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となりのダイノガイスト 第4話

Last-modified: 2008-09-16 (火) 21:03:18

 オーブ首長国連邦の、とある島のとある住宅街のとある住宅にて――。
 小鳥のさえずりが耳に心地よい、爽やかと言う他ない晴れ渡った青空の朝だった。
 ねむい目をこすりこすりしながら、二階の自分の部屋から一階のダイニングに降りてきたこの家の長男坊――シン・アスカが鼻をくすぐるなんとも食欲をそそる匂いと、耳に聞こえる音に、はっきりと意識を覚醒させた。
 包丁が刻む軽快なリズムは耳からそっと忍び入り、記憶野を刺激してシン少年の脳裏に朝ご飯のイメージを鮮明に描かせる。既に出来上がった汁物の香りは、色こそ付いていないが濃厚な香りでもって鼻の奥の粘膜を刺激し、少年の胃の腑に空腹を覚えさせた。
 じゃあ、と弾ける油の音は狐色に焼き上がった肉類や魚類を想起させ、朝からたっぷりと用意された食事を約束している。
 今日は何だろう? とこれだけで機嫌が良くなったシンは、台所で仲良く肩を並べている母と妹の姿を見た。
 母はともかく妹が一緒に台所に並んでいるのは珍しい光景だ。カラフルなバンダナで髪をまとめ、デフォルメされたヒヨコのアップリケのエプロンを付けて、終始笑顔の母の指導を受けて、包丁片手に悪戦苦闘しているらしい。
 今日はマユも一緒に作っているのか。年の離れた妹を可愛がる典型的な兄であるシンは、妹が自分の為に朝ご飯を用意してくれているのだと思うと、思わず鼻歌を歌いたくなるほど機嫌を良くした。訂正する、いささか平均的な『兄』より妹思いが強すぎるようだ。

 

「おはよう、母さん、マユ」
「おはよう、シン」
「おはよう、お兄ちゃん」

 

 椅子を引き、自分の定位置に腰かけて、テーブルに両肘をつきながら料理を作る二人の姿を眺める。
 昨日はこんがり狐色のトーストと新鮮さが一目で分かる生野菜のサラダに、コンビーフ入りのスクランブル・エッグと胡椒を効かせた分厚いハムステーキ。それにマスク・メロン半個と搾りたてのグレープフルーツジュースだった。
 やや量はあるが、焼き加減、分量、温度と満点と分かる品々はどんな寝ぼスケや胃腸の弱い人間でも満足の舌鼓を打てる調理だった。
 台所に並んだ食材や匂いからして、オーブに強く根付いた旧極東地域――日本系統の食事であるらしい事は察しがついた。オーブの公用語のひとつは日本語だ。

 

「今日はマユが母さんと一緒に作ってるのか。メニューはなに?」
「違うよ、お兄ちゃん。マユはお弁当作ってるの」
「弁当? どこか出掛けるのか」
「うん。お友達と一緒に」

 

 期待が外れた失望を隠さないシンの声に、マユはそれとは正反対の、明るさに満ちた声で返した。こんな、他愛の無い、けれど当たり前の幸福に溢れた日々を送ってほしいと万人が思わずにはいられない声だった。
 失望に彩られていたシンの表情も、愛すべき妹の嬉しさと期待が満ち溢れている声を聞いて、ま、仕方ないかと微苦笑に変わった。マユが楽しそうにしているなら朝ご飯くらいどうって事は無い。

 

「ほらシン。顔を洗って来なさい。貴方の分の食事はもう用意してあるから」
「は~い」

 

 母親にせっつかれ、シンはけだるい返事一つをしてから立ち上がり、洗面室に向かって歩き出した。
 それにしても、あんなに嬉しそうなマユの声は今まで聞いた事が無いな。そう、心の中でぽつりと呟いた。マユの声や表情には、今までシンが目にした事、耳にした事の無い感情が含まれていた。その感情が何なのか、シンが理解するのは随分先の話になる。

 
 

