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《第10話:抜錨、響・特装試作型改式》

Last-modified: 2018-03-07 (水) 21:15:31

キラ・ヤマトがキラ・ヒビキとして若干どもりながら自己紹介したドンチャン騒ぎの食事会と、厳粛な雰囲気で進行した佐世保鎮守府全体会議という二つのイベントをこなして、数時間後。間もなく日が移る頃。

 

「――よし、これで。・・・・・・あぁ、おかえりキラ。こっちは終わったよ」
「うん、ただいま。って言っても、僕ももう部屋に戻るけどさ」

 

あくびをかみ殺しながら仮設宿舎一階の暁型四姉妹の部屋に戻ったキラは、すっかり寝入ってしまった姉妹達とお客さんを布団に寝かせつかせた響に、帰還の言葉を告げた。

 

「祥鳳はなんて?」
「妹がご迷惑かけますって。おぶって階段昇るのは危ないから・・・・・・それで瑞鳳さんの着替えと、色々持たせてくれたよ。これ、みんなで食べてって」
「Хорошо、伊良湖のカステラじゃないか。わかった、このカステラに誓って瑞鳳の身は私が護ろう」
「ちょっと大袈裟すぎない?」

 

素っ気ない顔でしれっと可笑しなことを言う寝間着姿の響。そんな少女に祥鳳からの手土産を渡しながら六畳間の部屋を見渡してみると、そこには綺麗に敷かれた三重ねの布団に暁と雷、電と瑞鳳がくるまっているのが見えて、キラはなんだか懐かしいと思った。
雷雨が苦手な四人の為にと提案した瑞鳳と、協力者だからということでキラも参加させてもらった暁型四姉妹のトランプ遊び。かなり白熱したものの皆々順繰りに寝落ちし、残った二人で後始末をしたのがつい今し方のこと。こんな夜が、ただただ懐かしくて。
そう、オーブの孤児院に身を寄せていた時期は、こんなことがしょっちゅうあったと思い出す。

 

「大袈裟なものか。これにはそれだけの価値があるよ」
「前に食べた、羊羹みたいな?」
「同ランクの逸品だね」

 

遠い昔のことのようだ。ヤキン・ドゥーエ戦役を終えて、ブレイク・ザ・ワールドで世界が灼かれるまでの、たったの二年間。
嵐の夜は決まって、子ども達は就寝時間ギリギリまでトランプやゲームで遊んで、そしてみんな一塊になって一つのベッドに潜り込むのだ。そんな子ども達を各々のベッドに運んでいくのはキラやバルトフェルドといった大人組の役目で、その後は大人組も大人組でたいして美味しくもないコーヒーを飲みながら夜をまったり過ごすという日常が、あった。
あの頃が人生で一番、平和を実感して日々を生きていた時代だったと思う。尤も、生きていることに虚しさを感じて、感じる心を喪っていた時期でもあったから、一概に楽しかった時代とは言えないが。
この状況はあの頃の夜にそっくりだ。こんな夜をもう一度過ごせる日が来るとは、夢にも思わなかった青年であった。

 

(それにしても瑞鳳さん、誘った本人が真っ先に寝ちゃってどうするのさ・・・・・・まぁ、響も僕も楽しかったからいいけどさ)

 

懐かしい。
今や幸せそうな顔で夢の世界に旅立っている瑞鳳には、感謝せねばならないだろう。押し切られるようなカタチであったとは言え、彼女と協力することになったからこの気持ちを抱けたのだから。
純粋な少女達に囲まれ、久しく感じることのなかった「騒がしくとも楽しい一時」というものを過ごすことができたのだから。心なしか楽しげにも見える無表情な横顔に、つい嬉しくなる。
これからもこんな夜を迎えることができるのだろうか。
彼は蒼銀色の髪の少女と戯れながら、先の食事会にて急接近してきた亜麻色の髪の少女をチラリと一瞥した。
一瞥して、しばし青年は誘われるように、徒然と思考の海に溺れる。
これまでとこれからを、再確認する。

 

(協力関係、か。僕なんかにその資格は無いと思うけど・・・・・・でも)

 

この度、キラ・ヒビキは瑞鳳と共に、響の力になることになった。
それはいい。
ここで目覚めてからまだ十日しか経っていないというのに、更に言えば響と顔を合わせていた時間も、実はまだ一日にも満たない程だというのに、それでも響について瑞鳳に語ったこと――響の危うさに気付いて、支えたいと思ったこと――に、告白した内容に嘘偽りはない。
包み隠さず言ってしまうと、キラにとって響という少女が、どうにも気になってしまう特別な存在であることは確かであったから。

 

(響、君は僕に出会って少し変わったって言われた。なら僕も、君に出会って少しは変われてるのかな。変われると、いいな・・・・・・)

