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クルーゼ生存_第44話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:44:41

 後のことはロドニアの調査部隊に任せて、ミネルバは出発した。最大の任務はジブラル
タル基地にたどり着くことだ。これからの地中海の航海、連合軍も友軍も哨戒している海
だけに気が抜けない。
 それにいまのミネルバは、『生きたエクステンディッド』という連合軍の最高機密を乗
せている。軍医からの報告だと徐々に弱り始めているし、ミネルバのエースパイロットの
シンがその少女に異常なまでの保護欲を覚えているというのもタリアにとって困りものだ。
もちろんシンがその少女と面会することによって、彼女の容態が安定するなら損はないの
だが。シンは戦場では勇ましく戦う兵士だが、感情に流されやすい。今度アレッシィ隊長
にそのあたりもっと気をつけるように言っておこう。感情に我を忘れて、痛い目を見る兵
士は多いのだから。
 そのシンはといえば、オフの時間に足繁くステラを見舞っていた。まだ彼を思い出して
はくれないが、桜貝は気に入ったようだし、彼を見て笑うようになった。ただオーサー医
師との会話が彼に重くのしかかる。
『彼女をエクステンディッドにしている薬品は、ここの設備では到底作り出せない。ジブ
ラルタルなら可能だろうが、着くまでに彼女は弱っていくだろう。普通の人間で言うなら、
栄養失調の状態になって』
『そんな、ひどい! ステラはあの通りの子ですよ。連合にエクステンディッドにされて、
命令されたことをやってきただけの可哀想な女の子なのに』
『私が言ってるのは、単なる事実だ。彼女は敵兵、捕虜、エクステンディッドなんだ』
 医師の言葉は正しいのだろう。でもシンには、ステラを一人の人間としてみてないから
そんな冷たい言葉が吐けるんだという思いもある。
 医務室に入って、いつものようにステラに声を掛ける。
「ステラ、俺だよ、シンだ」
「シ…ン」
 ステラはディオキアでの出会いを思い出したわけではない。毎日やってくる少年の名前
を覚えただけだ。
 すこしやつれたようにみえるのは、シンの思い込みだろうか。
 ステラを元気付けようと言ってみる。
「いま、海の上だよ。地中海を渡っているんだ」
「海…好き」
 ステラの菫色の瞳が輝きを取り戻した。
 しかしミネルバの捕虜である以上、甲板に連れて行って、葡萄色の海を見せてやること
はできないとシンも理解していた。ただ海という言葉から、ディオキアで過ごした二人の
時間を思い出してくれればと切に願う。
「ディオキアの海で、ステラは無茶苦茶に暴れて。元気になったら俺が水泳、教えてあげ
るから」
「水泳……」
「プールで覚えれば簡単だからさ。ステラは運動神経がいいから、すぐに覚えられるよ」
 そんな日はこないのに、白々しいと自分でも思う。
「海…泳ぐ」
 でも彼女の顔が輝くのを見ると、嬉しくてたまらない。それにステラの水着姿を想像し
て、ちょっと顔が赤らんだのも事実だ。
「アスカくん、そろそろ」
 看護士のヴァレンティナに時間だと促される。そして「すこしお茶でも飲んでいかな
い」と誘われ、できるだけ長くステラの近くにいたかったシンは頷いた。
 医務室内の小部屋で、ヴァレンティナがコーヒーを出してくれた。
 彼女は陽気な雰囲気の美人でキャラメル色の癖毛に金髪がリボン状に流れているのが個
性的だと、人気がある。地球育ちのシンにしてみれば、ナチュラルによくある髪の色だっ
たが。
「あの、ステラのことだけど、ディオキアであなたが助けたんですってねえ」
「ええ、でも翌日には戦う破目になって」
「記憶を操作されているようだから。かわいそうに」
 カプチーノ色の瞳がまたたく。
「だから、覚えてないんだ。彼女にとって俺は、ロドニアで知り合ったザフトのシン。デ
ィオキアで会った時はお互いのこと何も知らなかったけど、幸せだったのに」
「そういうふうに後ろ向きに考えるのはよくないわ。あなたは連合のエクステンディッド
を捕虜にすることで、一人の少女が自由意志でなく強制的に戦いに借り出される運命から
救ったわ。彼女は記憶操作されているけれど、脳にはまだまだ未知の分野があるから、明
日思い出すかもしれない。そういう風に考えないと」
 でもシンはステラと再会してから、ネガティブな考えを捨てられない。
「でも、永遠に思い出さないかもしれない。その前にミネルバがジブラルタルに着けば、
彼女はザフトの研究員達に診てもらうことになって、もう俺とは会えない」
「ステラが元気になってザフトの保護の元で暮らすのは、捕虜としては悪い待遇ではない
わ。もちろんあなたは彼女が志願した軍人じゃないのにと言いたいんでしょうけど、もう
ステラはエクステンディッドなの。人間の科学の力に頼らないと生きていけない存在なの
よ。それを忘れないで。私たちだって、好きで彼女を拘束してるわけじゃない。ただ先生
と私じゃ、とても敵わないからよ」
 理屈はわかっているので、シンは頷いた。
「気分転換をするといいわ。彼女のことばかり考えていてはダメ。お友達と遊ぶなり、訓
練に精を出すなりしなさい」
「そうですね。わかりました」
 心底納得したわけではないが、相対的に正しいのはヴァレンティナだというくらいの理
性はある。シンがどんなに悩もうとも、ステラはエクステンディッドであり、普通のナチ
ュラルの少女ではないのだから、戦争が終わって平和になったら……といった論法は不毛
なだけなのだ。
 無意味なことを考えながら部屋に帰ったら、スタンバイ明けのレイがいた。
「これから寝るのか?」
「いや、食事を取ってきたからまだ起きている」
「いまのスタンバイは、隊長かぁ」
 シンはしばらく射撃訓練をしてないことを思い出した。レイに声を掛けると、承諾の返
事がもらえたし、ルナマリアに電話したら彼女もOKだという。
 ミネルバは洋上での運用を考えて、甲板で射撃訓練ができるようになっている。
 真っ青な空と深い海。練習場よりずっと気の晴れる訓練になりそうだった。

