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ミネルバの歌姫_第02話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:10:02

レ「シン。わかってるだろうが、くれぐれも短気を起こすなよ」
シ「ああ、わかってるって」

廊下を歩きながら、シンは先ほどからレイにくどいほど同じことを言われていた。
この先にあるブリーフィングルームには、ルナマリアに頼んで呼び出しをかけたミネルバの各部署の人間が集まっているはずだ。
これから、ミネルバのクルーにミーアのことを話すことになっている。
シンの役目は、ミーアをミネルバの一員として皆に認めてもらうことだった。

ミ「シン……」
シ「大丈夫だよ、ミーア」
シ「ミーアは俺が必ず守ってみせるから」

そう言って、シンは不安そうに後をついてくるミーアに頼もしげな笑顔を見せる。
そうだ、彼女を……ミーアを守るためなら何だってやってやる。シンはそう心に決めていた。
状況ははっきり言って最悪だ。
しかし、それでもシンはやらねばならなかった。

レ「いくぞ」
シ「ああ」

ブリーフィングルームのドアが開くと、ルナマリアを始め既に待っていたクルーの視線が一気に三人に集中する。
全く動揺を感じさせないレイに続き、やや緊張したシンが、そしてシンの背中に隠れるようにミーアが入室すると、
室内に微かなざわめきが走った。

レ「皆、集まってもらったのは他でもない」

まず、話を切り出したのはレイだった。

レ「先日のオーブの声明の件は説明するまでも無いだろう」
レ「結論から先に言う。オーブに現れたラクス・クラインは本物だ」

レイの発言に、ざわめきが一層大きくなる。
しかしレイはそのざわめきを無視すると、ミーアを傍らに呼び話を続けた。

レ「彼女はミーア・キャンベル。彼女はこれまでラクス・クラインに代わり、デュランダル議長の下で働いていた」
ミ「あ、あの……ミ、ミーア・キャンベル……です……」

レイに紹介されたミーアが恐る恐る頭を下げる。
だが、クルーからの反応は無い。

レ「彼女は今後、ミネルバに乗ることになる。皆もそのつもりでいてくれ」

レイのその言葉に、クルー達は一斉に顔を見合わせる。
ここに呼ばれていたヴィーノやヨウランも驚きを隠せないでいた。

ヴィ「レイ、今の話だとこれまでのラクス様って……」
レ「そう、彼女だ」
ヨ「ってことは、つまり……」

ヨウランが言うよりも早く、一人のクルーが大きな声で問いただした。

ク「それじゃ、俺達はずっと騙されてきたのか!?」
ミ「っ……」

シンの耳に、項垂れていたミーアが微かに息を呑む音が聞こえる。
ある程度予想していたとはいえ、他に言い方だってあるだろうに……。
ミーアの心情を思い、シンは悔しげに唇を噛み締めた。
しかし、一度噴き出した追求の声は、容易にやむことは無かった。

ク「どういうことなんだ! ちゃんと説明しろ!」
ミ「あ、あの……ごめんなさい! で、でも私……っ!」

顔を上げ、懸命に理由を説明しようとするミーアだったが、クルーの追及は苛烈を極める一方だった。
よってたかってミーアを責めるクルーに、これ以上は黙っていられるかとばかりにシンは大声を張り上げた。

シ「待ってくれ、皆っ!」

シンの声に、室内が一瞬、静寂に包まれる。

シ「確かにミーアは本物のラクス・クラインじゃないけど、それにはワケがあるんだ!」
ヨ「シン、何だよそのワケって?」
シ「そ、それは……」

ヨウランに尋ねられ、シンは咄嗟に返答に詰まった。
ここでラクス・クラインの真実を明かすことは出来ないし、またしたところで誰も信じてはくれないだろう。
では、どうやって彼らに説明するのか?
迷うシンの肩に軽く手が置かれ、レイが代わってヨウランに答えた。

レ「本物のラクス・クラインは2年前、プラントから姿を消したんだ」
ヨ「えぇっ!? ど、どういうことなんだよ、レイ!」
レ「これ以上は詳しくは話せん。だが、事実だ」

レイの答えは簡潔だったが、普段の彼が嘘など口にするような人間でないだけに、その発言には否定し得ない重みがあった。
クルー達は互いに顔を見合わせ、言葉を交し合う。
ざわめきが満ちる中、シンはここぞとばかりに皆に呼びかけた。

シ「レイの話は本当なんだ! だからミーアはラクス・クラインの不在を埋めるために……!」
ク「しかし結局、俺達を騙してたことに変わりないだろう」
ク「ラクス様の名を騙るだなんて……」
ク「俺達は偽者を担いでたってことかよ」

