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クルーゼ生存_第46話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:48:59

「と、いうわけだ」
 ハイネが愛機と同じオレンジ色の髪をかきあげた。
 ミネルバは撃沈の危機をハイネ率いる8機のモビルスーツ隊に救われた。何といっても
うち四機が水中用モビルスーツ、アッシュであったのが大きい。ミネルバは地球では水面
下の戦いで常に不利に立たされていたのだから。
 ジブラルタル基地に降下する予定のモビルスーツ機、ハイネのフェイス判断でミネルバ
の援軍として地中海に場所を変更降下したということだ。グフイグナイテッド4機、アッ
シュ4機を迎えてモビルスーツデッキは沸いている。
 このおかげで連合軍艦隊を振り切り、相手に追撃を諦めさせることができたのだ。援軍
がなければミネルバは捕縛されていたか、最悪撃沈されていただろう。陽電子砲を失った
ことは、作戦上どれほど大きかったことか。
 ハイネの判断のおかげで陽電子砲が使えない以外はたいしたこともなく生き延びた上に、
最新型の援軍だ。ジブラルタルにつくまで、安心していられる。
 そのことをハイネは白服でフェイスのアレッシィ隊長に報告した後、このレクルームで
手下のパイロットをミネルバのパイロットに紹介してくれた。
 ハイネがミネルバ艦長タリア・グラディスには通信は入れたもののまだ会っていないこ
と、アレッシィ隊長には自分から出向いて挨拶したこと、カンの鋭いレイだけでなくシン
とルナマリアも知っていた。自分たちの上の世界では、それが正しい挨拶なのだろうと。
だいたいフェイスというのが、現時点で五人しかいない。そのうち二人が同じ艦に載って
いるというのはザフト軍にとって異常事態ともいえる。だからフェイスのハイネとしては
同じフェイスで白服のアレッシィ隊長には恭順の意を、ただの白服のグラディス艦長には
ジブラルタルまで乗せてってくれいうことなのだろう。
 ハイネの部下――ジブラルタルまでの暫定ということだそうだが――は、十代後半から
二十代後半までバリエーションに富んでいた。この時期にフェイスに指揮されて地球降下
するのだし、ミネルバを生き残らせてくれたし、みんないいパイロットだ。
 ただルナマリアは、シホ・ハーネンフースという黒髪の美女と握手したとき、不要な力
とともに不愉快な気分まで感じたのだけれど。

 
 

 ルナマリアが自室に戻って検索してみたら、あのシホ・ハーネンフースはジュール隊の
出身だった。
 イザーク・ジュール、ディオキアを出てから久々に思い出した。鋭い銀髪と青い眼のエ
リート主義者、ザラ派残党にザフトから武器を横流しした母親、そして甘ったれの妹メイ
リンの思い人。イザークはメイリンの好みだったと思うが、彼の方がどう考えていたのか
よくわからない。まあ、彼の母親の罪からこの戦争が始まったようなもので、ミネルバ内
での空気はイザークに冷たかったし、実際同僚のパイロットのルナマリアたちにしても最
低限のことしか話した覚えがない。濃い青い瞳にいつも怒ったような表情を浮かべていた。
シンもいつも怒ったような眼なのだが、彼は前大戦のオーブ戦で家族をフリーダムの流れ
弾に殺されているという事情がある。だから癇性の激しい少年とはいえ、シンはザフトの
中に受け入れられている。あのかっとなるところも、アカデミーのころに比べればましに
なったと思っていたら、連合の強化人間を逃がす始末だ。
 女にはダメ男好きが結構いるのかもと、これまでの人生で読んだ小説や見た映画を思い
出す。メイリンはエリート好きでマザコンの堕ちたエリートに体を許した。そのイザーク
をシホが慕っていたのでは? 全く知らない女に不愉快な行為をされる覚えはルナマリア
にはない。彼女のこういうすっぱりした気性に傷つく者もいるのだけれど、それは別の話
である。
(メイリンとイザークの件で何か含むところがあるのかしら。フン、もてない女のひがみ
ね)
 年頃の男女の関係を恋愛にくくってしまうのは、妹に似ている。シンやレイと普通に友
人なのに、他人にそれをあてはめることができない。メイリンと同じく、ルナマリア・
ホーク、ミーハーな少女であった。

 
 

