神面はまだ半ちくです。いざという時にどんなボロを出すか知れたものではありません。ですからその時に、あれに強い伴侶が居てくれればと思っています」
「それが、カガリ代表ですか。しかし、彼女はアスラン=ザラと――」
「最後の親バカです。代表のお気持ちも理解しているつもりですが、私はユウナに幸せになって欲しい。軟弱な息子です。私が居なくなって一人になってしまえば、あれはきっと駄目になってしまうでしょう」

 

 冷静に国情を見つめられるのは、カガリよりもユウナだろう。その点に関しては、間違いなくユウナの方が上だ。しかし、カガリはユウナと違う強さを持っている。2年前に養父であるウズミを失い、悲しみに暮れながらも国家元首としてオーブの再建に尽力した。
勿論、専門的な知識の不足しているカガリが一人で全てを取り仕切るのは不可能であったが、その分は自分達でサポートして、戦前の頃のように戻す事が出来た。果たして、同じ立場になった時にユウナが彼女と同じことを出来るだろうか。
父親の自分が生きていて、彼は見た目は大人になっても完全な自立というものは出来て居ない。だから、いつも自分の傍で頼りにしてくる。それを考えると、まだまだ不安は尽きなかった。

 

「ウナト殿……」
「お若い議長には、些か難しい話ですかな?」
「いえ……」

 

 デュランダルに実子は居ない。しかし、レイという息子同然の少年が居る。ウナトの言う息子の幸せ――デュランダルも同じ事をレイに対して考えていた。どうすれば、レイを幸せにして上げる事が出来るのだろう。
 それは人生の長さではないはずだ。重要なのは、人生にどれだけの幸福を感じられるか。
 レイにとっての幸福とは、一体何なのだろう。彼が笑うのは、決まって自分に語りかけてくるときだ。ジブラルタル基地を発つ前、レジェンドに乗ってブルー・コスモスを潰すと言った時の彼の瞳が、忘れられない。
彼は、自身の為でなく、デュランダルの為に動く事を幸せに感じてしまっている。
 レイは不幸だと思う。自身の為に動けないのは、きっと自らの運命を知ってしまっているからだ。出生の秘密を知り、残酷な運命から希望を見つけ出そうとした時、傍に居たのがデュランダルだった。
だから、レイは自らの為ではなく、デュランダルに喜んでもらおうと一生懸命になる。それが、デュランダルにとっては非常に心苦しかった。一人の少年の親として、施して上げられる事が見つからない。

 

「私は駄目な男です。国を取り仕切る立場にありながら、一人の女性も幸せにしてあげる事が出来ませんでした。そして、養子にしている少年を軍に入れて戦わせています。私は、いつも他人から施しを受けてばかりです」
「ほぉ…これは意外な側面を見る事が出来ましたな? いつもは余裕のデュランダル議長も、一歩仕事場から出れば人の子ですか。…いやはや、人は見かけによらないものですな」
「いや…何ともお恥ずかしい……」

 

 お互いが、今は仕事を忘れて一人の“親”として会話を重ねる。こんな世間話は、この様な時でもなければ出来なかった事だろう。互いの人間的な部分に触れ、少しだけ気を許せる間柄になれたような気がした。

 

「…さて、これからが大変ですな。先日の議長の世界放送により、オーブはブルー・コスモスの標的となった。今まで少しずつ根回ししてきた私の苦労が、貴方のお陰で一瞬にして水泡に帰したわけだ」
「ウナト殿の苦労は無駄にはなりませんよ。私が、必ず最上の結果を御覧に入れてみせましょう。オーブをここまで存続させた事には、十分に意味がある」

 

 切れ長のデュランダルの目が、ウナトを見た。彼は、労いの言葉を掛けてくれているのだろうか。ウナトは一つ鼻で笑い、初めてデュランダルがオーブを訪れた時の事を思い返していた。

 

「全ては、あの時ですな。ミネルバが大西洋連邦軍に先制攻撃を仕掛けなければ、今頃私達はあなた方の敵になっていたでしょう」
「オーブの力は、どうしても必要でした。ウナト殿が親連合派である事は承知しておりましたし、多少の汚い手を使ってでも、オーブは引き入れたかった」
「なら、この戦争は決して負けないで頂きたい。オーブの名を残す為には、プラントの勝利が絶対条件なのですから」
「勝ちますよ。私とウナト殿がこうして話が出来ているように、ナチュラルとコーディネイターの関係は必ず良くなる。その時代を、我々がもたらすのです」

 

 太陽の沈む時間――斜陽の淡い朱の色が、部屋の中をオレンジに彩った。2人の影が、黒く濃く夕日の光から逃げるように伸びる。
 ウナトはソファから立ち上がり、一本のボトルと2つのグラスを取り出して片方をデュランダルに差し出した。デュランダルがグラスを受け取ると、ウナトはそこにウイスキーを注ぎ始める。とくとく、という音と共にウイスキーが注がれ、芳醇な香りが鼻腔を刺激した。
強いアルコールの匂いが、疲れた身体をリラックスさせてくれる。

 

「お酒の時間には、少々早いかもしれませんがな」
「この時間だからこそ、旨く感じる事もあります」

 

 2人がグラスを重ねると、ガラスの甲高い音が短く響いた。窓の外からの夕日の強い光がグラスに乱反射し、さながらダイヤモンドの輝きを思わせる。2人は微笑んだまま、グラスに口をつけた。

 
 
 

 ブルー・コスモスの面子が潜伏するヘブンズ・ベース。ザフトはそこに焦点を絞り、一気に決着をつけようと一大反抗作戦を計画していた。しかし、その計画は連合の諜報部隊を通じて既にブルー・コスモスの耳に入っており、ヘブンズ・ベースでは着々と迎撃準備が進んでいた。
 その防衛部隊の総指揮を任される事になったのは、アークエンジェルから脱走し、軍に復帰したネオ=ロアノーク。一部隊の指揮官でしかなかった男が、急に白羽の矢を立てられた。
 輸送機が発着を行う飛行場の一角、搭乗待機場の建物の中で、交流を交わす一集団が居た。ネオを含む、ファントム・ペインの一団である。

 

「それでは少佐、ファントム・ペインの指揮は貴様に任せたぞ」
「了解であります、大佐」

 

 ファントム・ペインは、引き続きブランを指揮官として機能する事になった。ネオはブランと握手を交わし、激励の言葉を掛ける。

 

「おい、ネオ……」

 

 声を掛けられ、振り向くとスティング達3人が立っていた。いつもは生意気なアウルも、ネオとの別れに少し名残惜しそうに表情を落としている。意外な事に驚かされつつも、ネオは笑顔を見せてアウルに話しかけた。

 

「どうした? いつものお前達らしくないじゃないか」
「何でネオだけここに残るんだよ? ファントム・ペインはネオの部隊じゃなかったのかよ?」
「ヘブンズ・ベースの総指揮官を任されたのだぞ? 大出世だよ」
「けど……」

 

 アウルは少し後ろで視線を落としているステラを見た。彼女にとって、ネオの存在は想像以上に大きなもの。スティングやアウルには、仮とはいえジェリドやライラといった面々が傍についている。ステラだけが、心細いのだ。
 ステラの様子に気付いて、気を遣ってやれる彼等は成長した。ネオはそれを嬉しく思う。

 

「ステラは、お前達が良くしてやってくれ。私も、この作戦が終わればまた合流する事になるだろうからな。それまでは、お前達がステラの兄貴だ」
「そんなんじゃねーよ。俺達は仲間だろ? ジェリドや大尉も――ネオだけ居なくなるってのが納得いかねーんじゃねぇか」
「スティング……」

 

 エクステンデッドとはいえ、中身は普通の少年少女だ。戦いさえ知らなければ、彼等は良い友人として仲良くなれたのだろう。そう感じさせてくれるスティングの一言だった。ネオの解放してあげたいという努力は、無意味なものではなかったと確信させてくれる。

 

「大佐、そろそろ時間です」
「あ…あぁ、そうだな」

 

 ブランに促され、ネオは言葉に詰まった。

 

「おい、ステラ。おめーもネオに何か言わなくていいのかよ?」

 

 アウルが急かすようにステラを突っかける。しかし、彼女は嫌がるように頑なに身体を硬直させ、歯を食いしばっていた。彼女の気持ちは、何となく分かる。なのに、ネオは掛けて上げられる言葉が見つからなかった。

