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となりのダイノガイスト 第3話

Last-modified: 2008-09-16 (火) 21:01:58

 どこまでも広がる闇の世界に、奇跡の如く存在する青い星から空を見上げれば、白い光が慎ましく、静かに降り注ぐ夜であった。
 青く染まる星の大気と無窮の闇とを隔てた先にある、荒涼殺伐とした岩石ばかりの広がる世界――月。生命の息吹は無く、草木も花も水も動物も存在しない筈の世界で、虚空に吸い込まれては消えゆく音があった。
 きぃいいん、と水晶の鈴を天上の音楽家が楚々と鳴らしたような、どこまでも高く澄んだ音。また、きぃいいん、きぃいいん、と聞く者のいない虚しい調べが重なる。
 否。それは調べでは無かった。魂まで揺さぶるかの如き美しき音は、静謐な月の宮で、地上の人々に気付かれぬよう密やかに集った天上人達の開いた、演奏会の調べでは無かった。
 見る者も無く、聞く者とていない世界で、三つの刃が打ち合される度に、その音は虚しく、銀河の果てまで届くように生まれては消えて行く。
 刃の一つは巨大な、それを携えた鋼の巨人の身の丈にも届こうかという金色の両刃剣。
 それと重なり合い、拒絶し合い、弾き合う二つの刃はさながら三日月の如く優雅に弧を描く長刀二本。
 人類の手によって汚染された大気の存在しない月の地上で、限りなく明瞭に映る世界に、幾筋も剣の軌跡が描かれている。描かれた軌跡の数を数える者がいたならば、この戦いがもう随分と長い事続いていると、数える事に疲れを覚えるに違いない。
 金色の剣を携えるのは、胸に勇ましき獅子の顔を持った鋼の巨人。右上段に構えたその姿は、大地に根を張ったかの如く不動。切っ先まで満ちた意思は澄んだ清水の如く清澄。戦いの場にあってなお、どこか優しさを感じさせる、そんな不思議な巨人だった。
 対して銀に輝く二刀を魔鳥が翼を広げたように構えるのは、無骨な古めかしい戦甲冑を思わせる黒の巨人だった。両の側頭部から凶暴な角度で反り返る角。対峙するだけで恐怖に体が竦むほどの威圧感。
 姿も滲む雰囲気もまるで正反対の二体の巨人が、この夜天に輝く月の園に鳴り響く音の演奏者達であった。

 

 交わす言葉は無い。何よりも雄弁なのは両者の機体から陽炎の如く立ち昇る不可視の闘志であった。如何なる者も割って入る事を許さぬこの二体だけの為の戦場であり、神聖不可侵の決闘なのだ。
 三十メートルを悠々と超える巨人達の対峙する距離はおよそ七十メートル。互いが一歩に全力を乗せれば、闘志を乗せた刃が交錯するのに必要な時間は刹那の単位だ。
 両者の体がわずかに前傾し沈んだ。踏み出す一歩の為に必要な動作であった。痛々しいまでに地肌を晒す大地に足首まで沈め、大地を蹴った踏み込みは爆発にも似ていた。
 風あらばそれを切る両者の剣の凄まじさが、烈風となって吹き荒れただろう。黒鎧の巨人――ダイノガイストの左胸部から右腰へと抜ける上段からの一撃。星達の見守る中、冷酷なまでに美しい輝きと共に描かれる、三日月の弧の鋭さよ。
 獅子を胸に抱き、竜の力と一つになった偉大なる巨人――グレートエクスカイザーに襲いかかる二振りの銀刃。首狩り台の刃よりなお冴え冴えと輝く刃は、左右下方からグレートエクスカイザーの胴を斜めに横断し、四分割すべく迸った。
 共に触れる者全て、有象無象の差別なく切って捨てる魔剣であった。
 星の灯りが月の大地に落とした両者の影は、瞬間的に互いの位置を変えたかの様な唐突さで形を変えていた。グレートエクスカイザーが踏み込んだ位置にダイノガイストが。ダイノガイストが一歩を刻んだ位置にグレートエクスカイザーがいた。
 あまりにも速く、当事者である二人をしても明確には理解しえぬ一瞬の攻防であった。初めて、二人が声を出した。共に苦悶の呻きを。

 

「くっ!」
「ぬう!」

 