「レイ、久しぶりに一緒に朝飯行こうぜ」
「そうだな」
 明日にはジブラルタル入港、ハイネがモビルスーツ部隊を率いてきてくれたおかげで、
ミネルバのパイロットのスクランブルシフトに余裕ができた。実際出港してから、同室の
二人の食事時間があったのは数えるほどしかない。なにせ四人しかパイロットがいなかっ
たのだから。ハイネはジブラルタルでフェイスとしての仕事があるそうだが、他の7人の
うち2人くらい、ミネルバに残ってもらいたいとシンは思う。ザクに乗ってみて、水中か
らの攻撃がいかに怖いものか思い知った。実際魚雷発射口を破壊されて、8人の戦死者が
出ている。
 身だしなみ、身支度は出来る限り早くとアカデミーで叩きこまれたので、二人は寝起き
のベッドメイクまでさっさと仕上げると――どっちがどっちのベッドかは一目でわかるが
――食堂にむかった。
 ビュッフェ形式の朝食は、地球育ちのシンに嬉しいさまざまな食材が並べられていた。
 黒パンと白パン、ハム、チーズ、魚の燻製、ヨーグルトとジャム、果物の新鮮なジュー
スとコーヒーをシンは選んだ。レイも似たようなもので、飲みものは紅茶だったが。成長
期であり体力を使うパイロットなので、身体検査の結果彼らに食事制限はない。どちらか
というと、好きなだけ食べて体力をつけろということだ。
 シンはふと、アレッシィ隊長を食堂で見かけたことがないのに考え至った。隊長だしフ
ェイスなので、部屋に食事を運ばせる権限があるからだろうが、あの人は戦闘中以外他人
を避ける傾向があると思った。
 向かいで上品にパンにチーズとハムを載せたものをナイフとフォークで切り分けて食べ
ているレイと、髪が同じ金髪というだけでなく、精神的に似たところがあるなと感じる。
 まあ、そんなことよりパンにかぶりつく方が大事なことだったが。
「俺たちがカーペンタリアで受けた命令は、ジブラルタルへ行け、だろ。ジブラルタルに
着いたらどうするんだろ」
 戦いの連続だったし、ステラという連合軍の強化人間との出会いもあったし、シンにと
っては感慨深い航海だったが、ジブラルタルではそれなりの軍務が待っているはずだ。
「地球で何か戦果を上げないといけないのだろう」
 レイが低い声でささやく。
「宇宙では膠着状態が続いているというから、地球で連合に大きな勝利をあげられれば、
有利に講和に持っていける」
「……ヘブンズベースか」
「おそらくな」
 アイスランド島を要塞化した、大西洋連邦の主力基地である。
 プラントには地球を征服するまで戦うべきだという強硬派もいるが、逆に地球の人間に
対する大きさを知ってしまうと、人口に勝り食糧も自給できる地球に勝つのはプラントで
は無理だとわかる。いい条件での講和の内容は政治家が考えるとして、講和の席につくの
にプラントにはまだ手札が足りない。ヘブンズベースを陥落させられれば、またとない切
り札になりうるのだが。
 そんことを考えたとき、ヨウランの陽気な声が響いた。
「よう、お前らはおはようさんか」
「そうだ。そちらは夜勤か?」
「のんびりした夜勤だったけどね。ちょっとパンとスープを食べにきただけ」
 ヴィーノが返す。レイのバビが一番重症だったが、増援部隊がいるし、明日にはジブラ
ルタルだしということで、整備班もゆっくりモードに入っているらしい。
 パイロットもだがモビルスーツも少ないミネルバでは、出撃できない状態の機体をなく
すために、整備士たちは班長のもとかなりハードな仕事をこなしてきたのだ。
「ちょっとお邪魔。近ごろ喋ってなかったしさあ」
 四人がけのテーブルだったので、アカデミーの同級生男子四人が久々に一緒になった。
「あのフェイスのハイネさんの連れてきたパイロット、ミネルバ配属になる人がいるのか
ね。けっこうこっちに興味津津って感じ」
「でも口軽い人もいるよね。ジブラルタルに新型のワンオフ機が配属される予定だとか、
機密じゃないの、それ?」
「新型!」
「宇宙ではセカンドシリーズの先を行く機体が活躍している。地上にその次の機体が投入
されても、おかしくはない」
 どんな機体だろう。もちろんインパルスより優れているはずだ。乗ってみたい、シンは
心の底から願う。しかし重大な軍紀違反をした身では、そんな大層な機体をまかされるは
ずもないとがっかりする。
「なんかあと、赤服のシホ・ハーネンフース? イザーク・ジュールがミネルバでどうし
てたかとか、部下だったそうで探偵みたいに聞いてくる。お前ら、聞かれた?」
「まだ」
 シンが答えた。イザークと言っても、個人的な付き合いはなかったから聞かれても話す
ことはないけど。
「うちの先輩がイザークとアカデミーの同期だったから、かなり辛辣なこと言ってさ、で、
ものすごく怒ったような顔してた。メイリンを逆恨みしなきゃいいけど」
 ようやく実家で落ち着いたというメイリン、彼らにとってイザークはミネルバからメイ
リン・ホークを奪った男ともいえるのだ。

 
 

 北アフリカの連合基地にファントムペインは落ち着いた。
 暗号通信でデストロイ計画の準備が整ったと、入電があったのだ。
 ネオは科学者たちに糺したが、ステラはそろそろ生体CPUとしてなら使える状態に戻っ
ているという。空中空母を使って目的地まで。大した時間はかからない。
 さっき見てきたステラは、自力歩行が可能になっていた。以前に比べて知能の点では劣
るが、ファントムペインの人間のことだけは覚えていて愛着を持っている。それ以外の人
間は、すべて彼女を殺そうとする悪意ある敵と設定されている。これ『死ぬ』をブロック
ワードに持つステラを最も効果的に兵器として使うやりかただ。
 通信が入った。
 ロード・ジブリールの青白い顔。
「モスクワにはいつ移動する」
「部隊編制の都合で二日後には。ただし着後はすぐに作戦行動に移ります」
「ユーラシアの奴らはコーディネーターとなれあっている。一刻も早くデストロイによる
鉄槌を下すのだ。ミネルバ一隻沈められなかったお前だが、デストロイがあればできるだ
ろう」
「了解しました。青き清浄なる世界のために」
 実際ミネルバを落とせなかった。科学班はいろいろナチュラル、エクステンディッド、
コーディネーターのデータがとれてうれしいようだが、管理職はそれだけで満足するわけ
にはいかない。デストロイと生体CPUの組み合わせで戦果をあげられなければ自分は無能
だと、ネオはひとりごちた。

 
 

 ミネルバがジブラルタル基地に入港したのは、シンたちがおしゃべりをした丁度24時間
後だった。シンはパイロットのスタンバイルームでその瞬間を迎えたのだが、これだけの
規模の基地につくのはカーペンタリア以来なので、すうっと胸にわだかまっていたものが
溶けていくような気がした。あそこは安全だ。今は戦時中とはいえ、ミネルバよりはるか
に安全な基地だ。西ユーラシアが東との分裂問題でザフトと協力関係を結んでいるのはそ
の身で知っている。背後から攻撃を仕掛けられることのない、しばらくとはいえ安住の地
なのだった。
 地中海の海岸線は子供時代を過ごしたオーブを思わせる白い砂と岩、葡萄色の海。
 前の海戦にもオーブの部隊がいたんだなあと思うが、今では学校で同級生だった相手で
も殺せる自信がある。ステラを返したとき、わがままは捨てたのだ。戦争してる間は戦う
人形であるのが、兵士の正しい姿ではないかと考えるようになった。
 そのオーブ艦隊はまた太平洋への長い道を帰るところだった。戦死者は出たが予想を上
回る数ではない。これだけ遠くまで遠征すれば、次は要求があっても断れる。基本的に大
西洋連邦と同盟を結んだとて、太平洋から出たくないのだ、オーブ軍は。
 ユウナ・ロマ・セイランはこの戦争が体力勝負になって、連合の一部としてオーブ軍が
酷使されることを恐れていた。前大戦で国を焼き、やっと形になった軍隊なのだ。兵士た
ちは生き残りが多い分精強だが、なんといっても数が少ない。宇宙という特殊な環境で、
自分たちの能力だけを頼みに戦うプラントは、誇り高い国だと思うしまた不気味なものを
感じさせた。

 
 

