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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第40話

Last-modified: 2008-04-10 (木) 22:50:56

『青く輝く星の上で』

 
 

 地球の重力を振り切り、Ζガンダムとストライク・フリーダムを乗せたブースターは青く霞む星の後光を受けて無限大の闇の中に旅立った。元々片道分しか積まれていなかったブースターの燃料は底を尽き、今は慣性モーメントに乗っている。
 オーブを飛び出して、まだ15分かそこら。激戦から解放されたはいいが、今度は味方と合流する為に探さなければならない。
 幸い、ストライク・フリーダムのデータの中には、エターナルとアークエンジェルがランデブーを果たす為の座標位置が記録されている。キラはブースターの慣性を感じつつ、コンソール・パネルを弄って味方の探索を行っていた。
 ゆっくりと、ブースターは回転する。それにしがみ付いている2機も、それに合わせて回転していた。上下左右の無い、ほぼ無重力の宇宙空間。人間にとって、この宇宙で適応していく為には相当の努力と知恵が必要だと強く再認識させられる。
ともすれば、今ブースターの回転に合わせて自分も回転しているのかすら分からなくなりそうな状況で、背後の地球が無ければとっくに三半規管が狂って、自分の置かれている状況も分からなくなってしまうところだ。特に、地上から宇宙に上がってきたばかりの状態なら尚更だ。
こればっかりは何度体験しても、例えキラが完璧と称されるスーパー・コーディネイターであったとしても、難しい問題だ。

 

「衛星軌道に乗っている……?」

 

 コンピューターは、キラにそう告げている。見渡す限りでは真っ直ぐ地球から外に向かって流れているように見えていても、実際は少しずつ地球の軌道を周回するコースに乗ってしまっているようだ。キラ自身はそれが殆ど実感できておらず、驚きに少し目を丸くした。
不安定な人間の感性など、環境の変化に対応できるコンピューターに比べれば大した事が無いものだという事だろう。キラは気を取り直して操作を続けた。

 

「ランデブー地点は確か、地球を背に月の見えないところのはずだから――」

 

 モニターを操作し、全方位を代わる代わる表示して、現在地から月が見えないことを確認する。衛星軌道に流され始めているが、ポイントとしては悪くない。恐らく、そう遠くない場所で発見する事が出来るだろう。
 キラはキーボードを押し込んでアプリケーションを閉じると、カミーユの元へ通信を繋げた。

 

「カミーユ、ここからなら直ぐに見つけられそうだよ。でも、もう衛星軌道に流され始めているから、出来るだけ急いだ方がいい」
『この感覚――』
「え?」

 

 語り掛けに、カミーユは意味不明なことを口走って返してきた。声の調子も何処か神妙で、焦りすら感じられる。キラは怪訝に眉を顰めると、気遣うように声を掛けた。

 

「疲れてるの?」
『いや、違う。このプレッシャーは――』

 

 緊迫感の滲む声。益々キラは眉を顰め、辺りを見回した。
 周辺の宙域は、静かなものである。つい先程までの騒がしいオーブに比べれば、背後の地球の光景も相俟って穏やかさを感じる。無重力感に抱かれ、そのまま眠りに就いてしまいそうになるほどに。カミーユの声のような緊迫感とは全くの無縁であるように感じられた。
 しかし、“プレッシャー”という単語に、キラは覚えがある。それを感じたのは、奇しくも今と同じようにして宇宙に出ていたときだった。あれからそれなりの時が経っているが、今でもハッキリと思い出せる。月で遭遇した、あの屈辱的な出来事を――

 

「居るんだ、この近くに……」

 

 キラの直感が、カミーユの言葉を理解する。エスパーのような彼が言うのだ、間違いなく居る。
 借りを返すときがやってきたのではないだろうか。フリーダムを駆りながらも、圧倒的性能のMSを前に無様な敗北を喫した。元々、好戦的ではないキラだが、あの負け方は腹に据えかねていた。
 まるで、人を動く物体としてしか見ていないような、遊びの感覚。動きからキラが感じたのは、その敵が真剣に戦いというものに意識を向けていないということだった。その気になれば何とでも出来る――驕った天才が口にするような傲慢を聞いた気がした。

 

『あの向こうだ……!』

 

 Ζガンダムのマニピュレーターがその方向を指差し、キラにその存在をほのめかす。まばらな星の輝きが頼りなく灯る宇宙に、右には青い星が微かに顔を覗かせていた。
 コーディネイターとして、優れた視力を持つキラの目が、彼方で光る輝きを見つけた。星の輝きではない。比較的一点に集中した光の明滅が、キラに確信させる。ハッとし、見る見る瞳が大きくなっていった。

 

「戦闘が始まってしまっている! 急ごう、カミーユ!」
『あぁ!』

 

 沈黙していたストライク・フリーダムの背部ユニットが再び青い光の羽を拡げ、Ζガンダムはウェイブライダー形態に変形した。慌ててブースターから離れ、2機は脱兎の如き勢いで交戦宙域へと急行して行く。

 
 

 エターナルの周囲から敵が居なくなった事を、バルトフェルドは怪訝を通り越して気味の悪い悪寒を抱くまでに不安に思っていた。何故なら、彼はガーティ・ルーと大西洋連邦艦から第二波となるMS隊の出撃を見てしまったからである。
それまで、エターナルの貧弱な武装でも優秀なクルーのお陰で、殲滅は出来ないまでも完璧に防御してきた。しかし、敵の数が多いのなら話は別だ。アークエンジェルと2手に分かれている以上、その第二波が殺到すれば完全にお手上げだった。
 連合軍の狙いは、エターナルとアークエンジェルの一網打尽ではなかったのだろうか。戦力の出し惜しみは、エターナルを体のいい囮にするためのブラフだ。そこへ、のこのことカガリを乗せたアークエンジェルが到着する頃合を見計らい、後続のMS隊を吐き出す。
それに対し、エターナルもアークエンジェルも出せるMSは殆ど無い状態だった。残りのMS隊を出撃させた時点で、勝負は決まっていたはずではないのか。
 悩めるバルトフェルドは、CIC席に座っている女性士官に問いかけた。

 

「アビー、ミノフスキー粒子濃度は?」
「は、はい。それが、どうもおかしくて――少し前から、この宙域のミノフスキー粒子の濃度が下がり始めたんです。先程までは、注ぎ足すように一定の濃度を保っていたのに――まるで、こちらに状況を見せているような――」

 

 計器を見つめながら、浮ついた口調で何度も首を捻るアビー。ザフトの制帽からはみ出しているホワイト・ブロンドの髪が、彼女の的を射ない言葉の如く不規則に揺れている。

 

「一度は潰したエターナルの目を、わざと回復させているってのか?」
「そうとしか……考えられません」

 

 連合にとって、否、ジブリールにとってはカガリと同程度にラクスの存在は邪魔なはずである。しかし、これではまるでエターナルだけ逃げてくださいと言わんばかりだ。何か目的があるにしろ、ここでラクスを取り逃がす理由は無いはずである。
 この不可解感は一体――続けて、バルトフェルドはダコスタに顔を振り向けた。

 

「ヒルダ=ハーケンのドム・トルーパー隊はどうなっている?」
「ミノフスキー粒子が薄くなるちょい前からロストしています。撃墜された様子は無い事から、恐らくはまだ存命のはずなんですが――」
「識別信号でキャッチできていないのか?」
「可能性の話ですが、多分ドム・トルーパーは識別信号を出していないのかもしれません。そうでなければ、彼女達がこちらに報告に戻る前にアークエンジェル救援に向かうとは思えませんから」
「フム……」

 

