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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第46話

Last-modified: 2008-08-06 (水) 08:21:48

 『ラスト・レスト』

 
 

 荒れ放題だった部屋の中は、数時間後には奇麗に整頓された。キサカが手伝ってくれたお陰だ。
普段、身の回りの世話は家政婦の仕事だっただけに、ユウナは部屋の整理の仕方すら知らなかった。
力もあって、常識的な雑事を知っているキサカが手伝ってくれたのは、幸運だった。
 今、ユウナは一人で部屋の中で佇んでいる。写真立てを手に、その額縁に収められているウナトとの
写真を、ジッと見つめていた。まだ、幼い頃の写真だ。その頃は、まだウナトの髪も緑をなしていた。
 紙媒体の写真は、現在でも一般的に好まれている。データとしてメモリーさせておく事で半永久的に
遺せると分かっていても、形として遺しておかなければ人は不安になるからだ。多分の例に洩れず、
ユウナもその口だった。

 

「行って参ります、父上」

 

 一人、決意を呟くと、ユウナは写真立てをデスクの上に置いて、部屋を出て行った。

 
 

「アスランさんの元気が無い?」

 

 ミネルバの食堂で、ヨウラン、ヴィーノと3人でだべっていたカツは、2人からその様な話題を投げかけ
られていた。飲みかけのストローから口を離し、怪訝そうに耳を傾ける。
 2人の言う事には、こうだ。インフィニット・ジャスティスの整備を担当しているメカニックが、アスランと
共同で調整を進めていたのだが、彼の様子が明らかにいつもと違うと相談を持ちかけられたという。
会話も途切れがちで成り立たない事もしばしばあり、酷いときには完全に上の空で人の話も聞いていないというのだ。お陰で、そのメカニックの勤務時間は残業に残業を重ね、遂に発熱をしてしまったという。

 

「何があったのか知らないけどさ、一人でやってんじゃないんだから、しゃっきりしてもらわなきゃ困るん
だよな」

 

 不平を口にするのは、ヨウラン。もし、自分がインフィニット・ジャスティスの担当だったらと思うと、とても
ではないが笑い事ではない。

 

「あっ、もしかして、エマさんと上手く行ってないのかも!」
「中尉は関係ないだろ」

 

 茶化すようなヴィーノの声色が、鬱陶しく感じられる。思い立った様に声を上げるヴィーノを睨み付け、
カツは一言で黙らせた。
 しかし、困ったものである。担当メカニックである人も気の毒だが、カツの場合はもっと事態が深刻だ。
アスランは、ミネルバMS隊の統制を執る指揮官なのである。2人から聞いた話に拠れば、アスランの
精神状態は著しく不安定に陥っているようだ。もし、こんな時に連合軍の大攻勢が仕掛けられたりも
すれば――迷惑どころではない、ミネルバの死活問題にも関わってくるではないか。そんなのは、冗談
ではない。

 

「何とかアスランさんを元気付けられないかな……」

 

 ふと漏らすカツの一言に、何かを思い出したヨウランがポンと拳と掌を合わせた。

 

「そういえば、今メサイアにラクス=クラインがコンサートを開く為に来てるらしいぜ。だからよ、そこに
ザラ隊長を連れ出して――」
「そうか、婚約者のライブを観れば、元気出るかもしれないな!」

 

 顔を合わせて示し合わせるヨウランとヴィーノだが、カツにはそれが上手く行くとは思えない。何故なら、
ラクスは本物ではないし、アスランは当の昔にラクスとの婚約話を破談になってしまっているのだから。
そもそも、今プラントに2人のラクス=クラインが居ることすら知らないヨウランとヴィーノには、事情を話す
ことも出来ないが。
 とりあえず、カツは適当に話を聞いて生返事を繰り返していた。

 

「じゃあ、とりあえず俺とヴィーノとカツとザラ隊長の4人は決定として……後、女の子も何人か欲しいよな」
「う~ん……考えられるのはルナとメイリンと、もう少し欲しいかな」
「ルナを連れてくなら、シンも呼ばないと後でどやされるぞ――って考えると、かなりの大人数になりそうだなぁ」
「アークエンジェルからも呼ぶか? ミリアリアって人とか、レコアさんとか――」
「だったら、エマさんも呼ぼうぜ!」
「中尉は駄目だ」

 

 水を差すカツの一言に、2人の会話が途切れた。ヴィーノは不満そうに、カツの顔を見る。

 

「何でだよ? お前、この間から少しおかしいぞ」
「ヴィーノこそいいのか? 中尉を連れてったら、アスランさんに取られちゃうかもしれないだろ」

 

 この際、多少の誤解は止むを得ない。カツとしては、これ以上アスランとの関係が噂にならないように、
出来るだけ2人を接触させたくは無かった。エマに好意を持っているヴィーノとしても、エマとアスランの
接触は避けたいはずだ。
 果たして、2人の利害が一致し、コンサート・ツアーのメンバーは最初からやり直しとなった。

 

「まぁ、何にせよザラ隊長を誘えなかったらこの作戦は元も子もないんだけどな。カツ、ザラ隊長のことは
お前に任せたぞ」
「僕が?」

 

 指名され、自分を指差して驚くカツ。真面目なアスランに、何と言ってコンサートに誘えばいいのやら――
唯でさえ、ディオキアのときも頑なに遠慮していた彼だ。気落ちしているアスランに、果たしてコンサートに
行くだけの気力が残っているのかどうか。

 

「この中で一番関わり深いのはカツだろ? こっちは残りのメンバーを集めておくから、よろしく頼むぜ」
「ってわけで、早速行動開始と行きますか」
「あぁ。今夜にも開演だからな。急がなきゃ」

 

 カツの同意を聞かずして、2人は席を立って食堂を出て行ってしまった。

 

「ったく、レクリエーションとはいえ、最近みんな気を抜きすぎじゃないのか」

 

 アーガマやラーディッシュに乗っていた時は、アイドルのコンサートを観に行くような余裕は無かった。
一組織内の反抗勢力としてのエゥーゴと、一国の軍隊であるザフトを比べるわけではないが、カツには
どうにも楽観的過ぎているような気がしてならなかった。ただ、そんな事を口走っても空気が読めないとか
何とか言われて、からかわれるのが落ちだ。特に、カツと同年代のヨウランやヴィーノの小ばかにした顔が
容易に想像できる。カツは、そんな彼等を相手にして無駄な力を消耗したくは無かった。
 出て行った2人の後を追うように、カツもジュースの残りを胃の中に流し込み、ゴミを片付けて席を立った。

 
 

 カガリは再び、デュランダルから呼ばれていた。アプリリウス内の邸宅から送迎用の車に乗り込み、
キサカを従えて街並みを見ながら行政府へと移動している。今回、デュランダルから召集を受けたのは
他でもない、先日接触した核兵器を輸送していた連合艦についてだ。

 

「ん?」

 

 行政府の前で車が止まり、後部座席から降りると、エントランスの前では既にユウナとソガがカガリを
待ち構えていた。その身なりは、つい先日までとは違い、きちんと整えられている。表情にも、活力が
漲っていた。

 

「お待ちしておりした、代表」
「ユウナ……」
「ご迷惑をお掛けしました。これからは、誠心誠意、オーブの為、代表の為に身を削っていく覚悟であります」

 

 これまでの醜態を詫びるように丁寧にお辞儀をする様に、ようやくカガリもユウナが立ち直った事を理解
した。しかし、妙にこそばゆいのは――

 

「お前にそんな風に話しかけられると、気持ち悪いな」
「そうでございましょうか? 私としては、代表の補佐官として至極当然の対応を取っているまでの事ですが――」
「駄目だ。鳥肌が立つ。いつもどおりにしろ」
「分かったよ。全く、カガリは変なところでゲリラの癖が抜けきってないんだから」

 

 ユウナは溜息をつき、やれやれといった感じで肩を竦めた。他方で、カガリはユウナの復活を心強く
思う。これで、デュランダルとも真っ向からぶつかり合える。ユウナの話術は戦力になるからだ。

 

 それから、案内人に先導されて会議室までやってきた。観音開きの扉をくぐると、そこにはデュランダル
と国防委員長の2人が、3人を迎えていた。

 