 四方を希薄な闇に覆われ、時が止まっているかの様に微動だにせず蹲っている、周囲の闇よりも深い漆黒の竜がいる。天に羽ばたく為の翼は無いが、大地を踏みしめ己こそが世界の覇者であると告げる為の足と頭と尾は健在だ。
 今は力なく投げだされた足も、かつては踏破出来ぬ大地など無く、行く手を阻む者全てを踏み砕き、蹴散らしてきた凶悪な武器だった。
 砂地にわずかに沈む両の前足の先端で、果てがないかと思われる闇に差し込む、たった一筋の陽光を反射し、仄白く輪郭を露にする鋭い爪は数多の獲物を手に掛け、肉を、骨を、鋼を、命を引き裂いてきたに違いない。
 この世のありとあらゆる獣も、一度食いつかれれば抗う事など出来ぬと見える、歯の並びを見よ。一本一本が戦場に向かう直前の様に研ぎ澄まされた槍穂の様だ。触れれば、その手は瞬く間に血潮で朱に染まるだろう。
 想像力の豊かなものならば、その歯の並びの煌めきに、肉の塊にまで切り刻まれ咀嚼される己を想起し、血の気を引かせて顔色を青い物に変えるだろう。
 全身を奔る無数の罅から流れる血潮は無く、苦痛の呻きも無いが明らかに死の寸前まで傷ついたと見える鋼の恐竜――ダイノガイスト。
 今の姿のモデルとした、数千万年前の地球の覇者である恐竜でさえも怖じ気づきそうな凶暴な並びの歯の間に、差し込まれるものがあった。そして、この場にそぐわぬ愛らしい声も。

 

「はい。ダイノガイスト様。あ~ん」
『…………』

 

 目下ダイノガイストの唯一の意志疎通相手である、現地の少女マユ・アスカだ。普段はピンクのヘアリボンで纏めた栗色の髪を編みあげ、袖無しの白い上衣と黒いジャンパースカート姿だった。
 にこにこと言う言葉がまさしく似合いのマユの笑顔は、氷雪吹き荒ぶ厳冬に、思わず枯れきった花も咲き綻んでしまうような可愛らしさがあったが、それを惜しみなく向けられたダイノガイストは、もし人間だったら眉を八の字に寄せているに違いない苦い沈黙で答えていた。
 二対の瞳は、マユが手に持った小さなフォークとその先にあるウィンナーを映していた。横半分に切り、斬り目を十字に切って焼き、まるでタコみたいに切り口を広げた赤いウィンナー、いわゆるタコさんウィンナーだ。
 ダイノガイストの思考は、目の前、というか自分の歯の間に差し込まれている物体が人間の食物であると言う事は理解していたが、何故それが、自分に差し出されているのか。また、マユの言う『あ~ん』という唸り声とも違う言葉の意味が分からない。
 たぶん、これを食えという意思表示なのだろうが、それにしても『あ~ん』とはいかなる表現か。頭を捻っても埒が明かないので、仕方なく聞く事にした。ちょっぴり嫌そうだ。

 

『何の真似だ?』
「なにって、こんな所じゃあ食べるものないでしょう? ダイノガイスト様はお腹空かないの?」
『空腹は感じん。おれに食事の必要はない』
「ダイノガイスト様は機械みたいだけど、この間自分で傷を治していたし、生き物みたいな所もあるからお腹がすいたりしないのかな? と思って持ってきたの」
『お前が作ったのか?』
「うん。お母さんと一緒に。今日友達と出掛けるって言って作ってもらったの。嘘吐いちゃったかなって思ったけど、ダイノガイスト様の所に行くんだから嘘でもないかな?」

 

 つまりは自分(ダイノガイスト)=友達、という事か?