 不可解な一致とはいえ、バルトフェルドにそれが指し示すものが彼女達の離反である事など考えられるわけが無かった。
 ヒルダ達3人組は、筋金入りのラクス信者だ。特に深い面識があるわけでもないバルトフェルドでも、彼女達の病的なまでのラクス信奉振りは、嫌でも目に入ってきた。事ある毎に護衛と称してラクスの周囲を固め、恋仲であるキラでさえ接触をさせまいとする。
彼女達は気付いていなかっただろうが、ラクスはそんなヒルダ達の行為を少し迷惑に感じていたのかもしれない。最近曇りがちだったラクスの表情は、きっとヒルダ達の過剰な護衛のせいではなかっただろうか。そう考えれば、オーブ戦の際に見せた疲れた表情も納得がいく。
 そんなラクス主義者のヒルダ達が、行方不明だ。いっそのことMIAにでもなってしまえばいいのに、と考えるバルトフェルドは流石に軽薄すぎだろうか。しかし、ラクスは違う。どんな人間に対してもその無限大の包容力で包み込む彼女は、ヒルダ達の無事を心配するだろう。
 チラリと、肩越しに後ろのゲスト・シートに座るラクスを見やった。

 

「バルトフェルド艦長、エターナルでヒルダさん達を捜索に出ましょう。まだ、この宙域に居る筈です」

 

 スラリと伸びる足にどうしても目が行ってしまうのは、バルトフェルドがまだ健康な男子として腐っていない証拠だろうが、状況は緊迫しているのだ。下らない感傷に流されまいと気を取り直すと、一つ咳払いをしてから言葉を返す。

 

「しかし、お嬢ちゃんの乗っているアークエンジェルに敵方の戦力が集中している以上、エターナルが援護に向かわないわけには行かないぞ。ここは、酷なようだがヒルダ達を後回しにして、アークエンジェルに向かうのが艦長としての俺の判断だ」
「しかし、もし動けない状態で識別信号も出せないのであれば、そんな状態でこの宇宙を彷徨うことは最悪の場合――」

 

 ラクスが何故こんな事を言うのか、バルトフェルドには分かる。彼女は、誰にでも優しく出来てしまうのだ。例えどんな悪人でも、その根が善人であると信じて。だからこそ、ヒルダ達程度の迷惑ならば、笑って受け流してしまう。
 そんな彼女を、バルトフェルドは甘いと思うが、それがラクスらしさでもある。こんな時、彼女と唯一対等に言葉を交わせるのは、キラぐらいなものだろう。少し不安げな儚い表情をしつつも、強い意志を持って言葉を紡ごうとする彼女を見れば、誰だって折れてしまう。
 しかし、今はキラは居ない。だから、バルトフェルドは心を鬼にして私情を殺し、ラクスに高言しなければならない。目尻を吊り上げ、据わった瞳でラクスを見上げる。眉間と口の端に皺を寄せ、いつに無く厳しい表情で見た。

 

「そうだがな、今は優先順位というものがある。ヒルダ達とお嬢ちゃん――考えるまでも無くアークエンジェルの方が大事だ」
「人に、優先順位など存在しません。それならば、アークエンジェルの援護とヒルダさん達の捜索を同時進行で行ってください」
「出来ないな。このエターナルは、ただでさえ少ない人員で動かしているんだ。2つのことに力を割ける余裕は、無いよ」
「では、バルトフェルド艦長は人の命に順位をつけて、そうやってこれからも生きていくおつもりですか?」

 

 毅然としたラクスの言葉は、誰でも腰が引ける。有無を言わさないその迫力の前では、誰もが口を閉ざし、そして彼女の言葉の正しさに傾倒していくのだ。
 確かに、ラクスの言っている事は正しい。しかし、それはモラル的な話であって、今は戦時中だ。結局は彼女のような思考の持ち主が戦争を止めるのだろうが、現在はヒューマニズムを振りかざしていて良い状況では必ずしも無い。
時には、冷酷に切り捨てる事も必要なのだ。

 

「残念ながら、今という状況に於いて優先順位は存在する。お前のその優しさは確かに必要なことだろうが、それでは戦争に勝つことは出来んよ」
「わたくし達は戦争に勝つのではありません、戦争を終わらせるのです。そこを、間違えてはなりません」
「ラクス、少し冷静になれ。お前の言っている事は、お嬢ちゃんを見殺しにすることになるんだぞ? お前は、ヒルダ達を助けてお嬢ちゃんを見捨てるつもりなのか」
「いいえ、違います。助けられる命があるからこそ、わたくし達は全力を以って救出に当たらなければならないのです。何故、それをお分かりになってくださらないのですか?」

 

 いつになく強気の言葉をぶつけてくるラクス。バルトフェルドは反論を止め、顔を正面に戻した。それと同時に、ブリッジ・クルーの何人かが慌てて顔を背ける仕草をした。喧騒に聞き耳を立てたくなるのは、人の情け。
野次馬根性は人類全体に植えつけられた性(さが)として諦め、バルトフェルドは軽く首を鳴らした。
 やはり、ラクスは疲れている。エターナルから敵が退いて行った事に、珍しく気を抜いてしまったのだろう。切羽詰った状況である事すら忘れてしまっているように見える。
 ずっと、緊張の連続だったのだろう。休む間もなく奔走し、気が付けば大脱走である。おまけに新しくやって来たのはラクスおたくとも言うべきヒルダ一味。ここ数ヶ月、彼女にとって、気の休まる時間というものが本当に存在したのだろうか。
その疲れを決して表に出そうとしない鉄の女だから、バルトフェルドも始末に負えない。カガリのような単純な性格なら、もっと対処のしようもあったのだが。キラさえ居れば――バルトフェルドは他人に頼ろうとする自分の浅はかさに辟易した。

 

「状況を認識しろ、ラクス。エターナルへの攻撃は止んだが、その分はアークエンジェルに行っているんだぞ。いくら不沈艦アークエンジェルでも、オーブからの連戦では確実に分が悪い。今お嬢ちゃんを見殺しにする事なんて、絶対に出来ないんだ。分かってくれ、ラクス」
「しかし――」
「ヒルダ達も、覚悟をしてお前についてきたはずだ。それなのに、お前はあいつ等の覚悟を踏み躙(にじ)るつもりなのか?」

 

 最後は、情に訴えかけるしかない。ヒルダ達の覚悟がどんなものかはハッキリ言って知った事ではないが、ラクスに言う事を聞かせるにはこうするしかなかった。
 再び、バルトフェルドはラクスを見た。先程よりも俯き加減で、考え事をしている。

 

「……分かりました。エターナルをアークエンジェルの援護に向かわせて下さい」

 

 短く間を空けると、搾り出すようにラクスは声に出した。その声色と表情を覗う限り、完全に納得したわけではないようだ。しかし、必死に言い聞かせようとしている事だけは見て取れた。
 今のラクスの発言に、ブリッジ内が少しざわつきを見せた。直ぐにその声は消えたが、ラクスがバルトフェルドの説得の前に折れたのが意外だったのだろう。オーロラや流星群といった物珍しい現象を目の当たりにしたかのようだ。
 そのブリッジ・クルーの反応は、バルトフェルドも同じだった。よもや、ラクスが自分の言う事に首を縦に振るとは思わなかったのだ。いざとなれば艦長権限を濫用して勝手にエターナルを動かそうとも思っていたが、必要の無い覚悟だったようだ。
 しかし、今の出来事でバルトフェルドは確信した。自分に言い負かされる程のラクスの疲労度は、相当なものだ。張り詰めた緊張の糸は、今にも切れてしまいそうなほどに追い詰められているはずである。

 

「よぉし! エターナル前進だ! 目標は連合艦隊側面、敵艦隊の横っ腹に、ぶち込んでやれ!」

 

 プラントに辿り着いたならば、ラクスを休ませなければならない。このままでは、如何に強いハートを持つ彼女でも、プレッシャーに押し潰されてしまうだろう。頭の片隅でそう考え、バルトフェルドは鬱屈した空気を払拭するかのように大声で号令を掛けた。

 
 