「ご足労いただき、申し訳ありません。しかし、事は緊急を要しますゆえ、こちらまでお越しいただきました」
「その様な挨拶の前に、仰るべき事があるのではありませんか? プラントへのリスクを危惧して散って
いった2人の勇者に対する弔辞が先でありましょう」

 

 ユウナの先制パンチ。協議内容を先読みした上での、一刺しだ。
 デュランダルはユウナが居る事に感心し、しかし少し顔を顰めてばつの悪そうな表情になった。

 

「申し訳ありません。しかし、今は1分1秒が惜しい時です。その弔辞の言葉を選んでいる時間が命取りに
なりかねません。敵は、核を持ち出してきたのですから」
「そんなわけ――」

 

「止せユウナ。言い争っている暇なんて無いんだぞ」

 

 しかし、流石はデュランダル。ユウナの攻撃を、さらりと受け流してカウンターを見舞った。そんなユウナ
を制して、カガリが前に出る。

 

「時間は、待ってくれません。早速、協議の方に入りましょう」

 

 オーブ国家元首としての風格を漂わせ、カガリは颯爽と席に就いた。ユウナの先走りは、ある種、カガリ
の毅然とした態度を効果的に見せる役割を果たした。ユウナは自らを小物として見せることで、相対的に
カガリの威厳を高めたのだ。
 デュランダルは、そんな2人の姿を見て笑みを湛えていた。そして、ゆっくりと椅子に腰掛けると、秘書に
資料の配布を指示した。

 
 

 メサイア内の重力ブロックにある巨大ホールを改造して、巨大なステージが設置されていた。熱狂する
のは、皆ザフトの兵士である。そして、特設ステージにはアイドルではなく、ピンクに可愛らしく塗装された
ザクが踊っていた。

 

《一見、何事だと勘違いする人もいるだろう。しかし、その踊るザクのマニピュレーターの上を見て欲しい。
そこに居るではないか、アイドルが。いつものようにサービス満点の衣装に身を包んだラクス=クライン
が、君の目に見えるだろう! 何、カメラで追っている姿が巨大スクリーンに映っているだと? 愚か者め、
真のファンであるならば、道具なんぞに頼るな。自らの眼(まなこ)でその姿に括目せよ!》

 

 カツの隣で乗り乗りではしゃぐヨウランとヴィーノを見ると、そんなファンの熱い魂の叫び声が聞こえて
きそうな感じがした。
 ラクスのコンサートは、プラント国民にとっては至高の安らぎでもある。一昔前のおっとりとした歌い方を
知る人は、今のラクスに違和感を覚えているにはいるようだが、ヨウラン曰く、今のように元気に弾けて
いるほうが断然イイ、との事だった。そういう風に単純でいいのかな――カツは今一乗り切れず、熱狂する
ファンの間で完全に浮いていた。

 

 熱狂するヨウランとヴィーノに振り回されるカツの近くには、ホーク姉妹も居た。結局、女子勢は彼女達
2人だけの参加となったが、それも必要なかったのではないかと今では思える。華として女子の参加を
求めていたヨウランとヴィーノだったが、コンサートが始まってしまえばそんな事も無かった、というのが
実情だったのである。勿論、蔑ろにされたホーク姉妹は、さぞかし怒り心頭だろう――と思ったが、それも
どうやら無駄な気苦労だったようである。
 そして、その更に近くにはシンの姿もあった。正直、彼はコンサートという乗りではなかった。しかし、
こうしてヨウラン達に誘われるがままにやってきたのには、あの光の中に消えていったバーニア・スラス
ター光の記憶を出来るだけ思い出さないようにしたかったからかもしれない。こういう、戦争とは掛け離れ
た場所に来る事で、少しでも気を楽にしようと考えたからだろう。シンは無理に心の緊張を解きほぐすよう
に、はしゃぐルナマリアとメイリンを見た。

 

「2人がラクス=クラインのファンだったなんて、知らなかったな」
「えっ! 何だって!」

 

 コンサートは、大音量で音を流す。振動を体感できるほどの大音量はすでに耳を麻痺させていて、シン
が尋ねた声も隣のルナマリアに届いていなかった。ルナマリアもメイリンも、ペンライトを片手に2人で手を
繋ぎ、飛び跳ねているというはしゃぎっぷりだ。
 シンはもう一度、今度は怒鳴るような大声で訊ねた。

 

「ルナもメイリンもぉ! ラクスのファンだってことを知らなかったって言ってんだよぉッ!」
「あぁ、そんなことぉ!? 大スターだもん、嫌いなわけ無いでしょぉ! あの完璧なプロポーション――
女のあたしでも惚れ惚れしちゃうんだからぁ!」
「あぁ~ん! あたしもああなりた~い!」

 

 楽しむルナマリアの横で、メイリンが身を捩じらせて悶えている。メイリンの悩みは、プロポーションの
いい姉と比べて貧相な自分のスタイルである。そのくせウエスト周りは姉の方が細いのだから、メイリンが
ラクスに憧れる動機は十分にある。ラクスの肌に吸い付くような際どい衣装は、その見事なプロポーション
を惜しげもなく披露し、弾む胸には男性のみならず女性の目をも釘付けにさせる魅力を秘めているのだ。
 しかし、嫉妬深い女性が同じ性に対して惹かれる気持ちを持てるものなのだろうか。特にスタイルだけ
ならラクスにも劣らないものを持っているルナマリアなのだから、嫉妬する事はあっても憧れる気持ちは
理解できない。それでも本人がこれだけ熱狂していれば、本当にファンなんだなと認めざるを得ない
だろう。確かに、ラクスのプロポーションは誰が見ても魅力的なのだ。
 ふと、ラクスの胸が気になって隣に居るルナマリアを見た。視線は自然と胸元に向かって行き――
そこではステージで踊るラクスと同じ様に元気良く弾む胸があった。

 

「う~ん……ルナのバスト・ラインも中々――」

 

 頬を赤らめ、目を細めてルナマリアの弾む胸を横目で凝視するシン。顎に手を当て、まるで評論家
気取りだ。しかし、そのシンの視線がいやらしすぎたのか、ルナマリアが自分の胸元に注がれている
シンの視線に気付いた。

 

「ん!? こぉの、ドスケベ・シン!」

 

 気付かれないようにぼそっと呟いたつもりなのに、ルナマリアの耳は地獄耳なのか、公衆の面前で
頭を叩かれ、ルナマリアの臀部がシンを押し退けた。その尻圧に人ごみの中に押し込まれ、熱狂する
ファンの中で更に揉みくちゃにされた。迂闊に滑らせた口のせいでこんな災難に遭遇するとはまるで
考えられなかった。口は災いの元とは良く言ったものだ。
 これは、凄い事になったと思った。シンは生粋のプラント国民というわけではないので、ラクスの存在に
それ程ありがたみを感じているわけではない。確かにこうしてはしゃいで戦争のストレスを発散させると
いう意味ではいいのかもしれないが、先日の哨戒任務の事もあり、シンはカツ同様に乗り切れないで
居た。そもそも、この様な大々的なコンサートは、シンは性根的な部分で元々苦手なのかもしれない。

 

 ところで、ヨウラン・ヴィーノのラクス=クライン・コンサート・ツアーの面子の中に、アスランの姿が
無かった。そもそも、この企画自体が滅入っているアスランを激励する為のものだったわけだが、
これでは企画倒れといっても過言ではないだろうか。実際はアスランの事などそっちのけでコンサートを
楽しんでいるわけだが、それでも気にする必要は無かった。何故なら、当のアスラン本人も、この
コンサート会場の中に存在しているからである。それならば、何故一行の中に居ないのかというと――

 

「こんな偽者のコンサートを観て、何が楽しいって言うんだ……」

 

 やさぐれたアスランは、ラクス――ミーアの踊るザクのコックピットの中に居た。そう、ピンクのザクを
動かしているのは、アスランだったのである。

 

 事のあらましは、至極単純なことだった。ザフト兵士オンリーで行うラクス=クラインの特別公演――
特別であるからには、何かしら変わった事をしたいと考えるのが企画者としての頭である。同じく演じる
側であるミーアも、考えている事は同じであった。
 しかし、企画会議ではそれこそアイデアなど簡単に出てくるわけが無い。しかも、突然決まった公演
だけに、じっくりと練り上げる時間的余裕も無い。
 そこで、ミーアはふと思い出したのである。ラクスの婚約者には、アスランが居る。彼はザフトの英雄的
な存在でもあり、MSの操縦にも並々ならぬ天才的センスを有しているという事実は、プラント国民なら
誰でも知っている事だった。