 

『……』
「ダイノガイスト様の分なんだよ? だから、あ~ん」

 

 また、ずい、と小さなマユの手に握られたフォークの先のタコさんウィンナーが差し込まれた。マユの右手首までがダイノガイストの口の、わずかな空隙に差し込まれている。
 もし歯と歯とが噛み合ったら、達人の振るった日本刀の切れ味でもってマユの手首を切断してしまうだろう。
 この場面だけを切り取って誰かに見せたら、百人中百人が危ない! と思うだろう。何人かは右手を噛みちぎられるかそのままパクリといかれるマユをイメージして、卒倒しそうだ。
 マユの考えとパッと見のシュールさはまた別として、ダイノガイストが経口で人間などの生命体と同じ食事を取った場合、実の所問題は無かったりする。
 それどころか食事によって得られるエネルギーを低効率でしか活かせない人間と違い、ほぼ百パーセントの効率で活用できる位だ。
 もっとも、マユの用意した量ではさしたる、それこそ腹の足しにもならない。

 

『その“あ~ん”というのはなんだ?』
「知らないの? こう、食べるときに口を開けるとあ~ん、てなるでしょ? だから、『あ~ん』」
『……』

 

 まあ、食ってやっても良いか、とは思っていたのだが、なんというかマユの言う『あ~ん』に対して決してそれをやってはいけないような気がした。それをしてしまったら自分の中の何かが崩壊してしまうような気がしたのだ。
 威厳とか、尊厳とか、多分そういう迫力とか『格』に関係した何かが。
 だから、ダイノガイストは頑なにマユの『あ~ん』を拒んだ。さして意地になるような事でもないのではなかろうか? とも思うのだが、やはりこれだけはやってはいかん、という本能の警告が強い。
 その内に、マユの語彙も強めになる。

 

「はい、あ~ん」
『……』
「あ~ん」
『…………』
「あ~ん!!」
『……………………………………』

 

 そのやりとりを、洞窟の片隅ですっかり忘れられているテレビロボが、やれやれだぜ、とばかりに触手みたいな腕を器用に竦めていた。
 エネルギーボックスが試作品だったせいか、妙な個性か人格めいたものを手に入れてしまったらしかった。
 で、

 

『…………』

 

 ダイノガイストがちょっぴり口を開き、マユがそこに両掌位のちいさなちいさなお弁当箱から、フォークで突き刺したミートボールを落とした。型で作った花びらの形をしたおむすびもついでに落とす。
 どでかい恐竜の口の中に片腕を突っ込む少女と言う、傍から見たら心臓に悪い光景が出来上がっていた。マユが腕を引っ込ませるのと同時にダイノガイストの口が傍目には分からない位上下左右に動く。
 巨躯に比べればあまりにもちっぽけな量の食物を、一応噛んでいるのだ。どういうわけか、今の肉体を構築したダイノガイスト自身にも分からないが、この体の有する味覚に相当するセンサーは人間のモノと極めて近い。というかおんなじである。
 大多数の人間が上手いと感じる食べ物ならダイノガイストにとっても美味であり、逆にまずいと感じる食べ物ならば、これまた等しく不味いと感じる理屈だ。
 であるならば、マユの母親はなかなか料理上手であるらしく、ダイノガイストは口に入れた分を飲み込み終えると、黙って口を十数センチだけ開く。もっとよこせ、の合図だ。
それを見てマユはどういうわけか嬉しそうに、お弁当箱の中身を次々とダイノガイストの口の中に放り込んで行く。

 

「ねえ、ダイノガイスト様、美味しい?」
『不味くはないな』
「ええー、絶対美味しいよ。お母さんのお料理、マユ大好きだもん。お母さんと一緒に作ったんだから、美味しく出来てるよー」
『お前一人で作れるようになってから文句を言え』
「む~」

 

 ぷう、とマユの林檎色の頬が膨らみ、小さな造りの唇が突き出される。小鳥の啄みにも似た動作は、幼い少女の精一杯の反抗の証だったが、ダイノガイストはこれっぽっちも意に介した様子はなく、また口をちょっぴり開いた。
 これでもマユの手を間違って噛んだりしないようそれなりに注意を払っていたりする。
 結局、マユは目の前の銀の槍穂が開いて、その中の空洞が覗けばお弁当箱の中身を差し出すのだ。ある意味亭主関白的な関係を構築しつつある一体と一人だった。

 

『…………? どうした』

 

 折角開いてやったと言うのに、マユはお弁当箱を両手で胸に抱えたまま動かない。訝しんだダイノガイストへの返答はこうだった。

 

