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となりのダイノガイスト 第2話

Last-modified: 2008-09-16 (火) 21:00:27

「ダイノ……ガイスト?」
『そうだ。忘れるなよ、小娘』

 

 呆然と、マユは目の前の壊れかけた恐竜のロボットが告げた名を呟き返した。ダイノガイストにとっては、本当に長い事他者に言われる事の無かった自分の名であった。
 思えば、常に自分の周りにいたプテラガイストやホーンガイスト、サンダーガイスト、アーマーガイスト、コウモリ達もおらず、たったひとりの孤独の中では自分と言う存在の定義さえも曖昧になりがちだった。
 通常の生命体、たとえば人間なら百回発狂してもおかしくないほどの孤独と闇の中を、ダイノガイストは耐え続けてきたのだ。
 ダイノガイスト、と何度も小さな唇を動かして呟くマユの様子に、とりあえずダイノガイストは満足した。
 本当に他者と言葉を交わすのは久しぶりの事だ。本来なら取るに足らぬ筈の小娘を構う気になったのも、これまでの環境の影響だろう。
 何度かダイノガイストの名前を呟いてから、マユは右手に持ったペンシルライトでダイノガイストの恐竜を模した体を照らし出し、何度もその姿を食い入るように見つめていた。
 罅の入っていない所を探すのが難しいほど、ダイノガイストの装甲は傷つき、一部は太陽の熱によって融解し、赤と黒が混ざり合って溶けたチーズの様に固まっている。
 長く伸びた尾も半ばほどまでしか無く、四本の足もきちんと指が揃っている物は一つとてない。ダイノガイスト自身は痛みを感じる事はないが、それは見る者からすれば例え無機物であっても痛々しさに目を背けても仕方の無い惨状であった。
 じっと自分を見下ろすマユの瞳を、まっすぐに見返し、ダイノガイストは目の前の小娘が何を思っているのかと、少しだけ疑問に思った。
 自分の素性を知る者ならば、宇宙最悪レベルの悪党を捕らえる絶好のチャンスとばかりに、宇宙警察や宇宙警備隊にでも通報する所だろうが、果たしてこの星ではどうなのだろうか?
 そもそもこの星が、自分が思う地球であるのか? という疑問を、この時すでにダイノガイストの心は抱いていた。
 ダイノガイストは宇宙最強を謳うになんら恥じる事無き強者であると同時に、戦闘能力に見合う豪胆さと、それなりの明晰さを持っている。
 長すぎる眠りにいささか頭の回転は鈍っていたが、収集し続けているこの星の情報からは、かつてダイノガイストがいた頃に比べ――仮に地球だとして――自然環境の劣悪な汚染や、核分裂を抑制する人為的なジャミングの様な物が施されている事が分った。
 少なくとも自分がいた間の地球はこんな状態ではなかった筈だ。
 そもそも宇宙空間で自ら太陽に身を投げた筈の自分が、なぜ半死半生の状態とはいえ惑星の土の下に身を横たえていたのか。そんな現状の始まりの答えさえ得てはいない。
 もっとも、奪われるくらいならばと自ら絶った命が、今まだ自分の手にある以上は、現状に甘んじるつもりなどダイノガイストには微塵も無かった。
 どうして自分がこのような所で命を長らえたのか、と言う疑問を解決する気持ちもあるにはあったが、それ以上に捕らえられた部下達の安否と、全宇宙の宝を自らのものにすると言う目的を果たす意思の方がはるかに強かった。
 生死の天秤が動くその時でさえも自らの信念を貫きとおす意思の強さこそが、ダイノガイストを最強たらしめている重要な要因なのだろう。
 ともかく、ダイノガイストはあまり期待こそしてはいなかったが、目の前の少女から自分が身を休めているこの星の情報を聞き出すつもりにはなっていた、と言う事だ。いずれ完全に再起するその日までの、長い道のりの第一歩、という所であるだろうか。
 そして、ダイノガイストの関心をこの時一身に集めていたマユは
「たいへん!」
 と小さな口を大きく開け、可愛らしい声を洞窟の中一杯に響かせた。それはまあ、大変だろう。目の前に三十メートル近い、傷だらけとはいえ恐竜の姿をしたロボットがいるのだ。
 これが大変でなくて何が大変であろうか。
 一方でダイノガイストはマユの叫んだ『たいへん!』を、指名手配されている宇宙海賊ガイスターの御頭である自分を知っているからか、と考えた。
三〇〇年の活動期間で荒らした星の数は三百近い。銀河規模で高度に発達した文明の惑星国家もあったから、宇宙に進出し他天体の生命と交流を持つレベルの文明ならば宇宙海賊ガイスターの蛮名は広く知れ渡っているはず。
 本来肉体を持たぬエネルギー生命体のダイノガイストの物理的な形状は、すぐに変えられるものである為に逮捕する事に関してはあまり意味を成さないが、その名はあまねく宇宙に知れ渡っている。
 だが、この時のマユの言った『たいへん!』は大きくダイノガイストの予想を外れていた。

