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となりのダイノガイスト 第5話

Last-modified: 2008-09-16 (火) 21:05:51

 マユの訪れと共に起き、他愛の無いおしゃべりに興じては持ってきた弁当やサンドイッチを平らげ、来た時と同じ笑顔で去って行くマユの背中を見送る日々が続いた。
 テレビロボから得られる一般市民向けの情報と、ハッキングによって得られるオーブ首長国連邦の秘匿している情報との擦り合わせという範囲に収まるが、ダイノガイストは客観的に今いるこの地球(仮)で繰り広げられる人類の戦争が、佳境を迎えつつあると判断した。
 宇宙の人造の植民地“プラント”の人間達が作ったモビルスーツを、地球側も開発に成功し、プラントをはるかに上回る生産力で数を揃え始めている。
 対立する両者のどちらにも属さずに、中立を謳うオーブも、自国の保身のために情報収集には熱心で、お陰でダイノガイストの手元に入ってくる情報もまあまあの代物だった。
 ニュートロンジャマーキャンセラーによって核に電力供給などの恩恵に与かれなくなった地球で、オーブは大きな被害を被らなかった数少ない国だ。
 さらに希少な大規模なマスドライバーを備え、建造途中で計画中止になった軌道エレベーターを利用した低軌道ステーション『アメノミハシラ』とあいまって地球連合諸国家やプラントに対する武器・弾薬を始めとした諸々の物資の輸出入で多大な利潤を貪っている。
 しかしオーブが富み栄える反面、ライフラインの壊滅による貧困や飢餓、疫病、社会レベルの衰退などで苦しむ近隣諸国からは羨望と嫉妬の感情を根強く持たれてもいた。
 ある意味では、このまま戦争が続いてくれればより一層旨味を貪る事の出来る立ち位置にあると言っても良い。
 もっとも、前代表であったウズミ某の掲げる国是や主張を鑑みるに、戦争継続を望む様な人物ではないらしい。
 ウズミの代からか、それともオーブが建国より掲げた理念かは知らないが、この国は他国への侵略、他国からの侵略などを行わない事を国是としている。今まで戦火に晒されなかったのもそのスタンスを頑なに貫きとおしたからだろう。
 と、ここまで考えてダイノガイストはどうでも良くなって、テレビロボにチャンネルを切り替えるように命じた。テレビ画面の中で声高々に演説していたウズミ氏は切り替わった娯楽番組に差し替えられて消えた。
 別にウズミ氏の掲げるオーブの絶対的な中立維持の思想を蔑むわけでも、また逆に尊ぶつもりもない。
 そも悪法善法によらず法と秩序によって成り立つ『国家』という枠組みそのものが、無法を働く宇宙海賊である彼にとっては敵以外の何物でもなかった。
 それにダイノガイスト個人がこれと言った政治的思想を持ち合わせているわけでもない。
 あるのは

 

『宇宙の宝は全ておれ様のもの』

 

 あるいは

 

『宝こそわが人生』

 

 と言った所か。
 また、宇宙レベルで活動していたダイノガイストや、その宿敵であったエクスカイザー達からすれば、宇宙進出において後進の未開惑星の、とるに足らぬ小国の政治的思想など鼻にかける価値も無い。
 エクスカイザーや宇宙警察、宇宙警備隊の面々ならばそれでも現地人たちの思想や歴史を尊重する事もあろうが、生憎とこちらは我欲のままに振舞い、自らを律するのは矜持のみの宇宙海賊ガイスターの首領様である。
 オーブのみならず地球連合やプラントがそれぞれに主張する大義や、戦争行為を正当化する詭弁も、等しく価値が無い。それこそ歯に詰まった食べかすを掃除する爪楊枝にも劣るのだ。
 聞いている分には暇つぶしにはなるが、という程度でもある。だから、というかやはりここで問題になるのはダイノガイストの肉体の修復状況である。
 本来は単独で大気圏離脱・脱出どころか惑星間航行までやってのける、現行の地球圏の技術からすればオーバーテクノロジーにも程がある性能なのだが、生憎と完璧と呼べる状態になるまではいま暫く時間がかかりそうだ。
 天井を分厚い岩盤に阻まれ、闇が重さを持ってそのまま押し潰してくるような錯覚を与える洞窟の中で、ダイノガイストは体が岩盤に当たらぬ程度に動かす。尾の先がわずかに左右に振られ、両前足の爪が開いては握りを繰り返す。
 思ったよりも反応が鈍い。それでも動かす度に壊れるのではないかと心配しなければならなかった頃よりははるかにましだ。MSが相手なら一、二度位は戦闘にも耐えられるだろう。