 

 そこで提案されたのが、MSと一緒に踊るラクスのコンサートという事だ。しかも、観客が兵士だけと
考えれば、これ程マッチした組み合わせはほかに考えられない。果たして、突貫作業でのザクの塗装
が始められ、アスランの元にはオファーが届いた。

 

 最初、届けられたオファーの内容を聞いたとき、アスランは正直そんな馬鹿らしい真似をする気には
なれなかった。それも当然で、今のアスランはハート・ブレイクしている状態なのだ。そんな状態で、
浮ついたコンサートの裏方など出来るわけが無い。しかも、ミーアはラクスを騙る偽者なのである。本人
が公認しているとはいえ、とてもではないがコンサートの為に力を貸そうなどとは、到底思えなかった。
 しかし、誤算だったのは、丁度ミーアのスタッフからオファーを受け取っているときに、運悪くカツが
訪ねて来てしまったということだ。しかも、目敏(めざと)くオファーの内容を聞いてしまっていたカツは、
しきりにそのオファーを受けるべきだと進言してきた。それも、かなりしつこく。いい加減、疎ましく思えた
アスランは、ラクスが偽者であると知っている彼が何でそんなにムキになっているのかを訊ねてみた。
少しの間思考を巡らせていたカツは、やがて諦めたように真相を白状した。
 何のことはない、つまりアスランが気落ちしている事を心配したミネルバ・クルー(ヨウランとヴィーノ)
が、何とか元気を出してもらおうとしているらしいのだ。婚約者であるラクスのコンサートを観れば元気も
出るのではないかと考えているらしいが、チャンチャラおかしいとはこの事か。偽者のコンサートを観た
ところで、アスランの負った深い心の傷は決して癒える事は無く、逆にラクスの婚約者として周囲に気を
配らねばならないプレッシャーを背負う事になるだけだ。だから、アスランは本音を言えば断固として
拒否したかった。
 しかし、彼らの“思いやり”を無碍に扱って信頼を失っても困る。散々悩んだ末、遂にアスランは渋々
ザクの演出パイロットを引き受ける事になったのであった。

 

『ちょ、ちょっとちょっと! ザラさん、危ないですよ!』

 

 半ば放心状態でザクを動かすアスランの耳に、インカムからスタッフの慌てる声が聞こえてくる。何事
かと思って視線をなんとなしにミーアに向けると、マニピュレーターの上から足を踏み外しそうになって
よろけているのが見えた。彼女の踊りに合わせてバランスを取りつつザクのマニピュレーターをなるべく
水平に保つというのがアスランの命題だったのに、それを怠ってしまったのだ。会場からは、ファン全員
の歓声と悲鳴の大合唱が上がっていた。しかし、それでも微妙に傾いてバランスの悪くなった
マニピュレーターの上でも、ミーアは踊り続ける。プロとして、ハプニングさえも演出に変えてしまおうと
いうのだろうか。その姿は、違う意味でラクスとしての力強さを感じた。
 しかし、アスランの集中力が戻ることは無い。次第にコントロールが雑になっていくと、遂にミーアが
足を滑らせ、マニピュレーターの上から身を投げ出してしまった。会場は、甲高い悲鳴が割れんばかり
に響き渡り、全ての視線が滑落するミーアに集中した。
 誰もが事故を予感した、その時だった。すかさずもう片方のマニピュレーターを差し出したザクの掌の
上に、ミーアはお尻からドスン、と落っこちたのである。全員が、大きく安堵の息を吐く。そしてそれは、
コックピットでザクを動かしているアスランも同様だった。
 どよめきに会場内が不穏な空気になる。ところが、その中で一人だけ違う動きを見せる人物が居た。
他ならぬミーア本人である。

 

「ヘイ、カモンッ!」

 

 静まり返ったステージの上で、何事も無かったかのようにスッと立ち上がり、バック・バンドに合図を
送って再び元気良く歌いだしたのである。落下の衝撃で臀部は痛いはずなのに――ザクの
マニピュレーターは鋼鉄で、クッションになるようなモノは一切無い。臀部を注視してみるが、衣装で
様子は覗えないが、ただ、かなりの衝撃を受けたのは確かなのだ。それなのに、痛みを顔に出すどころ
か先程よりも更に眩しい笑顔で歌うミーア。その姿に、アスランはプロフェッショナルの心意気というもの
を見た。何が起ころうとも、ファンの前ではプロを演じなければならない。それが、ミーアがラクスを
演じる上での誓いだった。

 

 アスランは思う。プロであるならば、アイドルであっても兵士であっても、同じではないだろうか。活躍の
場に差はあれど、そこに誓わねばならないプロ根性というモノは、根底にある信念は同じ。
 確かに、今のアスランはカガリとユウナの関係にショックを受け、傷ついている。しかし、それを引き
摺って仕事に支障をきたすようでは、ましてや仲間に迷惑を掛けるような事など言語道断である。それで
なくとも、自分は隊長なのだ。一番しっかりしなくてはいけない人間が、こんな事でどうするのか。気合を
入れなおさなくてはいけない――

 

 アスランはザクを飛び上がらせ、派手に巨大ホールの中を舞って見せた。一見、かなり危険な
アクロバット飛行。しかし、マニピュレーターに乗るミーアに掛かる重心は、いささかもぶれていなかった。
アスランの卓抜した操縦が、危険な飛行さえもエンターテイメントに変える。それは、あたかも天使が
戯れに舞うかの如く――煌びやかに踊るミーアと相俟って、そのステージはそれまでのミーアの
コンサートの中でも伝説的な出来事となった。

 
 

 コンサートの全てが終わり、アスランはまさかこんな充実した気分になるとは、開演前には全く
予想だにしていなかった。これも全て、自分の目の前でプロ根性というものを見せてくれたミーアの
お陰だろう。スタッフに飲み物を手渡され、ストローで水分を補給していると、私服に着替えたミーアが
スタッフ・ルームに入ってきた。

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

「今日は最高でしたよ、ラクス様!」
「落ちたときはどうなるかと思ったけど、流石はアスラン=ザラでしたね!」

 

 丁寧にお辞儀をするミーアに、スタッフが次々と賞賛の言葉を送った。それを受けるミーアも、しゃなり
とした態度で奥ゆかしそうにはにかんだ笑みを湛えた。なるほど、歌の雰囲気は違っていても、普段の
素行自体はラクス本人にそっくりだ。どうして今まで誰も疑う人が居なかったのだろうとずっと疑問に
思っていたが、今のミーアの姿を見て納得した。偽者でも、ラクスの事をしっかりと尊敬してくれている
ようだ。
 一通りお礼と受け応えを済ませた後、ミーアはアスランへと歩み寄ってきた。何事だろうか、アスランは
腰掛けている椅子から立ち上がり、ミーアの顔を見た。本当に、そっくりだ――感心してはいけない事
だが、目を見張るものがある事は確かだ。

 

「アスラン、少しよろしいでしょうか?」
「え、えぇ――」

 

 言葉を向けられて、一瞬だけドキッとした。流石はラクスの偽者を演じているだけあって、感じる雰囲気
も彼女のそれに限りなく近い――とはいえ、長い間ラクスと疎遠になっていたから頭の中の印象が多少
ずれてしまっているだけなのかも知れないが。

 

 とにかく、ミーアに連れられてアスランはスタッフ・ルームを出た。妙にドアまでの距離が長く感じられた
のは、スタッフの羨む視線がひしひしと感じられたからだろうか。仮面婚約とはいえ、アイドルを独占する
のも悪くないと思った。

 

 ミーアに連れられて来たのは、人気の無い倉庫の中だった。薄暗く、雑然とした怪しい雰囲気に、
ほんのりと鼓動が高まってくるのを感じた。何かを期待するわけではないが、ミーアのスタイルは抜群に
良い。男として、そこに興味が無いわけではなかった。
 背中を向け、無言で佇むミーアの後ろ姿。沈黙の時間が倉庫の怪しい雰囲気に後押しされ、アスランは
もどかしく思う。やがて、覚悟を決めたように険しい表情をしたミーアが振り向いた。

