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ミネルバの歌姫_第01話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:10:20

ミネルバの艦内をレイ、ミーア、そしてシンの三人は歩いていた。
ミーアの姿に、クルーはみな驚きと奇異の視線を向ける。
中にはミーアを見てヒソヒソと囁き合うものもいるが、シンが鋭い眼光で睨みつけるとそうした連中は逃げるようにその場を後にした。

レ「シン。そう皆を睨むな」
シ「べ、別に俺は……」
レ「これから彼女はこの艦に乗るんだ。お前の気持ちもわかるが、クルーに悪印象を持たせてどうする」
シ「あ……」

レイの指摘に、シンはつい鋭くなりがちだった視線を緩める。
ミーアのことばかりに気を取られ、そこまで考えが回らないところがやはり自分はレイに及ばない、とシンは素直に反省した。
目的の場所に到着すると、レイが来訪を告げる。

レ「レイ・ザ・バレルです。彼女をお連れしました」
タ「入りなさい」

落ち着いた声が入室を許可する。
三人はミネルバ艦長、タリア・グラディスの部屋へと足を踏み入れた。

タ「ようこそ、ミネルバへ」
タ「……貴方のことは何と呼べばいいのかしら?」
ミ「あ、わ、私は……」
レ「ミーア。彼女の本当の名はミーア・キャンベルです」

ミーアが答えるよりも早く、レイは彼女の本名を口にした。

タ「ミーアさん、ね……」

タリアはミーアを一瞥し、その名を口にしただけで、すぐに視線をレイに向けた。

タ「で、どういうことなのか説明してもらえるわね、レイ?」
レ「はい」

人によっては詰問されているとも受け取れるような凛とした声にも臆することなく、レイは事情を説明し始める。

レ「彼女はデュランダル議長の指示で、先ごろまで行方不明になっていたラクス・クラインの影武者を務めていました」
タ「……どうしてそんなことをしたの?」
レ「いささか話は長くなりますが、よろしいですか?」
タ「ええ」

タリアが頷くと、レイは「話は二年前に遡ります」と前置きして語り始めた。

レイはまず、ラクス・クラインについて語った。
ザフトの切り札であった新型MSフリーダムの強奪。それをきっかけにしたパトリック・ザラの暴走。
国家反逆罪で追われ、エターナルを強奪しアスランと共に脱出したラクスがAAやオーブ残存勢力を
糾合し連合によるプラントへの核攻撃の阻止、ジェネシスの破壊などの独自の軍事行動を起こしたこと。

レ「……結果として、彼女達の活躍により我々と連合は交戦能力を失い、停戦することとなりました」
レ「そしてアイリーン・カナーバ前議長は停戦条約締結後、彼女の罪を不問にすると、全てを闇に葬ったのです」

公表された事実と公表されなかった真実を、レイはよどみのない口調で話し続けた。

タ「なぜそんなことを……」

レイの口から語られる話に、流石にタリアも驚きを隠せないでいる。

レ「クーデターにより実権を握ったカナーバ前議長はクライン派でした」
レ「もしラクス・クラインの罪が明るみになれば、理由はどうあれクライン派は致命的な傷を負い、力を失います」
レ「そしてそうなれば、再び強硬派であるザラ議長派の残党が勢力を盛り返したであろうことは疑いありません」
レ「だからこそ、カナーバ前議長……いいえ、クライン派は彼女の罪を問うことはしなかったのです」
タ「……」

それが政治と言ってしまえばそれまでだが、裏面の事情を知って気分が良いはずも無い。
タリアは無意識に眉間に皺を寄せた。

レ「戦後、ラクス・クラインはプラントを離れ、地球に降りたそうです」
タ「なぜ?」
レ「詳しい理由はわかりません。ですが、彼女がプラントにいてはクライン派も何かと不都合があったのはないでしょうか」
タ「……確かに、ね」

レイの言うことが本当なら、ラクス・クラインの存在はクライン派にとって致命的なアキレス腱にもなりかねない。
それならプラントにいるよりは、いっそ地球に降りてもらっていたほうが都合がいいに違いない。

レ「いずれにせよ、クライン派によって改竄され、公表された記録によりラクス・クラインの名声はさらに高まり、彼女は平和の歌姫、女神とまで讃えられました」
レ「しかし、フリーダム強奪から始まる一連の出来事の発端は、全て彼女だったのです」

