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クルーゼ生存_第15話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:17:19

「シン・アスカです。入室の許可をお願いします」
『入れ』
 自動ドアがスライドして、シンは隊長室に足を踏み入れた。机に座る隊長の前で敬礼す
る。
「なぜ呼ばれたか、わかるかね、シン・アスカ」
「いいえ、わかりません」
 報告書はこれから書くが、何か上官に呼び出されるような行為をした覚えはない。
「ふむ。単純なのは兵士として使いやすいともいえるが、それだけでは長生きはできない」
 アレッシィは手元のコンピュータを操作して、インパルスのカメラが撮った敵基地の映
像を浮かび上がらせた。
「君はまず報告すべきだった。私が出した命令は敵モビルスーツの撃退であって、敵基地
破壊は含まれていなかった」
「あっ、でも、民間人が徴用されていて、彼らを守らなければと思ったんです」
「あの基地にまだ余剰戦力があると考えなかったのかね? たとえば、カーペンタリア攻
防戦に出てきたモビルアーマーのような兵器があの倉庫の中にあったと」
 映像を見ながら、アレッシィが言う。頭に血が上っていたシンは、目に見えるところに
敵モビルスーツやミサイル砲がないということしか気付かなかった。
「君はインパルスのテストパイロットから勤めているから、インパルスを作るのにどれだ
け沢山の人が関わったが知っているだろう。そして莫大なプラントの税金が使われたということも」
「はい、それはわかっているつもりです」
「ならば、そのインパルスを命令以外に使い、自分の命と機体を危険に晒したことの意味
はわかるな?」
 アレッシィの口調が厳しくなった。冷静で理詰めである分、シンは自分が感情だけで行
動したのだと思わされる。
「それはわかります。でも、連合の兵士は民間人を徴用して働かせただけでなく、殺害し
たのです!」
「それは非難されるべきことだ。ただ戦争はヒーローごっこではない。君が軍人である以
上、手順を踏まなければならない」
「……民間人が殺されるのを見ても、ですか?」
 これはもう意地だとシンにしても思う。
「そうだ。手順を踏むことで私や艦長が連合軍の非道なやり方を知ることになる。そして
この情報が広まれば、ザフトの軍人は連合軍が民間人を虐待していないか、今まで以上に
気をつけるだろう。君のような新兵にとってはまだ馴染めないかもしれないが、今日の1
00人の命より明日の1千人の命を救うことを考える。軍隊とはそういうところだ」
 アレッシィの言ってることは正しい。でも今映像で映し出されている、夫や息子を無事
に取り返せて喜んでいる人たちの笑顔。シンは理屈を受け入れることは出来ても、今日助
けた100人を大事にしたかった。

 
 