 

経験も価値観も主義主張も何もかもが全然違うのに、どこか、君は僕に似ていると思えた。
キッカケはやはり、あの防衛戦における共闘。理なんか何一つない第六感的感覚で、彼女の本質に己の影を見た。彼はあの少女に、ある種の親近感、シンパシーを感じたのだ。
少女の助けになりたいと思うだけの理由。特別だと感じる理由。そもそも少女の危うさに気づけた理由の全てだ。
ならば、少女の助けになることに微塵の迷いも必要なく。とてもできるとは思えないが、もしできるのであれば、是非もないことだった。
何故なら。

 
 

この男もまた、己のことが嫌いで赦せない人間だから。

 
 

これまでの人生を振り返ってみて、自分を好きになれる要素は何一つもなく。
「自分は生まれてきてはいけなかったのだろうか」という想いはいつだって心の奥底にこびりついているくせに、他人からの弾劾には反論して、開き直り、済ました顔で意志を押し通して。変わっていく明日を生きる覚悟を、変わらず示し続ける為という建前を掲げて、圧倒的な力を振るって、貪欲に『生』を渇望して。
だというのに結局、自分自身だけでは何も為せず何も創れなかった無力な己の醜悪さを、理解しているから。
苦々しく思う。己が人生経験豊富で、観察力があって、気配りのできる素晴らしい人間だから、ほんの少し行動を共にしただけの少女の危うさに気付いたのだ――なんて、そんな理由であればどんなに良いだろうと。こんな人間に似ているなんて思われるなんて、彼女にとっては迷惑というか、侮辱でしかないだろうと。

 

(それでもあえて僕らが似ているところを挙げるなら、それはきっと自分自身に対する、絶望感。そして誰かに何かを赦してもらいたいと願う、罪悪感。瑞鳳に語ったことは半ば、僕自身のことでもあるんだ・・・・・・)

 

シン・アスカと似ているようでまた異なる、諦観の念。強迫観念じみた、強くあらればならないという行動原理。
だからこそキラは、受け入れて――支えたいと思った。
自分のことが嫌いで赦せないけど、ぜんぜんこれっぽっちも上手くできる自信なんてないけど、こんな自分でもと。否、彼女の考えがわかってしまうからこそ。様々な人に支えられて今まで生きてこれた自分だから、そのように己も、ここにいられる間は少しでも彼女の支えになれればと。
どうかしてるとは自覚している。いい歳になってこんな、思春期じみた感傷に浸って。似たようなコンプレックスを持ってると思い込んで、心を揺さぶられて。
でもそれが今のキラの原動力の一つだった。C.E.の人間としての目標と義務とはまた別で、一人の人間としてやりたいこととなっていた。
根本の理由がどうであれ、響について瑞鳳に語ったことに、告白した内容に嘘偽りはないのは事実なのだから。

 

「・・・・・・? なに、キラ。私の顔になにかついてるかい?」
「――あ・・・・・・いや、なんでもない。・・・・・・とりあえず帰るよ」
「そうか・・・・・・今日は楽しかったよ。もしよかったら、いつか暁にリベンジの機会を与えてやってほしいな」
「了解。僕も電とはちゃんと決着つけたいから、またいつかね」

 

人知れず、決意は固まる。

 

「うん。Спокойной ночи、良い夢を」
「君もね。おやすみ、明日からよろしく」

 

響からお裾分けだと貰ったカステラを手に、少女に見送られるカタチで仮設宿舎の廊下へと出て。はじめて互いに「おやすみ」を言い合い、軽く手を振り合って。
キラは懐かしい夜を背に、まだ一度も使ったことのない自室へと歩を進めたのだった。
やるべきこととやりたいこと、約束したことは沢山ある。それを成す為に。
彼が思い描いた未来図は、かつてないほどの輝きを放っていた。

 
 
 

《第10話:抜錨、響・特装試作型改式》

 
 
 

夜が明けて、11月11日の正午頃。
長崎県西方沖の五島列島周辺海域にて。

 

「翔鶴さ~んっ! でっかいお魚いっぱい釣れたっぽい! 褒めて褒めて~♪」
「あらあら、これは大漁ねぇ。カマスかしら? すごいわ夕立」
「む、勝ち誇るにはまだ早いデース。Time limitまであと10分! 旗艦の意地を賭けて、ここから追い上げてみせるワ!!」

 