 ゆっくりとミネルバが巨体を預けるようにジブラルタルに入港する。
 アーモリーワンで最新鋭艦として建造され。出航式が行われるはずだった時は、今この
時間にこの艦が地球にいて、すでに歴戦のつわものとなっていると予想したものはいなか
っただろう。旧ザラ派のテロリストによるユニウス7落下テロで、地球とプラントは再び
戦乱の火口(ほくち)をひらいたのだから。
 シンをはじめとするクルーにも、アーモリーワンから月軌道、そこからユニウス7の落
下を追って地球へ、そして太平洋から地球を半周してやっとここにたどり着いたとの思い
がある。カーペンタリア基地に着いたときとは重みが違う、自分たちのなすべきことを船
員全体が考えている一体感――そういうものをミネルバは苦しい旅の間に手に入れた。
 地面が全く揺れない感覚だけでもありがたい。ミネルバのような巨大な戦艦では、巡航
速度で揺れを感じることはなかったが、戦闘も嵐もあったのだ。
 シンにとってありがたいのは、先の戦いで救援に来てくれたハイネたちはミネルバを離
れ基地の所属となったが、ザフトの内懐ということでシフトが減ったことだった。常に気
を張ってないといけない航海から港に戻ったということの証だと思う。同じ艦で同じパイ
ロットのレイとルナマリア、実際ディオキアからどれだけ話す機会があったか。各々戦争
について考える経験もしたし、成長もしたはずだ。これからの軍務に自分たちの経験がど
う生かせるのか、そして平和は、いつ訪れるのか。
 フェイスのハイネは基地上層部および同じくフェイスのアレッシィ隊長と会談を持った
ようだし――ジブラルタル基地は激戦地ではないので、これが大ニュースになるのだ――
ザフト軍として大きな動きがあるのは確かだ。うそかまことか、議長が降下してくるとい
う噂まで出回っている。宇宙の状況を鑑みるに、議長が地球に降りてくるのなら、それは
本当にヘブンズベースを攻略するときだとシンは思った。

 
 

 ネオ・ロアノーク大佐率いる第81独立機動群ファントムペインは、モスクワ近郊の基地
に移動した。このあたりがユーラシア軍の東西対立の最前線だが、この特別な基地には
コーディネーターと手を結んでユーラシアを分割しようなどと考える人間は、一人もいな
かった。ただデストロイを建造した工場からの道にはザフトがはびこっていたようで、輸
送部隊に被害が出たと聞いている。
 落ち着いたところで、護送にあたったナチュラル部隊のスウェン・カル・バヤン中尉と
面会することにした。とにかく手てのかかる強化人間と、監視が必要なコーディネーター
にかまけていたのは事実だ。カル・バヤン中尉の小隊の働きは聞いているし、小隊長とし
て苦労もしたはずだ。話したいことは無口な彼にもあるだろう。
「ミューディ・ホルクロフト少尉は残念だったな」
「デストロイ輸送の任務のためです」
 感情がないような声。これは彼がブルーコスモスの孤児院で育って、純粋な『主義者』
であることの表れなのだろうか? ネオ自身は普通に士官学校を出て優秀な軍人でブルー
コスモス思想の持ち主だというのでこの部隊にスカウトされたので、部下のかなりが特殊
な生まれ育ちで正規の軍務教育を受けている人間が少ないというのは、なかなか悩ましい
ものだ。
 その口数の少ないスウェンが言った。
「さきほど担架で搬送されて行く強化人間を見ましたが、あれがデストロイのパイロット
ですか?」
「デストロイの生体CPUだ、中尉」
「役に立つのですか?」
「十分だ。もともとの相性と体や脳の反射速度を戦場に出す時に強化する。あれは思った
より丈夫だ。作戦の使用に十分耐えうる」
 ザフトのエリートが何やら言っていたが、今は戦争だ。あの少年がモビルスーツに乗る
のとステラが生体CPUとしてデストロイを操るのになんの変りもない。
「そうですか」
 普通ならここで『戦果を期待しています』とか愛想を言うものだが、彼はそういうこと
はしない。それはそれとしてネオにとって息のつまるものではない。言葉のつかい方が下
手な子供なのだ。退出していくスウェンを見ながら、また会うだろうとの予感が走る。し
かしその再会が、ネオにとって衝撃的なものになるとまでは彼のカンは告げてくれなかっ
た。
 生体CPU担当者とエクステンディッド担当者がステラを管理しているが、あの島で動け
なかったはずなのにネオの腕の中で抗うことでザフトの少年を逃がしたときに見せた力は
生きているようだ。強化人間担当者は今のステラの体力の回復が、人間がもともと持って
いるものなのか、それとも強化されているからなのか詳しく調べたがったが、もう彼女は
『彼女』でなく『あれ』と呼ばれる生体CPUである。
 メールをチェックすると、アスラン・ザラ少尉を中尉に昇進させる旨上伸していた件の
返事が来ていた。コーディネーターでも戦場で強いものは昇進させる。それはネオの主義
だが、理由の半分はヴァーチャー少尉にある。階級が上の同僚がいたほうがたった二人の
コーディネーター部隊がうまく回るというものであったが。とにかく、次はザラ少尉を呼
んで昇進を伝えなければ。

 
 

 デストロイ、破壊の名前を持つ巨大モビルスーツ。背中からは4門の高エネルギー砲、
プラズマ複合砲などの強力な武器と陽電子リフレクターを備え、モビルアーマーに変形も
可能な、連合の技術の粋を集めた巨人である。単騎での基地、要塞攻略を目的としモビル
スーツでありながら戦略兵器と位置付けられている。スポンサーのブルーコスモスにとっ
ても痛い出費であったが、この機体を作るために開発された技術がすでに連合の中を回り
始めている。ファントムペインのコーディネーター部隊に装着された新しい電池はデスト
ロイの技術の流用だ。それでアシーネイージスのスキュラもパワーアップした。この新型
電池は量産体制に入り次第、連合軍のモビルスーツに使用される予定だ。戦場でバッテ
リー上がりでやられる新兵も多い。ザフトに対して、一歩兵器開発競争に先んじたといえ
よう。
 ただこのデストロイは、高性能ゆえに弱点をも持つ。一般のナチュラルのパイロットで
は立たせておくのが精一杯なほど操作が難しい。エクステンディッドかコーディネーター
のエース級でないと自在に扱えない機体なのだ。いくらブルーコスモスに身も心もささげ
たとはいえ、コーディネーター部隊にデストロイを使わせるのは論外。エクステンディッ
ドから選ぶことになり、適性の高さでステラ・ルーシェが選ばれた。彼女はザフトの捕虜
になっていたことで機能が著しく低下したので、生体CPUとしてデストロイの一部に組み
込む形をとることにした。デストロイの稼働時間より薬物を使用すれば体力は持つし、
データも取りやすい。
 まず、この街を破壊するところから、デストロイの伝説を始めなければ。

