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ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第49話

Last-modified: 2008-11-04 (火) 00:02:34

『シロッコの掌』

 
 

 戦闘が開始されて直ぐに、レコアとエリカの乗るセイバーは廃棄コロニーへと進路を向けていた。リニア・
シートに座り、目の前のコンソール・パネルは静かに光を湛えている。ミノフスキー粒子の影響で乱れてい
るレーダーは役に立たず、レコアはその視界にMSの機影を捉えた。

 

「MSが出てきた? ――唯の廃棄コロニーなら、MSを守りに置いておくなんてことはしないはずだわ」
「やはり、あのコロニーには何かあるのよ」

 

 戦闘に集中しているレコアとは対照的に、エリカは後ろのサブ・シートでずっとパソコンの画面と睨めっこ
したままだ。そのしなやかな指がキーを叩くたびに、乾いた音がコックピットの中に鳴り響く。
 よくも戦闘状態の中で冷静にコンピュータなんか弄る事が出来るものだ。レコアは純粋にそのエリカの
冷静沈着さに感心していた。技術者という輩は、得てしてそういう側面が強いものだと思うが、仮にも女性
である。自分も他人をとやかく言える立場ではないが、民間の女性技術者にしては、かなり肝の据わった
女傑と感じた。チラリとエリカを見るが、レコアの視線にも気付かぬまま、無心にキーボードを叩いていた。

 

「どうします? 敵の守りが薄いのが気になりますけど」

 

 気掛かりは、ある。エリカの言うとおり、廃棄コロニーに何らかの仕掛けが施されていたとしても、守りに
入る敵部隊の数が少なすぎるのだ。ともすれば、敵の侵入を誘い込んでいるようにも見える。罠が待ち伏
せている可能性は十分に考えられた。
 シロッコにしては軽率すぎやしないだろうか。レコアは純粋に廃棄コロニーの防御の薄さを怪訝に感じ
た。油断のならない彼が、敢えてミスを犯すような計算が働いている時は、得てして何らかの策謀が渦巻い
ている時である。とてもではないが、守備隊の少なさそのままを額面どおりに受け取るつもりは無かった。
 しかし、エリカはそんなシロッコの事情などお構いなしだ。

 

「敵の数は、厳しい?」
「いえ、やって見せます」
「なら、コロニーへ。もっと接近できれば、詳しい事が分かるかもしれないから」

 

 任務としてなのか、単純に技術者としての興味なのかは分からないが、エリカは疑いもせずにそう言って
退ける。少しは恐怖といったものを感じて欲しいものだが――

 

「了解」

 

 気にしたら負けだ。所詮は畑の違うエリカなのである。レコアとエリカに言い渡された任務は、廃棄コロ
ニーの調査。今はそれを果たすだけだ。
 レコアはコントロール・レバーを押し込むと、セイバーを加速させた。

 
 

 幾筋もの光が絡むようにして降り注がれる。カミーユ達には、ファンネルがしつこく纏わり付いていた。
ファンネルによるオール・レンジ攻撃――宇宙空間を縦横無尽に飛び交う小型無線攻撃端末の砲撃は、
回避するだけで多大な神経を磨り減らす。使用者であるシロッコのニュータイプ能力の優秀さは元より、何
よりも調整が煮詰め切れていないΖガンダムではどうしても反応が遅れる。ギャプランのロザミアは対応で
きているようだが、カミーユは思うように行かない現状に苛立ちを募らせていた。
 チラリとガンダムMk-Ⅱを見る。メッサーラに放り投げられたカツはエマによって救出され、警戒しながら
後退を開始していた。

 

「エマ中尉がカツを回収してくれた――ロザミィ!?」
『やるわ!』

 

 カミーユの制止も無視して、突出するギャプラン。MAに変形してロール回転でファンネルの砲撃をかわす
と、凄まじい加速で一気にタイタニアに肉迫する。そして、接近すると同時に変形を解き、両腕のメガ粒子
砲を構えた。
 ギャプランの砲口から洩れる光がタイタニアを照らす。ところが、それを邪魔するようにメッサーラからの
メガ粒子砲が襲い掛かり、弾き飛ばされるようにしてタイタニアから後退せざるを得なかった。

 

「後ちょっとだったのに!」

 

 緊急離脱で崩れたバランスを、AMBACとアポジ・モーターの併用で立て直す。先程の光塵の先にロザミ
アが視線を振り向けると、その動きを封じようとメッサーラがギャプランに組み付いてきた。腕で押し付ける
ように頭部を鷲掴みにし、ロザミアの目の前には一杯の鋼鉄の掌が広がった。

 

「何――どうしてあなたがこんな事をするの!」

 

 自然と飛び出した言葉は、純粋なロザミアの疑問だった。
 カツとの精神的な交わりによって、それに傾倒していくかに見えたサラ。しかし、彼女はそれを払い除
け、カツを拒絶し、まだ敵のまま。己の気持ちに気付きながらもそれを否定し、それまでの自分であろうと
抗う。その窮屈さが、ロザミアには理解できなかった。
 やたらと大写しになるメッサーラのマニピュレーター。ロザミアが軽やかにスイッチを押し、続々と複数の
サブ・カメラに別視点の映像をワイプに表示させると、その耳に接触回線で応えるサラの声が伝わってくる。

 

『私はカツを分かったわ。だからこそ、カツとは一緒に居られない』

 

 何かの決意を秘めたような声色だった。それは、何らかの意志に逆らって搾り出したかのような声で、勇
ましさの中に見苦しさを感じた。ロザミアの純粋な感性は、サラの声質の矛盾に気付く。良く分からないが、
義憤のような苛立ちがロザミアの歯を食いしばらせた。

 

「強がるのはお止しなさいよ! 素直になるって、いけないことなの!?」

 

 我慢する事に、どれ程の意味があるのだろうか。ともすれば、カツはサラにとっての“カミーユ”に成り得
た。それは、安らぎを得られる瞬間だったはず。だのに、サラはそれを捨てようと意地を張る。このあからさ
まな矛盾は何だ――ロザミアには、サラの決意は強がりにしか聞こえなかった。

 

『私は自分に正直に生きているだけ!』
「嘘だ! それが泣きながら言う事か!」
『泣きながら……?』

 

 サラはロザミアの言葉に動揺した。ふと気付くと、ヘルメットのバイザーの内側では、自分の流した涙が
浮かんでいたる。それは、どうした事だろう。空涙を流した覚えは無い。と言うよりも、涙を流すつもりなど
毛頭無かったのである。
 カツに宣告した絶縁宣言がその理由だとは、考えたくなかった。それを認める事は自己の否定に繋が
り、自分の言葉が嘘であるという証明をする事になってしまうからだ。しかし、サラは既に自らの矛盾に気
付いてしまっているのかもしれない。

 

《君は、自分を変えたがっているんだ》

 

 バイザーを上げ、目障りな涙をヘルメットの内側から排斥している時、不意に誰かの声が頭に鳴り響いた。
 誰のものとも知れない声。知っているようで、知らない。カミーユなのか、カツなのか、或いはもっと別の誰
かなのか。鳴り響いた声に、サラは首を横に振った。
 サラは、カツを巻き込みたくないから――死なせたくないから距離を遠ざけようとした。それは、サラの精
一杯の思いやりで、二度とカツと関わらない事で彼の業を払ってやりたかった。
 しかし、サラの本能はその自らの行為を否定しているというのだろうか。自分でも気付かぬ内に涙が出て
いたのは、本心ではカツと一緒に行きたかったからという気持ちが、心の片隅にあったからなのかもしれない。
 いや、そんな事は無いはずだ。自分は決して間違ってなど居ない。サラにとってシロッコは特別な存在で
あり、カツもまた特別な存在だった。その2択に結論を出さなければ何時までもカツを苦しめる事になり、そ
れが結果的に大きな不幸を呼ぶような気がしたからこそ、カツを拒絶するしかなかった。そして、それで全
てが丸く収まるはずだと思っていた。

 

「クッ!」

 

 組み付いたギャプランが身を捩じらせ、メッサーラを引き剥がす。流石に、片腕を失っている状態では、
ガイアはともかくとして、同じ土俵に立つギャプランまでは押さえ込めない。メガ粒子砲の砲撃に晒され、光
線が眩くコックピットを明滅させる。反撃しながら周辺のデブリを利用して身を隠しつつ、追撃で砲撃を放っ
てくるギャプランから距離を開いた。

 

「パプテマス様……」

 

 ギャプランから注がれるビーム攻撃。メガ粒子砲の光に目を細めたサラは、思い出したようにバイザーを
下ろしてシロッコの方を見た。その表情は、まるで救いを求める人生の迷い子のようだった。

 
 

 シロッコは、サラを理想の世界に導いてあげるつもりだった。絶対者によって統治される、真に安定した
世界。それが、シロッコの最終的な目標であった。サラは、その時代に生きるに相応しい資格を持った少
女だと思っていた。そんな彼女がここで妙な思想を吹き込まれ、心変わりしてしまうのは余りにも忍びない。
自分の思想に同調する、数少ない聡明な人材である。サラのような賢い人間は、自分の傍に居るべきだと
シロッコは思う。

 