 見よ。グレートエクスカイザーの左上腕から肩までを裂いて奔る斬痕の鋭さを。あまりの斬撃の凄まじさに、切断面は鏡の如く研ぎ澄まされ、血潮の代わりに発する紫電を精妙に映し出していた。
 そして今一度見よ。はるか月の大地の彼方に、旋回しながら深々と、その刀身の半ばまでを埋めたダイノガイストの愛刀を。グレートエクスカイザーの一撃はダイノガイストが右手に握ったダイノブレードを奪い、左腰から太腿にまで走る傷を与えていた。

 

 背を向けあった二人は奇しくも全く同じタイミングで振り返り、己が宿敵を見据える。憎悪も怒りも悲しみも愛もなにも無く、二人は新たな構えに移行した。
 見るも無残に左手をだらりと下げたグレートエクスカイザーは、右手一本で大剣を握り直し、必殺の大剣に肩をまたがせた。身体の捻りと右手の抜き打ちにも似た振り抜く動作で片手一本によって生じる、パワーとスピードの不足を補うつもりなのだろう。
 左足の自由を奪われ、右足のみの踏み込みを強要されたダイノガイストは、左手に残った長刀を両手で握り直し、右下段後方に切っ先を流した。左肩を前に出し、体の姿勢を沈める。残された右足の踏み込みに全てを賭けた一刀限りの勝負。
 陽炎の如く立ち昇っていた両者の闘志は、既に燃え盛る大火へと変わっていた。傷を負って尚激しさを増すのは、目の前の相手にだけは負けられぬと言う己の誇り、いや意地であろうか。
 しかしその答えを出す思考を、既にこの時両者はしていなかった。それさえも、今この場では余計な不純物でしかなかった。
 ダイノガイストの思考と感情をかろうじて言葉にするならば、
 必ず斬る。
 必ず殺す。
 必ず倒す。
 必斬、必殺、必倒。
 プテラガイストもホーンガイストもアーマーガイストもサンダーガイストもコウモリも、ガイスターの部下たちでさえこの時ダイノガイストの思考からは取り除かれていた。
 己の身さえ振り返らぬ絶対の、打倒の意志。それがダイノガイストの四肢を満たし、精神を満たし、有り余る闘志は両手に握り直した愛刀の切っ先、いや原子核にまで充溢する。
 今この一時は金では代えられぬ、宝以上の宝。グレートエクスカイザーとの死闘は、それほどにダイノガイストを昂らせた。積年の怨念。敗北の屈辱。よぎるものは数多あった。
 だが、それらは全て闘争の場に相応しくないと一瞬で切り捨てられ、ダイノガイストの精神から消え果てる。
 この場に居合わせればあまりの重圧に人間ならその場に昏倒するか、息を荒げて膝を吐くほどの両者の集中の念の凄まじさよ。だが、何事にも終わりは来る。来るのだ。やはり、というべきか二人が踏み出した一歩は秒瞬の狂いなく同時。

 

「オオオオオオッ!!」
「ハアアアアアッ!!」

 

 吠えた。人間がいくつも作り出した幻想の中の巨人達も、戦を前にすればかくの如く雄たけびを上げたのだろうか。震える大気が無い筈の月の世界はしかし怯えに震え、生命の息吹を感じさせぬ岩ばかりの大地は恐怖を糊塗するように地鳴りを立てた。
 再びの踏み込み。両者の足が離れた月の大地は砂状にまで砕け陥没していた。一歩の為に凝縮された力の凄まじさを、小さなクレーターがなによりも証明しよう。
 右足のみの一歩であるのにもかかわらず、ダイノガイストの速さは神がかったものだった。即ち神速。切っ先がかすかに月の大地を掠め、驚くほど鋭利な斬痕を残して走り、やがて虚空に躍り出て、勇壮な獅子を目掛け振われた。
 グレートエクスカイザーの右手一本から振り下ろされた大剣は、その輝きの美しさと圧倒的な威力を思わせる凄絶さに、最初から生存を諦める他ないと悟らせる凄まじさで振われた。

 

――エクスカイザー、今度こそ、おれ様の……!!