 
 

「わー、思ったより風がすごい」
 射撃の準備をしながらルナマリア。自慢のミニスカートがはためいているが、そちらに
は疎いレイとステラにかまけているシン相手だから気にしない。
「地上ではこれくらいの風はよくあるだろう。いい訓練だと思わなければ」
「ま、その通りよね。私たちはいま、プラントじゃなくて地球にいるんだから」
 たしかに風と甲板から伝わる微妙な揺れのなかでの射撃は難しかった。
 射撃が得意なシンが、的の中央からはなれたところにしか着弾できない。彼の場合はス
テラのことがあって今ひとつ集中を欠いているからだろう。
 隣でルナマリアが軽快な発射音を立てている。見ると、射撃が苦手だったとは信じられ
ないくらい安定して中央に弾痕が集まっている。
「やるじゃないか、ルナマリア」
 流石のレイも驚いたようだ。
「忘れてた? 私も“赤”なのよ」
 つんと澄ましてルナマリアが言う。そして舌を出して付け加えた。
「この間室内の射撃場で練習してた時に、隊長が通りかかって教えてもらったの『君はト
リガーを引く瞬間に手首を返す癖がある』って。でそれを修正してるところよ。そしたら、
モビルスーツのシミュレーターでも、射撃上手くなったのよ」
 いかにも鼻高々にルナマリアは言った。
「へー、隊長、モビルスーツや作戦立案だけじゃなくて何でもできるんだなあ」
「――フェイスだからな。高い能力だけでなく指導力もあって当然だろう」
 レイの声はすこし沈んでいるようだった。
 あとは何事もなく、三人は規定で決められた射撃訓練を遂行した。

 
 