今朝まで嵐だったとは思えないほど清々しく晴れ渡った蒼穹に、穏やかに凪いだ大海原と、何処を向いても青一色の世界を白波蹴立てて進む一隻の通常艦艇があった。
ステルス性を重視した全長30mの船体に、自衛用小口径速射砲を申し訳程度に装備した佐世保鎮守府所属の小型高速哨戒艦だ。深海棲艦の駆逐イ級相手でも簡単に振り切ることのできる速力と装甲を備える、最新型である。
艦娘と深海棲艦の戦いが激化しても尚、従来型の船が活躍する場は多い。流石に純然な戦力として運用されることは無くなったが、漁船や物資輸送船の護衛や、近海警備に敵陣偵察といった裏方の任務は、替えの効く従来型の船で賄うというのが近年の主流となっていた。
中には、囮を兼ねた遮蔽物として運用される無人装甲船などといった艦娘のサポートに特化した変わり種も存在し、この小型高速哨戒艦も含め各鎮守府には多種多様の通常艦艇が配備・運用されている。

 

「お、燃えてるなー金剛。だがここで摩耶様の追撃、50cm超のサバが三匹だ! これで我らが翔鶴チームの勝ちは揺るがなくなってしまったなぁ!?」
「摩耶も夕立も絶好調なのねぇ。なんか、申し訳ない気分かも。私、一応チームリーダーなのにあまり役立ってなくて」
「そうかぁ? ・・・・・・んだよ、けっこう釣れてんじゃねーか」
「釣果ゼロな金剛さんとは比べものにならないっぽい」
「そう? 自信持っていいのかしら」

 

さて。
シンプルな灰色に塗装された哨戒艦【はやて丸】は現在、45ノットの快速で南西――五島列島で最も広い面積を有する、福江島方面に向けて航行している。
その甲板上に、六人の少女はいた。
先の全体会議にて編成された新生第一艦隊一番隊、通称【金剛組】である。
金剛、翔鶴、龍驤、摩耶、夕立、時雨と、機動力と対応力に優れた実力者で構成された戦闘部隊で、四つの主力艦隊の中でも最大の戦果を期待されている佐世保の大黒柱。鎮守府復活に伴って早速任務を請け負った彼女達は、燃料の節約と集中力の温存と迅速な戦力移送を兼ねて【はやて丸】に乗り込んで、福江島最南端にある前線基地を目指している最中だった。
艦が船に乗るというのも妙な話ではあるが、深海棲艦が空挺降下をやってのけやがったことを思い出せばまだ常識的な話だ。寧ろ艦娘達がバラバラに航行するよりかは、こうして通常艦艇に乗って一纏めに移動したほうが遙かに効率的かつ経済的であることは考えるまでもないだろう。
事態が落ち着くまで専守防衛に努めることと相成った佐世保は、艦娘による四つの主力艦隊と三つの支援艦隊、そして通常艦艇隊を三本の矢として連携させて近海の制海権を確保することに決定したのだから、今後はこのように彼女達が船に乗り込むことも多くなっていく見込みだ。
ちなみに、再編された計七つの佐世保艦隊の内訳は、以下の通りになる。

 
 

――――――――――

 
 

第一艦隊(主力)
【金剛組】(一番隊)  【霧島組】(二番隊)
・金剛    ・霧島
・翔鶴    ・瑞鶴
・龍驤    ・扶桑
・摩耶    ・鳥海
・夕立    ・白露
・時雨    ・村雨

 

第二艦隊(主力)
【榛名組】(一番隊)  【比叡組】(二番隊)
・榛名    ・比叡
・瑞鳳    ・祥鳳
・鈴谷    ・熊野
・木曾    ・山城
・ 響     ・五月雨
・キラ    ・涼風

 

第三艦隊(支援)
【球磨組】(一番隊)  【多摩組】(二番隊)  【阿賀野組】(三番隊)
・球磨    ・多摩    ・阿賀野
・能代    ・矢矧    ・酒匂
・海風    ・ 暁     ・春雨
・山風    ・ 雷     ・伊13
・江風    ・ 電     ・伊14

 
 

――――――――――

 
 

なるだけ戦力を均衡化して編成された主力艦隊は、これから復旧させる予定の前線基地を第二の拠点として活動することになる。三日単位でのローテーションで鎮守府と基地とを往復し、哨戒活動をする支援艦隊と通常艦艇隊の要請に応じて防衛警戒エリアに現れた敵を迎撃するのだ。
故に、まずは第二の拠点たる前線基地を復旧させる必要がある。この基地は深海棲艦との戦争が始まった頃に建設されたものであり、敵の電波障害に対抗する為の物見櫓と艦娘用設備があるのだが、現在は一連の騒動のせいで命綱たる有線通信が使えない状況に陥っているのである。
【金剛組】の任務とはつまり、基地復旧作業の護衛役だ。作業自体は相乗りしている工作隊と現地の業者が行うが、そこに深海棲艦の強襲がないとは限らないもので。明日になれば後続の【霧島組】と【阿賀野組】、そして物資を満載した輸送船が多数現着し、先行した【金剛組】は佐世保に一時帰投することになっているが、それまでは海上で一日を過ごす予定だ。
明日に弟子との勝負を控えた夕立にとっては、少し酷な話かもしれないが。しかしそれを全く苦にせず明朗快活に活動できるのが、佐世保駆逐艦最強な夕立の夕立たる所以であったりもする。