 

「あの…私……ごめんなさいッ!」

 

 勢い良く垂れる頭。ピンクのロング・ヘアーが、美しく広がった。

 

「私、本当のラクス様じゃないんです! 今まで黙ってて、本当に済みませんでした!」

 

 急な告白に、しかしアスランは驚くといったよりもポカンとした表情をしていた。勿論、何を今更――
という意味である。どうやら、本人はまだアスランに気付かれていなかったと思っていたらしい。

 

「知ってた…けど……?」
「へ? はわっ!?」

 

 若干の遠慮がちに、アスランは言った。ミーアは驚き、下げていた頭を高速で上げた。その仕草に、
最早ラクスらしさの面影は微塵も無い。どこにでも居る、普通の女の子の動作そのものだった。

 

「し、知ってたって……どどどどうしてぇッ!?」
「いや、俺はオーブに居たし、ラクスもオーブで暮らしていたから、君が偽者だっていうのは、とっくの
昔に――」
「そ、そんな……じゃ、じゃあ、私がラクス様の偽者と知っていてこの仕事を引き受けてくださったん
ですか!?」
「そういう事に…なるかな」
「そ、そんなぁ……」

 

 羞恥のあまり顔を真っ赤に染め、しゃがみこんで両手で顔を覆い隠してしまった。ラクスの姿をしている
のに普通の女の子の仕草を取る――これほどミス・マッチな組合わせは無いが、アスランにはそれが
堪らなく面白く思えた。

 

「……プッ! …ククク――あっははははッ!」

 

 徐々にこみ上げてくる笑いに、遂に堪えきれなくなり、アスランは思わず噴き出してしまった。何か、
とんでもなくおかしくて、力の限り笑い声を上げた。アスランの笑い声は倉庫一杯に響き渡り、怪しい
雰囲気を賑やかに彩る。
 久しぶりに、こんなに声を上げて笑ったような気がする。心の底から笑う事なんて、ここ最近では考え
られなかった事だ。オーブは地球から締め出されるし、ザフトも地球では敗北を喫した。更にカガリの
ショックでアスランの心労はピークに達していたというのに、こんな笑いが出来る力が何処に残っていた
のだろうか。いや、その力を与えてくれたのは、間違いなく目の前で羞恥に塞ぎこんでいるミーアだ。
これまで奇特な目でしか見られなかったミーアが、今は堪らなくいとおしく見える。これも、自分の考え方の
変化だろうか。

 

「そ、そんなに笑わないで下さいよぉ……」
「あ、ゴメンゴメン。でも、君の勘違いっぷりがおかしくて――あははッ!」

 

 恨めしげな目線で見上げてくるミーアは、少し涙ぐんでいた。なぜ泣く必要がある――今のアスランに
は、ミーアの仕草の一つ一つがどれも面白い。
 ミーアの白けた視線を浴びながら、アスランは満足するまで笑うと、やっと笑い涙を拭いて気持ちを落ち
着けた。しかし、まだ少し余韻が残っているようで、思い出しては必死に堪えようと口を歪めるばかりだ。
 ミーアには、不満な事この上ない。自分の醜態を見て、アスランはあんな大爆笑をしたのである。笑わ
せるなら良いが、笑われるのはアイドルとしては看過できない。

 

「ちょっと、失礼じゃありません? 私は、仮にもラクス=クラインなんですよ。御本人にだって、ちゃんと
お許しを頂いているんですから!」
「ブフッ! そうなのか」
「こ、婚約者でいらっしゃるのだったら、少しはラクス様に敬意を払って――」

 

 アスランにとっては、あまり思い出したくない記憶だ。ミーアが口にした台詞を聞いた途端、アスランの
笑いがピタリと止まった。

 

「どうされました?」
「――俺はもうラクスの婚約者ではないんだ」
「えっ?」

 

 自嘲気味の、溜息交じりの呟き――唐突なアスランの告白に、ミーアは驚いて思わず立ち上がった。
 プラントの世間一般では、ラクスはアスランと婚約関係にあるというのが常識だ。それは誰もが認める
美男美女のカップルで、家柄を含めても国民総公認といった感じだった。
 その2人が、既に破談していたなんて――ミーアは、このショッキングな事実に驚きを隠せない。
アスランは、口をパクパクさせて固まってしまっているミーアを尻目に続きを話し始めた。

 

「俺も、色々あってね。今、ラクスと一緒なのは、キラっていう奴なんだ。俺の昔からの親友でさ――」

 

 ミーアはハッとして、口を開く。

 

「あ、それってもしかして、先日のゲリラ・ライブの時にラクス様と一緒に居た茶髪の――」
「多分そうだろう」
「ど、どうしよう……私、お二人の前でキラ様の事をラクス様の護衛と勘違いして――顔が好みじゃない
とか誤解されないようにとか、とんでもなく失礼な事を――」
「そ、そんな事を言ったのか……」

 

 ミーアは、中々破天荒な性格をしているようだ。そんな逸話があったとは、彼女は色々なハプニングに
縁があるのだろうな、と感じた。それと同時に、ミーアにぼろくそに言われたキラを、少し気の毒に思う。
温厚な性格の彼だから、多分そんなに気にしては居ないだろうとは思うが――

 

「アイツは時々しつこいところがあるからな。後で何を言われるか分からんぞ」
「そ、そうなんですか? どどどどうしよう……」

 

 少し意地悪を言って、ミーアを困らせてみた。ミーアは俯いて両手で頬を覆い、顔色を真っ青に染めて
いた。一々リアクションの面白い子だ。見ていて飽きない。

 

「フッ、嘘だよ。キラは優しい奴だから、その程度の悪口なら気にも留めてないさ」

 

 その言葉を聞いて、ミーアは小動物や鳥が警戒する時のような俊敏な動きで顔を上げ、信じられない
といった表情でアスランを凝視してきた。そのリアクションと表情が面白くて、アスランは笑いを堪えるの
に必死だった。全く、期待を裏切らない子である。

 

「嘘だったんですか! 何でそんな意地悪をするんです! あれですか、私がラクス様の偽者をやって
いたからですか! さっきザクの手の上から落としたのも、それが原因だったんですか! 私を殺す気
だったって事ですか!」
「ち、違うよ、俺はそういうつもりは――」

 

 早口で矢継ぎ早に捲くし立ててくる。怒りに表情を強張らせ、ひょっとしたらアイドルよりもコメディアンの
方に才能があるのではないかと思えるほどに、アスランにはミーアの一つ一つの仕草がツボだった。
 顔は同じなのに、浮世離れした透明感を持つ本人とは正反対で、ミーアはどこにでも居るような世俗
塗れの雑草的な印象を感じた。それも、一つの魅力だろうか。アスランは怒り続けるミーアを適当に
宥めながらも、彼女の魅力に惹かれていた。

 

「――君は、いいアイドルになるんだろうな。男心のくすぐり方を、良く知っている」
「別に、私はそんなつもりで居るわけじゃないですけど――そういえば、アスランさんは今、お付き合い
している方は居ないんですか?」

 

 アスランの少し意地悪な物言いに顔を顰めると、続けて思い出したようにミーアは訊ねてくる。純粋に、
素直に疑問に思ったことを口にしただけなのだろう。ミーアに悪気は無い事は十分承知しているが、
今のアスランにとっては一番痛い質問だった。
 ミーアの言葉が、傷心に何十トンもの錘を落とされたように重く響く。アスランは少し眩暈を起こし
ながらも、何とか根性で踏ん張り、努めて冷静にミーアの疑問に対する答を喉の奥から搾り出した。

 

「……ま、まぁ、一応そういう事になるかな」

 

 本当は、カガリの事を恋人だと思いたい。しかし、今のアスランにはカガリの事を信用しきれるだけの
確信と自信が無い。長期的な遠距離生活が、気持ち離れに繋がったとは思いたくないが、実際にカガリ
はユウナと――をしていたのである。夢だと思いたかったが、残念ながらそれは現実に起こったことで、
アスランには堪らなくショックだった。
 しかし、まだ完全に納得したわけでもなかった。状況証拠は挙がっているとはいえ、殆どがアスランの
早合点で憶測の域を出ていないのだ。だから、妙に曖昧な返答になる。それでも、ミーアはそんな
アスランの奥歯に物が詰まったような態度は気にならないようである。