まるで罪を訴える法廷の検事のように、レイははっきりとラクスの非を鳴らした。
ミーアが微かに息を呑む。シンも同様だった。
そんな二人を軽く見やり、軽く咳払いをすると、レイは更に話を続けた。

レ「……ですが、デュランダル議長は彼女の必要性を重視しました」
レ「プラントにおいて、彼女の力はなまじの政治家など足元にも及びません。議長ですら、その存在を無視することはできない」
レ「しかし、本物の彼女を招くことは非常な危険を伴う」
タ「……だから、彼女を?」

レイの話を引き取る形で、タリアは尋ねた。

レ「そうです。プラントに必要なのは『平和の象徴たるラクス・クライン』であって『本物のラクス・クライン』ではありませんから」

タリアの問いに、レイははっきりと言い放った。

タリアはしばし目の前に立つ怜悧な少年をじっと見つめると、その視線を当事者である少女に向けた。

タ「本当なの? ミーアさん」
ミ「あ、わ、私が言われたのは『今、ラクス様はある事情でプラントにはいない。だが、プラントの人々にはラクス様が必要だ』」
ミ「『だから、君さえ良ければ、本物のラクス様が現れるまで議長の下で身代わりとして働いてもらいたい』と……」
タ「そう……」

彼女の言葉には、少なくとも嘘は感じない。ミーアの目を見ながら、タリアはそう判断した。

レ「彼女は議長の指示に従い、充分に頑張ってくれました」
レ「開戦と同時にいきなり核攻撃を受け、報復の気運が高まったプラントが彼女の言葉で静められたことは艦長もご存知のはずです」
タ「ええ……」

確かに、プラントには『平和の象徴たるラクス・クライン』が必要だった。
そして、そのラクスの力を最大限に利用したのはデュランダルの手腕でもある。
結果としてデュランダルの打った布石は見事に功を奏したのだ。
タリアはデュランダルの手腕に空恐ろしいものすら感じた。

レ「なぜ、この時期に本物のラクス・クラインが姿を現したのかはわかりません」
レ「ですが、彼女はジブリールを匿い、逃がしたオーブと共にありました」
レ「この事実と先日の声明から、彼女が我々に敵対する意思があるのは明らかです」

レイが口を閉ざすと、室内に沈黙が満ちた。
重苦しい沈黙がしばらく続いた後、タリアは軽く息を吐き出した。

タ「とりあえず、事情はわかったわ。にわかにはとても信じられないような話だけど」
レ「ご判断は艦長にお任せしますが、自分は事実を話しているに過ぎません」

面憎いまでに冷静なレイの言葉に、タリアは僅かに眉をしかめた。

タ「いいでしょう。ともかく議長の指示通り、彼女の身柄はレイ、貴方に預けます」
レ「ありがとうございます」
タ「後の問題は、彼女のことをクルーにどう説明するかだけど……」
シ「そ、それなら……!」

それまで話に入れず黙っていたシンが、思い切ったように二人の間に割って入る。

シ「それなら、きちんと皆にも事情を話したほうがいいと思います」
シ「ミーアは何も悪いことなんてしてないんだから、ちゃんと話せば……」
タ「シン……事はそう簡単ではないのよ」

たしなめるような口調でタリアがそう言うと、レイがシンの意見に賛同を示した。

レ「いえ、自分もシンと同意見です、艦長」
タ「……どうしてかしら?」
レ「下手に隠したところで何の益にもなりません。むしろ隠すことで、これまでの彼女の功績を無にしてしまいます」
レ「それに、シンの言うことは間違ってはいません。悪意があってのことならともかく、彼女がプラントのために働いたのは事実です」
タ「それはそうだけど……」

なおも思案するタリアに、レイは短く、だがはっきりと問いただした。

レ「艦長。本物がいつも正しく、偽者は常に間違っているのでしょうか?」
タ「レイ……」
レ「そうではないでしょう。違いますか?」
タ「……」

レイの視線とその言葉に、タリアは無視し得ないものを感じた。
いつものレイからは感じられない、『何か』としか言い様の無いものだが……。

レ「何も今話したことを全て明らかにする必要はありません」
レ「彼女がやむを得ない事情でラクス・クラインの不在を埋めたことにすればいいのです」
タ「……わかったわ。ともかく、ミーアさんはゆっくりと休んで頂戴」