 しかし、聡明とはいえ彼女は未熟。カツにサラの心を動かせるだけの力があるとは思っていなかったが、
それはどうも誤算であったようだ。見くびっていたと言うのは、しょせん言い訳に過ぎないのだから、ここは
素直に自らの非を認めるしかない。その尻拭いをするという意味で、シロッコは出撃するつもりが無かった
この戦闘への介入に踏み切った。
 とりあえず、サラの心変わりは未然に防げたと言ってもいいだろう。しかし、その一方で新たな疑問がシ
ロッコの中で生まれつつあった。
 サラを惑わせるカツの存在、それ自体はシロッコは認識していた。彼女は、カツの攻撃からシロッコを
守って散っていったからだ。しかし、それがサラの心変わりに繋がるとは思えない。カツに靡きかけたサラ
の変化が、シロッコには思いがけなかった。
 この、奇妙な出来事は一体何なのか――考えるシロッコの前に、ロング・ビームサーベルを振り上げて向
かってくるMSが一機。全ては、そのMSに乗っているパイロットが起こしている様にも思える。先程から不快
に纏わり付く感覚が、シロッコにそう告げていた。

 

「感情を丸出しにして、貴様はどこまでも私の邪魔をするつもりか」
『何!?』
「不愉快なのだよ。その低俗さは、これからの世界に必要の無い代物だ。故に、貴様は排除されなければ
ならない」

 

 サブ・マニピュレーターのビームサーベルを交差してロング・ビームサーベルを防ぐタイタニア。ファンネル
を周辺に展開させ、Ζガンダムの四肢を狙う。
 咄嗟に、カミーユの頭に閃きが迸った。危険を察知したと言い換えた方がいいかもしれない。それは、殆
ど条件反射に近かった。危険の理屈を考える前に、Ζガンダムは斥力が働いたかのようにタイタニアの正
面から離脱した。瞬間、タイタニアの正面、Ζガンダムが寸前まで存在していた空間に幾筋ものファンネル
のビームが交錯する。
 息が詰まりそうな攻撃に、カミーユは思いっきりシートに背中を押し付けて息を吐き出した。少し遅れてい
れば、今頃はファンネルに針の筵にされていたところである。その中で、至近距離でのファンネルの使用で
自らに誤射しなかったタイタニアに驚かされる。それは、シロッコがファンネルを完璧に操れているという証
拠であり、既にハマーン=カーンの領域に達していると評してもいいかもしれない。シロッコの恐るべき才
能の顕現に、カミーユはギリッと歯を鳴らした。

 

『逃がさん!』

 

 声と同時に、突風が吹いたかのようなプレッシャーを身に受ける。眉間に皺を寄せ、目を細め歯を食いし
ばりながらも、カミーユはウェイブライダーに変形させて襲い来るファンネルから逃れようと試みた。しかし、
シロッコの思惟を受けて動くファンネルは、そのカミーユの思惑すらコントロールしようとする。ファンネルの
ビーム攻撃に、誘導されるがままにウェイブライダーを旋回させると、果たしてタイタニアが再びΖガンダム
の前に躍り出た。

 

「うわっ!」

 

 誘導されていたからとは考えられない。タイタニアの脅威に直面したカミーユは精一杯で、ウェイブライ
ダーの加速がタイタニアに負けたのではないかという錯覚を抱かされた。
 反射的にMSに戻しバルカンで牽制するも、全て腕で防御される。四方をファンネルに囲まれたと感じ取る
や、嵐のようなビームの軌跡。バイザーに反射する目まぐるしい光の洪水にカミーユは圧倒されたまま、無
我夢中でビームライフルを連射してタイタニアの傍から逃げるしか出来なかった。

 

「クッ――ウッ……!」

 

 息もつかせぬ追撃に、カミーユは呻きながら必死にΖガンダムをコントロールする。コントロールするが、
タイタニアの猛撃は余りにも容赦ない。否応無しに、カミーユは無意識にビームサーベルを引き抜かせる。
光刃が伸びると、それに回転を加えて放り投げ、即座にビームライフルを構えた。ビーム・コンフューズ、カ
ミーユの発想が生んだ、対オール・レンジ兵器の必殺技だ。シロッコのファンネルも、一度はその攻撃に
よって憂き目に遭っていた。
 しかし、2度も同じ手に引っ掛かるシロッコではない。今度も上手く行くだろうと感じたのは、カミーユの認
識の甘さでしかなかった。シロッコは、まるでカミーユが必ずそうしてくる事を見越していたかのように目を
光らせ、瞬時にタイタニアにデュアル・ビームガンを構えさせたのだ。

 

『やはりな――そこかッ!』

 

 癪に障る声が聞こえてくると、タイタニアはファンネルを収容し、Ζガンダムが投擲したビームサーベルに
向かってデュアル・ビームガンを発射したのである。

 

「何だと!?」

 

 驚愕に目を丸くするカミーユ。考える暇すら与えてもらえず、双方から放たれたビームは共に回転する
ビーム刃と干渉して互いを襲った。ひらりと余裕を持ってビームウェーブをかわすタイタニアとは対照的に、
Ζガンダムは紙一重で回避する。ビームの粒子が装甲を掠め、ジリッと焼けた。カミーユは苛立ちを抑え
ながら、尚もビーム・コンフューズを狙う。タイタニアもそれに対抗するようにビーム・コンフューズを狙って
いた。

 

「横取りビーム・コンフューズかよ! ――だが、シロッコがやる事にしてはセコイ!」

 

 それは単なる中傷にしか過ぎず、カミーユが出来る事をシロッコも出来るのは、当然の道理だった。余裕
の無いカミーユとは対照的に、余裕綽々のシロッコ。本来ならば、タイタニアまでビーム・コンフューズを狙う
必要は無かった。だのに、わざわざもったいぶって弄ぶようにしているのは、カミーユに対してプレッシャー
を与える為である。力が圧倒的に上である事を直接的に示して、カミーユの焦りを誘おうという目論見。そ
の回りくどいシナリオを描いたのも、彼にとってはΖガンダムとの戦いも単なる余興に過ぎなかったから
だった。
 精神的に追い詰められるカミーユに、そんなシロッコの悪趣味な意図に気付けるはずも無く、ただひたす
らにプレッシャーに抗うだけだ。しかし、強攻策がいつまでも続けられるわけも無かった。苦しい姿勢を維持
しながらも、奇跡的なバランスで反攻していたカミーユであったが、遂にタイタニアのビームがΖガンダムの
ビームライフルに命中したのである。

 

「しまった! ライフルを――」

 

 カミーユは首を横に振り、無残にも破壊されたビームライフルを見る。それを手にするマニピュレーターに
被害こそ及ばなかったものの、ビームライフルのエネルギー・パックを直撃しており、それを目にした瞬間
慌ててそれを投棄した。
 メイン・ウェポンを失ったのでは、もうビーム・コンフューズを撃つ事は出来ない。悔しさと苦汁の感情が、
脂汗の滲むカミーユの顔面に皺となって浮かび上がる。不利と悟ったカミーユは、後退するしか道は残され
ていなかった。ウェイブライダーに変形させ、両手の操縦桿を思い切り奥に押し込む。

 

『フッ! 逃がさんと言っている』

 

 声と一緒に目が眩むような波動が送られてくる。それがタイタニアのサイコミュ・システムが増幅させたシ
ロッコのプレッシャーであるのかどうかは、今のカミーユにはどうでもいいことであった。ただ、何とかしなけ
ればならないという焦りが、カミーユを突き動かしているだけに過ぎない。
 その焦りを楽しんでいるかのようなシロッコの嘲笑が、カミーユには悔しくて仕方なかった。

 
 

 時間は交錯し、一方のレコアとエリカ。セイバーの機動力もあって、無事に廃棄コロニーの付近にまで
接近に成功していた。道中、片手で数えられる程度の交戦はしたが、特に梃子摺るような事は無く、今は
異様な光景の前に息を飲んでいるところだ。
 間近で見るコロニーは、やはり威圧感がある。それはプラントのような特殊な形ではなく、レコアも知って
いるごく一般的な円筒形のコロニーだったが、その巨大さは流石に圧倒的だった。そこに人が数百万単位
で暮らせる施設だけあり、巨人型のセイバーですらノミのようなものであった。万が一これを潰せというよう
な指令があれば、コロニー・レーザーのような決戦兵器でも持ち出さない限り、不可能だろう。

 

「見た感じでは、見事にスクラップ・コロニーのようね」

 

 エリカは相変わらず仕事熱心。コロニーの大きさも、彼女にとってはただの数字で表せるだけのもので
しかないのだろう。圧倒的な存在感にすら、微塵も感心を示さないように見える。
 レコアは、改めて冷静にコロニーを見た。確かにエリカの言うとおり、唯の廃棄コロニーのようである。解
体の途中だったのか、両端は見事にくり貫かれていて、まるで巨大なトイレット・ペーパーの芯であった。

 

「こんなのを守る……連合の感性は、理解できないわね」

 

