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クルーゼ生存_第26話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:28:44

 プラントのザフト軍本部、いざ本土決戦となれば、万単位の将兵が寝起きすることも想
定されている建物である。なので、ビルの高さは四階以内、あちこちに中庭、緑地帯が設
けられており、缶詰状態が続いても、リラックスできる環境が作られている。
 ただ迷宮ともいえる建物であるから、誰もがすべてを知っているわけではない。ここ、
情報部第一分室も一般兵からは何をやっているのかさっぱりわからない部署だし、一切情
報も流していなかった。
 その室長、クレオパトラ・イッサリオティスは戦艦エターナルから入った報告に読みふ
けっていた。エターナルはストライクフリーダム、インフィニットジャスティスをミーテ
ィア付きで運用する強力な武力を擁する戦艦だ。実戦に投入されてまだ一週間、まだ大物
とは当たっていないが、ザフトの宇宙戦略の切り札ともいえる艦である。--というのは、
表向きの広報が喋る情報。情報部にとってこの艦が重要なのは、乗組員全員が『デスティ
ニープラン』で適性を検査されて配置されたことだ。プラントでは出生時に遺伝子検査を
して国に届けるし、ザフト入隊時には遺伝子検査での本人確認とアカデミー出身者はその
成績や教官からの論評、適性テストが行われる。それをもとにエターナルに必要とされる
人材をザフト内部から探し出した。なので遺伝子と性格的な適性が高いが、その仕事に経
験がない人間もある程度ピックアップされた。本来なら戦時下なのでそういう人材ははじ
くものだが、今回はテストケースということで、ストレスに強いタイプの人間はこれまで
と違う職種であっても配属された。そういう事情もあって、出港までに訓練に時間をかけ
たが、予想より早い時間でクルーの練度は上がっていた。この人事のからくりは、艦長で
すら知らない。モルモットに情報を与える研究者はいないだろう。
 ここは、デュランダル議長の命を受けて、デスティニープランの実現に向けての問題点
を探るための部署なのだ。現在心理学系の者ははエターナルの観察、遺伝学系のものはデ
スティニープランの可能性を遺伝子のどの段階まで認めるべきか研究し、政治向きのもの
はプラン導入後の世界の混乱とそれを収めるための方策についてデータを集め、シミュレ
ーションを繰り返している。
 エターナルの艦長はじめ乗組員に、いわゆる『エリート』が少ないことに疑問を持って
いる軍人はかなりいる。モビルスーツパイロットの中には、「どうして自分があの二機の
どちらかのパイロットに選ばれないんだ!!」と人事部にねじ込んだものもいると聞く。
 そういうことをする性格が、『失格』の理由だと気付かない人間が、プラントには多す
ぎる。
 彼女は長方形の薄い鏡を出して、自分の顔と髪型をチェックした。
 コーディネーター一代目で、遺伝子改造熱が最高潮に達したC.E30年代に生まれた彼女
は、ユーラシアのギリシャ地方の大富豪である父親の夢の子供だった。
 歴史マニアだった父親は、ギリシャ系のエジプト古代王朝最後の女王クレオパトラ七世
を、自分の娘として生み出そうとしたのだ。彼女はミイラも残っていないので、プトレマ
イオス朝からローマ帝国期にかけて作られたギリシャ系の人間のミイラを収集し、とれる
だけの遺伝子をとって解析し、現在のギリシャ人、スラブ系やトルコ系と混血する前の古
代ギリシャ人の特徴を選び取った。そしてコーディネーターとしての病気や重力に強い体、
できるだけ優秀な頭脳と運動能力、一番大事な美貌--特に大き目の鷲鼻--を与えられ
て彼女は生まれてきた。
 コーディネーターの子供を、自分のアクセサリーにする親、そのものが彼女の父だった。
反発して自分がコーディネーターであることを呪い、ブルーコスモス思想に染まるものも、
「他人より優れた自分」に満足してナチュラルの親を見下すようになるものもいる。彼女
は冷静で観察力に優れた性格だったので、親の夢と現実の自分をきちんと分けて考えるこ
とができた。地球で心理学と統計学の博士号を取り、二十歳のときに将来を見越してプラ
ントに移住した。コーディネーターブームで生まれた一世たちがたくさんプラントに移住
していて、二世のための教育機関の充実が行われていたし、彼女と専門分野がかぶるコー
ディネーターは多くなかったので、簡単にアカデミーポストを手に入れることができた。
彼女は自分への余裕を持つ、コーディネーターとしては珍しいタイプだった。だから父親
から離れた今、大きなアーモンド形の目にリキッドのアイラインを上下に太く引いて、長
い睫を強調するマスカラ、孔雀石を砕いて作った古代のアイシャドーを思わせる色のアイ
シャドーをアイホールにべったりと塗り、さすがに鬘ではないが、前髪ぱっつんのおかっ
ぱにしている。親に作られた自分の名前とイメージで、遊んでいると言えるだろう。
 それから恋愛もし、事実婚で二人の子供を産んで育てていた彼女が今ザフトで白服を着
ているのは、一本の論文ともいえない、研究室のサイトに載せたレポートが原因だった。
『プラントのコーディネーター二世にみる両親の呼称について』。