 航海は順調だったが、ステラの具合はそうではなかった。
 見舞うたびに顔色が悪く、点滴を入れている腕が細くなっているのが分かる。
 シンの桜貝を握る手にも力がなくなって。いまでは掌に載せて眺めるだけだ。
 ステラは確実に弱っていると、シンは思う。確かにミネルバの設備で連合で受けていた
ようなケアはできないからと聞いてはいたが。こんなでは、ジブラルタルに着いたからと
いって何とかなるのだろうか? 医学分野ではナチュラルのほうが進んでいるのに。もし
ステラが弱って……死んでしまったら、誰が責任をとってっくれると言うのだろう。いや
それ以前に、ステラにもしものことがなんて、認められない。
 ほとんど喋らず疲れて眠るステラ。
 シンは医師に質問をぶつけた。
「ステラの具合が、あんなにひどいのはなんでです!? 今にも死にそうじゃないですか!」
「最初に言ったはずだが、彼女の体の中には普通人間、コーディネーターにもナチュラル
にも存在しない物質が微量にいくつも存在する。それを補給しなければならないにしても、
この船の設備ではできない。ここは軍艦だ、研究所じゃない」
「でも、ステラは弱ってく!」
 渋い顔でオーサー医師が答える
「それは事実だが、できるだけのことはしている。彼女はザフトにとって一番貴重な捕虜
だ」
 これ以上のことは聞いても詮無いし、答えてもらえないように思い、シンはステラに声
を掛けると医務室を出た。
 ただまっすぐ部屋に帰ると落ち込みそうなので、レクルームに行った。久しぶりだが先
客、ヴィーノがいた。アカデミーで同室で、オーブから来たシンとも分け隔てなく接して
くれた少年。
「よう、ヴィーノ」
 声を掛けてコーヒーを買う。彼は録画で配信されるプラントのテレビニュースを見てい
たようだ。
「やあ、シン」
「ヴィーノはプラントが懐かしいのか?」
 地球の生活に興味津々だったのに、ホームシックというわけではなかろうと訊いてみる。
「いや、その、なんとなく、な」
 陽気な彼の顔色が変わった。シンはあっと思い、口を噤んでコーヒーを飲んだ。三日前
ディオキア基地から連絡があった。メイリン・ホークの体調が安定したので、プラント行
きのシャトルに乗せたと。もう懐かしい両親の家に帰っている頃だ。
「俺も見るよ、懐かしいからな」
 無神経な口を利いたという意識が言わせる。ただ近頃地球のニュースや音楽番組ばかり
見てたような気がする。プラント人なんだから、本土の情報を得るのは義務だろう。しっ
かりしなければ。
 やはり戦争がメインニュースで、月軌道を巡る争いは厳しいものがあるようだ。でもエ
ターナルのストライクフリーダムとインフィニットジャスティスはシンの目から見ても非
常に強かったし、インパルスの量産型も配備されたという。モビルスーツは人口は少ない
が個人能力に勝るザフトにとって、一人で三倍、五倍の敵を相手にできる大事な兵器だ。
最新鋭のインパルスに乗ってきたシンは、骨身に染みて知っていた。
「メイリン、家に帰ってお父さんお母さんに甘えたら元気になるよ」
 シンにはこれくらいしかいえない。恋人の死を目撃して流産した少女が、今何を考えて
いるのかさっぱり彼にはわからない。
「うん、そうだ、そうだよな」
 ヴィーノの声は自分にいいきかせるようだ。彼はアカデミーの頃からずっとメイリンが
好きだったし周囲は態度からそれを悟っていたのだが、当のメイリンだけが気付かなかっ
た。ただの陽気な友達としてしか、見えていなかったようだ。
 まだヴィーノはメイリンが好きなのだろう。
 ステラとジブラルタルで別れたら、自分も彼女の消息が気になってしょうがないだろう。
でも、ステラは無事にジブラルタルまでたどり着くことができるのだろうか、シンの心が
ひやりとする。考えないようにしてきたが、ステラの憔悴っぷりはただごとではない。あ
のおぞましいラボで研究されていた、人間をエクステンディッドにする薬がないと彼女は
生きていけないのではないか? さっきのステラに会った後だといやでも頭に浮かぶ。と
いって、シンにできることは何もないのだ。医学や化学だって、アカデミーで習った基礎
的な知識しかない。彼の専門はモビルスーツパイロットなのだから。

 
 