 
 

 ぐったりとしたステラがコクピットに入れられ、さまざまなコードにつながれる。その
コードの何本かは彼女に刺激と栄養を送り続ける。それが菫色の目をかっとみひらくと、
係員が離れていく。デストロイは実に自然な動きでたちあがった。事前の命令通りボナパ
ルトの格納庫を出て、外へ向かう。
 しんしんと降る粉雪。気温が零度を割っているから雪が降りだしたら瞬く間に積もって
いく。デストロイの足元できしきしと鳴るほど水分の少ない雪なのだ。
 巨大都市モスクワはすぐそこだ。破壊の行進が始まった。
 ネオのウィンダムが指揮機として、スティングのカオス、ザラ中尉のアシーネイージス
が護衛として従う。出撃できないアウルは『まだ完全じゃないステラが出るのに、アビス
が飛べないからってさぁ』と小言を言っていたが、実際アビスは今回の作戦では役に立た
ないから、出番がない。
 モスクワ市を防衛する軍隊の兵力は、1000万都市にふさわしいものだ。それと地理
上の条件によりデストロイのテストに選ばれた。
 迎撃用のモビルスーツが上がってくるが、デストロイの高エネルギープラズマ砲20門
の敵ではない。ステラは一度に20の砲門をコントロールするという神業をいとも簡単に
やってのけた。テストは順調だ。機体と生体CPUがきちんとリンケージして有機的な連動
がとれている。
 しずしずと巨体は歩をすすめ、モスクワの防衛線を突破した。
 ネオが下した命令はクレムリンの破壊。
 モスクワ中央部に位置するモスクワ大公国以来の主君の居城であり、いまでもユーラシ
ア連邦ロシア支部の中枢が置かれている。それとともに往時の教会や宮廷で使われたイコ
ン、宝石、豪華なドレスや馬車、日用品などが展示され、たくさんの観光客を集めている。
 降りしきる雪の中、さすがに観光客は少なかったが、毛皮のコートと帽子に身を包んだ
モスクワ市民が警報の音に天を仰いだ。
 10階建てのビルに相当する巨人が、まばゆい緑色のビームを振りまきながら進んでくる。
斜めに激しく降っては積もるモスクワの陰鬱な空と車に轢かれて黒く染まった雪の中、あ
りえないような、シュールレアリズムの画家が描いたか、子供が見た夢そのものの光景で
あった。
 モスクワの街からこの光景は世界に中継された。
 ミネルバのレクルームでシンとルナ、ヴィーノの三人はプラントはやりのミュージック
ビデオを見ていたのだが、館内の娯楽用ディスプレイは一気にこのニュースに切り替わっ
た。
「なに、あれ。でかい」
「……モビルスーツ、だわよね」
「形はそうだけど、あの質量を支えて歩くなんて」
 モビルスーツ設計者が夢のヴィーノは、食い入るように謎の巨大モビルスーツを見つめ
た。
 シンとルナマリアは圧倒的な火力に唖然とした。背中のビーム砲はほとんど180度空を
カバーし、ユーラシア連邦のモビルスーツがカトンボのように落とされて行く。そして行
進に邪魔なビル軍は巨体で薙ぎ払い、ビームを浴びせという、子供のころに見たヒーロー
ものの悪役のようだ。
「でもなんで、モスクワが襲われてるんだっ。ユーラシアは平和だったはずだろう」
 シンがディスプレイから目を離せずに叫んだ。西と東で政治的にいろいろあって、西は
プラントよりの姿勢を打ち出しているが、だからといって西ユーラシが自国の大都市を攻
撃しているとは考えられない。
「でも、現実なんだから!」
 ようやく記者の声がかぶった。ロシアなまりのある英語で『モスクワは正体不明の敵か
ら攻撃を受けています。東アジア共和国、大西洋連邦の二カ国からは自軍ではないとの声
明が出されています』
「プラントでもないや」
 ヴィーノが珍しく語気を荒げた。
 ロシア語なまりの英語はディオキアでよく聞いたものだ。プラントで生まれ育った二世
たちも、大部分が地球の雄大さ多様さに魅力を感じるようになっている。それで地球生ま
れのシンへの軽い差別感情は緩和され、逆に地球育ちをうらやましがられることすらある。
 その間も巨大モビルスーツは前進を続け、雪のモスクワの街の軍備を焼き尽くし踏みつ
ぶし、とうとう政治と文化の中心であるクレムリンにまで達した。赤いレンガの城壁が
ビームに溶けるのも、人類の文化遺産である教会が焼き払われるのも一瞬の間だった。し
かし首脳たちは、モスクワの警戒網を破られたときに脱出しており、クレムリンの事務棟
は主なきまま破壊された。

#br 
 これが破壊と死の行進の始まりだとは、誰も予想だにしなかった。

 

 ロード・ジブリールの地下室のモニターには、数え切れないほどの祝福のヴィデオメー
ルが入っていた。その一つ一つを再生しながら好みのシャンパンを開け、愛しい猫を愛撫
する。素晴らしい時間ではないか、まったく。
 ユーラシアを西と東に割り、プラント――あの遺伝子改造動物の根城――と組もうとし
た都市を次々とデストロイが血祭りにあげている。そして都市の防衛にあたっていた汚ら
わしいコーディネーターたちを皆殺しにした。素晴らしい戦果だ。このまま化け物の基地
まで進軍するように、ネオ・ロアノーク大佐には伝えた。サンクト・ペテルブルグ、ワル
シャワ、ベルリン、パリ、マドリー、ヨーロッパの名だたる都市がデストロイに跪き、つ
まりはブルーコスモスに跪くことになるのだ。
 彼はぐいとシャンパンを飲みほした。

 
 