「もうないもん!」

 

 美味しいと言ってもらえなかったのが悔しくて、ちょっとだけ拗ねた調子でマユがそう言って、ぷい、と顔を背けた。ぷんすかとでも表すべきか、怒った様子はそれだけダイノガイストの賛辞を期待して居たのだろう。
 面倒な奴だ、とダイノガイスト。そもそも何で自分がこんなちっぽけなニンゲンの子供の相手などしているのだろうか?
 中身はサンダーガイストと同じ――いや、あちらの方が幼稚か? ――位だから適当にあしらうにしろ言い包めるにしろ、大した労力は要らないから気にはならないが。
 普段、マユの来ない日などは朝・昼・夜と一日三回、テレビロボに重要と思える情報だけを記録させて確認して後は熟睡を貪るだけだから、余計にマユとの交流が印象深いのかもしれない。
 あるいは、ひょっとしてひょっとしたら得難い時間だと、無意識に感じているのかもしれなかった。
 それは、意志の交流と現地の生命体の慣習や情報を得られるという意味でカ、それとも?
 とはいえ、こういう何故? という問答の答えはこのような境遇に陥った自分自身そのものであり、そうさせた宿敵となる。
 地球を見下ろす世界で行った一騎打ちに敗れ、もはや逃げる事も抗う事も叶わずと悟った自分が、己れの矜持を貫きとおす為に自分自身の死を選んだのだ。
 その果てに、地球によく似た星の地下で、半壊どころか九割がた壊れた状態で生を拾ったのも、真っ向から実力でぶつかり合い敗れた結果である以上、すべては自分自身が負うべき責任だ。
 それ故にこの状況で感じる恥辱も、怒りも、復讐の念も、何もかもが自分自身の所為なのだ。それを理解するが故に、今のダイノガイストは誰よりも、宿敵エクスカイザーよりも敗れた自分自身が許せない。
 そんな自分が、エクスカイザーの様にニンゲンの子供とこうして交流を持ち接しているのは、ダイノガイストでなくとも皮肉めいたものだと思うだろう。自分で自分の行動を理解できない。
 それがもどかしくもありどこかくすぐったいのだ。おまけに、そう不愉快ではないときている。

 

(なんなのだ。まったく……)

 

 結局、一度拗ねたマユはぷんすかぷんすかと頬を膨らませたまま、以前ダイノガイストが形を整えた階段をダンダン、と音を立てて登っていく。一応、怒ってるんだよ、というアピールである。
 このまま放置した場合とここでフォローを入れた場合とを考え、ダイノガイストは後者を選んだ。

 

『マユ』
「……」

 

 ぴた、と面白い位に階段を昇り切ったマユの足が、ダイノガイストに声を掛けられた途端停止する。よく訓練された軍隊の行進みたいに整然とした止まり方だった。実の所、声をかけてもらうのを今か今かと待っていたのだろう。

 

『どうせ食うなら美味いものがいい。次はもっと美味く作って持ってこい。そうしたら食ってやる』
「…………ふん、だ!」

 

 マユは遂にダイノガイストを振り返る事無く、肩を怒らせたまま外に出て行ってしまった。振り返らないのは、その顔に浮かぶ抑えきれない笑顔を、ダイノガイストに見せない為だとはダイノガイスト本人には分からない。
 どうしてこうも面倒なのだろうか、とダイノガイストが最近やたらと溜息を吐きだした。洞窟の片隅で、どこから拾ったのか真白いハンカチを片手で振りながらマユを見送っていたテレビロボが、こちらを向いた。

 

『なんだ?』

 

 睨むダイノガイストに、テレビロボは自分の体のどこかにハンカチをしまってから、触手を器用に折り曲げて人間の肘関節を真似て、このこの、正直じゃないね、とばかりに突き出し始めた。

 

『…………』

 

 何かムカついた。

 
 

