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アム種_134_016話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:38:09

第十六話 連合の驕り



 アスランは、自室で一人思案に暮れていた。

 眼前のデスクには、戻ってきたカガリから渡されたアタッシェケースが開かれ、その中身を晒している。



──デュランダル議長から、お前に渡してくれるよう頼まれた。何が入っているのかは訊いてないが……



 アスランに渡すとき、カガリは首を捻りながらそう言っていた。

 彼女の言うことに間違いはないだろう。知っていれば、彼女は渡さなかっただろうし、あるいはその場で断っていたかもしれない。最低でも、顔に出ているはずだ。



「議長……あなたは……」



 アタッシェケースのすぐ横に、開かれた便箋と、一通の手紙が読み終えたときの状態のまま、乱雑に置かれていた。大振りの茶封筒もあった。

 そして、アタッシェケースの中に納められた「それ」が、アスランの目を捉えて放さない。

 懐かしくもあり、忌まわしくもある「それ」は、かつて彼にとって慣れ親しんだもの。



「俺は……どの道をゆけばいい……?」



 白銀に光る徽章を納めた小箱を頂に、折り畳まれ収納された真紅の軍服。

 いわゆる「ザフト・レッド」と呼ばれるエリート軍人の証。

 二年前まで彼が袖を通していた一揃いの軍服が、皺ひとつなくそこに存在していた。



 ザフトに、戻れ──……これを贈った者の意を、代弁するかのように。

 部屋の明かりを受けた軍服は、アスランの瞳に布の光沢を映し出していた。







 ジェナスは、空腹を覚えて目が覚めた。

 枕元の時計は、深夜を指している。

 屋敷の中は基本的に自由にしていい──そう、家主のマリアからは言われていたので、軽く何かつまもうとあてがわれていた部屋を出る。



「……あ、シン。起きてたのか?」



 出たところで、暗い廊下でばったりとシンと出会った。

 寝間着姿の彼は俯きながら、ゆっくりと歩いていた。



「ジェナスか。どうしたんだ、こんな時間に」



 こちらに気付いて顔をあげたシンは、どこか元気がなかった。



「ああ、ちょいと小腹が空いたもんで、なんか食おうと思って。シンは?」

「……なんか、眠れなくて、さ。居候の身で悪いけど、飲み物でも飲もうと」

「そっか」



 ならば、行き先は同じというわけだ。

 並んで足音を忍ばせながら歩いていく。

 既に寝ているであろう他の住人を起こしては、申し訳ない。



「眠れないって言ってたけど、やっぱり例の核攻撃のことか」

「……ああ」

「だよな。やっぱ気になるよな」



 その報せは、皆で食卓を囲んだ夕食のときにやってきた。

 マリアやキラの母、カリダが料理を運び、男達が子供達の相手をしてやっている中で、つけっぱなしになっていたテレビから、速報が飛び込んできた。



 大西洋連邦の擁する地球連合軍により、プラントに対する宣戦がなされ、核攻撃が行われたこと。

 プラントの新型兵器が使用され、核ミサイルはすべて撃墜されて、攻撃が失敗に終わったこと。

 テロップだけのわずか数秒に満たないニュースだったが、数時間も経てば殆どのチャンネルはこの突然の開戦についての緊急特番で一色になった。



 ザフトの兵士であるシンが動揺するのも、無理もない。



「ミネルバのみんな……無事だといいな」

「ああ」



 彼らに世話になったジェナスとしても、気がかりではあった。

 けれど核ミサイルとはいっても、旧世紀に製造された強力な威力を持つ兵器、とスクールの授業で教わった程度でしかない彼は、どこか加熱する報道を見ても実感が湧かなかった。

 核の威力を知る者と、知らない者。その差とも言える。

 むしろ、開戦したという点のほうに目が行っていた。



「あんまり……考えすぎんなよ」

「わかってる……ありがとう───ん?」



 キッチンとダイニングに、明かりが点いていた。

 なにやら、人の気配もする。ぷんと漂ってくるいい匂いも。



「マリアさんあたりが起きてるのか?」

「さあ……?」



 ドアノブを捻って、そっと開け放つ。

 中にいた人物が、物音と気配に気付いてこちらを振り向いた。



「───?」

「はっ?」

「へ?」



 擬音でいうならばまさに「きょとん」。

 互いが、互いの姿を見つめたまま硬直していた。



 ダイニングにいたのは、派手なピンク色の長い髪の女性。

 顔立ちは少女と言っていいかもしれない。

 髪と同じくピンク色のスーツを着たその女性が、湯気の立つカップのインスタントヌードルを頬張り、今にもすすりあげようかという姿勢のままこちらを振り返り、驚いたように硬直していた。