「間に合うかね?」
「月軌道から地球まで三日かかります。敵の進軍速度はあの大きさが災いしてか、早くは
ありません。二機一緒に下ろしたかったのですが、しかたないでしょう。一機で戦況を変
えるモビルスーツですから、この機体は」
 軍事担当の議員ホワイトが答える。巨大モビルスーツがモスクワを破壊した情報と映像
は一秒ちょっと遅れて、プラントにもたらされた。
 デュランダル議長としても同感だが、地球の戦況がザフト参謀本部の予想より早く変わ
っている。あちらがあの<でか物>を出してきた以上、こちらとしても新型を投入してその
機動性と性能に期待するしかない。ザフトの分析ではあの巨大モビルスーツは9割がた核
動力だろうと予想されていたが、動作や移動を考えると電池式の可能性が高いと聞く。連
合軍はそれだけの性能の電池を開発したと見える。
 ザフトがジブラルタル基地に送っているモビルスーツはユニウス条約違反の核動力機だ。
前大戦で核動力機を開発したザフトとしては、電池の改良も行っていたが、超高性能モビ
ルスーツに核分裂エンジンをのせる誘惑には勝てなかった。
 ふと思う。
 連合軍はブルーコスモス思想に従って、モビルスーツに核を積まないのだろうか? 宇
宙空間で核ミサイルを撃ったとしても、もともとが放射線の荒れ狂う世界だ。地球を汚さ
ないための高性能電池モビルスーツ? デュランダルは自分の考えがおかしくて頬を緩め
た。
 おそらくジブラルタルについたこのモビルスーツが、パイロットによる慣熟飛行もなし
に実戦に投入されるだけ、自体が逼迫していることはデュランダルも承知している。いま
西ユーラシアとの関係を悪くさせるわけにはいかないのだ。ザフト兵の死体を山と積んで
でも。その山を減らすのがこの赤と黒の翼をもつモビルスーツになることは、パイロット
も含め十分計算した上でのことだった。

 
 

 モスクワ、サンクトペテルブルグ、ワルシャワの三大都市が瓦礫の山と化した。運よく
生き残った避難民も急に冬を告げる寒さと雪、食糧不足に倒れるものが多い。ユーラシア
が西と東に政治的にも軍事的にも分裂しかかっていたので、西欧からの援助が遅れた。西
ユーラシア軍はザフトと協力関係にあるから、援助もしてほしくないという連中がいまだ
にいるのだ。
 冬をしのぐだけの仮設住宅を建てるのは、当初の見込みほど時間はかからなそうだ。予
想より生存者が少ないのだ。あの<でか物>の高エネルギー砲、熱プラズマ複合砲、複列位
相エネルギー砲といった陸上戦艦でも持たない強力な火力に建物も人も焼き尽くされて、
都市中心部では運よく地下にいた人くらいしか助かっていない。
 特にモスクワは地下鉄が発達しているし非常に深いところを走っているので、そのとき
地下鉄に乗っていた人は助かったが、1000万人の都市圏はずたずたになった。
 作戦を指揮したネオ・ロアノーク大佐にとっては満足のいく結果が出ている。ステラと
デストロイはテストしたとき以上に相性がいい。研究員に言わせると、敵と実際に対峙す
ることで生体CPUとしてのクロック数が上がるらしい。『こういうところが生体を使う利
点ですかね』と研究員は語った。ステラは死ぬのを以上に恐れる。自分が生きるためなら
どれだけ人を殺しても平気な少女だ。死体の野の中でこそ安らかに眠れる少女、それがス
テラ・ルーシェだった。彼女にとって仲間であるスティングやアウルも深層心理の奥底で
は自分を殺すかもしれない存在だろう、無論、ネオも。ただ作戦ですべての力を使うので、
体力の回復が課題だという。命令通り運用するには少々時間が必要なようだ。
 そんなことを考えているところで、電話が鳴った。部下からのものでスティングとアウ
ルがアスランをサンドバッグにしているというものだった。骨を折らない程度で引き離せ
と言ったがもうその段階は過ぎているらしい。しかたなしにモビルスーツデッキに向かう。
少年とはいえ強化人間で実戦投入されている二人とコーディネーターの元軍人。ナチュラ
ルは間に入りたくない、一方的な喧嘩だ。
「なんとか言えよ、中尉さん」
「ステラの護衛になら、お前のモビルスーツを俺に譲れって。それがコーディネーターの
仕事じゃないの?」
 血まみれのアスランは何も答えず、折れた歯を吐き出した。
「やめろ、スティング、アウル」
 同じく呼ばれて研究員もやってきている。ここでなら使ってもいいだろう。
「スティング、犬」
 そして
「アウル、母さん」
 二人はアスランをほおりだし目を見開いて頭を抱えたそして言葉にならない奇妙な叫び
を上げ始めた。えづく二人はまだ闘争本能が残った目をしていたが、研究員数人に抱えら
れる様にして去った。
 うまくブロックワードが効いてくれた。エクステンディッドの研究も一歩前進したよう
だ。あの言葉で暴れだすことの方が多かったし、ステラの性能の原動力でもある。
「衛生兵、ザラ中尉の手当を」
「だ…だい…じょうぶ…です。…大佐」
 こういってアスランはまた血を吐いた。
「君にはまだやってもらわなければならない仕事がある。命令だ、怪我が治るまで休むこ
と」
「…イエ、ス。サー」
 答えるアスランをタニスが心配げに見守っているのに、ネオは気づいた。
 デストロイの指揮を執るネオが護衛にスティングとアスランを連れて出撃することが、
スティングの気に入らないのだろう。彼はエクステンディッドの中では普通人に近い思考
をするから、コーディネーターをひどく嫌っている。同列に並べられて不服だったのが何
らかのきっかけで爆発したのだろう。同列ではなく、あくまでコーディネーターは中尉の
階級を持っていても奴隷だということを論理的にスティングとアウルに教えなおさなけれ
ばなるまい。家畜は人間の姿をしていても家畜なのだと。ナチュラルの誇りを忘れたエク
ステンディッドなど、ネオにとってもブルーコスモスにとっても必要のない存在だ。ステ
ラが体を治すことよりデストロイに乗ることを優先させられていることに、彼らの感情が
揺らされているのかもしれない。彼らは強いモビルスーツに乗るステラへの嫉妬とともに、
半病人の彼女が出撃すること理不尽さを感じていると報告はあった。
 それが噴き出した事件だった。
 エクステンディッドチームの分析を待って、彼らの不満のもとを解消するしかないだろ
う。ただコーディネーターをライバル視するようでは、エクステンディッドに施された教
育の程度の低さが分かる。ステラにしてもザフトのパイロットをかばった。きちんと教育
という名の洗脳を受けているはずの彼らがなぜ、とネオは思うのであった。