 

「…それじゃあな、3人とも。私が居ないところで迷惑を掛けるんじゃないぞ」

 

 ネオが一言別れを告げると、名残惜しそうに表情を曇らせた。そして3人は、マウアーに背を押されながら移動用のシャトルに向かって歩いていった。
 情けない。父親役を自負しておきながら、別れ際に掛けてあげる言葉がこんな風にしか出てこないなんて、これでは父親役失格だ。自らの不甲斐なさを誤魔化すように、ライラに向き直った。

 

「ジェリド中尉、ライラ大尉。3人の事、よろしく頼むぞ」
「分かっている。大佐の大事な3人だが、アウルはあたしの可愛い坊やでもある。守って見せるさ」
「大佐が戻ってくる頃には、スティングの奴の躾も済ましておいてやるよ」
「ステラの事も――」
「分かってる。…じゃあ、またな大佐?」

 

 そう言うと、残った面々も順次シャトルに乗り込んでいった。

 

 残されたネオ。ヘブンズ・ベース防衛という大役を与えられながら、何故かネオの表情は晴れなかった。

 

「果たして、私は生き残る事が出来るのかな……?」

 

 格納庫、自分に支給されてきたMSの足元でそれを見上げ、呟く。全身を深緑色に彩られた一つ目のMS――ムーバブル・シールド・バインダーが特徴的な可変型は、ネオの手に負える代物なのだろうか。そのポテンシャルの高さに、期待と不安が入り混じった。

 
 

 デストロイの一件は、連合軍の余裕を垣間見せられた。あれ一体で被ったザフトの損害は甚大で、更に連合軍は戦力の多くを温存している。それはザフトに焦りを与え、デュランダルの世界放送による地球側の混乱を突く一大反抗作戦の発動へと至った。

 

 ザフト精鋭の集う戦艦ミネルバ。新たに配備されたMSはデスティニー、レジェンドの他にもう一体があった。セイバーと同じ深紅のMS――かつてアスランが愛機としてた、フリーダムの兄弟機であるジャスティスだ。
今はそれも改修され、“インフィニット”の名を与えられている。無限、究極――どの意味にも捉える事が出来る。アスランはインフィニット・ジャスティスの前に立ち、懐かしいシルエットを見上げていた。

 

「それがあなたの新しいMSなのね?」

 

 横から声を掛けられ、アスランはその方向を見た。エマが物珍しそうにインフィニット・ジャスティスを見上げ、感嘆の吐息を漏らしている。その横顔に見惚れるアスランは少し頬を赤らめ、しかし直ぐに気を取り直してインフィニット・ジャスティスを見た。

 

「え、えぇ、ジャスティスです」
「へえ、“正義”とは、これまた思い切ったネーミングね。どこの誰のセンスなのかしら?」
「ははは……」

 

 アスランは乾いた笑いで返すしかない。確かに彼女の言うとおり、ジャスティス(正義)はかなり大胆なネーミングだ。戦争が始まったのは、お互いの正義がぶつかり合い、反発を引き起こしたから。それ故に解決が難しく、尚且つデリケートな問題である。
だからこそ、アスランはジャスティスの名を煩雑化し、蔑ろにしてしまう事を恐れている。その意味を深く考えなければ、わざわざジャスティスと命名したこの機体に乗る資格は無いと思うからだ。それを忘れた時、きっと罰が下るような気がした。
 エマはそんなアスランの表情の変化を見て、自分の事を考えてみた。元はティターンズのエリート士官。ただ何となく職務を全うしていくだけで、将来は保証されているはずだった。
 しかし、内情を知ってしまっては所属し続ける事が出来なかった。カミーユの母親を人質にガンダムMk-Ⅱの引渡しを要求したバスク=オム――それは、軍のする事ではないと思った。
 結果、カミーユの母親は宇宙の藻屑となった。その後、エマはカミーユとその父親を伴いアレキサンドリアから脱走し、エゥーゴに寝返った。あの時の決断は、間違いではなかったと思っている。例え、命を失う事になったとしても――

 

「アスラン、迷っては駄目よ? 自分の中に確固たる信念があるのなら、最後までそれを貫き通しなさい」
「エマさん……」
「あたしはそうしたわ。軍に所属したのは、人質を取ってMSを取り返す為じゃない――結果、どんな死に方になっても、自分の信念だけは決して曲げては駄目なのよ」
「俺は――」
「貴方の中に強い思いがあれば、このMSは応えてくれるわ」

 

 おぼろげながら、エマは思い出した事がある。あれは、自分が死んだ後だったか、その前だったか――寧ろ両方なのかもしれない。カミーユのΖガンダムが、人の想いを吸収してMSならざる力を発揮した。
 もしかしたら、全て幻だったのかもしれない。見つめていたエマは、その時の記憶が定かではないのだ。しかし、Ζガンダムを中心に広がっていく紅い光は、確かに人の想いだった。カミーユの想いに反応して、それに同調する魂が呼び寄せられたのだと思う。

 

「そして、最後はあなた自身が決めるのよ。自分の正義を信じて――それが間違いかどうかは、あなた自身にしか分からない事だもの」

 

 カミーユの死力を尽くした魂の咆哮は、宇宙を駆ける。哀しみを払拭しようとした彼の試みはシロッコを倒したが、しかし彼自身が哀しみに沈んでしまった。カミーユの流した刻の涙――それを掬(すく)ってくれる人が既に存在していた事を、彼自身が気付けなかったからだ。

 

「俺は…カガリを守りたい――彼女の笑っている顔を見たいんです……」

 

 アスランは呟く。2年前、キラと死闘を繰り広げた後、アスランは自爆したイージスから逃れ、気絶していたところをカガリに拾われた。過去に無人島で出会い、救助がやって来るまでのほんの少しの時間を共有しただけなのに、何故か彼女の声が頭に引っ掛かった。
 無人島での答は、再開したその時になって分かった。キラを殺したと告げたアスランに対し、カガリは銃を突きつけた。しかし、涙をボロボロに流しながらも、彼女は引鉄を引かなかった。

 

《殺したから殺されて…殺されたから殺して――それで本当に最後は平和になるのかよ!?》

 

 苦悶する彼女の叫びを聞いて、何故か自分も泣けてきた。彼女は、冷静だったのだ。アスランは目の前でニコルを殺され、憎しみで埋まった心のまま、親友のキラを殺すつもりだった。しかし、同じ立場のはずのカガリは、アスランを殺さなかった。
 カガリに問い詰められ、“分からない”と応えたが、本当は分かっていたのだ。キラを殺しても、ニコルが生き返るわけではない――残るのは挫折感と、親友をその手にかけた自己嫌悪だけ。復讐に身を焦がすのは、自らを貶めるだけなのだと。

 

 カガリは、今はきっと精神的に辛い時だろう。デュランダルの世界放送を観ていた時、彼女は笑っていたが、それが無理矢理に作った笑顔であるように見えた。
 彼女は、心の底から笑えていない――戦争を早く終わらせる事が、自分に出来る彼女に対する最大の心遣いだと思う。

 

「エマさん、俺はカガリの為にザフトへ復隊しました。でも、それが俺の信念だってことに気付けなかったんです。だから、カガリの為に戦っている俺自身の正義が何処にあるのか、分かっていなかったんだと思います」
「でも、今はそれがアスランの本当の気持ちだって気付けている――それで、十分ではなくて?」
「はい――!」

 

 誰かの為に行動する事が、自らの信念になる事もある。振り向いたエマの微笑が、素敵だった。カガリとは違う、大人の女性としての強さを持った艶やかな微笑み。微かな色気を感じさせる雰囲気がアスランの男としての鼻を刺激し、僅かに目を泳がせて顔を俯けた。
何となくだが、年上の女性としてエマに惹かれる心がある。気持ちの高鳴りは、アスランの揺れる男心をくすぐっているかのようだ。
 俺にはカガリの存在が――アスランは口を真一文字に引き締め、表情を取り繕ってインフィニット・ジャスティスを見上げた。深紅の輝きが、まるで自分の心の中の色のように見えた。

 
 

 シンの気持ちは、真っ直ぐだ。戦争は、彼から故郷の思い出と初恋を奪っていった。しかし、彼はもう惑わされる事は無い。戦いが正義と信じ、勝つ事が己の運命であると悟ったからだ。