 

「そうなんだ……でもでも、世間じゃラクス様とアスランさんは婚約者同士って事になっていますよね。
それって、どうするつもりなんですか? いつまでも黙っているわけには行かないと思いますけど」
「そういうものかな?」
「そうですよ。世間って、私達が考えている以上に有名人同士のカップルが気になるものみたいですよ。
私の周辺にだって、ゴシップ雑誌のカメラ小僧が徘徊しているんですもの」
「そりゃあ、君がラクス=クラインとして通っているからだろ? 当たり前じゃないか」
「あ、そっか……そうだ!」

 

 少しお間抜けな発言をしていたかと思うと、急に何かを閃いたかのようにミーアは声の調子を上げた。
そして、おずおずと身を悶えさせ、チラリとアスランの顔色を覗うように上目遣いの視線を投げかけてきた。

 

「どうした?」
「あの、これ私の考えなんですけどぉ――いっその事、私とアスランさんが恋人同士になればぁ、万事解決
なんじゃないですか……?」

 

 正直、もじもじと身を悶えさせて不安げに見上げてくるミーアは、可愛いと思う。アスランの心が激しく揺り
動かされたのは、想像に難くない。しかし、アスランにもプライドというものがある。世間の目を誤魔化す
為に嘘の恋人同士を演じるなどと――

 

「そんな俺の都合だけで君と付き合うわけには行かない。第一、君にだって恋人を選ぶ権利がある。
気を遣ってくれるのはありがたいけど、俺のことは気にしてくれなくていいから――」
「私だって、アスランさんの恋人でなければ困るんです。これは、お互いの為ではないですか?」
「確かにそうだが、しかし――」
「アスランさんは、私のことが嫌いですか?」

 

 潤む瞳に下がった眉尻。そんな表情でそんな事を言われたら――

 

「そ、そういうわけじゃないけど……」

 

 ミーアの熱い視線を避けるように、アスランは顔を背けた。ぐらつく自分の気持ちを何とか落ち着かせ
ようと、必死に平静を取り戻そうと努力する。

 

「だったら――」

 

 ミーアはその身体をそっくりそのままアスランの胸に投げ出した。コンサートが終わってから、シャワーを
浴びたのだろう。アスランの鼻腔をくすぐるように、ミーアの髪がシャンプーの匂いを運んできた。
 既に、アスランは陥落寸前だ。唯でさえミーアの心意気に尊崇の念を抱いていたというのに、こんな風に
して好意を寄せられたら、断わる為の成す術がなくなってしまう。我慢できなくなったアスランのとった
行動は――

 

「す、すまない!」

 

 震える腕でミーアの肩を掴み、少々乱暴に引き離す。最早、アスランはまともにミーアの顔を見る
勇気が無かった。今、彼女の顔を見てしまえば、最後の理性が吹っ飛んでしまうような気がしたからだ。

 

「か、考えさせてくれ!」

 

 そう言って、脇目も振らずにアスランは走り出した。倉庫内のバケツに躓きそうになりながら、勢い良く
ドアを開け、疾風の如く廊下を駆け抜けて行った。
 結局、アスランは決断が下しきれなかっただけの事だった。カガリの事も諦めきれないアスランは、新しく
魅力を感じるミーアの存在に混乱しているのである。真面目で優柔不断な彼だから、冷静に思案を重ねず
には決断できなかったのだ。
 そんな情けない自分だが、いつの間にかストレスの発散は出来ていた。新たな問題が出来てしまった
が、とりあえずはいい気分転換になったということだろうか。この様な機会を作るきっかけを与えてくれた
カツ達には感謝してもし切れなかった。

 
 

「じゃあ、連合軍はまだ核を隠し持っているかもしれないということですか?」

 

 資料を片手に、眉を顰めてカガリはデュランダルに訊ねた。同席している誰もが、神妙な面持ちで
哨戒に出た偵察部隊の報告書を見つめている。
 カガリの質問に、国防委員長が応える。

 

「確かにミネルバとクサナギの活躍で核の輸送艦隊を殲滅することは出来ましたが、それが全てだとは
到底思えません。核攻撃を前提として考える方が賢明であります」
「ならば、対抗策は用意されておいでか?」

 

 視線を紙面から上げ、ソガが口を開く。国防委員長は向き直り、首を縦に振った。

 

「御覧下さい」

 

 国防委員長が手元のスイッチを操作し、部屋を暗くすると、取り囲むテーブルの表面が巨大モニターに
早変わりした。そこに浮かび上がってきたのは、ナスカ級の戦艦の先端に、旧世紀のアナログアンテナを
くっつけたような異形だった。
 オーブからの面々は、そのナスカ級の姿を確認すると、視線を国防委員長に向けて説明を求めた。
国防委員長は頷き――

 

「核分裂を強制的に促進させて、こちらへ着弾する前に暴発させてしまおうというコンセプトの元、開発
されたニュートロン・スタン・ピーダーです。前大戦終結後より、万が一の事態を想定して準備が進められ
ていました。とりあえず、これを使えば確実に核攻撃の第一波は防げます」
「第一波だけですか?」
「使用は一度が限度です。効果は覿面ですがあくまで試験的な装備なので、一度使えば間違いなく自壊
します」
「それでは意味が無いのではないですか。もし、核攻撃の第二波が入れば――」
「そこで、です」

 

 モニターの画面が、メサイア周辺宙域に切り替わった。そこには、予想される規模の連合艦隊が光点
となって表示されている。

 

「メサイアまでの直線上には、部隊配置を行いません。その代わり、先程のニュートロン・スタン・ピーダー
をメサイアの直前に配置しておきます。そうすれば、真っ直ぐメサイアに狙いを定めた核武装部隊は、
ニュートロン・スタン・ピーダーの一撃で殲滅可能です。そして、次に――」

 

 画面に、今度はザフトの部隊が連合軍を挟み込むように表示された。

 

「敵は恐らく、ニュートロン・スタン・ピーダーの存在を察知していないでしょう。そこで、ニュートロン・スタン・
ピーダーの攻撃で混乱する連合軍をザフト艦隊で挟撃し、残存戦力を掃討します」
「確かに、受け手だから出来る囮作戦かもしれませんな……」

 

 国防委員長の説明に、ソガは顎に手を当てて感慨深そうに頷いた。

 

「これなら、勝てるんじゃないのか?」

 

 説明を聞き、カガリが声に出す。全てが思うとおりにいくとは思わないが、聞いている限りでは上手く
行きそうな予感は十分していた。しかし、デュランダルはそんなカガリの言を聞いて、首を横に振る。

 

「何故です?」
「連合軍の動きですが、こちらへの侵攻以外にも、不穏な動きを見せる艦隊があります。別の哨戒部隊が
察知したものですが、何やら廃棄コロニーの移動を行っているというのです」
「それは、唯単に作戦上邪魔だっただけでは――」
「そう思うにしても、連合軍がやる事とは思えません。対応に出るには不確定で、看過するにしても
不気味な気がします」
「成る程……」

 

 敵の目論見が見えない以上、不安になる気持ちは分かる。カガリは腕を組み、モニターを睨んで唸り
声を上げた。

 

「では、その調査にオーブ艦隊を使うというのはどうでしょう?」

 

 突然のユウナの提案。皆が顔を上げ、ユウナへの視線が集中する。

 

「今度の作戦、聞く限りでは、ザフトだけでも成功させる事が出来るように思います。それでしたら、オーブ
艦隊はコロニーの調査に向かわせても構わないのではないでしょうか? 両方に同時に対応する事で、
国防委員長殿の頭痛の種は無くなる――どうでしょう?」

 