 ガーティ・ルーとシロッコ麾下の大西洋連邦宇宙軍3番艦は、アークエンジェルに集中砲火を掛け続けていた。受けて立つはこれまで幾度もの激戦を生き残ってきたマリュー=ラミアス率いる歴戦の勇士達。
圧倒的な数の不利を切り抜けてきた彼らにとって、この程度の戦力差は日常茶飯事だった。

 

「艦正面連合艦から、艦砲射撃来ます!」
「当艦側面下、8時の方向からウインダム隊の接近を補足!」
「続けて、エターナル方面より接近中のMS隊を確認! 約3分後に接触します!」

 

「イーゲルシュテルンの弾幕は絶やさないで! 回避運動後、ゴットフリートで正面の敵艦隊を攻撃しつつ、対敵MS隊用にスレッジ・ハマー装填!」

 

 一時的にではあるが、大西洋連邦軍に使われていた新生アークエンジェルはかなりの整備が進んでいた。特に顕著なのが、以前よりも遥かに少ない人員でも運用できるようになったコンピューター制御である。
2年前よりも少ないクルーで運用できているのは、一重に大西洋連邦軍の改修のお陰なのは言うまでも無い。
 しかし、感謝こそ出来ても、敵対している以上は情けは掛けられない。なんと言っても、今アークエンジェルにはオーブの要人が2人も乗っているのだ。ここで不沈艦伝説を終わらせるのは、アークエンジェルの名に泥を塗る事になる。
 2年前、搭乗員の殆どが素人で構成されていたにも関わらず、幾多の激戦を勝ち抜き、潜り抜けてきたアークエンジェル。無敵の戦艦として敵味方双方に畏怖の念を抱かれているこのアークエンジェルを、連戦とはいえたった2隻の艦隊に沈められるわけには行かない。
 ラミアスの怒声にも似た命令が下ると、操舵の神様ノイマンが、その相棒として多数の業務をこなすチャンドラが、そして、そんな彼等を終戦までサポートし続けていたサイとミリアリアが、それぞれ自分の役割以上の働きを見せる。
コーディネイターのような迅速且つ正確な操作ではないが、親しみ慣れたアークエンジェルの計器を巧みに扱い、持ち前の連携プレーで驚きの成果を挙げる。
 シロッコ艦隊のMS隊は、そんなアークエンジェルの抵抗に晒されて、迂闊に近付く事すら出来ない。周囲からビーム攻撃を浴びせるも、生半可な攻撃はラミネート装甲の前に敢え無く無効化させられる。逆に飛び出してきたスレッジ・ハマーに迎撃され、落とされる事が続いた。

 

「続けて、ローエングリンの第二射準備! 時間を掛けずに、一気にけりを付けるわよ!」

 

 迎撃のリズムがいい。これが、歴戦のアークエンジェルの熟練度というものだ。そのリズムに合わせるように、ラミアスの声色が上機嫌に上擦る。味方のMSを出していない以上、逆に言えば気にすることなく存分に弾幕を張れる事が好都合に繋がっているのかもしれない。
 対して、敵はアークエンジェルの周囲にMSを展開させすぎて戦艦の火力を十分に活かしきれて居ない。MSによる白兵戦、戦艦による艦砲射撃のどちらも中途半端ならば、単艦で当たるアークエンジェルにも勝機は十分にある。

 

「これなら、何とか切り抜けられそうね――」

 

 ポツリと呟くラミアスは、半ば勝利を確信していた。しかし、その自信が新たに現れた新型敵MSに、脆くも崩される事になろうとは、彼女自身、想像だにしていなかった。

 

「アンノウンを2機確認! 凄まじいスピードで、こちらに向かっています!」

 

 索敵を兼務しているサイがラミアスに振り返り、叫ぶ。血相を変えたその顔は、明らかに尋常ではない事態を知らせていた。

 

「機種は?」
「現在照合中――出ません! こちらのデータには無いMSです!」
「チャンドラ、解析を始めて! まずは、どんな武器を持っているかを――それから対策を!」
「了解!」

 

 アークエンジェルの対応が、間に合わない。全員ナチュラルで構成されている彼等に、コーディネイターほどの解析スピードは期待できないのだ。
 そのアークエンジェルの努力を嘲笑うかのように、アンノウンの侵入角度とはまるで正反対の方向からの攻撃を受ける。慌ててモニターで確認しようとするも、そこに敵MSに影は無かった。怪訝に思っていると、更に別の角度からの攻撃を受ける。
そちらにもカメラを差し向けるも、やはりMSの影も形も無かった。

 

「後部甲板被弾! 予測外の方向からの攻撃です! 敵MSの姿は確認されていません!」
「そんなに早い敵が居るって事なの? それとも、レフ板を使った新手の多角射撃型新兵器……?」

 

 手元の艦長用モニターを自分で弄り、先程の映像を代わる代わる切り替えて確認する。そんな時、ふと目に留まった映像があった。
 ラミアスが目を細めて食い入るように映像に見入っていると、またも、あらぬ方向からの攻撃を受けた。これで、3回連続で敵の姿をキャッチできていない。いい加減イライラが募りだし、加えて気持ちにも焦りが生じ始めて戦いのリズムも悪くなる。
このまま何度も攻撃を受け続ければ、如何に堅牢なアークエンジェルでも撃沈させられてしまう。
 ラミアスは激震する艦体に歯を軋ませ、艦長席から転げ落ちないようにしっかりと体全体で踏ん張った。

 

「何かしら、これ……?」

 

 映像を止めて、手元の小型モニターに視線を落とす。そこには漆黒の宇宙と煌く星、そして少数のデブリが散在していた。その中に、明らかに動いている物体が、ラミアスの目に留まったのだ。
 その物体が何であるかは、詳しくは分からない。ただ、静止画像に残像のように映っているその物体は、正確な大きさこそ分からないが、ともすれば小型砲台のようにも見える。

 

「無線誘導兵器――まさか、ドラグーン!?」

 

 えもいわれぬ恐怖に、ラミアスの顔色が見る見る青ざめていった。思い起こされるのは、ラウ=ル=クルーゼの操っていたプロヴィデンス。キラのフリーダムを撃破寸前にまで追い詰め、その特徴的な無線誘導兵器、ドラグーンによって多大なる脅威を振り撒いた。
 ドラグーンは敵の死角から忍び寄り、暗殺するかのごとく使われる。その存在を察知する事は極めて困難で、特に戦艦のような巨大な物体がその攻撃を捌く事はほぼ不可能である。
 そんなものに狙われたのでは、どんなに装甲を厚くしようともいずれは撃沈させられる。

 

「何て事なの……!」

 

 微かに映っている映像だけでは、確証は持てない。しかし、この攻撃パターンは間違いなくドラグーンに準ずる無線誘導兵器の類だ。このまま、無残に撃沈させられるのを待つしかないのだろうか。
 ただ、無防備にやられるのを待っていたのではラミアスは単なる無能者だ。アークエンジェルを預かるものとして、最低限の仕事はしなければならない。キッと唇を結び、正面を見据えた。

 

「カタパルト・デッキに連絡を。カガリさんを、いつでも出せるように準備させておいて」
「艦長!?」

 

 ラミアスに告げられ、ミリアリアは目を丸くした。彼女も薄々ではあるが、現状を理解している様子だ。

 

「この状況で、正面を突破するのは難しいわ。だから、ローエングリンを囮に使います」
「囮ったって――」
「ローエングリンの被害を嫌うのなら、敵は必ずローエングリンを狙うわ。そうしたら、後部ハッチからカガリさんを出して頂戴」
「それは……」

 

 ラミアスの決断の意味は、クルーにも伝わっていた。各々がラミアスの顔を見る。悲壮な決意なのは、全員が同じだ。感覚を共有するように、唇を噛み締めた。
 ラミアスが、軽く溜息をつく。

 