 衛星放送で流される各国のニュース、特に現在戦争中の連合とザフトの広報番組を見る
のは政治家にとって大事な仕事だ。
 カガリの友人のアスラン・ザラが連合軍入りしたのも、そういう報道で知った。西ユー
ラシアで連合軍への反感が強まり、それに対する弾圧が激しくなっているというニュース
は、ザフトの広報が一番詳しい。
 今夜カーペンタリアから流されたニュースは、ザフトのモビルスーツが一機で連合の基
地を撃破、そこで強制徴用されていた民間人を解放したというものだった。モビルスーツ
のカメラからの映像は、戦闘の臨場感を伝える。映ったかと思うとビームライフルで射撃
されて落ちていく連合のモビルスーツ、そして基地から逃げようとする民間人を銃殺する
連合の兵士たち。その兵士たちはザフトのモビルスーツのバルカンに蹴散らされ、そのモ
ビルスーツは基地の柵を取り去り、強制労働させられていた民間人が家族と抱き合う姿ま
でが映し出された。
「連合、卑劣なことを。民間人を守るための軍隊ではないのか!?」
「カーペンタリアに近いところに基地を早急に作ろうと焦ったんだろうね。ただ赤道連合
は猛抗議するだろうし、元々大西洋連邦にそう近いわけじゃないから、外交的に一歩引く
可能性が大きいかな」
「お前は、政治的なことを考える前に、まず人道的なことに怒れ!」
 カガリは夫をねめつけた。
「それはキミがしてるだろ。夫婦で役割分担して、足りないところを補うんでいいじゃな
い」
 カガリは更に言い募ろうとしたが、テレビから聞こえてくる音声に注意を引かれた。
『連合軍の愚行から赤道連合の民間人を解放したのは、ザフト軍ミネルバ所属のモビルス
ーツ・インパルスのパイロット、シン・アスカです。彼は前大戦の連合軍によるオーブ攻
撃で家族を殺され、プラントに移住しました。そしてザフトアカデミーに入隊し、卒業席
次五番で赤服を授与され、新型機のパイロットに抜擢されました。先日の連合軍によるカ
ーペンタリア基地包囲戦では、モビルスーツ19機、敵艦5隻を撃破し、ネビュラ勲章が
授与されることとなっています。ザフト軍の若い力が、地球連合軍の恥ずべき行為を暴き、
被害にあっていた民間人を救出したことは、誠に喜ばしいことです』
 美声のアナウンサーが語る言葉、そして映し出されたパイロットの姿に、カガリは息を
呑んだ。
「真紅の瞳か。まるでスタールビーだね、綺麗なもんだ」
 コーディネーターの居住を許可しているオーブの政治家でも、驚く容貌だった。しかし
ユウナとカガリは感情を共有しなかった。カガリはあの少年を知っていたからだ。国のこ
とを思うたび、オーブを捨てたコーディネーターの少年の瞋恚に燃える真紅の瞳が脳裏に
浮かんだ。アスハの無策のせいで自分の家族は殺されたと叫んだ少年は、徴用されていた
民間人を助けたことで少しでも救われただろうか。
「--彼とは、この間プラントで会った。オーブを憎んでいた。お父様のしたことを許さ
ないと言っていた」
 カガリは少し沈んだ声を出した。ユウナが自分を慰めてくれるだろうと思って。
「政治家の判断は常に国民に支持されるものじゃない。叔父様たちがマスドライバーを破
壊して自爆したあと、オーブに何が起こったか考えれば、そう思う人間がいるのは当たり
前だよ、カガリ」
「お前まで、きついことを言う……」
「連合に攻められて国土を焼かれて、それでも大西洋連邦の資本でオーブは復興した。ロ
ゴスにとって、モルゲンレーテの技術力にはそれだけの魅力があったってことさ」
「結局、大西洋連邦の掌の上でオーブは踊らされているだけだと言いたいのか?」
 正論かもしれないが、腹は立つ。
「小国が技術立国として生きていくには、大国の資本も御機嫌取りも大切さ。このあいだ
大西洋連邦に公式訪問したとき、それはキミも感じただろう」
 圧倒的な国土の広さと人口、そして食料やエネルギーを自給できる力。オーブはエネル
ギーは地熱発電で自給しているが、食料自給率は低かった。人口は大西洋連邦の数十分の