 

 オーブ製MSであるM1生産の為に費やされるエネルギーを少量ずつ喰らう事で飛躍的に肉体の修復は進んでいる。そのプラス要因もあって、ダイノガイストはこれまでつつしんできたアクティブな思考もするようになった。
 例えば、これまでの臥薪嘗胆の日々で膿んだ鬱屈としたフラストレーションを爆発させたい、など。
 修復とエネルギーの補充がすんだら、一度体の具合を見る為にザフトか連合の部隊に仕掛けるのも悪くはないかもしれない。そんな風にダイノガイストが思う事もあった。
 ただ、何もかもする事は自分でやるしかないのが手間と言えば手間だ。自分の手足となるべきガイスターのメンバーはいないし、携帯空間に放り込んでいた試作型のエネルギーボックスも一個きりしかない。
 エネルギーボックスの量産もプテラガイストが残したデータがあるから可能と言えば可能だが目下優先度は低い。必然的に、ダイノガイストは諸々の事を自分自身で行わなければならない。まったく面倒な事だ。

 

『…………戦争か』

 

 今日もダイノガイストに会いに来たマユが、去り際にダイノガイストに向かって呟いた一言が、脳裏を過ぎった。
 十歳にもならない小さな女の子は、幼いからこそ周囲の大人の不安を敏感に感じ取り、それを打ち明ける相手にダイノガイストを選んだ。マユは言った。

 

「戦争になるの? お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、誰も戦争なんてしたくないんだよ。……なのに。なんで戦争って、起きるの?」

 

 答える言葉はダイノガイストにはいくらもあった。思考形態、生物としての根幹的な差異、外宇宙・異次元からの侵略などなど。無限に広がる宇宙の多く無数の争いの種を内包し、これまでもこれからもその種は花開いて争いを生み続ける。
 この蒼い星とて弱肉強食の真理からは逃れられない。弱き者が強い者の糧になるのは、宇宙全般に通ずる真理だ。
 だが、この星の住人達の争いはなお凄惨だ。宇宙の歴史を顧みれば互い歯止めを欠いて争い合い、母星を失い種として絶滅してしまった例が山ほどある。今のこの地球も、それらの星と生命達と同じ轍を踏もうとしている。
 だが、いくらもある答えをダイノガイストは口にしなかった。ただ黙してマユを帰らせただけだ。
 この星に住む人類の命運に口を挟む義理も理由も無い。それはエクスカイザー達も同じだろう。むしろ彼らの方こそ、あくまでもその星の住人達自身で命運を左右するような事態には首を突っ込む事はあるまい。
ダイノガイストにとって地球人たちの争いは関与するべくも無い対岸の火事の筈である。筈なのだ。だが、その戦火がマユの身に降りかかるのならば、交わし合う殺意の鉾がマユに向けられたとしたら?
その時、ダイノガイストはどうするのか? どうしたいのか?

 

『チッ』

 

 こんな風に思い悩むのならば、マユとは出会わない方が良かったのかもしれない。ダイノガイストはそう思うようになっていた。

 
 

 そして、その日はやってきた。ダイノガイストが常と変らぬ眠りを貪っていた中、超直感的な何かに突き動かされ、メインカメラである恐竜の目に光が灯る。闇色の岩盤の向こうになにかいる。悪意と破壊の意志を乗せた何かが。
 戦争だ。マユと出会う前後から予感していた戦争の気配が実体を伴って遂に姿を見せたのだ。

 

――この塒ともオサラバする時が来たか。

 