「まだ、沈むと決まったわけじゃないわ。今は少し状況が不利なだけ――でも、最悪のケースも考えておかなければいけないのよ。エターナルが逃げ切ってくれれば、カガリさんも回収できる。出来る事は、先にやっておかなくちゃね」

 

 そう言うラミアスだが、ミリアリアは不安な顔をしていた。折角オーブから何とか脱出できたのに、直後にこんな事になるなんて考えもしなかったからだ。他のみんなも、覚悟は出来ているのだろうか。
戦いには慣れているはずのミリアリアでも、女の子の感性が残っている彼女は顔を俯けた。

 

「こんな事、昨日今日の話じゃないだろ? 俺達は、世界の平和の為に戦っているんだ。そう思って、今出来る事をやろうよ」
「サイ……」

 

 そういう信念を持って、最後まで戦おう――サイの目が、ミリアリアにそう告げる。
 サイは、強い人間だ。ミリアリアは2年前の戦争で恋人のトールを失い、とても辛い経験をしてきた。しかし、サイはキラとの確執や、フレイを巡る複雑な関係に晒されながらも最後まで仲間を信じ、励ましてきた。
時には暴走する事もあったが、彼は自分の中で様々な蟠りを処理し、ヘリオポリス組のリーダー格として懸命に戦ってきたのだ。
 サイの瞳は、その2年前から何ら変わっていない。ミリアリアは顔を上げてサイの表情を見ると、気を引き締めなおして両頬を手で叩いた。

 

「――うん!」

 

 ミリアリアがMSデッキに回線を回し、ラミアスからの指示を伝える。サイは再び計器に目を戻すと、仕事を再開した。
 見つめるラミアスの瞳は暖かい。
 それから、何度目かになる攻撃を受ける。ラミアスは指示を出し、捕捉不可能な無線誘導兵器には構わないように激を飛ばした。周囲には相変わらずウインダムなどのMS隊が展開されているが、そちらの対応を最優先させる。
見えない敵を相手にしているよりも、見える敵に確実に対応する。この状況では、それが最もベストな対応だと、ラミアスは判断した。

 

「ローエングリンの発射準備は?」
「可能です。タイミングを知らせてください」
「早ければ早いほうがいいわ。アークエンジェルが十分に機能している今の内に、やって頂戴」

 

 アークエンジェルの前足部分から、ローエングリンの砲塔が浮かび上がってくる。当然、それを警戒した敵MS部隊は、殺到するようにアークエンジェルの正面に廻ってきた。撃たれる前に、ローエングリンを破壊してしまおうと考えるのは、ラミアスの読みどおり。
しかし、そんな中でアンノウンだけは違う動きを見せた。紫の戦闘機型に掴まり、そのままマニピュレーターを放して勢いのままアークエンジェルに突っ込んでくる白亜の巨体。

 

「何なの!? 迎撃!」

 

 ラミアスの指示で弾幕が注がれるも、その白亜のMSはものともせずに真っ直ぐブリッジ目掛けて突撃を続ける。巨体が慣性モーメントに振られ、不安定に見えるのに、紙一重の動きでやってくる様は、出来の悪いコンピューター・ゲームを見ている様な錯覚に陥った。
 白亜のMS――タイタニアは、遂にアークエンジェル・ブリッジの正面にまで接近すると、デュアル・ビームガンを構えた。恐怖に顔が引き攣るラミアス。これでは、カガリの脱出も出来なくなってしまう。
シロッコが、そのアークエンジェルの恐怖を感じ取ったように嘲笑を浮かべた。

 

「終わりだな」

 

 呟き、ビームライフルのトリガーに指を添えるシロッコ。その時、一筋のビームが、タイタニアを襲った。

 

「何ッ!?」

 

 シロッコの思惟の中に貫く波動。思わず身を仰け反らせ、タイタニアも釣られて後退した。
 アークエンジェルの弾幕をかわしながら、バックで後退するタイタニア。シロッコが感覚の方向に視線を向けると、そこから宇宙の黒に紛れた何かが向かってきた。目を凝らして良く見ていると、続けてメガ粒子砲の光が瞬いた。

 

「ムッ!」

 

 自分の思惟とシンクロするような、極めて正確な射撃だ。明らかに、普通の人間のやってくる事ではない。ニュータイプ特有の、相手の思考を読む攻撃。

 

「良い攻撃だ。ニュータイプだな?」

 

 正体は、分かっている。シロッコは反撃とばかりにデュアル・ビームガンを連射した。
 上下左右に機体を振り、タイタニアの攻撃を避ける戦闘機――ウェイブライダー形態のΖガンダム。MS形態に変形すると、ビームライフルを構えてタイタニアに速射した。そして接近した後、左のマニピュレーターにビームサーベルを握らせ、逆袈裟に切りつける。
タイアニアも空いている方のマニピュレーターにビームソードを握らせて、Ζガンダムの攻撃に対応した。

 

「シロッコ!」
『子供が! 目障りだ!』

 

 タイタニアの肩アーマーから、隠し腕が伸びる。Ζガンダムの頭部を掴むと、力任せに振り回して投げ飛ばした。

 

「カミーユ!」

 

 投げ飛ばされたΖガンダムに、今度はサラのメッサーラが襲い掛かる。突撃からメガ粒子砲を連射し、横へスライドするように機動して動きを封じる。

 

「サラ! 君は、まだシロッコのところで――」
『カミーユに私の気持ちを分かってもらおうなんて、考えないわ!』
「カツの気持ちは、知っているだろう!」
『それは貴方の勝手な感傷よ!』

 

 メッサーラが変形を解き、グレネード弾で掃射した後、ビームサーベルで接近戦を挑んできた。抜刀から繰り出される水平切りに、シールドで対応するΖガンダム。メッサーラは手頃な大きさのデブリにΖガンダムを押し付け、力と力の拮抗を見せる。
 メッサーラがΖガンダムを押さえ込んだ事を見たシロッコは、サラに告げる。

 

「よし、サラはそのままΖを押さえ込んでおけ。これで――」

 

 アークエンジェル撃沈の為に動き出そうとした時、シロッコを意外な出来事が襲った。味方のMS隊にアークエンジェル包囲の命令を下そうとした時、急に隊の一部が圧倒的な火線に焼かれていったのである。
まるで、中隊規模の砲撃に晒されたように、次々と爆散していくMS達。タイタニアにもその砲撃は注がれたが、シロッコはデブリを隠れ蓑にしてその攻撃をやり過ごすと、躍り出て敵の姿を確認した。

 

「一機だと?」

 

 流石のシロッコも、その事実には多少の驚きを表情に出した。敵MS隊の増援と思ったシロッコが見たのは、何とたった一機のMSだったのである。そのMSは、タイタニアを睨みつけると、凄まじい速度で接近してきた。
迎え撃つタイタニアは、そのMSに向かってデュアル・ビームガンを撃ち放つも、全てかわされ、ビームサーベルを振り上げられた。

 

「チィッ!」

 

 両肩の隠し腕でビームソードをペケの字に交差させてビームサーベル防ぐ。そして、左腕に持っているビームソードを、MSの腹部に突き刺そうと突き出した。しかし、MSは即座に反応して宙返りすると、腰部のレールガンで反撃を撃ってくる。
タイタニアはそれをステップするようにスライドしてかわすと、MSは続けざまに接近戦を仕掛けてきた。

 

「何者だ、ガンダム・タイプ?」

 

 自分と対等に渡り合えるパイロットが、敵に居ただろうか。シロッコは考えを巡らせるが、答が導き出せない。MSはスパッと両手にビームサーベルを引き抜くと、踊るように飛び掛ってきた。
 2回、3回と切り結び、干渉する剣撃。タイタニアも2本のサブ・マニピュレーターと左腕のビームソードで対抗する。

 

『僕はもう、あなたの好きにはさせません!』
「何?」

 

 接触回線から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。そういえば、目の前のガンダム・タイプにも、見覚えがある。決して眼中に無かったわけではないが、シロッコはそれが脅威になるとは思っていなかった。