 

「恐竜さん、じゃなくてダイノガイスト、ひどい怪我してるよ!」
『なに?』

 

 確かに、今の自分のダメージはこの肉体を得てから最も深刻なものだ。仮初の、しかも機械仕掛けの肉体ではあるが、痛覚や五感などといった有機生命体ならではの諸感覚も備えている。
 今はメカニズム化した肉体構造を操作して、痛みを遮断している為、ダイノガイストには自身の体に対しては、意志に反してぴくりとも動かない事への苛立ちばかりがある。
 だから、マユの口にしたひどい怪我してるよ、などと言われても言葉の意味の理解が数瞬遅れた。
 この小娘、おれの体を心配しているのか? 訝しげな思いと同時に、マユが自分の名前に反応しなかった事を分析する自分もまたいた。とはいえ『ダイノガイスト』の名よりも、この姿の凄惨さに、マユの注意が言った可能性もある。
 もう少し、ダイノガイストはマユを構う事にした。
 岩盤の割れ目の縁で足を止めたマユは、くりくりと良く動く瞳でダイノガイストの体を何度も見返していた。
 手に持ったライトは、その視線に合わせてダイノガイストの体の上を行き来する。それらの行為が、マユの異物の混じらぬ労り故とまでは分からぬが、少なくとも害意があっての事ではないと、ダイノガイストはマユのさせるがままにした。

 

「どうしよう、お医者さん呼んで来なくちゃ。あ、でもロボットなら人間のお医者さんじゃだめだ、どうしよう、ねえ、ダイノガイスト、痛くない? 平気?」
『一度に喋るな。お前の声は耳に響く』

 

 厳密に言えばダイノガイストに耳に値する帰還は無いが、言葉のあやというものだ。
 壊れたラジオかテレビの様にこちらが口を挟む隙の無い、早口で捲くし立て、一人で慌てて勝手にうろたえるマユの様子を、滑稽なものを見るのと煩わしく感じるのが半分ずつ。
 とりあえずは煩わしく感じる方が勝り、ダイノガイストはいかにも億劫な調子でマユの言葉を止めた。

 

『医者など要らん。おれの体をニンゲンなぞに易々と触れさせるつもりはない』
「でも」
『ならば、よく見ろ。おれの体はおれが直しているのだ』
「?」

 

 明滅する恐竜を模した頭部の目の輝きに誘われるように、マユの眼は一番自分の近くにあるダイノガイストの左前肢に注がれる。
 周囲を支える岩盤と違い、細かなパウダー状の砂の上に力無く投げだされたダイノガイストの左前肢の周囲に、ほんのささやかな光が薄靄のように現れる。
 すると、かろうじて目を凝らして見える程度ではあったが、ダイノガイストの装甲に刻まれていた罅が、傷ついた装甲から伸びた新たな装甲に、わずかばかり埋められた。
 その代わりに周囲の砂も装甲に埋められたのと概ね同じ質量が消えていたが、そこまではマユの目には映らない。
 はっきりと分ったのは、目の前の壊れかけ、いや壊れた恐竜ロボットの言う通り自分で自分の体を治しているらしい。
 転んだりして出来た傷も、放っておけばもすぐに直るようなものなのかな? とマユは思った。
 周囲の物質の分子配列を操作して自分の体の構造材として再構築している、などと言われても分るわけも無い。その辺はダイノガイストにも何となくさっしが着いたので、細かい説明はしなかった。
 要するに傷は自分で治せるとマユに伝わればよいのである。

 

「でもでも、ほんのちょっとしか治ってないよ? 本当に大丈夫、痛いのは嫌じゃないの? マユだったらすごく嫌だよ」

 