 

 勝利だ、と叫ぶダイノガイストの思考は、しかし三刃の協和音にも似た、澄みきった鈴の音の様な声に遮られた。

 
 

「遊びに来たよ、ダイノガイスト様!」

 

 夢の終わりを悟ったダイノガイストは、メインカメラである二対の瞳に、にこにこと満面の笑顔を浮かべるマユ・アスカを映し出した。
 長い眠りの間、幾千幾万と繰り返してきたシミュレーションの結果は、中断の影響で不明と出た。わずかな怒りを感じたが、それを吐き出す気力は無く、ダイノガイストは人間が良く着く溜息に似たものを胸の中に感じた。
 ダイノガイストとマユ・アスカの邂逅から数日が経過していた。周囲の大人達か『お兄ちゃん』にダイノガイストの事を話すかと思われたマユであったが、自分とダイノガイストだけの秘密にしたい、という欲求を覚え誰にもダイノガイストとこの洞窟の事を内緒にしていた。
 ダイノガイストからすれば、マユがこの場所を誰かに話したとしても、多少エネルギーを消費するが、洞窟の罅を分子操作で埋めるなり光学的な迷彩を施してなにも無いように見せる事は出来たから、あまり問題視していなかった。
 一方のマユは、普段は学校があるし、また友達も多く毎日この秘密の洞窟に顔を出す事は出来なかったが、できるだけ時間を作って一人ぼっちの恐竜ロボットの所へと通っていた。
 その内に、ダイノガイストに“様”を付けて呼べ、と言われた時も深く考えず簡単に了承した。
 どことなく威厳や風格みたいなものを持っている相手だし、マユ自身の幼い感性が様を付けて呼ぶ事に抵抗を覚えなかったからだ。
 今日が人間達の言う一週間という区切りの中で、休日にあたる事をダイノガイストは思い出し、マユの姿を眺めた。いつものブレザー姿ではなく、新緑の色彩が目にも鮮やかなワンピースとピンクのヘアリボンだ。足場の悪さを考慮し足元はスポーツシューズだった。
 腰まで届く長い、若いを通り越して幼いマユの長髪は、ピンクのヘアリボンで後頭部で一つにまとめられている。いわゆるポニーテールだ。髪の毛の生え際の遅れ毛が、年に似合わぬ艶を醸し出していた。将来の成熟が危険なほどに約束された片鱗であった。
 そのケの無い人達でも、百人中百人が思わず微笑む様な可愛らしい年相応の装いであったが、ダイノガイストに人間のファッションやそれに対する関心は備わっていない。ここら辺はやはり根本的な生命体としての在り方の違いによる。
 鬱陶しいような、それでいて、姿を見ないとそれはそれで物足りないような、なんとも名状しがたい評価を、ダイノガイストはマユに与えていた。
 大体決まった時間に姿を見せ、薬にも毒にもならないような話をしては帰って行くマユが、自分の生活(と言ってよいかは判断に困るが)の慣習の一部になりつつある事が、どうにも馴染めずにいた。
 雌伏の時を孤独に耐え過ごす覚悟と忍耐は持っていたが、一度孤独から離れてみると折角の交流相手をみすみす手放すのは惜しい気もして、ダイノガイストは結局マユの来訪を拒みはしなかった。
 えい、と小さな声を出してマユは洞窟の罅からダイノガイストの横たわる砂場に飛び降りた。途中までは危なっかしい足取りで岩場を歩き、一メートルほどの落差を飛び降りる。
 一度、飛び降りてからよじ登るのにのろくさしているのを見かねたダイノガイストが、階段状になる様に岩場の分子を削り取ったから、今では上り下りは随分楽な筈だ。
 差し込む陽の光だけでは人間のマユが視界を確保するのには不足だが、この秘密アジトに持ち込んだライトを手に取り、すぐにスイッチを入れた。
 ライトに照らし出されるダイノガイストの体は、相変わらず傷だらけではあったが、良く見れば確かに罅は減り、欠け落ちた装甲は埋まりつつあった。内部の構造が露出している部分も減っている。
 それから、丁度砂場に投げ出したダイノガイストの目と正面から向き合う位置に突き出た、四角い岩の上に家から持ってきたクッションを置いてマユは腰掛ける。

 

「今日はどんなお話をするの?」

 

 ダイノガイストが自分がどれだけ宇宙中の文明に恐れられた存在であるかを、端的に語る為にこれまでの海賊行為を聞かせたのだが、かえってそれが裏目に出てしまいマユが会いに来る度に話をせがまれる様になってしまった。
 五体が無事ならさっさとこの場から居なくなっている所なのだが。
 一刻も早く体が治らないものかと、ダイノガイストは考えていた。まるで元気の塊のように休む事を知らないマユの相手は、眠りから目覚めたばかりの状態でするのは、いささか疲れを感じさせる。
 なので話をずらした。別にマユの相手をするのが煩わしかったからではない。多分。

 

『それよりも言っておいたモノは持ってきたか?』
「え? うん、一応持ってきたけど、壊れてても本当にいいの? 映らないよ」
『構わん。見せろ』

 