 

「貴様、あの時の――」
『月での時と同じ様に行くとは思わないでください。僕は、もうあなたに負けるわけには行かないんだ!』
「フリーダムのパイロット――確か、キラ=ヤマトとか言ったな?」

 

 そのMS――ストライク・フリーダムのコックピットで、キラはタイタニアにシロッコが乗っていることを見抜いていた。タイタニアのジ・Oに似たシルエット、そして隠し腕と圧倒的なパイロット・センスを見せるその動き。
月面で屈辱を味わわされたパプテマス=シロッコ以外の何物でもない。接触回線でシロッコの声を聞き、温厚なキラの闘争心に火が点く。

 

「あなたがラクスやカガリを殺すつもりなら、僕はあなたを倒します!」
『フンッ、子供に、何が出来る!』

 

 タイタニアの太い脚が、華奢なストライク・フリーダムの脇腹にクリーン・ヒットする。機体を横にくの字に折り曲げられ、ショルダー・タックルで突き飛ばされた。

 

「クッ!」
『貴様に、これはかわせまい!』

 

 タイタニアの肩部から、十数基のファンネルが飛び出してきた。ファンネルは2、3基の纏まりを形成すると、体勢を取り直しているストライク・フリーダムを包囲して、一斉にビームを浴びせ始めた。

 

「こ、これは、ドラグーン!」

 

 キラが考えるよりも、遥かに精度の高い射撃。細かい網の目のようなプロヴィデンスのドラグーンとは違い、火砲の数こそ少ないが、まるでこちらの動きを読まれているかの様に狙い撃ちをされる。
 キラは全身の感覚神経を尖らせ、高速機動の恩恵とビームシールドで何とか防いでいるが、反撃でファンネルを狙い撃ちしようにもまるで破壊する事が出来ない。ドラグーンよりも小型な上、意志を持っているように動いているからだ。
 そんなキラの苦戦に、メッサーラに押さえ込まれているカミーユが気付く。

 

「あれはキュベレイの――」

 

 メッサーラを蹴り上げ、ビームライフルで脚部を撃ち抜く。爆発の衝撃で機体が流され、サラは慌てた。

 

『うっ! 待ちなさい、カミーユ=ビダン!』
「サラはシロッコから離れろ! カツなら、君を迎えてくれる!」
『カミーユには関係ないって言ってるでしょ!』
「なら、君も僕に構うな!」

 

 メッサーラを退かせ、少しバーニア・スラスターを吹かし、振り返ってビームライフルで牽制を放つ。メッサーラが回避に手間取り、デブリの影に身を隠したのを見ると、即座にビームライフルのエネルギー・カートリッジを交換し、ストライク・フリーダムへ急行した。
 メッサーラを撃墜しなかったのは、カミーユのサラに対する思いやりだろうか。脇目も振らず去っていくΖガンダムを睨みつけ、サラも追い縋る。

 

「カミーユは私を相手にしなかった――あくまでパプテマス様を敵視しているのよ、サラ!」

 

 自らに納得させるように一人呟くサラ。ヘルメットの上から手を添え、感覚でカミーユの目論見を看破する。
 黒いΖガンダムなんて――ティターンズ・カラーにも見えるそれは、彼なりの皮肉だろうか。カミーユ本人は嫌っているそのカラーリングも、サラには小癪に見えていた。愛機に敵方の塗装を施すのは、ティターンズに所属し続けていた自分への当てつけに決まっている。

 

 ウェイブライダー形態で急行し、変形を解く。タイタニアがΖガンダムの接近に気付き、仕掛けてきた。シロッコは、カミーユを相手にし、ファンネルでストライク・フリーダムの動きをも完全に封じている。
キラが超反応でファンネルの攻撃を避け、一団に向かってフル・バースト・アタックを放ったが、それは虚空を切り裂くのみであった。
 タイタニアは、一機でカミーユとキラの2人を同時に相手にしている。それは、稀代のニュータイプ能力者と、驚異的潜在能力を持ったコーディネイターを手玉に取っているということである。正に天才と呼ぶに相応しいシロッコのセンスは、留まる所を知らないのだろうか。

 

「このままじゃ、どちらも動けない! ――なら、ビーム・コンフューズ!」

 

 サーベル・ラックからビームサーベルを取り出し、回転を加えて放り投げる。ビーム・ブーメランの様に投げ出されたビームサーベルに、カミーユはビームライフルの砲撃を撃ち加えた。
ビームライフルのメガ粒子砲と、ビームサーベルのビーム刃が干渉し、カマイタチの如き衝撃波となってファンネルを無差別に駆逐する。

 

「何ッ!? ――やるな!」

 

 流石に無差別に放たれるビーム・コンフューズの衝撃波の全てを、シロッコは把握しきれない。堪らず生き残ったファンネルを自機に呼び戻した。
 ビットを狙い撃つという神業は、ある意味ではニュータイプの特権だ。相手の思考を垣間見られるニュータイプ能力者だからこそ、思念を乗せて動かすビットの動きを読むことが出来る。
シロッコも、ハマーンのキュベレイのファンネルをビームライフルで狙い落とした経験があった。
 しかし、今のカミーユの攻撃はニュータイプ特有の神業的な射撃ではなく、寧ろ発想力の問題だ。あれだけの数のビット兵器を一度に攻撃できる手段を編み出したのは、恐らくはカミーユだけだろう。シロッコも、思わず賞賛の言葉を口走ってしまった。
 カミーユの援護で、何とかファンネル攻撃から逃げ出せたキラ。急いでカミーユと合流し、タイタニアに牽制のカリドゥスを放って間合いを開けた。

 

『すまない、カミーユ!』
「シロッコのビットは危険だ! 何とか敵の艦隊を押さえ込みたいところだけど――」
『ドラグーンはオーブに捨ててきちゃったし、ミーティアがあれば――』

 

 背中合わせになって周囲を警戒する2人。追いかけてきたメッサーラの砲撃を散開してかわし、反撃で追い払う。チラリと見やったアークエンジェルは、相も変わらずに敵からの攻撃に晒され続けていた。
ローエングリンは2人の到着と同時に収納し、戦局の行方が分からなくなると、当初予定していたカガリ脱出は一時保留になったようである。
 戦力が、微妙に足りない。シロッコさえ居なくなればこの急場を凌げるのだが、それが難しいとなれば敵艦隊への直接的ダメージが欲しいところだ。母艦を危機に晒されて、慌てない兵士は居ないはず。
しかし、それをするにしても、現行の兵力ではタイタニアを撃退するよりも遠回りになってしまうだろう。
 ただでさえ、オーブの激戦からの連戦。核融合炉とはいえ、搭載されている燃料もそろそろ心許なくなってきた。キラは、それを打開する為の究極的装備、ミーティアを欲している。

 

 その時、大西洋連邦艦の側面を突く砲撃が光った。ガーティ・ルーと大西洋連邦艦は射線方向に反撃を撃ちながら後退するも、砲撃はしつこく追いかけてくる。
 カミーユが、エターナルの存在を感知した。

 

『エターナル……!』
「えっ?」

 

 アークエンジェル、エターナル、だとすれば、あれがある――即座にキラの思考が回転を始めた。

 

「ミーティアが使える!」
『ミーティア?』
「頼む、少しだけ時間を稼いでくれ! 僕は、エターナルに行ってミーティアを受け取ってくる!」
『お、おいッ!?』

 

 理解できないカミーユは、呆気に取られた。急いでいるのは分かるが、キラは事情も説明せずにカミーユを置き去りにし、エターナルへと駆けて行ってしまった。

 

「ミーティアって、何なんだ……?」

 

 ストライク・フリーダムは、まだ全てではない。それを知らないカミーユは、唯呆然と後ろ姿を眺めるだけだ。有無を言わさず行ってしまったキラに、文句の一つも言えなかった。