「エクステンディッドのことで? ええ、いまからで大丈夫。行きますから」
 グラディス艦長が電話を切って言った。
「ちょっと医務室に用事ができたから、アーサー、あとをお願い」
「了解しました」
 こう答えたもののアーサー・トライン副長は、顔をしかめた。ブリッジを預かることは
問題ない。『エクステンディッド』という言葉を聞いて、あのラボの惨状を思い出し口の
中に酸いものがこみ上げる。あのあとシンが怒って『同じナチュラル、いや同じ人間なの
になんでこんな酷いことができるんですか、連合軍は!?』と吐き捨てていたが、彼も同じ
気持ちだ。だから弱っているというエクステンディッドに興味はある。早くジブラルタル
に着いて、ザフトの医療研究班に診てもらえるといいのだが。
 ただあの女の子――ステラというそうだ――は、艦長管轄の捕虜だ。モビルスーツ部隊
のシンがアレッシィ隊長の命令で捕虜にしたのだから、フェイス権限で隊長預かりの捕虜
の形も取れたはずだ。艦長が同じ艦に同格の白服でフェイスのアレッシィ隊長がいるのを
煙たく思っているのは、ミネルバの乗員なら当の隊長も含め誰でも知っている。『生きた
エクステンディッド』という大物をあっさり隊長が艦長に譲ったのは、アーサーにとって
不思議だった。アレッシィもたまには艦長を立てようとしたということだろうか。
 タリアは足早に医務室に入った。オーサー医師が自分を呼ぶからには、事態は切迫して
いるのだろう。
「グラディス艦長、お待ちしてました」
 生真面目な医師の顔が、一段と固い。
「やっぱり、どうにもならないの?」
「ええ、もう時間の問題です。彼女の生命を維持するには、定期的に何か特別な薬剤の投
与が必要なのでしょう」
 タリアは腕を組んだ。
「ジブラルタルの本部が欲しがっているのは、生きたエクステンディッドの標本なのよ。
なんとかならない?」
「延命措置はしていますが、彼女の本来のエクステンディッドとしての機能は失われつつ
あります。このままではサンプルとして、ロドニアで収集したものより役に立たなくなる
可能性もあります。彼女が死んだときのデータは、相当不正確になるでしょう」
「それでも評議会は『生きたエクステンディッド』をほしがっているのよ。なんとしても
生かしておいて頂戴」
 タリアにとってこの捕虜を評議会に生きたまま渡すことは手柄だし、出世にも繋がる。
 パーテーションの向こうで寝ている少女が、彼女の大事な息子よりいくつか年上なだけ
だとは考えもしない。考え付いたところで、しょせんナチュラルの話に過ぎない。ナチュ
ラル同士で人体実験をしているなら、それは彼らが愚かな人種なだけだ。
 そしてふとオーブ育ちのパイロットを思い出す。
「そういえばシンが捕虜のところによく来ていると聞いたけど、いまでも?」
「ええ。まめにやってきて話しかけてますよ」
「それで捕虜の状態がよくなるならいいけど、問題があるなら止めさせて。あんなのに思
い入れるのは、シンのためにならないわ」
「ではそこは様子を見て。今のところ、捕虜の精神を落ち着ける役は果たしてます。ただ
延命のために強い薬を入れると、意識のない時間が増えるから、彼の見舞い自体をストッ
プさせる時期かもしれません」
 落ち着いた口調で医師が言う。
「シンの見舞いを認めているのはアレッシィ隊長だったわね」
 こういうねじれ構造が癇に障るとタリアは思う。だいたい彼は自分の部下に甘い。
「私からあなたの意見だと伝えておくわ」
 専門家の判断があれば、受け入れられるだろう。なんにせよ気苦労の多いことだ。
 タリアもオーサー医師も知らなかったが、この会話を聞いているものがいた。
 ステラの見舞いに来た、当のシンだ。彼はコーディネーターのなかでも聴覚に優れてい
るので、廊下の向こうからでも注意を払えばこの程度の会話は聞き取れる。
 しかし聞こえた会話の内容に、膝が震える。艦長たちにとってステラは『なんとしても
生かしておくサンプル』、それもプラントの評議会が欲しがるから、なのだ。彼女に捕虜
という言葉は使っているが、実験動物と考えているのは自明の理だ。どうしてザフトも連
合も彼女を一人に人間として見ないのだろう。たしかに、エクステンディッドとしての処
置がなければ生きていけない体であっても、人間にはかわりないのに。
 最初のコーディネーター、ジョージ・グレンは自分が『創られたもの』であると公表し
たが、国から研究材料扱いされなかった。結局ナチュラルの少年に暗殺されたが。
 ステラとジョージ・グレン、どこがちがうのだろう?
 最初から兵器として作られたステラ、遺伝子改造されていることを隠して成長し、ひと
かどの地位を得てから公表したグレン。社会的立場がステラには一切ない。だから人権も
認められないのだ……。
 でも、ステラに会うにはもういましかない。艦長が隊長と話をしたら、面会許可が取り
消されてしまう。シンは乱れる心でゆっくり百数えると、医務室に向かった。

 
 

 ステラはまた痩せていた。こけた頬、細い腕、毛布に覆われた体もひとまわり小さくな
ったように思える。
「ステラ、おはよう」
「シ…ン」
 もうザフトの薬剤では彼女の命を繋げるのが精一杯なのだろう。輝いていた頬も白い産
毛ばかりが目立つ。
 少しでも楽しい話がしたくて、あの出会いの日のことをシンは喋り始めた。
「ディオキアの岬で、君が白とブルーのドレスで踊っていて、足を踏み外して海に落ちた
の覚えてる? ステラは海とダンスが大好きだよね」
「うみ…ディオキア?」
「そう。ディオキア。海辺に昔ながらの東ヨーロッパの町があって、いい保養地なんだって」
 子供のころ親に色々ヴァカンスに連れて行ってもらっていたシンと違って、あのディオ
キアの一日は、ステラの人生でたった一日のヴァカンスだったかもしれない。それに気が
つくと、シンは泣きたくなる。自分のことはかわいそうだと思っている。戦争に巻き込ま
れて、テロリストのモビルスーツに家族を殺された。でもステラには家族もいないのだろ
う。あの施設は複数の孤児院からの子供を受け入れていたと、コンピュータ解析の結果が
出ている。
「ステラ、シンに、これ、あげた……ディオキアで」
 ステラは力ない手を開いて、桜貝を見せた。
 彼女が思い出すはずはないと諦めかけていたシンだが、これには喜んだ。
「そう、そうだよ。あの洞窟で、二人で焚き火をしてたら、君がくれたんだ」
「あったかかった」
「そうだね」
 ステラの記憶が甦りつつあるのだろうか。延命のためだけの薬で、連合軍で施された記
憶分野のブロックが解けて。
 でもシンの瞳が潤むには十分だった。
「シン、コーディネーター」
「そうだよ。でもナチュラルと同じ人間だ」
「いや…気持ち悪い」
「そんなこと言わないで、ステラ」
「いやぁぁぁぁぁ! ネオ、スティング、アウル!!!!!」
 ステラの全身の筋肉が緊張し、拘束ベルトがぎしぎしなる。
「ステラ、落ち着いて。何も怖くないから。誰も君を傷つけないから」
 じゃり、という音。ステラが握っていた桜貝を握りつぶしたのだ。シンは、二人の思い
出が崩れる音を、己の無力さを噛み締めながら聞いた。
 ステラが暴れ始めたのに気がついて、オーサー医師とヴァレンティナが来る。
「シン・アスカ、退室してくれ。あとは医療関係者の仕事だ」
「――了解しました」
 しょぼしょぼと立ち去るシンを、ヴァレンティナは同情の目で見送った。