シンの言葉が終わらないうちに、反発する複数の声があちこちから上がった。
そしてクルーの視線は彼らを騙し、ラクスの名を騙り続けたミーアへと集中する。

ミ「あ……あぁ……」

疑惑と不信の視線に晒され、ミーアは言葉を失う。
これまで『ラクス・クライン』として親愛と敬愛の視線しか受けてこなかったミーアにとって、その視線の持つ『力』は彼女の想像を超えていた。
足が震え、膝が笑う。ミーアは恐怖で今にもその場に崩れ落ちそうになっていた。

シ「ち、ちょっと待ってくれって、皆!」
シ「ミーアは悪くない! 偽者だとか、騙しただなんて言わないでくれ!」

ミーアをクルーの視線から庇うようにシンは彼女の前に立ち、声を高める。

シ「聞いてくれ! ミーアはいなくなったラクス・クラインの代わりに頑張ってきた!」
シ「それだって、皆のためだ! 『ラクス・クライン』を求める人達皆のために、ミーアは自分を捨ててラクスの役を引き受けたんだ!」
シ「そんなミーアを偽者だっていうのか!? それが皆を騙したことになるのかよ!?」

シンは必死になってミーアを庇う。
しかしいくら言葉を尽くしても、なかなかクルーからの理解は得られない。

シ「くっ……!」

もどかしさにシンは拳を握り締める。
どうしてわかってくれないんだ。悪いのミーアじゃない。悪いのは、プラントを捨てたラクス・クラインなのに。
あの女の本当の姿を知らない目の前の連中に「何も知らないくせに!」と叫んで、艦長室でレイが話してくれた全てをぶちまけてやりたい。
その衝動が、シンの喉元にまでせりあがってくる。

ミ「シン……」
シ「っ……」

シンが何を考えているのかを気づいたミーアがシンの服の袖を掴み、首を横に振る。
ここで焦りのあまり説得にしくじれば、余計にミーアが傷つく。
シンは歯を食いしばり、衝動を懸命に抑え込んだ。

レ「先日の声明でラクス・クラインはオーブと共にあった」
レ「俺達と敵対し、ジブリールを匿い、逃亡させたオーブにだ」
レ「例え本物だとしても、そんなラクス・クラインなど俺達には必要ない」

シンの後を引き継いだレイの氷のように凍てついた言葉に、室内が一瞬で静まり返る。
レイの指摘した通り、ラクス・クラインはオーブと共にあった。憎むべき戦乱の元凶であるジブリールを匿い、逃がしたオーブに。
どうしてラクスがオーブにいたのか、その理由はわからない。だが彼女は確かにオーブにいた。

ク「で、でも、ラクス様が俺達と敵対するのは、その女のせいじゃないのか!?」

レイの言葉に揺れながら、それでもなおクルー達は完全に納得出来ないでいた。

ク「そうだ、自分の偽者がいると知ればラクス様だって……!」
ク「ああ、そうだ。そうに決まってる!」

再び室内にミーアを非難するざわめきが満ち始める。

シ「……っきしょう……!」

これだけ言っても、まだわからないのか。
ミーアがどれだけ頑張ってきたか、皆だって知ってるはずなのに。
それなのに、『ラクス』じゃないからミーアはダメなのか?
やりきれない怒りに、シンは青白くなるまで拳を握り締める。
怒りに震えるその拳に、ミーアの手が重ねられた。

ミ「シン……もういいよ……」
シ「ミーア!」
ミ「やっぱり、私……許されないことをしたんだもの……」
ミ「だから、もういいの……」
シ「違う! そんなことない! ミーアは何も悪いことなんてしてないんだ!」

言い聞かせるようなシンに、ミーアは懸命に笑顔を作ってみせた。

ミ「ありがとう、シン……私、嬉しかった」
シ「ミーア……!」

ミーアは全てを諦めたようとしている。
守らなくちゃ。俺がミーアを守らなくちゃいけないんだ。
そのためだったら、どんなことでもしてみせる。そう心に決めたじゃないか。

シ(だったら……!)

胸の内で決意すると、シンは一歩前に進み出る。
今までと違うシンの雰囲気に、クルーの視線が集中する。
そして次にシンの取った行動に、その場にいた一同が驚いた。

ミ「シン……!」

ミーアが息を呑み、小さく叫ぶ。
シンはその場に跪くと、両手を床について声のかぎり叫んだ。

シ「なぁ、皆! ミーアじゃダメなのか!? どうしてもラクス・クラインじゃなきゃダメなのか!?」
シ「これまでずっとザフトやプラントのために頑張ってくれたのはミーアじゃないか! 
それなのにただ『ラクスじゃない』ってだけで全部が嘘になっちまうのか!?」
シ「じゃぁ、本当って何だよ!? ミーアがやってきたことは本当じゃないのか!?」
シ「頼むよ! 『ラクスじゃないから』ってだけで全部が嘘で間違いだなんて、そんなのミーアが可哀想すぎるじゃないか!」
ク「シ、シン……」