その言葉を最後に、タリアは三人に退出を命じた。
タリアの部屋を出ると、ミーアはレイに深々と頭を下げた。

ミ「レイ……本当にありがとう」
レ「別に俺は礼を言われるようなことは何もしていない」
シ「何言ってんだよ、レイ! 凄かったぜ、ホントに!」

堂々とタリアと渡り合い、ミーアの立場を守ったレイをシンは尊敬の眼差しで見つめた。

シ「それにしても、どうしてあんなことまで知ってたんだ?」
レ「別に大したことじゃない。危険は伴うが、調べればあの程度はすぐにわかることだ」
シ「危険って……」
レ「それに、いくら闇に葬ろうとしても全てを消しきれるものじゃないからな……」

そう答えるレイの脳裏に、仮面で顔を隠した男の顔が思い浮かぶ。
あの人はラクス・クラインの罪をなすりつけられ、死んでもなお汚名を着せられた。
確かにあの人に罪はあったのかもしれない。しかし、だからといって死者を貶めるような
行為が許されていいはずがない。
その思いに、レイは僅かに唇を噛み締める。

シ「どうした、レイ?」
レ「……いや、なんでもない。シン、お前は彼女を部屋に送ってやれ」
シ「あ、ああ。行こう、ミーア」
ミ「うん」

ミーアを連れ、シンは廊下を歩き出す。
二人の背中が視界から消えるのと同時に自分を呼ぶ声がかかり、レイは声のする方へ振り向いた。

レ「何の用だ、ルナマリア」

振り返った視線の先には、彼の同僚であるルナマリア・ホークが立っていた。

ル「レイがあの子をこの艦に呼んだって、本当なの?」

廊下で呼び止められたレイは今、ルナマリアと共に休憩室にいた。

レ「彼女の名はミーアだ」
ル「あ、ミーアって言うんだ、あの子」
レ「ああ」

二人の他には誰もいない。レイは壁に寄りかかり、腕を組むとルナマリアに視線を向ける。

レ「彼女を呼んだ話なら本当だ。で、それがどうかしたのか?」
ル「どうかした、ってワケじゃないけど……」
レ「何か言いたそうだな」
ル「ん……まぁ、ね……」

いつもの快活な彼女らしくなく、髪を弄りながらルナマリアは言葉を濁す。

レ「わざわざ彼女とシンがいなくなってから声をかけてきたからには、言いたい事があるんだろう?」
ル「え……」

まるで自分のことを見透かしたようなレイの言葉に、ルナマリアは驚く。
レイの言う通り、これから話そうとしていることはあの二人に聞かれてはいけない話だった。
髪を弄る手を止めると、ルナマリアは大きく溜息を吐き、躊躇いがちに話し始めた。

ル「……私、聴いたのよ」
ル「アスランが以前AAのクルーと接触した時、キラって人が『ラクス様がコーディネイターに殺されそうになった』って言ったのを」
レ「……」
ル「『彼らはMSまで使って襲ってきた』『だから誰が犯人かわからないうちは、自分達はプラントも信じられない』とも言ってたわ」
レ「……そうか」

ルナマリアの話した驚くべき事実を聞いても、レイはいつもと変わらず冷静そのものだった。

ル「ねぇ、どう思う?」
レ「どう思うも何も、その話がどうかしたのか?」
ル「ど、どうかしたのかって……!」

今の話を聞いても何も思わないレイのほうこそ、どうかしてるのではないのか?
これまで自分の胸にだけ閉まっておいた秘密をあっさりと流されたように感じ、ルナマリアは声を高めた。

ル「あの人達が言ってたことがもし本当だったら、あの子は……!」
レ「嘘だったら?」
ル「え?」

短く問いかけるレイに、ルナマリアは咄嗟に返事をすることが出来なかった。

レ「なるほど、確かにその話は筋が通っているようにも聞こえる」
レ「本物のラクス・クラインが死ねば、彼女が『本物』になれるからな。動機としては申し分ない」
ル「だったら……!」

結論を急ぐルナマリアを制するように片手を上げると、レイはさらに続けた。

レ「だが、所詮は話だけだ。証拠は何もない。違うか、ルナマリア?」
ル「そ、それは……そうだけど……」

確かにレイの言う通り、自分が聞いたのは話しだけだ。証拠は何も無い。
しかし、ミーアの存在を知った後では、嘘だと簡単に言い切ることは出来ない。
納得し難いといった顔のルナマリアに、レイは一つずつ反論していった。