 

「ルナ、そろそろ時間だから俺、行くよ」

 

 ルナマリアとメイリンの部屋。シンは、ベッドに横になっているルナマリアの傍で椅子に腰掛けていた。デストロイの戦闘で負った彼女の傷は、まだ実戦に出られるほど癒えていない。

 

「うん、頑張ってね、シン」
「ああ。ヘブンズ・ベースを落とせば、ブルー・コスモスは一掃されるんだ。後はデュランダル議長が上手くやってくれる」

 

 パシッと拳と掌を合わせ、立ち上がろうとしたその時、シンの赤服の袖をシーツの隙間から伸ばしたルナマリアの手が掴んだ。その感触に気付き、シンは動きを止める。

 

「何だよ、ルナ?」
「顔、近づけて」
「うん?」

 

 濡れる瞳で見つめてくるルナマリア。艶っぽい表情で、懇願するように吐息を漏らす彼女の声に耳を引っ張られ、シンは促されるままに顔を近づけた。

 

「左、向いて」
「あ、あぁ……」

 

 言われ、その通りに顔を左に向けるシン。少しの間その体勢で待っていると、頬に柔らかい感触が広がった。横目でルナマリアを見ると、彼女は首を精一杯伸ばしてシンの右頬にキスをしていた。

 

「左の頬はシンにとって大切な思い出だものね。だから、あたしは右の頬」
「知ってたのか……?」

 

 そっと、ルナマリアが顔を離すと、シンの問い掛けに舌を出して微笑んでいた。

 

「死なないでね、シン……」
「大丈夫だよ。帰ってくるさ、ルナのところに」

 

 今までは気付けなかったルナマリアの可愛さ。至近距離でまじまじと見た彼女の顔は、シンの記憶の中にハッキリと刻みこまれた。
 ルナマリアの存在は、シンにとって無くてはならないもの。かけがえの無い大切な人が出来た今、シンは戦いの意味をしっかりと認識できるようになっていた。

 
 

 デュランダルの仕掛けた世界放送により、ザフトは一気に勝負を決めるべく、ヘブンズ・ベースのブルー・コスモスを一掃する作戦に出る。この作戦が終わっても、全ての戦いが終結するわけではないが、見方によっては決戦だ。
かつて無いほどの激戦になるというのが大方の見解だ。
 しかし、確実に分かっている事は、ブルー・コスモスを一掃することでナチュラルとコーディネイターの新たな時代が訪れる事。デュランダルが示したとおり、2つの人類は決して交われないわけではないのだ。
実際にその先駆けとなったオーブに住んでいたシンには、それが分かる。

 

 ルナマリアの部屋を退室すると、壁に背を預けたレイが腕を組んでシンを待ち構えていた。一瞬慄(おのの)き、少し頬を赤らめて鼻の頭を人差し指で掻く。

 

「行けるのか、レイ?」

 

 気恥ずかしさを誤魔化すように、軽く呼びかけた。レイの怪我も、本当ならもう少し安静にしていなければならないほどの筈だ。しかし、彼は自ら志願して、この作戦の参加を強く要望してきた。
タリアとアスランは無理だと忠告したが、頑として意見を曲げない彼の強固な意志に負けて、仕方なく参加を許可した。
 レイの頬に貼られている絆創膏は、怪我の痛々しさを如実に表現している。しかし、当の本人は余裕の笑みを浮かべてシンを見つめていた。

 

「呼びに来たのだが、無粋な真似はしたくなかったからな」
「十分無粋だろ」

 

 皮肉っぽく笑うレイの様子を見て、シンは余計な心配だったと確信した。こんな軽口を叩けるのなら、彼は大丈夫だ。シンは眉を顰め、ぶっきらぼうにそう言い放つと先に歩いて行った。レイがゆっくりと身体を壁から離し、それに続いていく。

 

 パイロット・スーツに着替え、2人して格納庫にやってくると、アスランとエマは既に準備を整えていた。

 

「遅いぞ、2人とも」
「すみません、隊長!」

 

 アスランに叱責され、慌てて駆け寄る。

 

 4人が揃った。このヘブンズ・ベース攻略作戦は、アスラン、エマ、シン、レイの4人だけがミネルバからの戦力になる。他の2人は、ルナマリアは言うに及ばず、カツもまだ回復が間に合っていない状態だった。
 しかし、新たな力を得た彼らは、普通の1隻の戦艦の戦力とは一線を画する。最新鋭機のデスティニー、レジェンド、そしてインフィニット・ジャスティスを加え、更にエマがセイバーに乗り込む。新たに得たMSの性能は、慣熟テストに出た彼等の度肝を抜いた。
レイのザクは言うに及ばず、インパルスともセイバーとも違う、異次元の感覚。核融合炉を得たMSとは、ここまでの性能を発揮するものなのかと、彼等は感動したものだ。U.C.世界とC.E.世界の技術が融合した3体は、まさに究極を体現する恐るべき力を秘めたMSである。
その彼等の戦力が機能すれば、連合軍のMSなど有象無象の如く相手にならないだろう。
 そんな経緯もあってか、ミネルバは艦隊の中央を任される事になった。陽電子砲であるタンホイザー、そしてその腹から出てくる4機のスペシャル達は、正にザフトの旗印である。

 

 そんな彼等を、ギャプランを与えられたとはいえ、凌がなければならないネオは大変だ。ザフトの接近を察知し、出撃したその場で、これまでの事を振り返ってみた。今考えなければ、きっとその機会が無いと思ったからだ。

 

 ファントム・ペインの指揮官として就任したネオは、イアン=リーという優秀な部下にも恵まれ、順風満帆な職務遂行を行ってきた。
本格的な作戦行動は、アーモリー・ワンでの襲撃が初めてだったが、カオス、アビス、ガイアの新型MSを奪取できたのは我ながら上出来であったと思う。
任務遂行に当たったのは、強化人間であるスティング、アウル、ステラだったが、不安視された精神的不安定さもさほど気になるものでもなかった。
 ただ、そこでミネルバに出遭ってしまったのが全ての始まりだったのかもしれない。何度と無く交戦を繰り広げ、その度に何かしらの痛手を負ってきた。今やザフト最強の部隊に育ちつつあるミネルバにさえ遭遇しなければ、こんな苦労は無かっただろう。

 

(歯車を、狂わされたのか――)

 

 だから、ネオは一旦は捕獲された。今ネオがこうして戦々恐々とザフトを待ち構えていなければならないのは、そのせいだ。強大な権力を武器に、ふんぞり返っているだけのブルー・コスモスの老人達を守る価値などネオには無い。
防衛任務を放棄してヘブンズ・ベースを離脱しても、彼の良心は全く痛まないのだ。単に背任行為を行ったとして、脱走兵になるだけ――逃げ切れる自信はあるし、実際に逃げても良かった。
そう思う背景には、ファントム・ペインの後任を早々に決められた事も影響しているのかもしれない。
 しかし、それでも甲斐甲斐しく命令を履行しなければならないのは、彼にはエクステンデッドの3人が居るからである。ネオにヘブンズ・ベース防衛指揮を任命したジブリールは言った。

 

《君は、強化人間の3人を常々、軍から退役させようと掛け合っていたそうだな?》

 

 即座に言葉の意味を理解した。もし、ここでネオが職務放棄をしようものなら、彼等がどんな目に遭わされるか分かったものではない。そう予感させる、冷たい声だった。ネオは、従うしかなかった。
 そのジブリールは、既にこのヘブンズ・ベースには居ない。ブルー・コスモスの他のメンバーを置き去りに、自分一人だけ極秘にシャトルに乗り込んで何処かへと飛び去っていってしまったのだ。そして、その事実は、ほんの一握りの人間しか知らない事だった。

 

 その残されたブルー・コスモスの面々は、領事館の一室に集められていた。そして、ジブリールが居ない事を一人が気付くや、それに感づいた勘のいい老人が、彼の思惑に気付いたのだ。それは、シロッコをジブリールに紹介した老人だった。

 

「あの男――我々を一網打尽にするつもりか!」

 

 その一言で、それぞれが混乱を起こし、我先に脱出しようと慌てだした。もし、その場面をジブリールが鑑賞していたら、彼は満面の笑みを浮かべて嘲笑していた事だろう。老いて尚盛んな欲望を持つ老人達が、一斉に取り乱して汗を流すのだ。
彼にとっては、コメディ・ショー以外の何物でもない。

