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クルーゼ生存_第57話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 03:09:11
 

 コペルニクス市は蜂の巣をつついたような有様だった。
 ナチュラルとコーディネーターの戦争を終わらせる和平交渉が、行われるのだ。ここは
ナチュラル、コーディネーターが共存する都市で地球からの宇宙への輸出物の集積地であ
り、資源衛星を取りに行くのも盛んな産業だった。ただとにかく『コペルニクスの悲劇』
を繰り返してはならないと、会談場所のホテルは細菌の一つとして入れないように封鎖さ
れ、連合とプラントがすべて対等な状況を持つように――たとえばデュランダル議長はガ
ラスの飾り気のないコップにプラントの水道水、コープランド大統領はロッキー山脈の湧
き水のガラスボトルとステューベングラスのウォーターグラス――、一事が万事で、役人
もホテルマンも、会議を前に疲れ果てていた。
 この会談で和平締結しないと、自由都市コペルニクスのジリ貧が続く。そういう意味も
あって、カズンズ市長以下全市民が力を注いでいた。
 コペルニクスの人口比はナチュラル6対コーディネーター4といったところで、カズン
ズ市長はコーディネーター初、ついでにゲイをカミングアウトした初の市長だった。自由
と独立の風紀を重んじる都市では、遺伝子の問題も、性的嗜好の問題も人物評価につなが
らないという、独立独歩の気風の高い市民たちの選択だった。
 メサイアのデュランダル議長の下にはこの三日間の幕間劇のレポートが数多く来ていた。
優先順位が高いのはフェイスのアレッシィからのものだ。ミネルバは戦力的にも、彼のSE
ED因子研究のためにも重要な船だ。プラント本国のクレオパトラからは、デスティニープ
ランで選ばれた二人のパイロットが操縦する核動力機が、なぜ巨大とはいえ電池式のモビ
ルスーツに敗れたのかの詳細はまだ来ていない。デュランダルから見るとザフトが優位だ
ったのは無限動力だけで、パイロット、機体ともにあの宇宙用デストロイに負けていたか
ら、しかたがないのだ。しかし彼女はもっとうがった見方をして、デスティニープランの
欠点があればそれを指摘するだろう。このあと戦いがなければ、じっくりと研究してもら
いたいところだが。
 アレッシィからの書類をディスプレイに表示し、パスワードを入力する。
 『ディアッカ・エルスマンが暁の装甲構造の作成法を持ち出そうとした顛末』
 あっさりしたタイトルだが、ギルバートはタッド・エルスマンの心を思った。ナチュラ
ルと融和派で、クライン議長とは親しい仲だったが、娘のラクスの主張にはついていけな
かったと見える。まあ、ラクス・クラインの主張というか妄言についていける人間はどれ
だけいるのだろう。今は居候になっているアスハ邸にこもりきりだというが、プラント入
国禁止の彼女がプラント領オーブにいられるのも長いことではなかろう。
 ラウからの報告書に目を通す。
 相変わらず要点しか書いてない。この極端なミニマリストぶりも彼の本質のひとつだ。
 そして、『逃亡を図ったディアッカ・エルスマンの人質とされていたタリア・グラディ
ス艦長ともどもモビルスーツコクピットとともに死亡させる』
 あ・・・・・・一瞬ブラックアウトしたが、すぐにデュランダルは自分を取り戻した。
 タリアは前線の軍人だし、反逆者が人質とするに最高の位を持っている。暁のビームを
跳ね返すという性質は連合軍に知られているが、サンプルはすべてザフトが確保したし、
作成法の成功報告は数十の研究所からもまだないのだ。ラウの報告書によると、ミネルバ
のスルツキー博士の製造法は量産はともかく製造はできるというものだとか。
 むかし柔らかいばら色のスーツを着て、とても美しかったタリア。でもその赤い唇から
は「あなたを愛しているけど、私は子供がほしいの」去っていく影に立っていた男。自分
もだがタリアも随分と演劇型の女だった。ビームを反射する材質の製造法がターミナルか
ら連合へ伝わることがなくなり、ザフトの機密が守られた。その前には一艦長の命など無
にも等しいものであった。
 そう思いながら、デュランダルは涙を流していた。自分を捨て、離婚すると同時に再び
気のあるそぶりを見せた女を思って。
 彼は心を落ち着けるとスルツキー博士のプラント本国での保護と、ターミナルおよびユ
ダヤ系のザフト軍人のピックアップを命じた。ユダヤ系とターミナルの構成員の違いを見
分けるのは難しいのだが、少数だが諜報部には専門家がいる。ただターミナルの人間を議
員にしてしまうような無能な連中だが。まあタッド・エルスマンの元にはそれなりの人物
が行ってているだろうから、問題ない。プラント人よりユダヤ人であることを優先したら
どうなるか、彼の息子が証明している。
 ただ、自分がタリア・グラディスを愛していたのかどうか、その検証に30分の時間を割
いた。