土下座して叫ぶシンの必死の姿に、クルーは圧倒されていた。
クルーだけではない。ヴィーノやヨウラン、ルナマリア、レイですら例外ではなかった。

レ「……シン、もうよせ」

レイが引き起こそうとする腕を、シンは振り払った。

シ「頼むよ! ミーアに居場所を作ってやってくれ!」
シ「お願いだ、皆! 頼むよ!」

床に頭をすりつけんばかりに、シンはミーアを受け入れてくれるよう頼み続けた。
それが今、自分にできる全てだと言わんばかりに。

ヴィ「……顔、上げてよ、シン」

労わるようなヴィーノの声に、シンは顔を上げた。

ヴィ「そうだよね……これまでミーアちゃんが俺達のために頑張ってくれたのは、嘘じゃないもんな」
シ「ヴィーノ……」
ヨ「俺、さ……」

ヴィーノに続き、今度はヨウランが口を開く。

ヨ「俺さ……前のラクス・クラインも好きだったけど、今の歌のほうがもっと好きなんだよなぁ」
ヨ「だからさ、ミーアちゃん。俺のディスクにサインしてくんない?」
ヨ「『ラクス』じゃなくって『ミーア』ってさ」
シ「ヨウラン……!」

自らの気取った物言いに照れたのか、ヨウランは頭をかきながら苦笑いする。

ヨ「ったくよぉ、シンにここまで頼まれちゃ、嫌だなんて言えないだろ?」
シ「そ、それじゃ……!」
ヨ「ああ。俺達はミーアちゃんを歓迎するぜ。なぁ、ヴィーノ?」
ヴィ「ああ!」

そう言うと、ヴィーノとヨウランは跪いていたシンに手を差し伸べた。
二人の手を借り立ち上がるシンの顔を見て小さく安堵の息を吐くと、今までずっと沈黙を守ってきたルナマリアが一際大きな声でクルーに問いかける。

ル「で、アンタ達はどうなの!?」
ル「皆のために頑張ってくれた女の子に、よってたかって『騙した』だ『偽者』だなんて文句言うような男、カッコ悪いと思わないの!?」
シ「ルナ……」

ルナマリアの援護に呆然とするシンの耳に、聞き慣れた整備主任のマッド・エイブスの笑い声が響く。

エ「どうやら、こいつはルナお嬢ちゃんに一本取られたようだな」
エ「確かに、女の子の前で大の大人が格好悪いところは見せられんよなぁ」
ヴィ「主任!」
ヨ「そうこなくっちゃ!」

歓声を上げるヴィーノのヨウランにニヤリと笑いかけると、エイブスは他のクルーを見渡す。

エ「で、お前らはどうするんだ?」
エ「整備班は、彼女の受け入れを認めるがね」

エイブスが促すと、他のクルーはいささかバツが悪そうにヒソヒソと囁きを交し合う。
だが、最初に踏み出した者がいれば、その後に続くのはそう難しいことではない。
少なくとも、一人ではないことはわかっているのだから。
結局、クルー達は全員、ミーアの受け入れに賛意を示した。

シ「ミーア!」
ミ「シン……!」
シ「やったな、ミーア! ミーアはここにいてもいいんだ!」
ミ「シン……ありがとう……」

我が事のように喜ぶシンに、ミーアは目に涙を滲ませ声を震わせる。
そしてシンとミーアを中心に、ヴィーノやヨウラン、さらに他のクルー達が集まり、いつしか人の輪が出来ていた。

レ「……」

少し離れたところでレイはその光景を見つめながら、傍らに立つルナマリアに声をかけた。

レ「協力に感謝する、ルナマリア」
ル「いいわよ、別に」
ル「まったく……シンのあんな姿見たら、アタシだって協力するしかないでしょ」
レ「ああ、二人に代わって礼を言う」

レイの言葉に、ルナマリアはクスリと笑う。

ル「またまた意外な発言ね、レイ」
レ「そうだな、俺らしくないな」

いたって真面目な口調のレイに苦笑しつつ、ルナマリアはシンに視線を移して呟く。

ル「それにしても、あのシンがまさかあそこまでするとはねぇ……」
レ「俺も驚いた。しかし、結果はこの通りだ」

本当にあいつは、俺の期待以上のことをしてくれる。
やはりあいつの甘さは、強さなのかもしれない……。
レイはほんの僅かな笑みを口の端に浮かべ、心の中でそう呟いた。

ヴィ「それにしても、随分と一生懸命だったじゃん」
ヨ「ホントホント。シン、お前まさか……?」

ヴィーノとヨウランが真っ赤になったシンをからかう和やか空気が流れる中、その報せは届いた。

ア「た、大変だっ!」

突然ドアが開くと、副長のアーサー・トラインが息せき切って飛び込んできた。

ク「どうしたんですか、副長?」

クルーの一人が問い掛けると、アーサーは真っ青な顔で叫んだ。

ア「た、たった今、プ、プラントが……連合からの、こ、攻撃を受けて……っ!」

 「!!」

アーサーの告げる凶報に、室内はたちどころに凍りついたのだった。

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