 流石に本格的な装備を備えた軍隊がこの島に上陸するとなれば、ここで眠っているだけではその内見つかってしまうだろう。力押しで脱出する事も出来なくはないだろうが、その後何かと面倒な事になりそうだ。
 顎や手足を投げ出していた姿勢からわずかに身じろぎし、長い年月の間に層を成して降り積もった埃や灰をゆすり落とした。もうもうと立ち込める煙の中、長い時を費やして穿っていた海中に繋がる穴を分子配列の変換では無く自分の手足で行うべく動き始める。
 穴はダイノガイストの前方、海に面した岩盤の真下だ。暗闇が最も濃い部分だ。何とかダイノガイストが身を潜り込ませる事が出来る最小限の穴が開いている。
 おそらく、オーブを取り囲んでいるのは地球連合軍だろう。テレビロボが傍受した通信にその名が挙がっていた。オーブ側は再三交渉の場を持とうとしているが連合側にその気はないらしい。
 また逆に地球連合に与する事を選んでもオーストラリア大陸のカーペンタリア基地からザフトの部隊が出撃してオーブに攻撃を仕掛けてきただろう。どの道、オーブは戦火に見舞われる以外の選択肢は無かったのだろう。
 戦火の被害を抑える選択肢もあったが、ダイノガイストの印象としてはあえてそういった選択肢をオーブの上層部は選ばなかったように思えた。

 
 

 また適当に身を隠せる所を探さなければならぬかと考えていよいよ体を持ち上げようとした時、ダイノガイストはいつもより小走りでここに向かってくるマユの足音と熱紋を探知した。
 既にオーブ全域で避難が始まっているはずだ。こんな所に顔を出す余裕などあるまいに。

 

「ダイノガイスト様!」
『避難は始まっているはずだ。なぜここに来た?』

 

 ダイノガイストのやや冷淡とも言える声音の言葉に、家からずっと走りっぱなしで息を荒げたマユは、胸に手を当てて赤みの差した顔のまま、なんとか息を整えようとしている。その間も階段を降りてダイノガイストをまっすぐに見上げた。
 大きく息を吸ってなんとか荒ぐ息を飲みこんだ。

 

「あのね、もうすぐ戦争だって! 地球連合の、人達がねっ」
『それを言いに来たのか?』
「だって、ダイノガイスト様ずっとここから動けなかったんでしょ? ここだって危ないかもしれないし、そしたらって思って!」

 

 ああ、やはりそうか、そう呟く自分の声を、ダイノガイストは聞いた。マユはダイノガイストの身を案じてここまで走り続けてきたのだ。この少女にとって、ダイノガイストはそうまでする価値のある存在になっていたのだ。

 

『そうか。……安心しろ。その事はもう知っている。今からここを出る所だ』
「本当? 嘘なんかついたら嫌だよ」
『嘘ではない。お前こそ、家族と一緒にさっさと避難しろ。そろそろ、連合の連中が突き付けてきた時間の筈だ。家族とはぐれてしまったら、おれは問題ないが、お前には大問題だろう』
「そう、だけど。……ねえ、本当に大丈夫なの? ダイノガイスト様、ちゃんと動ける?」
『要らぬ心配だ。おれ様を誰だと思っている。宇宙海賊ガイスターの首領ダイノガイスト様だぞ』

 

 有無を言わさぬ力強いダイノガイストの言葉に、マユも多少不安を和らげたか、不安げに寄せていた眉間をほぐし、つぶらな瞳でダイノガイストを見つめ直す。

 

「うん。そう、だよね。ダイノガイスト様だもんね。大丈夫だよね」
『ああ。だから早く家に戻れ』
「……うん。ねえ、ダイノガイスト様」

 

 顔を伏せたマユが、揺れる瞳でダイノガイストを見上げ泣きそうな表情で口を開いた。

 

『なんだ』
「戦争が終わったらまた会える?」

 

 その答えを得て、マユはこの洞窟を去っていった。ダイノガイストは、おそらく最後になるだろうマユの姿を見送ってから、海中へとつながる道の削岩に勤しみ始めた。最後の最後でマユがダイノガイストに向けたのは、大粒の涙を流しながらの笑顔だった。
 ダイノガイストの答えが何だったのかは、言うまでもあるまい。

 
 