 
 

 ワルシャワがあの<でか物>に蹂躙された翌日、シンはアレッシィ隊長に呼び出された。
一緒に工廠に来るようにとの命令だった。もしかして、もしかするとハイネたちから聞い
た新型モビルスーツ? でも命令違反で事実上降格されたような自分にそんな貴重な機体
が回ってくるはずがない。軽やかに金髪をなびかせている隊長の横で、彼は百面相してい
た。
 隊長はいつもサングラスをかけているせいもあるが、口調で感情を表すが、フラットな
時は機械音声のようだ。今日の呼び出しはそれだった。
 車で五分ほどの工廠にはいる。コードにつながれたモビルスーツの姿がうっすらと見え
た。
 ちょうどモビリスーツの顔から上が見える。
(血の涙……?)
 インパルスと同じタイプの顔だが、目の下の線が印象に残る。一瞬、血の涙を思い浮か
べたが、力強さを打ち出した、写真でしか見たことはないが歌舞伎のくまどりのような印
象だ。
 アレッシィ隊長が歩を止めた。
「ZGMF-X42S、デスティニー、君の機体だ」
 いつもと同じ少し皮肉交じりの声で言われたので、からかわれているのかと思った。形
式番号からインパルスの兄弟機で噂のワンオフ機だというのはわかった。自分のものにし
たいという欲望はあったが、こんなすんなりと叶うなんて。
 シンはぽかんと口を開けてたくましい赤と黒の翼を見上げた。
「いますぐセッティングに掛かれ。これは君をパイロットに想定して作られたしプログラ
ムされているから、速くできるはずだ」
「あ、は、はい!」
「デュランダル議長も期待している。デスティニーの初陣はあの<でか物>だ。汚名を晴ら
すために、見事に倒して見せろ」
「はい!!」
 いつ出てくるかわからない<でか物>に、西ヨーロッパの都市はいつパニックが起こって
も不思議のない状態だ。あれはこのデスティニーの三倍ほど大きいが、インパルス以上の
性能があるなら、小回りのきく通常サイズのほうが便利だ。
 シンは隊長に敬礼すると、さっそく機体についてきたメカニックのほうへと階段を下り
て行った。
(あのデスティニーは、ギルバートの望むようにパイロットのSEED能力とやらに応えるの
だろうか?)
 シンを見下ろしながら、アレッシィは思った。

 
 

『デスティニーが無事に彼の手に渡ったのは、重畳だな。あの事件でこちらもどうしたも
のかと悩んだものだ』
「恋に恋する少年のままでは、正直困るのだがね」
 ハンガーの通信室で、アレッシィはデュランダル議長といかにも親しげに会話していた。
「で、レジェンドはいつくるのだ?」
『ドラグーンの調整にあと三日はかかるそうだ』
「ふむ、宇宙用の武器とはいえ、今整備しておかねばつぎいつ徹底的な整備ができるかわ
からんしな」
 それは戦争が激しくなるとこの二人は読んでいることの証左だった。
 たしかにユーラシアで暴れている<でか物>は、この地球の政治のバランスさえ変えそう
だ。ユーラシアと雪解けを迎えて敵を減らしたザフトとしては、もういちどユーラシアが
大西洋連邦の下に入るのは絶対に避けたい。ただ情報部の調べではあの <でか物>はブルー
コスモスの息がかかっているらしい。過激派のブルーコスモスの目的は、コーディネー
ターの完全殲滅であるから、プラントとしては己の生存権のためにも戦わなければならな
い。
 それと同時に宇宙の戦況もある。
 軍部から上がってくる連合の月基地攻略作戦を、デュランダルはまだ止めている。たし
かに月はプラントののど元だが、作戦が失敗した場合、国としての存亡が危うくなる。何
か地球で大きな戦果をあげて軍事的に優位な立場に立たないことには、和平への道筋がつ
かない。それにデスティニープランを発表する時期もある。勝利の直後こそが望ましい。
「あの紫のウィンダムだが……」
 アレッシィの全身の細胞が悲鳴を上げた。常人なら気絶する痛みの中、彼はポケットか
らピルケースを取り出し青と白のカプセルを水なしで嚥下した。
「――すまない、見苦しいところを」
『かまわないが、ほんとうにいいのか、あの計画、レイで』
「あたりまえだ」
 心配そうに聞く友人を黙らせた。自分のためなら、敵の上級士官を捕虜にするのが前提
の計画などたてない。
「次に狙われそうな街は、ベルリン。もう郊外に避難し始めている民衆もいると聞く」
『そこがデスティニーの初陣であり、あの<でか物>の墓場になるということだな』
「ああ」
 彼らはそれほどデスティニーの性能とシンの能力、相性の良さに信をおいていた。

 
 