 

「ロード=ジブリール……欲望の権化め……!」

 

 冷ややかに口の端を引き攣らせる表情が浮かんできた。その老人は考える。恐らく、逃げ出そうとしても既に手遅れだろう。脱出ルートは彼の手が廻った兵によって塞がれ、助かる手段は一切残されていないはず。
ジブリールには、そういう非情さに掛けては、年齢を感じさせない狡猾さが見えていた。それを心強いと勘違いした自分の浅はかさが、そもそもの間違いだったのかもしれない。

 

「私の目も、随分と曇ったものだ……」

 

 遠くから悲鳴に似た老人達の叫び声が聞こえてくる。扉を叩く音や、プライドを捨てて懇願する声――最早、無駄であると確信した。その老人は、ほんの心遣いとばかりに用意されている豪華な椅子に腰掛け、足を組んだ。
 さて、これでシロッコを抱え込んだジブリールが、世界をどのようにして掌握していくのだろうか。それだけを考えて、現実に迫った危機から逃れるように目蓋を下ろした。

 

 ジブリールがネオに防衛部隊の指揮を任せたのには、ブルー・コスモスの面々を納得させると言う意味があったのだろう。ネオは、ジブリールが信頼する一番の士官であるという事は、他のブルー・コスモスの面々にも知れた事だった。
しかし、それを逆手にとって、ジブリールはネオを餌にしたのだ。コーディネイターに捕まった部下など、ジブリールにとっては嫌悪の対象にしかならない。彼はヘブンズ・ベースが陥落すると睨むや、ネオを提灯持ちに、何の音沙汰も無しに逃げ去っていってしまったのだ。
その清々しさすら覚える身の振り方に、ネオも腹立たしさを感じたが、それが彼の戦略ならそれに従うしかない。3人がファントム・ペインに所属している限り、ネオは人質を取られているようなものなのだから。

 

『大佐! ザフトの猛攻が続いています!』

 

 ふと気がつくと、交戦の眩い光が徐々に最終ラインにまで近付いてきているのが見えた。大西洋連邦とユーラシア連邦の戦力を集めたこの布陣でも、ミネルバを中心としたザフトの勢いは留まる所を知らないらしい。小癪ながら、ジブリールの思惑通りになったという事だ。

 

「リニア・シートか…この浮遊感に慣れる間も無いかもしれないな」

 

 ギャプランのコックピット・シートは、他の核融合炉搭載型MSと同様に球体のモニターの中ににょっきりと生えているアームに支えられた座席になっている。全天モニターというモノは、確かに視界が広く開けて見回しやすいという利点があるが、何ともいえない不安感もある。
モニターの画面はその恐怖感を抑える為にCGで合成されたものであるが、慣れないネオにはあまり意味が無いもののようだ。

 

『ロアノーク大佐、どうされるのです!?』

 

 先程から通信を繋げているパイロットの、恐怖の声色が伝わってくる。彼の不安も、尤もだろう。
ザフトの戦力はヘブンズ・ベースの現有戦力と拮抗しているが、Gや核融合炉搭載型MSといった主力を欠いた状態では、世界放送で士気を上げている彼等の勢いを止める事など不可能だ。
 そもそも、最初からヘブンズ・ベースは陥落する事が決定付けられている。ネオは言うに及ばず、勘のいい一部の士官の間にも、そういった憶測がまことしやかに流れていた。
 しかし、ジブリールはその為に残していったものがある。

 

「デストロイを展開させろ。量産型とはいえ、盾にはなる。それで反撃の態勢が整うまでの時間稼ぎを行うんだ!」

 

 勿論、そんな時間稼ぎなど無意味な事くらいネオは承知している。ジブリールがデストロイを置いていったのは、出来るだけ時間を稼いでこの戦いが連合にとって本気である事をザフト、そして、ブルー・コスモスの面々に思い込ませるため。
ネオは、そのジブリールの思惑を忠実に実行しているだけである。
 それに、デストロイのパイロットはそれ自体が適合率の低い不完全なエクステンデッドが使用されている。数ばかりが揃ったところで、ステラが動かしていたような驚異的な戦闘力は発揮できないだろう。

 

 ネオの命令に応え、出撃した5機のデストロイが、あたかも聳(そび)え立つ巨大な壁のようにザフトのMSを駆逐し始めた。不完全な廉価量産型とはいえ、流石はデストロイである。勢いのあるザフトのMSを悉く防いでいる。

 

「よし…これでこちらも態勢を整えて――」

 

 一瞬気を抜いた瞬間だった。壁のように配置した一番左のデストロイが、急に煙を噴いて轟沈した。更に、右端のデストロイも爆発を起こしている。こちらは何と、まるで人が刀で切られたようにざっくりと縦に切り伏せられていた。

 

「な――そんなバカな!?」

 

 ぞくりとした。そして、感じる。ザフトは、新型を投入してきている。それも、恐らく単機ではないだろう。一度に反対に位置しているデストロイを2機も撃破した事から、最低でも2機以上いるはずである。ネオにとっては、恐怖以外の何物でもなかった。
 遂にザフトが、ガンダムMk-Ⅱから得た技術を基に新型のMSを開発したのである。それを促したジブリールにとっては計画通りかもしれないが、それと刃を交えなければならないネオにしてみれば冗談では無い。

 

 そして、続けざまに3機目のデストロイが頭部を破壊されて崩れ落ちた。その瞬間に見えたモノは、背中から光の翼を生やしたMSが凄まじいスピードで飛び立っていく姿だった。

 
 

 デストロイの頭部に掌をあてがい、ゼロ距離からのビームで攻撃するパルマ・フィオキーナ――シンの駆るデスティニーの特徴的な武器の一つである。デスティニーは背部スラスターからコロイド粒子を放出し、光の翼となって高速機動を実現させる。
そのコロイド粒子がデスティニーの残像となり、さながら分身しているように機動していた。

 

「レイ、リフレクター持ちは俺に任せろ! アロンダイトで、みんな纏めてぶった切ってやる!」

 

 そのシンの言葉どおり、デスティニーはゲルズゲーに接近し、一気にアロンダイトを引き抜いて横に薙ぎ払った。対艦刀であり、十分な質量を誇るその長物はゲルズゲーの装甲を砕くように薙ぎ切り、狙ってきた敵の集中砲火を嘲笑うかのごとく回避する。
 デスティニーはインパルスの三つのシルエットを単機で運用するというコンセプトの下、開発された。全身にくまなく装備された火器類の総重量はかなりのもので、対艦刀のアロンダイトはその最たるものだ。
しかし、アロンダイト使用時でも、その質量に振り回される事無く、機動性に特化した超高性能MSとして完成されていた。

 

「このままぁッ!」

 

 デスティニーの高性能ぶりは、シンの戦意を高揚させている。遂に得た最強のMSを駆り、続けざまに3機目となるデストロイに標的を定めた。
 デストロイの砲撃など、デスティニーの高機動力の前ではどれ程の意味も持たなかった。かく乱するように散在するデスティニーの分身の影に、にっちもさっちも行かなくなったデストロイは混乱するしかない。
廉価量産型とはいえ、最早ベルリンで猛威を振るったデストロイはデスティニーを得たシンの敵ではなかった。

 

「うおおおぉぉぉッ!」

 

 シンの咆哮と共に、デスティニーがアロンダイトを前に突き出して突撃する。スキュラも、アウフプラール・ドライツェーンも、ミサイルも悉くかわし、その腹部にアロンダイトを突き刺した。それはデストロイを貫通し、引き抜いて離脱すると同時に爆発を起こして轟沈した。

 

 それを離れた位置から見ていたアスラン。エマのセイバーと共に、友軍の進路確保の為に奮戦していた。

 

「シン、3機目をやったのか? …なら、残りは2機か」

 

 一番最初にデストロイを仕留めたのはアスランだった。リフターにもなるインフィニット・ジャスティスのファトゥム01は、推進器としての役割だけでなく、切り離して飛ばす事で武器にもなるオール・マイティーな装備だ。
そのファトゥム01がビーム・スパイクとなり、デストロイを突き破って撃破した。

 

「シンの奴、かなり張り切っているようだけど――」

 