 地球連合軍艦隊の攻撃が始まったのはそれからわずか数時間後の事だった。
 国民の大部分は避難を済ませたようだが、ろくに猶予を与えられなかったオーブ政府からの通達や避難船の用意は遅れ、少数の国民がいまだ戦場となり果てたオノゴロ島やヤラファス島に取り残されていた。
 国土が狭隘なオーブでは既に本土が戦場になった時点で軍事的な敗北は明らかだが、それでもオーブ軍は押し寄せる連合軍と銃火を交わす事を選んだ。
 連合のストライクダガーに比べ、オーブのM1アストレイはより優れた性能を持った量産機と言えたが、その性能の差でカバーできる範囲を超えた物量で連合はオーブを攻め続けている。
 オーブ側にはアラスカ基地での友軍を巻き込んだ凄惨な茶番劇によって、連合を離脱したアークエンジェルの姿があり、搭載されていたストライクや、アラスカで合流したフリーダムと言うザフトの最新鋭MSもオーブ軍と共に戦っていた。
 特にこの時期、オンリーワンの決戦用MSとして開発された核動力のフリーダムの性能は圧倒的で、パイロットの超人的な戦闘能力と噛み合い単独で数十機以上のストライクダガーの戦闘能力を奪うほどだ。
 だが揚陸艇から次々と姿を見せるストライクダガー達はまるで尽きる様子はなく、性能は上でもパイロットの錬度は等しく低いのオーブ軍は、数に押されて敗北の報告が国防司令部に続けて送られてきている。
 フリーダムやアークエンジェルの奮迅もあり、連合側は当初の予想を大きく裏切られる苦戦を強いられたが、やがて旗艦パウエルから出撃した三機の次世代GAT-Xナンバーが出撃し、戦線に加わると一挙に勝敗の天秤が傾いた。
 全身に火器を仕込み、まさしくその名の如き暴威をふるうカラミティ。
 MA形態からMS形態へと移行し、右手に持ったハンマーと言う特異な武器でM1を容易く砕くレイダー。
 笠の様な特異な装甲を被り、手に持った大鎌でオーブ軍艦艇の艦橋を無残に斬り飛ばしているフォビドゥン。
 それぞれに特化した性能を持ち、コーディネイターを超えるべくして生み出された生体CPU――強化人間達が操るこの三機は、ナチュラルの乗るM1アストレイなど全く歯牙にもかけず蹂躙を始める。
 これに対処したのはフリーダムだ。核動力機の圧倒的なパワーと多対一を想定した機体コンセプトを最大限に活かし、クスフィアス・レールガン二門、バラエーナ収束プラズマ砲二門、ルプス・ビームライフルによる一斉射撃を行い、周囲のストライクダガーごと一挙に薙ぎ払う。
 オーブの上空で、無数の凶火が生まれては消えた。
 そんな彼らの眼下で逃げ惑う一組の家族の事など、知る由も無かった。マユとシンとその両親たち。アスカ家の四人だ。彼らもまた避難し遅れた組で、停泊している避難船めがけて必死に走っている。
 一番幼いマユが、疲れを見せ始め後れを取るのを、母やシンが励まし、なんとか視界の彼方に避難船の姿を見る事の出来る所まで辿り着いた。
 森と山に挟まれた道を父を先頭にして走り続けるマユ達の上空で、青い六枚の翼を広げた『自由』が、五つの砲身を展開した。それに応じて、六つの咆哮を青緑の『疫病神』が自由へと向ける。
 ともに足元で必死にあがく四つの命に気付いてはいなかった。無意識に踏みつぶした蟻に、人間は何と謝ればいい? その存在に気付いていない以上、鋼の巨人を駆る彼らにとってマユ達は蟻と同じだ。

 

「マユ、頑張って!」
「船が見えたぞ」

 

 父と母の声にわずかに元気づけられたマユは、こちらを振り向いた父母が光の中に飲み込まれるのを目撃した。同時に何か力強い手の様な物に、道を囲むなだらかな斜面に投げ飛ばされるのも。
 投げ飛ばされたわずかな時間に感じた浮遊感と、叩きつける風、頬を焙る熱量にマユは咄嗟に顔を小さな手で覆い、背を丸めてごろごろと斜面を転がった。
 体中が痛い。あちらこちらをぶつけ泥だらけになっている。ふらふらと思考が揺らぐ頭に冷や水をかけたのは家族の安否を案ずる心だった。

 

「お兄ちゃん、お父さん、お母さん!!」
「うっ、痛え。マユ、無事か! おれは大丈夫だ。誰かが急に引っ張って……」

 