 ジャンルが近いこともあって、彼女の友人知人には精神科医がたくさんいた。病気をし
にくい肉体を持つコーディネーターにとっては、体が直接壊れた時の外科、整形外科、脳
外科などの外科系、産婦人科、あとは宇宙で暮らすストレスに関して精神科医が多く必要
であった。その精神科医たちから、子供の発達が他の子より一日でも遅れていれば精神科
に駆け込む親がけっこういるので、勉強して小児精神科と看板を変えたら、患者が殺到し
たという話を聞いた。他の精神科医も「うちの子は学校で一番がとれないんです。なにか
精神的な原因があるのでしょうか?」と尋ねてくる親には事欠かないと言っていた。自分
がナチュラルと一緒の学校で一番の成績をとっていたことと、コーディネーターだけの学
校で一番をとることは違うと理解していないのだ。実際に小児うつ病と診断を下して、親
の子供への接し方を考えさせるケースも多いそうだ。そして話を聞くうちに、そういう親
子は絶対に、ファーザー、マザー(お父様、父上、お母様、母上)という呼称を使ってお
り、ダッド、マム(お父さん、お母さん)という例は聴いたことがないということを知り、
調べてみようと思ったのだ。
 地球のデータでは、C.E60年のものでプラント理事国三国のものがあった。一番歴史の
ない大西洋連邦でファーザー、マザー派は1%、ユーラシアで1.5%、礼儀に厳しい東アジ
アで2.5%だった。
 彼女はファーザー、マザーで育ったが、それは自分の家が数百年続く資産家の家系、い
わゆる名門だからだと知っていた。
 そしてプラントの子供を持つコーディネーター一世の出自を調べてみると、95%が中
の上、4%がクレオパトラの属する上流の下、そして1%が子供にありったけの金をかけ
たのだろう中の中だった。
 いくつかの学校に協力をえて、10歳以下のコーディネーター二世の両親に対する呼称を
調査したところ、驚くべき結果が出た。全体の65%がファーザー、マザー派だったのだ。
 その65%の両親のほとんどは、自分が親をダッド、マムと呼んで育ったのに、スノッブ
ぶってファーザー、マザーと呼ばせている計算になる。
 地球のナチュラルの学者が書いた本でも、ナチュラルの親が優れたデザインベイビー、
コーディネーターを持つための経緯や、子供の成長と親子関係のねじれを研究したものは
数多い。コーディネーター技術は、大まかに言ってアッパーミドルクラスの人間が、子供
をさらに優れた知力体力で成り上がらせようという野心に利用されていた。本当の上流階
級--旧王家や世界的な資産家--は、遺伝子をいじるなどせず、自然のままの血筋、家
族の特徴を愛する。コーディネーターが有能ならば、ナチュラルより高給で雇えばいいの
だからという考えだ。
 ただ中には変わり者もいる。大西洋連合にグレートブリテン及び北部アイルランド王国
が併合された時に退位した、大英帝国最後の王の従兄弟で、息子をコーディネーターにし
た人物がいる。彼はプラントに移住して子供もいるので、インタビューすることができた。
職業はデパートのフロアマネージャー、二人の子供は上は新聞記者、下はザフトの緑服だ
という。そして大事なことは、彼、ウィンザー氏自身はファーザー、マザーで育ったが、
子供たちにはダッド、マムと呼ばれているということだった。
 そういうことを綴った文章が、たまたまデュランダル議長の目に留まり、彼の考える未
来社会『デスティニープラン』(この呼称で、彼にコピーライターの適性がないのが明ら
かだ)を実現に移すためのチームの責任者として、大学から引き抜かれたのだ。
 プラントにはびこるエリート至上主義、よい遺伝子とよい育ちに固執する風潮を突き崩
すには、遺伝子的に向いている職業に向けての勉強をさせ、できるだけ適性のある、スト
レスを感じない職業に就かせるというのは悪い案ではない。最高評議会議長クラインがそ
の愛娘を長年の盟友であるザラの息子と婚約させた時に出来上がった、似非上流社会の存
在は、その二人がテロリストとなって生まれ故郷を捨て去り、同胞を殺した時に潰えたか
にみえる。シーゲル・クラインはコーディネーターとナチュラルの融和を説きながら、一
人としてナチュラルの友人を持たなかったし、やもめの自分、未婚の娘の配偶者にナチュ
ラルをとは考えもしなかったのだろう。
 そして前大戦の議員の子息の赤服だけで構成されたクルーゼ隊、早々に戦死した人間を
除き、彼らの末路は『自分は常に正しい判断をくだせるエリート』という思い込みによる
ものが呼んだとしか思えない。ただその坊ちゃん部隊が一般兵士に嫌がらせを受けたとい
う話も出てこないのが、プラントの異常なところだ。クレオパトラにしてみれば、エリー
ト意識が服を着たような子供の面倒を見なければいけなかった大人たちは可哀相だし、そ
のお坊ちゃん達を上手く調教できなかった(親の圧力で調教が許されなかった?)クルー
ゼ隊長は、プラントを守ってヤキンで凄絶な戦死を遂げたというのに。
 しかし自分が上流になりたいという、成り上がり願望の強い人間は、プラントにははい
て捨てるほどいるのだった。プラントが人間社会の辺境であることを住民が素直に認めな
い限り、そういう人間が減ることはないだろうと彼女は思った。

 

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