 

「うおッ!?」

 

 浴びせられたビームに、カミーユは身を強張らせてかわす。飛び跳ねるように反応したΖガンダムが、デブリを蹴って砲撃の雨の中を駆け抜けた。

 

『仲間に見捨てられたようね、カミーユ!』

 

 サラの嘲笑が聞こえてくる。馬鹿なことを言うんじゃない。キラは、この難局を切り抜けるための秘策を手にするために離脱して行ったのだ。サラなんかに分かる事ではない――言いたい事はいくらでもあるが、それを口にする気は無い。
いや、寧ろ口にしている場合ではない。カミーユを狙うはシロッコ、そしてサラなのだ。おしゃべりに現を抜かして撃墜されれば、唯の笑いものだ。言い返して酷い目に遭うのは、ウォン=リー然り、エマ然り、ブライト然りとお腹一杯だ。
修正を受けるだけなら構わないが、命を懸ける戦場で隙は見せられない。カミーユはデブリの影を利用しながら、襲い来る砲撃の中をひたすら逃げ続けた。

 
 

 シロッコ艦隊の側面から、手薄になったエターナルからの砲撃が突き刺さる。ヒルダ達を納得させる為に放っておいたエターナルだが、攻撃をされては堪ったものではない。逃げないのなら、迎撃しないわけには行かないのがガーティ・ルーの艦長だ。
シロッコの命令はエターナルを逃がす事だが、攻撃を中止して付け上がらせてしまったのなら話は別だ。追い払うように、適当に反撃の指示を出した。
 しかし、エターナルは並みの戦艦の機動力ではない。フリーダムとジャスティスの専用母艦だけあって、思った以上に動きが素早い。バレル・ロールし、艦両側面に設置されている砲門から多数のビームが放たれた。
 バルトフェルドは身を乗り出し、顎に手を当ててシロッコ艦隊の出方に目を細めていた。

 

「この抵抗の仕方――敵にこちらを落とす気は無いと見たな」
「艦長!」
「何だ?」

 

 側面を突いた以上、艦隊戦に於ける勝機はこちらにあると見るバルトフェルド。そんな時、アビーがエターナルに接近するMSの機影をキャッチした。

 

「フリーダムが接近中です。ミーティアを要求しています」

 

 インカムを手で押さえ、振り向き加減で報告するアビー。バルトフェルドが艦橋窓に視線を送ると、青白い羽を背負ったMSが接近してきた。

 

「キラか! ――よくも合流してくれた」

 

 ストライク・フリーダムは余程急いでいたのか、猛スピードでエターナルに突っ込んでくると、ブリッジの目の前で急制動を掛け、その時のバーニアの衝撃で少し艦体が揺れた。そして、慌てたように少し乱暴な手つきでマニピュレーターを接触させてくる。

 

『急ぎです! ミーティアを僕に下さい!』
「出来るか?」
『敵艦隊はエターナルの動きに対して緩慢になっています。ミーティアで奇襲を掛けて、どちらか一方でも沈めることが出来れば――』
「成る程、賭けてみる価値はあるな。…よし、ミーティア・リフトオフ!」

 

 ストライク・フリーダムがエターナルのブリッジからマニピュレーターを離すと、艦側面に設置されていたビーム砲台が切り離された。その中心に機体を移動させ、収まるとアタッチメントがストライク・フリーダムの腹部を両側面から固定する。
ビームライフルをラックに収め、巨大な砲塔のような長物を握り締める。
 ストライク・フリーダムの機体制御が、ミーティア専用に切り替わる。ミーティアを装備したストライク・フリーダムは、従来の性格とは豹変する。機体はMSからMAに変化し、機動性もそれに準じたものに変わる。
大推力と大火力――それは、戦略級に限りなく近い。ヤキン戦役に於いて、たった一機で戦局を動かしたミーティアは、最早伝説となって語られる存在になっていた。
 ミーティアとの接続を確認すると、キラは一つ深呼吸した。

 

「エターナル、援護をお願いします!」

 

 そう告げると、キラはブースト・レバーを力強く押し込んだ。ミーティアが、まるでカタパルトから飛び出したかのように加速を始める。その加速力は、大推力を誇ったメッサーラの比ではない。例え核融合炉搭載型のMAでも、その加速力に追い縋る事など出来ないだろう。
 その加速のGにすら耐えられるキラ。レバーのグリップをしっかりと握り締め、シートに背中を押し付けるように身体を固定し、正面を睨む。視線の先には、ガーティ・ルーを庇うように大西洋連邦艦が虚空に浮かんでいる。
 後方から、砲撃が通り抜けていった。エターナルからの援護射撃だ。回頭途中の大西洋連邦艦を牽制する。キラは焦燥する大西洋連邦艦の呼吸を感じ取ったのか、ミーティアを艦の上方に向けた。同時に、キラの正面にマルチ・ロックのレーダーがせり出てくる。
それと連動して、指が踊るようにキー・ボードを叩き、大西洋連邦艦のエンジン・ブロックやブリッジの情報が次々と入力されていく。
 銀色のMAが、大きな楕円を描いて矛先を大西洋連邦艦に差し向けた。そして、遂に正面に艦影を捉えたとき、キラの指がトリガー・スイッチを握り締めるように押し込んだ。

 

「いっけえええぇぇぇぇッ!」

 

 動く目標に対しても、正確に致命傷を撃ち貫くキラの技量。戦艦のような動きの鈍い対象など、彼にとっては狙うまでも無い目標なのかもしれない。ミーティアから放たれるビーム、そしてミサイルの大群は、ミーティアの何倍もの大きさを誇る戦艦目掛けて襲い掛かった。
 唯でさえ早いミーティアの動きを、大西洋連邦艦のクルーが捕捉出来るわけがない。加えて、エターナルからの攻撃も受けているとなれば、尚更。キラの攻撃に気付く間もなく、大西洋連邦艦は絶望的な火線の餌食となり、やがて爆散を開始した。
 最初にエンジン・ブロックが大きな炎を上げる。その時、すでにブリッジはビームに貫かれ、指揮系統は死んでいた。続いて、エンジン・ブロックの炎が燃料系に飛び火し、更に爆発の規模が拡がる。

 

「何だと!?」
「上方からMS――いえ、MAです!」

 

 横でビームとミサイルの雨を浴び、轟沈する同胞艦。ガーティ・ルーの艦長は恐れ戦き、目を丸くした。
 大西洋連邦艦の轟沈は、その戦域の中で、とりわけ美しく咲いた。派手に飛び散る様は、まるで宇宙に弾けた花火のよう。誰もが一瞬にして起こった事に我が目を疑い、当然にシロッコも事実に驚いていた。

 

「3番艦が沈んだ――まずい、ガーティ・ルーまでやらせるわけにはいかん!」

 

 油断をしすぎたのかもしれない。シロッコは、よもやここまでの損失を被るとは思っていなかった。ある意味、彼の傲慢が実力に裏づけされている事が悪かった。アークエンジェルの力も、エターナルの存在も、勿論カミーユの接近にも対応すべき事は分かっていた。
 しかし、彼の誤算はキラの存在。シロッコの頭の中に、ヤキン戦役のキラの名はその存在感を示していなかった。何故なら、月面で交戦したとき、フリーダムとキラに手応えを感じなかったからだ。その時感じた印象は、この世界の技術とパイロットのレベルの低さ。
最強と謳われていたキラの実力を知り、シロッコは驕ったのだ。その驕りは、珍しくシロッコの目を曇らせ、目測を誤らせた。その報いを、今受けているのかもしれない。
 Ζガンダムの砲撃をかわし、タイタニアは飛翔した。シロッコは精神を集中し、敵意を探る。大西洋連邦艦をやったのなら、その辺りに潜んでいるはずだ。果たして、シロッコのアンテナがキラの闘争心を鷲掴みにした。
 ぞくりとする悪寒を、キラは感じた。今まで感じたことの無い、シロッコの怒りのプレッシャー。それまでキラを甘く見ていたシロッコが、今の行為によって遂に本気になったのだ。まるで、金縛りに遭ったかのような寒気に、キラの腕が僅かに震えた。