 レコアには、何の変哲も無い廃棄コロニーに見えた。こうして現物を見てみれば分かるが、これはどう
見てもハッキリとゴミだと分かる。こんなものを守るために、連合軍は防衛部隊を置いていたのだろうか。
ともすれば、このコロニーはダミーで、もう一方が本命だったのかもしれないという懸念さえ湧いてくる。
 いや、寧ろその方が自然だ――そう考えるレコアだったが、先程から解析を続けているエリカの目はまる
で違うものを見ているかのように鋭かった。その作業が進んでいくにつれ、次第に険しい顔つきに変わって
くる。見た目では分からない何かが判明したのだろうか。

 

「どうです? ゴミである以外に何かありそうですか?」

 

 怪訝そうに尋ねるレコアに対し、少し待って、と一言返すとエリカは一心不乱にパソコンのキーをひたすら
叩いていた。何を入力しているのかは、レコアには分からない。単純に専門外だからというわけではなく、
エリカの指使いが驚くほど早く、モニターに次々と表示される文字も、レコアには読み取れないほどだった
のだ。果たして、エリカにも分かっているのかどうか――しかし、エリカの眼球は全てを見通すかのように
運動し、その表情には一切の焦りは無い。彼女は、全て把握しているのだ。
 やがてリズミカルにキーを叩いていた指が止まると、徐にエリカは顔を上げた。そしてキョロキョロと顔を
振ると、肩口から顔を覗かせてきた。レコアは顎を少し上げ、視線を上に向ける。

 

「シモンズ博士?」
「確かめたい事がるわ。セイバーをコロニーの中に入れて」
「あ、はい」

 

 何か、気になることでもあったのだろうか。エリカが解析を続けている間にレコアは廃棄コロニーを一周
グルっと廻ってみたが、特に注目すべき点は見当たらなかったように思えた。やはり、コンピューターで
なければ分からない秘密でもあるのだろうか。
 レコアは、簡単に返事をすると廃棄コロニーの内側へとセイバーを侵入させた。

 

 コロニーの内側に、最早、人が暮らしていた形跡は残されていない。目に入ってくるのは、無機質な鉄板
の合わせ目と、僅かに明滅する赤いランプの光。360度を見渡せるように、クルクルと緩やかに回転しなが
ら進んで行くも、敵MSの追いかけてくる気配は感じられなかった。
 謎過ぎる――ここまで静かだと、逆に何かあると疑ってしまうのは、エリカでなくともそうだ。レコアにも、こ
の廃棄コロニーの不自然さがようやく分かってくる。これは、一体何なのだろうか。自然と、自分も注意深く
廃棄コロニーの様子を覗うようになっていた。

 

「月の方角はこっちだから――だとすると曲げられたビームが出口から向かう先は――」

 

 難しい顔をして、エリカは何やらブツブツと呟き始めた。何度もパソコンのモニターとコロニーの出入り口
を確認し、何かを計算しているようだ。レコアがシート越しに身体を捻ってエリカに振り向くと、彼女は更にも
う一台のノート型パソコンを取り出し、それまで使っていたパソコンを手放してコックピットの中に浮かせた。
レコアがそれを手に取りモニターを覗き込んでみたが、そこには宇宙図が表示されていて、細かい文字や
数字が所狭しと躍り出ていて、とてもではないが彼女には理解できない代物であった。

 

「それでこのコロニー、何かがあるとは分かりますけど何があるって言うんです?」

 

 そろそろ、エリカの意見が聞きたい。手にしたパソコンの画面は見なかったことにして、レコアはセイバー
を制止させ、エリカに訊ねた。少し間をおいて、エリカは一旦指を止めると、レコアに振り向く。

 

「あなたは、ここ以外にも同じ様な廃棄コロニーが存在しているのは知っていて?」
「えぇ、それは知っていますけど――」
「ザフトの諜報部のデータを拝借して、各コロニーの向きを表示したのが、今あなたが手にしていたものよ」

 

 ばれない様にしたつもりだが、しっかりと見られていたようで、レコアは少し恥ずかしい。しかし、それもお
構い無しとばかりにエリカが浮遊するパソコンを手にとって、そのモニターをレコアに見せた。そこに描かれ
た宇宙図には、それぞれ4基のコロニーと月、そしてプラントが表示されていた。

 

「これが、どうかしたんですか?」
「説明します。先ずは、あっちに向かってビームか何かを撃ってみて」

 

 エリカが指差した先は、ぽっかりと空いた円筒の口の部分。何のことかは分からないが、レコアは取り
敢えず言われるままにビームライフルを一発、撃った。

 

「えっ!?」

 

 レコアが見たビームの軌跡は、真っ直ぐに進まずに途中で急に曲がった。まるで、光が屈折するように
ビームの軌跡が曲がったのである。驚きに目を丸くするレコアは、即座にエリカに視線を戻した。

 

「やはり、この反応はゲシュマイディッヒ・パンツァー……」
「げしゅま……何です?」

 

 口元を覆い隠すように顎に手を当てるエリカ。ゲシュマイディッヒ・パンツァーが何の事やら分からないレ
コアは、エリカの口にした名詞と思われる単語のややこしさに、問い返す。エリカは頷くと、顎に当てていた
手をパソコンのキーボードに戻した。

 

「ゲシュマイディッヒ・パンツァー。簡単に言えば、ビームの屈折装置みたいなものよ。普通は、連合のフォ
ビドゥンのようなMSに搭載されているバリアの様なものなんですけどね。それをこんな巨大なコロニーに使
うなんて――」

 

 深刻な顔をしてキーを叩くエリカが、レコアにはいまいち良く分からない。小首を傾げて再度エリカに視線
を向ける。

 

「だとして、それが何だって言うんです?」
「先程の続きよ。もう一度、これを見てちょうだい」

 

 再びレコアにパソコンのモニターを見せてくるエリカ。レコアは、画面に注目する。

 

「これは、各コロニーと月、そしてプラントの位置を簡単に表したものなんだけど、コロニーの向きが問題
なのよ。このコロニーはプラントに一番近い場所にあるんだけど、先程のゲシュマイディッヒ・パンツァーの
曲がり具合と廃棄コロニーの角度を計算すると、ちょうど月とプラントを結ぶコースが出来るの」
「本当だ」

 

 エリカがシミュレーター・プログラムを起動させると、それまで平面だった宇宙図が立体的に描画され、月
と各廃棄コロニー、それとプラントを線で結んだ。レコアはまだ要領を得ていないながらも、エリカの説明に
一度は頷く。

 

「でも、これは? ここと並行するコロニーは、コースから外れているわ」

 

 しかし、良く見ると月とプラントを結んでいる廃棄コロニーは、ここを含めて3つだけである。つまり、ここと
並行するコロニーが1つ浮いているのである。何故1つ余っているのか、レコアは素人考えながら単純に疑
問に思った。
 エリカもそこは気になっているのだろう。レコアの疑問は尤もで、指摘されて首を捻った。

 

「スペア、と考えるしかないわね」
「そんな単純で、いいの?」

 

 それまで論理的に展開していたエリカの、らしくない台詞を聞いて、レコアは急に不安になった。エリカ自
身も、今の台詞が如何に科学者として軽率な発言であったかを分かっているらしく、そのレコアの疑問視か
ら逃れるように顔を伏せた。

 

「……悔しいけど、そう推測するしかないのよ。手遅れになる前に手を打たない限りはね」
「手遅れに――って……」

 

 レコアにも、薄々とエリカの言わんとしている事が見えてくる。エリカは一つ溜息をついて間を開けると、
月の詳細地図を表示し、ある一点にマーカーを表示させた。そこに記されているのは、“ダイダロス”という
名前。

 

「私の推論を述べるわ。ジブリールは月からプラントを直接狙い撃つ何らかの決戦兵器を所有していると思
われます。それが、多分ダイダロスにある。今プラントに攻撃を仕掛けている連合軍の艦隊は、もしかした
らザフトの目を逸らす為の囮なのかもしれない」
「まさか、コロニー大のビーム攻撃を行おうって腹積もりなの、連合は? じゃあ、このままだとプラントは――」
「直撃を受ければ、コロニーの5つや6つ、訳が無いでしょうね」

 

 可能性の話だが、廃棄コロニーを丸々ゲシュマイディッヒ・パンツァーとして使用する程の大掛かりな兵器
ならば、その威力も並ではないはず。それこそ、エリカの言うような破壊力を秘めた強力な武器なのだろ
う。エリカの話は大袈裟ではなく、深い現実味を帯びている。
 ようやく事の深刻さを理解したレコア。表情に焦りの色が浮かぶ。

 

「何か、手立ては無いんですか?」

 

 レコアが訊ねる。エリカは少し思案顔で、しかし無策と言うわけでは無さそうだった。

 

「あるにはあるけど……でも、理論上での話よ」
「そんなに難しいんですか?」
「とてもシンプルでイージーな問題よ。でも、それが出来るかどうかは五分五分」

 

 インテリといった人種は、いくらか面倒くさい言い回しを好む。本人に意識があるのか無いのかは分から
ないが、聞いている方は得てしてまどろっこしく思えてしまうのは仕方の無い事だった。
 少しヤキモキする気持ちを心の奥にしまいこんで、レコアはエリカに回答を求める。

 

「言ってください。出来る事なら、何でもしますから」
「このコロニーの角度を変えればいいのよ。そうすれば、プラントとダイダロスを結ぶコースは分断される」

 

