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ミネルバの歌姫_プロローグ

Last-modified: 2010-10-31 (日) 19:39:33

……オーブ攻略戦は、結果的に失敗に終わった。
ジブリールは宇宙へ逃げ、ザフトは軍を引いた。
なお攻撃を続けていればオーブ自体は落ちたかもしれないが、『現場の判断』を尊重し、
戦略目的を果たせぬまま戦闘を継続することは愚作であるとデュランダルは判断したのだ。

そしてデュランダルは新たな策を打ち出す。
ミーアを『ラクス・クライン』としてジブリールを匿ったオーブの非を全世界に向けて訴えたのだが、ここで思わぬ横槍が入った。
姿を消していた本物のラクス・クラインが現れたのだ。しかも、こともあろうにオーブの元首カガリ・ユラ・アスハと共に。
これにより、情勢は混沌の度合いを深めることとなった。
どちらが本物なのか? 偽者なのか?
世界中が混乱する中、ある夜、レイの元にデュランダルから極秘の通信が入った……。

「既に詳細は君も知っているだろう、レイ」
「はい」

薄暗い部屋で、モニターの明かりを浴びながらレイは頷いた。

「全く、困ったことになってしまったよ」
「さて、私はどうすべきかな? 君の意見を聞きたいのだが」

そう言いつつも、モニターの向こうにいるデュランダルは動揺を全く感じさせない。
意見を求められたレイは、しばしの沈黙の後に口を開いた。

「……正直、ミーア・キャンベルに『ラクス・クライン』としての価値は消失しました、
ですが、すぐに『処分』するのは得策ではないと考えます」
「ほぅ、それはどうしてかね?」
「シン・アスカの存在があるからです」

信頼すべき戦友の名を口にしつつも、レイの声はあくまでも冷静だった。

「もし我らがミーアを『処分』してしまえば、彼が激情に駆られることは間違いありません」
「あのエクステンデットの少女の時と同じようにかね?」
「はい。そしてその事をシンが知れば、彼は復讐のために我らと対決するでしょう。
最悪の場合、『彼ら』の元に身を寄せることも考えられます」
「ふむ……」
「もしそうなれば、恐るべき脅威となるでしょう。シンを討つことが出来る者は、今のザフトに存在しません」

断定する口調のレイに、デュランダルは穏やかに問い掛ける。

「君でも無理かね、レイ?」
「無理です」

一切の感情を排し、はっきりとレイは自分がシンに及ばないことを明言した。

モニターに映ったデュランダルは興味深そうに瞳を輝かせる。

「結果的に生きていたとはいえ、シンはフリーダム、そしてアスラン・ザラを一度は倒しています」
「それは君の協力もあってのことではないのかね?」
「確かにそれもあります。ですが、彼らを倒したシンの力は本物です、
繰り返しますが、それだけの力を持つシンを討つことが出来る者は今のザフトには存在しません」
「……」
「どうかしましたか、ギル?」

レイが問いかけると、デュランダルは苦笑を浮かべ沈黙を破った。

「いや、君がそこまで彼を高く評価しているとは、少々意外だったのでね」
「……」

デュランダルの言葉に、今度はレイが沈黙する番だった。
その胸中にどのような思いがあるのか、人形のように表情を消したレイからは窺い知る事はできない。
しかし、その口から発せられた言葉はどこまでも冷静そのものだった。

「キラ・ヤマト、アスラン・ザラ……どちらかであれば、私一人でも討つことは可能でしょう。
ですが、残った一方が存在している限り、ラクス・クラインと共に将来に禍根が残ってしまいます」
「ふむ……それは困るな」
「それを避けるためにも、シンはこのまま我らの陣営に留めておかなければなりません。
ギルが目指す未来のためにも、シンは欠くことのできない必要な人材です」
「なるほど、君の意見はよくわかった、では最初の話に戻るが、私は彼女をどうすればよいと思う?」

デュランダルの問いに、レイは簡潔に答えた。

「ミーアを……彼女をミネルバに寄越してください」
「彼女をミネルバに?」
「はい。そうすればシンは彼女を守るためにもこれまで以上の活躍を示すことは間違いありません」
「彼女を彼を繋ぎとめる鎖として使うつもりかね?」
「はい。そういった意味では、彼女にはまだ利用価値があると言えるでしょう。双方の監視は私が引き受けます」

レイの提案にデュランダルは僅かに考える素振りを見せたが、その決断は早かった。

「分かった。では、近いうちに彼女の身柄を君に預けよう。それで『彼ら』を倒せるのならば、安いものだ」
「ありがとうございます、ギル」

深々と頭を下げたレイの前で通信は切れた。
灰色のモニターの前で、レイは軽く息を吐く。

「っ!!」

異変が訪れたのは突然だった。

「くっ……うぅ……っ!」

いつもの『発作』に見舞われながら、レイは携帯していた容器からカプセル錠剤を数錠まとめて取り出し、飲み下す。

「っはぁ……はぁ……」
「っ……どうやら……あまり、長くは……ないようだな……」

大きく息を吐きながら、レイは独り呟いた。
もともと『出来そこない』として生まれてきた自分だ。とうに死への覚悟は出来ている。
しかし、レイにはまだやらねばならないことが残っていた。