 疲弊したオーブ軍を積極的に動かそうとするのは、あまり歓迎できる事ではない。唯でさえ、馬場達の
ような犠牲が出たばかりである。カガリもソガも、出来れば今しばらくはオーブ軍に休息の時間を与え
たかった。しかし、ユウナの提言には別の意味が込められている。
 今度の作戦は、ニュートロン・スタン・ピーダーで敵の核兵器を一度で殲滅できる事が前提にある。
裏から見れば、連合軍が核兵器を波状的に撃ち込んで来る作戦ならアウトなのである。そして、常識的
に考えれば、それが現実的だ。そうなればメサイアは陥落し、混乱するのはザフトだ。丸裸にされた
プラント・コロニー群は連合軍に侵略され、コーディネイターの国は一貫の終わり、そしてそこに身を
寄せていたオーブも終わりだ。
 非情かもしれないが、ユウナはオーブがそれに巻き込まれるのを良しとしていない。だからこその、
調査。一見、ザフトの手助けをするように見せかけて、実のところは避難である。作戦通りにザフトが
連合軍を撃退できれば良し、よしんばプラントが滅亡を迎えようとも、少なくともオーブだけは助かる。
その後で、少しずつブルー・コスモスに取り入っていけば、いつかはオーブを復活する事が出来るかも
しれない。
 分の良い賭けではないが、可能性が無いわけではないのだ。ただ、カガリにはとてもではないが告げる
ことなど出来ないが。

 

 ユウナは、国防委員長を見た後、じっとデュランダルを見つめた。デュランダルの視線は、圧倒的だ。
心を射抜くような鋭い視線に、ユウナの背中は汗で湿っている。しかし、表情には出さない。表情に
出れば、一瞬にして自分の考えが知られてしまうような危うさを感じたからだ。
 やがてデュランダルは深い瞬きをし、浅く頷いた。

 

「そうですね。お願いしましょう。オーブ艦隊には、廃棄コロニーの調査に向かっていただきます」
「はい。……代表、それでよろしいでしょうか?」

 

 デュランダルの言葉を受けて、ユウナはカガリに振り向いた。彼女の表情は、怒っている風ではない。
しかし、内心では不満に思っていることだろう。公の場で表情に私情を出さなくなった辺り、カガリも
随分と公人としての資質を磨いてきたものだと思った。

 

「お前とソガに任せる」
「かしこまりました」

 

 信頼関係は、大切だよ――ユウナは心の中でそんな事を呟き、そして話し合いは終わった。

 

 部屋の中が明るくなり、解散の空気が流れると同時に、カガリは席を立って資料を小脇に抱え、退室して
いった。誰にも分からないように溜息をつくユウナは、カガリを追うようにして椅子を引いて立ち上がろうと
した。その時――

 

「ユウナ君」

 

 公人としてではなく、私人としての呼び方で声を掛けてくるデュランダルに振り向き、怪訝に首を傾げた。
 まさか、先程の提言の真意に気付かれ、カガリがいないところでいびろうというのだろうか。そういう
底意地の悪さが彼にあるとは思えないが――長身のユウナよりも、さらに背の高いデュランダル。
ユウナは畏まり、呼び止めるデュランダルの次の言葉を待った。
 すると、デュランダルはデスクの下から何やら木箱を取り出し、それを持ってユウナの前に差し出した。
少し顎を上げ、受け取るようにと促されて手に取る。

 

「何でしょう?」
「前に君の父上から頂いた物だ。ウナト殿があのような事になってしまった以上、これは君が持っている
べきだと思う」

 

 訝しげに眉を顰め、ユウナは木箱の蓋を開けた。中に、罠でも仕掛けてあるのではないかと警戒して
いたが、そこに納められていたのは2本のボトルだった。丁寧に敷き詰められた木屑の柔らかなクッション
に包まれ、鮮やかなブラウンに煌く上質なボトルだ。
 そこに貼られているラベルを見て、ユウナはハッとした。それは、ウナトが愛飲していた高級ウイスキー
のボトルだった。

「そのウイスキーの事を、ウナト殿は大層気に入っておられた。グラスに注いで太陽の光に透かすと、
まるでオーブの色のようだと仰っておられたのを、私は今でも鮮明に思い出せるよ」
「あなたが、父上と……?」
「君の事を随分とご心配なされていた。――フフッ、君は精神的にまだ未熟で、イザという時に何を
仕出かすか分からない――とね」

 

 柔和に笑みを湛え、デュランダルは懐かしむように遠い目をして語る。そんな事があったとは、ユウナは
然として知らなかった。何があったのかは知らないが、決して相容れないであろうと思われたデュランダル
に、贈り物をする父が意外に思う。どんな言葉を交わして親交を深めたのか興味はあるが、それを訊ね
ようとは思わない。父にも、息子に知られたくないような事もあろう。親子の関係で故人の名誉を尊重しよう
というのは見当違いかもしれないが、ユウナにとって父は親である以前に政治家だった。ユウナは、その
部分を最大限に尊重しようとしていた。

 

「しかし、これは議長が父から贈られたもので――」
「父上の思い出は、大切にしたまえ。親というものは、子に思われる事が一番嬉しいものだ。君が結婚し、
子を授かるようになれば、分かるようになる」

 

 ポン、とユウナの肩に手を乗せ、デュランダルは会議室を出て行った。振り向いて、何かを言おうとした
が、言葉が出てこなかった。開かれた扉をくぐり、廊下へと消えていく後ろ姿を見送った後、静かに視線を
ボトルに移した。
 すれ違いざまに掛けられた言葉に、ユウナは聞き返したいことがあった。ユウナの知る限り、デュラン
ダルは独身だ。その男が、どうして親の気持ちを代弁するような事を言ったのか――言えたのか。
 答は分からない。真相を知ろうにも、そこはプライベートな部分なので流石に気が引ける。ならば、推測で
自らを納得させるしかない。
 多分、デュランダルは過去、もしくは現在進行形で親の重責というものを味わっているのだ。だから、
その責任に苦悩する部分があるからこそ、ユウナに親の気持ちを分かってもらいたくてあのような事を
言ったのではないだろうか。そう考えれば、自分の心配をしていた父と馬が合ったのも理解できる。
2人は、親の抱える普遍的で日常的な悩みを抱えていたからこそ、それを愚痴りあったから分かり合えた
のだ。そういう身近な話題は、互いの理解を深める最もシンプルで確実なものだった。

 

 ユウナは外で待たせてある車に乗り込み、アプリリウス内に用意してもらったホテルの仮住まいに
向かった。ホテルの前で車を降り、同行していたソガと別れて中に入ると、エレベーターに乗って割り
当てられた自室へと歩を進める。フロントで受け取った電子キーを差し込んで錠を廻し、セキュリティーが
解除されて自動で扉が開いた。
 中は、高級家具が取り揃えられたロイヤル・スイート・ルーム。一人で過ごすには些か広すぎるといった
佇まいだが、セレブとして育ったユウナには何て事は無い。部屋の数は、ざっと見たところ4部屋程度は
あろうか。その中のダイニング・ルームに木箱を抱えて入ると、それをテーブルの上に置いてネクタイを
外した。そして、棚に並んでいるグラスを一つ手に取り、椅子に腰を降ろすと木箱の蓋をそっと開ける。
片方のウイスキー・ボトルを取り出し、栓を抜くと、そこに閉じ込められていた芳醇な香りが一気に部屋の
中に広がった。
 あぁ、オーブの香りだ――目を閉じ、鼻に神経を集中し、アルコールの粘膜に沁みるような香りを肺一杯
に吸い込むと、静かに目を開く。ボトルを手に持ち、ゆっくりと傾けてグラスに注ぐ。ボトルからウイスキー
が吐き出される度に鳴る空気の音が、心地よく一人きりの静寂に響いた。
 注ぎ終えると、ボトルに再び栓をした。グラスに注がれたウイスキーの色は、少し赤み掛かった鮮やかな
ブラウン。ユウナはグラスを手に取り、照明の灯りに向かって掲げた。

 

「朝焼けの色――暁(あかつき)か。本当だ、オーブの色だ……」

 

 人工的な光では、それ程色が透けない。やはり、太陽の強い光に照らしてこそウナトの感動が味わえる
といったものだが、しかしユウナにはハッキリとその色が見えていた。
 背もたれに全体重を預けるようにもたれかかると、ユウナはグラスを口に付け、ウイスキーを喉に流し
込んだ。元々酒があまり飲めないユウナは、碌に味など分からなかったが、そのウイスキーの旨さだけ
は海の底より深く理解できた。
 酒とは、こんなに美味しいものだったのか――感慨深く、その味を実感する。これが、父の愛した味
なのだ。この味で、父は生きた。今、ユウナが手にしているそのウイスキーは、父の生きた証である。
それを、彼は生涯忘れるような事は無いだろう。