 シンプルでイージーとは、良く言えたものである。そんな大それた作戦が、そう易々と出来るのならこの
世の中はもっと便利になっていただろう。無茶や空想を実現させるのが科学者のやることだが、状況が
それを許してくれるかどうかはまた別問題である。レコアは呆れたように操縦桿を握り、セイバーを機動さ
せた。

 

「また、随分と大雑把な作戦を立案をしてくれますね。そのゲシュマイディッヒ・パンツァーとかいうのを破壊
するだけでは駄目なのですか?」
「コロニーの詳細をつぶさに解析していられるほどの時間が残されているとは思えないわ。ここは、力押し
で何とかしなければ、手遅れになった時に目も当てられないもの」

 

 流れる景色。レコアはそう言いながらも、セイバーでゲシュマイディッヒ・パンツァーの破壊は不可能だと
理解しており、言葉とは裏腹にセイバーを廃棄コロニーから離脱させていた。エリカが後ろの座席からレコ
アのシートに掴まり、見下ろしている。

 

「了解。じゃあ、アークエンジェルでも使いましょうか」
「クサナギもね」

 

 言葉を交わしている間にも、レコアはセイバーをアークエンジェルへと向けた。エリカの言う作戦、廃棄
コロニーの角度を変えるためには、勿論ローエングリンが必要になってくる。アークエンジェルだけで足りる
のか、という疑問もあるが、その可能性に賭けて見るしか方策は無いのが現実であった。

 
 

 その頃のダイダロス基地では、指令本部でジブリールがシートに腰掛けて笑みを浮かべていた。彼が
来るプラントとの決戦に備えて用意していた反射衛星砲“レクイエム”。廃棄コロニーのゲシュマイディッヒ・
パンツァーでビームを屈折させる事により、自由自在に着弾点を操作できる。レクイエムが発射されれば、
プラントのコロニー群はそれでお終い。まさに、一撃必殺の兵器だった。
 主力であるザフトは、レクイエムの存在に気付かず、愚かにも核兵器で迷彩を施した侵攻艦隊の相手に
躍起になってしまっている。オーブの残党軍が廃棄コロニー付近に出現したようだが、それもシロッコが押
さえている状態だ。ジブリールにとって、邪魔となる存在は既に存在しないかに思えた。
 しかし、彼はまだ気付いていなかった。彼の周りに敵が存在しなくなった時、新たなる敵は身内から顔を
覗かせるという事を――

 

「レクイエムの発射は、予定通りに行えるのだな?」
「ハッ、あと半刻ほどお待ちいただければ」
「フッフ……楽しみだな」

 

 アーム・レストに肘を乗せ、頬杖を突くジブリールは恍惚に表情を歪め、レクイエム発射の瞬間を心待ち
にする。しかし数十分後、彼の表情は激憤に彩られた悪鬼羅刹の如き形相へと変化を見せることになる。

 
 

 レコアのセイバーと入れ違いになるように、カミーユは廃棄コロニーへと逃げ込んできた。シロッコのプ
レッシャーを肌で感じ、慎重に物陰に機体を滑り込ませる。
 影に身を潜ませ、ようやく一息つける。カミーユはヘルメットを脱ぎ去り、首元を緩めて大きく深呼吸した。
まるで、今まで深海に潜っていたかのような感覚。タイタニアの猛攻とシロッコの押し潰す様なプレッシャー
に、カミーユは精神的にも肉体的にも疲労感を感じていた。

 

 まさか、相手もビーム・コンフューズを使ってくるとは思わなかった。これは、完全にカミーユの失念であ
る。良く考えてみれば、ビーム・コンフューズとはビームサーベルのビーム刃にメガ粒子砲を干渉させるだ
けの、意外とシンプルな攻撃なのである。見た目こそカマイタチが無差別に舞い散る様は派手だが、実際
はそれだけのことだった。だとすれば、敵だってそれを利用して同じ事をすることが出来るのは道理。
シロッコがそこを狙ってくることは、余りにも当然な事だったのかもしれない。
 シロッコは、強い力を持つニュータイプだ。そのプレッシャーがオールドタイプである人間にさえ感じられる
ほどに。しかし、彼の思想や考え方といったものは、ニュータイプの本質とはまるで正反対に位置するものだと
カミーユは感じていた。
 ニュータイプの本質は、カツとサラが見せてくれたような抱擁的なものであるはずだ。シロッコはそれを引
き裂くような感性しか持っていない。本当にニュータイプというものを理解しているならば、彼等の仲を引き
裂こうなどとは思えないはずなのだ。

 

 そして、それに傾倒してカツを拒絶したサラもまた、不幸を背負っていく身となるようにカミーユには見えて
いた。どうして、カツを拒むような事しか出来なかったのか――その理由には、シロッコの存在といったもの
があるはずだ。間逆の性質を持つカツとシロッコだからこそ、サラの気持ちに矛盾が生まれ、単純な格付
けだけでシロッコを選んでしまった。それは、カツと正面からぶつかり合う機会が殆ど無かったサラの最大
の不幸でもある。

 

 全てがシロッコに翻弄されているようにカミーユには思えた。このしがらみを打ち払うためには、シロッコ
の浄化を行うしかない。しかし、たった一人で立ち向かえるのかという不安があった。

 

「は――ッ!」

 

 プレッシャーが迫ってくる空気を感じた。振り向けば、ビームソードを振りかぶって襲い掛かってくるタイタ
ニア。まるで透視能力を持っているのでは無いかと疑うほどに、シロッコは正確にカミーユの居場所を特定
してみせた。そういう、ニュータイプの超能力的な部分に関しては、シロッコは恐ろしいまでの鋭さを見せる。
 タイタニアの振りかぶったビームソードは虚空を切り、Ζガンダムは間一髪で逃れられた。廃棄コロニー
の内壁を背に、なぞるように機動して背後からタイタニアにシールド裏のミサイルを発射する。煙を噴いて
襲い掛かるミサイルは、しかしタイタニアのデュアル・ビームガンによって容易く撃ち落されてしまった。
 まるで隙が見当たらない。白亜のMSは宇宙空間では輝いているような存在感を示し、誰も寄せ付けない
強い斥力を働かせているように思える。それを象徴しているかのような無線誘導兵器の存在だが、カミー
ユは気付いてしまった。
 何かを確かめたくて、ビームサーベルを握らせる。デュアル・ビームガンで牽制を掛けながらビームソード
をかざして突っ込んでくるタイタニア。簡単に間合いを詰めさせないように適度にバルカンで攻撃し、タイタ
ニアの変化に注意を配る。タイタニアのビームソードが空振りし、更にΖガンダムに追撃を掛けてきた時、
カミーユは確信した。

 

「ビットを使わないのは、このコロニーを傷つけたくない理由が奴にあるからだ。――そうだろう、シロッコ!」

 

 逆水平に薙ぎ払われるΖガンダムのビームサーベルを、タイタニアの3本のビーム刃がシールドのように
模って防いだ。接触する瞬間を見計らって、カミーユの確信に満ちた声がシロッコを“口撃”する。
 確かに、廃棄コロニーに戦場を移してから、タイタニアは最大の特徴でもあるファンネルを使わなくなっ
た。相手に背後を取らせないようにコロニーの内壁を背にしていたカミーユは、余りにも慎重に接近戦を仕
掛けてこようとするタイタニアの不可解さに気付き、その理由が廃棄コロニーにある事を看破した。ファンネ
ルの制御にいくら長けていても、廃棄コロニーの内壁を背にして逃げるΖガンダムだけを正確に狙う事は
不可能に近かったからだ。
 苦々しげに眉を顰めるシロッコ。しかし、口元に湛えた笑みだけは消える事は無かった。

 

『フッ、偶然しては出来すぎだと思うが――しかし、前の世界での様な偶然は期待しないことだ』
「偶然かどうかッ!」
『試してみればいい。一方的な力の差というものを、見せ付けてやる』

 

 シロッコの性格を考えれば、リスクを背負ってまでファンネルを使おうとは思わないだろう。それでなくと
も、タイタニアの基本性能だけでΖガンダムを凌駕する事が出来ると思い上がってくれているならば、カ
ミーユにも勝機は残されているはずである。
 ただ、シロッコの台詞がただの強がりであるとは思えなかった。ファンネルを封じたことで勝利へのモチ
ベーションは上げられたが、些かも動揺を見せないシロッコの余裕に、何故かカミーユの方が焦らされてい
た。展開は有利に傾きかけているはずなのに、背筋を凍らせるような悪寒と冷や汗が止まらない。しかし、
カミーユはそういった不安を打ち消すように自らに発破を掛け、タイタニアを睨み付けた。

 

「そうやって人を見下して馬鹿にする!」
『奇跡は2度も起きんよ。その程度のMSが、ファンネルを封じたくらいで、このタイタニアと互角に渡り合える
などと思うなよ!』

 

 Ζガンダムが袈裟切りを繰り出すと、目の前から消えるようにしてタイタニアが飛翔した。その加速たる
や、並ではない。一瞬だけカミーユが目に出来たのは、タイタニアのフロント・スカート・アーマーから大量の
白光が噴出されている瞬間だけだった。そのタイタニア影を追いかけて顔を上に向けた時、タイタニアは既
に次の攻撃態勢に入っていた。

 