 
 

 とうとう首脳会談の日がやってきた。コープランド大統領のシャトルがついて、一週間
の無重力から1/6Gになれずにふらついている姿が世界中に放送された。デュランダル議長
は前日にコペルニクス入りして、重力に体を慣らしていた。もともと重力変化には強い
コーディネーターでもある。後からはいって旧宗主国のプライドを見せるという作戦は、
見事失敗に終わった。
 ホテルの会議場に場所を移して、会談が始まった。連合は連合に有利な戦争のヴィデオ
を上映しようとしたが、「そのようなこと、この場の人間はみな承知しています。連合も
ザフトも非道な戦争をしてきて、今に至るわけですから。早く講和の話を始めませんか?
コープランド大統領」
「デュランダル議長はそのようにおっしゃるが、この戦争でわが連邦の捕虜が不当に残虐
に扱われたり、差別されたりしたのは事実だ」
「ザフトの兵士もコーディネーターだということで色々な暴力にあっています。それをや
めるためにわれわれは会談を持ったのでは?」
 スクリーンに黒や青の内出血に覆われた兵士の裸体、睾丸を切り取られた男性兵士、卵
巣を除去された女性兵士などが映し出される。
「われわれは人間として生きていく権利を求めているだけですが、ナチュラルの一部のか
たはコーディネーターを家畜程度にしか認識していない。汚らわしいからと、彼らがわれ
われを食べないのが唯一の救いです」
 ブルーコスモスの盟主が死んだことを踏まえて、デュランダルは強気に出る。
「趣味の悪い冗談は、ご遠慮願いたい。それより、われわれの戦局を終わりに導くための
相談をいたしましょう」
「あなたが聡明な方でありがたい。プラントとしては、プラントの完全独立、いまでも法
律上プラント理事国が持っている権利の放棄、がまず第一。プラント領オーブの成立、そ
して――大西洋連合のアルザッヘルとダイダロスの基地の放棄および、月に軍事基地を連
合、プラントとともに作らないこと。そしてコーディネーター、ナチュラルともに居住区
を限定されないこと。今のプラントのコーディネーターと一親等以内のナチュラルという
文言を廃します。プラントはプラント領オーブとともに、遺伝子によって人を差別しない
国になります」
 デュランダルは世界中で見ている人のために、ゆっくりとわかりやすく言い切った。
 あの『デスティニープラン』とやらがコーディネーターとナチュラルと差別するシステ
ムだとコープランドのブレインたちは、言い切っていた。遺伝子で差別するシステム、
コーディネーターに頭脳労働を、ナチュラルに肉体労働をさえる世界だと。
 たとえばこのコペルニクスを見てもわかる。コーディネーターの若者が月面や宇宙空間
で肉体作業につき、ナチュラルの平凡な人間が町を支える流通や小売の仕事をしている。
 コーディネーターは頭脳も肉体も優れた超人類で、というのは一部のナチュラルの思い
込みなのだ。確かに免疫面で遺伝子をいじってある分、病死の確率は低いが、宇宙空間の
事故の死亡は多く、まだコーディネーター第一世代の統計が出たわけではないが、コーデ
ィネーターのほうがナチュラルより短命というのが今の数字だ。
「と、おっしゃられたも、コーディネーターの存在はナチュラルの若者に脅威をもたらし
ます。共同生活はもはや不可能。限られた区域でのみ共生が適当かと思われます」
 大統領の背後に現れたのは大きなバイクに乗った不良グループ、彼らがリンチの末ぼろ
ぼろになった少女を杭に縛り付けて火をつける。
「コーディネータ狩りは大西洋連合ではありふれたことです。コーディネーター製造禁止
以降にも、体外受精のふりをして生まれたコーディネーターが統計に表れない数字でいま
す。彼らは生まれたときから一種の詐欺で大西洋連邦の市民のふりをしています。不正に
教育を受け、権利のない職業をナチュラルから強奪しています。だからこうして、善良な
ナチュラルに狩られるのです」
「ではあなたは、コーディネーター狩りは法律的にも人道的にも適切だと?」
 デュランダルは一歩踏み込んで聞いた。
「もちろんです」
 コープランド大統領は、一拍置いて大きく頷いた。
「わが大西洋連合において、コーディネーターの生存権は保障されません。野良犬以下、
というところですな」
「ふむ、プラント生まれの私はあまり犬には馴染みがないのですが」といって、デュラン
ダルは二つのスイッチを取り出した。赤と青のスイッチは小学生の夏休みの宿題のようだ
った。
「赤は旧ダイダロスからアルザッヘル、青はメサイアからワシントンD.Cです」
 デュランダルの骨色の顔が微笑んだ。