 

「ぐぬぬ・・・・・・好き勝手言ってくれますネー。しかーし! 最後の最後までなにが起こるのかがわからないのがこの海釣り、気張りますヨ二人とも。勝利の栄光はワタシ達、金剛チームのものデース!!」
「せやせや、なんせウチらには幸運の女神、時雨がいるんや。きっと最後にドカンと一発かましてくれるでぇ」
「人任せにしないでくれるかな龍驤。ボクの力なんて些細なものだよ。みんなでコツコツとさ、頑張ろうよ」
「そー言うてもなー、こっちで順調なの時雨だけやん。ほら見てみ、ウチもちんまいのが数匹だけや。こりゃ奇跡でも起こらんとどーしょもない」
「二人には失望したよ。今回はボク達の負けだね」
「諦めたらそこでGame Overデース!?」

 

ところで、自力で航行する必要がなくなった艦娘は、暇になる。
そこで【はやて丸】の甲板上に陣取った【金剛組】は警戒を厳としながらも、とりあえず釣りで目的地までの空き時間を潰しつつも結成されたばかりの艦隊の親交を深めることにした。彼女らはそれぞれが歴戦の猛者ではあるが、同じ六人のグループとして戦った経験は殆どないのだ。
それが何故かいつの間にか艦隊を二分にした対抗戦へと発展してしまっているのだが、まぁどんな界隈でも実力者とはえてして負けず嫌いなもので、どんなことでもバトルにしてしまうのは必然なのかもしれない。いっそ戦うことで互いを良く知ることもできるというものだ。
そんな時だった。

 

「――・・・・・・? ・・・・・・っ、これは?」

 

夕立と摩耶を従えて釣り竿を握っていた翔鶴は唐突に、らしくもなく戸惑いの声をあげた。
先んじて目的地周辺に飛ばしていた偵察機のキャノピーを通じて飛び込んでくるもう一つの視界、その遙か遠方に、妙なものを発見したのだ。
竿に魚の反応があったものの気にせず、彼女は瞳を閉じて意識をいっそう集中させる。自力で航行してなくても、遊んでいても、海上である以上はいつだって厳戒態勢であり、Nジャマーによりレーダーが封じられたこの海域では、艦載機による索敵は文字通り命綱。その一翼を担っていた装甲空母級艦娘は、これは一体なんだと眉を顰める。
見定められない。こんなものは見たこともない。しかし。コレに関係あるかもしれない人物には、心当たりがある。

 

「これって、もしかして・・・・・・」
「! 翔鶴、どうしまシタ?」

 

少女の異変にまっさきに気付いた金剛がサっと顔色を一変させ、小走りで翔鶴に近寄ってきた。一瞬にして張り合う釣り人から、旗艦とその補佐役に切り替わった二人の表情は当然、戦闘モードの険しいものに。
翔鶴は己が見たものを報告すべく、言葉を紡ぐ。

 

「金剛・・・・・・とりあえず敵ではないわ。方位2-5-7、距離40の海上に謎の巨大構造物を発見。キラさんの世界・・・・・・C.E.に縁のあるものかも」
「明石が夢中になってる、宇宙(ソラ)からのGiftですネ?」
「おそらくは。少なくとも全長250mはある、変な船よ」
「船?」
「たぶん、だけれど。本当、変なデザインというか、設計思想そのものが地球のものじゃないみたいな・・・・・・?」
「ふむ・・・・・・」

 

現在位置から彼女達の目的地、福江島の前線基地までは南西に約15km。そこから更に西へ25km程といったところに、その巨大構造物――翔鶴曰く、変な船とやらがあるらしい。
金剛は顎に手を当てて数秒、思考を巡らせる。思い出すは防衛戦の顛末と、昨夜の全体会議の内容だ。
九州近海の深海棲艦は駆逐できたものの、隕石が落ちた台湾近海には、巨人【Titan】を含め未だ多くの深海棲艦が蔓延っている。嵐の直前に強行偵察を決行したビスマルク隊によると、彼の海には佐世保だけでは突破できない戦力がまだ残っているという。そしてキラ曰く【Titan】は、宇宙からの有難くない贈り物、C.E.の技術を取り込んで異形進化したものであると。
であれば。

 

「ワタシ達でどーこう出来そうデス?」
「難しいでしょうね。護るにしろ曳航するにしろ、調査するにしろ。援軍と専門家が必要になると思うわ」
「Photoは?」
「もう撮って、全速帰投中よ」
「Good Job。流石は翔鶴ですネ」