 
 

 オーブ空母タケミカズチ。海洋国オーブの威信をかけた最新鋭の船である。
 その会議室で幕僚会議が開かれていた。
「地中海で落ち合うといっても、オーブ艦隊の遅れ、連合軍は気にしているでしょうな」
 とタケミカズチ艦長のトダカ一佐。
「でも故障続きだったから遅くなっても仕方ないよ。ブレイクザワールドのおかげで海の
上は漂流物で一杯だ。これは事実だろう」
「はい、ユウナ様。ただ遅れたペナルティに前衛を任されるのは、本意ではありません」
「早くても遅くても、オーブ艦隊が前衛だよ。大西洋連邦はオーブ復興に資金を投入した。
それを血で返せといわれているわけで」
 ユウナ・ロマ・セイラン司令官は青い顔で言う。彼はどれだけたっても船になれず、軽
い船酔い状態が続いている。
「だから精一杯戦って、できるだけ損害を少なくというシミュレーションを立ててほしい。
オーブは人口は少ないが、兵は精強だ」
「連合軍に見せ付ける芝居ですか」
 肝の太い幕僚が口を出した。
「その通り。当然連合軍艦隊といいコンビネーションで敵を撃破できれば一番だが、敵は
ザフト最新鋭艦ミネルバだという。痛み分けになった場合、オーブ軍は善戦したというイ
メージを作って、地中海くんだりまで遠征するのはもう止めたいもんだ」
 戦争の半分は会議室で決まる。ユウナは本来文官なので、そちらしかしらなかった。だ
から自分のできる範囲で――オーブ代表の夫という立場も使い――自国に少しでも有利に
運ぼうと考えていた。ただ船酔いのせいで、自慢の頭脳の動きはいまいちだったが。

 
 

 先ほど本国からコーディネーター部隊の二人が、マグネットコーディングとOSを入れ替
えたモビルスーツとともにJPジョーンズに戻ってきた。
 挨拶を受けたネオ・ノアローク大佐は、報告時よりヴァーチャー少尉の拒食傾向がよく
なっていること、そしてザラ少尉の整った顔に軍人としても責任感が出てきたように感じた。
 コーディネーターであれ、部下が成長するのは嬉しいことだ。次の戦い次第では、ザラ
少尉に昇進の推薦状を書いてもいい。
 いま問題なのはコーディネーターよりエクステンディッドだ。ステラがいなくなってか
ら、強めの薬剤を使ってストレスをコントロールしている。ただそれは彼らの寿命をすり
減らす。活動限界ぎりぎりまでモビルスーツに乗って戦わせるために作ったのだから、部
隊としての目標を達成したい。北米のラボで作っていたエクステンディッドは、生体CPU
としては使えるが、エクステンディッドとしては使えないという結論だ。生体CPUは名前
通りモビルスーツをコントロールする力は強いが、強力な薬を与えられ、目の前の敵と戦
うことしか考えられないので戦場を見て臨機応変に対応することができない。そばに指揮
機を置いておいて、まめに命令をインプットしてやらねば刻々と変化する戦場に対応でき
ず、動く的になってしまう。デストロイにはステラがいない以上生体CPUを使う予定だ。
巨大なうえモビルアーマーへ変形もするデストロイは、普通のナチュラルのパイロットで
はまっすぐ立たせておくことさえ難しいモビルスーツなのだ。
 今回の海戦は、ブルーコスモス上層部の中にも温度差があるようだが、ネオはあまり乗
り気ではない。コーディネーター部隊の機体改良のテストが一番の課題だ。
 ロゴスのお偉方達にとっては、戦争で兵器が壊れれば壊れるほど儲かるのだろうが、ブ
ルーコスモスに所属する一軍人としては、できるだけ勝てる戦いをしてザフトを地球から
追い出し、コロニー周辺を封鎖すれば、あの遺伝子改造人間どもは百年とたたずに滅びるだろう。
 そんなことをつらつらと考えていたら、部屋に通信が入った。
「大佐、ガイアの識別コードです!」

 
 