 まるで、白い弾丸が襲ってくるようだ。肩部のサブ・マニピュレーターがビームサーベルを交差させ、視界
が霞むような加速で突撃してくる。握る手に篭る熱を気に掛ける余裕も無く、カミーユは辛うじて身を低くさ
せることで回避を試みたが、上方に伸びたロング・テール・バーニア・スタビライザーが切り飛ばされた。Ζ
ガンダムの機動力と運動性能の根幹を成すそれを損傷した事で、一気に苦しくなる。

 

「クッ――!」

 

 タイタニアの背後に回りこむような位置になる。バルカンで攻撃するも、堅牢なガンダリウム・ボディを貫く
事は出来ない。カミーユは舌打ちし、廃棄コロニーの内壁を蹴った反動を利用して間合いを開いた。その
衝撃で捲れ上がる鉄板と飛び散る破片。タイタニアは意に介す様子も無く反転して、更に攻勢を強める。
 機体の性能の差か、はたまたパイロットとしての技術の差か。カミーユとΖガンダムは絶望的なまでに追い
込まれ、タイタニアとシロッコのコンビに先程の言葉どおりの実力の違いをまざまざと見せ付けられてい
た。抵抗するカミーユが放ったグレネードも、一笑に付されるようにしてあっさりと切り払われる。その爆煙
が切り裂かれると、その向こうから姿を現したタイタニアに蹴りを入れられ、背中から内壁へと押し付けら
れた。コックピットのカミーユは衝撃で首を前後に激しく揺さぶられ、苦悶に呻き声を上げる。その上へ、間
髪を入れずに圧し掛かるように降り立つタイタニア。デュアル・ビームガンの砲口をコックピットに向けら
れ、カミーユは息を飲み込んだ。
 タイタニアのモノアイが、不気味に瞬く。それはシロッコの怨念なのか、敗れるはずが無い相手に負けた
事に対する陳腐な復讐心といったものとは違う。彼の志が正反対のニュータイプであるカミーユに半ばにさ
れたことへの恨みなのだろうか。それはほの暗く、たった一人の傲慢が全てを支配しようかという深い執念
のようにも感じられた。

 

『ここまでだな。いくら強い力を持っていても、感情をコントロールできんような子供には、MSを動かす事は
できても世の流れを洞察する事などできん』

 

 機体のフレームが軋んでいる音が聞こえてきそうな錯覚を覚えるほどにタイタニアの圧迫感は強烈で
あった。目の前のデュアル・ビームガンの砲口が、今にもビームを吐き出しそうに煌々と光を湛えている。
挑発するようなシロッコのせせら笑いを聞きながら、この危機を抜け出せる手立てが無いものかと、目を白
黒させるカミーユ。

 

「――かと言って、お前にできる事でもない!」

 

 自らを奮い立たせようと、必死に声を振り絞る。しかし、そんなカミーユの焦りがシロッコに伝わってしまっ
ているのか、何とか抵抗して見せた一言にも鼻で笑われて返された。

 

『それはどうかな? 普通の人間にできない事をするのが、天才だ』
「それが――」
『秩序が、必要になる。ならば、人の心もコントロールして見せなければならないと考えるのが、私の使命だ』

 

 自らを天才と称するシロッコ。その根拠がただの傲慢にしか聞こえないから、カミーユは反発を示す。人
を駒や道具のように扱おうとする語り口が、カミーユに歯軋りをさせた。とても人類の明日を憂えているよう
な思想だとは思えなかった。

 

「人の心も判ろうとしない男が! お前のやっていることは、人を道具にして弄んでいるだけだろう! そん
な男が教導を口にするなどと!」
『俗物め。愚民共を天才の手によって導けなければ、真に安定した世界の構築など出来よう筈もない。個
人の感情など、世界のバランスを崩すだけの不純物でしかないのだよ』
「違う!」

 

 歯を食いしばり、操縦桿を握る手に力を込める。Ζガンダムが蹴り上げた脚がタイタニアのデュアル・
ビームガンを弾き、一瞬タイタニアが怯んだ隙を突いて、カミーユはΖガンダムを壁際から離脱させた。

 

「カツとサラが見せてくれたモノが、本当に人類の明日に必要なモノだって――」

 

 Ζガンダムの輪郭が、歪む。その姿はオーラを纏ったように宇宙空間に揺らぎを発生させ、胸を張って
威風堂々の佇まいを見せるΖガンダムの姿を大きく見せた。そして、陽炎のように揺れているオーラがや
がて燃え上がるようなハッキリとした紅い光になった。シロッコはかつて、その幻のような光景を目にした事
がある。
 カミーユにとって、カツとサラの交感は大切な事だった。それに対してシロッコは、2人を引き裂くような事
しかしなかった。だからこそ、そんなシロッコの思想はカミーユの中で憎しみを抱くまでに反感となる。

 

「分かれ! 一握りの人間が支配する世界がもたらすのは安定じゃない、偏重だ! お前のその独り善が
りは、権力主義に凝り固まった、地球の重力に魂を引かれた人間のする事と同じだろう!」
『私が俗物どもと同じだと? ――ほざくか!』
「自分だけを高いところに置こうとする偏執に気付きもしないで! 人の心の大切さも分からないお前に、
何を導けるって言うんだ!」

 

 カミーユの感情が、力になる。解放される力はバイオ・センサーを通し、強烈なプレッシャーとなった。Ζ
ガンダムが内から出でるエネルギーを放出するように腕を伸ばすと、いよいよ以って光を増す。迸る光が
拡散し、タイタニアを飲み込まんとせんばかりに包み込んだ。
 シロッコは怒れるカミーユのプレッシャーをその身に受け、指先が痺れるような感覚を抱く。その感覚が、
ジ・Oが動かなくなるという悪夢を呼び覚まし、シロッコの揺るぎない精神に僅かな歪みを生じさせた。

 

「これは、あの時と同じか? ――しかし!」

 

 コントロール・レバーを握る手に、じっとりと汗が滲む。異様なプレッシャーを受け、自分が狼狽している
事に気付いて、まさかと思う。ただ、それでもシロッコの強靭な精神力は辛うじてカミーユの精神の侵入を
拒み、ジ・Oの時のような制御不能状態へは陥らずに済んでいた。
 やはり、カミーユは危険な相手だ。俗な精神を持っていても、そのニュータイプ能力といったものは驚嘆に
値する。特に優れた能力を持つシロッコだからこそ、カミーユの危険性は手に取るように分かる。

 

《その、傲慢さと共に消えろ、シロッコ!》

 

 通信回線を介した声ではない。幻聴と聞き違えるような不思議な感覚である。ゆめまぼろしではないこと
を辛うじて意識しながらも、シロッコはまやかしに挫けない自分の精神力といったものに感心した。
 Ζガンダムが、ビームサーベルを片手に突撃してくる。その動きは、ロング・テール・バーニア・スタビライ
ザーを失っているとは思えないものだった。振り下ろされるビームサーベルは、若干の出力アップを果たし
ているのだろうか。交錯するタイタニアのビームソードが、Ζガンダムの細いビームサーベルに対して力負
けしているようにも見える。

 

「ソードが歪む!? ΖのオーラがIフィールドに干渉しようとは!」

 

 凄まじいプレッシャーをその身に受け、シロッコは信じられないパワーを発揮するΖガンダムに対して瞳
を見開いた。妖しげに光を放つシロッコの双眸も、Ζガンダムの不可解なオーラのような光の前では妖艶
さを失う。まるで全身を巨大な手に鷲掴みにされているような圧迫感を受け、シロッコの腕が震えた。
 Ζガンダムの瞳となるデュアル・アイが瞬く。それを切欠としたように、益々ビームサーベルの刀身が太く
なった。それは出力を強化してあるタイタニアのビームソードの太さを上回り、長さ自体も伸び始めている
かに見える。常識では考えられないスペック以上の力を発揮するΖガンダムに、流石のシロッコも焦りを感
じた。

 

「――だが!」

 

 人間は、未知なるモノに対して畏怖を抱く。怖れを抱く反面で、興味を持つ事もある。その探究心が働い
たからこそ、シロッコは冷静にカミーユの思惟を感じることができたのかもしれない。激しく呼吸を乱すよう
な感情の流れが、シロッコに伝わってくる。それが、明らかに無理をしていると読み取れた。Ζガンダムの
パワー・アップは、謂わば諸刃の剣。カミーユの精神を多大に磨り減らす、自壊覚悟の行為であるとシロッ
コは確信を持った。
 しかし、それが分かったところでパワーを増したΖガンダムをどうこう出来るという訳ではない。カミーユの
精神力が尽きるまでは、一時的にタイタニアのパワーすら上回る。先程とは打って変わって、今度はタイタ
ニアが内壁に押し込まれる形になる。ビームサーベルとビームソードの干渉によって迸るスパークがシロッ
コの目を細めさせた。
 明らかに格下のΖガンダムに苦戦している状態に、シロッコは鼻で笑って自らの無様を自嘲する。何とか
気張ってビームサーベルを弾こうにも、まるで強固な石像のようにΖガンダムはビクともしなかった。シロッ
コのこめかみから汗が流れ、頬を伝う。

 

「このままでは、ここをレクイエムの光が通過する……! 少し早いが、仕方あるまい」

 