 デスティニーの破竹の勢いに気を取られていると、ダガーLの小隊に集中砲火された。インフィニット・ジャスティスは翻ってそれをかわすと、すぐさま反撃のビームライフルを撃って一機を仕留める。それでも怯むことなく向かってくる残りのMS。
 しかし、その前にエマのセイバーが援護に入り、フォルティス砲の砲撃で敵を散らしながら駆け抜けていく。

 

「エマさん!」
『デストロイに友軍が苦戦しているわ。アスランはそちらに行った方がいいのではなくて?』
「それは、行きますけど――それにしても敵の抵抗が弱い気がしませんか? 何と言うか、こう……」

 

 開戦してから暫く、アスランの頭の中に違和感があった。ヘブンズ・ベース攻防戦とあって、敵も味方も相当数の戦力が投入され、ベルリン以上の大規模会戦が繰り広げられている。
 現在の状況はザフトのやや有利。しかし、こんな大事な会戦で連合軍がこれ程簡単にザフトの侵攻を許すだろうか。不謹慎な考えではあるが、何処か物足りないのである。それなりの気合を込めて挑んだだけに、拍子抜けしたと言ってもいいかもしれない。
 とにかく、不思議なほど手応えが無かった。アスランには、それが不安に思えたのかもしれない。

 

『これだけの数が出てきている、デストロイも5機出てきた。何処が気に入らないというの?』
「分かりませんけど、しっくり来ないんです。これは――」

 

 飛来する大口径のビーム。ハッとして身を翻して回避すると、それがデストロイからの攻撃であると分かる。恐らく、流れ弾が横切ったのだろう。視線をそちらに向けると、バビやバクゥ・ハウンドに取り囲まれているデストロイが見えた。
しかし、確かに囲まれているように見えても、状況は友軍部隊の不利だ。大体10機程度で囲んではいるが、悉く蹴散らされている。

 

「考えている場合じゃないか! ――エマさん、行きます!」
『任せたわよ!』

 

 敵のMS部隊に適当に牽制の砲撃を加え、アスランはエマにその場を一任するとデストロイ目掛けて移動を開始した。デカブツだけあり、鈍い動きのデストロイはアスランにとって格好の獲物。

 

「ロード=ジブリールという男は、あれでどれ程の利益を得たんだ?」

 

 遠目からでも見える黒い巨体。周囲の友軍機の悠に2倍以上はあろうかというその巨大さは、まるで大人と子供の喧嘩みたいなものだ。人型のバビならまだしも、4足の獣の姿をしたバクゥ・ハウンドなんかは仔犬同然に見えた。
 廉価量産型とはいえ、デストロイはその巨体と、それに装備された技術を見ても分かるとおり、膨大なコストが掛けられている機体だ。ベルリンの一体だけならまだしも、5機も投入してきている今回の戦闘に、どれだけの金が裏で動いているのだろう。
 アスランの独自の調査で、ブルー・コスモスの盟主がジブリールである事は突き止めていた。さらに、彼は軍産複合体のロゴス・メンバーでもあることも分かっていた。
 もし、ベルリンでの戦いがデストロイの実戦によるトライアルだとすれば、連合軍が即座に撤退して行った事にも納得が行く。デストロイはザフトを悉く撃退し、十分な損害を与えた。そのプロモーションとしては、ある程度の成功を収めたはずだ。
 後は連合軍を説得し、高額なデストロイを売りつけるだけである。性能が実証済みなら、5機を買わせるのもそう難しくなかっただろう。特にブルー・コスモスの思想に傾倒しているであろう大西洋連邦やユーラシア連邦などは、単純だったはず。

 

「戦争を食い物にするジブリールが、ブルー・コスモスの思想を利用して己の欲望を満たそうとする――その結果があのデストロイと見た……!」

 

 もしそうなら、ジブリールという男は許せない男だ。非常にデリケートな問題である人種間問題を利用して、自分の利益にするために戦争を煽動する。その影で苦しむ同胞のナチュラルが居る事も分かった上で、煽っているのだ。そんなものが、果たして正義と呼べるのだろうか。
 ただ、デストロイの姿を見れば、その正義がどれだけ薄汚れたものかが良く分かる。あの黒く光る、全身に武器を満載した巨大人型機動兵器は、正にジブリールの欲望そのものだろう。そんなものに、コーディネイターの未来を踏み潰されるわけには行かない。

 

「ミネルバのアスラン=ザラです! ここはこちらに任せてください!」

 

 これ以上デストロイに損害を拡げられるわけには行かない。ベルリンで被った消耗度合いを考えれば、ザフト地上軍のヨーロッパに於ける戦力はそう多くない。アスランが退避を勧めると、蜘蛛の子を散らすように友軍部隊はデストロイから離脱して行った。
 それを追いかけようとのっそりと機動するデストロイに、アスランはビームライフルを放った。リフレクターに阻まれたが、それに気付いたデストロイがゆっくりと方向転換を始める。

 

「こちらを向いた――気付いたか!」

 

 インフィニット・ジャスティスと正対するデストロイ。アウフプラール・ドライツェーンを構え、狙いを定めていた。アウフプラール・ドライツェーンは、戦艦の主砲を上回ろうかという強力な兵器だ。しかし、アスランはそれに構わずに突撃を開始する。
 真正面から向かってくるインフィニット・ジャスティスに、デストロイのパイロットは驚いただろう。アウフプラール・ドライツェーンの威力は証明済みだし、並みのMSがそれを受ければ一瞬にして消え去る事も分かっているはずである。
インフィニット・ジャスティスがいくら性能の高いMSであろうとも、直撃を受ければそれは不変の事実。

 

「デストロイだろうと!」

 

 デストロイが放つアウフプラール・ドライツェーンは、正面から向かってくるインフィニット・ジャスティス目掛けて直進する。しかし、それをかわす素振りも見せずに、インフィニット・ジャスティスは機体の正面にシールドを構えた。
 デストロイの攻撃が、インフィニット・ジャスティスを直撃する。それで終わりのはずだった。しかし、デストロイのビームはまるで陽電子リフレクターに弾かれたように拡散し、その光の中からは無傷のインフィニット・ジャスティスが現れた。
 正面に構えたシールドから発生している光の盾――ビーム攻撃に対し絶大な防御力を誇るビームシールドが、デストロイの必殺の一撃すらも跳ね除けたのだ。

 

「仕留める!」

 

 デストロイのパイロットはさぞかし動揺しただろう。一撃必殺のはずの攻撃が、完全に防がれてしまったのだ。機体の動きに、その動揺が表れていた。
 そこへ両腕と両爪先にビームサーベルを発生させ、突撃するインフィニット・ジャスティス。デストロイの全身を切り刻み、あっという間に撃墜してしまった。

 

 それと同じ頃、ヘブンズ・ベースの本営を目指すシンのデスティニーは、謎の機体の襲撃に遭っていた。深緑色をした戦闘機型のフォルムを持つその機体は、デスティニーの機動力に勝るとも劣らない驚異的な性能を発揮していた。

 

「何だコイツ!?」

 

 ビームライフルで応戦するものの、その謎のMAはロール回転して巧みにシンの攻撃をかわし、ムーバブル・シールド・バインダーに内蔵されたビームライフルで攻撃してくる。

 

「何て加速力! けど――」

 

 あのようなMAを、果たしてナチュラルが簡単に扱えるだろうか。シンの予測を裏付けるかのように、そのMAは時折バランスを崩しては細かくアポジ・モーターで体勢を調整している。
 そして、そのコックピットの中では、ネオがその通りに四苦八苦していた。驚異的な加速に対しては、鍛え上げた肉体が耐えられないレベルのものではない。ただ、問題なのがギャプランの敏感すぎるほどの操縦性だ。
スロットルを入れるにしても、これまでのMSならばある程度適当な扱いでも、マイルドに反応が出ていた分楽だったが、このギャプランは違う。
非常にデリケートな扱いをしなければ、パイロットが予想している以上のスピードを出し、制動を掛けようと思っても今度は止まりすぎてしまう。まるで我侭な女性のようにピーキーな機体なのだ。

 

「ったく、よくもこんなものを思いつく!」

 