 流れ込むエネルギーは、地球の奥深くで滾る溶岩の流れの様に灼熱の感覚をダイノガイストに与えている。マユにテレビを持ってこさせる数日前から、先端に削岩機を取り付けた千分の一ミクロン単位のケーブルを、ある施設へと向けて伸ばしていた。
 ダイノガイストのセンサーの索敵範囲内で最も大きなエネルギーが発生している地下施設だ。この国の電力を賄っている地熱発電施設が目標だった。
 このオーブとか言う国の情勢をマユが持ち込んだテレビロボを通じて知るにつれて、ダイノガイストの経験と、歴戦と言う言葉も霞む戦士の直感が、目に見えず、鼻で嗅げず、耳で聞けぬ、肌に触れ得ぬ、闘争の気配を察知していた。
 この島国に向けて生と死が肩を組みあい、暗い死の世界のぽっかりと空いた穴の上に渡された綱の上を歩きながら葬々曲を歌っている。
 まもなくこの美しく平和を過信した島国を襲う、死神の列を迎える為の前祝いとばかりに暗く低く、呪うような旋律と共に。
 生に選ばれた者は綱の上を無事渡る事が許され、死に愛された者は共に暗く冷たく深い冥府の穴へと落ちて行くのだ。
 死の抱擁を受ける者と生の祝福を受ける者を分けるのはなんだろう。Fの名を持つ神の加護か。
 もっとも、そんな繊細な感傷に浸る感性はダイノガイストにはない。身を捕らえられたこの岩とわずかな生命と晴れぬ暗闇、一筋だけの光明だけしかない牢屋に、まもなく戦火が及ぶとほとんど確信していた。
 その時の為に、今はこの不自由な体を一刻も早く動くようにしなければならない。分からぬが分かる。エネルギー生命体故の超知覚か、それとも精神に刻んだ数多の破壊と闘争の記憶が、ダイノガイストに警告を発している。
 再び雄々しくも禍々しく、手に刃を持って立ち上がらねばならぬ時が近いのだと。分るのだ。
 何日も何日もかけ、いまや忍耐と言う言葉が常態化しているダイノガイストは、地熱発電施設に到着したケーブルを慎重に操る。
 先端の削岩機――ドリルを四方に展開して発電機の一つに取り付け、電力供給が減っている事に気付かれぬよう、ほんのささやかな量を吸い取り始める。
 花が長い事秘していた花弁を開くようにドリルの先端が、四方に開きその中にあった三つの鋭い針が覗く。発電機をまるで豆腐でも刺す様に貫いた針から、徐々に地熱を利用して生み出された電力が千分の一ミクロンのケーブルを通じ、ダイノガイストの冷たい巨躯へと流れ込む。
 これと似たような事を、たとえば街頭に通されたケーブルや風力発電施設、太陽光発電の設備などにも行い、半径数キロ以内にある電力をわずかずつ集めていた。塵も積もれば山となる。
 それを行う為に浪費したエネルギー量は馬鹿にならなかったが数日で十分な見返りを得られるだろう。
 ダイノガイストはわずかずつ力に満たされてゆく体に、久方ぶりの愉悦を感じ、低く唸りを上げた。天界の神々と雌雄を決する戦いを前にした魔界の軍団長の如く、異様なまでの威圧感を含んだ声だった。
 幾年か幾十年か。時の流れさえ忘却しそうなほどの束縛からの解放と、破壊の渇望が、ダイノガイストの魂の鼓動を、少しずつ強く、熱いものへと変えていた。

 
 