 自分は危ない橋を渡っているどころか、死に至る道を歩んでいる。
 流石の無鉄砲なシンにも、自覚はあった。ハンガーに横たえられたガイアから、整備員
の目を盗んでデータをディスクに落としてきたのだ。これだけでもう、軍の機密に違法に
触れたことになる。まあ、彼がこれからやろうとしていることに比べたら、あまりに小さ
なことだったが。
 自室でコンピュータを操作して、データを解析し識別コードを抜き出す。
 不意に声を掛けられて、肩がびくっとした。
「何をしている」
 眠っていたと思っていたレイだ。振り向くと彼は半身を起こして彼を見ている。
「な、なんでもないよ」
 アカデミー時代からの友人とはいえ、言えないことはある。レイのところから画面の文
字までは読めないはずだと思い、心を静める。
「そうか」
 一言言ってまた眠りに戻ったようだ。すぐに寝ること、起きること、優秀な兵士の条件
だ。識別コードをディスクに落とすと、シンは医務室に向かった。
 通いなれた医務室への道だが、これが最後だ。ステラは生命が危ういし、そのために記
憶も乱れている。もう捕虜になってからのことさえ、よく覚えていないのだ。そんな彼女
をジブラルタルまで連れて行って、苦しいだけの延命措置をして研究するなんて、シンに
は許せなかった。もちろん最初は、ザフトの科学が彼女をディオキアであったときと同じ
状態に戻してくれると思った。でもそれはかなわぬ夢だと悟った。
 だったら、返すしかない。彼女は連合の技術のもとでしか生きられないのだ。
 外から医務室をうかがうと、ヴァレンティナが当直のようだ。彼女はよくしてくれたが
――シンは心を決めた。
 するりと忍び込み、生命維持装置の具合を見ていたヴァレンティナに当て身を食らわせ、
気絶させた。そしてステラにまつわりついているチューブ類を外す。
「…………」
 ステラは異変に気づいたようだが、反応はなかった。もうそれだけの体力がないのだろ
う。シンはベッドの足もとのコロのロックを外して、ステラを医務室から連れ出した。こ
の時間は24時間体制の戦艦とはいえ、動いている人員は少ない。なんとかモビルスーツ
デッキまでたどり着くことができればと願うが、どこかにこの無謀な行動を止めてほしい
という気持ちもないといったら嘘になる。いちばん近いルートを通ってそろそろとベッド
を押し進めていく。ステラはぐったりとして動かない。自分が医務室から連れ出されたの
にも、気づいてないかもしれない。警備兵に見つかったら終わりだ。彼らは三人組で行動
する。シンはザフトを裏切る気はないから、銃器を使った抵抗は論外だ。
 しかしステラの青ざめた顔を見るに、自分は間違ってないと確信する。先日マルキオ導
師という男が言っていたが、肉体の欲望を愛と勘違いして痛い目を見る男は多い。でもシ
ンはステラに持っているのはただ保護欲とも違う、人間としての愛だと思っているのだ。
ただそれは、シンが確たるものを何も持っていないからかもしれなかった。たとえプラン
トへ帰ったとしても、彼が行くところはザフトの単身寮しかないのだから。
 できるだけ音を立てないよう、慎重に進んで行ったが、モビルスーツデッキに降りるエ
レベーターの手前に警備兵の姿を認めた。この道を掃除して回ったのが遠い過去に思われ
る。ベッドの車輪が軽い音をたてた。
「何者だ」
 明らかに人の足音ではない音に、警備兵は反応して誰何した。出ていけば捕まる。戻る
のは論外、なら、素手で戦うしかない。シンがそう心に決めた瞬間、彼らの背後に鮮やか
な金髪の少年が見えたと思うと、急所を鮮やかにとらえてようで、あっという間に警備兵
を気絶させていた。
「――レイ」
 部屋を出てきたときは眠っていたのに、でも上着を着てないあたり、あわてて駆けつけ
てくれたのだろう。
「帰すのか?」
 いつもの冷静で大人っぽい声。
「ああ」
 そこまで読まれていたとは。でも本当にありがたかった。ステラのことを『人間』と思
ってくれるコーディネーターがこんな身近にいたなんて、シンは思ってもみなかった。
「なら急げ、ハッチは俺が開けてやる」
 渡りに船だった。
「どんな命でも、生きられるものなら生きたいだろう」
 すこし声のトーンが落ちた。レイも家族を全員亡くしているのだと、シンは思い返した。
ステラの不幸は、自分が被害者になった人間にしかわからないというのだろうか。
 シンは慎重にベッドをエレベーターに乗せた。
「お前は帰ってくるんだな」
「生命があればな」
「それは知恵を絞ってなんとかしろ」
 こんな会話を交わしてレイと別れた。
 モビルスーツデッキにも夜勤のメカニックはいたが、インパルスは故障も不調もなかっ
たのでその付近に人影はない。ステラをベッドから抱きあげ、インパルスに搭乗する。
 レイもやってくれた。インパルスのエンジンに火が入った瞬間、モビルスーツデッキの
ハッチが開いたのだ。
「ありがとうレイ!」
 まだ暗い空にインパルスで飛び出しながら、可能性の低い作戦だが、それに協力してく
れた親友を、心底ありがたいと思った。

 
 