 ネオは苛立ちに歯を食いしばり、暴れる機体を制御するのにてんやわんやだった。ギャプランは元々、強化人間用に設計されていて、サイコミュ・システムこそ搭載されていないにしろ、その性能はずば抜けて高い分、ナチュラルが容易に扱えるような代物ではない。
これを普通の人間が扱うには、MSを動かす為に生まれてきたような、天性の戦闘センスを持った人間にしか100%の力を発揮できない。それは歴戦の勇士であるネオでも例外ではなく、ハッキリ言ってギャプランは彼の扱いきれる代物ではなかった。

 

 ギャプランの動きの不自然さは、デスティニーのコックピットから眺めるシンの目にも判っていた。連合のMSの中では圧倒的な性能を誇るギャプランも、パイロットが扱えていなければ脅威ではない。持久戦に持ち込めば自ずと自爆するだろう。
 デスティニーはフラッシュ・エッジを投擲して不安定なギャプランのバランスを完全に崩し、ビームサーベルを引き抜いて突撃した。そして、それに応えるようにギャプランはMSに変形し、振り向いてビームサーベルを逆手に構えた。

 

「変形した!?」

 

 MA形態からMSへ――その特徴的なシルエットから、何となく連合製のMSではない事に気付く。見た目こそまるで違えども、そこから感じる雰囲気はアッシマーのそれにそっくりだ。“イレギュラー”のMSである事を意識する。
 そして、デスティニーはギャプランに対してビームサーベルを振り下ろした。それを逆手に持ったビームサーベルを振り上げて対応するギャプラン。切り結んだビームサーベルが互いの干渉で歪に曲がり、光を飛び散らせる。

 

「邪魔をするな!」
『何!? その声――』
「えっ?」

 

 ふと聞こえたネオの声。それに動じて、シンは思わずギャプランを蹴り飛ばして距離を開いた。

 

「あれに乗っているの、ネオだってのか?」

 

 ギャプランは変形して、こちらに加速を掛けていた。シンはデスティニーを不規則に機動させ、コロイド粒子による分身を出現させて同じく接近を図る。そして、ギャプランの後ろを取って上から覆い被さる様に組み付いた。

 

「ネオ!」
『その新型、お前のものだとはな、シン=アスカ!』
「あんた、こんな所で何やってんだよ!」

 

 不思議に思った。ネオの本心がエクステンデッドの解放だとすれば、本当に倒すべきはそれを利用しようと企む連合ではないのか。そう考えるシンにとって、未だ連合の作戦に従っているネオの心意気が信じられなかった。

 

『私は連合の軍人だ。ザフトの攻撃から拠点を守る行為に、やましさは無い』
「やましさって言ったな! そんな理屈――」
『こうしなけりゃ、守れない現実だってあるんだぜ?』

 

 デスティニーが乗っかった状態で変形を行い、振りほどく。そこへ両腕のビームライフルでデスティニーを攻撃するも、曖昧な照準で掠りもしなかった。

「何やってんだ、ネオは?」

 

 殺気や攻撃の意志といったものが、まるで見えない。自分とは戦わなければならない立場に居るのにも関わらず、そういった気合が伝わってこない。相対しているシンには、ネオが抗戦しているように見せかけている様にしか見えなかった。

 

「あんた、まさか――」

 

 連合軍の作戦に従っているネオ。しかし、その心の内では迷いが生じているのではないだろうか。エクステンデッドを解放したいと願うのは、カミーユが強化人間に拘っていた様子と同じ。その思いがあるのに不本意な命令に従うしかないのは、彼が不器用だからだろう。
無理をすれば他にもいくらでもやりようはあるはずなのに、それを選択せず、あくまで正攻法なやり方に拘っている。そして、シンに遭遇して迷っているのである。

 

「ネオ…あんた、バカだよ」

 

 こんな風にしか出来なかったのだろうか。ネオは連合軍人にしては優しい気概を持つ人物だった。口は悪いが、根底に持っているエクステンデッドを労わる気持ちは、シンに親近感を抱かせるのには十分なもの。
ただ、それ故にこうして敵として相対した時、2人はどうしたらいいのか分からなくなる。敵と通じ合った場合のリスクとして、こういう場面が用意されている事を、2人は気にも留めなかったからだ。

 

 連合軍の戦線は、デストロイが立て続けに撃破された動揺から崩れ始めていた。恐らく、遠からずヘブンズ・ベースは陥落するだろう。シンは他の事を友軍に任せ、ネオの“芝居”に付き合うことにした。敵ではあっても、彼を撃墜する気には到底なれなかった。
 お互いを攻撃するビームが、交錯する。2人のやるせない気持ちが言葉を交わしているように、幾筋もの瞬きが煌いていた。

 
 

「あれは…ガイア?」

 

 一方、シンとは別行動をとってヘブンズ・ベースの本営を目指すレイは、道すがらで見慣れたMAを発見していた。黒い機体色に、バクゥに似たシルエットを持つ四足歩行のMA。ザフトから奪取されたそのMAは、連合軍で量産化されていないはずの機体だ。
そして、それを駆るパイロットは、ファントム・ペインのエクステンデッド・ステラ=ルーシェ以外にあり得ない。
 他の敵とは違って単独で行動し、交戦をしていない様子を見て、ふとレイは気になった。先程から頭を刺激する感覚はネオが居るからだろうが、それを彼女は探しているのだろうか。しかし、ネオがステラを放っておくわけがないとも考える。

 

「あれに乗っているのがステラなら――」

 

 丁度いい機会だと思った。この戦闘に於ける趨勢は決定的になりつつある。アスランが感じていた様に、レイも連合の抵抗の弱さが気になっていたが、それ以上に目の前に現れたステラの事が気に掛かった。
レイは徐にレジェンドを下降させ、ガイアへの接触を試みる。
 しかし、その前にステラがレジェンドの接近に気付き、反転して背部のビーム・キャノンを向けてきた。放たれるビームを急制動を掛けて回避し、ガイアを抱きかかえるように接触した。

 

「ガイアに乗っているのはステラか?」
『その声――ちっちゃいネオ!』
「俺はレイ=ザ=バレルだ! ネオでもなければちっちゃくもない!」

 

 確かに体格の良いネオに比べれば、少年のレイは小さく見えるだろうが、決してチビだというわけではない。ネオと呼ばれることもそうだが、ステラの自分に対する認識の仕方は、もう少し何とかならないものだろうか。
 いや、そんな事に目くじらを立てている場合ではない。首を振って釈然としない気持ちを払拭し、続けて呼びかけた。

 

「…ネオはお前と一緒じゃないのか?」
『ううん。ステラ、ネオと離れるの嫌だから、逃げてきたの』
「逃げた?」

 

 ステラは、ネオともファントム・ペインとも別行動を取っているのだろうか。確かに、ファントム・ペインの戦力と思しきMSの姿は開戦から見られていない。ガイアがあるという事は、他のカオスやアビスも居ると思うのだが、見当たらないのだ。

 

「どういうことだ? ファントム・ペインはここには居なくて、ネオはここに居るというのか?」
『ネオだけここに残されて、ステラ達はどこか他の場所に行くつもりだったの。でも、ステラはネオと離れるのが嫌だから――』
「だから、逃げ出した――か」
『お願い、ネオがどこに居るのか、ステラに教えて!』
「…しかし――」

 

『レジェンド、どうした!?』

 

 考え事を巡らせていると、駆けつけた一機のバクゥ・ハウンドがガイアと接触したまま動かないレジェンドを心配して呼びかけてきた。レイはハッとし、いったん思考を中断して我に返った。

 

「大丈夫です。アーモリー・ワンで奪取されたうちの一機、ガイアを奪還しました。こちらの事は構わずに、そちらは攻略を」
『おぉ、そうか! やっと一機取り戻したんだな? ヘブンズ・ベースの抵抗も弱くなっている、引き続き頼むぞ!』
「了解」

 

 適当に誤魔化し、バクゥ・ハウンドを追い払った。姿が消えるのを確認すると、再びレイは視線をガイアに向けた。
 レイには、まだハッキリとしていないことがある――というよりも、確定させたい事があった。ステラはネオを慕い、ネオはステラを娘のように可愛がっている。そのレイの推測が、果たして真実なのかどうかを確かめたがっていた。
ベルリンで中途半端に終わった彼等の本当の関係の確認――それを解き明かすときが、来たのではないか。
 レイの感性は、ネオの気配を捉え続けている。呼び合うような感覚は、以前までは不愉快以外の何物でもなかったが、ネオに興味を抱いた今はそれも無くなっていた。節操のない自分の感覚に心の中で自嘲する。