レ「まず『コーディネイターに襲われた』からといって、何も彼女と議長だけが怪しいとは限らない。ユニウス落としを行ったようなザラ議長派の残党がいい例だ」
レ「彼らはラクス・クラインとクライン派に煮え湯を飲まされている。彼女を殺し、その罪を議長になすりつけるぐらいはやってのけるだろう」
レ「何しろ、本物が死ねば一番得をするのは影武者を使っている議長なのだからな」
ル「あ……」

レイの指摘に、ルナマリアは虚を突かれたような顔をした。

レ「次に『MSまで使用した』というのなら、なぜオーブ政府はそのことを発表しない?」
ル「え?」
レ「連合と同盟を結んでいたオーブが、プラントのMSの自国領内への侵入をそう容易く許すはずがない」
レ「さらにそのMSが戦闘行為までしているというのに、そのことを沈黙したままというのもおかしいだろう」
ル「そ、それは……」
レ「当時のオーブはアスハではなく、セイランが牛耳っていたときく。セイランはブルーコスモスの盟主であるジブリールとも親密な関係を持っていた」
レ「そう考えると、ラクス・クラインを消すことでジブリールに媚を売り、さらに彼女と懇意だったアスハの力を削ぐというセイランの陰謀とも考えられなくは無い」
ル「……」

レイの話は飛躍しすぎかもしれないが、言われてみればオーブにもおかしな点があることも確かだ。

レ「そして、もし仮に議長が本当にラクス・クラインを暗殺するつもりなら……」

そこまで口にするとレイの目がスッと細められ、冷たい光を放った。

レ「議長がラクス・クラインを暗殺するつもりなら、彼女はとうの昔にこの世にはいない」
レ「議長が計画したのなら、その計画は完璧だ。MSまで持ち出して失敗するような間の抜けたマネはしない」
ル「……」

確かにデュランダル議長なら、MSまで使って失敗するようなずさんな計画は立てないだろう。
しかしそのことよりも、氷のようなレイの眼光の鋭さに、ルナマリアは何も言えなくなっていた。
自分に注がれるルナマリアの恐れにも似た視線に、レイはふっと息を抜く。

レ「無論、俺が今言ったことは全て推論だ」
レ「そして結局、奴らの言っていることもまた単なる推論、悪く言えば妄想に過ぎない」
レ「しかし、奴らがわが軍に与えてきた損害は否定しようの無い事実だ」
ル「レイ……それはそうだけど……」

困惑するルナマリアの言葉を遮るように、レイはきっぱりと言い放つ。

レ「ルナマリア、奴らの言うことに惑わされるな」
レ「奴らが何を言おうが、議長が実現させようとする平和への道を邪魔していることに変わりは無い」
レ「俺達ザフトは、全力でその障害物を排除すればいいんだ」
ル「う、うん……」

多少釈然としないものはあるものの、レイの言っていることは間違ってはいない。
いかなる理由があろうとも、彼らが自分達に敵対していることに変わりは無いのだ。
反論する材料も理由も持たないルナマリアは、そう結論付けるしかなかった。

レ「ああ、ルナマリア」

話が終わったと判断したレイは休憩室を後にしようとしたが、何かを思いついたように足を止めると
ルナマリアの名を呼んだ。

ル「な、なに!?」
レ「今の話、くれぐれもシンとミーアには話すな」
レ「つまらないことであの二人を悩ませる必要は無い」
ル「へ?」

レイの意外な言葉に、ルナマリアはしばし呆気に取られた。
その言葉の意味を理解すると、ようやくルナマリアは彼女らしい笑みを見せて尋ねる。

ル「レイ、それってあの二人の邪魔するな、ってこと?」
レ「そう……いうことになるのか……?」

これまでの怜悧さとはまるで正反対の、まるで自身でも確かめるような口ぶりのレイに、
ルナマリアはつい噴き出してしまう。

レ「? 何がおかしい?」
ル「ゴメン。レイがそんなこと言うなんて意外だったから」

普段のレイであれば、他人の、それもプライベートに関係するようなことにわざわざ口を挟むようなことは絶対にしないだろう。
シンとミーアの二人を気遣うレイの不器用な言葉に、ルナマリアは彼の意外な一面を見た気がした。

レ「……そうだな。確かに俺らしくないな」

しかし当の本人はそんなことに気づく様子も無くそう独語すると、そのまま休憩室を後にした。

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