 

「――来る!」

 

 カッと見開いたキラの視界の中に、ファンネルが飛び交う。取り囲むようにして襲い掛かってきたファンネルを、キラはミーティアの機動力を乱暴に活かし、振り切ろうとする。
 ガーティ・ルーさえ沈めれば――タイタニアとて、母艦を失えばただのMS。シロッコがいくら強力なパイロットでも、こんな何も無い宙域で母艦を失ったとなれば、一貫の終わりだ。だから、タイタニアに追いつかれる前にガーティ・ルーを落とす。

 

「クッ! この嫌な感じは――」

 

 シロッコに標的にされたキラは、そのプレッシャーから逃げられない。どんなに速く逃げても、タイタニアから発せられているオーラの類といったモノは、まるで絡みついた蜘蛛の糸のように引き千切れない。
後ろ髪を引っ張られる感覚にキラが抵抗していると、ありえない方向からのビームが襲ってきた。

 

「うわッ……!?」

 

 身の危険を感じる。本能が体を突き動かし、半ば反射的にミーティアから離脱した。標的にされたミーティアは、あたかも獲物に群がるピラニアに喰われる様にしてファンネルの餌食となってしまった。そして、振り返るストライク・フリーダムの前に、タイタニアが迫る。
 急いでウェポン・ラックからビームライフルを取り出し、連結して構える。キャノン砲と化したその砲身から、巨大なエネルギーの奔流が放たれた。
 キラでなければ、このタイミングで即座に攻撃に移れなかっただろう。普通の人間よりも脳からの伝達速度の速いキラだからこそ、動けた。
しかし、そんなキラの攻撃を、タイタニアはまるで知っていたかのようにかわし、サブ・マニピュレーターでストライク・フリーダムの両肩を捕まえる。
 キラの正面に映されているモニターに、タイタニアの尖塔のような奇妙な形をした頭部が見える。そのモノアイが、光を放った。

 

『貴様に、これ以上はやらせんよ』
「なら、黙って帰ってくださいよ!」

 

 プレッシャーに負けてはならない――キラは臆病を気持ちの奥にグッと押し込み、反論する。そして、間髪居れずに腰のクスィフィアスがタイタニアの胴体を捕捉した。
 月面でも、似たような状況になったことがある。あの時は隠し腕の存在に気付かず、逆に追い詰められた。しかし、今は違う。タイタニアの隠し腕は肩を掴んでおり、今度こそどてっぱらに一撃を叩き込む。
 その気合が空回りしたのは、キラにとっては余りにも当然だったのかもしれない。勝利を確信する心がある反面、疑う心を彼は持っていた。勝敗が着く前に勝手に勝利を確信する事は、余りにも軽率だという事をシロッコから教わったからだ。
 案の定、タイタニアが視界から消えた。サブ・マニピュレーターでストライク・フリーダムの肩を掴んだまま、その上に倒立するように翻ったのだ。空しく軌跡を描くのはニアミスで発射されたクスィフィアスのレール・ガン。
即座に上方を仰ぎ見るキラの瞳の中に、タイタニアのコックピットに座るシロッコの姿が垣間見えた気がした。

 

(あれが、敵――!)

 

 おぼろげに霞む男の影。揺らめく青紫の長髪に、透き通る白い肌の色。白亜のタイタニアのイメージそのままの男の姿が、幻のように見える。
 激しい敵意を向けている証だ。そうでなければ、カミーユのようなニュータイプではない自分に敵の姿が見えるはずも無い。シロッコは、カミーユと同じニュータイプ。それも、相当の力を持った猛者だ。意識を飲み込まれそうな感覚は、支配を強要しているように感じられる。
 悪意が、キラの共感を呼ぶ。その悪魔の声に応えては駄目だと、理性が必死に励ましていた。

 

《甘く見すぎていたようだな》

 

 脳に響く声。カミーユの声が聞こえた時と、同じだ。甘い、それでいて誠実そうな男の声で、呼びかけてくる。いけない、これは悪魔の誘いだ。応えてはいけない。

 

《君と私は、ある意味では近い存在かも知れん》

 

 近い存在? ――考えてはいけない。応えればそれで最後、悪魔の甘い罠の中に自ら飛び込むことになる。声を振り払うかのように、頭を振る。

 

《世界は、天才の手によって動いている。個人個人が勝手な構想で動くからこそ、それを排除し、統率していく指導者が必要になるのだ。君は、指導者側に廻るべき人間だった》

 

 世界を、独裁によって導くというのだろうか。そんな世界に、一体何の意味がある。人一人の意見すら淘汰する世界に、笑顔などあるものか。自分は、そんな笑みの絶えた世界など、望んでいない。

 

《足を引っ張る事しか知らん愚民を、正しき目によって導けなければ、ジョージ=グレンを失ったこの世界は退廃の一途を辿るのみだ。世界を導く天才すら殺す愚か者どもは、自らの犯した過ちに気付いていない。
だからこそ、それを統べる為の新たな天才が、今必要とされているのだよ》

 

 ……もう、たくさんだ。天才だ何だと言ったところで、人間は決して完璧な存在になどなれない。完璧と称されて生まれてきたコーディネイター、そんな自分に待っていたのは、深い羨望の中に混じった憎悪だった。
 ナチュラルの仲間の中に居て、一人コーディネイターだという事で疎外感を感じたこともある。クローンとして生まれてきたある男は、不完全さゆえに自分を激しい憎しみの中に引きずり込もうとした。そんなものに晒されて、何が天才なものか。
 自分は、天才ではない。普通に傷つき、悩み、挫折し、そして仲間に支えられて何度も立ち上がれた。それは、一人一人が感情を持って接してくれたからだ。シロッコの言うような世界になってしまえば、人は同じ方向しか向かなくなってしまう。
躓いて倒れこむ人を、見なくなってしまう。そんな世界が、本当に正しい世界な筈がない。夢は、一人一人が自由に思い描いてこそ価値のある代物だ。その自由は、絶対に譲れない――

 

「あなたの自由になど、させるものかッ!」

 

 気付いたら、キラは叫んでいた。時間が突然動き出したかのように、翻るタイタニアがバーニアを吹かして間合いを取る。
 今の時間は、一体なんだったのだろうか。まるで、時間を切り取ったかのような感覚だった。ふと我に返ればシロッコの幻は消え、声も聞こえなくなっていた。あの不思議な時間は、現実時間にしてほんの一瞬の出来事だったようにしか思えない。

 

「今…のは……?」

 

 眼前には、暗い宇宙の中にタイタニアが佇んでいた。呆然とするキラは、しかし直ぐに攻撃を仕掛けた。距離を離していたのでは、ファンネルの餌食になってしまうからだ。
 そんなストライク・フリーダムの突撃にも、タイタニアは誘うようにビームサーベルを受け止めた。

 

『貴様の本当の両親は、ヒビキ夫妻と言うのだろう?』
「僕は、そんな人の事なんか知らない!」
『そうかい? ――貴様は不幸だ。選ばれた天才であったはずの貴様が、俗物どもの間に交わり、そして自らも俗物へと貶めた。それは、世界を不幸へと導く事になる』
「あなたの言う世界の方が、よっぽど不幸だ! 僕は、平等で自由な世界になればいいと思っているだけだ! 独裁で自由を奪って人の感情を殺すなんて――!」
『解せんな?』

 

 タイタニアのサブ・マニピュレーターがダブル・パンチを繰り出し、突き飛ばされる。追い討ちのデュアル・ビームガンをビームシールドで防ぎ、襲い来るファンネルの砲撃の中を必死に機動して逃れた。
 両のマニピュレーターに握らせた2丁のビームライフルを、散発する。そして連結した後、タイタニアに照準を合わせた。