 

今のところ敵影はないものの、事態は急を要するかもしれない。
このまま哨戒船に乗って接近するのは危険と、一切の迷いもなく決断した金剛は、懐から紙とペンを取り出して何事かを素早く書き込む。それと同時に、翔鶴は備え付けの通信機で艦橋と連絡を取った。

 

<どうした翔鶴嬢ちゃん。敵か?>
「接敵する可能性、かなり高いです。【はやて丸】は最寄りの港に入り、陸路にて基地の復旧をお願いします」
<別行動だな。わーった! 嬢ちゃん達も気ぃつけてな!>
「お心遣い、ありがとうございます」

 

【はやて丸】の艦長は、流石に軍用艦を任されているだけあって理解が早い。
短い通信を終えた翔鶴と、手紙をしたためた金剛は満足げに頷きあい、いつしか釣りを止めて集結していた龍驤、摩耶、夕立、時雨とも頷きあった。もう皆とっくに艤装を装着しており、各々に軽くストレッチすらしている。
和やかな雰囲気が嘘であったこのように、【金剛組】はものの数秒で戦闘態勢へ。
あとは、旗艦が号令をかけるだけだ。

 

「まったく、頼もしいばかりですネ」
「ですね」

 

これなら余程のことがなければ問題ない。
本来の任務を無事遂行する為にも、まずはこのアクシデントに対応しなければ。予定航路から外れ、件の構造物に接近する必要がある。
金剛は大きく息を吸い込んで、新生第一艦隊一番隊旗艦として初めての命令を下す。

 

「総員、コンディション・イエロー! 対空対潜警戒、厳に!!」
「了解!」

 

そして張り上げられた声に従って、少女達は皆一斉に【はやて丸】から飛び降りた。
その際。
投げ捨てられていた釣り竿にうっかり蹴躓いた夕立が、見事に腹から海にダイブしてしまったのは、愛嬌のようなものだった。

 
 
 

 
 
 

【金剛組】がC.E.の船らしきモノを発見してから、約20分後。
その報は、伝書鳩よろしく報告書と写真を括り付けて飛来してきた、手のひらサイズの飛行機――摩耶の艦載機こと「瑞雲」によって未だ松葉杖を手放せない二階堂大河提督の下へ、そして丁度彼と話し合いをしていたキラの下へと届いた。
実にアナログな連絡手段ではあるが、だからこそ昨今の長距離無線通信が使えない環境下では、これ以上ない信頼性を誇る常套手段となる。金剛が状況を簡潔に記した報告書と、翔鶴の偵察機が撮影・現像した写真は、二人の男の顔を一瞬にして驚愕色に染め上げた。

 

「これは・・・・・・ナスカ級!? こんなものまで・・・・・・!」
「船、なのか? 君達の?」

 

深い青色の外装と、漢字の「山」のようなシルエットを持つ船体。旧ザフトの主力として運用された、モビルスーツ搭載型高速駆逐艦・ナスカ級。
地球上で使うことを想定していない宇宙専用艦艇であり、新地球統合政府が発足してからも未だ現役で運用され続けている艦種である。駆逐級だけあって生産性と速力に優れ、その上にそこらの戦闘艦にも引けを取らない火力をも有するナスカ級は、C.E.において八面六臂の活躍で歴史に名を残した画期的な艦艇だった。
そんなものが、若干ピントのぼけた写真に写っていた。かつて幾度となくキラ達の行く手を遮った因縁のある船の一つが、この海に在った。
翔鶴の見立てはズバリ的中していたのだ。

 

「ええ・・・・・・こちらの世界で言うなら、宇宙用の航空駆逐艦みたいなものかな」
「航空? では艦載機が――そうか! モビルスーツを!」
「六機まで搭載可能なんです。それにナスカ級自体にもビーム砲やレールガンが・・・・・・いや、それ以前に装甲やスラスターだって、この世界にとっては・・・・・・」
「大変なことになる。これ以上、深海棲艦側に未知の技術を渡すことはできない」

 

それはつまり、翔鶴と金剛の予測も的中するということでもある。
誰にとっても想定外だった新たな火種、誰にとっても喉から手が出るほどの宝の山。台湾近海に巣くう深海棲艦は必ずや、奪取すべく行動するだろう。否、もしかしたらもう侵攻を開始しているかもしれない。
彼女らの意図を汲み取った二人はこれを早急に解決すべき事案と判断した。

 

「護衛しつつ、こちらの港まで曳航しなければならんな・・・・・・白露、【榛名組】と【多摩組】に緊急招集を。それから哨戒艦【いぶき丸】の手配を頼む」
「了解!」
「キラ君。済まないが君には――」
「みんなに同行して、内部に侵入してみます。もしかしたら生存者がいるかもしれないし、自力航行できるかもしれない」
「――恩にきる」