 これまで封印していたファンネルを、遂に展開させる。タイタニアの肩部から放出されたファンネルは機敏
に動き、あっという間にΖガンダムの周囲を取り囲んでしまった。
 カミーユの視界の端に、狙いを定めるファンネルの砲口が見える。突然の事に、目を丸くして思わず張り
詰めていた気を弛緩させてしまう。

 

「何ッ!?」

 

 ファンネルは使えないはずではなかったのか――高を括っていたカミーユは、突然のシロッコの行為に
驚きを隠せなかった。いくら押さえられているとはいえ、壁際でファンネルを使えば間違いなく廃棄コロニー
に傷が付く。そんな事をすれば、それこそ彼の面目は丸潰れのはず。権力を欲しがっているシロッコのや
る事とは、到底思えない。
 一瞬、ほんの一瞬の気の緩みであったが、シロッコはそのカミーユの隙を見逃さない。ファンネルを脅威
と感じてくれていたお陰で、その瞬間だけΖガンダムの気勢が削がれた。タイタニアがバーニア・スラスター
を全開にしてΖガンダムを押し返すと、シロッコは時間を気にして一目散に廃棄コロニーの出口へと機動
させた。
 一瞬の隙を突かれ、むざむざとタイタニアを逃がしてしまったカミーユ。その追撃を阻止せんとファンネル
がビームを浴びせてくる。それをシールドで弾いて、再びタイタニアに目標を定めてバーニア・スラスターを
噴かした。
 その追撃してくるΖガンダムを、舌打ちがてら見やるシロッコ。苛立ちは、固執するカミーユと一向に動き
を見せないオーブ艦隊に向けられていた。

 

「アークエンジェルはまだ気付かんのか? こんな単純な仕掛けにも気付けないとは――」

 

 早くしなければ、レクイエムが発射されてしまう。シロッコが業を煮やしかけていた時、廃棄コロニーを大
きな衝撃が襲った。下に潜り込むように追いかけてくるΖガンダムにデュアル・ビームガンで牽制を掛ける
と、シロッコは衝撃の起こった方向に目を向けた。

 

「始まったか!」

 

 衝撃の元に視線を向けると、そこには僅かな残光が廃棄コロニーの破片とともに散っていた。考えられる
可能性は、アークエンジェルのローエングリン。ようやく、廃棄コロニーの角度を変えるために動き出したよ
うだ。
 それならば、最早カミーユにかまけて遊んでいる場合ではない。ホンネを言えばここでカミーユを葬って
おきたかったが、シロッコにとって優先すべき課題は他にある。ファンネルを呼び戻して肩部に収容する
と、タイタニアを後退させた。
 ファンネルの軌跡が、タイタニアに吸い込まれるようにして消えていく。カミーユは我が目を疑い、シロッコ
の後退を怪訝に思う。自信家の彼が、この程度の事で尻尾を巻くことなどあり得ない。何か裏があると考え
るのが筋だが、今のカミーユはそれを考える余裕が無かった。
 打倒シロッコ。それだけを反芻し、廃棄コロニーを出ようとしているタイタニアの背を睨みつける。

 

「逃がすか!」
『小僧が! しつこい!』

 

 追撃を掛けるΖガンダム。タイタニアのデュアル・ビームガンの砲口の動きをトレースし、シロッコの狙い
を読んで先に回避準備をしておく事で反応の鈍さを補う。しかし、シロッコはカミーユの読みの更に上を行
き、Ζガンダムが動きを見せるまで決してトリガーを引かない。秒針が時を一つ刻むような僅かな時間で
あったが、互いの我慢比べであった。
 先に堪えきれなくなったのは、カミーユ。微かに噴出するアポジ・モーターの白光を見逃さず、シロッコは
照準に僅かな修正を加えてデュアル・ビームガンを発射した。砲口から伸びる黄金の軌跡がΖガンダムに
襲い掛かり、回避運動を行っていたその背を掠め、フライングアーマーのバーニアが損傷を受けて小破す
る。しかし、コントロール・レバーを握るカミーユの瞳は見開いたまま、敵を見据えていた。
 Ζガンダムはいよいよ機体のスペックを越え始めて、最早受けたダメージすら問題にしていないかのよう
に見られた。その姿は異常で、確かにダメージは通っている筈なのだとシロッコは狼狽を見せた。
 Ζガンダムのコックピットの中にも、当然、損傷を告げるアラートは鳴り響いていた。しかし、カミーユの耳
にその音は届かない。無我夢中で追い縋り、Ζガンダムのビームサーベルが、タイタニアのビームソードと
再び接触して激しい光を放つ。

 

「人の可能性をエゴで押し潰そうとするキサマは――」
『かしこぶる愚民は、己の力を過信して狡猾になるだけだ!』
「勝手に決めるなぁッ!」

 

 くわっと見開く瞳。身を前に乗り出して、激昂する。内側にあるシロッコに対する義憤の感情を吐き出す
ように、カミーユは全ての精神力を解き放とうとしていた。理性を繋ぎとめている繊維の糸が、プチプチと
音を立てて切れていく。激情に我を失い、自分がキレかけている事にも気付けない。カミーユはシロッコを
許せなかった。

 

「はあああぁぁぁぁッ!」
《あなたは――》

 

 輝きを増すビームサーベル。タイタニアのビームソードに同化する様に食い込んでいき、やがて貫通する
かに思われた。しかしその時、カミーユの意識の中に聞こえてくる声があった。それは酷く懐かしく、魂を揺
さぶるような――

 

《もっと他人を大切に出来るはず、カミーユ=ビダン》

 

 心の奥底から聞こえてきた声に、カミーユはハッとした。短い、それでいて一瞬のお告げ。しかし、それは
カミーユに正気を取り戻させるのには十分だった。なぜなら、その声の言わんとしている事はカミーユには
瞬時に理解できるからだ。
 Ζガンダムのビームサーベルがタイタニアのビームサーベルを貫通して、肩口から左腕を切り飛ばす。
その瞬間にΖガンダムのオーラが消失し、反撃で放ったデュアル・ビームガンの一撃がΖガンダムのビー
ムサーベルを保持するマニピュレーターを破壊した。そして肩で突き飛ばすと即座に反転して廃棄コロニー
の影へと消えていった。

 

『その力、考えられなくは無いが――しかし、ナンセンスだ』

 

 去り際に残したシロッコの呟きは、ノイズが混じっていたせいでハッキリとは聞こえなかった。

 

 気付けば、廃棄コロニーの外。その威容を見れば、丁度ローエングリンの光が廃棄コロニーに着弾する
場面が見えた。あれだけ巨大なエネルギーの奔流も、コロニーの巨大さの前では些細なものである。
 カミーユは、大きく息を吐き出した。それは、磨り減った精神的な疲れを少しでも和らげる為の付け焼刃
的な行為だったのかもしれない。カミーユの精神は、筆舌に尽くしがたい疲労感を覚えていた。

 

「こんな事じゃ駄目だ。このままじゃ、俺は――」

 

 声は、カミーユに見失いかけていた可能性を思い出させてくれた。それを、二度と忘れまいと心に誓う。

 

「ありがとう、フォウ……僕に思い出させてくれて……」

 

 まるで、自分の半身の様だった女性。今はもう戻れない過去に失った彼女に対して、カミーユはポツリと
感謝の言葉を述べた。

 
 

 ギャプランとメッサーラ――機体の性能に大きな差異は見受けられない。しかし、明らかにサラのメッ
サーラの方が劣勢に立たされていた。操縦しているパイロットの差だとは、思いたくない。サラとて、ニュー
タイプのパイロット候補生として訓練を受けた身である。エリート組織で戦果を期待されたサラにも、MSパ
イロットとして優秀であるという自負や誇りといったものはあった。そして、それを捧げるシロッコの為には、
ここで強化人間風情に負けるわけには行かない。

 

「このッ!」

 

 メッサーラのメガ粒子砲が、短いスパンでギャプランに注がれた。狙われたギャプランであったが、軽や
かに旋回してサラを嘲笑うように砲撃をすり抜けると、MAからMSに変化してビームサーベルを振りかざし
た。縦に横にと振るわれるビームサーベル。光の刃の残光が滑らかなラインを描き、サラを圧倒するような
プレッシャーを与えた。
 ビームサーベルを振るギャプランと後退しながら避けるメッサーラ。まるでワルツを踊っているように2機
がもつれ合うバーニア・スラスターの光が、宇宙に流れ星の如く煌いていた。
 次々と繰り出されるギャプランの斬撃。一瞬の隙を突いてメッサーラのメガ粒子砲を撃つが、ギャプラン
は凄まじい反応速度でそれをかわす、かわす。逆に内臓型ビームライフルで牽制を仕掛け、メッサーラの
動きを封じようとしてくる。
 メッサーラは、ガイアのビームサーベルによって腕を一本失っている。距離を詰められれば、ギャプラン
の格闘能力に対抗する事はできない。メッサーラのコンテナが開き、牽制するようにミサイルが放たれた。
粉塵の尾を牽いてギャプランに迫るミサイルの一群。

 

「召しませぇッ!」

 