 お前と同じにするな、とダイノガイストは思ったが口にするつもりにはなれなかった。無垢な少女の気遣いも、話を進める上では邪魔物でしかない。
 要らぬ気遣いよりもこちらの質問に早く答えさせようと言う意識の方が強い。
 それに今マユがダイノガイストに向けているような、見返りを全く求める様子の無い、他者から向けられる労りと言うものは、これまでのダイノガイストの人生(?)に縁があったものではない。
 エネルギー生命体と、炭素形生命体である人類との根本的に相容れぬ感性の差と言うのがある。
 それに、ダイノガイストにとっては憐れみというものは弱者が、優位にある者から向けられる一種の恥辱という認識もある。己が弱者であると言う認識など、欠片ほどもないダイノガイストからすれば、マユの言葉も心地の良いものではなかった。
 最も、今の自分が確かに第三者から見れば、強気の言葉など死に行く前の精一杯の自己満足を満たす為の虚勢としか映らぬ、というのもある程度は自覚していた。
 そのような境遇に身を落す事への屈辱と怒りも。

 
 

 地球人の子供と言うものは、非論理的でその場の自分の感情を優先し、後先を考えずに行動して周囲に不協和音をもたらす傾向にある。
 何時だったかプテラガイスト辺りが仕入れてきた地球人の生態に関する知識を、埃に塗れた記憶の棚から引っ張り出して、ダイノガイストは徒労の様な気もする質問を始めた。
 得られるものがあるのか、とダイノガイストには珍しく自信が無かった。なので質問は極めて単純なものにした。

 

――この星の名前は?
マユ:地球だよ。

 

――《ガイスター》《宇宙警察》《ダイノガイスト》《エクスカイザー》。聞き覚えのあるモノはあるか?
マユ:宇宙警察ならお兄ちゃんの見てるテレビで言ってた。特撮ヒーローっていうんだって。

 

――地球では異星人との交流・接触はあるのか?
マユ:宇宙にコーディネイターの人達が住んでるプラントならあるよ。羽根クジラの化石ならあるけど……

 

――コーディネイター?
マユ:うんとねえ、お母さんのおなかから普通に生まれてきたらナチュラルで、おなかの中に居る時に、おまじないをかけてもらったらコーディネイターなんだって。マユはコーディネイターだよ。

 

――おなかの中から生まれてくる? どうやって子を作り生むのだ?
マユ:う~んと、マユも分んない。ただ、コウノトリさんが赤ちゃんを運んできて、神様の選んだパパとママに赤ちゃんを預けるんだって。ママがそう言ってたよ。

 

 価値の無い情報と判断したのか、理解が出来なかったのかダイノガイストはここでしばし沈黙した。
 まあ、彼の宿敵も生命体に寄生する悪質な云々と、地球人の生態に関しては派手に誤解したので、ダイノガイストの反応も当然といえば当然であった。
 ただ。命=宝、という言葉が常に頭の片隅にある様になったダイノガイストからすれば、自分自身で命を作り出し、育むと解釈できない事も無いマユの言葉に、おかあさんなる存在が、宝を生み出す者である、という間違ったとも言い切れない認識を芽生えさせていた。
 命が宝であるなら、自分の命を持って子供を育む“おかあさん”は、確かに宝である事は間違いない。
 ともかく、この様な一問一答形式で二人の話は進み、差し込む日差しが夕暮れの色を帯びて来た時、マユは帰りが遅くなるとお兄ちゃんに怒られると言い出した。
 話をしている間、ダイノガイストが傷を痛む様子や気にする素振りを見せなかった為、マユはダイノガイストの言う通り、傷は問題ないらしいと認識したようだ。

 

「それじゃあね。また来るから!」

 

 鈴を転がすような軽やかな声と差し込む夕陽よりも輝く笑みを残して、マユは家に帰って行った。
 別に来なくていい、と喉まで出かかったが、折角の情報源をみすみす手放す事も無いと思い直し、ダイノガイストは無言で翻るマユの背を見送った。
 子供は誰もがあのように忙しないものなのか、と起き抜けで回転の鈍い頭にはやや答える相手に、ダイノガイストは疲れの様なものを感じていた。
 マユから聞き出した情報を整理しながら、エネルギー節約の為の眠りに移行する。意識が暗黒に陥るまどろみの中で、ダイノガイストは、

 

――もし、次あの小娘が来たら、テレビを持って来させよう。それとダイノガイストではなくダイノガイスト『様』だと、教えてやらねば……

 

 と思いながら、ゆっくりと眠りに着いた。