 

そこからは怒濤の展開だった。二階堂提督と白露の指揮により、佐世保鎮守府は活動再開初日から早々に厳戒態勢を敷くことになった。
作戦目標はナスカ級の確保及び内部調査。もし曳航が不可能であればその場でできる限り解体・破壊し、パーツ全てを福江島の前線基地に収容する。どんな些細な部品だろうと、海に放置してしまうと敵の潜水級が手に入れてしまう可能性が高い。よって適当に攻撃して沈没させる選択肢はない。
宇宙用だが奇跡的に海上に浮いている今を逃せば、もう佐世保側にできることは無くなる。猶予がわからない以上、時間との勝負になるのは必然だった。
【金剛組】の援軍として選定されたのは、本日を非番として鎮守府に待機していた第二艦隊一番隊【榛名組】と第三艦隊二番隊【多摩組】の二隊だ。可能であれば全戦力を挙げて臨みたいところだったが生憎、他艦隊の任務を中断させて同一の海域に投入することは出来ない。佐世保はいつだって限界ギリギリなのだから。
束の間のオフを楽しんでいた【榛名組】と【多摩組】の面々は至急ブリーフィングルームに呼び出され、数分のミーティングを経てから慌ただしく戦闘準備を整えていく。今朝からストライクの本格的な修理を開始して完全に非戦闘員となったキラとて例外ではなく、整備要員として明石と手分けして各々の艤装の最終チェックに奔走する。燃料弾薬の補給、装備の更新、曳航に必要な機材の調達、この短時間でやるべきことは山ほどあった。
そこでふと、生粋のMSパイロットであった青年は「整備兵はいつもこんな気持ちだったのかな」となんとなく想像した。
想像して、きっと想像よりもずっと辛いんだろうなとも結論づける。
銃を取るばかりが戦いじゃない、力だけが自分の全てじゃないと信じていたいが、やはりもどかしいものだ。だが戦えない己に不安と疑問を抱く余地は、今はない。ストライクで出れないキラの出番はこの時この瞬間が全てで、他にできることと言えば存在しやしない神様に祈るぐらいだ。

 
 

なんてことだろう。
前日まで描いていた未来図は全て、儚く砕け散ったのだ。

 
 

本当になんてタイミングだろうと思わずにはいられない。
元々こうなる可能性が高いことぐらいはわかっていた。寧ろ前提であった。一軍事基地が専守防衛に努めるということは、常々脅威と隣り合わせであるということ。本当の意味での安息日なんて無きに等しいのだと、ここにいる全員が正しく認識している。
だが、だとしても。言っても詮方ないことだけれど。
せめてあと二、三日ぐらい平和であってくれてもよかったじゃないかと、誰もが思った。
特にキラにとっては。響と明日の師弟対決(対夕立戦)に備えた作戦会議を、瑞鳳と日本語学の勉強とこれからの活動方針について話し合う約束を結んでいた青年にとっては、この出撃がなにか良くないことの前触れではないかと感じてならなかった。

 

「しっかし、非番ってのはこういうもんだと解っちゃいるが、いきなり緊急出撃とはな。我らが第二艦隊のリーダー殿の気苦労は絶えないな?」
「もう、からかわないでください木曾。榛名は大丈夫です! それに鈴谷が加わってくれたおかげで多少なりとも戦力バランスは改善したのですから、何があろうとも確実に対処してみせます!」
「おおぅ、なんか鈴谷ってば頼りにされちゃってる? こりゃー張り切らないとだねぇ」

 

でも、だからって。辛気臭くイヤイヤ出撃する者はいなかった。
木曾が不敵に笑い、榛名が奮起し、鈴谷がおどけた。先の防衛戦の暫定第二艦隊にムードメーカーの最上型航空巡洋艦三番艦の鈴谷を加えた、四つの主力艦隊の一角たる【榛名組】のメンバーは、こんな状況下でも明るい雰囲気を保っていた。
キラが正式に所属することになった艦隊の構成員である彼女達は、武装を換装しながらいつもと変わりないテンションで会話を交わす。

 

「その通りだ鈴谷。比較的に近接機動戦に特化してるのがオレ達の特徴だからな、実際オールラウンダーのお前の働きはかなり重要になってくる。むしろ中核を担う存在と言ってもいいだろう」
「頼りにしてますよ、鈴谷」
「・・・・・・ヤバい、口調は穏やかなのにすっごいプレッシャーを感じる!? 助けて熊野!!」
「鈴谷」
「え、なにさ瑞鳳・・・・・・、・・・・・・なにその静かな笑顔めっちゃ怖いんですけどなになに言いたいことあるならハッキリ言って頂戴!?」
「勿論ストライクはまだ修理中だから、キラさんの分まで頑張って?」
「ノーーーーゥ!? やだ期待が重すぎる!! 助けてぇーー熊野ぉーー!!!!」