 即座にメッサーラが機動してギャプランの側面に回りこむと、メガ粒子砲の砲撃を加えた。加粒子砲と実
体弾の弾速の差を利用した、時間差による一人十字砲火。しかし、ギャプランは予め決めていたように即
座にMAへと形態を変化させると、狂ったような加速でその場から消えた。虚しく宇宙を切り裂くのは、サラ
が渾身の力を込めて仕掛けたミサイルとメガ粒子砲の光。ギャプランのバーニア・スラスターの軌跡を見せ
付けられ、愕然とさせられた。

 

 強化人間とは、ここまでの戦闘能力を発揮するものなのだろうか。ニュータイプの特性を、戦闘面に絞っ
て付加された強化人間――肉体改造も施されているだけあって、サラが考えているよりも遥かに強靭で、
強い。食いしばる歯に力が込もり、ギリっという鈍い音が鳴った。

 

「ここで少しでも障害となるものは倒しておかなければ、私はパプテマス様に――ッ!」

 

 サラの思惟は開きっぱなしの毛穴のように冴えていた。それは、カツとの交感がもたらした、サラの新た
な境地だったのかもしれない。皮膚が視神経に変わったようにロザミアのプレッシャーを感じ、高速で機動
するギャプランの動きを逐一目で追う。背後に廻られても、即座に振り向く。
 サラは、ニュータイプという以外には取り立てて突出した才能を持っているわけではない。だからこそ、才
能の塊のようなシロッコに憧れるのかもしれないが、しかし、ここに来てサラの感性は鋭い煌きを見せていた。
 ロザミアも、そんなサラの覚醒を肌で感じていた。彼女の場合、頭で理解するというよりも感覚で把握する
といった感じなのだが、とにかくサラのプレッシャーを強く受けていた。それはまるで、全身から触覚を伸ば
しているかのようだ。その触覚は糸が絡みつくようにロザミアを縛り、いくら死角に潜り込もうとしても、何処
かでサラの視線を感じる。メッサーラの全身にサラの目がついているような、そんな感じだった。

 

「あたしの心の中を覗き込むようなこの感じ――気のせい?」

 

 纏わり付く不快感に首を振り、ロザミアはお構い無しにメッサーラの背後からビームサーベルを掲げて
飛び掛った。
 瞬間、サラのエメラルド・グリーンの瞳が光った。機体を反転させれば、迫るギャプランの姿。メッサーラ
のバーニア・スラスターが唸りを上げ、ギャプランの下方向に潜り込んだ。驚かされたのは、ロザミアである。

 

「えっ!?」

 

 ロザミアはメッサーラを見失った。身体を捻って下を見るが、ちょうど死角になっていてメッサーラの姿を
確認する事はできなかった。
 それは、ギャプランの全天モニターに宿命付けられた欠陥。360度見回せるはずの全天周モニターだが、
ギャプランのそれには死角が存在していた。サラはそれを思い出して、ギャプランの死角となる下方向に
潜り込んだ。
 見えないところから攻めてくる事は、ロザミアには分かっている。ギャプランが制動を掛け、下に向きを変
える。しかし、その時には既にメッサーラは肉薄していて、接触は避けられそうに無い。反応して何とか斬
撃を与えようとするも、抱きつかれるようにして組み付かれ、ビームサーベルは虚しく真空を切った。

 

『いくらショート・レンジのビームサーベルでも、近付き過ぎれば!』

 

 組み付いたメッサーラは、そのままギャプランの腹部を蹴り上げ、柔道の巴投げの要領で後方へと投げ
飛ばした。投げ飛ばした先には、岩が浮かんでいる。そこまで考えた上での、サラの作戦だった。
 背中から岩に叩きつけられるギャプラン。衝突の衝撃で全天モニターには“CAUTION”の文字が躍り狂
い、ロザミアは苦悶に目を瞑る。そして、考える間もなくメッサーラが圧し掛かるようにギャプランに突っ込
んできた。

 

「きゃあッ!」

 

 激しく揺さぶられるリニア・シート。背中のバック・パックがシートと繋がっているから転げ落ちるような事は
無いが、激しい揺れにロザミアの頭は前後左右に激しく揺さぶられた。ヘルメットのアタッチメントによって
首が保護されていなければ、間違いなく筋を痛めていただろう。
 メッサーラは尚も、マニピュレーターで殴りつけてくる。がくがくと首を揺らしながら、ロザミアは激しい苛立
ちで歯を食いしばった。

 

「く、首がもげちゃう!」
『も――何? 命乞いなら、相手を間違えている!』
「痛いって――」

 

 ギャプランの腕が伸びる。左のマニピュレーターがメッサーラの引き絞った腕を掴み、カウンターで右スト
レートを顔面に食らわせて突き放した。

 

「言ってんじゃないのさ! ――おまけよ!」

 

 体勢を崩しているメッサーラに対し、追い討ちで加えた蹴りが突き刺さり、今度はメッサーラが別の岩に
衝突した。お返しとばかりに、ギャプランが圧し掛かる。マニピュレーターの指をワキワキとさせ、不敵に微
笑むようにモノアイを瞬かせた。

 

「よくもやってくれたわね! お返ししちゃうんだから!」
『そうやってかしましい声を上げる! こっちはさっきから耳が痛いのよ!』
「失礼な! あんたの声だって、十分うるさいわよ!」
『蓮っ葉の声と一緒にするんじゃない!』

 

 メッサーラがバーニア・スラスターを吹かし、ギャプランを押し返す。負けじとギャプランもバーニア・スラス
ターを全開にし、繰り出されるのはパンチ、キックの応酬。武器があるのを忘れているかのように、2人は
ロボット・プロレスを始めた。
 MSの肉弾戦は、本来ならば繊細なマニピュレーターを酷使するだけの愚行である。しかし、色々言い
たい事のある2人にしてみれば、それは最も都合の良い喧嘩の仕方だった。コントロール・レバーをきつく
握り締めたまま、動物の咆哮のように大きな口を開いてロザミアが怒鳴る。そして、それに負けじとサラも
怒鳴り返す。

 

「聞きなさいな、カツに優しくない女! 好きだって事、分かってるくせにあんたは――」
『ニタ研のニュータイプが気にする事ではない! そういうあなたこそ、カミーユなんかのフェロモンに惑わされて!』
「カミーユはあたしのお兄ちゃんだ! だから、一緒に居るんだ!」
『教えてあげる! カミーユは、敵である私にも色目を使ってくるプレイ・ボーイなのよ。そういう男に纏わり
付くあなたって、とっても汚らわしい。恥をお知りなさい!』
「あんただって、シロッコとかっていう胡散臭い男に腰を振ってるんでしょうが!」
『腰を!? ――下劣なッ!』
「ほら、動揺した! 自分のやましさ、分かってんじゃない!」
『卑猥な表現で私の口を閉ざしておいてぇッ!』
「いやらしいんだ?」
『どっちがよ!』

 

 飛び散る破片、剥がれ落ちた塗装。装甲がへこんだ跡には打撃の強さが垣間見られる。それは飽く事無
く続けられるパンチとキックの応酬。互いに罵声を浴びせる姿は既に、MS同士の戦いでは無くなっていた。
傍目にはマシーンによる取っ組み合いだが、その実は女2人の意地のぶつかり合い。罵り合うその様は、
最早キャット・ファイトでしかなかった。
 果てしなく続くかと思われた格闘戦。どちらかが屈服するか戦闘不能に陥るまで終わりそうに無かった。
しかし、そのもみくちゃの争いを止めるものが何処からか舞い込んでくる。それは降り注がれるビームの
嵐、咄嗟に気付いた2人は一挙に散開する。サラがデブリにマニピュレーターを引っ掛けてメッサーラを制
止させると、今しがたのビーム攻撃はギャプランのみを狙っていた。

 

「この、四散する意識の感じは――ファンネル?」

 

 サラの直感。仰ぎ見れば、タイタニアの姿。ギャプランが彼方に去っていくと、シロッコはファンネルを呼び
戻して収納した。

 

『サラ、私と一緒に帰ってくれるな?』
「は、はい。そりゃあ、勿論です」

 

 タイタニアは片腕を損傷していた。カミーユがやったのだとサラは気付き、接触回線から聞こえてくるシ
ロッコの声に微塵も抵抗を見せなかった。少しサラを気に掛ける素振りが、超人然としたシロッコの人間的
な面を垣間見られた気がして、それがまたサラにとっては“良い”のである。ホッとしたような鼻笑いが聞こ
えてくると、キュッと胸が締め付けられたような思いがした。

 

『なら、後退だ』
「しかし、オーブの残党は――」
『核パルス・エンジンの1つに火を入れてきた。奴らにはステーションの向きを変える役割を演じてもらう必
要があるから、こちらが仕掛けていたのでは、集中できんだろう?』

 

 タイタニアがメッサーラの背を押した。サラは腑に落ちないまでも促されるままに帰途へとつく。

 

「どうして、ステーションの向きを変える必要があるのです? レクイエムが使えるのならば、プラントの首
根っこを押さえたようなものではないですか」
『ザフトに対してだけ使うのなら良いのだがな。ジブリールは、それをコロニーに対して使おうとしているのだ』
「まさか!?」

 