「おい、捕虜逃がした奴が新型機って」
「新型機ごと連合に亡命でもされたらどうするつもりなんだ、上は」
「赤服のエリートさんは、おいたをしてもご褒美がもらえるなんていいもんだ」
「っていうか、ふざけすぎだろう」
 議長の人事ということが知れ渡っても、デスティニーを受領したシンへのジブラルタル
基地の反感は消えなかった。ミネルバの中にさえ、『?』という空気があるのだから。シ
ンはさすがに周囲をはばかってて、外のPXには行かなくなった。
 ただセッティングを終えてミネルバに運び込まれたデスティニーは、整備班を狂喜乱舞
させた。セカンドシリーズより二歩は進んだ設計思想だ。核動力ということは、地球から
無理を言われているという意識の強いプラント人には問題にならない。
 ヨウランとヴィーノは、この新型機の整備に名乗りを上げたが、班長にあっけなく却下さ
れた。
「宇宙からこの機体についてきた者と、うちのベテランでやらせる」
 さらに続けた。
「生き続けていれば、あの機体に触れるようになるだろうさ」
 確かに、ベテランもはじめは新米だったのだ。初年兵で実戦経験を最新鋭艦で積んでい
るというのだけでも、周囲からはうらやましがられているのだ。
 そうして宇宙からレジェンドがおりてくる予定の前日だった。
 ジブラルタル基地に警報が鳴り響く。
「敵モビルスーツ、ベルリン近郊に出現、<でか物>です」
 アビーの声にアーサーは驚いて、休憩中の艦長を呼び出した。緊急発進の可能性もある。
この基地で艦として一番すぐれた性能を持ち、一番すぐれたモビルスーツ隊を持っているのだから。
 走りこんできたグラディス艦長が基地の司令部とやり取りをする。
 結論は早かった。
「ミネルバ緊急発進。外に出ている人間を大至急艦に入れて。1時間以内に出発するわ」
 目的地を彼女は言い忘れたが、わからない者はいなかった。操舵士はコンピュータに
『Berlin』と入力した。
 目的地へと飛んでる間に次々と情報が入ってきた。<でか物>は郊外を焼き払い、歴史的
な建造物の多く残る市街地に入ろうとしていると。
 タリアはパイロットルームのアレッシィに連絡をとった。
「燃料に心配の要らないデスティニーだけ先行させられないかしら」
 こういう頼む口調にならざるを得ないのが不満だったが、仕方がない。アレッシィはデ
スティニーのことを知って、パイロットの配置換えをおこなったのだろう。タリアは基地
につくまでデスティニーの存在すらしらなかった。いまでは彼から伝えられて、もう一台
の新型機のことも知っているが。
『それはこちらも考えていた。デスティニーに先行させるのは上策だと思います』
そういうやりとりがあって、シンはデスティニーのコクピットに入った。ミネルバより先
にベルリンにつける。現地のザフト、ユーラシア軍と協力して<でか物>にあたる。
 願ってもない初陣だ。
「シン・アスカ、デスティニー行きます!」
 黒と赤の翼を持つモビルスーツが勇躍と飛翔していった。

 
 

 シンがベルリンを目視した時には、もう退廃文化で一世を風靡した都市は炎をあげて燃
えていた。すさまじい勢いで高エネルギー砲を発射し、ビルをがれきの山に変えていく。
「す、すごい……」
 ひどいとか思う前に圧倒的なパワーに言葉を失い。倒れていくビルに人がいて、たくさ
んの命が消えていこうとしていることを忘れさせるほど、一種美しい光景だった。
 我に返ってシンは現地のザフト軍に連絡を入れ、戦線に介入した。
懐に入れれば勝機は十分あると思う。あれの腕よりデスティニーは機敏に動ける。
 ただそれまでに高エネルギー砲、熱プラズマ複合砲、相列位相エネルギー砲など高出力
武器のデパートともいえる<でか物>に防がれてしまう。
(デスティニー一機ではきついのか?)
 シンはそう思ったが、彼が近くを飛び回ることで、<でか物>の被害は少なくなっていた。
パイロットの注意がデスティニーに向いている証拠である。普通ならここで地上から陽電
子砲を使えばいいのだが、この化け物は陽電子リフレクターまで備えているのだ。
 シンは夕軍のバビが爆発したその煙に隠れて、<でか物>の懐に入ることに成功した。
アロンダイトで切りつけると、その部分の装甲は切れた。相手が激しく動いたため、離脱
しなければならなかったが、このやりかたならいけると自信をもった。そして時間通りな
ら、ミネルバ隊が来るはずだ。
 インパルス、セイバー、バビの三機体が飛んできた。
『シン・アスカ、今のやり方でいい。援護はこちらでする。相手の注意が切れる一瞬を探
してデスティニーは突っ込め』
「はい! 隊長」
 自分のやり方が正しいといわれると嬉しくなる。そのあたりシンはまだ本当に子供なの
だった。
 ミネルバ隊の援護が来て、シンのチャンスは明らかに増えた。一撃離脱で<でか物>を切
りつけ続ける。そんな戦闘の中で、逃げ遅れ親にはぐれた地元の子供が救おうとしたザフ
トの兵仕事ビームで蒸発したりと、街には被害が出続けていた。
 シンの攻撃は、相手にモビルアーマーに変形できない程度の損害は与えていた。
 グラディス艦長はアレッシィ隊長と話をし、それからシンに通信を入れた。
『陽電子砲をつかいます』
「え!?」
『わかっているわ。これは陽動。相手が陽電子リフレクターを外した直後、短時間だけど
火器が使えない時間ができるわ。その間にデスティニーが突っ込んで』
「コクピットを破壊するんですね」
『そういうこと。頼んだわよ』
 シンにしても、あの<でか物>のパイロットが連合の強化人間だろうと察しはついている。
ステラの仲間。でもあれは倒さなければならない。モスクワからこっち、人を殺しすぎた。
戦争にはルールがありそれを破ったものは、どんなに強くてもいてはいけないものだとシ
ンは思った。
 計画通りミネルバの陽電子砲が発射されるのを待つ。相手の紫のウィンダムが阻止しよ
うとミネルバに向い隊長のセイバーがそれを阻止するのが見えた。
 ミネルバの陽電子貯蓄は多いので、敵の予想より早く臨界を迎えた。
「てー!」
 タリアの命令とともに、ミネルバの主砲が火を吹いた。
 当然予測されていたそれは陽電子リフレクターで無力化されたが、その次の瞬間、アロ
ンダイトを構えたデスティニーが最大戦速で突進をかけていた。
「行けぇー! デスティニー!!」
 アロンダイトが<でか物>のコクピットを直撃した。
 手ごたえはあったとシンは思う。
 シンが大剣を抜くと、<でか物>はゆっくりと膝をついた。
「やった!」
 シンは身をひるがえしながら、敵のコクピットを見た。シールドがめくれて、中の人が
見える。
 金髪? ヘルメットもかぶっていないなんてありえない。シンはカメラをクローズアッ
プさせた。
「ス、ス……テ…ラ?」

 
 