 

 静かに静かに、ユウナはグラスの中のウイスキーを飲む。自然と、ユウナの目尻から熱いものが
流れた。それは、父に捧げる鎮魂歌――音の無いレクイエムだった。

 
 

 プラントのコロニーは、所謂一対の円錐の頂点が向かい合ったような珍しい構造をしたものである。
その独特の形状から、ナチュラルには俗に“砂時計”と蔑称で呼ばれてきた。しかし、一般的な円筒形の
コロニーしか知らないロザミアには、プラント・コロニーは単純に美しい構造体という認識しか持って
いなかった。
 ギャプランが大きな弧を描いて旋回する。後部バーニア・スラスターが青白い火を噴き、残光となって
ギャプランの軌跡を描き出す。そこは、メサイア周辺の訓練宙域。ギャプランの修復が終わり、ロザミアは
意気揚々とそれに乗り込んでテストを行っているところだ。

 

 ギャプランの性能テストをする――そう言い出したのは、ザフトからギャプランの修復を依頼されたエリカ
だった。オーブとザフトにとって、初めて完成させた所謂“イレギュラー”のMS・Ζガンダム。その完成に
多大なる功績を残したエリカは、修復に苦慮するザフト技術部から、先達として協力を依頼されたのだった。

 

 離着陸艦としてミネルバを拝借し、ブリッジではエリカを初めとする技術者達数名と、カミーユの姿も
あった。勿論、ロザミアの様子が気になったからだ。他にも、暇を持て余していたレコアもギャプランの
動きに感嘆の吐息を漏らしていた。
 ギャプランの加速性能、制動性能、旋回性能は、何れも一般的な常識を覆しかねない驚異的なものを
誇っていた。局所的に見れば、Ζガンダムですらも凌駕するのではないかという基本性能の高さに、エリカ
は流石に開いた口が塞がらなかった。スペックで見るよりも、遥かに高い性能を見せ付けるギャプランは、
勿論ロザミアがパイロットをしているからこそ。ギャプランのパイロットを無視した性能に、強化人間である
ロザミアが組み合わさった事によって発揮できる、真価だ。ギャプランが自らの力を確認するかのように
予定プログラムに用意されているアクションを繰り出すたび、ミネルバのブリッジではどよめきが起こり、
一様にその姿を追って頭が動いた。

 

「こんなものを見せ付けられたのでは、Ζの再調整も考え直さなければならないわ」

 

 そう溜息をつくのは、エリカ。Ζガンダムを再調整するに当たって、カミーユから提案されたプランは
極端に“遊び”の少ないピーキーなものだった。必要以上に繊細なコントロール・ワークを要求されるその
操縦性は、ナチュラルでは扱いかねない代物だとエリカは判断した。
 しかし、ギャプランはカミーユのプラン以上に“遊び”の少ないセッティングで、しかもあのロザミアが見事
なまでに操って見せているではないか。想像以上に親和性が進んだカミーユたちのMSとの“付き合い”
に、エリカも考えを改める必要があった。

 

 ギャプランは一通りのテスト・フェイズをクリアし、エリカは弾き出された手元のデータを見比べた。
テスト前に予測した予定スペックは悉く裏切られ、そのどれもが想像以上の数値を叩き出している。
どうやら、カミーユたちの世界のMSの常識は、エリカの頭では追いつけない場所にあるらしい。技術者
としてのプライドが傷ついたのか、もう一つ深い溜息をついてマイクを手に取った。

 

「予定フェイズ終了。もういいわ、ロザミィ。ミネルバに帰ってらっしゃい」
『もういいの?』

 

 スピーカーから聞こえてくるのは、無邪気に声を弾ませる少女の声。まだ、動かし足りないとばかりに
ギャプランをロール回転させ、クルージングを楽しもうとせんばかりだ。
 カミーユは背中を丸くしてうな垂れるエリカを尻目に、ブリッジに背を向けた。

 

「お兄ちゃんは大変ね」
「からかわないで下さいよ」

 

 レコアに笑われ、カミーユは明らかに不満を表情に滲ませ、そっぽを向いてブリッジのドアをくぐった。
レコアが何の気も無しにカミーユの後に続いていく。

 

 MSデッキまで降りてくると、丁度ギャプランが帰還するところだった。無重力の中をゆっくりと流れ、
MS固定用のアームに支えられ、床底に静かに降ろされる。胸部のコックピット・ハッチが開き、中からは
タイトなパイロット・スーツに身を包んだロザミアが降りてきた。
 ギャプランはアームに降ろされた後、メカニック・クルーによってMS専用の巨大ハンガーに設置され、
即座に各部の整備に入っていた。何やら色々とデータを集めているようだが、それも後にエリカに検証を
依頼する為のものなのだろう。

 

「あんなお嬢ちゃんが、ギャプランを動かしてたってのか?」

 

 カミーユとレコアが下まで降りていこうとした時、不意に声を掛けられ、そちらに振り向いた。男の声は、
少女に身体を支えられた金髪の青年。それを睨みつけるように、レイが傍らに待機していた。

 

「あら、ロアノーク大佐じゃないの」
「皮肉のつもりかい? 今の私は、ザフトに捕らえられている連合軍の元大佐だよ」
「失礼。私も、昔は階級のある組織に所属していたものだから、偉い人を見ると、つい大佐とお呼びしたくなってしまうのよ」

 

 レコアの言に、苦笑で応えるネオ。
 レコアは、ネオの事をあまり好意的に見ることが出来ない。それは、敵であったということよりも、ステラ
が不憫だと感じる思いがあったからだ。彼は、果たしてステラの気持ちに応えられるような器の持ち主
なのだろうか。レコアとしては、不幸な少女の成り行きは、見たくない。ネオの何処か生き急いでいる感じ
が、レコアの女としての警戒感を呼んでいるのかもしれない。
 カミーユはそんな妙に攻撃的なレコアを横目で見つつ、レイに問いかけた。

 

「何でネオをここに連れて来たんだ?」
「偶然テスト中のギャプランを見かけて、興味が湧いたようです。どうしてもと言うので見るだけなら、と連れて来ましたけど――」
「それがどうして?」
「ネオは、ヘブンズ・ベースでギャプランに乗っていましたが、乗りこなせなくてシンに返り討ちに遭ったのです」
「純粋に、パイロットが気になったってわけか――なるほどね」
「カミーユたちが迷惑でしたら、直ぐにでも追い返しますけど――」

 

 目敏い男、ネオはカミーユとレイの会話に耳を傾けていた。ふと、聞こえてきた名前に、過去の出来事を
思い出し――いや、本当にとりとめもなく、態々確認するまでもないことなのだが、つい口が勝手に動いて
しまった。

 

「君が、カミーユか?」

 

 カミーユは振り向き――

 

「そうですけど」
「成る程、そういうことだったのか」

 

 ネオと、どこかで会った事があっただろうか。ファントム・ペインの元指揮官だっただけあり、ネオの感触
には戦場の何処かで感じたことのある、ある種の懐かしさを感じるが、こうして面と向かって対面する
ような事はなかったはずである。何かに納得したように表情を綻ばせるネオに、カミーユは首を傾げた。

 

 本当にどうでもいいことだったのだが、ネオにはどうしても記憶に引っ掛かる出来事があった。それは、
勿論ネオとしての記憶であり、自身の本質に迫るようなシリアスなものでは決してない。ただ、ベルリン
での決戦前のエマの放言が、今になって急に思い出されたのである。ネオは、エマの名前を間違えて
カミーユと呼んでしまった。それに対し、深い不快感を露にして、本人に殴り飛ばされろとまで言って
のけた。その理由は、当時は全くもって見当もつかなかったが、カミーユ本人を目の前にして、やっと
要領を得られた。カミーユという人物は、やや中性的な、所謂美少年といった顔立ちをしてはいるが、
やはりどう見ても男なのである。当然ながら、エマはどう見ても女性で、そんな人が男であるカミーユと
間違われたのは侮辱の極みだったのだろう。怒るのも、無理のないことだ。
 しかしながら、ネオにも言いたい事はある。カミーユなんて男とも女とも取れるような名前、間違えても
仕方ないではないか――今エマが目の前に居れば、そう言ってやりたい気分だった。