 ぼやける目を声のした方に向けると、マユよりも一、二メートル上の辺りでうつ伏せに倒れた兄の姿が見えた。取り敢えずシンの無事は確認できた。

 

「お兄ちゃん、お父さんとお母さんは?」
「あ……」

 

 マユの言葉で両親の姿が無い事に気付いたシンは、突然の爆発があるまで自分達のいた場所に目を向け、そのまま凍りついた。吹き飛ばされた地盤。高熱で赤く燃えている地面。ぶすぶすと煙を立てているのは、真っ黒焦げになった、かつて人間だったモノだ。

 

「あ、ああ、あああああ……」

 

 かつて人間だったモノ。黒焦げの肉塊に変わり得るものはシンとマユの他には、二つ、いや二人しかいないじゃないか。だから、アレは。アレは。

 

「父さん、母さん」

 

 がっくりと膝をつき、見開いた両眼から滝の涙をこぼすシンの姿に限りなく不安なものを見て、マユは斜面を駆け昇ろうと立ち上がる。
 妹が何をしようとしているのか。そうしたら何を見てしまうのかに気付いたシンが、それでようやく正気を取り戻し、走り出したマユの体を抱きしめて止めた。

 

「駄目だ、マユ! 見ちゃいけない!!」
「離して、離してえ!! お父さんは!! お母さんは!? ねえ、なんで返事が無いの? お兄ちゃん、何を見たの!!??」
「ううっ」

 

 自分を抱きしめる兄が泣き続けている事が、マユの脳裏に最悪の答えを想像させた。さっきの爆発で、お父さんとお母さんは、死……。

 

「あのMS!」

 

 また上空で砲身を展開するフリーダムと、地上からそれを迎え撃つカラミティの姿をシンの瞳が捉えた。咄嗟にマユの体に覆いかぶさり、地面に伏せる。
 あいつらだ。あいつらが父さんと母さんを。マユの身を守るという思いと同じ位強い憎悪が、シンの胸に湧き起こった。
 シンに覆いかぶされながら、マユもまた上空で翼を広げる鋼鉄の天使を見た。あれだ。あの人達が戦争を運んできたのだ。あの人達が来なければ、こんな、こんな目に遭わずに済んだのだ。無垢なマユの心を、どす黒い物が染めていった。
 展開した砲口に灯る光が、一瞬の時間を置いて苛烈な光の槍と変わる――その一瞬よりもさらに短い時間にはるか彼方から巨大な物体が、超高速で迫っていた。
 マユは、自分の背負ったバックの中からなにかが出てきてそこから誰かの声が聞こえた。目を向けたマユの目の前で、あのテレビロボがVサインを作っていた。何時からかマユの後を付け、先程の爆発の時にマユとシンを救ったのもこのテレビロボだ。
 そしてマユは、そのテレビロボから聞こえてくる聞き覚えのある声に、はっとした。この声は

 

『見ては――』

 

 あのヒト、いやロボットだ。来てくれたのだ。マユの事を心配してかは分からない。だが、まだ治りきっていない体で、今、この瞬間助けに来てくれたのだ。

 

『――おれぬわあ!!』
「ダイノガイスト様!!」

 

 マユは涙さえ流しながら精一杯その名前を呼んだ。憎悪と悲しみは、喜びの感情に取って変わっていた。

 
 