一だ。それでも国営企業モルゲンレーテで兵器開発して外国に売ることは、国民に文化的
生活をおくらせるのに必要なことだ。
 しかしコープランド大統領夫妻の押し付けがましい態度はカガリにとって不愉快極まり
なかったし、内輪のお茶会で会ったブルーコスモスの盟主にいたっては殴り倒すのを我慢
した自分を褒めてやりたい気分だ。
「ロゴスはブルーコスモスの言いなりじゃないか。あのロード・ジブリールという狂信者
の」
「父が言うには、前の盟主のムルタ・アズラエルはコーディネーター排斥主義者ではあっ
たけど、考え方の基本は企業家だったそうだけど。ロード・ジブリールは元々ブルーコス
モスの宣伝担当出身だからね。今でもブルーコスモスチャンネルで、善男善女を弁舌で丸
め込んでるし」
 ユウナは呆れたように手を広げて見せた。
「とはいえ、彼の意向がロゴスを、ひいては連合軍を動かすのは事実なんだ。オーブのコ
ーディネーター許容政策は憎悪されてるし、先日のカーペンタリア戦のあと、オーブ艦隊
が素直にオーブに戻されたというのが逆に不安だよ」
「どうして? 連合軍への義理なんて、最低限でいいじゃないか」
「最低限の限度があっちとこっちじゃ違うだろ。あのまま連合の太平洋艦隊と一緒に行動
を続けてれば、次に要求された時断れるんだけど」
「そういうことか」
「ブルーコスモスからみれば、オーブは蝙蝠国家ってとこだからね。親プラント国であっ
たことは一度もないのに」
 ユウナは部屋にある端末を操作して、シン・アスカのオーブ人だった時代のデータに目
を通した。家族を失ったあと、かなりの資産を処分してプラントに移住している。プラン
トに移住したコーディネーターはたいがい、資産の半分はオーブに置いていた。宇宙に浮
かぶコロニーに全ての資産を移すのは、ある意味無謀といえた。プラントが戦争に負けれ
ば、通貨は暴落し、インフレーションが起こって、プラントの紙幣は紙くず同然となるだろう。
「ふーん、あの真紅の瞳の美少年はホントにオーブを捨ててプラント人になったんだね。
プラントの金持ちはナチュラルの親から受け継いだ資産をオーブで運用してるっていうの
に。彼のほうが、純粋なプラント人といえるかもしれないね。キミの友達のラクス・クラ
インの父親、シーゲル・クラインも生まれ故郷のスカンジナビアとオーブに資産をある程
度置いていた。といっても娘が支払う賠償金の一日分の利子にも満たない金額だったけど」
 スカンジナビアは旧プラント理事国ほど厳しい政策をとらなかったので、そういうこと
もできたのだ。
「--アスハ家だってセイラン家だって、外国にも資産を持っている」
 カガリは力なく呟いた。
「資産を分散させて管理するのは悪いことじゃない。でもボクたちに批判的な国民は、国
を追い出された時の準備のために外国に資産を置いてると思うだろう」
「私たちがオーブから追い出されるなんて、あるはずがない!」
「そうならないように努力するのが仕事だろう。歴史の本を読めば、国から追い出された
為政者なんて山ほどいるんだから。国は税金を払う国民のもの、為政者はその意思をまと
める代理人。ボクはこう思ってやってるけど、難しいね。つい上に立って国民に幸せを与
えようという考え方をしてしまう」
「国民に幸せを与えるという考えはダメだというのか?」
 カガリはそれが為政者の義務だと思ってきた。父もそうだったと信じている。
「行き過ぎると国を玩具にすることになるからね。キミは前大戦で連合の脱走艦やプラン
トのテロリストと一緒に戦ったが、その後処理でわかっただろ。一時の感情で行動するこ
とは、国にいらない弱みを持たせることだと」
「う…うん」
 仲間をある程度切り捨てることになった戦後交渉。そしてオーブをテロ支援国家と見る
目も、確かにある。
「とはいえ、ボクがいつも正しいことを言っているかどうかは、ボクにもわからない。判
断するのは国民と後世の歴史家さ」