 

若干、新人いびりの様相を呈していたが。
隕石が落ちてくるまでは旧第一艦隊の一員として一線を張り、金剛を庇って呉送りとなったという歴戦の猛者の鈴谷だが、その持ち前の軽いノリも相俟って弄られ役になることが多いらしい。迫真の絶叫でただならぬ仲であると噂の熊野に助けを求める姿はなるほど、弄りたく気持ちも分からなくはない。
しまいには【多摩組】まで巻き込んだ漫才まで始まって、ボケにツッコミに大立ち回りするブレザー少女のリアクション芸に思わず笑みをこぼしてしまう。
まったく、この少女達は本当に強い。淀んでいた心がスカッとするようだ。

 

「・・・・・・よし。鈴谷さん、こんなんでどうかな?」
「んー、良い感じじゃん! これでバリバリ働けちゃうねぇ」
「良かった。・・・・・・次は――」
「キラー! ちょっとこっち手伝って! 響でラストだから!」
「――わかりました!」

 

そうこうしている内に、瑞鳳に続いて鈴谷を整備し終えたキラは、最後の仕上げとして響の艤装の調整に取りかかる。
視界にふわりと蒼銀色が舞う。それだけで何故か、不思議と、心の何処かが落ち着く思いがした。

 

「艤装、ぶっつけ本番になっちゃったね。大丈夫?」
「Нет проблем。あなたと先生が組んでくれたんだ、やれるさ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・・・・、・・・・・・いやわかった。僕も僕で頑張るからさ、新しい君の力、存分に見せて」
「ふっ、やっぱりあなたは私のやる気を引き出してくれるね」
「おうおう二人だけで盛り上がってんじゃないですよーこんちくしょうめ。ほら、装備更新するよ響」

 

響の艤装はストライクの複製パーツを取り込んだ試作型だ。
昨日の整備で実戦投入可能ではあったが、ぶっつけ本番となると話は別。整備士の二人は改めて、手分けして試作一号機の艤装を入念にチェックする。本来であれば明日の師弟対決に向けて――こうなった以上、実現するかも怪しくなってしまったが――午後から試験運転をする予定だったが、それももはや叶わない。
また響本人も、ペイロードの拡張に伴って大胆に構成を変更された装備に慣れていく必要がある。防衛戦当時はあり合わせの旧式兵器で武装していたが、今回は明石謹製の試作装備で出撃することになっているのである。
よって作戦海域に着くまでに繰り返し諸々を微調整しなければならないだろう。故に、今回の出撃には明石先生も同行することになっていた。
当の明石は、徹夜明けなのかひどい顔をしていたが、なんだか元気そうに倉庫の奥から引っ張り出してきた武装を次々取り付けていく。

 

「お、それが噂の新装備か・・・・・・、・・・・・・なんかストライクに似てるな?」

 

興味を惹かれてやってきた木曾が、出し抜けにそう言った。
確かにと、キラも装いを新たにした少女の姿を見やった。

 

「・・・・・・そんなにジロジロ見ないでくれるかな。流石に恥ずかしいよ・・・・・・」

 

若干頬を赤らめる少女だが、気にせず二人は嘗め回すように全身に視線を注いだ。

 
 

というのも、今の響の格好はどこか戦闘モードのキラに似ているように見えるのだ。

 
 

まず右手。これが一番目立つのだが、いつもはフリーとなっているその小さな手のひらにはゴツい大型ライフルが握りこまれていた。意匠としてはスナイパーライフルに近いもので、艦娘の携帯武装としてはかなり異質だ。
次に左腕。これもまた目立つ。特三型駆逐艦に標準搭載されている防盾の代わりに、より大きなゴツいシールドを装着しており、戦艦の砲撃だって防ぎそうな威圧感を醸し出している。
極めつけには両肩に小口径二連装機銃を一基ずつ搭載していて、確かにその装備構成はストライクのものにそっくりだ。というか、ほぼそのままモデルにしたものと思われる。
ちなみに響のトレードマークたる大型錨は後腰に懸架されており、他にも61cm三連装酸素魚雷発射管を両腰に一基ずつ装備してる。逆に言うと、そこしか以前の面影は残っていなかった。

 

「キラ、お前の趣味か?」
「光源氏計画・・・・・・」
「自分色に染め上げようと!? やっぱりキラさん、あなたって・・・・・・!」
「いやいやいや。僕関与してないから。趣味違うから」

 