 青い空を切り裂いて黒い流星が飛翔する。
 通常の戦闘機の二、三倍はある巨大な機体は、地球圏に存在する如何なる型の戦闘機やモビルアーマーとも異なる形だった。ダイノガイストの三つの姿の一つ、戦闘機形態である。
 超高速でレーダーのレンジ内に侵入し、こちらに向かってくるダイノガイストに気付いたフリーダムが、咄嗟に機体を捻り展開した砲身の照準を向け直す。
 だがロックオンを告げるマークが生じた瞬間、ダイノガイストは更に加速を掛ける。地上への影響を考慮しほんのわずかな時間だけ音速を突破し、突然の急加速に反応が遅れたフリーダムのどてっ腹に機首を叩きつけた。
 糸の切れた凧のように、フリーダムは激突のエネルギーをもろに受けて地面に猛スピードで衝突し、思い切りよく蹴られたサッカーボールの様にバウンドし、何度も大回転しては木々をなぎ倒し地面を抉りながらようやく止まる。
 ダイノガイストの体当たりを食らってから実に七〇〇メートルも地面と熱烈なキスとハグを繰り返しながら、機体に大きな損傷が見られないのは装甲がフェイズシフト装甲を採用しているお陰だろう。
 突然の乱入者に、カラミティの方も多少の狼狽を見せ、その隙に太陽を背にしたダイノガイストはカラミティ目掛けてほとんど垂直の急降下に移る。
 舌打ちを一つ打ったカラミティのパイロット、オルガ・サブナックは遮光装置が太陽の光を調節するのを待たずに、白光を背にしたダイノガイストめがけてカラミティの全火器を放つ。
 何だか知らないが味方の識別信号を出していない以上敵と同じだと判断したのだ。
 だが、迸るエネルギーが目標に命中した兆候はなく、コンマ数秒の判断でオルガはカラミティを後退させ

 

「なにい!?」

 

 予想だにしなかった存在が、太陽の光のカーテンから飛び出て来た事に驚愕の叫びを上げざるを得なかった。
 オルガは見た。びっしりと生え揃った白銀の牙の並び。宇宙の闇を写し取った黒を主に赤や金の飾りを付けた巨大な暴竜ティラノサウルスの姿を!
 カラミティとダイノガイストのサイズ差はおよそ二倍。人間と本物のティラノサウルスのサイズの違いに比べればはるかにましだ。
 だが機械仕掛けの暴竜が放射する殺意は、投薬や脳内のインプラントによって『恐怖』という感情を抑制・削除されたオルガさえも戦慄させた。
 人間の遺伝子の二重螺旋に、はるかな太古に刻まれた暴竜への恐怖が蘇っているのだ。原始的かつ遺伝子に刻まれた本能そのものの恐怖が、人の手で削除された筈のオルガの感情を大きく揺さぶる。

 

「くそったれがあ!!」

 

 カラミティの右手に握るプラズマサボット・バズーカと左手の盾に内蔵されたケーファー・ツヴァイの照準をまったく同時にダイノガイストに付ける。太陽を背に飛翔、ないしは降下するダイノガイストの顎がこれ以上ないほど大きく開かれた。
 すんでの所でかわしたカラミティの砲撃が、ダイノガイストの右肩と背の砲身をかすめて一部の装甲を融解させる。折角治りかけていた装甲はまた元の無残な姿へと逆戻りだ。
 だから、その代償は高くついた。

 

「うお!?」

 

 思い切り開かれたダイノガイストの顎がバズーカごとカラミティの右腕を捉え、それを振りはらうべくオルガが胸部のスキュラを発射するよりも早く、ダイノガイストの頭が勢い良く上下に振られた。
 地面に激突するほど強く下げられ、逆に仰け反るほど勢いよく上に振られ、カラミティはダイノガイストが食らいついた右腕を支点に、ほとんど半円の弧を描いて振り回される。
 カラミティの装甲はトランスフェイズ装甲だ。PS装甲と同じく多大な電力を消耗する代わりに物理攻撃に大抵はほぼ無敵の防御能力を得る。
 さしものダイノガイストの牙もこれを貫通する事は叶わなかったが、カラミティのフレームや内部構造が悲鳴を上げるのが先だった。
 装甲こそ保ったが凄まじい衝突音にも似た音がするのと同時に、カラミティの右腕が付け根からもぎ取れ、過剰な負荷に千切られたフレームとコードやパイプが断裂面から覗く。
 ダイノガイストの牙から自由になったカラミティは、高く頭上に放られ、さんざん上下に振り回された所為で脳をゆすられたオルガは、ぼやけた視界を埋め尽くすダイノガイストの尾を見たのを最後に気を失った。
 落下してきたカラミティに回転して勢いを付けた尾の強烈な一撃を見舞い、その機影が地面に何度も叩きつけられバウンドしながらはるか彼方に吹き飛んで行くの確認し、ダイノガイストは咥えていたカラミティの右腕を落とし、その姿に相応しい咆哮を轟かせた。

 

GVOOOOOOOOOOOO!!!!

 

 それはオーブ本島を揺るがす、暴竜ティラノサウルス――ダイノガイストの怒りの叫びだった。