 シロッコの言葉を聞き、サラは驚いて声の調子を上げた。
 基本的にサラは一般市民への被害を嫌う。バスクの考えたグラナダへのコロニー落としとて、それに反
発して、勿論シロッコの為でもあったが、アーガマに密告した経験があった。他にも、フォン・ブラウンシティ
で爆弾テロを仕掛けた事もあったが、結局はカミーユと遭遇して計画が明るみになり、爆弾の処理を最後
まで手伝った。
 それは、サラが個人的に一般人への被害を好ましく思っていなかった証拠であり、彼女が普通の感性を
持った人間である事を示している。グラナダへのコロニー落としにも、涙した事があった。それが、サラの
本来の気質なのである。
 シロッコがサラの声に少しの間を取ると、続けた。

 

『コーディネイターを殲滅したがっているジブリールだからな。しかし、それをやってしまえば、戦後の地球圏
を一つに纏める事などできん。虐殺など、反感を煽るだけでまるで生産的ではない』
「パプテマス様は、コーディネイターも纏めようとしていらっしゃる?」
『後々の世の為である。憎しみといった激しい感情は、対立という不協和音を生むだけのものでしかない。
ジブリールには、それが世界をより深い混沌へと落とし込む事になると分からんのだ』
「おっしゃる通りです。戦争を単なる虐殺ゲームと勘違いするような男の考える事。全く以ってパプテマス様
の思慮深さに及びません」

 

 ジブリールに対する嫌悪感を口にして、シロッコの言葉に同調した。それからチラリと遠目に映る廃棄コ
ロニーの威容を視界に捉える。数多のビームの光が輝いており、オーブ艦隊が必死にステーションの角度
を変えようとしているのが分かる。
 後退を続けるサラの視界の中に、ガーティ・ルーの船体が入ってきた。タイタニアの発光信号が輝くと、
ガーティ・ルーから撤退信号が打上げられた。

 

 遂にシロッコが本気で行動を開始しようとしている――サラは、そんな予感を胸に秘めていた。今はまだ
ジブリールの命令に従っている素振りを見せているが、シロッコが動く為の準備は整いつつある。
 そろそろだろう。シロッコの言う“刻の運”とやらは、着実にその針を進め、決着の時に近付きつつある。
これで、ようやく本当に安定した世界が訪れる事になるのだ。戦乱に塗れた歴史は、パプテマス=シロッコ
という一人の天才の出現で、ようやく平和を取り戻す事ができるのである。
 その世界に、カツは居るのだろうか――ふと、サラはそんな事を考えてしまった。しかし、それも今更であ
る。自分は、カツを拒否してシロッコを選んだのだ。その選択に、迷いなど持ってはいけない。後悔しないた
めに歩む道なのだから。

 

 撤退命令が発令され、次々と帰還するMS。バーニア・スラスターの光が幾つもの筋を放ち、流星を思わ
せる光景を描き出していた。

 
 

 シロッコ艦隊の撤退で、周辺宙域から戦闘の光が消えていく。そんな中でも、アークエンジェルを含む
オーブ艦隊に安息が訪れる事は無い。戦闘が終わっても、それよりももっと大きな仕事が残されているのだ。

 

「ローエングリンのチャージは?」
「発射可能になるまで、あと15秒」

 

 身を乗り出して訊ねてきたラミアスに、チャンドラは至極冷静に応答した。その時、別の陽電子砲の光
が、廃棄コロニーへと伸びていった。

 

「クサナギのローエングリンがコロニーに直撃――貫通しました」

 

 モニターをジッと見つめたまま、サイが報告をする。そんなサイの報告に、ブリッジで腕を組んで佇んで
いるエリカは表情を険しくさせた。

 

「ミリアリア、クサナギに通達。出力の絞り方がなってないって、伝えてちょうだい」
「は、はいっ」
「――ったく、貫通させてちゃ駄目だというのに。チャンドラ、分かってるわね」
「さっきもやったでしょ」

 

 まるでエリカがアークエンジェルの艦長のような振る舞いを見せていた。苛立ちを見せるエリカの機嫌が
ブリッジ内の空気を伝染し、ぴりぴりとしたムードが漂っていた。普段、穏やかで控えめなラミアスが指揮し
ているだけあり、クルー達もどうにもやり辛そうにしているのは気のせいではなかった。
 エリカは確かに苛立っている。それはチャンドラの口答えが気に喰わなかったというのもあるが、本当に
廃棄コロニーの角度を変えさせる事ができるのかという不安が少なからずあったからだ。確かに理論上は
同じ箇所に砲撃を加えることで運動エネルギーを与える事が出来る。しかし、それはじっくりと時間を掛け
た場合の話で、果たしてこの作戦にどれだけの時間が要されるのかは依然として未知数のまま。残された
猶予も分からず、事態を一番把握しているエリカの危機感は、尤もであった。

 

「クサナギの開けた穴を避けて、照射時間はできるだけ長く、且つコロニーを貫通しないように」
「注文の多さなら、ラミアス艦長とどっこいどっこいかな」

 

 エリカの指示に、チャンドラがボソッと呟いた。その緊張感の無い呟きに、ずっと緊張状態のエリカの耳
が反応した。即座にキッと見据える。

 

「無駄口は叩かないで。プラントの命運が掛かっているのよ。ひいてはオーブの命運も掛かっているんだか
ら。真面目にやってもらわなければ困ります!」
「了解!」

 

 厳しい叱責を受け、しかしチャンドラはエリカに顔を向けることはできなかった。振り向けば、鬼の形相を
向けられていることが想像で分かっていたからだ。

 

 そんな時、パイロット・スーツから着替えたレコアがブリッジに入室してきて、すうっとエリカの横に流れて
きた。

 

「按配はどんな感じですか?」
「このタイミングでの敵の不可解な撤退と言い、不安は尽きないわね。状況は芳しくないと言うのが、正直な
ところかしら」

 

 視線も合わせず、腕組みをしたまま佇んでいるエリカ。その険しい横顔を見て、一瞬だけ目を逸らす。
 レコアはエリカの事を自信家であると思っていた。見た目そっくりなムラサメを改造してΖガンダムをでっ
ち上げてしまうような天才肌の彼女なのだから、多少の過信はつきものであると勝手に想像していた。しか
し、エリカの額には脂汗が滲み出し、そんなレコアの人物像とは掛け離れた人間らしい一面が覗いている。
 レコアはエリカの肩に手を置くと、モニターに釘付けになっていたエリカが顔を振り向けた。レコアが慰め
るように頷くと、困惑したように顔を俯ける。
 その時だった。廃棄コロニーを映しているモニターに、閃光が現れた。何事かと一斉にクルーの目がモニ
ターに集中すると、エリカは1人、サイを睨みつけるように視線を投げかけた。

 

「何が起こって!?」

 

 エリカの質問にも応えず、サイの指がけたたましくコンソール・パネルを叩く。カメラが拡大していき、コン
ピューターが静止画で閃光をピック・アップして解析を始めた。それが表示されてから、ようやくサイが振り
返る。

 

「核反応らしき光です。恐らくは核パルス・エンジンの光だとは思いますが――」
「核パルス・エンジンですって?」
「こちらの砲撃先の反対側の裏側から、手前に押し出すようにして運動エネルギーを発生させています。ま
るで、こちらの砲撃と連動しているような――」
「誤作動を起こしてくれた? いえ、それにしては余りにも――」

 

 出来すぎだと感じた。例え核パルス・エンジンが間違って作動してしまったとしても、こんな幸運あり得な
い。誰かの意志によって弄ばれているような気味の悪さを感じ、肌寒さを覚える。

 

「姿勢制御用のため、大きなエンジンでは無さそうですが、こちらの砲撃と合わせれば直ぐにでも予定角の
変更は可能かと思われます」
「そうね……」

 

 あまりに都合が良くて、誰かの掌の上で踊らされているような気がする。エリカは腕を組みなおして、その
気味悪さを払拭するかのようにサッと髪をかき上げた。

 

 アークエンジェルの格納庫では、帰還したカミーユたちパイロットも含め、メカニック・クルー全員が外の様
子を映すモニターに釘付けになっていた。誰が操作したのかは分からないが、ブリッジのやり取りの様子も
ライブで聞こえてくるようになっていた。
 MSデッキでも核パルス・エンジンの光は見えていた。カミーユはその時になって、ようやくシロッコの不可
解な言動の理由が、おぼろげながらに分かったような気がした。

 

『コロニーに運動エネルギーを確認。プラントと月を繋ぐコースの分断に成功しました』

 

 不明瞭さに騒いでいた声が、一気に歓声に変わった。その瞬間、艦全体が安堵の空気に包まれ、それま
で緊張し続けていたクルー達の体から力が抜けていった。
 しかし、その中でカミーユとロザミアだけは緊張感を解いていなかった。

 

「お兄ちゃん……」
「分かってる」

 

 何かが来る――そんな予感が、カミーユの脳に警告を与え続けていた。恐らく、クサナギに帰還したカツ
も同じ様な予感を抱いている事だろう。
 キュッと縋るように袖を掴んでくるロザミアの手を自分の手で包みながら、尚もカミーユはモニターから目
を離さなかった。

 

 それは、廃棄コロニーの角度が変わったほんの数秒後の出来事だった。安堵に沸くオーブ艦隊の目の
前で、強烈な輝きを放つ巨大な光が宇宙を劈いていった。