 
 

「そ、そのような恫喝など・・・・・・紳士のなさることではない!」
「恫喝ではありません。こういうこともあると知っていただきたいだけです」
 連合にしてアルザッヘルに艦隊を戦闘配備しているのは承知だ。ただデュランダルが一
歩前へ出ただけだ。ダイダロスを落とした以上、連合に大量破壊兵器はない、あっても核
ミサイル数発。プラント本国の防衛は対ミサイル防御に力を裂いている。推力を持ち目標
を目指す核ミサイルは、プラントにとってもっとも恐ろしいものであった。議長がここへ
来る前の会議でもそれは多くの議員から指摘された。レクイエムのような大砲より、一発
の核ミサイルの連射を恐れる議員にデュランダルは深く同意し、こういう議員を選んだ有
権者に感謝した。
「あなたのお国がコーディネーターに紳士的どころか人間として扱わない以上、わたしは
恫喝などせず、実力を行使します」
「それがさらなるコーディネーター排斥につながってもですか!?」
「ユーラシア、アフリカ、南アメリカ、オセアニア、全てコーディネーターの人格を認め、
居住権を認める声明を出しています」
「黙れ、黙れ! ああいった国は強きものになびくものだ。コーディネーターに一番迷惑
をかけられているのはわが国だというのに」
「それをいうなら、ナチュラルに迷惑をかけられているのはわが国です」
「親を貶すようなことを・・・・・・」
「私が申し上げた条件、呑んでいただけませんか?」
「まったく認められん」
 ここでコープランド大統領は少し感情的になってしまったことに気づいた。いまデュラ
ンダルが強気で来てるなら、少しずつ譲歩しながら自分に有利な講和ポイントに持ってい
くべきだったが、あちらが連合と対等以上の立場で会議を始めたために、プランが狂った。
「それなら」
 デュランダルのペンより重いものは持ったことなさそうな骨ばった指が、赤いボタンを
押した。

 
 

 ダイダロス近くで警戒に当たっていたミネルバの面々は、基地から伸びる太いビームが
コロニーの磁場で曲げられてアルザッヘル基地に飛んでいくのを見た
 いよいよアルザッヘルの残党との最後の戦いだ。

 

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