 抽出したデータをインパルスのものと入れ替える。これでインパルスは識別信号の上で
はガイアになった。この近くには連合の部隊も展開しているはずだし、ステラがロドニア
に現れたことから、彼女の部隊――エクステンディッドを創って運用しているおぞましい
部隊――がいる可能性は高かった。ステラがよく口にした、ネオ、スティング、アウルと
いうのは、ディオキアで会った三人の可能性が高い。ネオはあの時ネオ・リンデマンと名
乗った金髪の美丈夫と考えてほぼ間違いないだろう。ステラの保護者だという彼、ネオと
会うことができれば……。このあたりはニュートロンジャマーの影響が強く、レーダーは
近距離しか効かない。ミネルバからの追手の心配はしないですむが、相手にも通信が通じ
にくいのだ。最悪、バッテリー切れでステラと一緒に地中海の藻屑だ。シンは時間との戦
いだと思いつつ、連合に通信を送った。
「連合のネオという人。ステラを返す。彼女を救う気があるなら、北緯40度56分、東
経14度20分の島に一人で来てくれ」
 この島ならミネルバから十分遠いと思って設定したのだ。しかしもしここがだめで、第
二候補地に移らないといけないとなると、帰りのバッテリーはぎりぎりだ。第三候補地に
至っては帰れない。その場合インパルスは自爆させるしかない。しかしシンはそうしてで
もステラを元気に生かしてくれる人たちに返したかった。彼らがロドニアで見たようなこ
とをしなければ、ステラは普通の少女だったはずなのに。
 通信を数度繰り返して、目的地に降り立った。ステラは相変わらずぐったりとして目も
開けない。ただシンが通信を入れている時聞こえないほどのかすかな声で「ネオ」と言っ
たような気がした。ステラにとって頼るべき人がネオしかいないらしいということ、それ
にすがりつかずにはおれない自分。シンは気持ちが暗くなるのを抑えられなかった。

 
 

「本当にお一人で行かれるのですか?」
「我儘なようだが、カンだ。一人で行けばステラを取り戻せるという」
 ネオは超自然的な感情を理由にしたことを恥じたが、これまでの人生、彼のカンが外れ
たことはない。子供のころはじめた株や通貨のトレードでも、経済紙の予測より彼のカン
のほうが正確だった。今となっては知らないうちに増えていく銀行の口座の数字には別に
興味もないが。
 部下たちもネオのカンの良さは知っていて、大佐は超能力研究の被験者に向いてるんじ
ゃないかとまで囁かれる始末だ。なので、強く反対を申し出る者はいなかった。行かない
でほしいんだが、大佐がそこまで言うなら、と。
 エルドリッジ少佐は「罠です。どうしてもとおっしゃるなら、アシーネイージスを護衛
に」と言い募ったが、却下された。
 ネオ・ロアノーク大佐の紫のウィンダムはザフトの少年の声に導かれて、JPジョーンズ
を後にした。

 
 