 

「何です? 人の顔をじろじろと見て」
「い、いや、すまない。――しっかし、あのギャプランを本当にあのお嬢ちゃんが動かしてたってのかよ?」
「そうですよ」

 

 この少年も、妙に神経質そうな顔をしている。ネオは誤魔化すように視線をギャプランとロザミアに向け、
改めて驚嘆の意を示した。
 ネオにとっては、少し冗談が過ぎる現実だ。連合軍のエース・パイロットとして、それこそ数多居るMS
パイロットの中でも凄腕と鳴らしていたのに、ギャプランは全く自分の言う事を聞いてくれなかったので
ある。それなのに、自分よりも遥かに若い、しかも女性にあそこまで見事に操られてしまったのでは、
ネオの立つ瀬がない。テストを見学させてもらった感じでは、デ・チューンが施されている様子もないこと
から、ロザミアが純粋にギャプランを手懐けていた事が覗えた。

 

「驚いたな、私ですら扱いきれなかったというのに――ステラと、どっちが上手かな?」
「ステラの方が、上手だもん」

 

 ネオが舌を巻いて苦笑していると、ステラがふわっと浮き上がってロザミアへと向かっていった。
それを見送るカミーユの視線――ステラに違和感を抱いている証拠だった。

 

「彼女、強化人間なんでしょ?」
「分かっちまうかい?」
「何となく、ロザミィに似ています。あの感じは――」
「ロザミィって言うのは――あの子のことか? じゃあ、彼女もエクステンデッド……」

 

 正確には違うが、本質的には同じ事。戦闘能力に特化した強化人間ならば、或いはギャプランを使い
こなせるのかもしれない。いや、寧ろその為にギャプランは設計されていると読んだ方が、正確だろうか。
イレギュラーの技術が詰まったあの化け物MSは、そう考えれば納得がいく代物だ。
 道理で、使いこなせなかったわけだ――ネオの見つめる先で、ステラがロザミアに詰め寄っているのが
見える。何やら、ギャプランを使わせろと言っているようだが――

 

「何よあんた! これはあたしがお兄ちゃんと一緒に戦うために使うものなんですからね!
あんたなんかに壊されでもしたら、あたしのMSが無くなっちゃうじゃないか!」
「ステラはお前なんかよりも上手に使えるもん! ネオに証明するんだもん!」

 
 

「あんたなんかに使いこなせるもんですか」
「出来るもん!」

 

 まるで子供の喧嘩のように言い合いをする2人。ロザミアがステラを否定すれば、ステラはロザミアを
否定する。低レベルな水掛け論の応酬に、しかし周囲のメカニック・クルーは全く興味を示していない。
子供同士の喧嘩と思われて、放って置かれているのだ。

 

「嘘ばっかり言ってんじゃないわよ。どうせ、出来るわけないでしょぉ!」
「なにおっ!」

 

 舌を出して挑発するロザミアに、遂にステラが癇癪を起こして飛び掛った。2人はもつれ合うように絡み
ながら、無重力を流れて取っ組み合いの喧嘩に発展した。ヒステリックに互いを掴み合い、髪を引っ張る
手も容赦ない。

 

「お止しなさい、2人とも!」

 

 そこへ、壁を蹴って流れてきたレコアが仲裁に入り、2人を引き剥がす。しかし、尚も臨戦態勢の2人は、
今にも掴みかかろうと息を荒くして睨み合ったままだ。

 

「レコアはどっちの味方なのさ!」
「レコア、ステラの方がギャプランを上手く使えるってコイツに言って!」

 

 ロザミアとステラに挟まれ、レコアは同時に意見を求められる。こんな下らない喧嘩をしている場合じゃ
ないって言うのに――レコアはこめかみに青筋を浮かべ、我侭な2人に対して次第に苛立ちを募らせて
いく。
 そんな時、遅れてやってきたカミーユとネオが、それぞれいがみ合う2人を宥めに取り掛かった。それを、
不思議な様子で眺めるレイは、それぞれの対応を興味深そうに見つめていた。

 

「そこまでにしておけ、ステラ。お前がMSを上手に動かせるって事は、私が一番良く知っているから」
「でも――」
「喧嘩は駄目だ、ステラ」

 

 ネオの額には、汗が滲んでいる。ベッド暮らしからは解放されたとはいえ、未だに彼の身体は全快には
程遠い。誰かに身体を支えてもらわなければ移動さえままならないのだ。
 少し痛みに顔を歪ませつつも微笑むネオに気付いたステラは、ネオを放って勝手に飛び出して行って
しまった事を後悔し、潮らしくなって小さな声で一言、ごめんなさいと呟いた。

 

 一方のロザミアの癇癪は、少し長引いている。それも当然だろう。いきなり誰とも知れない少女が降って
来たかと思えば、何の前触れも無しに自分のMSを使わせろと言われたのだ。生意気を言われれば、腹が
立って当たり前なのだ。尚更ロザミアとなればその怒りを鎮めるのも一苦労である。

 

「放してお兄ちゃん! アイツはあたしに生意気を言ったのよ! ザフトにお世話になってるくせに!」
「それを言ったら、僕やロザミィだって同じだろ? この人達に拾ってもらわなかったら、僕たちがこうして
ここに居られるわけがないんだから」
「そうだけど――でも、あたし達の方が先にここに居たんじゃないか!」

 

 まるで、体育会系のようなことを言う。空手部に所属していたカミーユには、先輩後輩の上下関係と
いったものの感覚は分かるつもりだが、流石にそれとは少し違う。しかし、このまままともな説得を続けて
も上手く行く気配がない。仕方無しに、奥の手を使わざるを得なかった。

 

「いつまでも喧嘩してるようじゃ、僕はもうロザミィを妹と思えないよ」
「そんな! どうしてお兄ちゃん、悪いのはあっちじゃない!」

 

 カミーユに言われ、ロザミアは泣きそうに表情を歪めた。
 分かってはいたが、少し卑怯だっただろうか。強化人間として情緒不安定な事を逆手に取り、ロザミアが
一番嫌がることを交換条件に言う事を聞かせる――正直、人間としてあまり褒められたやり方ではない。
しかし、口に出してしまった事はしょうがない。今回限りと割り切って、今はロザミアを宥める事に全力を
尽くすしかない。

 

「ステラと仲直りするなら、僕はロザミィを許す」
「う…分かったわよ。お兄ちゃんの意地悪……」

 

 渋々といった感じではあるが、何とかロザミアの癇癪を治める事に成功した。振り向けば、ネオもステラ
を説得してくれたのか、しかしやはり少し罰の悪そうな表情でこちらを覗っている姿があった。
 2人が歩み寄り、お互いに“ごめんなさい”を交わす。

 

「ほら、仲直りの握手――ねっ?」

 

 そこへレコアが入り、2人の手を掴んで強制的にではあるが、握手を交わさせた。2人は少しの間
しかめっ面をして見詰め合っていたが、やがてお互いに笑みを見せた。

 

「お互い、我侭なお嬢さんを持つと大変だな?」

 

 和解する2人を見守っているカミーユに、ネオが話しかけてきた。カミーユは振り向き――

 

「大変じゃないですよ。僕達は、彼女達が苦しまないような世界にしていなかなくちゃいけないんです。
そうでしょ?」

 

 カミーユの瞳が、ネオに何かを訴えかけてくるようだった。それは、互いに背負わなければならない
宿命が同じだからだろうか。
 ロザミアとステラという強化人間は、彼等に依存していかなければ生きていけないような脆弱さを孕んで
いる。それを支えていくのが、依存される側である自分達の役目なのだと、暗にカミーユは諭してきている
ような気が、ネオはしていた。

 

「あぁ、そうだな……」

 

 同意して頷くネオ。果たして、カミーユが本当に言いたい事は何なのかは分からないが、そう思うことで
自分を納得させた。
 このカミーユという少年は、不思議な感覚を持っている。言葉の中に、それ以上の意味が込められて
いるような、例えるならば仙人の様な悟りの境地に達しているような、そんな感じが垣間見られた。
 今のネオは、不確定な“ムウ”という事実との間で揺れ動く不安定な精神状態でもある。しかし、何故か
カミーユと言葉を交わしただけで、少しだけその悩みが軽くなったような気がした。