木曾がジト目で呟き、榛名がどん引きし、瑞鳳が目を輝かせた。
いつの間にか【榛名組】は全員集合していた。そんでもって揃いも揃って、この場でたった一人の男性に何か言いたげな視線を送っていた。原因はどう考えても、響の新装備だった。
明石謹製の試作装備である。なのに、これは一体どういうことだろう。キラは仲間から早速ロリコンのレッテルを貼られようとしていた。彼の好みはお姫様タイプだというのに、ひどい冤罪もあったものだ。
尤も、慌てる青年以外は「やっぱりか、やっぱりなぁ」という心持ちなので、今更どんなことを言っても流されてしまうのだが。こういう時の男の立場というものは頗る低い。

 

「キラっち」
「鈴谷さん・・・・・・その突き出された手はなんだろう?」
「なんかさ、おんなじ匂いがするって思ってたんだよね・・・・・・へへ」
「ねぇ僕もうこういう扱い決定なの?」

 

哀れ、思わぬカタチで彼女らのテンションに引っ張り込まれたキラだった。

 

「いやー、我ながら良い仕事したー。これぞストライクをヒントに徹夜で作り上げた自信作、どうどうカッコイイでしょ?」

 

そんな将来の弟子の苦境を知ってか知らずか、実に良い笑顔で額を拭った【先生】(マッドサイエンティスト)こと明石。これは確信犯なのだろうか。

 

「どうって・・・・・・そりゃカッコイイとは思いますけど」
「でしょー! 響のスペックにものを言わせた専用装備の数々! もう概要からしてカッコイイでしょ!?」
「明石さん、とりあえず移動中は寝てくださいね? 調整は僕一人でやりますから」
「まずはこれ、作っちゃいました試製ライフル型13.5cm単装砲! これは凄いよ~? 駆逐艦娘用でありながら軽巡用中口径砲並の火力と射程を実現したのです! 仰角皆無な単装砲と侮るなかれ、シンプルな構造故に取り回しに優れてて近接格闘戦でこそ真価を発揮する、まさしく今の響にピッタリな装備なのだ!!」

 

徹夜のハイテンションがなせる業か、明石はキラの苦言を華麗にスルーして突然、マシンガンの如く武装説明をおっぱじめる。
後に聞いたことだが、彼女にはこういう悪癖というか性癖があるらしい。さもありなん。己の得意分野となると饒舌になってテンションうなぎ登りになるのが技術者というものだ。
それだけ、明石にとって今の響は魅力的ということだろうか。キラも最初こそ呆気にとられたものの、今の明石の気持ちは痛いほどよく分かってしまった。自分もソフトウェア分野だったらああなるのだから。
そして響も割とノリノリで、しっかり合いの手を入れていき、次第に明石の独壇場は三人による新装備講義になっていった。

 

「ライフル型だから、狙いもつけやすいね」
「まぁぶっちゃけ状況によっちゃ、いや普通の艦娘にとっちゃ12.7cm連装砲C型改二とかD型のほうが便利で優秀なんだけどね。でも響? スナイパーライフルをショットガンのように、しかも片手で扱うってロマンじゃん?」
「Хорошо、実に革命的で野心的じゃないか。これで無敵だな」
「無敵! YES! その言葉を待っていた!!」

 

すっかり蚊帳の外になって「うん、三人が楽しそうならいいや」と思う他一同である。ただ実際のところ仲間のスペックというのはとても大事な要素なので、皆も真面目に聴くしかなかった。
そして数分後。

 

「みんな、船の準備ができたよ!! 乗って乗って!!」

 

工廠に現れた白露の一言で、場の空気はガラリと変わった。
皆の背筋が一様にしてシャンと伸びる。

 
 

いよいよ出撃である。

 
 

これから【榛名組】と【多摩組】の面々は、高速哨戒船【いぶき丸】に乗り込んで問題の海域へと向かう。そこで【金剛組】と合流し、ナスカ級に接触するのだ。きっとこれも、大変な任務になるだろう。
怖じ気づいてはいられない。これからの未来をつかみ取る為に、成すべきを成す。
戦えない青年は祈った。
願わくはこの新しい力が、響自身が納得するだけの、一区切りとなる力でありますように。
願わくは誰一人として傷つかず、みんな無事でこの温かいセカイに帰ってこれますように。
だからこそ自ら一歩踏み出して、助けになると決めた少女に手を差し出した。

 

「いこう、響」
「うん、やってやるさ」

 

あまりに短い会話を交わして、乗船する。
いざ、未来図から外れた道へ。
その想いが通じたのか、響は鼓舞するようにポツリと呟いた。それは鈴のような、透明感のある幼い声で。

 

「不死鳥の名は伊達じゃない。響・特装試作型改式、抜錨する」

 

新しい己を再定義するような、力強い宣言だった。

 
 

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