 ステラの様子を見ながらどれだけ待っただろう。ただシンにそう思えただけで、実際に
は夜が明ける程度の時間しかかかっていなかったが。レーダーに敵機一機の反応があり、
彼の心が落ち着く頃にはもう視認できる位置まで来ていた。一般の白と違い紫に塗られた
ウィンダム。戦場で何回か見かけた機体だ。
 地中海の小さな島はブレイクザワールドの津波に洗われ、全滅したところが多い。この
島もその一つだ。
 ウィンダムがインパルスの前に到着する。シンは無線で話しかけた。
「ネオ、ディオキアにいたネオ・リンデマンか? こちらはザフトのシン・アスカ。ステ
ラと一緒だ。映像を送る」
 コクピット内の映像を送信する。すると相手から返信があった。
「連合軍のネオ・ロアノーク大佐だ。ディオキアでは偽名で失礼した。ステラの姿も確認
できた」
 張りのある深い声に反応したのか、ステラが薄目を開けた。
「ネオ…シ…ン?」
 いまはコーディネーターへの拒絶反応は去っているようだ。ただステラは肉体的にも精
神的にも何があってもおかしくない状態だ。
「ステラを連れて降りる。話が折り合えば、彼女を――返す」
 シンはコクピットを開け、ステラを抱いたままラダーで地面に降り立った。時を置かず
してロアノーク大佐も降りてきた。二人とも相手に拳銃を向けて立つ。
「ステラはザフトの技術では生きていけない。彼女をエクステンディッドになる前の、普
通のナチュラルの少女に戻してくれるなら、そちらに返す」
「それは不可能だ。彼女には一生、我々が作る薬の投与が欠かせない」
 大人の冷静な声に、シンは少し腹が立った。ステラはうわごとで呟くほど彼を慕ってい
るのに。
「それでも、戦場に駆り出さないって約束くらいできるだろう。あんた偉いんだろ、大佐
なんだから」
「中間管理職というんだ、シン・アスカ君」
 馬鹿にされたような気がして、シンはさらに言い募る。
「ステラを、戦いのない優しくてあったかい世界に戻してやってくれ。志願して戦ってる
俺たちとは違うんだ、彼女は!」
「それでは訊くが、ザフトのエリートパイロット君。この世界に君のいう『戦いのない優
しくてあったかい世界』はあるのかね? ブレイクザワールドでこれから核の冬に見舞わ
れる地球に、核ミサイル一発で壊れてしまうコロニーに?」
「あ……」
 シンにとっての優しくあったかい世界は、二年前のオーブ戦ではかなく散った。打ち続
く戦争の影響で、優しくてあったかい世界を持っている人がどんどん減っている。当事者
として他人の命を奪いすぎて、シンはそのことを忘れていた。でもやっぱり最初にアーモ
リーワンからセカンドシリーズのモビルスーツを強奪した連合、目の前にいる美青年が悪
いのだ、シンの思考回路では。
「でも、あんたたちがエクステンディッドなんて作らなければ、ロドニアのラボのような
ひどいことをしなければ、ステラだってあそこで標本にされてた子供たちだって、幸せに
暮らしていられたはずなんだ」
「君は物事を一面からしか見ないようだな。まあいい、ステラを返すのか、返さないのか」
 ネオの声は冷徹だった。
「……返す、返すよ。だから彼女を人間としてちゃんと幸せにしてやってくれ」
「善処する」
 こういう大人の物言いがシンは大嫌いだったが、このままではステラは死んでしまう。
 腕の中のステラがネオを見てかすかな笑顔を浮かべた。この笑みがシンの心を決めた。
「そこの中間点にステラを横たえる。おかしなことをしたら撃つ」
 シンは前進して、せめてやわらかそうな地面に毛布でくるまれたステラを横たえた。う
っすらと菫色の瞳をあけてはいるが、彼を見てはいない。
 ステラが見ているのは、シンが下がった後に近づいてくる青年だった。
 シンは彼に銃を向けながら、ステラが少しだけ腕を上げたのを認めた。自分がどんなに
彼女に惹かれていても、彼女はネオのほうがいいのだ。
 長身のネオは軽々とステラを抱き上げた。
 そしてシンの心臓に狙いをつける。
「君が生きているといろいろと厄介だ。ここで死んでもらう」
 銃撃戦で負けるとは思わないが、ステラに弾を当てたくないというのはハンデになる。
 シンの狙いが逡巡で揺れた一瞬のあいだに、ネオは引き金に指をかけていた。
 と、おとなしく抱かれていたステラが身をよじり、ネオの銃口がシンの心臓からずれた。
 パーン。
 鳴り響いた銃声は、シンの左太ももを貫いていた。
 焼け火箸を押し付けられたような痛み、しかし膝を屈するほどではなかった。第二射が
来る前にインパルスに戻らなければ。ステラが、あれだけ無反応だったのに、シンを助け
てくれたのだ。とにかくインパルスをミネルバに戻す責任は果たさねば。
 ネオはステラがあのコーディネーターの少年をかばうように動いたことに、心底驚いて
いた。みたところ生きているのが精一杯のエクステンディッドだというのに。ステラの荒
い息を聞いて、銃をしまいウィンダムに向かった。ただの偶然かもしれないし、しょせん
子供の思い込みにすぎないザフトの少年の恋慕だが、たまにはこういうことが起きるから
戦場はより面白い場所になるのだと思った。
 インパルスを発進させたシンは、ミネルバの現在位置を推測してレーダーに反応するま
で自動運転をセットした。軍服のズボンを裂いて、止血作業をした。インパルスの救急セ
ットではこれが限界だし、コーディネーターにとっては大したけがではなかった。ただ左
足でペダル操作をするときに痛みが走る程度で。でも、シンがステラを捕まえるときに撃
った左足を、彼女を返す時に撃たれるとは――。因縁を感じないといったら、嘘になる。
 ステラが命を繋ぐことに安心し、これからのこと――銃殺されても文句は言えない軍紀
違反――に少し暗くなった。まあ自分の命など軽いものだ。家族のところへ行くだけだか
ら。
 無事ミネルバについたシンを待ち受けていたのは、警備兵の銃口と艦長以下幹部の厳し
い顔だった。手錠をかけられ、怪我の手当てを医務室で受けると、営倉に入れられた。医
務室ではヴァレンティナに一言謝りたかったが、口をきくのを禁じられていたため叶わな
かった。
 そこには先客、レイがいた。捕虜を逃がすシンのためにゲートを開けたのだから当然だ
ろう。
「返せたのか?」
「ああ。でもレイに迷惑かけて、ごめん」
 自分と違って、アカデミー時代から一片の曇りもない優等生のレイだ。彼の完璧な経歴
に、自分のせいで初めての傷をつけてしまった。
「気にするな。俺は気にしない」
 いつも通りのクールな声が壁越しに返ってきた。
 前も思ったのだが、ネオとレイは似ている。こうして声だけ聞くとなお一層。見た目と
言いかなり近い遺伝子を持っているのだろう。シンの赤い眼はオリジナルだが、コーディ
ネーターの遺伝子のもとはほとんどナチュラルにあるのだから。

 

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