「お疲れ、カガリ」



 ようやく終わった会議にカガリが安堵していると、ユウナが紙コップに入ったコーヒーを差し出してきた。



「──すまない。けど、もう夜遅いぞ。こんなの飲んだら眠れなくなるだろ」

「まあ、そうかもしれないけど。どっちみち、今の気分じゃ眠れないでしょ?」

「……」

「困ったもんだよねぇ。さて、どーしたものか、と」



 こんな深夜おそくまで首長会議が紛糾したのは、当然のことながら今後の外交方針について。

 大西洋連邦がプラントへの宣戦と同時に各国に向けて発表した同盟、「世界安全保障条約機構」に加盟するか否か、という件についてである。



「反対なんだよねェ、カガリは」

「……ああ」

「僕も正直、あの内容はどうかと思う。『地球に害を及ぼす敵と戦う』なんて露骨すぎる。だけど──」

「ユウナ」

「ん?」

「前振りはいい。お前の意見を聞かせてほしい」



 カガリのコーヒーを握る両手が、震えていた。

 今にも握りつぶしてしまいそうだ。

 だから、ユウナもお気楽ないつもの口調はやめて、真剣な表情になる。



「……同盟は、受けざるを得ないだろう。オーブの理念に反するとしても。残念だが、拒めないよ」

「……そうか」

「ただし」



 顔を歪め俯くカガリ。

 だが、ユウナは片手を肩に置き、続ける。



「ただし、だ。加盟するなら、なるべく迅速にやるべきだ」

「?お前、何を──」

「早ければ早いほど、いい。それならばまだいくらでも、こちらから条件をだすことができる」

「あ──……」



 例えば、資金援助や、被災者支援などの後方での協力への限定。

 例えば、軍の派遣要請を受けた場合の、オーブ軍の理念に則った、非戦闘地域のみへの派遣。

 オーブの理念、中立性を保つための「同盟国としての」要求。



 返事が遅くなればなるほど、あちらの要求は細かくなり、縛られ、断りづらくなる。こちらからも条件は出しづらくなるだろう。

 だがここで折れておけば、名では理念を失おうと、実で維持することができるかもしれない。

 内部において独自のスタンスを貫く───ユウナはそう言っているのだ。

 たしかにそれは、ひとつの道ではある。国民の人気よりも実益をとる政治家である、彼らしい意見だった。



「それに、内部から講和に向けて各国に働きかけることもできる。やり方次第、ではあるけどね」

「……そうか。同盟を受ける場合の問題点は?」

「まずはプラント。うちの国からはカーペンタリアも近いし、危険は増す。

 もっとも、これに関してはうちには二枚看板がいる。君は気が進まないかもしれないが」



 アスラン・ザラとラクス・クライン。

 敢えてユウナは「二枚看板」として明言を避けたが、カガリにも彼が二人のことを言っているのだとわかった。



「最悪の場合、彼らを特使に立てるなりして、断絶を防ぐ。あとは外交努力を続けるしかない」

「他には?」

「第二に、国民感情。二年前国を焼かれて、今でも大西洋連邦にはいいイメージを持っていない者が多い。

 焼かれたからこそ、あの国を恐れている者も多いが。積極的な支持は殆ど望めないとみたほうがいいだろうね」

「……」



 どちらの道を行っても、茨の道。

 ユウナの宣告は、そう言っているに等しかった。

 国を焼かぬことと、中立性の維持。それは口で言うよりはるかに難しい。



「ユウナは、どうすべきだと思う」

「……うーん、難しいね。一応、これら二つをなんとかする裏技が、ないわけじゃないんだけど」

「なに!?本当か!?」

「うん、アレックスと、あとインパルスのパイロット──彼がいる今なら、なんとか」

「どうすればいい!?教えてくれ!!」



 ユウナの言葉に、驚いたカガリはいきり立ち、掴みかからんばかりの勢いで椅子から腰を跳ね上げる。

 どうどう。ユウナは彼女の興奮を抑えつけるかのように肩を叩き、なだめて椅子に座らせる。

 国を焼くことなく、できるかぎりの中立性を保つ──そのためにどうすればいいか、彼女は必死だった。



「あくまでうまくいく保証はないんだけどね。楽観的に見てうまくいくかどうかは半々──ってとこかな」

「それでもいいから、言ってみろよ」

「……うーん……でもこれ、僕も正直、あんまりやりたくないっていうか。カガリも多分嫌がるよ?」

「いいから!!ほら!!」

「あー……じゃあ。その、なんだ」



 もったいぶってないでさっさと言ってくれ。苛立った目を彼女は向けてくる。

 きっと、藁にも縋る思いなのだろう。

 カガリに促され、ユウナは頬を掻きながら渋々と言葉に出す。

 目は背け、本来であればそのようなあからさまに困ったような仕草で言われるべきでない台詞を。



「結婚しようか、カガリ」

「───は?」



 カガリは目を丸くし、コーヒーを思わず取り落としそうになった。


 
 

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