「デストロイが!!」
 ネオは歯噛みしたが、二機の勝負はついていた。いまならリモートコントロールで
自爆させられる。そばにいるザフトの新型機も無事では済まないはずだ。
 そういうことに気が向いて、彼は一瞬周囲に気を配るのを怠った。
 そこを見逃すアレッシィではなく、セイバーはあっという間もなくウィンダムをダルマ
にして地に落としていた。
「地上部隊へ。紫のウィンダムのパイロットを至急捕虜にしろ。最優先事項だ」
 フェイスからの命令とあって、一部隊が至急ネオの機体に向かった。
 そしてシンに指示を出す。
「よくやった、シン・アスカ。爆散の可能性があるから至急<でか物>から離れろ」
 あの機体はほしいが、簡単に渡してくれるほど連合も甘くはないだろう。どこかに自爆
装置を握っている人間がいるはずだ。
『ステラ、ステラーーーーーーーー!!』
 通信機から涙にまみれたシンの声が聞こえた。あのめくれたコクピットハッチから中の
パイロットが見えたのだろう。アレッシィにしても強化人間の中でも死にかけていたあの
少女が使われているとは意外だった。とはいえ、自分を慕ってくれる男に突かれて死んだ
のだから幸せなのではないかなどと、癖になっている皮肉さで考えた。どうせあの少女に
は戦場で死ぬか、ベッドの上で苦しみぬいて死ぬか、ふたつしか選択肢はなかったのだか
ら。
「ルナマリア・ホーク、デスティニーを戦場から離脱させろ。シン・アスカは混乱してい
る」
『りょ、了解しました』
「レイ・ザ・バレル、カオスの動きはどうだ。加勢に行く」
『ありがとうございます、隊長』
 今日はいつもついているイージス改の姿がない。ミネルバ隊はデスティニーが入った分
パワーアップしていたが、相手の戦力はこれまでより劣っていた。
 インパルスがデスティニーに近づき、腕を取って離れようとする。
『ステラが……俺がステラを……』
『ここは戦場なのよ、甘ったれたこと言ってんじゃないわよ。あんたの命より大事なデス
ティニーに何かあったらどうするの!』
 ルナマリアはわざとシンを挑発しているようだった。無線を聞きながら、女というやつ
はこういうときに悪賢いとアレッシィは思う。
「レイ・ザ・バレル、カオスを囲んで落とす。パイロットは捕虜にしたい」
『了解』
 レイにはこれが、カオスのパイロット――生きたエクステンンディッド――を手に入れ
るためだとわかるだろう。確認されている連合のエクステンディッドは三人、一人手には
いればいいのだ。
 二機でカオスを挟み撃ちにしたところで、巨大な爆音が轟いた。
 <でか物>が自爆したのだ。その爆風にこちらの三機もあおられたが体勢を立て直し、セ
イバーとバビで攻撃を仕掛ける。手足や頭を狙った攻撃はうまく功を奏した。もしかする
と仲間の強化人間の敗北にパイロットがショックを受けていたのかもしれない。思ったよ
り簡単にカオスを落とすことができた。アレッシィはすかさず本部に連絡を入れた。
「カオス撃墜。中のパイロットは連合の強化人間だと推測される。速やかに捕獲を。ウィ
ンダムのパイロットともども、ジブラルタルへ運ぶ」
 これで獲物は手に入った。本部が欲しがっている『生きたエクステンディッド』のおま
け付きだ。心のケアをしてやらなければならないパイロットが一人いるが、それは医務室
が何とかするだろう。彼に言えるのは、どうせ死ぬのだから自分の手で殺せて幸せだと思
えくらいだった。

 
 

 インパルスに引っ張られてミネルバに帰還したデスティニーは、<でか物>を倒したパイ
ロットを祝そうとたくさんのクルーに囲まれたが、シンは下りてこなかった。
「ふむ、一時間たって降りてこなければ引きずり出せ」
 アレッシィはこう命令したので、なにか事情があるのかと、整備兵以外は散っていった。
「デスティニー、すごい機動性だな」
「次にくるレジェンドってのもその辺りは同じくらいの性能なんだろうな。すげーぜ。俺、
絶対モビルスーツ設計者になる」
「俺だって。今度整備士の一級を取って、戦争が終わったら大学院行ってドクターとって。
先は長いな」
「まず、戦争が終わんないとなあ」
 ヨウランとヴィーノが言い合う。班長にさぼらず働けといわれ、二人は受け持ちのモビ
ルスーツのもとへ向かった。
 デスディニーのもとではルナマリアとレイがシンを待っていた。
「ステラがっていってたわよね」
「ああ」
「ステラって、あなたたちが逃がした連合のエクステンディッドの名前よね」
「ああ」
 ルナマリアは口をつぐんだ。シンは、命をかけて敵に返した少女を自分の手で殺してし
まったかもしれないのだ。彼女はまだ恋を知らなかったが、たとえばシンやレイが敵に洗
脳されて戦うはめにでもなったら、戦える自信がない。それだけの強い心は持ってないと
自覚している。レイはそれができる心を持っているだろう。シンは? 彼は自分とと同じ
かそれ以上に情に流される心の主だ。ルナマリアは、隊長がシンにあの子を偲ぶ時間を一
時間くれたのだと思った。
「わたし、シンが出てくるまで待ってる。レイは?」
「俺もここにいる。あのエクステンディッドの少女を逃がした共犯だからな」
 彼女はレイの言葉ににじみ出るものを覚えて、ギュッとその手を握ったら、驚かれた。
「別に襲ったりしないんだからね」

 
 

「ス…ステラ」
 ヘルメットをとったシンは、滂沱とあふれ出る涙を拭いもせず、コクピットでぼおっと
していた。倒れ伏した金髪は確かにステラのものだった。あの男、ネオ・ノアローク大佐
はステラを受け取ったとき、優しくてあったかい世界に戻すと約束してはくれなかった。
でも、あれだけ弱って死にかけていたステラが<でか物>のパイロットだとは夢にも思わな
かった。ステラの仲間の、ディオキアで会った少年のうちどちらかだと思っていたし、
連合にいじくられたエクステンディッドだとしても、モスクワからの殺戮は度を過ぎてい
たと思う。だから気に病むことなく、敵を倒すことに集中できたのだ。それなのに、あれ
に乗っていたのがステラだったなんて。コクピットのコンソールに飛び散った血をシンは
見た。それは彼が剣で切りつけて出た血だ。
 ステラは死んでしまった。シンが殺した。
 シンはそれが認められなくて、コクピットから動けなかった。
 そして心の奥底で気付いていること。彼がステラをあの金髪の士官に返さなかったら、
ユーラシアを襲った<でか物>の被害はなかったかもしれない。自分は、モスクワからの1
000万人を超える死者を出すのに協力したのだと、自覚する。そうするとステラのため
に泣く資格などなくて、民間人の犠牲者のために泣かなければならないと感じる。でもシ
ンの真紅の瞳から流れ落ちる涙は、ただステラだけに捧げられていた。

 

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