 

「エイミング! …駄目だ、動きに無駄が無い!」

 

 どれだけ砲撃を加えても、タイタニアはバランスを崩す事が無い。全身にくまなく設置されたアポジ・モーターは、重量級の機体を寸分のブレも無く体重移動させ、そして速い。キラほどの技量を以ってしても、正確な照準を合わせてもらえないのだ。
しかも、エスパーのような勘を持つニュータイプならば、まぐれ当たりも殆ど期待できない。諦め、キラは連結を解除し、牽制を繰り返すしかなかった。

 

 僚艦を2隻も沈められたシロッコ艦隊も、しかしガーティ・ルーは単独でアークエンジェルとエターナルからの攻撃に耐えていた。艦隊司令であるシロッコが自らMSに乗って戦場に躍り出ているのは、ガーティ・ルーの艦長の優秀さを知っているからだ。
エターナル、アークエンジェルの双方の内、厄介なのは強力な火器を装備しているアークエンジェル。MS隊にその動きを牽制させ、エターナルからの攻撃を受け流す。そして、最後はシロッコが何とかしてくれるだろうと艦長は信じていた。
 こちら側から仕掛けておいて、情けない――しかし、ジブリールが予想していたよりも遥かに厄介な戦力が、エターナルにもアークエンジェルにもあった。最も脅威だったのが、遅れて戦場に到達したストライク・フリーダムの存在である。
フリーダムの伝説は、2年前からまことしやかに囁かれていた。しかし、地上からの最新の情報では、Ζガンダムとストライク・フリーダムはオーブに残留する事が、ほぼ決定項として伝えられていたのだ。
全ての艦船の打上が終わった後で、よもや宇宙に上がっていたなどと考えられるわけが無い。完全なる予想の裏を掛かれた事になる。艦長の指揮棒を握る手が、汗で湿気を帯びていた。

 

「増援は見込めないのか?」
「駄目です。現在、分遣艦隊がそれぞれオーブからの打上げ艦隊を追撃中ですが、どこもミノフスキー粒子の干渉のせいで位置が特定できません」
「うむ……パプテマス司令はどうなさるおつもりなのだ? エターナルを見逃せとおっしゃるが――」

 

「艦長!」

 

 悲鳴を上げるオペレーターが一人。顔を差し向けると、信じられないものを見たといった表情で振り向いていた。

 

「どうした?」
「接近する新たな艦影をキャッチしました! しかし、この大きさは――」
「何だ?」

 

 艦長は席を立ち、オペレーターの席まで移動した。そしてオペレーターの顔色を一度確認してから、肩越しにレーダーを覗き込んだ。

 

「こ、これは――」

 

 艦長の顔が、凍りついた。そこに映っていたのは、通常の艦船とは比べ物にならない規模の巨大戦艦の影。

 
 

 同時に、戦場に多数の火線が入り乱れた。砲撃の矛先は、ガーティ・ルー及び、アークエンジェルに纏わり付くMS部隊。明らかに、連合の勢力に敵対する組織のものだった。
 バルトフェルドも、突然の出来事に思わず艦長席を立った。砲撃の数は、並ではない。ガーティ・ルーは流石に落ちる気配は無いが、アークエンジェルに纏わり付くMS隊は、まるで蜘蛛の子を散らすように離脱して行った。

 

「アビー!」
「確認できました。ゴンドワナです」
「ゴンドワナ――イザーク=ジュールのボルテークか?」

 

 ザフトが誇る、超巨大宇宙戦艦。戦力は通常の艦船の遥か上を行き、その巨大な威容も相俟ってプラント守備隊の旗印的な超弩級戦艦として恐れられている。連合軍がプラント本国に中々攻め込めなかったのも、一つにこのボルテークが鉄壁を敷いていたからだ。
 その大戦力が、エターナルとアークエンジェルを迎えに来た。連合にとっては寝耳に水な出来事で、反面、バルトフェルド達にとっては余りにも意外だった。国防委員会が出撃を容認したのだろうが、それを動かしたのはデュランダルしか居ないはずだ。
プラント本国の防御を薄くしてまでボルテークを動かし、カガリとラクスの迎えに寄越した行動は、彼の性格を考えれば驚嘆に値する。バルトフェルドのデュランダルに対する評価は、それ程高くないからであった。

 

「議長は、本気なのか……?」
「プラント守備隊隊長、イザーク=ジュールより入電。貴艦を援護する、とのことです」

 

 振り向き加減のアビーが、バルトフェルドに意見を求めてくる。デュランダルの真意が未だに量りかねているバルトフェルドは、少しの間呆然とボルテークの影を見詰めていた。そこへ、急かすアビーの咳払いが入って、ふと我に返る。

 

「あ、あぁ――援護に感謝すると伝えておいてくれ」

 

 少し戸惑い気味に、バルトフェルドは短くそう告げると、ゆっくりと腰を降ろした。
 “砂漠の虎”も、2年間の隠棲生活の中で随分と目が曇ったものである。知らない人間を疑うのはある意味では正解だが、知らない事が問題だったのだ。デュランダルは、思っているよりも悪い人間ではない。そう思わせてくれる、ボルテークの援護だった。

 
 

 ボルテークの出現――それは、完全なる劣勢に立たされた事実である事をシロッコに認識させるのに十分だった。いくらタイタニアが優れたMSであっても、ボルテークから大量に飛び出してくるMSを相手にしていたのでは肉体的にも精神的にも不利だ。
 この巡り合わせを、どう考えるか――ストライク・フリーダムを相手にしながら考えるのは、その事だった。シロッコは所謂運命のようなものの存在を信じている。曰く、“刻の運”という事なのだが、それに逆らっても良い結果は出せないというのだ。
時流にはその時々の事情があって、それを味方につけなければ勝てる戦も勝てないという事である。そういった理由から、シロッコが撤退の結論を導き出すのに、時間は掛からなかった。

 

「これだけの不利な条件を突きつけられれば、ジブリールの命令に従う事など出来んな。オーブの制圧とアスハの抹殺を一緒くたにするというジブリールの案は、時期尚早だった様だ」
『何!?』

 

 ストライク・フリーダムの砲撃をひらりとかわし、シロッコはタイタニアを後退させた。

 

「覚えておくのだな、キラ=ヤマト。貴様は、本質的には私に近い存在である事を」
『まだそんな事を――僕はあなたとは違う!』
「子供の我侭で喚いていていいのは、世界が安定しているときだけだ。その事を、良く考えてみる事だ、少年」

 

 タイタニアは追い縋るストライク・フリーダムをデュアル・ビームガンで牽制し、マニピュレーターの関節を折り曲げて信号弾を打上げた。鮮やかに炸裂する信号弾は数珠繋ぎのように何発も炸裂し、味方戦力に命令を伝達する。
 そして撤退ルート上に点在するボルテークからのMS部隊を駆逐する為にタイタニアは動き、続けてサラのメッサーラも合流した。命令を受け取ったMS隊はガーティ・ルーを取り囲むように布陣し、戦艦の火力を合わせてありったけの砲撃を撃ち放ったまま、撤退していった。

 

 艦長席に深く腰掛け、ようやく解放された緊張感からバルトフェルドは飲み物のストローに口を付けた。環境のまるで違う地上と宇宙での連戦に、流石に歴戦の勇士である彼も多大なる神経をすり減らした。
 そのバルトフェルドの後ろで、微かに、しかし深い溜息をする人間が居た事に、彼は気付いていた。
 さて、どうしたものか――敵の第二波が入る前に、この宙域からは早々に立ち去りたい。ヒルダ達を心配していた彼女は、果たして先程のように首を縦に振ってくれるだろうか。出来れば、早くプラントで彼女を落ち着けたいというのが、バルトフェルドの本音だった。