 
 

 アレッシィは届いた報告書とそれを元にギルバートが解析した結果を読んでほくそえん
だ。適正は十分、拒否反応の心配なし。これは実に嬉しい遺伝子の妙というやつではない
か。脳の寿命は肉体の寿命より短いとされるが、長い寿命を持つ肉体を手に入れれば、脳
年齢の限界まで生きることが出来るだろう。
 あの少年の明日のために、この男をなんとか五体満足で捕虜にしなければいけない。先
日戦ってみて腕がたつのはわかったが、落とせないほどではないと思う。ただ捕虜にする
には、色々と策を凝らす必要がありそうだった。
 そんなことを考えていた時、部屋のインターホンが鳴った。シン・アスカが面会を申し
出てきた時間がきたのだ。アレッシィはコンピュータの画面を切り替え、エースパイロッ
トを迎え入れた。
 敬礼をしてアレッシィの前に立った少年は、感情的な性格を露に見せていた。
「今日は隊長にお聞きしたいことがあって伺いました」
 なかなか可愛いと思う。
「なんだね、言いたいことは言うといい」
「はい。昨日から、カーペンタリア基地の広報番組で、先日の赤道連合基地の件が流され
ていることです。隊長は、戦争はヒーローごっこではないと仰いました。自分も少しは得
心したつもりです。でもあの放送では、ヒーロー役は必要だというふうにみえます。そう
いう矛盾、自分は好きではありません」
 愛すべき、単純な少年だ。レイがそれなりに友人関係を作っているのもわかる。彼にと
って人間は怖ろしいものだというのが基本だが、シン・アスカはその率直さと単純さで受
け入れているのだろう。
「君はスターシステムという言葉を知っているかね?」
「……いいえ、存じません」
「ふむ。戦争はヒーローごっこではないが、国民は英雄を求める。それに手っ取り早く応
えるのが『スターシステム』だ」
「スター、英雄を作り上げるということですか?」
 馬鹿ではない。アレッシィはシンが眉をひそめたのを見た。
「そうだ。若いモビルスーツパイロットというだけで、最初の資格はクリアできる。君は
カーペンタリア攻防戦でネビュラ勲章を授与されるほど働いたし、今回は民間人を救った。
命令違反は先日言ったとおりよく考えるべき課題だが、ザフトの広報部にとっては、君の
行動はスターシステムにふさわしいということだ」
「そんなの、詭弁です」
「戦争は政治の一環だ。私は現場の指揮官として君の行動を叱咤した。それを別として、
プロパガンダに使いたがる人間もたくさんいる」
「宣伝に使われること自体は、なんとか受け入れられます。あの映像で、連合軍の非道さ
を知る人間が一人でも増えてくれれば、自分は嬉しいです。でも、オーブから来た可哀相
な少年としてスターに祭り上げられるのは不愉快です」
 シンの象牙色の肌に朱が差した。アレッシィは他人と肌を合わせる行為には強烈な嫌悪
をもっているが、少年の表情の変化を観察して楽しむくらいの審美眼はある。
「君のいうことはわかる。だが、プラント人というのは、とにかく優れたものを好む、欲
する人たちなのだよ。自分たちの遺伝子の優秀性を示したい、ナチュラルよりコーディネ
ーターが優れていると信じたい。そういう思いでも持っていなければ、プラント理事国に
よる搾取に不満を唱えて、独立することはできなかっただろう」
 アレッシィ本人は、コーディネーターのそういう傲慢な部分が嫌いだったが。
「それなら、プラント生まれの血統書つきのエリートをスターシステムに乗せればいいと
思います。自分はアカデミーでオーブ出身ということで、いじめをうけたことがあります。
プラントのために戦う軍人であることに誇りは持っていますが、プラント人の差別意識は
嫌いです」
 シン・アスカは正直で、おごるところが少ない。自分の狭いものの見方にこだわりすぎ
るのは少々困りものだが、欲望にだけ忠実に動く人間よりはずっとましだ。
「前大戦はそういうスターシステムだった。君もアカデミーで聞いているだろう。議員の
息子の赤服エリートだけを集めた部隊のことを」
「あ、クルーゼ隊ですね」
「そうだ。親が最高評議会の議員でアカデミーの成績もいい選良を集めて作られた隊だ。
敵機を強奪するという作戦で敵の最新鋭機を自分たちの物にし、戦争途中ではプラントの
一般人民の称賛を浴びた。優秀な遺伝子を持ち立派な仕事をしている親が産み育てた子供
が、受け継いだ優秀な遺伝子を開花させて野蛮なナチュラルをやっつけているという構図
を作った」
 アレッシィは言葉を切って、シンの表情を見た。
「結果は、君も知っているだろう」
「はい。成れの果てがミネルバに乗ってますからね。戦死者は悼みますが、裏切り者のテ
ロリストは軽蔑してますし、残り二人にしても、裁判が甘かったとはいえ今もザフトにい
るというのは、恥を知らないとしか思えません」
「恥を知らない、か。彼らがあの時の行為を恥と感じていなければ、平気でいられるだろ
う。裁判はザラ派とクライン派の手打ちのようなものだったからな」
 そのあたりの大人の事情を知らないシンは、いぶかしむような顔を見せた。
「両派とも党首を失っていた。地球連合との和平に関しては穏健派のカナーバ議長が仕切
ったが、クライン派にもアキレス腱があった」
「あっ、テロリストの首謀者がラクス・クラインだったことですね」
「そうだ。彼女はプラントの中に自分の支持者によるネットワークを作り上げていた。そ
れを解体したものの、強硬派から見れば穏健派のやりかたにテロリストを生む温床がある
ということになる。結局現議長のギルバート・デュランダルの演説が決め手になって、裁
判は被告達の頭の上で決まったのだよ」
「でも、前大戦でプラント生まれのエリートを持ち上げて失敗したからって、今度はオー
ブからの難民を持ち上げるなんて、自分は好きになれません」
 宣言するように言うシンは、アレッシィからみれば本当にひよこだった。クルーゼだっ
たときの部下より、地に足が着いている分まだ好意が持てる。おぼっちゃまたちの無意識
の特権意識を好む精神的風土を、彼は一切持たなかった。
「気にしないことだな。プラントの民はオーブから来た君の苦労のストーリーで自分たち
の優しさを確認したいし、プラントの環境が君の優秀な遺伝子にあっていたのだと自慢し
たいのだ。他の部隊と共同作戦を張る時に、少々やっかみを受けるだろうが、それはエー
スパイロットの宿命として乗り越えろ」