 

「ステラ、俺がお前をネオのところに連れて行ってやる」
『ほんと!?』
「あぁ、だから、その時は大人しくガイアを俺達に返すんだぞ」
『分かった!』

 

 ネオとステラが邂逅すれば、彼等の関係がハッキリするだろう。その時、彼等の関係が例え自分とデュランダルの関係にそっくりであったとしても、それは受け入れようと思った。
固定観念による思い込みからのわだかまりが消えつつあるレイには、そういう素直な感性が育ちつつあった。
 レジェンドがガイアの腹に腕を回し、犬を抱え上げるように持ち上げて移動を始めた。頭のしびれる感覚は、ネオを察知している。誰かと戦っているようだが、何故か闘志を感じなかった。

 
 

 闘志を発揮しないネオは、目の前に立ち塞がるデスティニーと相対している。同じく闘志を発揮できないシンの攻撃に苛立ちを募りつつも、だらだらと長期戦を繰り広げてしまった。
 対して、シンにはネオの考えている事が何となく伝わってきた。彼は、抵抗することなく敗北する事を望んでいるのかもしれない。そんな思いが透けて見えるかのようなギャプランの動きだった。

 

「ネオ、何で――!」

 

 ギャプランの動きは、先程から一向に良くならない。ネオほどのパイロット・センスの持ち主でも、ギャプランはそうそう簡単に扱えるものではないのだ。シンが少し本気を出してデスティニーを機動させただけで、あっさりと後ろを取って羽交い絞めにする事が出来た。

 

「あんた、こんな事する意味あるのか? こんな事しなくたって、エクステンデッドの奴らを連れて逃げれば、それで済む事じゃないのかよ!」

 

 敵なのに、シンは呼びかける。ネオの想いを知って居ればこそ、優しげな言葉を掛けてしまった。敵に情けを掛けるのは、命を懸けた戦場では御法度といってもいいかもしれない。しかし、ネオは倒してはいけないような気がした。
 そうして躊躇いの素振りを見せているデスティニーに、ネオは更に苛立った。恐らく、少年ゆえに青い感情を出しているのだろうが、それに警戒感を持つネオは煩わしく思えたのかもしれない。

 

『少年の感傷は、戦場では悲劇を生むだけだって言ったよなぁ? こんな戦い方をしていたのでは、いつかおまえ自身が死ぬ事になるぞ』
「だからって、あんたを倒して戦争が終わるのかよ!」
『少なくとも、このヘブンズ・ベースは落とせる。目の前の現実を直視してみろ。コーディネイターの最大の障害であるブルー・コスモスが排除されれば、それだけ戦争解決の道も開かれるって事なんだぜ?』
「それは――」

 

 確かに、ブルー・コスモスの極端な保守的思想が連合内部から薄れていけば、今まで話し合いの余地も無かったナチュラルとコーディネイターもようやく建設的な話し合いが出来る場が構築できるのだろう。

 

「けど、悪人でもないあんたを倒す事なんて、俺には出来ない! あんた、人に優しく出来るから言いなりになってんじゃないのか!」
『青いな? 戦争に善悪が無いように、人間にだって善悪なんて無い。そんなものに拘って、倒すべき私を倒せないお前の優しさは、罪だ。ヘブンズ・ベースの指揮官は、私なんだぞ』
「あんたは、手を抜いているじゃないか!」
『そう感じるのは、お前の主観だ。私は精一杯やってお前に敵わなかった。それだけだ』
「うそこけッ!」

 

 デスティニーがギャプランを持ち上げ、地面に向かって投げ飛ばした。ネオは叩きつけられた衝撃に歯を食いしばり、揺さぶられる身体をコントロール・レバーをしっかり握って耐えた。

 

「ぐはッ!?」

 

 仰向けになって横たわるギャプラン。そこへ、デスティニーが馬乗りになって圧し掛かってきた。そして、長大なアロンダイトを両方のマニピュレーターでしっかりと保持し、突き立てるようにギャプランのコックピットの前に誇示する。

 

「これでもかッ!」

 

 アロンダイトが突き降ろされ、ギャプランの脇を掠めて地面に突き刺さる。もし、大質量のそれがコックピットに突き立てられていれば、ネオは今頃、破片も残らないほどに肉体を砕かれていただろう。
しかし、そんな巨大剣を横目で見やりつつも、ネオは表情を崩していなかった。

 

『…やりたければやれ。お前にやられるのなら、私も本望だ。その代わり、スティング達の事を、よろしく頼むぜ』

 

 シンのように、とことん熱くなれる性格が、ネオは羨ましかったのかもしれない。
 結局、自分のやっている事は、スティング達を人質にいいように利用されているだけなのだ。彼等を解放するという果たす気も無い条件を餌にちらつかされ、踊らされているだけのネオ=ロアノークという人形。
思い切った行動に出る事も出来ず、与えられた命令に甲斐甲斐しく尽くして何とか現状維持を続けるだけの、何の変化も得られない単純な兵役生活。やがて、レイという少年と出会い、自身の存在まで曖昧になってきた。もう、笑うしかなかった。
 その中で出会った、情熱の瞳を宿した少年。彼の言葉の端々に感じ取れる熱い感情は、ネオの燻っていた想いを遂げる為に必要な要素だった。しかし、彼のようになるには、幾分か歳をとり過ぎた。
大人の思考を気取る自分の滑稽さに気付きながらも、それまでの自分を貫き通すしかなかったのだ。
 そんなネオの投げ遣りな態度を、シンは許さない。

 

「どんだけ偉いんだ、あんたは!? 俺に倒されるなら本望だって? 自分の気持ちに嘘をつくのも大概にしろよッ!」

 

 エクステンデッドを解放する事に懸命だったネオ。連合軍の作戦に従っていたのがその為だったとすれば、彼は本懐をいっさい成し遂げていないではないか。

 

「スティング達の事を任せるって――あんたが居ないで、どうやってあいつ等を救えるってんだ! ここで俺があんたを倒したって、何にもならないじゃないか!」
『簡単に言ってくれるけどな――』
「生きて見せろよ! 死んじゃったら、残された人は苦しむだけなんだぞ! そんな事も分からないであんたはッ!」

 

 シンは、遺された人間。肉親はおろか、初恋の相手までも自分を置いて逝ってしまった。だから、こうして死に急いでいるネオの態度が気に食わないのだ。
 それでも、シンにも無謀だった時期はあった。ディオキアでルナマリアに指摘されたとおり、シンの頭の中には、いつ死んでも構わないという考えがあったのかもしれない。ただ、それを乗り越えて辿り着いた先に、ルナマリアという生き甲斐を見つけた。
そういう、自分を抱いてくれる人間が待っていてくれる事は、人間の活動力に繋がる事を知ったのだ。
 きっと、強化人間であるエクステンデッドも同じだと思う。ネオが居るから彼等は生きられるし、ネオもまた、彼等が居るから生きられるのだ。その気持ちをひた隠しにして、気取って遺言を遺す様な態度には、我慢ならなかった。
 聞いていたネオも、それは実感としてある。スティングとアウルは新たな支えが出来たが、ステラは依然と自分を慕っていた。しかし、自分なんかが――という謙虚な気持ちもある。シンの言葉に同調しながらも、全てを鵜呑みにする事は出来なかった。

 

「しかし、私が居る事で――」

 

 ネオが言葉を返そうとした時、頭の中を硬くて細い糸がすり抜けるような鋭い閃きが迸った。レイと何故か通じ合えるネオのセンスが、彼の接近を察知したのだ。全天モニターの周囲をグルっと見回すと、彼方から黒い犬を抱えて飛来する灰色のMSが見えた。

 

『レジェンドと――』
「ガイアだ!」

 

 デスティニーに馬乗りにされているギャプランを見るや否や、レジェンドに抱えられたガイアは暴れてそれを振りほどき、まるで主人に駆け寄る忠犬の如く一目散に駆け寄ってきた。

 

「ガイアって――」

 

 ガイアがやってきた事もそうだが、何よりもそれを抱えて運んできたのがレジェンドであった事に驚いた。どんな時でも冷静で、敵に情けを掛けるような行動は決してしないはずのレイが、まさかガイアをネオのところに連れて来るとは思わなかったからだ。

 

「ハッ!」

 