 電力奪取にも使ったケーブルを利用する形でこの国の軍事関係と思われるネットワークに介入し、介入の痕跡を決して残さぬよう臆病なほど慎重に、そして大胆にハッキングを行っている。
 その結果この世界の主力兵器は今の所、ザフトとかいう宇宙に根拠地を置く人間勢力の作り出した人型の兵器であるらしい。
 モビルスーツとかいうもので、サイズはホーンガイストやプテラガイストらと同じ位だ。人間が用いている武器と同じものをスケールアップしたものを装備しているようだ。
 ダイノガイストも検知した、謎のジャミング――ニュートロン・ジャマーの影響で誘導兵器が使えなくなったため、モビルスーツの様な有視界戦闘を考慮した兵器が発展したらしい。
 最初は自分の様に無機物にエネルギー生命体が取り憑きでもしたのかと思ったが、MSの数と実態を知るにつれてあくまでも人間が乗り込んで操縦するものだと分った。
 性能はさして脅威と言えるものではない。MS自体歴史の浅い代物でダイノガイストの目から見てもまだまだ稚拙で、その分発展性のある兵器であったが、自分と比べれば取るに足らぬ代物だ。合体する前のエクスカイザー達の方がまだ歯応えがあるだろう。
 だが、それもダイノガイストの体が完全な状態であったらの話。今のようやく四肢を動かし立ち上がれる程度になった状態では、その取るに足らぬ代物でさえもやっかいな強敵と成り得る。
 ハッキングを繰り返すうちに、『ジン』や『シグー』と言う量産機よりも性能が飛び抜けたGAT-Xナンバーシリーズとかいう機体や、このオーブで開発・生産されているM1とかいうMSの存在も知った。
 実体弾よりも強力なビーム兵器を装備したこれらの機体は、今のダイノガイストには無視できる相手ではなかった。最も、そのM1の量産の為に費やされるエネルギーが膨大であり、その内のいくらかはダイノガイストの体を癒す助けになっているのだが。
 一刻も早くこの体を癒す。でなければ本来敵ではないような雑魚共にさえ手こずる歯がゆい思いをしなければなるまい。
 ただ、ダイノガイスト自身がこの星の、ザフトとか地球連合とかいう勢力と争う必要性はないが、戦士としての本能か海賊としての気質故か、ダイノガイストはこの星の人類との戦闘も想定し、傷の癒しに専念していた。
 傷を癒したら、まずは自分がこの宇宙のどこにいるかを確認しなければなるまい。星間文明の威光が届かぬ途方も無い未開拓の星系かもしれないが、宇宙には表には知られぬ未開の星で得た代物で富を築いた者達は腐るほどいる。
 栽培禁止の麻薬、輸出入禁止の動植物、持ち出し禁止の極めて危険な鉱物、最も強く禁じられている生命体の奴隷売買などなど。
 宇宙に燦然と輝く筈の法の拘束力が及ばぬ未開の暗黒世界で繰り広げられる欲と背徳と邪悪なネットワークは、光と正義を重んじる連中のそれとは比較にならぬほど広い。
 前科は無いが宇宙最悪最強の宇宙海賊ガイスターの首領であるダイノガイストの顔が、そういった世界でどれほど効力を発揮するかはいうまでもない。ただし、宇宙の宝は全て自分のモノ、というスタンスである為、裏世界における敵もまた腐るほどいたが。
 兎にも角にも、まずは傷を治し、部下達の居場所を突き止めて救出してやり、然る後に宿敵エクスカイザーと改めて剣を交わす。これを打ち破った暁にはかつてと同じ様に宇宙を荒らし回り、すべての宝をこの手にする。
 これがダイノガイストの目下の行動方針であった。

 
 

 装甲から装甲が生まれ、断ちきられたコードが蠢き繋がり合い、全身にくまなくエネルギーが満たされてゆく感触を心地よく感じるダイノガイストの脳裏に、ふとこの星で出会ったちっぽけな少女の姿思い浮かんだ。
 自分がこの星を去る時、マユはどう反応するのだろう? 一度この星を去ればもう二度とある事はあるまい。もともと有り得ぬ出会いだったのだ。かつてのガイスター時代に戻れば、わざわざこの星に立ち寄るような用事もあるまい。

 

『くだらん』

 

 小さく吐き捨て、ダイノガイストは肉体の修復に専念すべく強制的に眠りに落ちようとした。だが上手くは行かなかった。
 メモリーにあるマユの姿が、電源を落としたカメラアイに焼きつけられた様に浮かんでは消え、浮かんでは消えていたからだ。その表れては消えゆく幻の中のマユは、眩いまでに輝く笑顔だった。
 そんなダイノガイストの様子を、突き出した岩の一つに腰掛けていたテレビロボが、やれやれとばかりに肩を竦めて見守っていた。