 
 

(ラウの考えは十分実用的だと返事したが、実際戦場で特定の相手を捕虜にするのはかな
り難しかろう。さて、どうやって捕らえるつもりか、お手並み拝見だな)
 デュランダルはそう思いながら、ディスプレイを切り替えた。
 映し出されたのは人工子宮の設計図だった。
(ヒビキ博士入魂の人工子宮、数百の命の犠牲の上に、彼が遺伝子調整した通りにキラ・
ヤマトが生まれた。そして二年後、メンデルに残っていた研究員のたわむれで、ひとつの
クローン胚がここで育てられ、生まれた子供は実験動物扱い……か)
 遺伝子学者ではあるが、デュランダルは安易な人体実験には反対の立場をとっている。 プラントの出生率低下は、第二世代コーディネーターの遺伝子適合性の問題だけではな
い。第一世代の夫婦からの出生率も1.32となっている。人口を保つ2.05にはとて
も足りない。それでもプラントが発展してきたのは地球からの新しいコーディネーター移
民があったからだ。しかし地球でのコーディネートが禁止されて十年以上、実際には不妊
治療の名を借りて体外受精のついでに受精卵をコーディネートすることは、ブルーコスモ
スのお膝元の大西洋連邦でも行われているようだ。ただそういう闇コーディネーターは、
自分がナチュラルと信じて生きている場合が多いだろう。鍛えなければ、コーディネータ
ーの才能が発現することはなく、あまり勉強をしないでもよく出来る学生のレベルにしか
達しないのだから。
 プラントは宇宙で生きていくのにかつかつの状態であるから、働ける年齢の人間は男女
問わず働くのが一般的だ。子育て支援もしっかりしていて、ゼロ歳児の24時間保育がすべ
ての保育所で行われている。しかし女性達は、妊娠中の悪阻、ホルモンバランスが崩れる
ことにより普段のように頭が働かない状態などを嫌い、二人目以降の子供を持ちたがらな
い傾向にある。また子供はひとりにしておいて、その分エリート教育を施したいという気
持ちの夫婦もある。まあ、30を越して独身の彼に、他人の子作りや子育てをあれこれいう
資格があるとも思えず、苦い微笑を浮かべた。
 デュランダルは恋人だったタリア・グラディスから別れを告げられた時のことを思い出
した。子供が欲しいから、プラントの定めた遺伝子適合者と結婚して子供を産むと彼女は
言い、実行した。産んだ子供は一人で、もう離婚している。彼女は欲しかった「自分の子
供」を手に入れたが、相手の男性はどうだったのだろう? 種馬とはいえひとりの女性を
一時期確保できたことに満足しているのだろうか? 多分違うだろうと、彼は思う。その
男性だって、子供が欲しくてタリアと結婚したはずだ。二人子供を産んでいてくれれば、
離婚の時に一人ずつ引き取れたのにと思っているのではないか?
 人工子宮を実用化すれば、少なくとも第一世代と遺伝子が適合する第二世代の夫婦には
朗報となるだろう。女性が犠牲をはらうことなく子供を持つことが出来るようになるのだ
から。ただコーディネーターたちが人工子宮から生まれた子供に、素直に愛情を持つかと
いうとそれには疑問符がついたが。

 

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