「シン……全てを知ったら、お前は俺を憎むだろう……」
「だが、お前はギルの創る未来に必要なんだ……俺には無い未来に、な……」

あいつなら、自分の代わりに平和な世界を……自分のような『存在』が二度と生まれない世界を守ってくれるとレイは確信していた。
そう、戦うための道具でしかなかったエクステンデットの少女を救うために懸命にもがき、自らの命すら顧ようとしなかったシンならば……。

「フッ……」

レイの端正な口元から苦笑が漏れる。
思えば、あの時から自分はシンに期待していたのかもしれない。
そしてシンは、常に自分の期待以上の働きを示してくれた。

「だが……」

シンは今だ不安定で未熟であり、そんな彼を傍で導く者が必要なのだ。
その役目を済ませるまでは死ぬことは出来ない……その思いだけが、今のレイを支えていた。

「俺は……まだ、死ねない……あいつに未来を託すまでは……」
「そのためなら……俺はどんなことでもしてみせる……!」

薄暗い部屋の中で、レイは悲壮なまでの決意を胸に宿らせていた……。

「レイ……ありがとうな」
「何がだ」

シンの礼の言葉に、レイはいつものように短く応えた。
二人は今、ミーアを出迎えるべくシャトルの滑走路端に佇んでいる。

「何がって……ミーアをミネルバに呼んでくれたのはレイなんだろ?」
「だから……さ」

照れ隠しに軽く鼻をかきながらそう言うシンに一瞥をくれると、レイは正面を見つめたまま、
やや厳しい口調でたしなめる。

「別にお前のためじゃない。公私を混同するな」
「う……そ、そりゃわかってるけどさ……」

シンもレイが自分のためだけにミーアを呼び寄せたわけではないことぐらいは理解していた。

「……でも、やっぱ、ありがとな」

しかし、それでも彼女がミネルバに来ると思えばやはり感謝したくなる。
小さく礼を述べるシンに対し、レイは表情を消し沈黙を守った。
この甘さがシンの強さなのか、それとも弱さなのか……。

「……」

生真面目にそう考えながらも、レイはすぐその考えを捨てた。
強さであればそれはそれでいい。弱さであるのなら、自分がフォローすればいいことだ。
そうレイは割り切るのと同時に、二人の上空を轟音と共に影が遮った。

「……どうやら到着したようだな」

レイの呟きをかき消し、シャトルが滑走路へと降りてくる。
着陸したシャトルからミーアの姿が現れるまで、シンはそわそわと終始落ち着きが無かった。

「ミーア!」

ミーアが現れると待ちきれないとばかりにシンは大きな声で彼女の名を叫び、駆け出した。

「シン……!」

シンの声に、ミーアもまた輝くような笑みを浮かべ駆け寄ると、しなやかな身体をシンの腕の中に預ける。

「ミーア……」
「シン……」

二人は互いの名を呼び合い、確かめ合うように抱き締める腕に力を込める。
しかし、久しぶりの再会にも関わらずミーアの笑顔は長くは続かなかった。

「シン……あ、あのね……私……」

それでもシンのために懸命に笑顔をつくろうとするミーアだが、言葉の出ない。
彼女の表情の理由はシンにもわかっている。
しかしそんなことは関係ないと言うように、シン優しく微笑んだ。

「今は無理しなくていいから、な?」
「で、でも……」
「ミーアが来てくれて、俺、嬉しいよ。だから、今は無理しなくていい」
「シン……!」

不安や安堵などの様々な感情が一気に溢れ出し、ミーアは泣きながらシンの胸にしがみついた。

「ミーアが悪いんじゃないよ……ミーアは何にも悪いことなんてしてない」
「だから、ミーアは自分を責めなくていいんだ」
「っく……うぅ……っ……シ、シン……ぐすっ……」

子供のように泣きじゃくるミーアを抱きしめ、なだめるシン。
柔らかな髪を撫でながら、シンはまるで呪文を唱えるように『ミーアは悪くないよ』と繰り返した。
ミーアが悪いんじゃない。ミーアはいつだって頑張ってきたじゃないか。
皆のために。戦争を終わらせるために。

「そうさ、ミーアは悪くない……悪いことなんて何もしちゃいないんだ」

いつしかシンは、自分自身に言い聞かせるように『ミーアは悪くない』と呟いていた。
ミーアを抱き締める腕に力がこもる。これほどまでにミーアを悲しませ、苦しめる存在がシンには許せなかった。
優しさが深い人間ほど、憎悪もまた深い。
今、シンはミーアを悲しませる『敵』を心の底から憎んでいた。

「……」

そしてそんなシンを、レイはただ黙って見つめていたのだった……。

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