 突然の事に驚いていると、3機編隊のMAが飛来してきた。ザムザザーやゲルズゲーの様な大型MAではなく、戦闘機形態に近い形をした、昔ながらの連合製MAに酷似したシルエット。ユークリッドと命名されたそのMA群は、前面に構えた大型の砲門をこちらに向けて放ってきた。

 

「こ、こいつら!?」

 

 ギャプランもガイアも、彼等の味方であると認識しているはずである。それなのに、デスティニーとレジェンドが居ると見るや、何の躊躇いもなしに攻撃を仕掛けてきたのである。味方に誤射するといった事が想像できないのだろうか。
 デスティニーはユークリッドからの砲撃をビームシールドで防いだが、ギャプランとガイアはその場でうずくまって流れ弾に耐えていた。このままでは、2人とも味方にやられてしまうかもしれない。

 

「何やってんだネオ! 早くあいつらに攻撃を止めさせないと、2人ともやられちゃうぞ!」

 

 シンが呼びかけるも、ネオのギャプランはガイアに覆い被さるようにしているだけで、一向に動く気配を見せない。

 

「ど、どうしたんだ……?」

 

 ユークリッドが優雅に砲撃を加えて飛び去っていくと、一時的に攻撃が止んだ。しかし、ユークリッド部隊は旋回行動をとると、再び機首をこちらに向けてきた。もう一度、砲撃を加えてくるつもりなのだろう。
 シンがギャプランとガイアの様子を見ると、ギャプランは右腕部を、ガイアは脚部を損傷しているのを確認した。

 

「くそっ――えぇいッ!」

 

 向かってくるユークリッド部隊にビームライフルを連射するも、全て弾かれてしまった。ユークリッドには、ザムザザーやゲルズゲーと言ったMAと同じ種類のリフレクターを装備している。こんな眉唾物の攻撃だけでは、如何ともし難い。
 再度浴びせられる砲撃に、シンは何とか2人を庇いつつ応戦したが、事態の解決には程遠いだろう。せめて、彼等が居なければデスティニーの高機動力を以って蹴散らす事も可能だが――

 

「散開してきた……ッ!?」

 

 一方向からの一斉射ならば、デスティニー1機だけでも防ぎようはあった。しかし、3方向からの同時攻撃ともなれば、シンには防ぐ手立ては無い。
 そして、針の筵にするようにユークリッドからのビームが放たれた。ステラの目に、向かってくる光の軌跡が映りこんだ。恐怖に身体が竦み、身動きを取れない。
 その瞬間、うずくまるガイアの前にギャプランが躍り出た。ガイアのメイン・モニター一杯にギャプランの後ろ姿が映りこみ、ステラに状況の確認をさせない。

 

『ステラはやらせん!』
「ネ、ネオ……?」

 

 ユークリッドの砲撃が、容赦なくギャプラン浴びせられる。ムーバブル・シールド・バインダーで防いでいるが、膝をビームで撃ち貫かれ、崩れ落ちるギャプラン。続けて直撃したビームは、残されたギャプランの左腕をもぎ取ってしまった。
 全天モニターの、画像が死ぬ。コックピットの中のネオは、リニア・シートから放り投げだされ、球体の中を転げまわった。肩を殴打し、ベルリンでの怪我で緩くなっている肩の関節が外れる。
続いて反対側に転がったネオは頭から球壁に衝突し、そのショックでヘルメットがへこんでバイザーが割れた。

 

『ネオ、ネオッ!』

 

 ステラの必死の声だけが、聞こえてくる。朦朧とする意識の中、額から流れる血が目に入り、視界が次第に真っ赤に染まっていく光景が見えていた。やがてどんよりと黒く落ち込んで行き――

 

『諦めるな、ネオ!』

 

 情熱の少年の声が聞こえた。コックピットの底辺に這い蹲り、何とか目蓋を上げようとする。辛うじて生き残っているモニターには、ギャプランの前に立ち塞がるガイアの姿があった。

 

「ス、ステ…ラ……」

 

 這い上がろうと、手を伸ばす。しかし、ネオの体は言う事を聞かない。
 無念だ。ギャプランは無残にも行動不能に陥り、ガイアは止めを刺そうとするユークリッドの砲撃を受けて瀕死に追い込まれている。それでも、ガイアがまだ動く事が出来ているのが奇跡だった。

 

 ステラの頭の中が、白くなっていく、ギャプランは動きを止め、ネオの安否が定かではない。万が一の事があったら――ステラの思考が、やがて絶望に支配されていく。
 “死ぬ”とは、こういう事なのだろうか。ブロック・ワードとして設定されている言葉も、今は何故か穏やかに思えた。本当の意味での死は、こういうものなのかもしれない。
 それは、ネオと一緒に居られるからだろうか。ユークリッドの動きが妙に遅く見えた。ネオと一緒ならば、死ぬことなんか怖くない――やがて、ユークリッドの砲塔の光が、ステラの瞳の中に煌きを宿した。

 

「え……?」

 

 しかし、その前に立ち塞がるMSが現れた。そのMSは光り輝く盾でユークリッドのビームを無効化し、更に背負っているバック・パックから大量のビームの束を撃ち出し、その暴力的な威力でユークリッドのバランスを崩して墜落させた。
 まるで、背中に太陽を背負ったかのようなシルエットのMS。ステラの目に映るレジェンドは、灰色の無機質なカラーリングをしていても、温かみのあるMSに見えていた。

 

「ちっちゃいレイ……」
『俺は小さくは無い』

 

 庇ってくれたレジェンド。その後ろ姿に安堵を覚え、ステラは落ち着きを取り戻した。それでも、まだ多少の混乱は残っているようで、色々と変な呼び方でレイを呼んでしまった。
 そんなステラの頓珍漢な呟きに丁寧に突っ込みを入れたレイは、ギャプランを見やった。煙を噴いてショートしてはいるが、爆発を起こす気配は感じられない。中身はどうなっているか知らないが――

 

『レ…レイ=ザ=バレル……』
「生きていたか、ネオ。悪運の強い男だ」
『ど、どうしてお前がこんな事を――』

 

 消えそうな意識の中で、ネオは必死に自我を保とうと踏ん張っている。シンに言われたとおり、生きなければならない。ステラが駆けつけてきて、やっとその事に気付いた。
 レイに話しかけたのは、偶然のようで必然だったのかもしれない。途切れそうな意識を繋ぎとめる為の会話――今のネオには、レイの存在を感じることこそが唯一の手段だった。

 

『お、お前、ステラに…惚れているのか……?』
「そんな心配は必要ない。ロリコンの貴様なんかと俺を一緒にするな」
『へ、へへ……それを聞いて …安心、した…ぜ……』

 

 ぎりぎり限界のところで、ネオは意識を保っている。やがてその緊張が切れるのも、時間の問題だろう。なるべく早く、彼の治療を行ってあげなければならない。

 

「シン!」
『分かってる!』

 

 レイは、研究所の出身という共通点を持つステラに同情を持っている。だから、ネオが彼女を利用しているだけの関係ならば、許す気にはなれなかっただろうし、実際に先入観から勝手な憎しみを抱いていたりもした。
しかし、自らの命を顧みずにステラを庇ったネオの心意気は、本物だ。彼の本意が、ベルリンでの行動そのままだと分かれば、敵対する事はあっても憎みぬく事は出来ない。咄嗟に彼等を庇ったのは、今までの一方的なレッテル貼りに対する贖罪の意味もあったのかもしれない。

 

 そして、怒り猛るのはシン。レイに促され、デスティニーは双眸のカメラ・アイを瞬かせた。それは、怒りの瞬きだ。味方への損害も考えずに、見境無しに攻撃を仕掛けてきたユークリッドに対し、光の翼を広げて飛び掛った。

 

「何がしたいんだ、あんた達はぁぁッ!」

 

 空中での機動力は、純粋なMAであるユークリッドの方がデスティニーよりも高い。しかし、シンの本能とも呼べるデスティニーの機動が、ユークリッドをマニピュレーターで捕まえるという離れ業をやってのける。
掴んだ掌からビームが放たれ、まるで握り潰したかのようにユークリッドは爆散した。

 

 シンがユークリッドを撃墜してから程なくして、ザフトの旗艦から発光信号が打ち上げられた。鮮やかに炸裂する光は、遂にヘブンズ・ベースが陥落した事を示していた。