 ダイノガイストに促され、マユは肩から下げていたルーズバックの中身を取り出した。厚さ五ミリの20インチサイズのテレビである。
 アスカ家が随分昔にお世話になっていた頃の品で、物置で眠っていたこれをダイノガイストの命令でテレビを探していたマユが発見し持ち寄ったのだ。
 岩にもたれかかせるようにテレビを置かせ、マユに下がる様に告げる。
 本来エネルギー生命体であるダイノガイストを始めとしたガイスターは、狙った宝が物理的に質量や体積が巨大なものになると、必然的に物理的干渉能力を求められる。こう言った場合に、今の様に無機物を媒体にしてその時々に応じた仮初の肉体を得てきた。
 肉体は破棄すればいいわけだが、手に入れたお宝はそうはいかない。多くのモノは闇の商人たちや好事家達に売りさばき、貨幣に変えるなり、あるいは物々交換を行うなりするが、中にはガイスターのメンバーやダイノガイストが手放すのには惜しいと思うものも、当然ある。
 そう言った品物は信用の置ける相手に預けるか、宇宙各所に持つアジトに保管する、あるいは、常に持ち歩くかという選択肢が発生する。携帯する事を選んだ場合エネルギー生命体である彼らでも収納と携帯が可能な入れ物やトランスポーターなどが必要とされる。
 ダイノガイストの場合は、彼自身が発するある種の波動を感知して常に周囲の亜空間としてダイノガイストに追従する空間そのものだ。適当に取りだすものをイメージしてこれまた適当に虚空に腕を突っ込むなりすれば、望みのものを取り出せると言うわけである。
 ダイノガイストは四肢を満足に動かせない為、収納空間に望みのモノを出すよう命じた。媒体は、空気の振動による音声では無く、エネルギー生命体の主な交感の為の機能である、テレパスだ。
 はたして、マユとダイノガイストの中間程の空間から、ラグビーボールの形に似たメカニズムらしきものがドサリと砂場に落ちる。ダイノガイスト配下のプテラガイストの発明品エネルギーボックスである。
 どこから出したんだろう? これってなあに? と顔に書いてあるマユを無視してダイノガイストはそれをマユが持ってきた壊れたテレビに取りつけるように告げた。といってもテレビの画面にぺたっと押し付けただけだったが。だが、それでもとりあえずは起動する筈だ。
 エネルギーボックスはマユの目の前でまるで魔法のようにテレビを取りこみ、その姿を変えて行く。
 うわあ、と感嘆のため息が零れ落ちた時には、画面が暗黒で満たしていたテレビは移動の為の、触手のような脚部と、間接の代わりである球体に棒を差し込んだ二本の腕を持ったロボットの出来損いの様な姿に変わっていた。
 材料が壊れたテレビ一つだから、サイズも小さいままだ。ダイノガイストが見るにはいくらなんでも狭隘に過ぎた。そこらへんはおいおいなんとかしてゆくかと、ダイノガイストはとりあえず棚に上げておく。
 以前にプテラガイストが作った試作品をコウモリ辺りが拾ってきて、気まぐれに放り込んでいたものだ。完全に機能はしないが、まあ、退屈を紛らわすのにはいいだろう。それに、ダイノガイストにもマユにテレビを購入するだけの資金力がない位は分かる。
 すごーい、というマユの声を他所に、ダイノガイストはテレビロボに適当に電波を受信して画面に映すように命じた。
 地上で流れるニュース番組の方が、マユよりは現実的な情報を手に入れられると踏んだからである。それに、秘密基地で設置した大型モニターを毎日飽きる事無く見つめていた四人の部下達の姿が、影法師の様にダイノガイストの思考の片隅でちらついていた。
 だが、テレビに映し出されたのは、ダイノガイストが想像していたものとある意味でかけ離れ、しかし今後の行動に大きな影響を与えるものだった。マユが、映し出された光景に息を飲む。
 それは、マユから聞かされたこの星で起きている戦争の光景であった。このオーブ首長連邦国の領海ギリギリで行われている戦争。ダイノガイストは知らなかったが、争う片方は宇宙に浮かぶ砂時計――プラントの人々が結成した自衛民兵組織ザフトのザラ隊。
 ザラ隊の猛攻を受け、白亜の船体から黒煙を噴き上げているのは、オーブ所有のコロニーヘリオポリスで建造された最新鋭の戦艦アークエンジェル。

 

 史実に置いてマユ・アスカが短い生涯を終える、ほんの数か月前の事であった。